研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


ミャンマー・バガン遺跡群における地震被害に関する調査

 8月24日にミャンマー中部を震源とするM6.8の地震が発生し、同国を代表する文化遺産であるバガン遺跡群に甚大な被害が生じました。バガン遺跡群には主に11~13世紀に建立された煉瓦造の仏塔や祠堂が3000件以上残存していますが、ミャンマー宗教・文化省考古・国立博物館局によると、そのうち389件に損傷が認められます(10月末時点)。
当研究所では9月に先遣調査団を派遣したのに続き、文化庁から緊急支援のための事業委託を受けて、貴重な文化遺産の被災状況を把握することを目的に10月26日から11月10日にかけて計8名(文化財保存、建造物修理、建築構造、測量)の専門家を現地に派遣しました。今回は主に、歴史的建造物の被災状況、被災建造物の構造学的分析、緊急的保護対策の状況、被災状況の記録分析の四つの観点から調査を行いました。
 バガン遺跡群は1975年にも震災を受けており、その後多くの建造物が修復・再建されましたが、本調査の結果、今回の地震による破損の多くが、建造物上部の塔などその時に再建された部分、あるいは新補部分と旧来部分の境界付近に集中していることが確認されました。また、経年によってヴォールトや壁体、基壇などに生じた変形や亀裂も、今回の地震により深刻化したと考えられます。一方、現地当局の指導下に地元住民やボランティアの活動が活発であったこともあり、緊急的な保護対策はかなり迅速に進行している模様です。
 今後の復旧に向けて、破損の原因とメカニズムを明らかにするためにさらなる調査を行うとともに、構造補強の方法、伝統技術と近代技術の調和、崩壊した部分を再建することの妥当性など、地震多発域における煉瓦造建築遺産の保存に共通する技術的・理念的な諸課題についても検討する必要があります。

シンポジウム『シリア内戦と文化遺産―世界遺産パルミラ遺跡の現状と復興に向けた国際支援―』

ISによって破壊されたパルミラ博物館の収蔵品(ロバート・ズコウスキー氏提供)

 中東のシリアでは、2011年3月に起きた大規模な民衆化要求運動を契機に内線状態へと突入し、すでに5年の月日が経過しています。シリア国内での死者は25万人を超え、480万人以上が難民となり国外へ逃れています。
 シリア内戦下では、貴重な文化遺産も被災し、国際的に大きなニュースとして報道されています。とくに昨年8月から10月にかけて起きたIS(自称『イスラム国』)による世界遺産パルミラ遺跡の破壊は、日本国内でも大々的に報道され注目を集めました。
 東京文化財研究所は、文化庁、奈良文化財研究所、公益財団法人アジア文化センター文化遺産保護協力事務所と共催で、11月20日と11月23日に東京国立博物館および東大寺金鐘ホールにて、シンポジウム『シリア内戦と文化遺産―世界遺産パルミラ遺跡の現状と復興に向けた国際支援―』を開催しました。
 パルミラ遺跡は2015年5月からISによって実効支配されていましたが、2016年3月にシリア政府軍が奪還、4月にポーランド人研究者やシリア人研究者がパルミラ遺跡に入り現地調査を行いました。彼らは、パルミラ遺跡とパルミラ博物館の被災状況を記録したほか、被災した博物館の収蔵品に対し応急処置を施し、ダマスカスまで緊急移送を行いました。
 今回のシンポジウムでは、現地で生々しい状況を目にしたポーランド人研究者やシリア人研究者のほか、国内外の専門家やユネスコ職員が一同に会し、パルミラ遺跡を含む被災したシリアの文化遺産の復興に向けてどのような支援が効果的なのか、討議を行いました。

