研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


International Seminar for Traditional and Ritual Theatre(テヘラン)での講演

Iranian Artist's Forum-Beethoven Hollでの講演[22日]
City Theatre Cafe(City Theatre of Tehran BF1)での演奏会[25日]

 Dramatic Arts Center of Iranからの依頼を受け、Iranian Artist’s Forum(8月20日~22日テヘラン)におけるInternational Seminar for Traditional and Ritual Theatreで、“Bunraku: Traditional Japanese Puppet Theatre”(飯島満)、“Folk Performing Arts and Traditional Festivals in Japan”(俵木悟)と題する講演を行いました。あわせてIranian Academy of the Artsでの懇談会に出席し、今後の研究協力等について意見を交換しました。
 今回のセミナーは、13th Tehran International Ritual-Traditional Theatre Festival(8月23日~28日)に先立って開催されたものです。フェスティバルの会期中は、イラン国内および近隣諸国を中心に、各地から招かれた様々の芸能がテヘラン各所で公演されていました。日本ではまず実見できないような中東の諸芸が数多く参加しており、その意味においても得るところの大きい極めて有意義な調査となりました。

保存修復科学センター連絡会議の開催

保存修復科学センター連絡会議の様子

 今年4月の文化財研究所と国立博物館との統合に合わせて、保存科学部と修復技術部が統合し、保存修復科学センターが設立されセンターには、4国立博物館・奈良文化財研究所の保存修復担当研究職員も併任として所属することになりました。8月3日には、保存修復科学センターの初めての連絡会議が、奈良文化財研究所の小講堂で開催されました。参加者は、28名でした。会議では、国立博物館や文化財研究所の職員紹介および本年度のプロジェクト概要紹介を行うと共に、情報交換を行いました。また、博物館の収蔵資料の科学的な調査に関して文化財研究所の協力をお願いしたいという要望など様々な意見が出ました。この会議に先立ち、高松塚古墳現地では、床石発掘状況や断熱覆屋の空調設備の見学や壁画修理施設に置かれている取り上げられた壁画の見学も行われ、有意義なセンター連絡会議でした。

特別史跡・キトラ古墳壁画の保存修復

天井作業風景

 東京文化財研究所では文化庁からの受託事業で、「特別史跡キトラ古墳壁画保存修復事業」を行っており、その中で、石室内の定期点検や壁画の取り外しなどを進めています。
 キトラ古墳では、側壁の四神および十二支神をすでに取り外し、天井・星宿図のみが現地に残っています。その天文図で、7月に一部のはく落が確認されました。その後の調査で、はく落の危険性が高い箇所が数十か所にのぼることが明らかとなるなど、著しく悪い状態です。そこで、東京文化財研究所では、落下の危険性が極めて高い部分から順次取り外し作業を進めています。

エントランスホールにおけるパネル展示「[キトラ古墳壁画]―壁画の取り出しと修復作業について―」

壁画取り外しに用いた機材の実物展示

 現在、エントランスでは、国の特別史跡キトラ古墳壁画の取り出しと修復作業について展示を行っています。パネルコーナーでは、壁画の図像部の拡大および原寸大写真を展示するとともに、キトラ古墳自体の概説や保存修復事業の概要を写真・イラストを用いて解説しています。特に、壁画の取り出しに関しては、現場での取り出し作業から特別展示のための処置までを、順を追って解説してあります。また、取り外しに使用する材料を選択するために作製したサンプルや、取り外しに使用した道具などは、現物が展示してあります。

タジキスタン、アジナ・テパ仏教寺院保存事業

タジキスタンでのユネスコ国際執行委員会の様子

 ユネスコ文化遺産保存日本信託基金による「タジキスタンの仏教遺跡保護プロジェクト」の第3回国際執行委員会が、8月23日から30日までタジキスタンの首都ドシャンベで開催されました。本プロジェクトは、練り土やレンガで構築された土構造物であるアジナ・テパ遺跡の保護を目的としています。文化遺産国際協力センターは、2005年より事業に参加し、遺跡範囲の確認や清掃作業などの考古学調査を実施してきました。
 今回の数回にわたる会議と28日に開かれた国際執行委員会では、2007年春までに実施された活動と遺跡の現状にもとづき、今後の事業方針が討議されました。土壁の保存処置をめぐっていくつかの改善点が指摘され、また、ストゥーパ保護のための覆い屋の建設計画は見直され、代案として練り土で覆う方法が検討されました。そして、タジキスタン側から、これまでの日本人専門家による活動を評価し、引き続き事業への協力が要請されました。これを受けて文化遺産国際協力センターは、保護活動に必要となる考古学的清掃などで協力していく予定です。

