研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


文化遺産国際協力コンソーシアム研究会「リビング・ヘリテージの国際協力」の開催

研究会の様子
ポスター展示の様子

 1月9日に文化遺産国際協力コンソーシアム研究会「リビング・ヘリテージの国際協力」が開催されました。この研究会は、文化遺産国際協力センターが事務局業務を受託している「文化遺産国際協力コンソーシアム(会長:平山郁夫前東京芸術大学学長)」が主催する研究会で、文化遺産国際協力に関する様々なテーマを取り上げ、検討するための研究会です。第2回目となる今回の研究会では、リビング・ヘリテージ、すなわち「生きた遺産」、「活かされている遺産」という切り口に注目し、100名を超える様々な分野の方にご参加いただきました。基調講演では、ユネスコ・バンコク事務所の文化担当アドバイザー R. エンゲルハルト氏に、リビング・ヘリテージという概念が登場した背景や、遺産を継承する地域の人々をも含めた文化遺産国際協力の重要性、日本の果たすべき役割について講演いただきました。また、事例紹介として昭和女子大学によるベトナムでの学際的な取り組みに関する事例や、三浦恵子氏による東南アジア各地でのリビング・ヘリテージの保全に関する事例紹介をいただきました。パネル・ディスカッションでは、現地で直面する課題や、変わりゆく価値観の中で何をどのように守っていくべきなのか、日本はいったいどのような協力が出来るのか、といった話題について、会場も含めた活発な議論がおこなわれました。文化遺産国際協力コンソーシアムでは、今後も定期的に研究会を開催し、文化遺産国際協力に携わる様々な関係者のネットワーク構築を支援していきます。

シルクロード沿線人材育成プログラム「紙の文化財」研修コース終了

侯菊坤人事労働司長が研修生の成果物を視察
修了式記念撮影

 中国文物研究所(北京)での人材育成プログラム「紙の文化財」研修コースは、3カ月間の日程を無事に終了しました。この間、日本からは計12名の専門家が196時間にわたって講師を担当しましたが、とくに最後の4週間は国宝修理装こう師連盟の技術者2人が中国側の専門家とともに授業を行い、研修生たちは短期間ながら冊子、軸装物の修復技術を習得しました。12月27日には中国国家文物局の侯菊坤人事労働司長が出席して修了式が行われ、シルクロード沿線6省から参加した12名の研修生に東京文化財研究所と中国文物研究所連名の修了証が授与されました。同プログラムは、来年度5年計画の3年目を迎え、春に古建築コース、秋には土遺跡コースを実施する予定です。

石造文化財の保護に関する中国人専門家の来日研修

樹脂処理の実験

 東京文化財研究所が参加している陝西唐代陵墓石刻保護修復事業とユネスコ/日本信託基金龍門石窟保護修復事業は、いずれも2008年に最終年を迎えようとしています。ともに石灰岩という共通した材料の文化財を対象とするものであるため、これまでも研究会の開催や現地調査、日本での研修に両事業のメンバーを積極的に合流させてきました。今回は11月19日から12月16日の日程で、西安文物保護修復センターと龍門石窟研究院の保存修復部門の専門家各2名を日本に招へいし、石質文化財の修理技術、撥水材料を塗布した後の効果の評価方法、修理作業終了後の環境のモニタリングなどについて研修を行いました。最終年度の修復作業実施に向けて、研修の成果が期待されます。

第21回国際文化財保存修復研究会の開催

会議風景

 2007年12月6日に、93名の参加を得て、第21回国際文化財保存修復研究会「保存処置後のモニタリング」を開催しました。国士舘大学の西浦忠輝教授による「遺跡保存におけるモニタリングの重要性とその問題点」、インドネシア・ボロブドゥール遺産保存研究所のナハール・チャヤンダル氏による「ボロブドゥール遺跡の修復後のモニタリング」、韓国国立文化財研究所の金思悳氏による「石窟庵の長期的保存方案」の3件の発表と、総合討議が行われました。それぞれの遺跡における様々なモニタリング方法が紹介され、参加者の間で情報が共有されましたが、それを他の遺跡にも導入するためには、さらに広くモニタリングの重要性を訴えていく必要があることが認識されました。

