研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


四川大地震文化財復興支援に関する現地調査

28mの塔の大半が崩壊(安県文星塔)

 5月12日、中国四川省でぶん川県を震源とするマグニチュード8の地震が発生し、震源地を中心に建物の倒壊、山岳の崩落等によって多数の死傷者が出る大災害となりました。長い歴史があり、多くの文化財を有する四川省では、文化財にも重大な被害が出ました。日本政府は、地震発生直後の人命救助隊の派遣に引き続いて、各省庁から実施可能な項目をリストアップした「支援パッケージ」を中国政府に対して提出しましたが、6月末までにその回答が戻り、文化庁が提出した「文化財復興支援のための日中専門家交流」を実施することになりました。今回東京文化財研究所は、文化庁の委託を受け、9月25日から30日の日程で、今後の日本による文化財復興支援実施のため現状を把握し、現地文化財保護部門の担当者との意見交換を行って、本年度に実施する具体的な支援活動計画作成のための情報収集を行うことを目的とした調査を実施しました。地震発生からすでに4カ月が経過しているものの、被災地にはいまだに被害の生々しい痕跡が見られます。寺院の保存管理事務所では避難した簡易テントをそのままに使用していて、これから冬を迎えようとしているところもありました。今回の視察と専門家同士の話し合いを通じて、以下の方向性が確認されました。
1) 日本の専門家約10名が四川省を訪れ、文化財の地震対策をテーマとした研究会を行い、専門家同士の交流を図る。
2) 内容としては建造物、博物館収蔵品を考える。
3) 時期は来年の春節明けが相応しい。(春節は1月26日)
 文化庁では今回の調査の報告を承け、現在、具体的な実施計画を検討しているところです。

モンゴルでの拠点交流事業・協力相手国調査

アラシャーン・ハダ遺跡での調査
日本およびモンゴルの文化遺産保護に関するワークショップ

 9月3日から13日まで、拠点交流事業によるワークショップ開催、および協力相手国調査のためモンゴルを訪れました。
 9月5日から8日まで、日本に保存修復への協力が要請されているヘンティ県の遺跡を訪れました。アラシャーン・ハダ遺跡では、旧石器時代からモンゴル帝国の時代にわたり、岩石の上に動物の絵やさまざまな言語の文字が残されています。セルベン・ハールガ遺跡には、チンギス・ハーンも参加した戦争に関する記念碑が残っており、いずれもモンゴルの国宝といえる重要な遺跡です。ここでは、写真やGPSによる現状記録、劣化状態の調査を行いました。
 また、9月10日・11日には、モンゴル国教育・文化・科学省文化芸術局との共催、在モンゴル日本大使館の後援で「日本およびモンゴルの文化財保護に関するワークショップ-モンゴル文化遺産保護国家計画-」を開催しました。これに先立ち、東京文化財研究所とモンゴル国教育・文化・科学省文化芸術局は、文化遺産保存に関する協力についての合意書を結びましたが、このワークショップは協力事業の端緒となります。テーマの「国家計画」とは、文化財保護関連法令の整備、歴史的・文化的記念物の保護、観光開発による経済貢献などを目的に昨年12月にモンゴル政府が決定したものです。ワークショップには日本側14名、モンゴル側20名の関係者が参加し、日本・モンゴル各々4件ずつの発表と質疑応答が行われました。

第22回国際文化財保存修復研究会の開催

第22回国際文化財保存修復研究会発表風景

 2008年9月19日に、75名の参加を得て、第22回国際文化財保存修復研究会「遺跡保存と水」を開催しました。遺跡保存コンサルタントのリチャード・ヒューズ氏による「モエンジョダロ遺跡における水文学、水理学、地質工学―水との共存」、仙台市富沢遺跡保存館の佐藤洋氏による「仙台市富沢遺跡保存館における遺構保存の現状と課題」、イタリア・ナポリ及びポンペイ特別考古学局のニコラ・セベリーノ氏による「バイア水中公園:その保存と公開」の3件の発表と、総合討議が行われました。遺跡の保存対策といえば、多くの場合には水を如何にして防ぐかという視点で議論がなされますが、水が存在する前提で保存が図られている遺跡の事例は、そうでない状況にある多くの遺跡の保存を考える上でも参考になると期待されます。

