研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『東文研ニュース』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


呉春筆「白梅図屛風」の史的位置―文化財情報資料部研究会の開催

研究会の様子

 平成29(2017)年5月30日、文化財情報資料部では、安永拓世(当部研究員)により、「呉春筆「白梅図屛風」(逸翁美術館蔵)の史的位置」と題した研究発表がおこなわれました。
 呉春(1752~1811)は、与謝蕪村の弟子として活躍した後、円山応挙の画風を継承し、四条派と呼ばれる画派を築いた画家として知られています。彼の代表作である「白梅図屛風」(逸翁美術館蔵、重要文化財)は、浅葱色に先染めした粗い裂を貼った六曲一双屛風の上に、わずかな土坡と、枝を広げる三株の白梅を描いた、幻想的な作品です。この屛風は、梅の枝を描く付立技法や、署名の書風から、天明7(1787)年から寛政年間(1789~1801)初年ごろの制作と想定され、呉春が蕪村風から応挙風に画風を変化させた時期の作例にあたります。
 安永は、「白梅図屛風」の表現と素材を詳細に分析することで、まず、梅という主題における応挙画風の摂取の問題を解明し、そのうえで、浅葱色に先染めした異例の背地表現には、蕪村画学習に基づく南蘋画風や中国絵画からの影響が看取されることを指摘しました。さらに、葛布とみられるかなり特殊な基底材の使用に関しては、呉春以外の葛布を用いたとみられる作例との比較を通して、「白梅図屛風」の基底材の推定をおこなうとともに、こうした葛布の使用が、呉春の池田における文人交流と関連する可能性を示しました。発表後は、特殊な基底材の使用について質問が集中し、その同定の可能性などについて活発な議論が交わされました。

鵜飼舟造船の記録作成

ダグラス・ブルックス氏(左)と那須清一氏(右)
建造途中の鵜飼舟

 岐阜県の長良川で行われている鵜飼は、今では岐阜県を代表する観光資源のひとつとして有名ですが、宮内庁の御料場で行われる「御料鵜飼」では獲れた鮎を皇室に献上する重要な役割を持っており、さらにはその技術が国の重要無形民俗文化財に指定されるなど、歴史的・文化的にも重要な意味を持っています。その鵜飼い技術を支える重要な要素のひとつに、鵜匠が乗る「鵜飼舟」がありますが、現在、この船をつくることのできる船大工は2人しかおらず、技術伝承があやぶまれています。
 そうした中、アメリカ人の和船研究者・船大工で、これまで佐渡のたらい舟や沖縄のサバニなどを製作した経験を持つダグラス・ブルックス氏が、船大工の一人である那須清一氏(85歳)に弟子入りし、一艘の鵜飼舟を製作するというプロジェクトが立ち上がりました。このプロジェクトに、製作場所を提供する岐阜県立森林文化アカデミーと共に、本研究所も参加し、映像による記録作成を担当することとなりました。
 鵜飼舟の製作は5月22日より始まり、2ヶ月ほどかけて製作される予定です。鵜飼舟は他の一般的な木造船に比べても、とりわけ軽快さと優美さが要求され、そのための造船技術も高度な技が求められるといいます。その技をくまなく記録し、後世への技術伝承に役立てようというのが今回のプロジェクトの大きな目標です。
 存続の危機に瀕する日本の伝統的な技術を、外国人が学んで習得するというのは、ある意味で逆説的な状況といえます。しかしながらこうした機会を活用し、無形の技の記録をおこなうこともまた、文化財の保護を使命とした本研究所の果たすべき役割のひとつと考えています。

厳島神社大鳥居における修復後の現地調査

大鳥居修復から半年後の現地調査

 保存科学研究センターでは、文化財の修復材料に関する調査研究を行っています。
 厳島神社においても、大鳥居の修復材料について調査研究を継続しています。厳島神社大鳥居は海上に位置するために、苛酷な温湿度環境、風雨や塩類の影響を受けるほか、潮の満ち引きもあり、耐侯性や施工に要する時間を考慮した修復材料の選定が必要となります。
 これらを踏まえ、2010年度~2016年度における研究調査では、充填材や表面仕上げ材の検討を行いました。昨年度は大鳥居の袖柱の1本に対して部分施工をし、約半年経った5月25日には、施工箇所の調査を行い、異状がないか確認をしました。
 今後は経過観察を行いつつ、未施工の柱の修復計画に協力していきます。