アルメニア・イラン相手国調査

エチミアジン大聖堂博物館に保管されている染織品

 9月26日から10月6日にかけて、文化遺産保護分野における協力のニーズを把握することを目的として、アルメニア共和国とイラン・イスラーム共和国を訪問しました。
 最初の訪問国であるアルメニアに関しては、文化省との協力合意書がすでに存在し、2011年から2014年にかけては、アルメニア歴史博物館をカウンター・パートに考古金属資料の調査研究および保存修復を共同で実施しました。今回の訪問では文化省やアルメニア歴史博物館、エチミアジン大聖堂博物館などを再訪し、これからのプロジェクトの展開に関して協議を行いました。アルメニアに対しては、今後、染織品の保存修復分野における技術移転に協力していくことを計画しています。
 続くイランでは、文化遺産手工芸観光庁や文化遺産観光研究所、イラン国立博物館などを訪問しました。イラン人専門家との協議の中でとくに話題にのぼったのが、大気汚染の問題でした。現在、首都テヘラン市では、大気汚染が深刻な社会問題になっています。そして、この大気汚染が、博物館の展示品・収蔵品にも影響を及ぼしている可能性があることが協議の場で指摘されました。今後、イランとは、展示・収蔵環境の改善を目指し、上記の問題についての共同研究を実施していくことを検討しています。

「ネパールの被災文化遺産保護に関する技術的支援事業」による現地派遣(その3)

調査成果報告会での発表
意見を述べるコカナの住民

 文化庁委託「文化遺産国際協力拠点交流事業」による標記支援事業では、引き続き、ネパール現地への派遣を実施しています。今回(8月31日〜9月11日)は、外部専門家も含めて4名の派遣を行ないました。
 本事業の一環として、被災歴史的集落における復興のあり方を検討すべく、世界遺産暫定リストに記載されているコカナ集落にて調査活動を実施しています。コカナでは多くの住民が今も仮住まいを強いられており、早期再建と歴史的町並みの保全とのバランスをいかに考えるかが、復興における大きな課題となっています。
 今回派遣中の主な活動として、昨年度のコカナでの調査成果を地元住民に説明するための現地報告会を開催しました。住民の関心は非常に高く、報告会には100名以上の参加をいただき、発表に対しても多くの質問や意見が寄せられました。それらは私たちにとっても、今後の調査や現地への貢献のあり方を考える上で、非常に示唆に富むものでした。
 調査を進める中で、コカナに限らずネパール全土において歴史的集落の保全制度が十分に整っておらず、住民の思いだけでは町並み保全が進まない現状が徐々に明らかになってきました。かつて、わが国においても、歴史的集落の保全は不十分でしたが、そこから、伝統的建造物群保存地区制度をはじめとした歴史的集落および景観保護のための法制度を、試行錯誤を経つつ整えてきた経緯があります。このような日本の経験も参考にしながら、ネパールの歴史的集落の保全に寄与すべく、今後とも現地の諸機関への技術支援を進めていきたいと思います。

バガン(ミャンマー)における地震発生後の壁画被災状況調査

被害を受けた寺院
地面に散らばった壁画片

 平成28年(2016)8月24日にミャンマー中部のチャウ近郊を震源とするマグニチュード6.8の地震が発生し、バガン遺跡でも数多くの仏塔寺院に被害が出ました。これを受けて、9月24日から30日までの期間、遺跡群内の壁画保存状況を確認すべく調査を行ないました。
 現地調査には、ミャンマー宗教文化省 考古国立博物館局バガン支局職員の方にもご同行いただき、事前に大きな被害がでたとの報告を受けていた寺院を中心に、壁画の損傷状況に関する調査を行いました。その結果、壁画の支持体に相当する煉瓦造寺院に発生した亀裂や煉瓦材の動きがプラスターの傷みに繋がっていることや、パガン王朝期にみられる数種類に及ぶ壁画制作技法や材料によって損傷程度に違いが生じていることが分かりました。また、過去の修復で使用された幾つかの材料が、バガン遺跡の壁画には適合しておらず、かえって負担になっていることも明らかとなりました。
 現地では、今も被災したバガン遺跡を守るべく復興活動が続けられています。当研究所の事業として外壁の応急処置方法や壁画の保存修復方法を検討しているMe-Taw-Ya寺院(No.1205)にも被害がでました。今後は、これまでの事業方針に加えて、地震によって浮き彫りとなった問題点にも考慮した修復材料の導入や、緊急時における対処方法の確立、およびそこに携わる専門家の育成にも目を向けながら、今後の活動に取り組んでゆきたいと思います。