第4回日タイ共同研究成果報告会の開催

第4回日タイ共同研究成果報告会

 文化遺産国際協力センターでは、2006年10月にタイ文化省芸術総局と東京文化財研究所との間で交わされた書簡に基づき、同局との間でタイの遺跡の劣化と保存に関する共同研究を実施していますが、この度バンコクにて、その成果報告会を開催しました。
 報告会は、9月4日と5日の二日間にわたり、バンコク市のタイ・ナショナルギャラリーにて行われました。会では、日本側から6件、タイ側から4件の研究発表が行われ、現地研究者など約30名の参加者により、活発な議論が持たれました。
 バンコク滞在中には、タイ芸術総局を訪問し、2009年1月14~16日にバンコクで開催される予定のアジア文化遺産国際会議に関して打ち合わせを行いました。

第16回ICOMOS総会・国際シンポジウム(カナダ・ケベック)

ケベック旧市街地の修復が終了した地域の見学
ICOMOS総会

 文化遺産保護の国際的な動向についての研究・情報収集活動のひとつとして、9月27日から10月4日までカナダのケベック市において開催された第16回ICOMOS総会に参加しました。世界各地から有形文化遺産の保存に携わる各分野の専門家が集い、日本からは20名ほど(アジア太平洋地域からは2番目)の参加となりました。期間中は総会に加えて、”Finding the Spirit of the Place(場所の精神)”というテーマを掲げ、若手を対象とした国際フォーラム、国際学術委員会(ISC)会議、国際学術シンポジウム、現地視察などが開かれました。若手フォーラム(27-28日)は、今回はじめて行われた新しい試みで、若手研究者が活発な議論を繰り広げました。ISC会議(29日)では23もの専門テーマ会議が設けられましたが、私はその中から、日本がより活発に参加することが望まれている5つの会議に参加しました。9月30日には総会の開会が盛大に行われました。国際シンポジウム(11月1日―2日)ではテーマをめぐり4つのセッションが同時に進行され、ポスターセッションも加えて、世界各地の多様な取り組み事例が紹介されました。3日は7つのグループに分かれてケベックの旧市街地や周辺地域を視察しました。4日の総会と役員選挙の結果、日本人執行委員1名が当選し、また名誉会員1名が承認されました。
 この8日間は、活発な意見交換と貴重なネットワーク作りができ、たいへんに充実した機会となりました。

