研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


モンゴルにおける拠点交流事業

モンゴル建築家協会会長との情報交換の様子
国立公文書館の科学技術図面資料センターで実測・復原図を閲覧している様子
国立公文書館の科学技術図面資料センターで実測・復原図を閲覧している様子

 モンゴルにおける拠点交流事業の一環として文化遺産国際協力センターより4名が3月9日から13日までウランバートル市を訪れ、石造遺跡の計測・記録作成および建造物修復の技術協力を行うための打ち合わせと情報収集を行いました。来年度の事業の展開については、国立文化遺産センター所長エンフバット氏とヘンティ県の遺跡保護の研修について、モンゴル教育・文化・科学省の博物館・歴史文化財担当主席専門官オユンビレグ氏とは建造物修復研修について、それぞれのカウンターパートとの準備を進めることができました。なかでも、建造物の研修に関連して今回面会したUMA(モンゴル建築家協会)会長とは、モンゴルの文化財建造物の修復における建築家の役割、修理設計方法の確立、修理事業の現状と人材育成の課題、現場の施工と管理、関係資料などについて情報交換を行いました。さらに、国立公文書館の科学技術図面資料センターを訪れたところ、1939年以降の修理関係資料も含めてモンゴルの建築関係資料全てが収められていることに感銘を受けました。また、閲覧できた1980年代作成の古寺院の実測図・復原図からは、日本で行われている調査方法との共通性を見出すことができました。今回、双方の交流を通じた、モンゴルに最適な文化遺産の保護と、この分野に携わる専門家と次世代との育成という、拠点交流事業の目的を達成する道筋が見えた訪問になりました。

大エジプト博物館保存修復センター設立への協力

エジプト博物館での状態調査実習
ドキュメンテーション実習

 文化遺産国際協力センターは、エジプトのギザで建設が進められている「大エジプト博物館(Grand Egyptian Museum)」の付属機関である「保存修復センター」の設立に向け、国際協力機構(JICA)の要請を受けて技術的な支援を行っています。
 昨年度から様々な保存修復ワークショップを開催し、同センターで活動する専門家の人材育成を継続的に行っています。今回は3月1日から5日までの5日間、エジプトでの発掘調査や修復プロジェクト経験が豊富な講師をギリシャから招聘し、カイロのエジプト博物館内会議室にて金属文化財保存修復ワークショップを開催しました。ワークショップ前半部分では金属の性質を説く理論講義を、後半部分では修復処置、保存、収蔵の実践練習を行いました。ドキュメンテーション実習ではエジプト博物館コレクションを活用でき、大変有意義なワークショップとなりました。エジプト側の要請に応え、今後とも人材育成と技術移転での支援を続けていく方針です。

文化遺産国際協力コンソーシアム研究会「経済開発協力と文化遺産国際協力」開催

カリン・シビー氏の講演

 文化遺産国際協力コンソーシアム第4回研究会「経済開発協力と文化遺産国際協力」が平成21年3月26日に開催されました。今回は、ドイツ技術協力公社(GTZ)マイノルフ・シュピーケルマン氏、スウェーデン国立遺産庁文化遺産委員会(NHB)カリン・シビー氏、国際協力機構(JICA)森田隆博氏をお招きし、ドイツ、スウェーデン、日本各国による経済開発協力と文化遺産保存協力のあり方についてご講演いただきました。都市開発協力の枠組みで歴史都市保存を活用しながら保健衛生、交通管理等の支援パッケージを提供するGTZに対し、スウェーデンによるタンザニアへの協力では歴史建造物を修復することで住民の衛生状況を改善し貧困撲滅が目指されています。参加者は50名を越え、討議では支援実施のための諸機関連携体制状況や、自国の独自性をどのように協力相手国に適応させるか等について議論が交わされました。今後も、コンソーシアムでは研究会を通して最新情報と議論の場を提供していくつもりです。