国際研修「紙の保存と修復」2016の開催

修復実習における裏打ち実演

 平成28(2016)年8月29日から9月16日にかけて、国際研修「紙の保存と修復」を開催しました。本研修は、東京文化財研究所とICCROM(文化財保存修復研究国際センター)の共催で、1992年から実施しており、日本の紙文化財の保存修復の技術と知識を伝えて海外の文化財保護へ貢献することを目的にしています。本年は36カ国64名の応募の内、リトアニア、ポーランド、クロアチア、アイスランド、韓国、ニュージーランド、エジプト、スペイン、ベルギー、ブータンの文化財保存修復専門家10名を招きました。
 本研修は、講義、実習、視察から成ります。講義では、日本の文化財保護の概要、日本の無形文化財保護制度、修復材料とその基礎科学、修復に用いる道具について取上げました。実習では、国の選定保存技術「装こう修理技術」保持認定団体の技術者を講師に迎え、紙作品の修復から巻子仕立てを主に実施し、さらに和綴じ冊子の作製、屏風と掛軸の実物を用いた取扱いも行いました。視察では、名古屋、美濃、京都において、手漉き和紙の製作現場、修復材料・道具店、障壁画や掛軸などの文化財で装飾された歴史的建造物、伝統的な日本の絵画の修復現場などを訪問しました。研修最終日にはディスカッションを行い、各国における和紙の利用状況や課題などについて意見を交換しました。本研修を通して、日本の修復材料と道具そのものだけでなく関連の知識や技術に理解を深め、各国の文化財の保存修復に応用されることが期待されます。

「ネパールの被災文化遺産保護に関する技術的支援事業」による現地派遣(その2)

現地専門家との現場検討

 文化庁委託「文化遺産国際協力拠点交流事業」による標記支援事業の一環として、引き続き、ネパール現地への派遣を実施しています。
 カトマンズ・ハヌマンドカ王宮における主な調査対象建物であるアガンチェン寺(17世紀中頃建立)は、その損傷状況からみて応急的な保護対策を速やかに講じることが必要と判断されました。具体的には、「屋根頂部の雨漏り対策」「建物内部軸組の構造補強」「崩落しかけた外壁面の支持」「落下物からの参拝者や観光客の安全確保」につき、本事業チームの日本人専門家が現地専門家の協力も得ながら計画を作成し、考古局に提案しました。これに基づいて応急補強作業が実施の運びとなり、設計の詳細な検討や作業中の技術的助言のため、平成28年(2016)5月28日~6月4日、6月13日~19日、7月3日~9日の3次にわたり、当研究所から専門家を派遣しました。
 今回はあくまで応急措置ではありますが、現地専門家や職人と直接意見を交わしながらこのような作業を行うことは、目に見える形での貢献にとどまらず、本事業が目的とする現地への技術移転という意味でも有意義なものとの手応えを感じました。今後もさらに、歴史的建造物の本格修復に向けた調査等を進めていきます。

バガン(ミャンマー)における雨漏り対策を目的とした煉瓦造遺跡の外壁調査と応急処置方法の検討

Mae-taw-yat寺院外観
水硬性石灰による充填実験

 平成28年(2016)7月18日~29日までの期間、ミャンマーのバガン遺跡群内Mae-taw-yat寺院(No.1205)において、煉瓦造寺院外壁における損傷傾向の調査および修復材料の検討と施工実験を行いました。これは、前年度まで行っていた同寺院内壁に描かれた壁画の保存状態調査を通じ、漆喰層の剥離・剥落の主な原因が雨漏りにあるとの検証結果を受けて実施したものです。
 現場作業には、欧州より煉瓦材保存修復の専門家にも加わっていただき、ミャンマー宗教文化省 考古国立博物館局バガン支局職員とともに、様々な角度からパガン王朝期に製造された焼成煉瓦の特性について検証を行いました。その結果を踏まえ、ミャンマーの熱帯雨林気候にも配慮した修復材料の選定と、雨漏り対策を目的とする応急処置方法の施工実験を行いました。今後は経過観察をしながら、遺跡における外観美にも配慮した材料の改良を続けてゆく予定です。また、寺院内壁に含まれる水分の分布状況を把握するために、デジタル水分計を用いた多点測定や、外壁の応急処置前の状態を記録するためデジタル4Kビデオカメラによる記録撮影を行いました。
 本事業は暫定的な処置に留まらず、恒久的な処置方法の確立を目指しています。バガンの将来を見据え、かつ現在のミャンマーにおける文化財保護情勢に見合った無理のない方法を検討するとともに、若手専門家の育成にも取り組んでゆきます。

