研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


連想検索サイト「想―IMAGINE」と美術関係文献検索データベース

想―IMAGINE

 企画情報部では、昨年10月から、268,000件からなる「美術関係文献検索データベース(試験運用中)」を公開しています。このデータベースは、1966年から2004年までの美術関係文献を「編著者」、「キーワード」「雑誌名等」の三つの窓口から検索できるもので、データ数からいっても圧倒的なものです。情報の蓄積と公開、発信を研究業務の大きな柱のひとつとしてとらえている当部では、今以上に発信できるように、他のサイトとの連携を現在すすめてようとしています。そのひとつが、国立情報学研究所によって立ち上げられたユニークな連想検索サイト「想―IMAGINE」との連携です。今年度より、当部の客員研究員となった中村佳史氏(国立情報学研究所研究員)が、4月21日にそのデモンストレーションを行い、今後の進め方等について研究協議会を開催しました。このデモンストレーションによって、「美術」というひとつの分野だけではなく、さまざまな分野からの情報が同時にあらわれ、思いがけない広がりと可能性があるのではないかと期待されます。

『昭和期美術展覧会の研究 戦前篇』の刊行

「武人雅心あり。…」(『支那事変画報』第10輯)河田明久「描く兵士―日中戦争と「美術」の分際」より。日中戦争期の戦場には多くの「描く兵士」がおり、彼らの作品は真に迫る戦争画として喧伝されました。

 企画情報部では、国内の研究者26名による論文集『昭和期美術展覧会の研究 戦前篇』を刊行しました。本書はプロジェクト研究「近現代美術に関する総合的研究」の成果であり、2006年に刊行した基礎資料集成『昭和期美術展覧会出品目録 戦前篇』の研究篇として、昭和戦前期の美術について各研究者の視点から多角的に論じたものです。展覧会や美術団体の動向を軸に、絵画や彫刻、版画、写真、工芸等の諸ジャンルを対象とし、プロレタリア美術や戦争美術といった昭和戦前期ならではのテーマも盛り込まれています。昭和期の美術をめぐるさまざまな論点を通覧していただきながら、さらに新たな発見や問題意識の端緒となれば幸いです。
 各論文のタイトルと執筆者については、企画情報部刊行物のページをご覧ください。
http://www.tobunken.go.jp/~joho/japanese/
publication/book/showaki.html

本書は中央公論美術出版より市販されています。
http:/www.chukobi.co.jp/kikan/index.html

平安時代の丈六木造仏像の調査

 今年度より企画情報部の津田徹英・皿井舞は出光文化福祉財団よりの調査・研究助成を得て、二カ年計画で「秘仏等非公開作例を中心とする近江古代・中世の彫像の調査研究」(研究代表者:津田徹英)をテーマに掲げ、MIHO MUSEUMに中心に構成された滋賀県ゆかりの研究スタッフとともに滋賀県内の重要彫刻作例の調査・研究を行います。その第1回目として4月26日(日)の早朝より夕刻に及んで甲賀市岩根山中の天台宗寺院善水寺観音堂の観音菩薩坐像(像高245.3㎝)の調査を行いました。本像はこれまで存在は一般に知られておらず、移坐に及んでの学術調査も今回がはじめてとのことでした。作風から平安後期の造像が推定されましたが、保存状況も比較的良好でした。このような本格的な大作がまだ人知れず存在しているところに滋賀県の文化財の懐の深さの一端を垣間見たように思いました。