タジキスタンにおける壁画片の保存修復

保存修復の方法論および技術を移転することにより、現地での人材育成を目指します
可搬型の蛍光X線分析器を利用して、壁画の彩色層に含まれる元素を分析している様子

 文化遺産国際協力センターは、文化庁の委託事業である「文化遺産国際協力拠点交流事業」の一環として行っている「タジキスタン国立古物博物館が所蔵する壁画片の保存修復」の一次ミッションを7月23日から8月5日にかけて派遣しました。保存修復の対象となる壁画片は、長年にわたり、ロシア人専門家によりタジキスタン内の考古遺跡から剥ぎ取られたものです(参照:http://www.tobunken.go.jp/japanese/katudo/200708.html)。
 タジキスタンでは保存修復の専門家が不足しており、これらの壁画片は、剥ぎ取られた後に適切な処置がなされないまま、古物博物館の収蔵庫に置かれています。そのため、壁画片は多くの問題点を抱えており、長期の保存や展示のために保存修復の処置が施されることが望まれています。本事業では、これらの壁画片の保存修復を通じ、当センターがこれまで行ってきた壁画の保存修復事業において培ってきた保存修復の技術をタジキスタンに移転し、保存修復のタジク人専門家を育成することを目指しています。
 保存修復が求められる壁画片が抱える問題点の一つとして、剥ぎ取りの際に壁画片に含浸された合成樹脂があります。この合成樹脂は、当時、壁画片の保護を目的として使用されましたが、樹脂の黄色化や壁画表面に付着した土を一緒に固めてしまったことにより、現在では、壁画を見えにくくしています。今回の活動では、変色した合成樹脂や固着した土を壁画片から除去するクリーニングのテストを行いました。
 また、壁画を描く際に使用された彩色材料を調査することは、当時の絵画技術や材料の入手経路などを知る上でたいへん重要です。今回、可搬型の蛍光X線分析器を持ち込み、元素分析を行い、いくつかの顔料を特定しました。その結果、現在は黒色である箇所がかつては緑色であったことや、さまざまな種類の赤色絵具を使用して、異なる色味を塗り分けていたことなどがわかりました。

タイ・カンボジア現地調査

砂岩の物性(帯磁率)調査
(カンボジア・アンコール遺跡)

 文化遺産国際協力センターは、2008年7月に、タイおよびカンボジアにおいて、石造遺跡の劣化に関する調査を実施しました。
 タイでは、文化省芸術総局と共同で、スコータイ遺跡およびアユタヤ遺跡で調査を行いました。スコータイ遺跡では、スリチュム寺院において、藻類が繁茂しやすい場所としにくい場所とで、水分蒸発がどの程度違っているかを定量しました。アユタヤ遺跡では、マハタート寺院で2004年に実施した、塩類風化を軽減するための保存処理について、その後の経過や効果の持続性について調べました。
 カンボジアでは、アンコール地区保存整備機構(APSARA)と共同で、地衣類や蘚苔類が石材の劣化に与える影響に関する調査を行いました。特に、タ・ネイ遺跡で用いられている砂岩について、表面に微生物が存在する場合としない場合とで、強度などの物性がどのように異なるかを調べました。
 また、バンコク滞在中には、タイ芸術総局を訪問し、2009年1月14~16日にバンコクで開催される予定のアジア文化遺産国際会議に関して打ち合わせを行いました。

シルクロード沿線人材育成プログラム

故宮慶寿堂での現場実習

 新疆・甘粛・青海・寧夏・陝西・河南の各省から合計12名の研修生が参加し、4月3日から北京で実施していた「シルクロード沿線文化財保存修復人材育成プログラム」の古建築保護修復班(2年計画の第1年目)は、7月11日に15週間の日程を無事に終了しました。後半の第8週からは故宮紫禁城の中にある慶寿堂第三院を実習場所として、状態調査、技術調査、測量調査等を行いました。この建物は、乾隆皇帝が引退後に居住した頤和軒に近接し、皇帝に見せる芝居の役者たちが起居していた場所であったといいます。その後建物には何カ所もの改変が加えられて、いまは故宮内部の建具を修理する場所として使われています。この現場実習には、財団法人文化財建造物保存技術協会の専門家5名が講師として参加しました。その調査結果をもとに修復計画案を作成して第1年目の研修が終わりました。来年の現場修復実習では、5月12日に発生した四川大地震で被害のあった建物での修復作業に研修生を参加させるという案が出ています。

敦煌莫高窟での壁画調査と研修生派遣

第285窟での共同調査
調査チーム(オレンジユニフォーム)と研修生(赤ユニフォーム)