ベルリンにおけるワークショップ「日本の紙本・絹本文化財の保存と修復」の開催

基礎編における掛軸の取扱い実習
応用編における掛軸の修復実習

 本ワークショップは、海外に所在する書画等の日本の文化財の保存活用と理解の促進を目的に毎年開催しています。今年度は、平成28(2016)年7月6~8日に基礎編「Japanese Paper and Silk Cultural Properties」、7月11~15日に応用編「Restoration of Japanese Hanging Scrolls」を、ドイツ技術博物館の協力のもと、ベルリン博物館群アジア美術館を会場に実施しました。
 基礎編には9カ国より15名の修復技術者及び学生が参加しました。参加者は、糊、膠、岩絵具、紙等の文化財に使用される材料についての基礎講義を受け、書画制作技法の実技実習及び掛軸の取り扱い実習等を行いました。応用編では国の選定保存技術「装こう修理技術」保持認定団体の技術者を講師に迎え、7カ国より9名の修復技術者に対し、掛軸の保存修復に関して、実技を中心に実施しました。参加者は、掛軸の上下軸の取り外しや取り付け等の実習と、講師による裏打ち等の実演を通して、掛軸修復に関する知識とそれに裏付けられた技術に触れました。両編ではディスカッションを行い、内容の質疑に加えて日本の修復技術や材料の応用例等の技術的な意見交換も見られました。
 海外の保存修復の専門家に日本の修復材料と技術を伝えることにより、海外所在の日本の有形文化財と無形文化財の保存と活用に貢献することを目指し、今後も同様の事業を実施していきます。

トルコ共和国における壁画の保存管理体制に関する調査

トルコ共和国文化観光省での面談の様子
教会壁画の視察調査(ウフララ渓谷)

 文化遺産国際協力センターでは、トルコ共和国における壁画の保存管理体制を把握すべく、6月18日から24日までの日程で現地調査を実施しました。アンカラでは、これまで同国内で数々の壁画修復事業を行ってきたガーズィ大学芸術学部文化財保存修復学科を訪問し、各事業で実際に行われた保存修復方法について説明を受けました。また、文化観光省では、トルコ共和国における壁画維持管理のさらなる充実を目指した当センターとの協力体制の構築について、文化遺産博物館局次長らとの合意が形成されました。さらに、岡浩駐トルコ共和国日本国特命全権大使への表敬訪問では、昨今の国際情勢を踏まえ、現地の最新の治安情勢・文化政策等についての意見交換が行われました。
 視察調査としては、(公財)中近東文化センター附属アナトリア考古学研究所所長大村幸弘氏の解説で、日本のODAにより建設されたカマン・カレホユック考古学博物館等の見学、カッパドキアギョレメ地区、ウフララ渓谷に点在する教会壁画の保存状況に関する調査を行いました。
 今後は、トルコ共和国各地の教会壁画の視察調査を継続するとともに、現時点における同国の壁画維持管理への理解を深め、改善点や課題を見出しながら、未来を担う壁画保存修復士および保存管理従事者の育成を目指した活動を実施する予定です。

