タジキスタンにおける壁画片の保存修復と人材育成(第6次ミッション)


平成21年10月4日から11月17日まで、文化庁委託文化遺産国際協力拠点交流事業の一環として「タジキスタン国立古物博物館が所蔵する壁画片の保存修復」の第6次ミッションを派遣しました。前回のミッションに引き続き、タジキスタン北部のカライ・カフカハ(シャフリスタン)遺跡から出土した壁画片の修復作業を、タジク人研修生4名と共同で行いました。前回までに、同遺跡から出土した植物文の壁画片の接合、クリーニングを終え、新しい支持体に固定する作業(マウント)を完了しました。今回は仕上げの作業として、表面の欠損部分と側面に充填材を塗布し、背面に金具をとりつけました。
10月28日に、在タジキスタン日本大使館臨時代理大使、ワークショップ「中央アジア出土壁画の保存修復2009」の参加者が見守るなか、壁画を博物館の展示室に設置しました。タジク人研修生が自分たちの手で接合しクリーニングした壁画を初めて展示した喜びを、参加者全員で分かち合いました。今後も保存修復作業をとおして、タジキスタンにおける保存修復家の育成に協力していきます。
西スマトラ地震にともなう被災文化遺産状況調査の実施

ユネスコ(ジャカルタ事務所)およびインドネシア政府の要請を受け、2009年9月30日に発生した西スマトラ地震で被災したパダンにおける文化遺産被災状況調査を11月11日から25日にかけ実施しました。調査は、清水真一、秋枝ユミイザベル(以上、文化遺産国際協力センター)、武内正和(文化庁)による歴史建造物調査、布野修司(滋賀県立大学)、竹内泰(宮城大学)による都市計画調査にわけて行われ、これら調査成果はユネスコを通し、インドネシア政府が作成するパダン復興計画に組み込まれる予定です。
パダンは西スマトラ州の州都であり、その都市形成の歴史は17世紀まで遡ります。地震では大規模で3階以上、RC構造の多くの公共建築、学校建築が多く被害を受けると同時に、現在も住民が生活をしている歴史的建造物への被害も多くみられました。今後、どのように地域住民の参画を促しつつ復旧に取り組むかが大きな課題です。
イラク人専門家の人材育成事業

イラク国立博物館保存修復研究室の専門家に対する人材育成事業は、2004年より運営費交付金およびユネスコ文化遺産保存日本信託基金をもとに実施されてきました。本事業では、これまでにのべ18名の保存修復専門家を研修生として受け入れてきました。そして帰国した研修生は、それぞれの技術を活かし多くの文化財の修復を行っています。 これまでの研修では、日本国内のさまざまな機関の協力を受け、金属器を中心に博物館に供与された設備を使用するための実習を行ってきました。本年度は、ユネスコおよびイラク国立博物館の意向を受け、染織品の保存修復と文化財保存修復や材質分析に必要な機器に関する研修(機器研修)を実施しました。6月18日から9月19日の3ヶ月と比較的短期ではありましたが、保存修復の技術の研修に加えて、その背景にある保存理念やさまざまな科学的知識などの講義、実習を取り入れることで、一修復専門家の育成にとどまらず、将来にわたり博物館の専門家を指導できる人材の育成を目指しました。 研修は、染織品の保存や分析を率先して行っている大学の研究者をはじめ、保存修復専門家の方々の協力の下に実施されました。財団法人静岡県埋蔵文化財調査研究所では、考古遺物の保存修復、発掘現場での対処法について学び、現場での取り扱いについて学びました。染織品の保存修復実習では、まず、保存修復の基礎や染織品の歴史についての基礎講義をそれぞれ専門の先生方に行っていただきまし、その後、女子美術大学の協力を得て、女子美術大学が所蔵する江戸時代の小袖、コプト布片を題材に、保存修復と保管管理について実習を行いました。機器研修では、東京文化財研究所保存修復科学センター、奈良文化財研究所の協力の下、さまざまな機器の使用方法、分析技術に関する講義と実習を行いました。
2009年1月にイラク国立博物館の陳列の一部が再開しました。これまでに、イラク国内の混乱のなかで失われた文化財の3分の1が博物館に返還されてきており、少しずつですが確実に復興に向かっています。本研修に参加した保存修復家が博物館の将来を担う人材に成長し、イラク国内の復興に貢献することを期待します。
ワークショップ「中央アジア出土壁画の保存修復2009」の開催