大エジプト博物館保存修復センター設立への協力

建設中の「大エジプト博物館保存修復センター」

 文化遺産国際協力センターは、エジプトのカイロで建設が進められている「大エジプト博物館(Grand Egyptian Museum)」の付属機関である「保存修復センター」の設立に向け、国際協力機構(JICA)の要請を受け、技術的な支援を行なっています。保存修復センターに必要な機材リストの作成、同センターで活動する専門家の人材育成、技術移転等、エジプト側が求めているさまざまな要請に対して、助言を行なっています。これに関し、11月12日から20日にかけて、清水センター長、山内地域環境研究室長、谷口特別研究員がエジプトに出張し、エジプト側の担当者と今後の協力について協議を行ないました。現時点では開設の準備段階で必要な支援を行なっていますが、同センターの開設(2008年4月予定)以後は、ワークショップ等を通じて、具体的な人材育成・技術移転の面で協力していく予定です。

「シルクロードの世界遺産登録のための国際シンポジウム」への参加

シルクロードの世界遺産登録のための国際シンポジウム

 10月30日及び31日に中国の西安で、2010年に予定されている「道としてのシルクロードの世界遺産への登録」のためのシンポジウムが開催されました。日本側からは、同シンポジウムには山内地域環境研究室長と前田耕作客員研究員が参加しました。日本にとっては、このシルクロードの登録はいくつかの問題を孕んでいます。特に問題となるのは、登録が予定されているシルクロードの地理的な範囲です。現時点では、シルクロードの東側の起点とされているのが中国の西安(長安)であり、日本、特に奈良の存在が考慮されていません。登録の申請書でどのような地理的な概念規定がなされていくかについて、今後とも強い関心を持ち続ける必要があると思われます。

アンコール遺跡の救済と発展に関する国際調整委員会総会

 表題の会議が2007年11月28日、カンボジアのシエムリアップで開催されました。年2回の委員会のうち技術委員会では、遺跡の保存修復や調査研究などに携わる組織の活動報告が行われますが、総会はより総合的な討議を行う場とされています。今回、口頭での活動報告は一部の大規模事業だけで、ほとんどの組織は事前に文章で活動報告を提出、会場で報告書集が配られました。
 本委員会の対象はアンコール遺跡ですが、実は今回、しばしば話題になったのはプレア・ヴィヒア遺跡でした。この遺跡はタイとの国境に位置し、来年には世界遺産リスト登録が確実とみられている重要な遺跡です。このほど、この遺跡の保存・整備にタイが協力することとなり、また両国のほかいくつかの国による国際調整委員会の組織が検討されている状況で、当該遺跡への関与についての意思表明が関係各国からなされました。日本に期待される役割はまだ具体的には示されないものの、大きいことは確かで、今後、何ができるのかを検討していく必要があるでしょう。

「韓国中央アジア学会」に参加して

韓国中央アジア学会主要メンバーとの記念撮影

 11月10日にソウルの国立中央博物館で「韓国中央アジア学会」に開催されました。今回の学会は、「敦煌」をテーマとするもので、フランス・ギメ東洋美術館のジャック=ジエス氏、イギリス・大英図書館のスーザン=ウィットフィールド氏、ロシア・エルミタージュ美術館のサモスュク=キラ氏が敦煌壁画、敦煌文書の研究、アーカイブをテーマに報告を行い、敦煌研究院の李最雄氏が敦煌壁画の保存と科学研究について、東文研文化遺産国際協力センターの岡田健が日中共同による敦煌壁画の保護活動について報告を行うという、敦煌学の全体とそれに関わる世界中の専門家の活動にまで視野を広げた、極めて意欲的な学会でした。韓国の中央アジア学会は創立14年という若い組織ですが、日本や中国、アメリカで学位を取った研究者も多く、自らの研究対象へ積極的にアプローチする姿勢はすばらしいものです。11月2日に同じ国立中央博物館で設立された「東アジア文化財保存学会」、あるいは毎年着実に実績をあげつつある「日中韓・紙の文化財保護学会」など、韓国との連携は文化遺産研究と保護のあらゆる面で、今後重要さを増していくことでしょう。

シルクロード沿線人材育成プログラム「紙の文化財」研修コース・実技実習

坂田雅之氏(国宝修理装こう師連盟)による実技指導

 中国文物研究所(北京)での人材育成プログラムは、11月になり日中の専門家の指導による実習授業に入りました。近年開発された中性紙等の材料による書籍の保存・保管方法についての授業は、修理に重点を置いた研修を想定し参加した研修生にとって新鮮な内容であったようです。いっぽう、伝統的な修復技術に関しては日中の方法に違いがあり、「中国の紙の文化財」保存に貢献するため、日本側の専門家がどのように日本の技術を伝えていくか、現場での試行錯誤が続いています。しかしこれによって、研修生への指導にとどまらず、日中の専門家による技術交流も促進できるものと期待されています。