「ネパールの被災文化遺産保護に関する技術的支援事業」による現地派遣

昨年度調査成果のプレゼンテーションの様子
シヴァ寺院からの倒壊部材調査

 東京文化財研究所は、2015年のネパール・ゴルカ地震によって被災した文化遺産の保護に関する調査・支援を昨年度より行なっています。本年度は、文化庁より文化遺産国際協力拠点交流事業(ネパールの被災文化遺産保護に関する技術的支援事業)の委託を受け、4月28日から5月8日まで現地派遣を実施しました。
 今回はまず、ネパール考古局およびユネスコ・カトマンズ事務所の技術スタッフ約30名を対象に、昨年度の調査成果報告会を開催すると共に、考古局長に英文報告書を贈呈しました。参加者からは熱心な質問が出され、今後の技術支援への強い期待を感じました。
 次に、現地調査における中心的な作業としては、カトマンズ・ハヌマンドカ王宮内で倒壊したシヴァ寺院の回収部材について原位置の同定および番付を行なうと共に、写真撮影による各部材のドキュメンテーションを実施しました。この部材調査を通じて、同寺院は少なくとも3期にわたる修復を経ていることが分かってきました。過去の修復に関する記録が乏しいネパールでは、このような部材から得られる情報が、今後の再建に向けた復原設計のための有用な資料になるものと期待しています。
 引き続き各分野の外部専門家にも参加いただいて、「建築構法」「構造」「都市計画」「無形文化遺産」等の多岐にわたる調査を予定しています。現地での活動をネパールの方々と共に実施しながら、様々な技術の移転も図っていきたいと思います。
 なお、上記報告書(日本語版とも)は本研究所のウェブサイトにも掲載していますので、どうぞご参照ください。
http://www.tobunken.go.jp/japanese/publication/pdf/Nepal_NRICPT_2016_J_s.pdf

ネパールにおける文化遺産被災状況調査(その3)

カトマンズ・ハヌマンドカ王宮のアガムチェン寺
同シヴァ寺回収部材の整理格納作業

 文化庁委託・文化遺産保護国際貢献事業「ネパールにおける文化遺産被災状況調査」の一環として、2016年3月8日から26日にかけて、4名の建築保存専門家をカトマンズに派遣し、現地での調査や作業を行いました。
 今回は、主にハヌマンドカ王宮を対象に、以下の3項目を実施しました。
1) アガンチェン寺の詳細調査
2) 伝統的建築材料製作に関する調査
3) シヴァ寺からの回収部材の整理・格納および調査
 まず、同王宮のうちアガンチェン寺については、本体の三重塔が載る階下の三階建部分の詳細実測調査のほか、被災状況の確認や過去の改造変遷に関する検討などを行いました。
 次に、建築材料調査としては、伝統的な煉瓦の製作工場を訪問し、手作りによる作業の状況や品質などを確認しました。
 さらに、ハヌマンドカ王宮内の東側で倒壊した二重層塔シヴァ寺の部材については、前回11月調査に続いて調査分類、整理作業を行いました。今回は、軸部材や軒廻りなど長大な木製部材を中心に、分類・番付・記録を行い、仮設小屋に種別ごとに格納しました。これにより同建物の残存木材を全て確認しましたが、過去の改修状況等について重要な知見が得られたほか、全壊した割には各部材の損傷が軽微で、丁寧に使用部位の特定と復原検討を進めていけば、世界遺産の構成物件に相応しいオーセンティシティを保った形での修復が十分に可能であるとの認識に至りました。
 今後もこのような作業を通じて、日本の文化財修理における調査手法などの技術移転を図りつつ、現地に適した保存修復手法の検討を継続していく予定です。

