“オリジナル”研究通信(7)―国際研究集会「“オリジナル”の行方―文化財アーカイブ構築のために」の開催



12月6~8日の3日間、東京文化財研究所の主催により、第32回文化財の保存及び修復に関する国際研究集会「“オリジナル”の行方―文化財アーカイブ構築のために」を東京国立博物館平成館にて開催しました。文化財の本質的な価値を損なうことなく、いかにしてその“オリジナル”な姿を後世に伝えていくのかを考察しようとする本研究集会では、海外(アメリカ・イギリス・台湾)からの発表者5名をふくむ25名により、発表・討議が行われました。
初日のセッション1「モノ/“オリジナル”と対峙する」では、“オリジナル”を宿すモノと真っ向から対峙するという、文化財に対する基本的な姿勢を問い直しました。つづく2日目のセッション2「モノの彼方の“オリジナル”」では、残されたモノや資料をよすがとして、かつての“オリジナル”の姿を想定する様々な営為を話題に取り上げました。そして最終日のセッション3「“オリジナル”を伝えること」では、それまでの議論をふまえ、“オリジナル”イメージを支え伝える文化財アーカイブのあり方を探りました。
3日間を通じて延べ281名の参加者があり、日本・東洋の美術を中心としながらも、西洋の美学や現代美術、無形文化財をも視野に入れ、とくに文化財アーカイブの立場から“オリジナル”をとらえようとするテーマ設定には多くの関心が寄せられました。本研究集会の事務局を務め、当研究所のアーカイブを担う企画情報部としても、“オリジナル”を志向しながら文化財をいかに資料化していくのか、考えさせられることが多く、今後に向けて取り組むべき大きな課題としたいと思っています。各発表・討議の詳細については、次年度に報告書を刊行する予定です。
奈良国立博物館における光学的調査
企画情報部では研究プロジェクト「高精細デジタル画像の応用に関する調査研究」の一環として、奈良国立博物館との共同研究の協約(仏教美術等の光学的調査および高精細デジタルコンテンツ作成に関する協定書)を結んでいます。今年度は11月4日(火)から7日(金)までの日程で、奈良国立博物館において春日大社所蔵の春日権現験記絵巻用と伝わる披見台と法隆寺金堂所在の釈迦三尊像ならびに薬師如来像の台座について、蛍光X線による非破壊分析ならびに、高精細フルカラー撮影、可視光励起による高精細蛍光撮影および反射近赤外線撮影等を行いました。この調査は、上述の光学的調査によって、使用材料、制作過程等について検討するとともに、高精細デジタルコンテンツを作成することを目的としています。今回の調査ではいずれの作例においても経年変化によって肉眼では確認しにくい様々な情報を得ることができました。その知見については、奈良国立博物館学芸部と協議しながら報告を行ってゆきたいと考えています。
第42回オープンレクチャー「人とモノの力学」

10月8日、9日の2日間にわたり、研究所地下セミナー室を会場に、上記の公開講座を開催しました。第1日目は、勝木言一郎(企画情報部)「鬼子母神の源流をたずねる」、中川原育子(名古屋大学文学部)「クチャ地域の石窟に描かれた供養者像とその信仰について」の2発表があり、いずれも仏教美術の源流とたずねるテーマでした。翌日は、田中淳(企画情報部)「写真のなかの芸術家たち―黒田清輝を中心に」、青木茂(文星芸術大学)「明治10年・西南戦争と上野公園地図」があり、前者の発表は、写された写真をもとに画家の創作と生活を考える内容であり、後者の発表は、明治10年に制作されたう「上野公園地実測図」(銅版画)をもとに、同地の歴史の変遷をたどるものでした。一般の聴講者は、第1日が150名、第2日が127名を数え、アンケートの結果をみても、好評だったことがわかりました。
“オリジナル”研究通信(6)―福田美蘭《湖畔》の展示

