研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS
(東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。
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講演会の模様
2011年3月11日(金)に標記総会および講演会を開催しました。総会では、コンソーシアムの平成22年度事業報告と、次年度事業計画が報告されました。これに続いて開催した講演会では、欧州の文化遺産保護のために活動するNGOであるヨーロッパ・ノストラの副会長ジョン・セル氏にご講演いただきました。はじめに、多言語や複雑な政治体制などヨーロッパの多様な文化が育まれた背景と、今日の文化遺産保護に係る条約や政策についての説明がありました。続いて、震災を受けたイタリアのラクイラなどにおける危機遺産保全キャンペーンや、優れた保存活動等を顕彰するヨーロッパ・ノストラ・アワードなど、ヨーロッパ・ノストラの活動についてご紹介いただきました。長年に亘って、文化遺産保護に関する連携・協力を推進してきたヨーロッパ・ノストラの経験は、文化遺産国際協力コンソーシアムの今後の活動の在り方を考える上でも大いに参考となりました。
洪善杓氏による基調講演「国史形美術史の栄辱―朝鮮後期絵画の解釈と評価の問題」
ディスカッションの様子
2月27日に、当研究所において表題にあるシンポジウムを開催しました。『美術研究』(1932年創刊)は、当研究所企画情報部が、また『美術史論壇』(1995年創刊)は、星岡文化財団韓国美術研究所が刊行している学術誌です。韓国美術研究所長の洪善杓博士は、『美術研究』の海外編集委員を委嘱している関係から交流があり、実現したシンポジウムでした。当日は、はじめに洪博士の基調講演があり、韓国側からは、張辰城(ソウル大学校)、文貞姫(韓国美術研究所)両氏に発表願い、また当研究所からは、綿田稔、江村知子の両名の発表があり、その後ディスカッションが行われました。美術史における「評価」という重要な問題をとりあげ、意見交換する機会となりました。
なお、3月12日には、同じ発表者による、韓国ソウル市(梨花女子大学校)にてシンポジウムを開催する予定です。
ドレスデン工科大学のグルネワルド教授の講演
2011年2月25日に、東京文化財研究所セミナー室で「文化財施設の環境解析と博物館の省エネ化」に関する研究会を開催しました。現在、地球温暖化の問題から、あらゆる施設で温室効果ガスの排出削減に向けた取り組みが必要になってきています。博物館、美術館等の施設に関してもこの例外ではありません。博物館、美術館等の施設では、文化財を安全に後世へ伝えていくために、それを取り巻く環境を良好に保ちながら、施設の省エネ化を図っていくことが必要です。今回は、ドイツの建物の省エネ化に関するプロジェクトで環境解析を担当しているドレスデン工科大学のジョン・グルネワルド教授には、「ドイツにおける建物の省エネルギー化と環境解析技術」、同じくドレスデン工科大学のルドルフ・プラーゲ博士には、「環境解析に関わる建材の物性測定法」というテーマで講演頂きました。プラーゲ氏の講演では、ベルリンのウンター・デン・リンデン通りの大理石の石造彫刻の劣化と周囲環境の解析についての話題提供もありました。また、清水建設株式会社の菅野元衛、矢川明弘、太田昭彦さんには、「文化財施設内の環境解析のための気流シミュレーション技術と応用事例」というタイトルで、環境解析手法および根津美術館の収蔵庫の改修の際に行った解析事例の紹介を頂きました。参加者は、全部で50名であり、活発な意見交換が行われました。
討議の様子
文化遺産国際協力センターでは2月2日・3日の2日間にわたり、「海外の文化財保存修復専門家養成を目的とする国際研修等の実施に関する研究会」を、東京文化財研究所会議室にて開催しました。本研究会は、当センターが行っている「諸外国の文化財保護に係る人材育成」事業の一環として、国際研修のより効果的かつ実践的な実施に向け、国内外の研修実施機関との情報共有および意見交換の場として企画したものです。途上国を中心とする外国からの研修生を対象とした保存修復技術や能力開発の研修に焦点をあて、プログラムの具体的内容や教授方法、さらには研修成果の評価法や問題点などについて、海外4機関および東文研を含む国内3機関の担当者から報告を受けたのち、これらを踏まえて参加者による意見交換を行いました。
研修実施事例の分析を通じて、いくつかの共通課題が浮き彫りとなりました。主なものとしては、研修事業自体のマネージメント、研修の継続性とプログラム同士の相互連携、研修情報の共有などが挙げられます。このようなテーマでの研究会は従来あまり行われてきませんでしたが、今後も様々な機会を通じて、研修方法の改善や多国間での相互連携の可能性などにつなげていきたいと考えています。
王の墓といわれるナン・ダワス
ミクロネシア連邦政府側との打ち合わせ
干潮時遺跡調査
文化遺産国際協力コンソーシアムでは2月18日から25日まで、ミクロネシア連邦のナン・マドール遺跡を対象として協力相手国調査を実施しました。この遺跡は6世紀から16世紀の間につくられたと伝えられており、92もの人工島とその上に建つ建造物からなっています。現在でも遺跡の全容は解明されておらず、神秘の遺跡といわれています。今回の調査は、遺跡の現状を調べるとともに、遺跡保護のために何が必要か把握し、我が国の協力の可能性を検討することを目的として行いました。