ロビー展示「選定保存技術-漆の文化財を守り伝えるために」

ロビー展示風景
漆鉋の製作工程

 当研究所1階エントランスロビーでは、定期的に研究成果や事業紹介を行っています。文化遺産国際協力センターでは平成26年度(2014)より選定保存技術に関する調査研究を進め、それぞれの技術や製作の工程、現状の課題などについて情報収集と写真撮影を行い、その成果公開の一環として、カレンダーや報告書を作成し、広く国内外に向けて情報発信を行ってきました。今回の展示では、漆に関する選定保存技術について取り上げました。かつて漆は日本全国で栽培・採取されていましたが、比較的安価な外国産の漆が増え、現在日本国内に流通している漆のうち、国産漆は数パーセントしかありません。また生活習慣の変化などにより漆の産業全体が低迷し、こうした状況は、漆の文化財の保存修復においても深刻な影響を与えつつあります。しかしながら漆の加飾技法である蒔絵は日本を代表する工芸品であり、国内はもちろん、諸外国の美術館等でも数多くの漆工品が現存しています。漆に関わる保存修復技術を継承していくことは、我が国の責務と言えます。現在、漆掻き用具を製作する技術、漆を採取する技術、漆を精製する技術、漆の使用の際に用いる漆濾紙を製作する技術、漆塗りに使う漆刷毛を製作する技術、そして蒔絵などの加飾や細部に漆を塗るために使われる蒔絵筆を製作する技術などが選定保存技術に選定され、それぞれ選定保存技術保存団体・選定保存技術保持者が認定されています。いずれの技術も高度に専門化された特殊技術で、適切な調査と記録を行って情報発信を行うとともに、技術の伝承など現状の課題についての認識を広める必要があります。この展示を通じて漆工品製作や修復に用いられる技術・材料・道具についての理解を深めて頂けたら幸いです。

ネパール人専門家の招聘及び地震被災文化遺産に関するセミナーの開催

セミナーの様子
日光輪王寺の修理工事現場にて

 2015年4月25日に発生したネパール・ゴルカ大震災によって被災した文化遺産の状況と、それに関連するこれまでと今後の活動についての情報をネパール・日本両国の関係者間で共有することを目的として、2月5日に「2015年ネパール・ゴルカ地震による被災文化遺産に関するセミナー」を東文研地下会議室にて開催しました。
 本セミナーは、文化庁から東文研が受託した文化遺産保護国際貢献事業「ネパールの被災文化遺産調査事業」の一環として開催したもので、これに伴い、同国の文化遺産保護行政を代表して文化・観光・民間航空省考古局長(べシュ・ナラヤン・ダハル)、カトマンズ王宮を管理する同王宮博物館発展委員会事務局長(サラスワティ・シン)、UNESCOカトマンズ事務所文化担当官(ナバ・バスニャット・タパ)の3氏をお招きしました。セミナーでは、まず各氏から地震後の状況や復興対応等についての発表があり、これに続いて本事業に参加いただいている日本人専門家から各専門分野における調査結果の中間報告が行われました。現地ではなお困難な状況が続く中、双方が最新の情報を共有し、討議を通じて被災文化遺産への対応等に関する意見を交換することができました。
 翌日には、日本の歴史的建造物修理技術についてネパール人専門家に理解を深めてもらうため、日光輪王寺三仏堂および東照宮陽明門の保存修理工事現場を見学しました。輪王寺の現場で取り組まれている「虫損木材の保存修理」など、ネパールの文化遺産にも共通する課題については特に関心が高く、現場監理を担当されている修理技術者や同行した日本人専門家からの説明をもとに、積極的な質問や意見が交わされました。
 これから本格化するネパールの被災文化遺産修復活動に向けて、さらに継続的な調査等を通じて適切な技術支援を行っていきたいと考えています。

インディアナポリス美術館での日本絵画作品調査

インディアナポリス美術館での調査風景

 日本の古美術品は欧米を中心に海外でも数多く所有されていますが、これらの保存修復の専門家は海外には少なく、適切な処置が行えないため公開に支障を来している作品も多くあります。そこで当研究所では作品の適切な保存・活用を目的として、在外日本古美術品保存修復協力事業を行っています。2016年2月8日から10日の日程で、文化遺産国際協力センターの江村知子、小田桃子がインディアナポリス美術館を訪問し、日本絵画作品の調査を行いました。この調査には国宝修理装こう師連盟専務理事の山本記子氏にもご同行頂きました。インディアナポリス美術館は、1883年に設立されたアメリカ合衆国でも有数の美術館で、世界の美術作品約54000点を所蔵しています。今回の調査では、同館東洋美術学芸員のJohn Tadao Teramoto氏、主任修復師のClaire L. Hoevel氏とともに、保存状態に問題があるとみられる絵画作品7件11点について調査を行いました。調査で得られた情報を同館の担当者に提供して、作品の保存管理に活用して頂く予定です。そしてこの調査結果をもとに作品の美術史的評価や修復の緊急性などを考慮し、本事業で扱う修復候補作品を選定していきます。