 第5期「敦煌壁画の保護に関する共同研究」は3年目を迎え、6月1日から4週間の日程で敦煌莫高窟にメンバーを派遣して、今年度前半の日中合同調査を実施しました。調査は、昨年に引き続き、西魏時代の紀年銘(西暦538年、539年)を持つ第285窟について、これまで実施してきた光学的調査とともに壁画全体に対する状態調査を行いました。壁画に使われた材料は、色の種類や技法、描かれた位置など、様々な条件によって劣化の仕方、保存状態が異なります。この状態を把握することで、光学調査の結果はさらに多くの情報をもたらすことになりますし、そこから新たな調査や分析についてのアイディアも生まれるのです。また、特定の制作材料や技法によって劣化の仕方が異なるのであるとすれば、それは今後の保護修復作業にも重要な手がかりを与えるものとなります。
 いっぽう、この調査チームとともに2名の大学院修士課程修了者が莫高窟に行きました。彼らは、昨年度から実施している「敦煌派遣研修員」として、公募により選抜されました。保存科学、絵画制作とそれぞれに異なる専門領域からの参加で、10月中旬までの5ヶ月間、敦煌研究院保護研究所の専門家の指導を受けて、壁画保護のための多岐にわたる内容の研修を受けます。

陝西唐代陵墓石彫像保護修復事業専門家会議

日中専門家会議
橋陵の現場で掛けられた「熱烈歓迎」の横断幕

 2004年度以来、西安文物保護修復センターと共同で推進している「唐代陵墓石彫像保護修復事業」は、今年で最終年度を迎えます。6月23日と24日の2日間、西安市で最終年度の日中専門家会議が開催され、昨年度の作業内容についての検証と評価が行われました。日本からは、西浦忠輝氏(国士舘大学教授、文化財保存)と根立研介氏(京都大学教授、美術史)が専門家として出席されました。昨年度は、事業の対象となっている3つの陵墓のうち、特に唐睿宗の陵墓である橋陵の東西北門での考古学調査と整備作業が進められました。今回は地元民が多数見物に出る中、日中専門家が現地視察を行いました。また、去る5月12日に発生した四川大地震では陝西省も被災しましたが、対象陵墓である順陵では南門の獅子像の亀裂に顕著な拡大が見られ、そのため急きょ設置された観測装置についての視察も行いました。本事業は11月に石造文化財の保護に関する日中学術研究会を開催し、来年3月に最終の審査会を経て終了する予定です。

モンゴルにおける拠点交流事業(予備調査)

アマルバヤスガラント寺院
アマルバヤスガラント寺院の視察

 今年度から始まった拠点交流事業の準備として、6月9日から14日までモンゴルを訪れました。本事業では本研究所の無形遺産部とともに、組織や法律など文化財保護の枠組みに関するワークショップの開催や、教育文化科学省所管の国立文化遺産センターに対する専門家育成のための研修事業を計画しています。教育文化科学省文化芸術局長との会談は、事業開始にあたって当研究所との合意書と覚書の締結を快諾していただくなど、友好的な雰囲気に終始しました。
 また、首都ウランバートルの北方約350kmにある、モンゴル最大級の木造建造物であるアマルバヤスガラント寺院を視察しました。この寺院では、1970年代初めから80年代半ばにユネスコを通じて派遣された日本人専門家による調査や修復事業が行われました。しかし現在は管理が不十分で、教育文化科学省の専門家は、緊急対応を要すると話していました。たしかに、屋根や彩色だけでなく構造上の劣化も発生している状態でした。ここでの議論を通じて、両国は、来年度以降実施する専門家養成に建造物関連の内容も含めたいと考えるようになりました。
 さて、6月末の総選挙の後、ウランバートルでは結果への不満を表すデモが暴動化し、当研究所のカウンターパートとなる文化遺産センターも焼き討ちに遭い、建物や機材、文化財が被害を受けました。関係者にお見舞い申し上げるとともに、大使館や関連分野の専門家と情報を共有し、緊急対応の可能性を探っているところです。