『日本美術年鑑 平成19年版』刊行とシンポジウム「いま、あらためて展覧会カタログを見直す」での発表

『日本美術年鑑 平成19年版』
シンポジウム
「いま、あらためて展覧会カタログを見直す」
「『日本美術年鑑』と展覧会カタログ」

 3月25日に『日本美術年鑑 平成19年版』が刊行されました。昭和11(1936)年の創刊以来、64冊目の刊行となります。いうまでもなく同年鑑はその年の国内を中心とする「美術」の動向を記録するために、資料を収集編集した内容で、基礎資料となるものです。
 一方、3月20日にはアートドキュメンテーション学会主催により、表記のシンポジウムが開催されました(会場:和光大学附属梅根記念図書館)。基調報告につづき、5名による発表があり、そのひとりとして、わたしは「『日本美術年鑑』と展覧会カタログ」と題して報告しました。半世紀以上の歴史をもつ『日本美術年鑑』のなかで、「展覧会カタログ」がどのように資料としてとりあつかわれてきたか、また現状の問題点について発表しました。同年鑑のなかで、「文献資料」として扱われてきたのが昭和59(1984)年からで、平成11(1999)年版からは「美術展覧会図録所載文献」として一章をたて、各展覧会カタログの所載文献を掲載するようになり、今日にいたっています。これは1980年代からの博物館、美術館等の新設増加にともない、そこで刊行される展覧会カタログが学術的な面でも貴重な資料、情報を掲載していることを反映した結果です。たとえば、最新の「平成19年版」では、1888件の展覧会データ数に対して、掲載された「図録」は325件、そのなかから943件の文献が採録され掲載されています。「展覧会カタログ」の研究面での重要性は、ひろく認識されているようですが、一方で『日本美術年鑑』の編集にあたって、網羅的な収集をめざしながらも、文献情報として精査して編集をすすめていくことのむずかずかしさを今後どのように克服していくのかが、問題となっていることを報告しました

黒田記念館での特集陳列「写された黒田清輝Ⅱ」

 誰もが容易にカメラを手にし、撮影をして画像を得ることができるようになったのは、ごく近年のことです。ピントや露出の調整、現像などがすべて人の手によって行われていた頃には、写真は大変貴重なものでした。そうした写真資料は、撮影の背景を含めてその時代を考察するための手がかりとなります。
 平成18年度および19年度に、黒田清輝夫人照子のご遺族にあたられる金子光雄氏より、同氏が保管してこられた黒田清輝関係の写真や遺品などが東京文化財研究所に寄贈されました。当研究所企画情報部では、これらの資料の来歴や関連する事項などについて調査と整理を進め、昨年度、黒田記念館において「写された黒田清輝」展を開催いたしました。帝室技芸員であった小川一真の撮影による大礼服の黒田清輝の大判のポートレートなど、公的な場での黒田像が浮かび上がる企画となりました。
 第二回目となる今年度は「家族の肖像」と「画家のアトリエ」をテーマに、黒田記念館で3月19日(木)から7月9日(木)まで「写された黒田清輝Ⅱ」を開催いたします。≪湖畔≫が、後に黒田夫人となる女性をモデルに描かれたように、黒田の作品には家族をモデルとするものが数多くあります。実父、養父、養母の肖像のほか、≪もるる日影≫は姪の君子を、≪少女雪子・十一歳≫も同じく姪を、≪婦人肖像≫(木炭・紙、1898年)、≪婦人肖像≫(油彩・カンヴァス、1911-12年)は照子夫人をモデルとしています。これらの人々の写真と黒田による絵とを比較してみると、≪湖畔≫がその題名の示すとおり、肖似性が主要な目的とされる肖像画として描かれてはいないことなどがわかり、絵画と写真における再現性と虚構性の問題などを考える契機となります。
 アトリエでの画家や、制作中の様子を伝える写真には、作品の生み出される場が写し出されています。アトリエにかかる作品から画家の関心のありどころを、モデルとの写真から画家とモデルの関係を推測することもできるでしょう。
 写真資料の原本は展示による劣化が懸念されるため、オリジナルの風合いを保ちつつ、原寸大に再現した画像を公開します。これは、写真資料の保存・公開という目的のために進められたデジタル画像形成技術の開発研究の成果の一部でもあります。 これからも資料そのものの保存を考慮しつつ黒田清輝についての調査を進め、その成果を黒田記念館で展示・公開していく予定です。

在外日本古美術品保存修復協力事業の関連調査

仮張り乾燥中のローマ本(部分)

 今年度修復している作品のなかに、国立ローマ東洋美術館(イタリア)の「虫の歌合絵巻」があります。この作品はさまざまな虫たちが和歌の優劣を競う様子を描いた愛らしい絵巻物ですが、残念ながら欠紙と錯簡のあることが明らかでした。そこで類例をさがしたところ、同内容で首尾完結した作例が個人宅に収蔵されていることがわかりました。所蔵者に事情を説明したところ、調査をご快諾いただき、2月5日(木)、現品を拝見することができました。いくつかの疑問点も残っていますが、少なくともローマ本(の当初の状態)を直接模写したのが個人本であるか、あるいは両者に共通の原本があるか、いずれにせよ両者が非常に近しい関係にあるということはわかりました。これによって確証をもってローマ本の錯簡を訂正し、欠紙部分を相応に処置することができるようになったわけです。その結果をもって同日、修復作業を行っている松鶴堂(京都市)にも行き、修復についての最終的な詰めの協議を行いました。作品は本紙への作業をほぼ終えて仮張り乾燥させているところで、近々、巻子装に仕立てられ、修復が完了します。その後、イタリアへ返却する前の5月下旬に、東京国立博物館で一般公開する予定です。

