研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS
(東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。
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『東京文化財研究所七十五年史 本文編』
当研究所は、2006(平成18)年に創設から75周年を迎えたことを記念して、『東京文化財研究所七十五年史』を刊行すべく、編集をすすめて参りました。
このほど、当研究所の沿革と各部、センターの調査・研究、現況、関連資料等を記録した『本文編』を刊行することができました。(B5版、607ページ、2009年12月25日発行)一昨年3月には、創設以来の事業の記録と蓄積されてきた資料の一覧を掲載した『資料編』を刊行いたしました。つきましては、『資料編』と『本文編』をあわせて、当研究所の七十五年史とします。
編集にあたっては、各部、センターの編集委員が中心になりましたが、それだけではなく所内外の多くの機関、及び関係者に協力していただきました。ここに感謝の意を表したいとおもいます。
本書が、75年にわたる当研究所の歴史を振り返ることにとどまらず、その歴史を誇りとして共有し、同時に未来にわたる当研究所の活動のひとつの指針として、新たなる展望を開く契機になることを願っています。なお、本書は一部、中央公論美術出版社より市販されます。
協議会の様子
2010年に当研究所企画情報部の機関誌『美術研究』は、400号の刊行となります。また、星岡文化財団韓国美術研究所が発行する『美術史論壇』が、今年、30号を刊行することになっています。同研究所長の洪善杓梨花女子大学教授には、『美術研究』の海外編集委員を委嘱していることから、昨年来日の折に、両誌刊行の記念として共同でシンポジウムを開催しようと合意していました。
1月28日には、洪教授をはじめ、鄭干澤(東国大学校教授)、文貞姫(同研究所学術主任)、張辰城(ソウル大学助教授)、徐潤慶(同研究所専任研究員)の5名を迎えて、当部研究員とともにシンポジウムにむけた協議会を開催しました。
協議の結果、美術史における「評価」をテーマに揚げて、2011年2月下旬に東京(会場:当研究所)で、3月上旬にはソウル(会場:梨花女子大学)で開催することになりました。シンポジウムでは、基調報告(東京では洪教授、ソウルでは田中が報告します)にはじまり、当部研究員2名、韓国側2名の計4名による研究発表を両会場でおこない、総合討議をします。同じテーマのもと、そして同じ発表をするのですが、両国の研究者等の間での問題意識や考え方の違いが予想されることから、これによって今後、さらに相互理解が深まり、同時に両誌のさらなる協力関係を築いていくことを期待しています。
携帯サイトの画面
今年1月、当研究所は携帯サイト(モバイルサイト)を新設しました。
現在、携帯サイトは「新着情報」「挨拶」「募集/催し物/入札公告」「活動報告」「コラム/昔語り」「研究資料検索システム」「東文研キッズ!」「更新履歴」「お問い合わせ」「待ち受け画像プレゼント」などから構成されています。
今後もユーザーの方々にとって速報性、利便性の高い情報をお伝えするとともに、コラムのように読み応えのあるテキストも提供していく予定です。通勤・通学の途中、勉強や研究の合間などに当研究所の携帯サイトをご利用いただければ幸いです。
無形文化遺産部は、1月14日に東京文化財研究所セミナー室で、ユネスコ無形文化遺産条約の枠組みでの無形文化遺産保護に関する国際研究会を開催しました。本研究会には、アジア太平洋地域の9 カ国(インドネシア、韓国、中国、フィジー、フィリピン、ブータン、ベトナム、モンゴル、インド)から行政官や専門家が、国内からはアイヌ古式舞踊連合保存会と無形文化遺産部の宮田も加わり、無形文化遺産保護の現状と課題について発表しました。総合討議では無形文化遺産保護におけるコミュニティの役割を話合いました。15日には昨年ユネスコ無形文化遺産に登録された(神奈川県三浦市)を見学しました。
研究会における講演の様子
会場からの質疑応答の様子