アジャンター石窟壁画の保存修復に関する調査研究事業-第1次ミッション報告

携帯型蛍光X線分析計を用いた顔料の非破壊分析
彩色の試料採取

 東京文化財研究所は、文化遺産国際協力拠点交流事業「東京文化財研究所とインド考古局との壁画保存に関する拠点交流事業」における第1次ミッションを、平成21年2月12日から3月15日にかけて派遣しました。
 アジャンター石窟には、前期は紀元後1世紀まで、後期は5世紀後半から8世紀頃までに描かれた、貴重な仏教壁画が数多く残されています。しかし壁画を保存する上では、石窟が開鑿されている岩盤の強度の問題、雨水などの浸入、こうもりの糞や油煙に起因すると思われる黒色付着物など、バーミヤーン石窟壁画にも共通する様々な問題が残されています。これらの問題に対処するため、第1次ミッションでは、インド人保存修復家と共同で調査を行い、保存修復材料および技術に関する知識・経験を共有し、人材育成・技術移転を図ることを目指しました。
 具体的な調査内容としては、壁画の保存状態の記録作業(写真撮影、石窟の簡易測量、状態調査)、環境調査のための温湿度計(データロガー)の設置、壁画の編年および技法材料に関する調査(試料採取、赤外線・紫外線写真撮影、携帯型蛍光X線分析計を用いた非破壊分析)、そしてコウモリの糞尿害の調査を実施しました。

陝西省唐代陵墓石彫像保護修復事業終了

評価会議
記念品を贈呈される黒田哲也氏(中央)

 2004年に日中共同事業として開始した陝西省唐代陵墓石彫像保護修復事業が、このたび無事に終了し、3月16日から18日の日程で、西安市において最終の現場視察、専門委員・外部評価委員による事業の評価が行われました。この事業は、日本の篤志家黒田哲也氏が財団法人文化財保護・芸術研究助成財団に対して提供した総額1億円の資金を使い、唐時代の皇帝陵である乾陵と橋陵、それに則天武后の母親が葬られた順陵という三つの陵墓についてその東西南北の門に配置された石彫像の修復、周辺環境の整備を実施したものです。東京文化財研究所は西安文物保護修復センターとともに事業を担当し、各種調査、修復作業、研究会の実施、中国側メンバーの招へい研究などを実施してきました。今回の視察と会議には黒田哲也氏ご夫妻も参加され、最後に陝西省文物局から今回の支援に対する感謝の言葉と記念品が贈呈されました。

龍門石窟画像データベース作成

 文化遺産国際協力センターは、2001年以来、中国・河南省洛陽市所在の世界遺産・龍門石窟保護のため、様々な内容での支援活動と共同研究を展開してきました。2002年から2007年には、企画情報部写真室と共同で近年発達が著しいディジタルカメラを駆使し、龍門石窟皇甫公窟(6世紀前半)、蓮華洞(同)、敬善寺洞(7世紀後半)の3つの洞窟について、実験的な画像データの収集とその管理システム構築のための研究を進めました。その成果は2008年3月に作成した報告書『世界遺産龍門石窟 日中共同写真撮影プロジェクト報告書(画像目録)』に集大成されましたが、報告書の作成部数に限りがあって必ずしも多くの方にご覧いただくことができず、また印刷物ではディジタル画像の効果を十分に見ていただくことができません。調査研究によって収集した各種のデータについて、その公開性をどのように高めるかは、文化財保護活動の根本的な課題です。そのため、管理システムの構築というテーマを設けていたのですが、撮影と同時に進めた調査に関する情報を盛り込み、なおかつディジタル画像を活用する方法について、スタッフが試行錯誤を繰り返した結果、今回ようやく日本語版のデータベースが完成し、当研究所閲覧室において公開を開始しました。これを利用することによって上記3洞窟についての研究がさらに進むことが期待されます。また、ここで構築された方法は、他の文化財に関するデータベースにも応用ができるものとして、大いに期待されます。なお、共同研究のパートナーである龍門石窟研究院には、中国語版の完成品を提供する予定です。

「文化財建造物等の地震対策に関する日中専門家ワークショップ」開催

総合討議の様子
被災現場視察(二王廟)