タジキスタン国立古代博物館において、10月23日から28日まで、ワークショップ「中央アジア出土壁画の保存修復2009」を開催しました。本ワークショップは、文化庁委託「文化遺産国際協力拠点交流事業」の枠組みにおいて、東京文化財研究所が、タジキスタン共和国科学アカデミー歴史・考古・民族研究所と共同で行っている「タジキスタン国立古代博物館が所蔵する壁画片の保存修復」事業の一環であり、昨年度に引き続き、2回目となりました。 本年度は、中央アジア諸国(カザフスタン、キルギス、トルクメニスタン)の専門家3名の招聘に加え、ロシア、エルミタージュ博物館壁画修復室から2名、中国敦煌研究院から1名を招聘しました。また、タジキスタン国立古代博物館の研修生6名も参加しました。 ワークショップでは、ロシアの修復家から、旧ソ連時代に行われた中央アジア出土の壁画の修復方法について、また、各国の参加者から自国における保存修復の活動について報告がありました。さらに、私たちがタジキスタンで行っている保存修復の方法を紹介し、実際に作業の一部を体験してもらいました。今後も同様のワークショップを開き、中央アジアにおける壁画の保存修復活動の促進と、保存修復方法の改善を目指します。
第23回国際文化財保存修復研究会の開催

10月8日、43名の参加を得て、第23回国際文化財保存修復研究会「遺跡はなぜ残ってきたか」を開催しました。 遺跡保存を考える際には、傷んでいる部分が特に調査され、その劣化原因が研究されるのが一般的ですが、今回は敢えて良好な状態で保存されている遺跡について、その遺跡がなぜ今も残っているかを検討することから、傷んでいる遺跡の今後の保存を考えることを目指しました。発表は、イタリア・ローマ文化財監督局のパオラ・ヴィルジッリ氏による「アウグストゥスのパンテオンとハドリアヌスのパンテオン―将来的な保存のための調査、発掘、研究、診断―」、鳥取県埋蔵文化財センターの原田雅弘氏による「青谷上寺地遺跡の保存環境」、インドネシア大学のチェチェプ・エカ・プルマナによる「インドネシア・南スラヴェシの洞窟壁画」の3件で、その後、総合討議が行われました。それぞれの遺跡が残されてきた経緯や科学的な条件などを理解することから、今後の遺跡保存に向けた有用な情報が参加者の間で共有されました。
大エジプト博物館保存修復センター保存修復専門家人材育成詳細計画策定調査ミッション


文化遺産国際協力センターでは国際協力機構(JICA)の要請を受けて、「大エジプト博物館(Grand Egyptian Museum)」の付属機関である「保存修復センター」の設立と稼働に向け、技術的な支援を続けています。
来年4月から開始予定であるフェーズⅡ(第2段階)の本格協力段階における人材育成計画策定のために、今回は最長10月26日から11月14日の日程で(担当専門分野によって日程が異なる)、保存修復や収蔵管理の日本人専門家10名に加え2名の東文研職員からなるミッションをエジプトに派遣し、事前調査を行いました。
期間中は、大エジプト博物館保存修復センターを2度視察し、エジプト側プロジェクト執行部や現場で準備を進めている修復家たちと話し合いを重ね、センター設立の進捗状況を把握することができました。また、文化財の移送が予定されている博物館の収蔵庫視察や修復家と話をする機会があり、エジプトの保存修復の現況を把握することができました。これらの調査をもとに、専門家が人材育成計画を執筆したものを東文研がとりまとめ、JICAを通してエジプト側に提出する予定です。今後ともセンター設立とその稼働に向けて、協力を進めていきます。
アジャンター壁画の保存修復に関する調査研究事業~第2次ミッション報告