「中央アジアの岩絵遺跡の世界遺産への一括登録のためのユネスコ地域ワークショップ」への参加

 標記ワークショップは、平成20年5月26日から5月31日にかけて、中央アジアの一つであるキルギスタン共和国の首都ビシュケクで開催されたものです。トルクメニスタンを除く、キルギスタン、カザフスタン、ウズベキスタン、タジキスタンの4ヶ国、及びユネスコ、イコモスが参加しており、当研究所の山内がオブザーバーとして参加しました。岩絵(もしくは岩画)は中央アジアのみならず、ユーラシア大陸に広く分布していますが、同ワークショップは中央アジアに地域を限定し、世界遺産として一括登録することを目的としています。会議では、多くの事例が紹介されるとともに、調査研究、登録作業、管理保存の問題点等が議論されました。また、国境を越えた遺産の一括登録の場合、各国での作業の進捗状況が異なり、世界遺産の申請書類の作成までには今後、さらに時間を要するものと思われます。同ワークショップでは2012年の世界遺産登録を目標に、今後も同種のワークショップを継続していくことが確認されました。文化遺産国際協力センターは、西アジア諸国等文化遺産保存修復協力事業の一環として、将来的な保存修復協力事業を念頭に、このようなワークショップに参加し、情報収集に努めるとともに、中央アジア諸国の関係者・関係当局との連携を図っていく予定です。

タジキスタン、アジナ・テパ仏教遺跡保存プロジェクト

調査によって明らかになったストゥーパのある中庭に面した南東の壁
タジク人専門家との共同作業の様子

 文化遺産国際協力センターは、4月16日から5月9日にかけて、ユネスコ文化遺産保存日本信託基金による「タジキスタン、アジナ・テパ仏教遺跡保存プロジェクト」の第3次ミッションを派遣しました。本プロジェクトの目的は、日干しレンガや練り土といった土構造物で構築された仏教寺院を保存することであり、文化遺産国際協力センターでは、過去の発掘調査以後に堆積した土砂や雑草を除去し、あわせて寺院本来の壁の位置や構造を明らかにする考古学的清掃や試掘調査を2006年より実施してきました。
 今回の調査では、ストゥーパ(仏塔)のある中庭に面した南東の壁を精査し、涅槃仏のあった部屋へとつづく入口を確認しました。また、遺跡の縁辺部2カ所で試掘調査をおこなったところ、それぞれで仏教寺院の外壁を検出することができ、仏教寺院本来の範囲を確認することができました。こうした成果は、遺跡を保存する際に重要な情報になります。なお、現地で実施されたすべての考古学調査は、タジク人の若手考古学者と共同で行われ、私たちが調査を実施する上で大きな助けとなりました。同時に、現地専門家の育成という点においても、意義のあるものになったと思われます。

シルクロード沿線人材育成プログラム

岡田文男講師(京都造形芸術大学)による授業
中内康雄講師(文化財建造物保存技術協会)による授業

 中国文化遺産研究院(2008年2月に中国文物研究所を改組して名称変更)と共同で実施する「シルクロード沿線文化財保存修復人材育成プログラム」は3年目を迎えました。今年は、春から3ヶ月間半、古建築保護修復班(2年改革の第1年目)を実施し、秋から2ヶ月間、土遺跡保存修復班(3年計画の第3年目)を実施する予定です。折しも今年は8月8日からの北京オリンピックを控え、その日程を避けるため、例年よりも早めの4月3日に春のコースがスタートしました。古建築コースは、新疆・甘粛・青海・寧夏・陝西・河南の各省から合計12名の研修生が参加し、1年目に理論講座と各種調査の実習、保護修復計画の作成を研修し、2年目に参加する修復実習作業のための基礎を身につけることを目的にしています。その1年目の現場実習の場所には、故宮博物院の支援を得て、故宮内部の頤和軒東側の一角が提供されています。3カ月半の期間中、日本側講師10名が参加し、中国側講師とともに指導にあたります。