『平等院鳳凰堂 仏後壁 調査資料目録―カラー画像編―』の刊行

『平等院鳳凰堂仏後壁調査資料目録―カラー画像編―』

 当研究所では、平成16年から17年にかけて、京都府宇治市の平等院と共同で、鳳凰堂の仏後壁の調査を行って参りました。本調査は、平成15年から五ヶ年にわたって行われた鳳凰堂の国宝阿弥陀如来坐像及び天蓋の修理に併せて実施されたものです。「平成の大修理」と名付けられた本事業では、ご本尊を始め光背や台座が堂外に運び出され、通常、詳細に見ることの出来ない仏後壁が全貌を現しました。調査では、この仏後壁のカラー・蛍光・近赤外線による撮影及び顔料調査を行いました。仏後壁全体の撮影は創建以来初めてであり、1月23日には、平等院において記者会見が行われ、新聞各紙及びNHKのニュース番組において取りあげられています。
 なお、調査資料目録は、今後、平成21年度に近赤外線画像編を、さらに22年度に蛍光画像・蛍光X線分析データ編の刊行を予定しております。仏後壁の画題や制作年代については諸説提唱されており、一連の報告書が、今後美術史研究に有益な情報を提供出来るよう願っております。

ヒューストン美術館 展示協力と記念シンポジウムでの講演

「日吉山王祭礼図屏風」展示風景
The Museum of Fine Arts, Houston
記念シンポジウム講演の様子(江村)
展示会場のインタラクティブ・ディスプレイ

 2007年度に在外日本古美術品保存修復協力事業にて修理を行った「日吉山王祭礼図屏風」の所蔵館であるヒューストン美術館では、修理の竣工を記念して「よみがえる近世日本の美:日吉山王祭礼図屏風」展(Art Unfolded: Japan’s Gift of Conservation)が1月17日~2月22日の日程で開催されています。修理開始以前より同館からは、無事修理が完了した作品とともに実際の修理に使う材料・道具と工程についても展示して、日本の文化と伝統技術を総合的に理解できる企画にしたい、という要望があり、当所としても準備協力してきました。会場では唐紙・補彩用絵具・刷毛・丸包丁などがタッチパネルセンサー搭載の展示ケースに入れられ、観覧者はケースに触れるとそれらの解説や修理の工程をビデオで見ることができるインタラクティブ・ディスプレイとなっています。海外ではほとんど知られていない日本の文化財の保存修復について理解を深められるとたいへん好評でした。また一方では大津市歴史博物館のご協力により実際の山王祭の様子と、九州国立博物館のご協力により「金襴を織る-書画を飾る表装裂」がビデオ上映され、より深く日本の伝統文化を紹介されていました。
 1月19日には本展を記念してシンポジウムが開催され(助成:日米芸術交流プログラム、国際交流基金)、在ヒューストン日本国総領事・大澤勉氏のご挨拶に引き続き、実際の修理を担当した国宝修理装こう師連盟九州支部技師中村隆博氏による「日本の技-日吉山王祭礼図屏風の修復」と題した講演があり、江村は「神々の渡御-日吉山王祭礼図屏風の図様について」と題して作品の美術史的特徴について講演しました。当日の会場となった同館講堂には150人を超える参加者が集まり、研究成果発表、国際文化交流において貴重な機会となりました。

故鈴木敬先生の蔵書寄贈

四庫全書

 東京大学名誉教授で、学士院会員の故鈴木敬先生(平成19年10月18日逝去、享年86)の蔵書が、当研究所に寄贈されました。ご遺族である輝子夫人からのお申し出により、蔵書中から『景印文淵閣四庫全書』全1,500冊及び500冊を超える『四部叢刊初編縮本』、『大清歴朝実録』が12月11日に搬入されました。『四庫全書』は、ひろく知られているように、清朝乾隆帝の命により編纂された中国最大の漢籍百科叢書として高い価値があります。当研究所では、中国絵画史の泰斗でいらした先生の学術的な業績を顕彰し、あわせて貴重な資料の活用と保存を考え、多くの研究者にご利用いただけるよう、整理作業をすすめています。なお次年度には「鈴木敬氏寄贈図書目録」(仮称)も刊行する予定です。