東京文化財研究所とインド考古局は、文化庁委託「文化遺産国際協力拠点交流事業」の枠組みにおいて、アジャンター壁画の保存にむけた共同研究に取り組んでいます。アジャンター壁画は、玄武岩の亀裂を伝って洞窟内に浸入した雨水による害、コウモリの糞尿による害(白色化、黒色化)、人為的な要因による損傷に加え、過去の修復に用いられたシェラック(ワニス)の黄化による色調変化や彩色層の亀裂と浮き上がりといった問題を抱えています。
平成21年9月に行った第2次ミッションでは、壁画の保存状態を詳細に記録するため、第2窟内部壁画全面を対象とした「高精細デジタル写真記録」、「色彩計測」を行いました。インド人専門家と共同で撮影・計測作業を行うことで、文化財保存におけるデジタルドキュメンテーションに関する知識の共有、技術交換を目指しています。
タイ・スコータイ遺跡での日タイ共同研究

東京文化財研究所は、タイ文化省芸術局とタイの文化財の保存に関する共同研究を行っており、9月14日~16日、共同の現地調査を行いました。スコータイ遺跡のスリチュム寺院には、煉瓦の芯に表面を漆喰で仕上げた高さ15m余りの仏像があります。その表面にはかつてコケ類や藻類が繁茂していましたが、11年前の撥水処理により、しばらくの間はきれいな状態を保っていました。しかし、近年再び藻類などによる汚れが部分的に目立つようになったため、その対策について仏像自体の観察やサンプルを設置しての実験、微気象の観測などにより検討を行っています。今回はスリチュム寺院でのこのような活動のほか、周辺の遺跡での観察も実施し、特に、覆屋を遺構に設置した場合の効果や欠点について検討を行いました。
アジャンター遺跡の保存修復にむけた専門家会議

東京文化財研究所とインド考古局は、平成20年度より文化庁委託事業「文化遺産国際協力拠点交流事業」の枠組みの中で、インド・アジャンター遺跡の保存に向けた共同研究に取り組んでいます。本専門家会議は、アジャンター石窟とその壁画保存に携わる専門家を招き、シルクロード沿いの地域における仏教石窟と壁画の保存という共通の課題に向けて、保存修復を通じた日本の国際貢献を含めて議論を交わすためのものです。
インド考古局からは、クシャル・シン・ラナ科学部長(文化庁外国人芸術家・文化財専門家招へい事業による)、アジャンター監督官を務めるV.S.ラガヴェンドラ・ラオ氏を招き、インドにおける文化財保存の全体像と、アジャンター遺跡の保存に向けた現状の課題について、それぞれ講演いただきました。また、東京文化財研究所が平成20年2月から3月にかけて派遣した第1次ミッションの報告も合わせて行い、今後の保存修復にむけた意見交換を行いました。
松浦晃一郎ユネスコ事務局長を招いての講演会開催

現在文化遺産国際協力センターが事務局を担当している文化遺産国際協力コンソーシアムでは、8月3日に東京文化財研究所セミナー室へ松浦晃一郎ユネスコ事務局長をお招きし、講演会を行いました。講演会の冒頭、松浦事務局長から平山郁夫コンソーシアム会長に対してユネスコ親善大使20周年記念のメダルが授与されました。これに引き続き、松浦事務局長から「文化遺産国際協力の今後の展望」と題して、ユネスコで10年間事務局長を務められたご自身の業績を振り返りつつ、文化遺産国際協力でユネスコが果たしてきた役割についてお話いただきました。ユネスコにおいて文化関連条約の六条約体制(1954年のハーグ条約、1970年の文化財不法輸出入等禁止条約、世界遺産条約、水中文化遺産条約、無形遺産条約、文化多様性条約)が築かれるまでの軌跡と意義の説明があり、我が国に対しては、70年条約での貢献、水中文化遺産条約の批准、二国間援助の強化などを通じて、六条約体制に基づく真のグローバル体制に向けて大いなる期待を寄せていることが述べられました。会場は盛況で、入りきれなかった人のために別室でのモニターによる中継も行いました。専門家・一般も含め多くの方々が熱心に耳を傾けた講演会でした。
拠点交流事業モンゴル:アマルバヤスガラント寺院での建造物修復研修ワークショップ