バガン(ミャンマー)における煉瓦造遺跡の壁画保存に関する調査・研修

煉瓦造遺跡の屋根損傷状況の調査

 1月7日から1月18日までの日程で、ミャンマーのバガン遺跡において壁画の保存修復に関する研修とバガン遺跡群内No.1205寺院の壁画崩落個所の応急処置を行いました。文化庁から受託している文化遺産国際協力拠点交流事業における、最後の調査・研修となりました。
 研修では、蛍光X線分析装置を用いた壁画の顔料分析、UAV(ドローン)による寺院外観の撮影および写真を用いた3Dモデルの作成技術(SfM)に関する講義、壁画修復現場でのディスカッションを行い、ミャンマー文化省考古博物館局のバガン支局およびマンダレー支局の壁画・建築保存修復の専門職員4名の参加がありました。参加者からは、今回の研修内容を他の修復事業にも役立てていきたいとの意見が聞かれ、今後の活用が期待されました。視察を行った修復現場では、過去の研修で指導した修復材料の調整方法が実践されており、研修の効果の一端を実感することができました。また、No.1205寺院の壁画崩落個所についても、平成26年度から継続して行っている応急処置をすべて終えることができました。本事業での調査を通じて、屋根の雨漏りが壁画損傷の大きな原因の一つであることが検証され、その対策を講じることの重要性が再認識されました。今後のバガンでの壁画保存に、本事業での調査・研修成果が活かされていくことを期待しています。

ネパールにおける文化遺産被災状況調査(その2)

カトマンズ・ハヌマンドカ王宮アガムチェンでの被災状況調査
被災建物回収部材の管理と記録に関するワークショップ
コカナでの被災状況調査

 文化庁委託による標記「文化遺産保護国際貢献事業」の一環として、11月21日から12月8日まで、ネパールでの現地調査を実施しました。
 今回の調査では、9月におこなった世界遺産「カトマンズ盆地」周辺における被災文化遺産の概況調査の結果を踏まえて、構成資産であるカトマンズ・ダルバール広場と、暫定リスト記載で古い街並が残るコカナ集落を対象としました。
 カトマンズ・ダルバール広場では、建築班による「被災状況調査」、構造班による「3D計測」「常時微動計測」を実施しました。また、緊急的保護対策として、倒壊した建造物から回収された部材の適切な管理と記録について、部材の整理・格納を試行するとともに、記録手法の検討をおこない、この課題に取り組む現地の職員へのワークショップを通じてタイミングよく参考例を示すことができました。
 一方、コカナでは、沿道の建造物の「被災状況」「形態変容」「構造」のほか、「無形文化遺産」「水質」等の多角的な調査を実施しました。被災した歴史的都市における「迅速な住居の再建」と「歴史的な街並の継承」という二つの課題は、被災住民からは相反するものとして捉えられがちです。しかし、この難題に立ち向かって歴史継承に意欲的な現地住民組織『コカナ再生・再建委員会』と連携し、文化遺産の視点からの情報を的確に収集することで、再建計画の立案に寄与すべく調査をおこないました。
 今後も継続的な調査を予定しており、その成果を現地側へ迅速に還元できるよう努めていきたいと思います。

カレンダー2016「文化財を守る日本の伝統技術」の作成

2016年 卓上版カレンダー表紙
2016年 壁掛け版カレンダー1月「錺金具」

 文化遺産国際協力センターでは、文化財の保存のために必要不可欠な選定保存技術に関する調査を進めています。選定保存技術保持者および選定保存技術保持団体の方々から作業工程や作業を取り巻く状況や社会的環境などについて聞き取り調査を行い、作業風景や作業に用いる道具などについて撮影記録を行っています。この調査の成果公開・情報発信の一環として、2016年の海外向けのカレンダーを2種類(卓上型・壁掛け型)作成しました。このカレンダーは「文化財を守る日本の伝統技術」と題し、2014、15年度に実施した調査の中から、錺金具・たたら製鉄・日本刀・鬼瓦・檜皮葺・苧麻糸手績み・邦楽器原糸・昭和村からむし・粗苧・漆掻き・漆掻き用具・琉球藍・杼の製作技術を取り上げました。全ての写真は当所企画情報部専門職員・城野誠治の撮影によるもので、それぞれの材料や技術の持つ特性を明確に示す一瞬をとらえる視覚的効果の高い画像で構成し、各図の解説は英語と日本語で掲載しています。このカレンダーは諸外国の文化財関係の省庁・組織などに配付し、広く海外の人々に日本の文化財を守り伝える技術や日本文化に対する理解の促進につなげていきたいと思います。