津波被災紙資料から発生する臭気の発生原因調査

設置した機器類の様子

 岩手県立博物館と共同で、陸前高田市で津波被災した紙資料の安定化処置方法の検証を進めています。岩手県では2011年の津波で多数の資料が被災し、すでに約9万点の紙資料の安定化処置を進めてきましたが、いまだ終了時期が見通せない状況にあります。昨年度までの共同研究で発生原因がほぼ推定できたことから今年度は、すでに安定化処置した試料からの臭気の除去方法の確立、また臭気がどのような条件で発生するのか安定化処置を記録し改善を検討する計画に取り組んでいます。5月17日に岩手県立博物館を訪問し、共同研究者の赤沼英男氏とともに、今年度計画の打ち合わせや水温や酸素濃度を監視する機器のテスト設置、修復施設内の温湿度や施設内の温度伝達を明らかにするための表面温度測定機器の設置を、岩手県立博物館に隣接している陸前高田市博物館被災文化財等保存修復施設で行いました。6月、7月には、各1週間程度の共同調査を行います。

「ミャンマーにおける考古・建築遺産の調査・保護に関する技術移転を目的とした拠点交流事業」(建築分野)による現地派遣(その1)-材料試験および構造挙動モニタリング調査の実施

採取した煉瓦試料の加工作業
変形測定のためのターゲット設置作業

 2016年8月24日に発生したチャウ(Chauk)地震(M6.8)により、ミャンマーのバガン遺跡群では主に11~13世紀に建てられた煉瓦造建造物に甚大な被害が生じました。東京文化財研究所では同年9月と10~11月の2次にわたり、歴史的建造物の保存・修復に係る様々な分野の専門家8名を現地に急派して文化遺産の被災状況を把握するとともに破損の要因とメカニズムについて考察し、その結果を2017年3月に「ミャンマー・バガン遺跡群における地震被害に関する調査」事業報告書として刊行しました。
 今年度は、引き続き、被災した文化遺産建造物に対する適切な保存・修復対策を検討すると同時に現地当局が目下実施中の修復事業の質的向上に向けた情報提供や技術的助言を行うことを目的として、文化庁委託「文化遺産国際協力拠点交流事業」による標記支援事業(奈良文化財研究所からの再委託)を実施しています。その第一回目の現地調査として、2017年5月17日から25日にかけて3名の専門家を派遣し、材料組成や力学的強度等に関する実験を行うための煉瓦試料を採取したほか、構造挙動モニタリング調査を開始しました。
 煉瓦の試料は、建物の種別や建築年代、使用部位、材寸等を考慮しつつ6棟の被災建造物から破損した部材片計24点を採取し、現地で試験体の形状に加工しました。同時にミャンマー国内での材料試験の実施に向けてMyanmar Engineering Society(MES)関係者との協議及び実験施設見学を行いました。
 一方、構造挙動モニタリングに関しては、前年度調査で明らかにした典型的な亀裂と変形のパターンがみられる3棟の建造物(祠堂2棟、仏塔1基)を対象に、クラックゲージや変形の測点となるターゲットを設置し、初期値を計測しました。今後、破損や変形の進行を継続的に把握することで、危険度の判定はもとより、文化遺産建造物の保存・修復に向けた維持管理計画の策定に有益なデータの蓄積が期待されます。