今年7月の活動報告でもお知らせしたように、12月6~8日に開催する国際研究集会「“オリジナル”の行方―文化財アーカイブ構築のために」の関連企画として、現代美術家の福田美蘭氏による《湖畔》(1993年作)を10月9日より東京国立博物館黒田記念館で展示しました(12月25日まで)。「湖畔VS湖畔」と題したこの企画は明治の洋画家、黒田清輝の代表作《湖畔》にもとづく福田氏の作品を、黒田記念館で常時公開されるオリジナルとともに展示したものです。気鋭の現代美術家である福田美蘭氏は古今東西の美術品を素材に作品を制作、その“オリジナル”イメージを揺さぶる活動で知られています。今回展示した福田氏の《湖畔》も、黒田の《湖畔》の背景を延長して描くことによって、教科書や切手などですっかり見慣れた名画のイメージを一度くつがえし、再度新たなまなざしで原画に接するよう促しています。廊下をはさんで、向かいあうように飾られた黒田の《湖畔》と福田氏の《湖畔》のコラボレーションを、来館者の方々もやや戸惑いながら楽しまれていたようです。
なお10月8日には森下正昭氏(当研究所客員研究員)の発表による、国際研究集会に向けての部内研究会を行いました。「美術館とオリジナル―コンテンポラリーアートをめぐる問題」と題した発表では、主にイギリスの現代美術を中心に、作家自らが制作したモノ、という旧来の作品概念を超えた活動を紹介し、それらをどのように伝えていくのか、という現代美術館の課題が浮き彫りにされました。作品がコンセプト化するなかで、とくに作家へのインタヴュー等を記録して現代美術を伝えようとするInternational Network for the Conservation of Contemporary Art (INCCA)の活動は、作品保存の今日的なあり方として興味深いものがありました。
フランス、ベルギーにおける黒田清輝に関する現地調査

企画情報部では、研究プロジェクト「東アジアの美術に関する資料学的研究」の一環として、当研究所が保管する黒田清輝宛フランス語書簡(約250通)の調査、翻訳をすすめてきました。これらの書簡に、東京国立博物館が保管する黒田のフランス語日記等(1888年)を加えて、次年度に報告書として「黒田清輝宛フランス語書簡集」(仮称)を刊行する予定です。そのための現地調査として、9月10日から15日までの間、黒田が留学中に滞在したパリ、グレー・シュル・ロワン村、バルビゾン村、さらにベルギーのブリュッセル、ブランケンベルグ等の各地をめぐり、当時の場所をロケーションし、あわせて調査をおこないました。その成果は、前記の報告書で発表します。
韓国文化財庁企画調整官の来訪


8月22日、韓国文化財庁の企画調整官崔泰龍氏、情報化チーム長趙顕重氏、駐日大韓民国大使館韓国文化院の崔炳美氏の三氏が来訪されました。今回の来訪は、文化財アーカイブズの運営と文化遺産のデジタル化を推進するための海外の事例調査と担当者との協議が目的でした。鈴木所長との懇談の後、企画情報部の資料閲覧室やデータ入力の作業を見学し、画像情報室も見学されました。画像情報室では、城野誠治専門職員から、日本、韓国、中国産の絹の蛍光撮影による画像の違いなど最新の特殊撮影についての説明を受け、その高い技術による研究の成果を熱心に聞き入り、また意見交換をしました。現在、大韓民国では、国をあげて文化財アーカイブズの構築とデータのデジタル化をすすめており、たいへんに参考になったということでした。
平成20年度在外日本古美術品保存修復協力事業 中間視察

今年度修理を行っているカナダ・ヴィクトリア美術館所蔵「松に孔雀図屏風」は、17世紀前半の制作と見られる大型の作品ですが、画面の随所に損傷があり、合成塗料や接着剤、西洋紙による補強など、本来古美術品の修理には不適切な修復材料が多数用いられていました。可能な限り画面を良好な状態に回復させるべく、8月4日(月)に修理工房・墨仁堂(静岡市)において、当所保存修復科学センター副センター長・川野邊渉、同伝統技術研究室研究員・加藤雅人、企画情報部部長・田中淳、同研究員・江村の4名で、詳細な修理方針についての協議を工房担当者と行いました。今年度末の完了を目指し、修理は順調に進行しています。
『年報』2007年度版、『概要』2008年度版の刊行


このたび『東京文化財研究所年報』2007年度版と『東京文化財研究所概要』2008年度版をそれぞれ刊行しました。
『年報』は昨年度、研究所が行ったさまざまな活動の実績を網羅的にまとめた年次報告書です。2007年度版は法人の統合に伴い、年度計画及びプロジェクト報告、研究所関係資料を改編いたしました。
一方、『概要』は研究組織をはじめ、今年度、研究所が行おうとするさまざまな活動を視覚的にわかりやすく、また日英2ヶ国語で紹介しています。 『年報』や『概要』は、国および都道府県の美術館・博物館、文化財研究部門をもつ大学図書館に資料用1部として配布しています。
とくに『概要』は一般の方々にもご利用いただけるように、『東文研ニュース』とともに黒田記念館や研究所でも配布しています。また『年報』や『概要』はホームページ上でもPDFファイル形式で配信しています。どうぞご利用ください。
子供向けパンフレットの刊行