モンゴルにおける拠点交流事業の一環として、8月18日から29日までの日程で、日本より4名の専門家を派遣し、北部セレンゲ県のアマルバヤスガラント寺院において木造建造物の保存修復に関する研修ワークショップを開催しました。これは、同国における木造建造物の保存修理技術向上を目的として、東京文化財研究所とモンゴル教育・文化・科学省(MECS)とが共同で企画した2009年度ワークショップの第2弾です。
モンゴル国立科学技術大学建築学科の学生を対象として、保存修理設計に必要な事前調査と計画作成の基本的方法を習得させることが、ワークショップの目的でした。座学ではモンゴルと日本における文化財建造物の修理と調査の方法などについて学び、現場実習では同寺院の伽藍内にある建物の実測等を行いました。80年代の同寺院修復に際してユネスコから派遣された日本の社寺木工技術者も講師に加わり、調査・製図・計画の具体的方法等を実習することができました。
歴史的木造建造物に実際に触れて調査するのは初めての学生たちでしたが、現場の体験を通じて建物の「見方」が形成されてゆく過程がみてとれました。文化財建造物を専門とする人材が不足するモンゴルにおいて、木造建造物保存の今後を担っていく確かな意欲を感じさせた学生たちに、大いに期待が持たれるところです。
カンボジア出張

7月24~28日に、カンボジアのアンコール遺跡群で、石造遺跡の劣化に関する調査を行いました。タ・ネイ遺跡では、遺跡で用いられているのと同種の砂岩新材を用いて、その表面に微生物を繁茂させることで、微生物が岩石風化に与える影響に関する調査を続けています。また、表面に地衣類が繁茂している石材の一部に、薬剤を塗布することでクリーニングを試み、その効果や弊害などについても観察を行っています。今回はこうした調査・研究に関する基礎的なデータを現地で収集し、また施工実験を行いました。また、奈良文化財研究所が調査を行っている、西トップ寺院でも、石材表面の微生物をクリーニングする実験に協力し、それに関わるデータの収集も行いました。
タンロン皇城遺跡の保存に関する専門家協議

ベトナムの首都ハノイの都心に立地するタンロン皇城遺跡では、国会議事堂建て替えに伴う調査で李朝期(11-13世紀)をはじめとする歴代皇宮の建物や区画施設の跡、大量の遺物等が発見され、日越両政府の合意に基づく保存支援協力が継続されています。緊急発掘調査も一応の区切りを迎え、出土遺構および遺物をいかに保存・活用していくかが大きな課題となっています。
今回は、日越合同専門家委員会の考古・建築・歴史・社会学・保存管理計画の各専門委員が訪越し、越側委員や関係機関と今後の協力につき協議しました。7月28日の全体協議には文化庁と在越日本大使館からも参加を得て、中長期の計画とともに来年のハノイ建都千年祭や3年後の新議事堂竣工に向けた短期的課題についても話し合い、遺跡の価値に関する従来の研究に加え、遺構・遺物の保存措置や整備・展示計画といった分野でも専門的支援を行うことで合意しました。
なお、この派遣は文部科学省科研費による研究の一環として行いましたが、今後は近々始動予定のユネスコ日本信託基金事業との連動により、さらに効果的な協力を目指していきます。
第33回世界遺産委員会


第33回世界遺産委員会は、6月22日~30日にスペインのセビリアで開催されました。40℃を超える暑さの中、時折迷い込んだ野鳥が飛び回る展示場を会場に、連日23時まで議論が行われました。日本からは関係省庁や研究機関、地元の遺産の一覧表への登録を目指す地方自治体関係者などが参加し、当研究所からは筆者を含め2名が参加しました。
世界遺産一覧表には13件の遺産(自然2件、文化11件)が登録、1件が抹消され890件となりました。登録の傾向として、奴隷貿易関連の遺産が諮問機関の勧告を覆し登録されるなど、人権に関する遺産への高評価が伺えます。今回は情報照会の決議でしたが、国立西洋美術館を含むル・コルビュジエの作品群のような、複数の国にまたがる複数の遺産を1件として推薦することも、国際協調の観点から推奨されているようです。
また、ドレスデン・エルベ渓谷の一覧表からの抹消が決議されました。登録直後に渓谷を横断する橋の建設が計画され危機遺産とされましたが、建設は中止されず、ドイツ側から具体的な代替案も提案されなかったためです。一覧表からの抹消は2例目ですが、遺産を持つ国が削除を希望していないにもかかわらず抹消されたのは初めてです。
今回、予定されたいくつかの審議が来年に延期されました。秘密投票を伴う審議が複数あったのも原因ですが、同趣旨の発言の繰り返しも目立ち、議論の進行にも問題があるように思われました。また、国境問題を抱える国同士の対立による審議内容変更など、世界遺産の外交上の重要性を改めて認識することとなりました。
大エジプト博物館保存修復センタープロジェクト 初の在日研修

