大韓民国におけるクッ(巫術)の調査(大韓民国国家遺産庁無形遺産局との研究交流)
東京文化財研究所無形文化遺産部は、平成20(2008)年より大韓民国国家遺産庁無形遺産局と研究交流を実施し、その一環として相互に研究員を派遣して調査研究を行う人事交流を行っています。令和8(2026)年7月19日~31日まで、無形文化遺産部部長・石村智が「現代的コンテキストにおける大韓民国のクッ(巫術)」をテーマに調査しました。
クッとは巫堂(ムーダン)と呼ばれるシャーマンによって行われる、朝鮮半島の伝統的な儀礼のことですが、その様相は地域によって大きく異なっています。1970年代に朴正熙大統領によって進められたセマウル運動と呼ばれる近代化政策によって、クッは「迷信」「非科学的」なものとして迫害の対象となりました。しかし、1980年代以降になるとクッは伝統文化として再評価されるようになり、無形文化財として保護の対象とされるようになりました。平成21(2009)年には済州島の「チルモリ堂霊登クッ」がユネスコの無形文化遺産代表一覧表に記載されました。
今回の調査は、いずれも国の無形文化財に指定されている「東海岸別神クッ」(釜山)、「南海岸別神クッ」(統営)、「西海岸ペヨンシンクッ・テドンクッ」(仁川)を対象に、その保存会の方々にインタビューをする形で行われました。主な質問内容は、伝統文化としてのクッを現代社会において継承していく上での課題と、現代社会の中で新たに果たしうる役割についてでした。
その結果、いずれの保存会の方々も継承においては課題があると語りました。国の無形文化財に指定されることによって保存会は公的な支援を受けることが出来るようになったものの、保存会の活動だけでは十分な収入を得るのが難しく、パートタイムで働かざるを得ない会員も多いとのことでした。クッに関する技能や知識を習得するには長い年月がかかり、また保存会の活動には多くの時間をかける必要があるため、本当に熱意を持った会員でないと継続するのが難しいとのことでした。一方でインタビューを受けてくれた方々はみな、クッという伝統文化を継承していくことに誇りを持っていると語りました。
一方、近年ではクッの芸能としての側面に光を当て、公演活動を積極的に行う保存会も多いとのことでした。例えば西海岸ペヨンシンクッ・テドンクッ保存会はフランスや日本での海外公演も行い、国外でも高い評価を受けたとのことでした。
調査を通じて、クッには宗教性の側面と芸能性の側面の両方があり、現代的コンテキストにおいては後者に焦点が当たることが多いと感じました。しかしインタビューを受けてくれた方々はみな、クッの宗教的・精神的な側面の重要さを無視すべきではなく、それこそがクッの本質であるとも語りました。
日本においても、例えば神楽などの民俗芸能には、芸能としての側面だけでなく神事の一部としての宗教的もしくは精神的な側面があることは否定できません。それを文化財として評価する場合、芸能としての側面には注目する一方、宗教的・精神的な側面の評価は「保留」もしくは「棚上げ」することが多いこともまた否定できません。しかしそれを継承する人たちにとっては、むしろ宗教的・精神的な側面の方が重要なことが多いのではないかと思います。
研究交流事業を通じて、大韓民国の無形文化遺産に対する理解を深める一方、そのフィードバックによって日本の無形文化遺産の理解を振り返ることもまた重要だと感じました。