アジア文化遺産国際会議「中央アジアの文化遺産と日本の貢献」の開催

会議の様子
ウズベキスタン考古学研究所壁画修復室見学の様子

 文化遺産国際協力センターは、アジアにおいて文化遺産の保護活動に携わる専門家の交流を促進するために、国際会議やワークショップを開催してきました。平成19年度からは、さらなるネットワークづくりを目指し、毎年アジア各地において専門家会議を開催することになりました。一年目は中央アジア地域に焦点を合わせ、3月12日から3日間、ウズベキスタンの首都タシュケントで開催しました。ウズベキスタンのほか、カザフスタン、キルギス、タジキスタン、トルクメニスタン、さらにユネスコの専門家を招聘し、各国における文化遺産保護活動の現状と課題について報告と討論を行いました。会議後、サマルカンドの遺跡、歴史的建造物、博物館、考古学研究所を見学し、文化遺産の保存・展示方法について意見を交換しました。参加者からは、日本を含む各国が直面している問題点、保護活動の事例を知ることができ有意義であった、今後も連携をはかり情報交換を行いたい、などの感想が寄せられました。

タジキスタン共和国の文化遺産保護のための協力に関する合意書の締結

 平成20年3月10日、タジキスタン共和国科学アカデミー、歴史・考古・民俗研究所と東京文化財研究所の間で、文化遺産保護のための協力に関する合意書と覚書が締結されました。合意書は包括的なもので、歴史・考古・民俗研究所と当研究所が協力して、タジキスタン共和国の文化遺産保護のための活動を行うこと、また、実際の保存修復作業やワークショップ等を通じて人材育成・技術移転を図ること等が、その内容に含まれています。覚書は、同研究所に所属する国立古物博物館所蔵の壁画資料の保存修復事業及びそれに係わる人材育成・技術移転のための協力に関するものです。文化遺産国際協力センターは、これらの合意書及び覚書に基づいて、平成20年度から具体的な活動を開始する予定です。

モンゴルでの文化遺産および国際協力に関する相手国調査の実施について

国立文化遺産センターでの布製品修復作業の様子
文学文化国家センターでのインタビューの様子

 2月26日から3月4日までの間に、文化遺産国際協力コンソーシアムの行う「協力相手国調査」の一環として、モンゴルでの文化遺産保護及び国際協力に関する情報収集を行いました。調査では、モンゴルの文化遺産保護に係わる主要な博物館、機関等あわせて12カ所で、それぞれ2時間から3時間程度のインタビューを行ってきました。モンゴルは1990年にそれまでの社会主義体制から民主主義体制に移行しましたが、その際に文化財行政にも大きな変化がありました。現在は、遊牧文化をはじめとするモンゴルの貴重な有形・無形の文化遺産を次世代に伝えていくための法整備や制度作りがようやく本格化してきたところであり、今後、人材育成や全国に広がる文化財の調査登録作業などが予定されているとのことです。

大エジプト博物館保存修復センター設立のための支援事業: 紙の保存修復ワークショップの開催

ワークショップの風景
ワークショップ参加者一同
大エジプト博物館保存修復センター長のナディア・ロクマ女史との一場面

 国際協力機構(JICA)は、円借款事業で建設中の大エジプト博物館に付属する保存修復センターに対して、人材育成・技術移転事業を行っています。今回、文化遺産国際協力センターは、その一環としてJICAの要請を受け、現地エジプトの保存修復専門家およそ20名に対し、2月24日から28日までの日程で、紙の保存修復ワークショップを開催しました。紙本修復家である坂本雅美さんを講師として、ヨーロッパの紙や日本の紙の製造法や特性、材質に関する講義と、それぞれの保存上の問題やさまざまな保存処置方法、長期的な保存のためのマウントの方法などに関する実習を行いました。エジプトには、パピルスや染織品など、さまざまな出土遺物があり、保存処置が困難な資料も数多くあります。参加者の多くは、長年保存修復に携わってきた経験豊かな専門家であり、ワークショップ中も、さまざまな有意義な質問が出され、議論が行われました。そして参加者からは、ワークショップを通じ、エジプトの文化遺産の保存修復のために参考となる知識、技術や材料に関する知見を得ることができたと、非常に高い評価を受けました。このワークショップの結果、今後の日本からの継続的な支援に対しても大きな期待を寄せていただくことができました。