文化遺産国際協力センターでは国際協力機構(JICA)の要請を受けて、エジプトのギザで建設が進んでいる「大エジプト博物館(Grand Egyptian Museum)」の付属機関である「保存修復センター」の設立に向けたプロジェクトにおいて、専門的な見地からの技術支援を行っています。
2009年7月8日から9月1日までの約2ヶ月間、本プロジェクトにおける日本で初めての研修を、人材育成・技術移転を目的として実施しています。大エジプト博物館保存修復センターに所属するエジプト人保存修復家22名の中から選抜されたダリア・アリー・アブデルアアル・エルサイド氏 とベニス・イブラヒム・シャハタ・アティーア氏 の2名の研修生が、東文研の運営費交付金およびユネスコ文化遺産保存日本信託基金事業の一環として東文研へ招聘しているイラク人研修生と共に、「染織品の保存修復」に関する研修を受講し、その専門性を磨いています。この研修は、女子美術大学を中心とした専門家の協力のもと、講義と実習を組み合わせた実践的な内容で行われています。
拠点交流事業モンゴル:木造建造物の彩色塗装に関する技術交流ワークショップ



モンゴルにおける拠点交流事業の一環として、7月20日から29日までの日程で、日本より5名の専門家がモンゴルを訪れ、モンゴル東部にあるヘンティ県のベレーヴェン寺院の復原現場において、木造建造物の彩色塗装に関する技術交流ワークショップを開催しました。これは、モンゴルの現状に即した木造建造物の保存修理の技術の向上を目的として、東京文化財研究所とモンゴル教育・文化・科学省(MECS)と共同で企画したものです。
ワークショップ前半は、彩色塗装の修理復原計画と実施・伝統的な修理と復原の技法・科学的研究分析についての発表と意見交換をしました。後半は、寺院の古材を用いた分析実習と日本の伝統的な彩色技法についての実習を実施しました。モンゴル側は、国立文化遺産センター(CCH)と歴史的建造物の保存修理を請け負うスードゥール社から、それぞれ彩色塗装担当職員4名が参加しました。両国の現場を担う専門家同士が、活発な意見交換を行い、日本とモンゴルの伝統的な技法と材料に関して、基本原則は共通していることを確認するとともに、相違点も明らかとなり、今後の技術交流において有意義な情報の共有を諮ることができました。
なお、ワークショップ終了後には、日本側の専門家だけでモンゴル北部セレンゲ県のアマルバヤスガラント寺院に立ち寄り、現存する彩色塗装について科学分析調査を行いました。この調査を通して、分析法や結果についてさらに情報共有を図ることの重要さをはじめ、今後も専門家間の交流を続けたいという認識を参加者が感じることができました。日本の経験と技術がモンゴルの文化遺産保護に貢献できる場がひとつ増えたのではないでしょうか。
シルクロード人材育成プログラム古建築保護修復研修コース終了