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4月施設見学

実演記録室で説明を受けるサウジアラビア人専門家の方々

サウジアラビア人専門家 6名
 日本を代表する各種機関を視察したいと来訪。無形文化遺産部長による業務内容の説明を受けました。

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東京国立博物館との平安仏画共同研究

千手観音像のカラー高精細画像撮影

 文化財情報資料部では、東京国立博物館とともに、東博所蔵の平安仏画の共同調査を継続して行ってきました。毎年1作品ごとに東京文化財研究所の持つ高精細のデジタル画像技術で撮影し、細部の技法を知ることのできるデータを集積してきましたが、本年度より「仏教美術等の光学的調査による共同研究」として覚書を交わし、これまでのカラー高精細デジタル画像に加え、近赤外線画像、蛍光画像、顔料の蛍光X線分析、透過X線画像による多角的調査な光学手法を用いた共同研究をあらためて発足することになりました。これらデータからは、目視では気づかれることのなかった意外な技法を多角的に認識することができ、それらが平安仏画の高度な絵画的表現性といかに関連しているかを両機関の研究員が共同で探ってゆきます。2017年4月27日には、国宝・孔雀明王像と同・千手観音像の全画面のカラー分割撮影を行いました。得られた画像データは東京国立博物館の研究員と共有し、今後その美術史的意義について検討し、将来の公開に向けて準備を進めてまいります。

文化財情報資料部研究会の開催―「おいしい生活」第三次産業への転換期の日本の文化を考察する

日本万国博覧会(大阪、1970年)の会場風景

 「おいしい生活」は、1982年に西武百貨店が打ち出したキャンペーン広告のコピーです。物質的な豊かさを求める高度成長期が終わりを告げ、このコピーが謳うような個性的なライフスタイルを築こうとする時代に、アーティストはどのように呼応したのか――4月25日に行なわれた文化財情報資料部研究会での、山村みどり氏(日本学術振興会特別研究員)による発表「「おいしい生活」第三次産業への転換期の日本の文化を考察する」は、そんな1980年代の社会と文化の淵源を探ろうとする試みでした。
 山村氏によれば、80年代末から90年代にかけて登場したアーティストにとって、1970年に大阪で開催された日本万国博覧会は大きな影響を及ぼしたといいます。多くの日本人を熱狂させた万博には、当時の美術家もパビリオンの設計や展示に参画したものの、一方で情報産業や都市化を受け入れた姿勢に批判的だった現代美術家は、一般大衆との乖離を深めていくことにもなりました。しかしながら、より若い世代のアーティストはむしろ都市での日常的な生活感覚に寄り添った制作活動を展開していきます。70年代から80年代にかけて西武百貨店を中核とする流通系のセゾングループが、時代の先端を行く美術、音楽、演劇、映画を発信する文化戦略を打ち出した、いわゆる“セゾン文化”は、そうしたしなやかなアーティストの感性を育む役割を果たしたといえるでしょう。
 研究会には埼玉県立近代美術館の前山祐司氏も出席し、70年代~80年代の文化状況についてご発言いただきました。参加者の多くが同時代を体験していることもあり、専門の枠をこえて熱のこもった意見が交わされました。なお今回の発表内容は、REAKTION BOOKSから出版される『Japanese Contemporary Art After 1989』の第一章としてまとめられる予定です。

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『無形文化遺産と防災―リスクマネジメントと復興サポート』の刊行

無形文化遺産と防災―リスクマネジメントと復興サポート

 2016年12月9日に開催された第11回無形民俗文化財研究協議会の報告書が3月末に刊行されました。本年のテーマは「無形文化遺産と防災―リスクマネジメントと復興サポート」です。近年多発する災害から無形文化遺産を守るためにどのような備えが有効なのか、また被災後にどのようなサポートができるのかについて、課題や取り組みを共有し、協議を行ないました。
 無形文化遺産は、たとえ災害がなくとも常に消滅の危機に晒されています。こうした防災への取り組みが、少子高齢化や過疎化、生活の現代化などによる日常的な消滅・衰退のリスクに備えることにも繋がるのではないかと期待されます。
 PDF版は無形文化遺産部のホームページからもダウンロードできますのでぜひご活用ください。