 昨年5月の四川大地震では多くの文化財も被災し、中国全土から派遣された専門家や技術者がその復興に尽力しています。これを支援し、今後の防災政策立案にも寄与することを目的に、2月9日から12日まで同省の成都市でワークショップ(文化庁と中国国家文物局の共催)が開催され、文化遺産国際協力センターは、プログラム策定や講師の人選、テキスト作成等の実務を文化庁から受託しました。
 日本側はセンターの4名を含む16名を派遣し、中国側は70名以上が参加して、建造物分野を中心に博物館の地震対策等も加えた内容で講演と討議、現地視察を行いました。阪神大震災以来の日本の文化財地震対策や耐震技術を紹介しながら、今回地震での文化財被災状況とその後の対応に関する中国側報告や、都江堰市の文化財復旧現場視察も踏まえて、両国が抱える課題や今後の対策等につき意見を交換しました。3省4市と20の文化財修復機関に民間企業や博物館も加えた代表が各地から集まったこの会議は、日中専門家間はもとより、国内技術者間の交流促進にも大いに役立ったようです。
 目下、復旧の具体的設計や文化財耐震指針の検討等が進められていますが、構造技術者の不足など課題も多く、さらなる支援の必要性を改めて認識させられました。また、わが国における文化財保存の考え方を正しく理解してもらうための一層の努力も必要と感じました。

イエメン共和国における洪水の被災状況調査

シバーム全景
洪水被害の様子

 イエメン東部のハドラマウト州では、2008年の10月末におきた集中豪雨と洪水によって、多くの家屋が被害を受けました。洪水の被害は、砂漠の摩天楼と呼ばれる世界遺産シバームにも及びました。文化遺産国際協力センターが事務局を受託している文化遺産国際協力コンソーシアムでは、イエメン政府の要請を受け、洪水によって被災した世界遺産シバームとその周辺の被災状況調査を行うために、2月10日から2月21日にかけて専門家を派遣しました。
 ハドラマウト州にはシバームに比肩しうる泥レンガでつくられた高層建築があちこちに残っており、独特な文化的景観を形作っています。しかし、先の集中豪雨と洪水の被害によって、シバームだけでなくこうした周辺の文化遺産や歴史的建造物にも、亀裂の発生や建物の倒壊といった被害が随所でみられました。今後、関係諸機関と協議しながら、この地域においてどのような文化遺産復興の支援ができるのか、検討していく予定です。

ユネスコ/日本信託基金龍門石窟保護修復事業の終了

日本政府、中国政府、ユネスコ三者による会議
龍門石窟保護修復事業のメンバー記念撮影

 2001年11月、日本がシルクロード沿線の文化遺産保護のためにユネスコに提供した信託基金100万ドルによって中国・河南省洛陽市の龍門石窟の保護修復事業がスタートしました。東文研はユネスコの委託を受け、同事業のコンサルタントを務めるとともに、日本側専門家のまとめ役として、活動してきました。また、同資金では不足する経費を財団法人文化財保護・芸術研究助成財団(平山郁夫理事長)やJICAの支援を得るほか、自前の予算も捻出し、観測機材の購入・設置・メンテナンス、龍門石窟研究院保護修復センター研究員の長期短期の教育、さらに同研究院における画像データベース構築のための写真撮影など、多彩な内容で同事業をサポートしてきました。これら東文研がユネスコの資金とは別途に捻出した金額は合計で約6,000万円になります。その龍門石窟保護修復事業が2008年度で終了するにあたり、2月20日には北京の中国文化遺産研究院において最終の総括のための会議が開かれました。この会議は、同時に終了する新疆省のクムトラ千仏洞の保護修復事業と合同のもので、洛陽市文物管理局と新疆省文物局からそれぞれ事業の報告があり、専門家による討議を経て、中国政府、日本政府、ユネスコ北京事務所の代表が講評を行いました。会議の翌日には同研究院において両プロジェクトの終了を記念するシンポジウムが開催され、プロジェクトの成果についてそれぞれのメンバーによる発表が行われました。

アジア文化遺産国際会議の開催

参加者記念撮影

 2009年1月14~16日に、タイ王国において、アジア文化遺産国際会議「被災後の遺跡の修復と保存」を開催しました。これは、東京文化財研究所とタイ王国文化省芸術総局とが共催し、東南アジア文部大臣機構考古芸術事業(SPAFA)と在タイ日本国大使館とが後援したものです。前半の二日間は、バンコク市のサイアムシティホテルにおいて、円卓会議を行い、最終日はアユタヤで、実際に災害対策や災害後の修復が行われている遺跡を視察するエクスカーションが行われました。円卓会議では、インドネシア、マレーシア、ミャンマー、フィリピン、ベトナムの東南アジア5カ国からそれぞれ一人ずつの代表者に、開催国のタイと主催者の日本を加えた各国からの発表が行われたほか、地元の大学関係者などのオブザーバーからも積極的に意見や質問が出され、活発な議論が行われました。また、エクスカーションでは、修復材料などに関して様々な情報が参加者の間で共有されました。