イラク人保存修復専門家の研修事業(2)

真空凍結乾燥処理後の遺物のクリーニング作業(静岡県埋蔵文化財調査研究所)

 3ヶ月にわたるイラク人専門家への保存修復の研修は順調に進み、これまでにほぼ半分が終了しました。
 9月末から10月末にかけ、4名の研修生は東京文化財研究所での保存修復に関する基礎講義と乾燥した木製遺物の保存修復の実習に参加しました。つづく10月29日から11月9日には、(財)静岡県埋蔵文化財調査研究所の協力を得て、遺跡から出土した水浸木材の保存修復について研修を行いました。静岡市駿府城内遺跡(15~16世紀)の発掘現場では、実際に液体窒素や発泡ウレタンを使った脆弱な木製遺物の取り上げ作業を経験したほか、静岡県埋蔵文化財調査研究所・清水事務所では、実際の出土遺物に対して、PEGや凍結乾燥による強化処理や、クリーニングや接合、補彩といった一連の保存修復の作業に携わりました。
 今後、奈良文化財研究所において保存修復の作業に用いられるさまざまな機材についての研修を受け、最後に今回の研修の成果についての報告を行ない、研修を修了する予定です。

インドネシア・プランバナン遺跡復興支援第3次調査―文化庁「文化遺産国際協力拠点交流事業」―

ガルーダ祠堂 解体の始まった頂部の調査
東京文化財研究所とジョグジャカルタ特別州考古遺跡管理事務所のメンバー

 文化遺産国際協力センターでは、2006年5月27日のジャワ中部地震で被災した世界遺産プランバナン遺跡の復興支援事業への協力を行なっています。日本の草の根文化無償の支援によるガルーダ祠堂の足場の架設工事の完了を受けて、2007年10月22日から11月4日にかけて第3次ミッションを派遣しました。今回の調査では、部分解体が始まったガルーダ祠堂を中心に、頂部の被害状況と内部構造の確認、過去の修復に関する文献収集調査および聞き取り調査を行ったほか、ガルーダ祠堂とほぼ同じ構造をもつハンサ祠堂を対象に、構造体の振動特性の究明のための地震動計によるモニタリングを開始しました。これらの調査はジョグジャカルタ特別州考古遺跡管理事務所、ガジャマダ大学との協力を得て実施されました。
 現在は、調査に先だって作成された祠堂各面の幾何補正画像を活用し、各石材の破損状態、補修方法と解体範囲を図示し、修理事業費の積算が可能な水準での設計資料を整える準備を進めています。さらに、祠堂の構造特性に関する解析結果に基づき構造補強方法を検討の上、修理設計案を本年度中に提示していく予定です。

シルクロード沿線人材育成プログラム「紙の文化財」研修コース始まる

清水真一センター長による文化財保護概論
岡岩太郎氏(国宝修理装こう師連盟)による日本の紙の紹介

 シルクロード沿線の文化財保護に従事する中国の人材を育成する共同プログラムは、10月8日から12月27日までの日程で、北京の中国文物研究所において、2007年度後期「紙の文化財」研修コースがスタートしました。この研修コースにおいては、中国と日本の「紙の文化財」保存に関わる専門家が講師をつとめます。日本からは12名の専門家が、10週にわたって北京に滞在し、理論講座と実技指導を担当します。伝統的な保存修理技術だけではなく、現代科学によって解明された紙の文化財の材料や技法に関する講義や、新しい欧米的な保存方法などについての講義もあり、シルクロード沿線の各地から集まった12名の研修生が十分な成果をあげられるよう工夫を凝らしています。

石造文化財の保存処理技術に関する研究会(西安)

現地(乾陵東門)視察

 2004年度以来、西安文物保護修復センターと共同で推進している「唐代陵墓石彫像保護修復事業」では、毎年一回日中専門家による研究会を開催しています。第4回目となる今回は、10月11日から13日の日程で西安市において開催しました。中国国内からは、同じく私たちが保護のための共同研究を進めている龍門石窟研究院からも担当者が派遣され出席しました。西安・龍門ともに来年度での事業終了を目前に控え、修復作業がいよいよ最終段階に入るにあたり、「石造文化財の保存処理技術に関する研究会―石造文化財の保存修復と展示方法/保存処置に際しての接合部分及び表面の化粧方法」というテーマで、事例報告と討論を行いました。日本からは石造文化財の修復に豊富な経験のある海老澤孝雄氏(ざエトス)に参加して頂きました。