“オリジナル”研究通信(7)―国際研究集会「“オリジナル”の行方―文化財アーカイブ構築のために」の開催

セッション1の討議風景
セッション3で発表するマーク・バーナード氏(大英図書館)
本研究集会の発表者・司会者一同

 12月6~8日の3日間、東京文化財研究所の主催により、第32回文化財の保存及び修復に関する国際研究集会「“オリジナル”の行方―文化財アーカイブ構築のために」を東京国立博物館平成館にて開催しました。文化財の本質的な価値を損なうことなく、いかにしてその“オリジナル”な姿を後世に伝えていくのかを考察しようとする本研究集会では、海外(アメリカ・イギリス・台湾)からの発表者5名をふくむ25名により、発表・討議が行われました。
 初日のセッション1「モノ/“オリジナル”と対峙する」では、“オリジナル”を宿すモノと真っ向から対峙するという、文化財に対する基本的な姿勢を問い直しました。つづく2日目のセッション2「モノの彼方の“オリジナル”」では、残されたモノや資料をよすがとして、かつての“オリジナル”の姿を想定する様々な営為を話題に取り上げました。そして最終日のセッション3「“オリジナル”を伝えること」では、それまでの議論をふまえ、“オリジナル”イメージを支え伝える文化財アーカイブのあり方を探りました。
 3日間を通じて延べ281名の参加者があり、日本・東洋の美術を中心としながらも、西洋の美学や現代美術、無形文化財をも視野に入れ、とくに文化財アーカイブの立場から“オリジナル”をとらえようとするテーマ設定には多くの関心が寄せられました。本研究集会の事務局を務め、当研究所のアーカイブを担う企画情報部としても、“オリジナル”を志向しながら文化財をいかに資料化していくのか、考えさせられることが多く、今後に向けて取り組むべき大きな課題としたいと思っています。各発表・討議の詳細については、次年度に報告書を刊行する予定です。

奈良国立博物館における光学的調査

 企画情報部では研究プロジェクト「高精細デジタル画像の応用に関する調査研究」の一環として、奈良国立博物館との共同研究の協約(仏教美術等の光学的調査および高精細デジタルコンテンツ作成に関する協定書)を結んでいます。今年度は11月4日(火)から7日(金)までの日程で、奈良国立博物館において春日大社所蔵の春日権現験記絵巻用と伝わる披見台と法隆寺金堂所在の釈迦三尊像ならびに薬師如来像の台座について、蛍光X線による非破壊分析ならびに、高精細フルカラー撮影、可視光励起による高精細蛍光撮影および反射近赤外線撮影等を行いました。この調査は、上述の光学的調査によって、使用材料、制作過程等について検討するとともに、高精細デジタルコンテンツを作成することを目的としています。今回の調査ではいずれの作例においても経年変化によって肉眼では確認しにくい様々な情報を得ることができました。その知見については、奈良国立博物館学芸部と協議しながら報告を行ってゆきたいと考えています。

第42回オープンレクチャー「人とモノの力学」

青木茂教授の発表(第2日)

 10月8日、9日の2日間にわたり、研究所地下セミナー室を会場に、上記の公開講座を開催しました。第1日目は、勝木言一郎(企画情報部)「鬼子母神の源流をたずねる」、中川原育子(名古屋大学文学部)「クチャ地域の石窟に描かれた供養者像とその信仰について」の2発表があり、いずれも仏教美術の源流とたずねるテーマでした。翌日は、田中淳(企画情報部)「写真のなかの芸術家たち―黒田清輝を中心に」、青木茂(文星芸術大学)「明治10年・西南戦争と上野公園地図」があり、前者の発表は、写された写真をもとに画家の創作と生活を考える内容であり、後者の発表は、明治10年に制作されたう「上野公園地実測図」(銅版画)をもとに、同地の歴史の変遷をたどるものでした。一般の聴講者は、第1日が150名、第2日が127名を数え、アンケートの結果をみても、好評だったことがわかりました。