タジキスタンの文化財調査

タジキスタン国立古物博物館の収蔵庫における、ソ連時代に剥ぎ取られたさまざまな遺跡の壁画片の現状
タジキスタン国立古物博物館における、ソ連時代に修復されたペンジケント遺跡の壁画の調査風景

 「西アジア諸国等文化遺産保存修復協力事業」の一環で、8月23日から30日にかけて、タジキスタン国立古物博物館に所蔵されている壁画資料の現状調査を行いました。1991年までソヴィエト連邦に属していたタジキスタンでは、かつてロシア人専門家が主に調査や保存修復を行っていましたが、ソ連邦崩壊後は、地元の研究者や、調査・研究資金の不足が深刻な問題となっています。また、ソ連邦時代の技術や方法論が基礎になっているため、現時点では時代遅れの面が顕著となり、日本や欧米諸国からの技術移転や方法論の導入が急務となっています。
 国立古物博物館には、ペンジケント、シャフリスタン遺跡など、6世紀~8世紀の間に商人として活躍したソグド人によって描かれた極めて貴重な壁画が残されています。収蔵庫には、数十年に及ぶ発掘作業のなかで発見された数多くの壁画が、現地から剥ぎ取られてなにも処置されずに山積みにされたまま放置された状況です。特に、ソ連邦崩壊後は、全ての資料がタジキスタン国内に残されたまま、何の処置も施されていないのが現状です。こういった資料は、無計画な剥ぎ取りに対する倫理的な問題のみならず、合成樹脂の多用による壁画の暗色化など、技術的にもさまざまな問題をはらんでいます。
 学術的に非常に重要な文化遺産を保存していくために、人材育成や技術移転のための緊急的な協力が求められています。

敦煌莫高窟第285窟の共同調査進む

携帯型蛍光X線による分析調査

 敦煌莫高窟には、いまも膨大な壁画芸術が残されています。しかし、現在私たちが肉眼で見ることのできる壁画は、1千年以上もの歳月を経て、制作当初から比べれば甚だしく劣化が進み、変色、褪色、剥落などによってすでに大きく変化してしまったものなのです。壁画の保存は、その劣化のメカニズムを解明し、これ以上劣化を進行させないための処置を施す活動ですが、そもそも当初の壁画制作技法や材料がどのようなものであり、どのような要因によって現在の状態になったかを解明することは、保存の方法を考える上で必要であるとともに、壁画の価値を再び蘇らせるという意味においても、極めて重要です。その両方を兼ね備えてこそ、真の文化財保護と言えます。私たちの日中共同調査は、正常光、側光、赤外線、紫外線蛍光などの写真撮影による観察とともに、デジタル顕微鏡、携帯型蛍光X線、ラマン分光法による非破壊分析調査、微小試料による技法・材料および劣化に関する詳細な分析調査、さらに修復の専門家による劣化状況に対する詳細な観察作業などを総合的に行っています。これによって、これまで知られていなかった第285窟(6世紀前半)における多量の有機色料使用の状態や、特殊な壁画劣化の状況が次第に解明されつつあります。また、放射性炭素(14C)年代測定法による石窟の年代同定、鉛同位体比分析による鉛系顔料の産地同定研究も行い、シルクロードの広い地域を視野に入れた研究を進めています。