コンソーシアム諸国国際協力体制調査(オーストラリア)

オーストラリア連邦政府とのインタビュー
ニューサウスウェールズ州政府とのインタビュー

 文化遺産国際協力コンソーシアムの情報収集活動の一環として、今年度は先進国での国際協力体制調査を企画しており、その一つとして1月20日~30日にかけてオーストラリアでの調査を行いました。調査では、文化遺産国際協力に携わる行政組織から研究機関、民間コンサルタントまで、合計14の機関/個人に対してインタビューを行い、同国がどのような体制で文化遺産国際協力の案件生成や事業展開しているのかを調査しました。その結果、経済開発協力との連携や国内の若手育成など、日本と共通する課題をもつ一方で、関係者間の柔軟な情報連携ネットワークや明確な役割分担の存在など、日本との違いも明らかになりました。今後の日本の国際協力体制を考える上で大いに参考となる有益な情報を収集することができました。

国際シンポジウム『私の文化遺産再発見』の開催

ポスター展示の様子
パネリスト

 去る1月18日に、文化庁、朝日新聞社と文化遺産国際協力コンソーシアムの共催で、国際シンポジウム『私の文化遺産再発見』が開催されました。今回は、初の試みとして一般の方々を対象としたシンポジウムを企画し、文化遺産を身近に感じてもらうこと、そしてそのような身近な文化遺産を護るための国際協力活動の存在について知ってもらうことをねらいとしました。招待講演に作家の浅田次郎氏、新しいタイプの遺産の紹介としてドイツの産業遺産活用を手がけるIBA社プロジェクト代表のブリギッテ・ショルツ氏をお招きしたほか、日本が行っている様々な文化遺産国際協力の事例として、トヨタ財団の権修珍氏、東京文化財研究所文化遺産国際協力センター長清水真一より報告を行いました。また、日本の文化遺産国際協力活動を紹介するパネルの展示や、パンフレットの配布も行いました。当日は、400名近くの参加があり、多くの人々へメッセージを伝えることができました。

イラク人専門家の人材育成事業

遺構のはぎ取り実習
(静岡県埋蔵文化財調査研究所)
金属遺物の保存修復実習
(奈良文化財研究所)

 文化遺産国際協力センターでは、イラク国立博物館の保存修復室の復興のために、研究所の運営費交付金およびユネスコ文化遺産保存日本信託基金をもとに、人材育成・技術移転を目的とした保存修復研修を実施してきました。研修コースは2004年度に始まり、本年度で5年目となります。招へいした保存修復の専門家は、のべ14名となり、木製品、金属器、土器、粘土版など、さまざまな対象物をテーマとした研修を実施してきました。
 本年度は、イラク国立博物館より保存修復室長のブタイナー・M・アブドゥルフセイン氏、修復家のタームル・R・アブドゥアラー氏の2名の保存修復専門家を招へいし、2008年7月1日から12月10日の約半年間にわたり、主に木製品の保存修復研修とそれに関連する保存修復技術の習得のための実習を実施しました。
 研修は、奈良文化財研究所および静岡県埋蔵文化財調査研究所、九州国立博物館および国内の保存修復機関の協力を得て行いました。保存修復の実習として、木製品の保存修復(東京文化財研究所)、金属遺物の保存修復(奈良文化財研究所)を行いました。さらに、これまでの研修から発展させ、本研修では、木材に関する基礎的な科学調査(静岡県埋蔵文化財調査研究所)や3次元CTスキャナをはじめとする最新の分析機器など(九州国立博物館)について学びました。文化財を構成する材料の分析や劣化のメカニズムを科学的な視点からとらえる良い機会となったことに、二人の研修生も非常に満足していました。
 6か月にわたる長期の研修でしたが、両研修生は意欲的に取り組んでいました。今回の研修成果をイラク国内の文化財の保存修復の現場で生かしていってくれることを願います。