『東京文化財研究所ってどんなところ?』
東京文化財研究所は今年度、新たに子供向けパンフレット『東京文化財研究所ってどんなところ?』を刊行しました。これは小学生や中学生などを対象にした研究所の案内です。
「とうぶんけんのエンピツくん」というキャラクターが、文化財や研究所の各部・センターの活動をわかりやすく紹介していきます。
子供向けパンフレットは台東区立小学校や中学校の児童への配布を予定しています。もちろん一般の方々にもご利用いただけるように、研究所や黒田記念館でも配布を行っています。ぜひご利用ください。
また子供向けパンフレットのPDFファイルは、研究所のホームページ、下記URLからダウンロードすることも可能です。
http://www.tobunken.go.jp/~joho/japanese/publication/kids/2008.pdf
今後、さらにキッズページの展開を予定しています。
藤雅三《破れたズボン》再発見報告

7月23日に企画情報部研究会を開催しました。当日は、高橋秀治氏(愛知県美術館美術課長)を講師として招き、上記の題名での研究発表がありました。この作品は、黒田清輝が画家に転向する大きなきっかけをつくった藤雅三(1853-1916)がフランス留学中にル・サロンに入選した作品です。その後、アメリカ人に購入されたという伝聞があるだけで、実際の作品はこれまで研究者の目にふれることはありませんでした。今回の発表は、黒田清輝ばかりでなく、日本の近代美術研究にとっても近来にない大きな発見であるといえます。発表では、購入したアメリカ人コレクター及び現在までの作品の来歴、そして現在の状態などにわたる詳細な報告がありました。この作品については、高橋氏による解説とともにカラー図版として『美術研究』356号(11月初旬刊行)に掲載される予定です。
共催展
黒田清輝の作品を鑑賞する機会を広げることを目的に1977年度から毎年行われてきた黒田清輝展は、今年度、神戸市立小磯記念美術館での開催となり、7月18日に開会式が行われ、翌日から一般公開されました(-8月31日まで)。重要文化財≪湖畔≫≪智・感・情≫を含む約160点の油彩画・素描が展示され、京阪地方では約30年ぶりの大規模な黒田清輝展となっています。神戸市立小磯記念美術館は東京美術学校で藤島武二に師事し、後に同校で教鞭を取った洋画家小磯良平を記念する美術館です。小磯は黒田らが基礎を築いた洋画のアカデミズムの継承を自らに課した画家でした。常設のギャラリーに展示されている小磯良平の作品とともに鑑賞することで、日本洋画のアカデミズムを振り返ることのできる貴重な機会となっています。
京都・湖西での旧職員に関する資料調査
当所では1930年の美術研究所開設からの歴史を跡づける作業を継続して行い、2009年度の『東京文化財研究所七十五年史』刊行を目指しています。7月に旧職員で日本の絵巻研究者であった梅津次郎氏(1906-1988)遺族と黒田記念館の管理を担当された大給近清氏(1884-1944)遺族宅での資料調査を行いました。梅津氏の資料の一部はすでに当所に寄贈され、公開もされていますが、このたびはそれらを補う調書類の所在を確認しました。大給氏については、これまで当所の設立を遺言した洋画家黒田清輝の実妹純の夫であること、東京美術学校で洋画を学んだことなど収集できていた情報は限られていました。しかし、遺族宅には小品ながら大給近清氏の洋画作品数十点、黒田の実妹の肖像を含む写真類など、黒田ら外光派の作風に学んだ大給氏の画風や交友関係などを明らかにする貴重な資料が残されていることがわかりました。大給家は鶴岡藩の酒井家とも親戚関係にあるところから、明治期の酒井家酒井家十五代酒井忠篤夫妻の肖像画を描いており、現在、酒井家に所蔵されていることも明らかになりました。これらの成果は『東京文化財研究所七十五年史』に掲載する旧職員の略歴に反映し、これまであまり調査の進んでいない文化財関係の研究者たちの足跡をたどるための基礎資料となるよう、精度を高めていきたいと思います。
“オリジナル”研究通信(5)―組織委員会の開催とPRイメージ