宗湛の研究

キャビネットに収納された画家別フォルダ群
そのうちの宗湛フォルダを抜き出したところ

 企画情報部文化形成研究室では、「東アジアの美術に関する資料学的研究」の一環として、室町時代の将軍家専属絵師・宗湛(1413~81)の基礎研究に取り組んでいます。昨年度は最初に宗湛に関する資料を網羅的に収集し、研究の基盤となる資料集を作成しました。その際、とくに室町時代の漢画系絵師についてまとまった成果を得た戦前の「東洋美術総目録事業」の形式を参考としています。その作業を通じ、研究基盤整備という目的下における「東洋美術総目録」形式のある種普遍的とでも呼びたくなるような有用性を確認できただけでなく、戦前から断続的に形成されたまたは今でも順次形成されている研究所の美術関係各種アーカイブが今でも十分に有効であることをあらためて認識しました。
 今年度はひとつひとつの資料に綿密な考証を付し、なおかつ集めた資料から総合的に判断することによって、資料集の質を高め、対象へのより正確な理解へ近づこうとしています。その経過を本年度の第2回総合研究会で発表しました(7月10日、綿田稔「宗湛の研究」)。昨年度の美術部オープンレクチャー(10月28日、綿田「雪舟と宗湛」)で報告した内容より考証の進んだ部分が相当にあります。今後、まとまった成果を『美術研究』誌上に順次公表していく予定です。

2007年度共催展「近代日本洋画の巨匠 黒田清輝展」開催

「近代日本洋画の巨匠 黒田清輝」展の案内

 今年度の上記共催展が、神奈川県の平塚市美術館において、7月21日より開催しました。(会期:9月2日まで)同美術館のある湘南地域は、黒田清輝にとってフランス留学帰国後から晩年にいたるまで、たびたび訪れた地として、さらに創作活動にとっても縁の深い地でした。ひろく知られるように、留学から帰国直後の黒田は、積極的に外光を取り入れた新しい表現の作品を描き、斯界に新鮮な衝撃をおよぼしました。そうした作品の何点かは、平塚に隣接する大磯、鎌倉などで制作されました。その点からも、今回の共催展は、黒田の画業全般を紹介すると同時に、とくに同美術館が所蔵する湘南地域を描いた「波打ち際の岩」(1896年)なども加えて展示し、この地域との関連を多くの方々に見ていただく機会になればとおもいます。

国立歴史民俗博物館蔵紀州徳川家伝来楽器コレクションの調査

 昨年より、国立歴史民俗博物館と共同で同博物館蔵紀州徳川家伝来楽器コレクションの調査を始めました。紀州家10代藩主治宝が、収集した雅楽器を中心とするコレクションは一部散逸していますが、博物館が所蔵する楽器だけでも総数157件をこえ、その他楽譜や付属文書も多数有しています。博物館では平成16年に資料図録を刊行しましたが、それに基づきながら専門家の目を加えてさらに詳しい調査をすすめる予定です。7月から管楽器の調査が始まりましたが、調査の結果、従来「賀松」と呼ばれてきた能管が、『銘管録』(明和年間に徳川幕府に提出した銘管一覧)に記載のある「古郷の錦」である可能性が強くなりました。

「博物館・美術館等保存担当学芸員研修」の開催

文化財害虫同定実習を行っている様子

 昭和59年から始まった「博物館・美術館等保存担当学芸員研修」は、文化財保存施設において資料保存の任にあたる学芸員を対象に、基礎的な知識や技術を習得して頂く目的で毎年開催しているものです。第24回となる今回は、7月9日から20日まで、平日の9日間開催し、32名の受講生が全国から集まりました。
 研修は講義と実習からなり、前者では温湿度や虫害管理といった保存環境、および各種文化財の劣化とその防止を主な内容としています。後者では、機器を使った環境測定法を習得し、その応用として横浜市歴史博物館においてケーススタディ実習を行いました。また今回は、隣接する東京国立博物館の協力をいただき、当博物館における資料保存に関する講義と見学を実施しました。
 自然科学的な内容の多い研修なので、人文系を専門とする方の多い受講生は面食らうことも多いかも知れませんが、我々は出来る限り内容を理解して頂こうと、毎年工夫しています。また、2週にわたって同じ部屋で過ごした受講生の結束は堅く、研修後もメーリングリストなどを通じて情報交換を行い、それぞれの館での保存環境向上に大きく寄与しています。来年度の募集要項は、2月頃都道府県教育委員会を通じて、各施設に配布する予定ですので、資料保存を担当する学芸員の皆様はどうぞご応募ください。