ワークショップ「中央アジア出土壁画の保存修復」の開催

壁画片を収納した後で状態調査を行っている様子

 平成20年度から、東京文化財研究所は、タジキスタン共和国科学アカデミー歴史・考古・民族研究所と共同で、タジキスタン国立古物博物館が所蔵する壁画片の保存修復作業を行っています。本事業の一環として、12月5日から10日まで、ウズベキスタン、カザフスタン、キルギス、トルクメニスタンから合計6名の保存修復専門家をタジキスタンに招聘し、同博物館においてワークショップを開催しました。
 中央アジアの遺跡では5世紀から12世紀の美しい壁画が発見されていますが、それらを保存修復することのできる専門家が不足し、保存修復活動が滞っています。また、この地域には旧ソ連時代に確立した壁画の保存修復方法が普及しているため、強化剤の劣化にともなう壁画表面の変色など共通の問題が発生しています。ワークショップでは、各国の参加者に自国における壁画の保存修復の現状を報告してもらい、また私たちがタジキスタンで行っている新たな試みを紹介し、実際に一連の作業を体験してもらいました。今後も同様のワークショップを開き、日本の専門家と現地の専門家が共に作業を行い、意見を出し合うことによって、中央アジアにおける壁画の保存修復活動の促進と、保存修復方法の改善を目指します。

タジキスタンにおける壁画片の保存修復(第三次ミッション)

現地の研修生とともに、接合前の壁画片の状態調査を行っている様子

 平成20年11月18日から12月14日まで、タジキスタン国立古物博物館において壁画の保存修復作業を、現地の研修生4名とともに実施しました。今回で、タジキスタンへのミッション派遣は3回目となります。
 第二次ミッション(8~9月)において、博物館が所蔵する異なる遺跡から出土した壁画片の予備的調査を完了したので、今回は、いよいよ本格的な保存修復作業を開始し、タジキスタン北部のカライ・カフカハ(シャフリスタン)遺跡から出土した7―8世紀の壁画2点を最初の修復対象としました。2点とも小さな断片に割れてしまっているため、断片の接合が大きな課題となりました。適当な粘度と強度を持つペースト状の接着材を調整し、断片を一つ一つ慎重に接合しました。次回ミッションでは接合作業を完了し、修復作業の最終段階であるマウント(新しい支持体への固定)にとりかかる予定です。

アジャンター石窟壁画の保存修復に向けた調査研究事業に関する合意書の締結

アジャンター石窟外観
合意書調印式(ASI、ニューデリー)

 平成20年11月21日、インド・ニューデリーにおいて、東京文化財研究所とインド考古局(ASI)は、アジャンター石窟壁画の保存に向けた調査研究事業の合意書を締結しました。
 アジャンター石窟には、前期は紀元前1世紀から紀元後2世紀にかけて、後期は5世紀後半から6世紀にかけての貴重な仏教壁画が数多く残されています。しかしながら、岩盤自体の構造的な問題、雨期の大量の冠水による損傷、こうもりの排せつ物や煙によると考えられる黒色付着物などが原因で、劣化が進んだ状態にあります。
 このような問題に対処すべく、東京文化財研究所は、文化庁の委託による「文化遺産国際協力拠点交流事業」の枠組みにおいて、平成20年度から平成22年度にかけて、アジャンター第2窟及び第9窟を対象とした調査を実施します。保存修復のための技術および材料に関する知識、専門的技術、経験をインドと日本の専門家が交換・共有することで、双方の技術と能力の向上を目指します。

陝西唐代陵墓石彫像保存修復に関する研究会(西安)

研究会
順陵の視察

 2004年度以来、西安文物保護修復センターと共同で推進してきた「唐代陵墓石彫像保護修復事業」は、いよいよ本年度をもって終了します。この共同事業においては、毎年一回日中専門家による研究会を開催してきました。第5回目となる今回は、その最終回として、事業の成果を中国各機関・大学等の専門家に披露するとともに、これを機会に石造文化財の保存に関する各種の問題について意見交換と交流を図ることを目的として、11月17日、18日間の日程で、今までより規模の大きな研究会を西安市において開催しました。約40名の専門家が参加し、17日の現地視察に続いて、18日には活発な発表と討論が行われました。研究会の主な内容は以下の通りです。
森井順之(東文研)
 九州臼杵摩崖石仏覆い屋建造後の環境観測
友田正彦(東文研)
 石造遺跡の保存管理―アンコール遺跡群の場合―
津田豊((株)ジオレスト
 :UNESCO龍門プロジェクト専門家)
 龍門石窟の結露現象
方雲(中国地質大学・武漢)
 順陵石刻の亀裂変形観測
甄広全(西安文物保護修復センター)
 石質保護材料研究
朱一清(中衛康隆ナノ科技発展公司)
 石質文物保護材料とその評価体系
万俐(南京博物院)
 江蘇句容貌山華陽洞摩崖題刻の保護
馬濤(西安文物保護修復センター)
 乾陵石刻の表面保護処理