『選定保存技術資料集―A Guidebook for selected Conservation Techniques―』の刊行

 東京文化財研究所では平成26年度より選定保存技術に関する調査研究を進めてきました。そして平成28年度にはその成果として『選定保存技術資料集―A Guidebook for selected Conservation Techniques―』を刊行いたしました。
 選定保存技術とは、文化財を保存するために欠くことのできない伝統的な技術・技能のうち、保存の措置を講ずる必要があるとして国により選定されたもののことです。そこには、歴史的建造物を修理するための技術である「建造物修理」、仏像などの木彫像を修理するための技術である「木造彫刻修理」、重要無形文化財でありユネスコ無形文化遺産でもある「小千谷縮・越後上布」の原材料である苧麻を生産する技術である「からむし(苧麻)生産・苧引き」などが含まれます。
 こうした技術は広義の無形の文化遺産と言うことができますが、「重要無形文化財」や「重要無形民俗文化財」、あるいは「ユネスコ無形文化遺産」などに比べると、こうした技術は一般的にほとんど知られておらず、また多くの技術は、技術の継承などに課題を抱えています。また海外においても、こうした文化財を保存するための技術を国の制度で保護するという考え方は、まだまだ広く知られていません。
 そこで本書では、平成28年度現在、これまで選定保存技術に選定された技術についての概要を収録し、さらにその技術の保持者・保存団体の情報についても収録しました。さらに選定保存技術を国内外に広く知ってもらうために、日本語・英語の併記という形式をとりました。
 本書が国内外において、文化財の保存技術を守るために活用されることを願っています。なお本書は無形文化遺産部のウェブサイトにてPDF版公開を予定しています。

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『日韓無形文化遺産研究Ⅱ』の刊行

 東京文化財研究所無形文化遺産部は2008年より大韓民国国立文化財研究所無形遺産研究室と研究交流をおこなっています。2013年に国立文化財研究所無形遺産研究室は国立無形遺産院へと組織改変されましたが、研究交流はそのまま継続され、2016年からは第3次研究交流が開始されました。本書は2011年から2015年までの第2次研究交流の成果をまとめた報告書で、以下の7編の研究論文が収録されています。

  • 「韓国の仏教儀礼に関する覚え書」(高桑いづみ)
  • 「日本における無形文化財芸能種目の伝承現状と伝授教育の実態―狂言と神楽を中心に―」(李明珍)
  • 「染織技術保護における原材料と用具」(菊池理予)
  • 「日本の無形文化財保護制度の実際と運用―今後の政策研究における成果導出のための研究課題模索を中心に―」(方劭蓮)
  • 「無形の民俗文化財としての「民俗技術」とその保護」(今石みぎわ)
  • 「日本の無形文化財における選定保存技術の研究―カラムシ生産技術の事例を中心に―」(李釵源)
  • 「小正月・テボルムをめぐるいくつかの問題―無形民俗文化財の指定に関わる問題提起として―」(久保田裕道)

 それぞれの論文は日本語・韓国語で併記され、日本・韓国の両国の読者がこの研究成果を共有できるようにしています。
 日本と韓国では、無形文化遺産の内容やその保護制度において多くの共通性がみとめられますが、その研究や保護へのアプローチには異なる面もみとめられます。両国それぞれの課題を互いに比較することで、それぞれ自国の文化遺産をさらに深く知ることができるようになると思います。本書が両国の無形文化遺産に関わる多くの人々に活用されることを願っています。なお本書は無形文化遺産部のウェブサイトにてPDF版公開を予定しています。

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『琉球絵画 光学調査報告書』の刊行

『琉球絵画 光学調査報告書』表紙

 東京文化財研究所では、平成29年3月に『琉球絵画 光学調査報告書』を刊行しました。琉球絵画という呼称は美術史学の中で確立されたものではありませんが、琉球王朝時代に琉球の地で描かれた絵画のことを指しています。中国や日本の絵画の影響を大きく受けつつ、これらの絵画とは異なった枠組みが必要であるとの観点から付けられた呼称です。琉球絵画の多くは第二次世界大戦の戦禍により消失してしまい、十分な研究が行われることなく現在に至っています。
 東京文化財研究所では平成20年度以降、沖縄県内外に所在する琉球絵画作品の光学調査を実施してきました。本報告書では、沖縄県立博物館・美術館と沖縄美ら島財団所蔵作品の中から、11作品について高精細カラー画像と蛍光X線分析による彩色材料調査結果を掲載しました。琉球絵画に関する光学調査が実施されたのは初めてのことであり、その調査結果を公開することは、琉球絵画への理解を深めるうえで大いに役立つものであると考えています。本報告書が、琉球の絵画史のみならず、日本の絵画史・美術史等の研究に広く活用されることを願っています。本報告書は、全国の都道府県立図書館等で閲覧可能です。