文化財害虫カード

『文化財害虫カード』(東京文化財研究所、CCI、クバプロ 2007)

 東京文化財研究所とCCI(Canadian Conservation Institute)が共同で開催した“IPMワークショップ2004”において、CCIのトム・ストラング氏と当所の木川が考案した教材「虫名刺」が害虫カードになりました。『文化財害虫事典』に準拠した主要な文化財害虫33種のカードでは、害虫の重要度ランク、姿と実物大、加害する材質が一目でわかります。切りとって保管できるほか、裏にはメモ欄が設けてあります。携帯にも便利、博物館などの現場でご活用いただけますと幸いです。なお、このカードの作成に際して、ご助言・ご協力をいただきました客員研究員の山野勝次博士に深く感謝申し上げます。
 文化財害虫カード:定価600円で(株)クバプロ(電話:03-3238-1689)より発売中です。

在外日本古美術品保存修復協力事業 現地調査

アシュモリアン美術館での調査風景

 在外日本古美術品保存修復協力事業では、海外の美術館、博物館で所蔵されている日本の美術作品を日本へ一旦持ち帰り、修復して所蔵館にお返しします。修復することにより、展示や活用の機会が増えて日本文化への理解が深まるとともに、日本の文化財修復の手法や姿勢を知っていただくことも目的としています。
 本年7月3日から14日まで絵画の修理候補作品を選出するために、イタリア(2館、ローマ東洋美術館及びキヨソネ東洋美術館)、イギリス(2館、ヴィクトリア&アルバート美術館及びアシュモリアン美術館)に赴き、美術史学、修復技術・材料といった観点から調査を行いました。
 一方、工芸作品に関しては、7月10日から24日にかけて、東京国立博物館の竹内主任研究員と猪熊研究員とともに、イギリス(2館、ヴィクトリア&アルバート美術館及びアシュモリアン美術館)及びチェコ(1館及び3城、ムラビア国立美術館及びヴェルケ・メディチ城、フラノフ城、レドニッチ城)において、調査を実施しました。今回の調査で、日本で修復するもの数点とケルンで修復可能なもの数点がリストアップされ、来年以降の修復作業を実施して、再度展示可能な状態になります。

アンコール遺跡の救済と発展に関する国際調整委員会第16回技術委員会

多くの観光客が訪れる遺跡バンテアイ・スレイ

 7月5日・6日の2日間、カンボジアのシエムリアップで標記の委員会が開催されました。この委員会はアンコール遺跡の保護に携わる各組織の取り組みを発表する場で、本研究所もタ・ネイ遺跡の石材上の植物について、同定結果や遺跡内での分布と開空率との関連に関する研究成果を発表しました。
 また、討議のテーマのひとつに「持続的な発展」がありました。2005年の外国人観光客は67万人を越え、遺跡保護のみならず事故防止の点でも、見学路や施設の適切な配置が課題です。近くのシエムリアップでも下水道の未整備やごみの投棄による川の汚染が報告されています。これは遺跡を訪れる人々の責任でもあり、この分野でも各国の経験を生かした国際協力が不可欠だと感じられました。

上海博物館情報センター主任以下4名の来訪

上海博物館情報センター主任以下4名が来訪しました。

 6月22日(金)、上海博物館に新設される実験室のための調査を目的に、上海博物館情報センター主任以下4名が来日し、東京国立博物館国際交流室の案内により、東京文化財研究所を来訪しました。来訪者の方々は、所長との懇談の後、所長の案内のもと所内各実験室等の視察を行いました。