日印共同によるアジャンター壁画の技法材料、製作技法と保存に関する調査研究―文化庁「文化遺産国際協力拠点交流事業」―

壁画に塗布されたシェラックの暗色化によって図像が見えにくくなっている壁画について、インド考古局の専門家から説明をうける
今回共同調査を行った、東京文化財研究所とインド考古局(アジャンター現地オフィス)のメンバー

 東京文化財研究所は、インドと共同でアジャンター遺跡の壁画の技法材料、製作技法に関する情報や知識を交換・共有し、また保存修復に関する人材育成・技術移転することを目的とした事業を予定しています。そのために、9月25日から10月3日まで、インド・アジャンター遺跡での予備調査とカウンターパートであるインド考古局との意見交換を実施しました。
 アジャンター遺跡には、玄武岩からなる馬蹄形の渓谷に、30におよぶ仏教石窟が開鑿され、壮麗な仏伝を中心とする仏教壁画と数多くの彫刻が残されています。現在私たちが目にすることができる壁画の多くは、もともとの鮮やかな色調とは異なり、かなり黄色がかったものとなってしまっています。これは、かつて、イタリア人やインド人保存修復家たちにより、表面の保護や色彩をはっきりさせる目的でシェラック樹脂を何度も塗布されてしまった結果によるものです。また、コウモリの尿害や生物被害などにより、絵画が見えにくくなってしまっている場所も数多くみられます。この拠点交流事業のなかで、アジャンター仏教壁画の製作技法、材料について共同で分析を進めていくとともに、アジャンターに特有な保存に関する問題について取り組み、よりよい保存修復のための材料や手法が見出せるように共同研究を開始する予定です。

イラク人保存修復専門家の研修事業

本年度招へいされたイラク人研修生たち

 文化遺産国際協力センターでは、東京文化財研究所の運営交付金およびユネスコ/日本信託基金をもとに、2004年度からイラク国立博物館中央修復研究室の復興のために、イラクの保存修復専門家への研修を継続しています。2007年度は、イラク国立博物館中央修復研究室からファーエザ・M・ジュマー氏、タグリード・H・ヘーゼル氏、ニネヴェ古物遺産局からスィナーン・A・ユーニス氏、イラク・ナーシリーヤ博物館からジャマール・A・A・イスマイール氏の4名の保存修復専門家を招へいし、2007年9月19日から12月12日までの3カ月間にわたり、木製品の保存修復研修を実施する予定です。本事業は、奈良文化財研究所および静岡県埋蔵文化財調査研究所の協力を得て実施されます。

中央アジアにおける文化財保護施策に関する国際会議にむけた現状調査

タシケントでの文化財保護制度に関する聞きとり調査

 文化遺産国際協力センターでは、文化財保護施策に関する国際研究の一環として、本年度は中央アジアを対象とした研究を行っています。9月9日から16日には、中央アジアにおける文化財保護に関する現状調査と、3月に中央アジアで実施を予定しているアジア文化遺産国際会議の準備のため、タシケント(ウズベキスタン)とアルマティ(カザフスタン)を訪れ、現地政府やユネスコの関係者と面会し、情報収集およびニーズアセスメントのための協議を行いました。1991年のソビエト崩壊による独立以降、中央アジアの各国では、制度から保存の現場まで幅広い問題に直面しています。今回の調査では、考古遺跡の保存と管理活用、遺物の保存環境、人材育成など、現地で問題視される具体的な課題が示されるとともに、日本および中央アジア諸国の文化財関連分野の専門家による国際会議を実施し、今後の情報交換や技術移転のため、協力していくことで合意が得られました。

タイ・カンボジア現地調査

レンガ造構造物の保存処理の効果に関する評価
(タイ・アユタヤ遺跡)

 文化遺産国際協力センターは、タイおよびカンボジアにおいて、それぞれタイ文化省芸術総局、アンコール地区保存整備機構(APSARA)と共同で現地調査を行いました。タイでは、スコータイ遺跡およびアユタヤ遺跡において調査研究を実施し、スコータイ遺跡では、スリ・チュム寺院の大仏に繁茂するコケ類や藻類等の植物の対策についての調査や実験、アユタヤ遺跡では、3年前に実施したレンガ造遺構の保存処理について、評価のための調査を行いました。
 カンボジアでは、石造文化財の表面に繁茂する植物について、タ・ネイ遺跡での現地調査のほか、アンコール遺跡で使われている石材の石切場となっていたクーレン山周辺での砂岩石材の調査も実施しました。