エスファハーン(イラン)における木製文化財の虫害に関するワークショップ開催

ワークショップの様子
歴史的建造物の被害状況の調査

 イランの歴史的建造物の多くにおいて主要建材はレンガや土壁ですが、屋根裏や梁、窓枠などには木材も使用されています。昨年度に実施した事前調査では、エスファハーンを含むイラン中央部から南東部にかけて「シロアリ」の被害が多く、歴史的建造物を保存する上での大きな課題となっていることがわかりました。「シロアリ」は木材の害虫として有名で、日本でも過去には多くの被害が見られましたが、徐々に防除対策が確立されてきました。その知見を活かして、イランにおける歴史的建造物や木製文化財の適切な保存対策の検討に資するため、4月17日から19日にかけてエスファハーンにて「木製文化財の虫害に関するワークショップ」を開催しました。
 本ワークショップには日本側からは文化遺産国際協力センターの友田正彦、山田大樹、保存科学研究センターの小峰幸夫(以上、東文研)、および外部専門家として環境文化創造研究所の川越和四上席研究員が参加しました。イラン側からはエスファハーンのみならず、ヤズド、テヘラン、ギーラーンなどの各地から20余名の専門家が集まりました。1日目および3日目には双方から、両国の歴史的建造物の材質や構造、虫害事例やモニタリング調査に関する発表が行われました。また2日目には、具体的な対策等について議論するため、シロアリに加害されている歴史的建造物を参加者全員で訪れ、被害状況の調査や、環境に悪影響をおよぼさないIGR剤(Insect Growth Regulator:昆虫成長制御剤)の設置試験等を実施しました。
 本ワークショップ終了後、イラン文化遺産・手工芸・観光庁は、エスファハーンにシロアリ防除に関する研究室を新たに設置する検討を始めていると伺いました。今回のワークショップがイランの貴重な文化遺産の保存に少しでも貢献できたことと思います。

絵金屏風の返却を終えて

積込の様子

 平成22年に誤った薬剤によるガス燻蒸で変色し、当所を交えて関係各所で対応方針について協議し決定した方法に基づき、画面の安定化処置等を平成24年から進めてきた絵金屏風5点が、4月17日に絵金蔵(高知県香南市)に返還されました(当所搬出は4月14日)。作品の安全を第一に、画面の安定化処置として(1)屏風装の解体、本紙の薬剤除去のためのクリーニング、(2)絵具層の剥落止め、本紙補修、本紙裂けの手当て、裏打紙の取り替え、補修個所への補彩、(3)下地、襲木、裏貼唐紙、金物等の新調、二曲屏風への仕立て が行われたものです。各屏風は、ガスバリア袋、屏風袋、段ボール装の順に梱包され、美術品専用車で陸路、搬送されました。
 返還者の公益財団法人熊本市美術文化振興財団の立会いの下、5点の屏風が無事に収蔵庫に収められ、絵金蔵運営委員会、赤岡絵金屏風保存会、高知県および香南市の関係者の方々はお喜びの様子でした。あいにくの雨天でしたが、トラックが到着し作品を搬入する間は雨が止み、関係者のみなさまの気持ちが通じたかのような天候でした。今後は、絵金蔵における保存環境について助言をしていく予定です。

イタリア中部地震における壁画を有する被災建造物に関する調査

サン・クリストーフォロ教会被災状況(外壁)
サン・クリストーフォロ教会被災状況(内部壁画)