敦煌派遣研修終了

紙本の裏打ち実習(倉橋さん)
壁画の修復実習(佐藤さん)

 6月1日から敦煌研究院へ派遣した佐藤香子さん(東京学芸大学大学院修士課程修了/保存科学専攻)と倉橋恵美さん(筑波大学大学院修士課程修了/日本画専攻)の研修が終了し、10月19日に無事帰国しました。この間、2人は莫高窟の宿舎に泊まりながら、敦煌研究院の全面的な協力を得て、壁画の現場調査、分析研究、保存処理作業の実習、壁画構造の再現制作と模写、世界遺産莫高窟の管理運営に関する講義など、壁画のみならず、文化遺産の保護に関する全面的な内容についての研修を受けました。また個人研究のテーマとして、佐藤さんは壁画に使われた赤色の色料についての分析・比較研究を行い、倉橋さんは科学的研究を根拠としながらの復元模写に挑戦し、その結果は最後の発表会において敦煌研究院の研究者からも高い評価を得ることができました。現場での貴重な体験とともに、同世代の敦煌研究院の仲間たちとの出会いと交流は、今後2人がそれぞれの道を歩む上できっと大きな意味を持つことでしょう。この研修は、あと2年間の実施を予定しています。

シルクロード人材育成プログラム土遺跡保護修復班終了

甘粛省瓜州踏実墓修復現場
日干しレンガの補強作業

 中国文物研究所と共同で実施する「シルクロード沿線文化財保存修復人材育成プログラム」土遺跡保護修復班の第3年目の研修が9月1日から2カ月間、甘粛省瓜州市で実施され、10月31日には3年間合計7カ月の研修を締めくくる修了式が同市においてとりおこなわれました。土遺跡とは日干しのレンガを積んで構築した地上の建造物、考古発掘作業によって地下から出現した土構造の遺跡を指します。日本には考古遺跡の保存例は多数ありますが、地上のものとしては、完全に土を材料として作りそれが乾いただけのものという意味ではほとんど例がなく、自ずから修復保護の経験も乏しいジャンルです。しかし、西アジアから中国に至るシルクロードの各地に残るこれらの遺跡は、まさにその東の果てに位置する日本へ西方の文化が伝えられた、いわば道しるべのような存在ですから、その保護のための人材育成に協力することは、とても重要な意味があります。これまでイランや中央アジアの各国でも日本の専門家による修復協力活動が行われてきました。今回の研修では、瓜州のゴビ灘(砂利の沙漠)に築かれた2,000年前の墓の土製の門柱を対象として修復の実習作業を行いました。12名の研修生は、これまで2年間5カ月の研修によって身につけた概念と理論を駆使し、現場での調査や観察をもとにした検討を通して、この遺跡に最も相応しい修復と保護の状態を考え、実際の修復作業も行い、工事を完成させました。さらに、3年間の研修を集大成する報告書を作成しました。彼らはそれぞれの地域に戻り、地域のリーダーとして土遺跡の保護に従事していくものと期待されています。

タジキスタン、アジナ・テパ仏教遺跡保護プロジェクト

坐像の印影のついた土器片

 文化遺産国際協力センターは、2006年よりユネスコ文化遺産保存日本信託基金による「タジキスタン、アジナ・テパ仏教遺跡保存プロジェクト」に参加してきました。本年は同プロジェクトの最終年にあたることから、今後の報告書の刊行を目指して、これまでの調査によって出土した遺物の整理や得られたデータの分析を実施しました。作業は10月2日から23日にかけて、タジキスタン共和国古物博物館において行いました。出土遺物の多くは、アジナ・テパ遺跡が居住されていた7世紀から8世紀の土器や日干しレンガの破片です。今回、こうした遺物の中に、印章が押された大甕の口縁部の破片を発見しました。押された印面は大小2つ見られます。大きな丸い印面の中央には坐像が描かれ、像から見て右側に水瓶、左側に錫杖と思われるものが配置されています。大甕の破片はアジナ・テパ遺跡から数多く出土していますが、こうした印章が押されたものは他に見られません。何か特別な用途をもった大甕に印章が押されていたのでしょうか。興味深い発見でした。

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