平成18年度自己点検評価

 文化財研究所は、中期計画や年度計画に基づいて、自己点検評価を適切に実施し、その結果を法人運営の改善に反映させています。過日、平成18年度の自己点検評価を終え、目下、その報告書を印刷中です。
 18年度の研究・事業件数は、業務運営の効率化1件、東京文化財研究所関連40件、奈良文化財研究所関連48件、計89件でした。今期の中期計画では、17年度までのそれを点検し直し、整理、統合しましたので、かなり件数が少なくなっています。例年通り、3月から4月にかけて、各部局が業務実績書と自己点検評価調書を作成し、5月17、24日に外部評価委員から評価と意見をいただきました。今期からは、奈良と東京の各部局が、外部評価委員にすべての事業を報告する形式に改め、かつ、事業毎の評価ではなく、あらかじめ設定した評価項目に沿って、研究所の活動の総体を総合的に評価していただくことにしました。後日、外部評価委員の評価と意見を参照しつつ、自己点検評価をまとめました結果、すべての事業が順調に進行し、目標通りの実績を上げたことを確認しました。今後の課題として、外部資金の積極的な導入、大型研究機器の更新や施設の改善への取り組みなどが必要であることがわかりました。
 自己点検評価の結果は、文部科学省独立行政法人評価委員会文化分科会国立文化財機構部会が行う「独立行政法人文化財研究所の平成18年度に係る業務の実績に関する評価」のための調書作成にも活用されました。

今年度の総合研究会

今後50年間に震度5強以上の内陸直下型地震を被る確率が20%以上の国宝文化財
(○:建造物、△:美術工芸品のうち赤色で示したもの。赤色や緑色の線は内陸活断層の位置)
(二神葉子「文化財のGISデータベース化と地震危険度評価」の発表資料より)

 東京文化財研究所では総合研究会を開催しています。総合研究会とは各部・センターの研究員が各自、テーマを設定し、研究プロジェクトの成果を発表し、それに対して所内の研究者が自由に討論する研究会です。
 今年度は平成19年6月5日(火)に第1回総合研究会を開催し、文化遺産国際協力センターの二神葉子が「文化財のGISデータベース化と地震危険度評価」と題する発表を行いました。文化財の防災対策にとってGISの活用がいかに有効であるかを論じました。
 今後は下記の通り開催する予定です。

  • 第2回  平成19年7月10日
  • 「宗湛の研究」
  • (企画情報部・綿田稔)
  • 第3回  平成19年10月2日
  • (仮題)「文化財の調査のための新しいX線検出器の開発」
  • (保存修復科学センター・犬塚将英)
  • 第4回  平成19年12月4日
  • (仮題)「磨崖仏の保存施設としての覆屋の評価」
  • (保存修復科学センター・森井順之)
  • 第5回  平成20年1月8日
  • (仮題)「仏教図像の研究」
  • (企画情報部・勝木言一郎)
  • 第6回  平成20年2月12日
  • (仮題)「人形浄瑠璃文楽」
  • (無形文化遺産部・鎌倉恵子)
  • 第7回  平成20年3月4日
  • (未定)
  • (副所長・三浦定俊)

 講師等の都合により、日程や内容を変更することがあります。

脱活乾漆造の菩薩立像の調査

菩薩立像 個人蔵

 企画情報部のプロジェクト研究「美術の技法と材料に関する広領域的研究」の一環として、都内在住の個人が所有する脱活乾漆造の菩薩立像(像高77.1㎝)の調査を6月21日(木)に行いました。この脱活乾漆造とは、粘土で原型をつくり、その表面に麻布を貼り固めたのちに、像内の粘土を除去して中空にするとともに、麻布の表面に漆木屎を盛り付けて塑形する仏像制作技法であります。周知の通り、わが国におけるこの技法による仏像制作は天平時代(8世紀)に盛行しましたが、現存の作例数は極めて限られています。そのような現状にあって今回調査対象となった菩薩立像は、これまで存在が知られなかった作例であります。像は表面に後補の漆箔が認められるとともに、破損部には補修が存在するのも事実でありますが、保存状況は比較的良好であり、ほぼ完全な姿で今日に伝わっていることは特筆されてよいでしょう。渦を巻くように纏められた「螺髻(らけい)」の表現や、面部の肉取りの様子等から制作時期は8世紀の最末もしくは9世紀に入ってからのようにも思われました。ただし、脱活乾漆造の調査の常として、目視による表面観察からだけでは、ことに技法面において何層にわたって麻布貼りが行われているのか、また、どの程度、補修・後補部が像に及んでいるのかなどが、いまひとつ判然としないもどかしさが残るのも事実です。今後、所蔵者の了解を得て、X線透過撮影を行い、構造を中心に材料・技法の研究を進めて、この菩薩立像の解明を進めてゆきたいと考えます。