 平成28年(2016)8月24日にイタリア中部のペルージャ県ノルチャ付近を震源として発生したM6.2の地震により、周辺地域では甚大な人的・物的被害が出ました。また、ミャンマー中部においても同日にM6.8の地震が発生し、バガン遺跡群では数多くの仏塔寺院やその中に描かれた壁画に傷みが生じました。当研究所では、バガン遺跡群内にあるMae-taw-yat祠堂(No.1205)を対象に、煉瓦造建造物および壁画に適した保存修復方法の策定と人材育成を目標に据えた事業を実施してきました。しかし、地震による被害が発生したことを受けて対処すべき項目が新たに加わり、一部方針の変更を余儀なくされました。
 そこで、壁画やストゥッコ装飾を有する建造物を複合文化財として捉えた対処法及び保存修復理念に関する意見交換を目的に、平成29年(2017)4月20日から27日にかけてイタリアの被災地域を訪れました。復興活動に携わる現地専門家の話しでは、被害規模が大きかったことから作業は遅れているとのことでしたが、被災状況を把握するうえでの対応の仕方や、保存修復手順の組み立て方など、学ぶべきことの多い視察調査となりました。
 今回の調査は、主に聖書にまつわる宗教壁画を有する教会が中心でしたが、バガン遺跡では仏教壁画の描かれた寺院が対象となっています。制作された時期や目的、使われた技法は異なりますが、被災文化財救済活動を進めるうえでの理念は共通しています。今後も国際ネットワークを活用しながら、複合文化財に関する適切な復興事業のあり方について研究を進めていきます。

3月施設見学(1)

説明を受ける遺産保護センターの方々

シンガポール国立遺産局(National Heritage Board)下の遺産保護センター(Heritage Conservation Centre) 3名
 漆関係の分析機器導入のための漆研究目的に関する意見交換と調査機器類の調査のため来訪。分析科学研究室を見学し、各担当研究員による業務内容の説明を受けました。 

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3月施設見学(2)

説明を受ける凸版印刷株式会社の方々

凸版印刷株式会社 2名
 海外事業推進部で海外の遺跡保存にも貢献する活動しているので、見学したいと来訪。文化遺産国際協力センターの担当研究員による業務内容の説明を受けました。

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公開研究会「南蛮漆器の多源性を探る」の開催

公開研究会予稿集
公開研究会における討論の様子

 南蛮漆器とは、16世紀後半以後日本に到来したポルトガル人やスペイン人らの発注を受け、17世紀前半までの間に京都の蒔絵工房での制作のうえ欧米に輸出された独特の様式を持つ漆器です。こうした漆器の存在は国内では昭和10年代頃から知られるようになり、1970年代頃からは、かなりの数が日本に逆輸入され現在全国の博物館・美術館コレクションとなっています。また近年の調査では、スペインやポルトガルのキリスト教会などには、今なお多くが伝えられていることが分かってきました。この数年は、南蛮漆器に焦点を当てた展覧会も国内外で頻繁に開催されていますので、実際に目にされた方も多いのではないでしょうか。
 さて、南蛮漆器の特徴は、西洋式の器物を日本伝統の蒔絵や螺鈿技術で装飾した姿にあると言えますが、文様や材料、製作技術に対する美術史や文献史学、また有機化学、木材学、貝類学や放射線科学といった多面的な研究によって、この漆器は単にヨーロッパと日本との要素だけでなく、東アジア・東南アジアや南アジアといったアジア各地の要素も持ち合わせた大航海時代ならではの特徴的な文化財であることが明らかとなってきました。
 こうした南蛮漆器の多源的性格を具体的に跡付け、認識を共有することを目的として、この公開研究会は2017(平成29)年3月4日と5日の二日間にわたり当研究所で開催され、国内外の専門家11名による12本の報告と熱心な討論が交わされました。またこの研究会には、海外(欧米・アジア)から延べ25名、国内各地から延べ160名と多数の参加があり、南蛮漆器に対する国内外の高い関心が改めて実感されました。

