狩野派の規範性―令和7年度第5回文化財情報資料部研究会の開催
令和7(2025)年9月16日、第5回文化財情報資料部研究会が開催されました。今回は二つの研究発表が行われ、狩野派の規範性とその継承について多角的に議論が深められました。
水野裕史氏(筑波大学准教授)は「探幽様式としての孔子像―図像の規範化をめぐって」と題し、狩野探幽が確立した様式の意義について報告しました。探幽様式は近世絵画において高い規範性をもち広く受容されましたが、道釈人物画への影響、とりわけ孔子像に関しては従来十分に論じられてきませんでした。
中世に基本像容が成立していた孔子像を、探幽は整理・簡略化し粉本として再構築しました。その図像は諸藩の孔子廟や藩校に広く伝わり、礼制空間にふさわしい「標準図像」として定着したと考えられます。水野氏は『公用日記』(天保15年・1844)の記録を紹介し、探幽様式の孔子像が制度的基準として扱われていたことを明らかにしました。また、各藩に伝わる作例には独自の解釈や装飾が加えられる例もあり、規範が一方的に固定されるのではなく、継承と変容の両面が見えてくる点が強調されました。さらに近世後期には、呉道玄様式や中世的要素を参照する傾向も現れ、探幽様式が唯一の規範でなくなっていく動向についても触れられました。
つづいて小野真由美(文化財情報資料部日本東洋美術史研究室長)が「狩野常信の詠歌活動に関する一考察」と題し、狩野常信(1636~1713)の文芸活動について報告しました。常信は木挽町狩野家の当主であると同時に優れた歌人でもありました。和歌会への参加記録や歌集を通してみると、詠歌活動は大名や文化人との交流を広げ、狩野家における地位の向上に寄与したことがうかがえます。また、和歌と画業との関わりを検討することで、画家であり歌人でもあった常信像を改めて評価する試みがなされました。
今回の二つの発表は、狩野派における規範の形成とその継承、そして絵師個人の個性や独自性に光を当てるものでした。規範性を静的にとらえるのではなく、時代や地域に応じて変容する動的な姿を見出す契機となり、有意義な研究会となりました。今後も狩野派研究を、規範と個性の双方から捉える視座へと発展させていきたいと考えています。