保存修復科学センター伝統技術研究室では、1月21日(木)に当研究所セミナー室において「建築文化財における漆塗料の調査と修理-その現状と課題-」を開催しました。現在、浄法寺漆などの日本産漆塗料のうち、実に80%以上は日光東照宮などの建築文化財の塗装修理に使用されています。確かに日本では建築文化財の塗装材料として古くから漆を用いてきた歴史と伝統がありますが、その一方で漆自体は紫外線や風雨などに弱いという弱点もあり、その現状と課題には数々の問題点があります。今回の研究会ではこの問題を取り上げるため、まず明治大学の本多貴之先生に分析化学の立場から漆の劣化メカニズムについてわかりやすい解説をいただきました。次に伝統技術研究室の北野が塗装技術史の立場から実際の建築文化財で用いられていた漆塗装材料の実例について通史的に述べました。以上の内容を踏まえて日光社寺文化財保存会の佐藤則武先生からは、実際に塗装修理をされている技術者の立場から現在日光東照宮などで行なわれているさまざまな伝統的な塗装修理の状況について詳細なお話をしていただきました。そして最後に文化庁文化財部参事官(建造物担当)の西和彦先生から行政指導を行なっている立場から、漆にとどまらず塗装修理一般に対する文化庁の取り組み方やご自身のお考えなどをご講演いただきました。講師の先生方のお話は、科学、歴史、修復技術、行政指導それぞれのお立場での実践を踏まえての建築文化財の漆塗装に関する話題提供であっただけに、説得力もあり、会場からはさまざまな質問も出て大変盛会でした。
講演するアンドレアス、ニコライ研究員
1月26日(火)に、標記の研究会を東京文化財研究所で開催いたしました。ドレスデン工科大学のグルネワルド教授、東文研の吉川氏からは、図書館内の環境評価とカビ発生リスクに関するシミュレーション解析、同大学のニコライ研究員からは、不飽和多孔質建築部材内の塩分移動と相変化に関するモデル化と数値解析、同大学のプラーゲ研究員からは、建築部材の水分特性の測定法というテーマで講演頂きました。本研究会では、環境解析を行うための解析手法、解析に必要となる建築部材の水分特性の測定法、および実際の建造物に適用した場合の解析事例などが総合的に紹介され、活発な意見交換がなされました。
アノアと手をモチーフとした壁画(スンパン・ビタ洞窟)
遺跡モニタリングに関する共同研究の一環として、1月24日~30日にボロブドゥール遺跡研究所とともに、南スラウェシの洞窟壁画に関する現地調査を行いました。南スラウェシには100を超える数の鍾乳洞が存在し、そのいくつかには3000年~1000年前に描かれたといわれる壁画が存在します。壁画のモチーフは、人の手を壁につけた上から赤い色料を吹き付けたものが多いですが、バビルサ(イノシシの一種)やアノア(牛の一種)など地域固有の動物、魚や鳥、舟などもみられます。画面には、水の浸出による岩石成分の溶解および表面での再結晶、岩石表面の剥落といった現象がみられ、周辺樹木の伐採などによる環境変化がこのような壁画劣化の一因として考えられます。現地では8箇所の洞窟を視察し、その劣化原因と今後の保存対策についてインドネシア側専門家との議論を行いました。今後も、ボロブドゥール遺跡研究所や地元のマカッサル文化遺産保存センターと共同で、適切な保存計画の策定に向けたモニタリングの手法について検討していく予定です。
調査地候補のボロルダイ古墳(カザフスタン)にて打合せ
タジキスタン、文化省の一室に保管されている文化遺産のアーカイブ
中国と中央アジア5カ国(カザフスタン、ウズベキスタン、トルクメニスタン、キルギスタン、タジキスタン)は目下、シルクロード沿いの文化遺産群を「シルクロード」として世界遺産に一括登録(国境を越えたシリアル・ノミネーション)することを目指し、準備を進めています。本プロジェクトは、この登録に向けた申請を支援するもので、中央アジア5カ国において、人材育成、技術移転、アーカイブ資料管理のシステム化、体制作りへの協力等を通じて、各国が独自に文化遺産のドキュメンテーションを実施していくための基礎を築くことを目的としています。このプロジェクトの実施に先立ち、その方向性や具体的内容を決めるために、中央アジア5カ国の関係者を交えた協議が行われました。文化遺産国際協力センターは、ユネスコからの要請を受けて、1月8日から19日まで、これら中央アジア諸国(トルクメニスタンを除く)をまわる準備ミッションに参加しました。
今回のミッションを通じて、同じ中央アジアといっても、資金・人材・技術面には国ごとに大きな違いがあり、今後プロジェクトを実施するにあたっては、各国の実情に合わせた支援・協力活動が必要となることを痛感させられました。また、ソビエト連邦時代に行われた文化遺産調査に関する写真、図面、報告書などが各国に数多く保管されていることが確認されました。こうした貴重な記録資料も、データベース化やデジタル化を通じて中央アジアの共有財産として活用されることが望まれます。
