研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


バガン(ミャンマー)における煉瓦造寺院外壁の保存修復と壁画調査(2)

(現地若手専門家を対象にしたワークショップ)
モンユェ寺院群 No. 1寺院

 平成31(2019)年1月14日〜2月3日までの期間、ミャンマーのバガン遺跡群内Me-taw-ya(No. 1205)寺院において、平成30年7月〜8月にかけて実施した作業を継続し、壁画保護のための雨漏り対策を主な目的とする煉瓦造寺院外壁の保存修復を行いました。バガンでは、平成28(2016)年の地震で被災した箇所の修復が今なお続いており、現地の専門家からは現状に即した修復プランの立案方法や、保存修復方法について指導して欲しいとの要望がありました。これを受けて、現地の保存修復士(計5名)ならびにエンジニア(計5名)を対象にしたワークショップを実施し、彼らが抱える問題に耳を傾けながら解決策について議論を行いました。
一方で、壁画の技法や図像に関する調査を実施しました。バガンでは最盛期の13世紀の作例を中心として詳細な情報収集に努めました。また、アミン村やアネイン村など17~18世紀の壁画が多く現存するチンドウィン川沿いの村々を訪問しました。現在確認されている壁画については今回の調査でほぼ完了となり、今後は得られた結果を保存修復方法へ反映させていきます。
  今回、現地の専門家より話を聞いた結果、諸外国により繰り返し行われる国際文化財保護事業には、実際は導入することの難しいものが多く、震災後の保存活動についても根本的な問題の解決につながるものは少ないとの声が聞かれました。これまでもこうした点に配慮しつつ事業を進めてきましたが、改めて実用的な改善策の提示と継続可能な保存修復技術の伝達に努めていきたいと考えています。

バガン(ミャンマー)における煉瓦造寺院外壁の保存修復と壁画調査

寺院頭頂部の作業風景
ポーカラー寺院壁画(部分)

 平成30(2018)年7月11日〜8月5日までの期間、ミャンマーのバガン遺跡群内Me-taw-ya(No.1205)寺院において、壁画保護のための雨漏り対策を主な目的とする煉瓦造寺院外壁の保存修復を行いました。本年の1月〜2月にかけて実施した作業を継続し、平成28(2016)年の地震で被災した箇所の見直しを行い、ストゥッコ装飾や目地材といった外観美に影響する箇所についても修復方法を検討しました。この結果、煉瓦崩落時における修復方法や使用材料について方針を示すに至り、ミャンマー宗教文化省考古国立博物館局バガン支局からも高い評価を得ることができました。
 また、ミャンマーにおける壁画技法の変遷や美術史、図像に関する調査を前回に引き続き実施しました。まず、バガンに存在する11~13世紀の代表的な壁画についてさらなる情報を収集し理解を深めました。その後はマンダレーへ移動し、同市を拠点としてインワ、サガイン、アマラプーラ、チャウセーに点在する寺院を訪ね、17~19世紀の壁画の特徴を把握するよう努めました。
 滞在期間中にはヤンゴンにある在ミャンマー日本国大使館を訪問し、当事業の概要について説明させていただきました。今後は経過報告を通じて当研究所におけるバガンでの文化財保存活動に関する情報を共有していきます。

バガン(ミャンマー)における煉瓦造寺院外壁の保存修復と壁画調査

被災した尖塔部分の解体修復
美術史および図像に関する調査風景

 平成30年(2018)1月23日~2月13日までの期間、ミャンマーのバガン遺跡群内Me-taw-ya寺院(No.1205)において、壁画保護のための雨漏り対策を主な目的とする煉瓦造寺院外壁の保存修復を行いました。今回は平成28年(2016)8月24日の地震で被災した尖塔部分の修復処置と、塔頂部に残されたストゥッコ装飾の保存修復を中心に行いました。期間中には、ミャンマー宗教文化省 考古国立博物館局バガン支局からの依頼を受け、若手保存修復士を対象にしたワークショップを開催しました。今回のワークショップでは実際の作業に参加しながら、使用する修復材料の特性やその効果について理解を深めてもらうことを目的とし、その正しい使い方について技術指導を行いました。
 また、ミャンマーにおける壁画技法の変遷や美術史、図像に関する調査を実施しました。最盛期である11~13世紀の壁画調査が前回までに一段落したこともあり、今回は復興期ともいえる17~18世紀の壁画を対象として、バガンのみならずモンユワ近郊のキンムン村やポーウィン山洞窟にも足を運び、多くの情報を得ることができました。
 2月9日にはヤンゴンにあるユネスコミャンマー事務所を訪問し、東京文化財研究所のMe-taw-ya寺院におけるこれまでの研究成果や保存修復活動について報告を行いました。壁画の保存を念頭に置いた一貫性のあるプロジェクトと、地震による被災箇所への早急な対応プロセスを高く評価していただき、今後は情報を共有しながら協力関係を築いていくことで合意しました。
 今回で深刻なダメージが認められた被災箇所に対する処置が終了しました。来年度からは、被災箇所の修復から従来の目的である雨漏り対策を念頭に置いた外壁の保存修復へと徐々に移行していく予定です。今後も現地専門家と意見交換を重ねながら、バガン遺跡群に適した保存修復方針を組み立てていきます。