研究会「東南アジアの遺跡保存をめぐる技術的課題と展望」の開催

総合討議の様子

 東南アジア5カ国より考古・建築遺産の保存修復に携わる専門家をお招きして、11月13日に東文研セミナー室にて標記研究会を開催しました。各国における遺跡保存をめぐる様々な技術的課題について発表いただくとともに、新たな協力の可能性をめぐって意見交換を行いました。これまでに遺跡整備の実践例を多数有するインドネシアとタイ、また特に近年、新技術の導入が目覚ましいカンボジア、ベトナム、ミャンマーからの具体的事例紹介をもとに、考古遺跡や歴史的建造物、博物館等における文化遺産保護状況を広く俯瞰する機会となりました。
 インドネシアからはHubertus Sadirin 氏(ジャカルタ首都特別州文化財諮問専門委員会技術指導官)、タイからはVasu Poshyanandana 氏(文化省芸術局建造物課主任建築家・ICOMOSタイ事務局長)、カンボジアからはAn Sopheap氏(APSARA機構アンコール公園内遺跡保存予防考古学局・考古室長)、ベトナムからはLe Thi Lien女史 (ベトナム社会科学院考古学研究所・上席研究員)、ミャンマーからはThein Lwin氏(文化省考古・国立博物館局・副局長)にお越しいただきました。
 総合討議においては、出土遺構の保存方法、修復における新旧材の整合性、建造物の耐震対策、有形的価値と無形的価値との保存のバランス、管理体制・人材育成の問題等について活発な議論が行われました。これらの国々は、いずれも熱帯あるいは亜熱帯地域に属するという気候環境的な類似性にとどまらず、材料の劣化要因や対策面でも共通する課題を抱えています。域内外でのさらなる連携を視野に入れて情報共有、協力を継続していくことを確認しあう機会となりました。今後も各国との対話を深めながら支援のニーズを見定め、より有効な協力のあり方を考えていきたいと思います。

国際研修2015「ラテンアメリカにおける紙の保存と修復」の開催

和紙の裏打ち実習における実演

 2015年11月4日から11月20日にかけて、ICCROM(文化財保存修復研究国際センター)のLATAMプログラム(ラテンアメリカ・カリブ海地域における文化遺産の保存)の一環として、INAH(国立人類学歴史機構、メキシコ)、ICCROM、当研究所の3者で国際研修を共催しました。本研修は、INAHを会場にして、今年で4回目の開催です。
 研修前半は当研究所が担当し、ポルトガル、ベリーズ、チリ、コロンビア、キューバ、メキシコ、ウルグアイ、ベネズエラの8カ国から、9名の文化財修復の専門家が参加しました。本研修では、日本の紙文化財の保存修復技術を海外の文化財へ応用することを目的に、日本の文化財保護制度の紹介から始まり、修復に関連する和紙や接着剤等の材料、国の選定保存技術のひとつである装こう修理技術の基本的な知識等を講義した上で、実習を行いました。実習は、プログラムの一環で当研究所において数ヶ月間装こう修理技術を学んだINAH職員が共に遂行しました。日本人講師の実演を踏まえて、糊炊き、作品のクリーニング、補修、裏打ち、張り込み等の和紙の特性を活かした装こう修理技術の基礎を体験してもらいました。研修後半は、メキシコとスペイン、アルゼンチンの文化財修復の専門家によって、欧米の保存修復における和紙の応用等についての研修が行われました。この様な技術交流を経て、日本の保存修復技術への理解の深化と海外の文化財保護への貢献ができるよう、同様の研修を継続する予定です。

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