今後、文化遺産国際協力センターは、最新機器を用いた遺跡の調査や記録資料のデータベース化、ワークショップ・シンポジウム開催等への支援・協力などの形で同プロジェクトに参加し、中央アジアの文化遺産に関わる人材育成や技術移転に取り組んでいく予定です。
モンゴル人研修生ほか6名 12月1日に、ACCU((財)ユネスコ・アジア文化センター)文化遺産保護協力事務所の主催する「文化遺産保護に資する研修2009(個人研修・モンゴル)(文化庁・東京文化財研究所・奈良文化財研究所との共催)」により招へいされたモンゴル人研修生3名が、研修の一環として、研究所の事業および施設を見学に来訪、4階文化遺産国際協力センター、保存修復科学センター化学実験室、3階保存修復科学センター金属アトリエ、2階企画情報部資料閲覧室、地階無形文化遺産部実演記録室を見学し、それぞれの担当者が説明及び質疑応答を行いました。
発表する田中淳
ポスターセッション
12月4、5日、アート・ドキュメンテーション学会の創立20周年を記念した研究フォーラムが、開催されました(会場:発表は東京国立博物館平成館大講堂、展示等によるプレゼンテーションは同館小講堂)。同フォーラムの副題は、「M(useum)、L(ibrary)、A(rchives)連携の現状、課題、そして将来」とされ、美術だけではなく、ひろく文化財にかかわる9つの関係諸機関からの発表と展示が行われました。当研究所からは、企画情報部が参加し、田中が「『日本美術年鑑』デジタルアーカイブを中心に」と題して発表しました。1936年創刊から現在まで継続刊行されている『日本美術年鑑』の意義と、膨大な情報化の時代にあって同年鑑の編集にかかわる諸問題について述べ、さらにこれまでに蓄積されてきた情報の活用とさらなる積極的な公開について提言しました。同時に展示では、当研究所所蔵の資料である焼失以前の「名古屋城」内観写真の画像データベースと、国立情報学研究所との共同研究の成果のひとつとして、連想検索「想 Imagine」における旧所員であった尾高鮮之助撮影(1932年)のアジア各地の貴重な写真のデータベース(試作版)を紹介しました。発表と展示によって、当企画情報部が情報発信として取り組んでいる現状と、将来像の一端を紹介することができました。
2009年12月、東京文化財研究所のキッズページ(英語版)を新設しました。
英語版の構成も日本語版と同様に、「東文研しごとぜんぶ」「世界での活躍」「なぜなに東文研」「文化財のリンク」からなっています。
近年、研究所の活動は、海外における文化財の保存修復を目的とした国際協力を行ったり、海外の研究者と研究交流を進めたりするなど、海外とのつながりが強くなってきました。それらはキッズページ「東文研しごとぜんぶ」「世界での活躍」(日本語版)からもうかがわれます。
そこで海外の子どもたちにも研究所の活動を知ってほしいという想いからキッズページ(英語版)をつくりました。英語を母国語としない国のホームページの中で、英語のキッズページはたいへん珍しい存在ですが、また文化財をテーマとしたホームページとしても初めての試みです。
ぜひキッズページ(英語版)
http://www.tobunken.go.jp/english/kids/index.html
にアクセスしてみてください。
2009年12月、メールマガジンの登録を開始しました。
メールマガジンではホームページの新着情報を中心にお伝えする予定です。
ご登録は研究所のホームページ
http://www.tobunken.go.jp/info/mail/mail.html
にて行っております。
坂本清恵日本女子大学教授による講演
無形文化遺産部としては第4回目となる公開学術講座を、12月16日(水)に江戸東京博物館ホールで開催しました。
ここ数年来、公開学術講座では、文化財保護委員会(現在の文化庁)が無形文化財の保護事業の一環として作成してきた音声記録をテーマとしてきました。そこで、今年度は「義太夫節の伝承」と題して、昭和24年(1949)3月に収録された『平家女護島』二段目「鬼界が島の段」を取り上げました。
演奏者の豊竹山城少掾(1878-1967)と四世鶴沢清六(1889-1960)は、昭和30年に重要無形文化財保持者の制度が開始されたとき、人形浄瑠璃文楽太夫と人形浄瑠璃文楽三味線で、それぞれが各個認定を受けています。いわゆる「人間国宝」です。二人が残した数多くの録音は、今日でも優れて規範的な演奏と認められています。「鬼界が島の段(俊寛)」もそうした録音の一つです。