“オリジナル”研究通信(6)―福田美蘭《湖畔》の展示

黒田記念館での福田美蘭《湖畔》展示風景

 今年7月の活動報告でもお知らせしたように、12月6~8日に開催する国際研究集会「“オリジナル”の行方―文化財アーカイブ構築のために」の関連企画として、現代美術家の福田美蘭氏による《湖畔》(1993年作)を10月9日より東京国立博物館黒田記念館で展示しました(12月25日まで)。「湖畔VS湖畔」と題したこの企画は明治の洋画家、黒田清輝の代表作《湖畔》にもとづく福田氏の作品を、黒田記念館で常時公開されるオリジナルとともに展示したものです。気鋭の現代美術家である福田美蘭氏は古今東西の美術品を素材に作品を制作、その“オリジナル”イメージを揺さぶる活動で知られています。今回展示した福田氏の《湖畔》も、黒田の《湖畔》の背景を延長して描くことによって、教科書や切手などですっかり見慣れた名画のイメージを一度くつがえし、再度新たなまなざしで原画に接するよう促しています。廊下をはさんで、向かいあうように飾られた黒田の《湖畔》と福田氏の《湖畔》のコラボレーションを、来館者の方々もやや戸惑いながら楽しまれていたようです。
 なお10月8日には森下正昭氏(当研究所客員研究員)の発表による、国際研究集会に向けての部内研究会を行いました。「美術館とオリジナル―コンテンポラリーアートをめぐる問題」と題した発表では、主にイギリスの現代美術を中心に、作家自らが制作したモノ、という旧来の作品概念を超えた活動を紹介し、それらをどのように伝えていくのか、という現代美術館の課題が浮き彫りにされました。作品がコンセプト化するなかで、とくに作家へのインタヴュー等を記録して現代美術を伝えようとするInternational Network for the Conservation of Contemporary Art (INCCA)の活動は、作品保存の今日的なあり方として興味深いものがありました。

フランス、ベルギーにおける黒田清輝に関する現地調査

グレー・シュル・ロワンの黒田清輝通りにて

 企画情報部では、研究プロジェクト「東アジアの美術に関する資料学的研究」の一環として、当研究所が保管する黒田清輝宛フランス語書簡(約250通)の調査、翻訳をすすめてきました。これらの書簡に、東京国立博物館が保管する黒田のフランス語日記等(1888年)を加えて、次年度に報告書として「黒田清輝宛フランス語書簡集」(仮称)を刊行する予定です。そのための現地調査として、9月10日から15日までの間、黒田が留学中に滞在したパリ、グレー・シュル・ロワン村、バルビゾン村、さらにベルギーのブリュッセル、ブランケンベルグ等の各地をめぐり、当時の場所をロケーションし、あわせて調査をおこないました。その成果は、前記の報告書で発表します。

韓国文化財庁企画調整官の来訪

韓国文化財庁企画調整官崔泰龍氏(左)と鈴木所長
城野誠治専門職員(左)が韓国文化財庁企画調整官崔泰龍氏(中)、情報化チーム長趙顕重氏(右)に対し、最新の特殊撮影について説明しました。

 8月22日、韓国文化財庁の企画調整官崔泰龍氏、情報化チーム長趙顕重氏、駐日大韓民国大使館韓国文化院の崔炳美氏の三氏が来訪されました。今回の来訪は、文化財アーカイブズの運営と文化遺産のデジタル化を推進するための海外の事例調査と担当者との協議が目的でした。鈴木所長との懇談の後、企画情報部の資料閲覧室やデータ入力の作業を見学し、画像情報室も見学されました。画像情報室では、城野誠治専門職員から、日本、韓国、中国産の絹の蛍光撮影による画像の違いなど最新の特殊撮影についての説明を受け、その高い技術による研究の成果を熱心に聞き入り、また意見交換をしました。現在、大韓民国では、国をあげて文化財アーカイブズの構築とデータのデジタル化をすすめており、たいへんに参考になったということでした。