昨年秋の北京での3カ月間の研修に引き続き、中国青海省のチベット仏教寺院、塔爾(タール)寺で4月初旬から4カ月間の日程で実施してきたシルクロード人材育成プログラム古建築保護修復研修コースが無事に終了し、7月31日、中国国家文物局、中国文化遺産研究院、東京文化財研究所、青海省文物局、塔爾寺、そして本事業の資金提供者である中国サムスン社からそれぞれ代表が出席し、修了式を開催しました。新疆、甘粛、寧夏、青海、陝西、河南の各省・自治区から集まった計12名の研修生は、必ずしも全てが同じ建築保護の経験を持っているわけではなく、研修カリキュラムが求めている内容の理解や、成果の達成に苦労しました。しかし各自が持つ能力を活かし、互いに助け合いながら合計7カ月に及ぶ長期研修を乗り切ることができました。日本側講師、中国側講師も研修生が直面している様々な問題について一緒に考え、解決の道を探しました。文化遺産保護が、いかに多くの人々の智恵と技術を結集したものであるかを実感させる7カ月間であったと言えます。その結果、研修生たちは、昨年の北京・故宮紫禁城での調査報告書、今年の塔爾寺での調査報告書、そして個人テーマによる研究論文12本をまとめた実習報告書を完成しました。彼らはすでにそれぞれの所属機関に戻り、日常の作業に従事しています。今回の研修が、彼らがこれから歩む道の足下を照らす、心強い灯りとなってくれることを願っています。
イラク人専門家の人材育成事業

文化遺産国際協力センターでは運営費交付金「西アジア諸国等文化遺産保存修復協力事業」およびユネスコ日本文化遺産保存信託基金「バクダードにあるイラク国立博物館の保存修復室復興」を基に、イラク人保存修復家を日本へ招へいして、文化財の保存修復にかかる人材育成・技術移転のための研修を実施しています。本年度は、イラク国立博物館よりスィーナー・C・A・アルティミーミー氏、ファドゥヒル・A・A・アラウィ氏、モハンマド・K・M・J・アルミマール氏、バーン・A・M・A・アルジャミール氏の4名の保存修復専門家を招へいし、2009年6月19日から9月18日までの3ヶ月間にわたり、主に染織品の保存修復実習と文化財保存修復や材質分析に必要な機器に関する研修を開始しました。本研修では、女子美術大学、奈良文化財研究所、静岡県埋蔵文化財調査研究所など、国内の大学・保存修復専門機関の協力を得て行います。
タジキスタンにおける壁画片の保存修復と人材育成(第5次ミッション)


平成21年5月13日から6月12日まで、「タジキスタン国立古物博物館が所蔵する壁画片の保存修復」の第5次ミッションが派遣されました。昨年度のミッションに引き続き、タジキスタン北部のカライ・カフカハ(シャフリスタン)遺跡から出土した壁画片の修復作業を、タジク人研修生4名と共同で行いました。今回のミッションでは、壁画片の接合、貼付されたガーゼの取り外し作業を指導し、タジク人研修生に実践してもらいました。また、これまでにクリーニングと接合作業を完了した壁画片1点を新しい支持体に固定する作業(マウント)を行いました。接合部分を含め、全体を保持するための裏面からの補強には、炭素繊維で織られた三軸織物(サカセ・アドテック社製)を使用しました。従来、支持体には、石膏や木材などを用いていましたが、今回は、炭素繊維と合成樹脂を用いて、より軽量で取り扱いのしやすい支持体の作成方法を採用しました。これら一連の作業をタジク人研修生と一緒に行い、技術移転を図り、現地の人材育成にも貢献しています。
シルクロード人材育成プログラム・古建築コース実施

中国文化遺産研究院と共同の「シルクロード沿線文化財保存修復人材育成プログラム」の一環として、古建築保護修復コース(後期)を4月初旬から青海省のチベット仏教僧院、塔爾(タール)寺で実施しています。修復理論や実測調査を学んだ昨年に続く今回は、保存管理計画策定から修理の基本設計、実施設計へと至る流れを実習する課程としました。同時に、調査・設計・監理を一貫して行う日本独自の修理システムを紹介することで、ともすればマニュアルに頼りがちな保存のあり方を考える契機になればとの意図も込めました。
5名の講師を交替で派遣した日本側の講習は5月末で終了し、以後は中国側による講習が7月末まで続きます。12名の研修生は熱心に学んでいますが、課題点も浮き彫りになりました。まず、同じ木造と漢字の文化でありながら、日中の建築には意外に大きな相違があり、用語や修復観をめぐって意思疎通に手間取る場面にしばしば遭遇しました。また、境内各所では修復工事が進行中で、その一角を借りての現場実習でしたが、迅速な施工を求める寺側と調整がつかず、途中で実習対象建物の変更を余儀なくされることもありました。カリキュラムと実施行程のいずれにおいても、研修計画段階での綿密な検討の必要性を痛感させられました。