講座の前半では、録音の意義や現在の伝承との関わりについて考察し、後半では、録音全体の半分程ですが、この二人の至芸を鑑賞していただきました。
ラトゲン保存研究所ステファン・シモン氏の講演
2009年12月8日に、東京文化財研究所セミナー室で昨年に引き続き、「文化財の保存環境を考慮した博物館の省エネ化」というテーマで研究会を開催しました。今年は、ドイツ、ラトゲン保存研究所のステファン・シモン氏に「欧州での博物館の省エネ化と展示、収蔵施設内の保存環境」、京都大学の鉾井修一教授に「温熱環境からみた博物館の省エネ化」の講演を頂き、さらに国土交通省の足永晴信氏からは「低炭素社会での持続可能な都市空間実現に向けた取り組み」という題で講演を頂きました。最後に、東京国立博物館の神庭信幸氏から「低炭素社会と共存する文化遺産の保存」という題で、東京国立博物館での取り組みについて紹介頂きました。参加者は、全部で75名であり、活発な意見交換が行われました。
側壁における取り外し作業
取り外した漆喰片
保存修復科学センターでは文化庁からの受託事業「特別史跡キトラ古墳保存対策等調査業務」の一環としてキトラ古墳壁画の取外しを行っています。5月に行った今年度第一回の集中取り外しをふまえ、秋の集中取り外しは10月19日〜11月6日までと11月16日〜12月4日の日程で、間に1週間をはさみ、3週間ずつ二度に分けて行いました。前回よりも長期にわたったものの、3週間ずつ行ったことで、取り外しを効率よく進捗させることができました。今回の作業で天井のすべての漆喰が取り外され、2年ぶりに周囲の側壁の漆喰取り外し作業を再開することができました。今後は、紫外線照射による微生物の制御を行いつつ、定期的に点検を行い、来年度に再び集中取り外しを行う予定です。
講演を行うアミーラ・イダーン・アル=ダハブ女史
12月2日、東京文化財研究所地下一階会議室において、イラク国立博物館事務局長アミーラ・イダーン・アル=ダハブ女史による講演会を開催しました。 2003年、イラク戦争終戦後の混乱のさなか、イラク国立博物館が略奪の対象となったというニュースは、世界に衝撃を与えました。その後、日本やイタリアをはじめとする国際社会の支援を受け、イラク国立博物館は2009年2月にようやく再開されました。
今回、アミーラ女史は、外務省の「21世紀パートナーシップ促進招聘」事業により来日し、この機会を利用して講演会を開催することができました。アミーラ女史は、多くの写真を示しながら、博物館の略奪から再開にいたる長い道程とその苦労について報告しました。また、文化遺産国際協力センターがユネスコ文化遺産保存日本信託基金および運営費交付金で行っているイラク人の保存修復家の人材育成事業にも触れ、イラクの文化遺産の復興には、今後とも日本からの支援が必要不可欠であることを繰り返し訴えました。
第2窟における三次元測量
コウモリの排せつ物を起因とする付着物の洗浄作業
東京文化財研究所とインド考古局は、文化庁委託「文化遺産国際協力拠点交流事業」および運営費交付金「西アジア諸国等文化遺産保存修復協力事業」の枠組みにおいて、アジャンター壁画の保存にむけた共同研究を行っています。
平成21年11月~12月に派遣された第3次ミッションでは、コウモリの排せつ物による害、過去に用いられたニスの黄化による色調変化や彩色層の亀裂、浮き上がりといった問題の解決に取り組み、インド考古局の専門家とともに壁画の試験的な洗浄を行いました。
また、壁画の保存にむけたデジタルドキュメンテーションとして、同志社大学と共同研究契約を結び、第2窟、第9窟の現状図面作成を目的とした三次元測量を共同で行いました。
このような保存修復・計測作業をインド人専門家と共同で行うことで、文化財保存に関する知識の共有、技術交換を行い、人材育成と技術移転を目指しています。
会場
総合討議の様子
文化庁委託事業文化遺産国際協力コンソーシアム事業の一環として、12月14日東京国立博物館平成館大講堂において、シンポジウム「観光は文化遺産を救えるか―国際協力の新たな展開」を開催いたしました。基調講演としてユネスコによる世界遺産保護と観光開発の両立への取り組みについての講演があり、また、2名の専門家から文化遺産と観光を捉えるうえでのリビングヘリテージという視点の重要性を指摘した報告(西山徳明氏)と、地域社会の力で文化遺産の保護と博物館建設が進められたペルーの事例について(関雄二氏)の報告が続きました。国際協力機構からは観光開発への取り組みをヨルダンでの事例を含めて報告があり、さらに、テレビ番組のレポーターとして世界各地を訪れる浜島直子さんからは、文化遺産を楽しむ観光の方法が提案されました。