芸北神楽の調査

神楽ドームでの定期公演の一場面

 無形文化遺産部では、我が国における無形民俗文化財の保存・活用に関する調査研究をすすめています。この一環である民俗芸能の伝承の実態や公開のあり方に関する調査の一例として、広島県安芸高田市美土里町の神楽門前湯治村の活動の実地調査を行いました。安芸高田市美土里町(旧広島県高田郡美土里町)は、広島県北西部に伝承され、芸北神楽と総称される神楽が盛んな土地で、現在も13の神楽団が町内で活動しており、いくつかの演目や団体は、広島県の無形民俗文化財に指定されています。しかし現在この神楽がよく知られているのは、新舞と呼ばれる、戦後に創作され新たな趣向を取り入れた演目が定着し、地域の人々にひろく娯楽として親しまれるようになっているからです。そして、この新しい神楽現象のシンボル的な存在が、平成10年に美土里町にオープンした療養娯楽施設「神楽門前湯治村」と、その中にある3,000人収容の神楽専用常設舞台である「神楽ドーム」です。
 神楽ドームでは、毎週末の日曜日および国民の祝日に、美土里町の神楽団出演による定期公演を行っているほか、土曜日には付属施設の屋内舞台であるかむくら座劇場での公開練習、さらに「神楽の甲子園」とも呼ばれる「ひろしま神楽グランプリ」をはじめとする各種競演大会などが催されます。こうした公演は県内外から多くの観客を集めています。また、定期的な練習の場として開放されており、上演機会が通年的に確保されることから、美土里町の神楽団の伝承拠点としての役割も果たしています。実際に、定期公演の観客も多くは近隣の住民であるとのことであり、地域に根ざした施設であると言えます。
 こうした観賞のための上演を目的とした神楽は、きわめて新しいあり方であると思われるかもしれませんが、実際には広島県を中心とした地域では、戦前から神楽や盆踊りの競演大会が行われていたという報告もあります。現在も開催されている競演大会の最古のものでも昭和22年より続けられており、すでに50年以上の歴史を持っています。また、多くの競演大会では人気のある新舞と同時に、伝統的な演目である旧舞のわざを競う部門も設けられており、このようなイベントが伝統的な演目の伝承を支え、活性化してきたという面を見逃すこともできません。現在このような「見せる神楽」の隆盛は、島根県や岡山県にも広がってきています。
 経営面の安定や、神楽の変質への危惧、主な出演団体を美土里町の神楽団に限るべきか否かなどの問題も指摘されていますが、このように文化の伝承や地域のアイデンティティの形成に一定の効果を挙げていることが認められています。民俗芸能の現代における伝承実態の興味深い例であると言えるでしょう。

国宝 高松塚古墳壁画の保存修復

東第一石(男子群像)の表打ち作業
東第二石(青龍)の表打ち除去

 2007年4月から開始した高松塚古墳の石室解体も、6月26日に西第一石(男子群像)が解体され仮設修理施設へ移動したことで、残すは床石のみとなりました。東京文化財研究所では、高松塚古墳壁画の保存に関して、壁画養生・修復、環境・生物調査の分野で寄与しています。
 6月には、7日:東第二石(青龍)、14日:西第二石(白虎)、15日:南壁石、22日:東第一石(東男子群像)、26日:西第一石(西男子群像)の順に解体・移動が行なわれました。壁画養生・修復班では、安全に壁画を移動できるように、石間に被っている漆喰を取り外し、化繊紙を用いた画面の表打ちを行ないました。表打ちは、カビ発生のリスクを低減するように、材料や作業時期を考慮して行いました。また石が搬出される都度、古墳内では、環境・生物調査班が微生物の調査を行ない、壁画周囲の湿度を一定に保つための囲いをとりつけるなどの作業を行ないました。
 仮設修理施設にて受け入れた石材は、写真撮影・サンプリング・クリーニングを行なったうえで修理作業室に移動します。その後、画面表打ちの除去を行ったうえで、壁画面の状態を観察・記録し、これから長い期間をかけて行なう壁画修理に必要な情報収集を行なっています。

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