松澤宥アーカイブに関する研究協議会の開催

松澤宥アーカイブに関する研究協議会の様子

 3月14日、研究プロジェクト「近・現代美術に関する調査研究と資料集成」の一環として、松澤宥アーカイブに関する研究協議会を行いました。
 松澤宥(1922-2006)は、独自のコンセプトによる作品とパフォーマンスで知られ、東洋的な宗教観、宇宙観、現代数学、宇宙物理学等を組み入れながら思考を深め、そこから導き出された思想、観念そのものを芸術として表現した、日本だけでなく、国際的にみても「コンセプチュアル・アート」の先駆的な存在として語られる重要な人物です。この研究協議会は、一般財団法人「松澤宥プサイの部屋」(理事長松澤春雄氏)が取り組んでいる同アーカイブの概要とその整備活動について、関係者と共有し、研究資料としての価値を確認するために開催したものです。まず以下の発表・報告をしていただきました。嶋田美子氏(美術家)「松澤アーカイブ構築にむけて 現況2017年3月」、細谷修平氏(東北芸術工科大学映像学科研究補助員)「松澤宥関連フィルムの調査及びデジタイズの現状報告」、山村みどり氏(当研究所特別研究員)「草間彌生書簡―松澤宥アーカイブを通して見えて来る草間彌生像」、富井玲子氏(美術史家、ポンジャ現懇主宰)「アーカイブ研究における松澤宥アーカイブの位置」(以上、発表順)。またこの後に行われたディスカッションでは、戦後日本美術の専門家を交えて、松澤宥アーカイブ整備の課題、日本の戦後美術から現代美術の作家アーカイブズの散逸防止、さらには作家アーカイブズ収蔵専門機関の必要性などについて意見交換が行われました。

カヌー文化研究会の開催

カヌー文化研究会の様子
海洋文化館におけるカヌー資料の調査

 平成28年度文化庁文化遺産国際協力拠点交流事業「大洋州島しょ国の文化遺産保護に関する拠点交流事業」の一環として、3月22日に本研究所で「カヌー文化研究会」を開催しました。本研究会では、本事業の相手国拠点機関である南太平洋大学(University of the South Pacific)から日本に招へいした4名の専門家(Peter Nuttall氏、Alison Newell氏、Samual London-Nuttall氏、Kaiafa Ledua氏)に研究報告をしていただきました。彼らは、風力などの再生可能エネルギーを用いた「持続可能な移動手段(sustainable transportation)」の開発において、大洋州の伝統的な航海カヌーの技術を活用する可能性を探る研究を推進する一方で、フィジーの古代カヌーの復元および実験航海にも携わっています。本研究会ではそうした彼らの取り組みについて発表していただきました。
 本研究会では日本の専門家3名からも研究報告をしていただきました。南山大学人類学研究所所長の後藤明氏からは小笠原諸島におけるハワイ式アウトリガー・カヌーについて、映像作家で無形文化遺産部客員研究員の宮澤京子氏からはカヌーに関する映像記録の方法について、海洋ジャーナリストで東京海洋大学講師の内田正洋氏からは日本におけるカヌー・カヤック文化の興隆について、それぞれ発表していただきました。そして最後に、発表者および参加者を交えての総合討論が行われました。本研究会には専門家を中心に20名あまりの参加者があり、熱のこもった議論と情報交換を行うことができました。
 本研究会の後、4名の招へい者は沖縄県を訪問し、本部町にある国営公園沖縄海洋博記念公園の海洋文化館を視察しました。海洋文化館は1975年の沖縄海洋博覧会の時に日本国政府パビリオンとして設立されたもので、当時収集された大洋州の民族資料のコレクションは世界有数の規模であり、とりわけカヌーのコレクションで著名です。ここで学芸員の板井英伸氏からの解説を受けながら、今では現地でもほとんど見ることのできないカヌー資料の調査をおこないました。また名護市内では、沖縄の伝統的木造漁船であるサバニを復元しているグループの工房を訪問する機会を得、情報交換をすることができました。
 大洋州だけでなく、日本列島を含む環太平洋地域の広い範囲には、かつてカヌーを駆るという文化が共有されていました。近代以降、こうした文化は各地で次々と消滅していきましたが、近年こうした文化を復興しようという「カヌー・ルネサンス」ともいうべき運動が各地で展開されています。それは例えばフィジーでのカヌー復元であったり、沖縄でのサバニ復元であったりします。今回の一連の事業は、こうしたカヌー文化の復興において大洋州と日本が連携できる可能性を示す、有意義なものであったと思います。

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