専門の方々以外にも多く出席いただき、会場からは質問も寄せられ、文化遺産保護と対立しない観光に注目が集まるなか、国際協力を通してどのように地域社会に貢献するのか、また、観光を活かした文化遺産保護の具体的方法と課題などが議論されました。
紙製収納容器制作実習を終えて
(木部徹講師、島田要講師とともに)
展示照明についての授業(木下史青講師)
平成18年度から5カ年の計画で進められているシルクロード人材育成プログラムは、第4年目となり、春から夏に実施した古建築保存修復研修コースに引き続き、今年度の二つめのプログラムとして、9月14日から12月11日までの3カ月間の日程で博物館技術研修コースを実施しました。中国のシルクロード沿線に位置する新疆、甘粛、寧夏、陝西、河南の各省・自治区から集まった計14名の研修生は、2カ月間北京での理論コースに参加した後、11月中旬から1カ月間、寧夏回族自治区銀川の寧夏博物館で、実践コースに参加しました。期間中、日本からは当研究所、東京、九州の両国立博物館、大学、さらには文化財保護材料制作の工房から合計15名の講師が参加し、中国側講師とともに授業を行いました。
寧夏博物館での実習授業は、収蔵・展示環境の測定と分析、実際の博物館の収蔵品と展示室の情況をもとにしたテーマ展示設計案作成を行いました。研修生たちは、それまで日中双方の講師による長時間の授業を通して膨大な量の理念や技術論を学んできましたが、この実習を通してそれを確実な知識として身につけることができたはずです。今回のような体系的で理論と実践の両方を具えた博物館学研修コースは、中国において初めて実現したものです。また、2007年に完成し現在の中国において設備面では最先端の内容をもつ寧夏博物館ですが、実際の日常の作業をどのように行うかということが未だ十分な状態になっていないというのが課題であり、今回の研修コースを受け入れたことにより、館員にとっても強い刺激になったとして、感謝をしていただくことができました。12月11日の修了式は、館員の皆さんが50名以上も参加するという盛大なものとなりました。
シルクロード人材育成プログラムは来年度に染織品と壁画の保護修復研修コースを実施して終了となります。
メトロポリタン美術館
シンポジウム会場の風景
「サムライの美術 ART OF THE SAMURAI-Japanese Arms and Armor,1156-1868」展会場入口
発表を行う鈴木規夫
The Scholars' Dayで研ぎの実演と解説を行う研師藤代興里・龍哉両氏 (父子)
昨年の秋から正月にかけて、米国のメトロポリタン美術館(以下Met.)で開催された(2009.10.21~2010.1.10)「サムライの美術 ART OF THE SAMURAI-Japanese Arms and Armor,1156-1868」展には、日本の古代から近世にわたる武器・武具の名品が出陳され、米国内だけではなく国際的にも高い評価を得て、3ケ月の会期中約30万余の入場者が訪れたそうです。また、この展覧会には、東京文化財研究所の「在外日本古美術品保存修復協力事業」により修復された、Met.所蔵の刀剣類や兜・鞍・矢筒なども展示されました。このような日本の文化財の修復に関連して開催された「The Sunday at the Met」(2009.11.8)と称するシンポジウムでは、展覧会の責任者であるMet.の小川盛弘氏による展覧会の解説と刀剣の取り扱い、英国・大英博物館元日本部長のヴィクター・ハリス氏から日本の刀剣とその美について、さらに日本からは、研師である藤代興里(ふじしろおきさと)・龍哉(たつや)両氏(父子)による研ぎの実演と解説、鈴木からは、在外修復事業の概要及び日本における漆工品の修復の理念と手法について発表しました。シンポジウムには、米国内外から700余の参加があり、Met.始まって以来のことと関係者一同大変驚嘆していました。また、翌日は、展示室内で「The Scholars’ Day」(11.9)と称する全米の修復や学芸関係者を対象とした催しがあり、同様の発表を行いました。このところ、米国内における日本美術・文化研究の退潮や日本の存在感の低下が懸念されていますが、その回復・進展を図る意味でも画期的な事業であったと感じます。この展覧会を十年余をかけて企画・実行され、Met.のみならず日本文化・芸術の国際交流と普及に多大のご貢献をされたメトロポリタン美術館武器武具部特別顧問小川盛弘先生に対し、心からの敬意と感謝を申し上げます。