企画情報部では今年12月に開催する国際研究集会「“オリジナル”の行方―文化財アーカイブ構築のために」の準備を着々と進めています。7月7日には組織委員会を開催、浅井和春(青山学院大学教授)、加藤哲弘(関西学院大学教授)、黒田泰三(出光美術館学芸課長)、佐野みどり(学習院大学教授)、松本透(東京国立近代美術館副館長)の諸先生方に専門委員としてご出席いただき、開催にむけて有益かつ貴重なご意見を賜りました。各発表者についても交渉・調整をほぼ終え、当研究所のホームページに国際研究集会専用のページを設けて、開催趣旨やプログラムをアップしましたので、どうぞご覧ください。
さらに今回の研究集会のPRイメージとして、福田美蘭氏の作品《富嶽三十六景 神奈川沖浪裏》を使わせていただくことになりました。現代美術家の福田氏は1990年代より、古今東西の美術品を素材に作品を制作、その“オリジナル”イメージを揺さぶる活動で知られています。《富嶽三十六景 神奈川沖浪裏》も有名な北斎の浮世絵をもとにしていますが、そのイメージを左右反転させることで、見なれた、それでいてどこか違和感のある不思議な印象をわたしたちに与えてくれます。なお、有名な黒田清輝《湖畔》をもとに福田氏がアレンジした《湖畔》も、今回の研究集会の関連企画として10月9日(木)から12月25日(木)まで黒田記念館でオリジナルの《湖畔》とあわせて展示します。オリジナルとコピーのコラボレーションを、どうぞご期待下さい。
文化財アーカイブ構築に向けた研究協議

現在、企画情報部は文化財アーカイブ構築の一環として、美術図書館の横断検索サイト“ALC(Art Libraries’ Consortium)”および連想検索サイト「想(Imagine)」への参画を目指し、その準備を進めています。
6月9日には、田中淳、山梨絵美子、津田徹英、中村節子、そして勝木の5人が、国立情報学研究所の連想情報学研究開発センター長・教授高野明彦氏、特任准教授丸川雄三氏を訪ね、文化財情報の発信に関する今後の取り組みについて意見を交わしました。
お二人はかつて「想(Imagine)」の創設に携わり、また文化庁が運営する電子情報広場「文化遺産オンライン」の立ち上げに技術面から協力されてきた方々です。文化財研究の分野にも精通されたお二人からのアドバイスは、文化財アーカイブの構築を進める者にとってたいへん示唆に富む内容でした。
アンソニー型カメラの展示



当研究所企画情報部の画像情報室に保存されていた大型カメラが、このほど修理を終えて、6月5日より黒田記念館1階の旧研究室にて一般公開をはじめました。このカメラは、20世紀初頭に輸入されたアメリカのアンソニー社のカメラを原型に製作されたスタジオ用カメラです。旧美術研究所では、開所草創期から戦後まで美術作品等の撮影調査のために使用し、数多くの文化財を記録画像として残すことに活用されていました。今回の展示にあたっては、レンズを戸外にむけて、ピントグラスに屋外の風景が逆さに写るように工夫して、来館者にみていただくようにしています。その他にも、戦前のフランス製の8ミリ・カメラや二眼レフ・カメラなど、かつて研究調査活動に欠くことのできなかった光学機器を展示しています。また、このようなカメラで撮影されたガラス原板は、現在保存につとめるとともに、デジタル化の作業をすすめ、研究に資するために公開をめざしています。
“オリジナル”研究通信(4)―加藤哲弘氏を囲んで
企画情報部では今年12月に開催する国際シンポジウム「オリジナルの行方―文化財アーカイブ構築のために」に向けて準備を進めています。5月9日には、加藤哲弘氏(関西学院大学)をお招きして研究会を行いました。山梨絵美子の「美術研究所とサー・ロバート・ウィット・ライブラリー」と題する当所の成立と1920年代の西欧社会における美術史資料環境に関する発表、西洋美学の分野で「オリジナル」の問題がどのように語られてきたかについて加藤氏の「『オリジナル』であることをめぐって―美術研究に対するその意義」という発表の後、“オリジナル”をめぐってディスカッションがなされました。“オリジナル”であることが希求されるのは西洋でも19世紀以降であること、そうした時代を背景としながら19世紀末に活躍した美術史家アロイス・リーグルは必ずしも文化財の当初の姿のみに価値を見出さず経年的価値を認め、アーウィン・パノフスキーは複製が真正性(アウラ)を欠くことを指摘して文化財そのもの(オリジナル)と複製を区別したことなどが加藤氏によって指摘され、”オリジナル”の記録と記憶の質の違い、“オリジナル”を残す行為は何を伝えていくことか、などについて議論が交わされました。様々な角度から考え、議論を深めることにより、シンポジウムの充実を図るとともに、文化財に関する調査研究、資料の蓄積と公開という日常業務のあり方についても考える機会としたいと思います。
五姓田派としての満谷国四郎―美術研究所旧蔵デッサンより