敦煌派遣研修、4カ月間の日程を終了

敦煌研究院における研修報告会

 敦煌研究院と東京文化財研究所による第5期共同研究・共同事業において、今回初めて日本の人材を敦煌に派遣し研修を受けさせるということが実現しました。これは、敦煌莫高窟を研修場所として、今後ますます需要が高まる国際協力による外国壁画の保存活動に日本が積極的に参加していくための人材を育てることを目的とするものです。正式にスタートした今年度は、5月13日から4カ月間の日程で実施されました。東京芸術大学大学院博士後期課程・佐藤由季さん(絵画修復)、同・藤澤明さん(保存科学)、筑波大学大学院博士後期課程・末森薫さん(文化遺産管理、美術史)の3人が、異なる専門性を活かし、それぞれの不足を補い合いながら、4カ月の長期間、莫高窟の宿舎に泊まりながら、分析研究、劣化状況の調査、保存処理作業の実習、壁画構造の再現制作と模写など、壁画保存に関する全面的な研修を受けました。現場での貴重な体験は、研修の事業としての成功ですが、同時に3人ひとり一人にとっても、将来の研究や仕事に大きな影響をもたらすものであってほしいと願っています。3人はまた、敦煌研究院の数多くの同世代の研究者・専門家と篤い友情を育みました。この研修はさらに3年間を予定しています。

タジキスタン、アジナ・テパ仏教寺院保存事業

タジキスタンでのユネスコ国際執行委員会の様子

 ユネスコ文化遺産保存日本信託基金による「タジキスタンの仏教遺跡保護プロジェクト」の第3回国際執行委員会が、8月23日から30日までタジキスタンの首都ドシャンベで開催されました。本プロジェクトは、練り土やレンガで構築された土構造物であるアジナ・テパ遺跡の保護を目的としています。文化遺産国際協力センターは、2005年より事業に参加し、遺跡範囲の確認や清掃作業などの考古学調査を実施してきました。
 今回の数回にわたる会議と28日に開かれた国際執行委員会では、2007年春までに実施された活動と遺跡の現状にもとづき、今後の事業方針が討議されました。土壁の保存処置をめぐっていくつかの改善点が指摘され、また、ストゥーパ保護のための覆い屋の建設計画は見直され、代案として練り土で覆う方法が検討されました。そして、タジキスタン側から、これまでの日本人専門家による活動を評価し、引き続き事業への協力が要請されました。これを受けて文化遺産国際協力センターは、保護活動に必要となる考古学的清掃などで協力していく予定です。

タジキスタンの文化財調査

タジキスタン国立古物博物館の収蔵庫における、ソ連時代に剥ぎ取られたさまざまな遺跡の壁画片の現状
タジキスタン国立古物博物館における、ソ連時代に修復されたペンジケント遺跡の壁画の調査風景

 「西アジア諸国等文化遺産保存修復協力事業」の一環で、8月23日から30日にかけて、タジキスタン国立古物博物館に所蔵されている壁画資料の現状調査を行いました。1991年までソヴィエト連邦に属していたタジキスタンでは、かつてロシア人専門家が主に調査や保存修復を行っていましたが、ソ連邦崩壊後は、地元の研究者や、調査・研究資金の不足が深刻な問題となっています。また、ソ連邦時代の技術や方法論が基礎になっているため、現時点では時代遅れの面が顕著となり、日本や欧米諸国からの技術移転や方法論の導入が急務となっています。
 国立古物博物館には、ペンジケント、シャフリスタン遺跡など、6世紀~8世紀の間に商人として活躍したソグド人によって描かれた極めて貴重な壁画が残されています。収蔵庫には、数十年に及ぶ発掘作業のなかで発見された数多くの壁画が、現地から剥ぎ取られてなにも処置されずに山積みにされたまま放置された状況です。特に、ソ連邦崩壊後は、全ての資料がタジキスタン国内に残されたまま、何の処置も施されていないのが現状です。こういった資料は、無計画な剥ぎ取りに対する倫理的な問題のみならず、合成樹脂の多用による壁画の暗色化など、技術的にもさまざまな問題をはらんでいます。
 学術的に非常に重要な文化遺産を保存していくために、人材育成や技術移転のための緊急的な協力が求められています。

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