中国新疆ウイグル自治区の仏教壁画を有する石窟の現状調査

シムシム千仏洞の景観と保存修復された石窟群
キジル石窟224窟に見られる有機物からなる赤色の色材(新疆ウイグル自治区文物局提供)

 現在、文化遺産国際協力センターでは、敦煌莫高窟やバーミヤーン遺跡、アジャンター石窟などユーラシアの広範な地域に所在するさまざまな仏教石窟において、壁画の技法材料と保存修復に関する調査、研究を実施しています。新疆ウイグル自治区は中央アジアの東端に位置し、それらの仏教壁画を東西交流という観点から比較研究する上で、非常に重要な遺跡が分布しています。中国では、敦煌研究院を中心に、研究活動や保存修復作業が進んでいます。今回、株式会社NHKエンタープライズの受託調査研究として、1月5日から12日にかけて、極寒の中、トルファンのベゼクリク千仏洞、クチャのキジル千仏洞、シムシム千仏洞、クムトラ千仏洞、クズルガハ千仏洞の石窟において、壁画の彩色技法の観察、写真記録、保存状態の調査等を行いました。調査にあたっては、日本から4名と、新疆ウイグル自治区文物局と敦煌研究院保護研究所からそれぞれ中国人研究者の参加を得て、共同で調査を行いました。これらの遺跡は、バーミヤーン遺跡と同様に、礫岩やシルト岩、やわらかい砂岩からなる崖に石窟を掘り込んでいるか、あるいは泥レンガで構造物を付加することにより祠堂などを形成し、その壁面に土壁を施し、その上に、セッコ技法によって彩色するという共通点を持っています。有機物からなる鮮やかな赤色など、比較的保存状態の良い色材もあり、今後、科学的な研究を行うことによって、シルクロードの壁画の技術を明らかにする鍵となるような、重要な成果が得られるのではないかという実感を持ちました。

文化遺産国際協力コンソーシアム研究会「リビング・ヘリテージの国際協力」の開催

研究会の様子
ポスター展示の様子

 1月9日に文化遺産国際協力コンソーシアム研究会「リビング・ヘリテージの国際協力」が開催されました。この研究会は、文化遺産国際協力センターが事務局業務を受託している「文化遺産国際協力コンソーシアム(会長:平山郁夫前東京芸術大学学長)」が主催する研究会で、文化遺産国際協力に関する様々なテーマを取り上げ、検討するための研究会です。第2回目となる今回の研究会では、リビング・ヘリテージ、すなわち「生きた遺産」、「活かされている遺産」という切り口に注目し、100名を超える様々な分野の方にご参加いただきました。基調講演では、ユネスコ・バンコク事務所の文化担当アドバイザー R. エンゲルハルト氏に、リビング・ヘリテージという概念が登場した背景や、遺産を継承する地域の人々をも含めた文化遺産国際協力の重要性、日本の果たすべき役割について講演いただきました。また、事例紹介として昭和女子大学によるベトナムでの学際的な取り組みに関する事例や、三浦恵子氏による東南アジア各地でのリビング・ヘリテージの保全に関する事例紹介をいただきました。パネル・ディスカッションでは、現地で直面する課題や、変わりゆく価値観の中で何をどのように守っていくべきなのか、日本はいったいどのような協力が出来るのか、といった話題について、会場も含めた活発な議論がおこなわれました。文化遺産国際協力コンソーシアムでは、今後も定期的に研究会を開催し、文化遺産国際協力に携わる様々な関係者のネットワーク構築を支援していきます。

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