バガン漆芸技術大学における漆工品ワークショップの開催

漆工品の調査実習
クロスセクションサンプルの顕微鏡観察実習

 文化遺産国際協力センターは、ミャンマー連邦共和国における文化遺産保護事業の一環として、バガン漆芸技術大学において漆工品ワークショップを開催しました。バガンは漆工品の一大産地として知られています。同大学はその伝統と技術を継承するため若い技術者の育成に力を入れており、また付属の漆工品博物館を備え、数多くの文化財を所蔵しています。その一方で、文化財の保存修復や材料の科学調査および研究に関する知識と技術を必要としています。
 平成29(2017)年2月6日~8日に実施したワークショップには同大学の教授と付属博物館の学芸員合計12名が参加し、漆工品の保存修復の基礎として不可欠である調査と科学分析について実習と講義を行いました。調査の実習では、各受講者が日本の漆工品3点と付属博物館の所蔵品1点を目視で観察・記録し、それぞれの用途や材料、技法、損傷状態についての意見交換後、講師が解説を行いました。また、科学分析の実習ではクロスセクションのサンプル作製と観察を行いました。実際の作品から剥離した断片を樹脂で封入し、研磨して仕上げたサンプルを顕微鏡で観察することにより、漆塗りの構造について理解することを目的としています。実習の内容を補完するため、講義では保存修復の事例と主な科学分析方法を紹介しました。
 本ワークショップでの経験が、ミャンマーにおける文化財保護の一助となればと考えています。

バガン(ミャンマー)における煉瓦造寺院外壁の保存修復方法に関する研究

防水シートの設置
ラッシングベルトの設置

 平成29年(2017)2月5日~28日までの期間、ミャンマーのバガン遺跡群内Mae-taw-yat寺院(No.1205)において、壁画保護のための雨漏り対策を主な目的とする煉瓦造寺院外壁の保存修復方針策定に向けた施工実験を行いました。前回までの調査を通じて課題となっていた修復材料の選定と外観美に配慮した修復方法について、ミャンマー宗教文化省 考古国立博物館局バガン支局職員と協議を重ねることで、具体的な方針案に関する有意義な意見交換を行うことができました。また、本事業の主軸テーマである壁画について、現地専門家の方に解説をいただきながら、技法の変遷や図像学について情報収集を行いました。
 現場作業を進める中では、昨年8月24日にミャンマー中部を震源とするM6.8の地震による被害が寺院構造体に発生していることが明らかとなり、当初の予定を一部変更して被災箇所に対する応急処置を行いました。バガン遺跡群において、煉瓦造寺院および内部に描かれた壁画に傷みをもたらす主な原因が雨漏りであることは明白です。構造体を補強するラッシングベルトと並行して、間近に迫った雨季に配慮した崩落防止ネットおよび防水シートの設置を行いました。
 今後は寺院建造時に使用された各種材料の化学分析を進め、これまで使われてきた修復方法を客観的に見直すとともに、新旧材料の適合性について研究を進めていきます。また、現在のバガン遺跡群に適した保存修復方法について、現地専門家とともに方針を組み立ててゆく予定です。

ケルンにおけるワークショップ「漆工品の保存と修復」の開催

応用編における素材見本帖作製実習
応用編における琉球加飾技法実習

 文化遺産国際協力センターは、国際研修事業の一環として本ワークショップを毎年開催しています。海外の美術館や博物館に所蔵されている漆工品はコレクションの重要な一部を構成しており、これらの作品を取扱うための知識や技術が必要とされています。本ワークショップでは、素材や技法の理解を通じて文化財の保存修復に寄与することを目指しています。
 今年度は平成28(2016)年11月30日~12月3日に応用編「漆工品の調査と保存・展示環境」を、12月6日~10日に応用編「呂色上げと加飾技法」をケルン市博物館東洋美術館にて実施しました。いずれも専門性をより追求した内容としてリニューアルし、世界各国より修復技術者が参加しました。前者のワークショップでは漆工品の保存と展示環境に関する講義、そして東洋美術館館長による収蔵庫見学に続き、実習では所蔵作品の調査を行いました。また、木地、漆、下地等の様々な素材に触れながら見本帖を製作しました。後者のワークショップでは沖縄県立芸術大学より琉球漆芸の専門家を講師に迎え、その歴史や技法についての講義のほか、実習では代表的な加飾技法を体験しました。また、漆塗りの最終段階である「呂色上げ」の実習を通じ、漆工品の塗り工程が理解できるように努めました。
 今後も受講生や関係者の意見・要望を採用しつつ、漆工品の保存修復に貢献し得るプログラムを構成し、ワークショップの開催を継続していく予定です。

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