満谷国四郎(1874~1936年)は明治・大正・昭和の三代にわたり、文展や帝展を舞台に活躍した洋画家として知られています。その没後の昭和13(1938)年に、当研究所の前身である美術研究所は満谷が残した素描類の寄贈を受けました。それらは明治期の“道路山水”とよばれる風景写生や、大正期に制作された展覧会出品作の下絵が多数を占めているのですが、その中で一点、鉛筆で入念に仕上げられた人物デッサンが異彩を放っています。細かな線描を交差させながらモティーフの肉付けを行うクロス・ハッチングの手法を用い、片目をすがめてこちらを見つめる表情は自意識にあふれています。満谷のみならず明治洋画史の上でも類例をみないものであったため、これまで紹介されることもなかったのですが、このたび神奈川県立歴史博物館の角田拓朗氏と岡山県立美術館の廣瀬就久氏が、明治初期洋画に多大な足跡を残した五姓田芳柳・義松一派の調査研究を進める中で、その流れに位置する可能性を指摘され、5月7日の企画情報部研究会で発表を行いました。デッサンの左下隅に記された明治25年2月21日という日付は、満谷が五姓田門下で学んでいたわずか一年ばかりの時期に当たります。このデッサンが五姓田派と満谷をつなぐ作として、さらには明治洋画史に一石を投じる作として位置づけられることになるかもしれません。本作品は、同じくクロス・ハッチングによる描写で満たされた写生帖とあわせて、「五姓田のすべて―近代絵画への架け橋」展(神奈川県立歴史博物館2008年8月9~31日、9月6~28日、岡山県立美術館2008年10月7日~11月9日)に出品される予定です。
平成20年度の在外日本古美術品保存修復協力事業
東京文化財研究所では、海外の美術館・博物館が所蔵する日本美術品の保存修復に協力するとともに対象作品を所蔵館と共同で保存修復に関する研究を行っています。
平成20年度は、絵画4件『松に孔雀図屏風』(6曲1隻、カナダ、グレーター・ビクトリア美術館)、『星曼荼羅図』(1幅、カナダ、バンクーバー博物館)、『虫歌合絵巻』(1巻、イタリア、ローマ国立東洋美術館)、『遊女立姿図(宮川長春筆)』(1面、イタリア、キョッソーネ東洋美術館)、工芸4件『住吉蒔絵文台』(1基、イギリス、ヴィクトリア&アルバート美術館)、『花鳥紋章蒔絵盾』(1基、イギリス、アシュモリアン美術館)、『近江八景蒔絵香棚』(1対、チェコ、市立ヴェルケ・メディジ博物館)、『楼閣山水蒔絵箱』(1合、オーストリア、ウィーン国立工芸美術館、昨年度からの継続分)を対象にして日本国内で保存修復が行われます。また、ドイツ・ケルン東洋美術館に開設した海外修復工房においては『花樹鳥獣蒔絵螺鈿洋櫃』(3年継続の3年目)の保存修復が進行中です。さらに、本年度からベルリン・ドイツ技術博物館・紙の修復工房において、絵画1件『達磨図』(ケルン東洋美術館、2年継続)を対象として保存修復が行われます。この海外における修復工房では海外の修復関係者を対象にワークショップを併行して開催する予定です。
文化財情報の発信と連携についての研究協議会開催

“ALC(Art Libraries’ Consortium)”

企画情報部では、4月22日に、水谷長志(東京国立近代美術館)、丸川雄三(国立情報学研究所)の二氏を講師に招いて、上記のような研究協議会を開催しました。両氏は、現在それぞれ美術図書館の横断検索サイト“ALC(Art Libraries’ Consortium)”及び連想検索サイト「想(Imagine)」をWEB上で立ち上げて運営管理にあたられています。研究所全体、ならびにより質の高い文化財情報の発信を担当する当部では、将来的な展望にもとづいて討議しました。今後は、これまでの研究成果の蓄積のより効果的な発信にむけて事業活動を具体化していく予定です。
黒田記念館研究室の公開

これまで黒田記念館では、2階の記念室、展示室の2室において黒田清輝作品を公開してきました。4月24日からは、2階、1階の旧研究室も一般公開をはじめました。2階の旧研究室では、「黒田清輝の生涯と芸術」(上映時間約12分)と題したスライドショーを上映し、来館者に黒田の芸術への理解を深めていただくようにしました。さらに1階の旧研究室2室では、美術研究所時代当時の木製机、キャビネット、写真カード等を展示し、あわせて東京文化財研究所の最新の成果刊行物を自由にご覧いただけるようにしました。これによって、黒田作品の鑑賞に加えて当研究所の歴史と現在を紹介できるようにしました。