平成20年度在外日本古美術品保存修復協力事業 中間視察

工房にて修理方針を協議する様子

 今年度修理を行っているカナダ・ヴィクトリア美術館所蔵「松に孔雀図屏風」は、17世紀前半の制作と見られる大型の作品ですが、画面の随所に損傷があり、合成塗料や接着剤、西洋紙による補強など、本来古美術品の修理には不適切な修復材料が多数用いられていました。可能な限り画面を良好な状態に回復させるべく、8月4日(月)に修理工房・墨仁堂(静岡市)において、当所保存修復科学センター副センター長・川野邊渉、同伝統技術研究室研究員・加藤雅人、企画情報部部長・田中淳、同研究員・江村の4名で、詳細な修理方針についての協議を工房担当者と行いました。今年度末の完了を目指し、修理は順調に進行しています。

『年報』2007年度版、『概要』2008年度版の刊行

『東京文化財研究所年報』2007年度版
『東京文化財研究所概要』2008年度版

 このたび『東京文化財研究所年報』2007年度版と『東京文化財研究所概要』2008年度版をそれぞれ刊行しました。
 『年報』は昨年度、研究所が行ったさまざまな活動の実績を網羅的にまとめた年次報告書です。2007年度版は法人の統合に伴い、年度計画及びプロジェクト報告、研究所関係資料を改編いたしました。
 一方、『概要』は研究組織をはじめ、今年度、研究所が行おうとするさまざまな活動を視覚的にわかりやすく、また日英2ヶ国語で紹介しています。  『年報』や『概要』は、国および都道府県の美術館・博物館、文化財研究部門をもつ大学図書館に資料用1部として配布しています。
 とくに『概要』は一般の方々にもご利用いただけるように、『東文研ニュース』とともに黒田記念館や研究所でも配布しています。また『年報』や『概要』はホームページ上でもPDFファイル形式で配信しています。どうぞご利用ください。

子供向けパンフレットの刊行

子供向けパンフレット
『東京文化財研究所ってどんなところ?』

 東京文化財研究所は今年度、新たに子供向けパンフレット『東京文化財研究所ってどんなところ?』を刊行しました。これは小学生や中学生などを対象にした研究所の案内です。
 「とうぶんけんのエンピツくん」というキャラクターが、文化財や研究所の各部・センターの活動をわかりやすく紹介していきます。
 子供向けパンフレットは台東区立小学校や中学校の児童への配布を予定しています。もちろん一般の方々にもご利用いただけるように、研究所や黒田記念館でも配布を行っています。ぜひご利用ください。
 また子供向けパンフレットのPDFファイルは、研究所のホームページ、下記URLからダウンロードすることも可能です。
http://www.tobunken.go.jp/~joho/japanese/publication/kids/2008.pdf
 今後、さらにキッズページの展開を予定しています。

藤雅三《破れたズボン》再発見報告

発表者高橋氏との討議

 7月23日に企画情報部研究会を開催しました。当日は、高橋秀治氏(愛知県美術館美術課長)を講師として招き、上記の題名での研究発表がありました。この作品は、黒田清輝が画家に転向する大きなきっかけをつくった藤雅三(1853-1916)がフランス留学中にル・サロンに入選した作品です。その後、アメリカ人に購入されたという伝聞があるだけで、実際の作品はこれまで研究者の目にふれることはありませんでした。今回の発表は、黒田清輝ばかりでなく、日本の近代美術研究にとっても近来にない大きな発見であるといえます。発表では、購入したアメリカ人コレクター及び現在までの作品の来歴、そして現在の状態などにわたる詳細な報告がありました。この作品については、高橋氏による解説とともにカラー図版として『美術研究』356号(11月初旬刊行)に掲載される予定です。

共催展

 黒田清輝の作品を鑑賞する機会を広げることを目的に1977年度から毎年行われてきた黒田清輝展は、今年度、神戸市立小磯記念美術館での開催となり、7月18日に開会式が行われ、翌日から一般公開されました(-8月31日まで)。重要文化財≪湖畔≫≪智・感・情≫を含む約160点の油彩画・素描が展示され、京阪地方では約30年ぶりの大規模な黒田清輝展となっています。神戸市立小磯記念美術館は東京美術学校で藤島武二に師事し、後に同校で教鞭を取った洋画家小磯良平を記念する美術館です。小磯は黒田らが基礎を築いた洋画のアカデミズムの継承を自らに課した画家でした。常設のギャラリーに展示されている小磯良平の作品とともに鑑賞することで、日本洋画のアカデミズムを振り返ることのできる貴重な機会となっています。

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