玄武岩の石柱を重ねてつくられた建造物には、崩壊した部分も多く見られました。その要因としては、自然風化やマングローブなど植物の繁殖が影響していると考えられます。さらには近年の温暖化にともなう水位上昇により、満潮時に水没する遺跡も見られました。このような点について今後詳細な調査を行い、管理計画を策定する必要があると考えられます。同時に、遺跡保護に関する現地の人々の理解を促進することも不可欠でしょう。いくつかの島や建造物は王の墓や祭儀場であったと伝えられています。遺跡そのものを守るとともに、このような伝承も含めた包括的な保護を図る必要性を強く感じました。
写真1 アルメニア共和国文化省での関係者との面談
写真2 古文書研究所・博物館での聞き取り調査
文化遺産国際協力コンソーシアムは、2011年2月7日から13日まで、アルメニア共和国において協力相手国調査を実施し、東文研からは専門家として2名が参加しました。この調査の目的は、日本による同国における文化遺産保護分野での将来的な協力可能性を探ることにありました。
今回の調査では、文化遺産保護を管轄している文化省(写真1)をはじめ、歴史博物館、国立美術館、マテナダラン古文書研究所・博物館(写真2)、歴史・文化財科学研究センターといった保護や調査・研究に関わる諸機関を訪れ、担当者と面談を行うとともに、情報収集や意見交換を行いました。その結果、アルメニアがこの分野において今日抱える主要な問題として、ソ連邦からの独立後に生じた資金の不足やロシアを中心とした教育システムの終焉による人材育成面の困難などがあることが明らかとなりました。機器供与や博物館建設といったハード面の充実も必要ですが、同国にとっては文化遺産保護に関わる人材を育成することが急務であると感じられました。
今後の日本からの協力のあり方としては、アルメニアの研究機関と連携しながら、アルメニア人専門家の人材育成を主眼とした共同研究や研修などを実施していくことが考えられます。
資料閲覧室での説明(1月17日)
名古屋市博物館学芸員ほか4名
1月17日、染織関係資料の保存・調査研究に関する視察のため来訪。企画情報部資料閲覧室、無形文化遺産部実演記録室、保存修復科学センター化学実験室及び文化遺産国際協力センター研修室において、各担当職員が業務内容に関する説明を行いました。
近世風俗画調査研究報告会ディスカッションの様子
地下1階ロビーでの高精細画像展示
企画情報部では2009年度より徳川美術館との共同研究として、近世風俗画の調査を実施しています。2011年1月29日には東京文化財研究所において報告会を開催しました。冒頭には徳川黎明会会長・徳川美術館館長の徳川義崇氏に近年のIT技術の情勢をふまえてご挨拶頂きました。そして江村が「歌舞伎図巻の描写について」と題して、「歌舞伎図巻」(徳川美術館蔵・重要文化財)の細部描写にはこれまでの美術史研究において見過ごされてきた特徴的な表現が認められることを中心に報告しました。次に徳川美術館学芸員・吉川美穂氏が「本多平八郎姿絵屏風の表現について」と題して、「本多平八郎姿絵屏風」(同館蔵・重要文化財)の人物描写を高精細画像のスライドとともに紹介し、画中の葵文小袖を着た女性には、高貴な女性の風俗儀礼・化粧方法の一つである置き眉の痕跡が認められることなどを報告しました。つづいて徳川美術館副館長・四辻秀紀氏による司会でディスカッションを行い、画像情報に関しては国立情報学研究所研究員の中村佳史氏にも議論にご参加いただきました。美術史だけでなく、音楽史、芸能史、服飾史、さらに文化財修復に関係する方々など110名を超える参加者を得て、盛況のうちに閉会しました。また会場としたセミナー室前のロビーでは上下巻で15mに及ぶ「歌舞伎図巻」の原寸大出力画像も展示し、参加者にご覧頂きました。今後もさらなる調査研究とその情報発信をつとめて参ります。
総合討議の様子
第34回文化財の保存および修復に関する国際研究集会「「復興」と文化遺産」を東京国立博物館平成館において、1月19日から21日の3日間開催しました。自然災害、そして紛争からの復興過程、さらには社会変化の渦中における社会と文化遺産の関わりをめぐり、それぞれの状況に対応する3セッションを設けて、海外から10件、国内から4件の講演と、議長・講演者によるディスカッションが行われました。
文化遺産の意味や価値付けが社会状況によって変化する中で人々にとって復興されるべき文化遺産とは何かなど、多様な課題をめぐって活発な議論が交わされました。
本研究集会の詳細な内容については、来年度、報告書を刊行する予定です。
修復アトリエでの説明(12月6日)
金沢美術工芸大学日本画専攻学生ほか5名
12月6日に、文化財保存・修復現場の見学のために来訪。4階文化遺産国際協力センター、保存修復科学センター化学実験室、3階保存修復科学センター修復アトリエ及び2階資料閲覧室を見学し、それぞれの担当者が説明及び質疑応答を行いました。
2010年12月17日に、今年度第7回目の企画情報部研究会を行いました。発表者と題目は以下の通りです。
・皿井舞(企画情報部研究員)
「平安初期神仏習合彫刻史試論
京都・神光院薬師如来立像をめぐって」
・佐々木守俊氏(町田市立国際版画美術館学芸員)
「“北宋風作善”の受容と印仏・摺仏の像内納入」
皿井は、10月初旬に京都・神光院でおこなった調査をふまえ、これまであまり知られてこなかった、本院の薬師如来立像について紹介をしました。またあわせて、本像が、平安時代初期の神仏習合を考えるうえでも、重要な作例である可能性を指摘しました。本像の紹介は、当研究所が刊行している『美術研究』誌上でおこなう予定です。
佐々木氏は、平安時代後期よりさかんになる、仏像の像内に版画(印仏・摺仏)を納入する信仰について、中国・北宋時代の信仰の受容という観点から、読み解かれました。すなわち、印仏・摺仏の像内納入が北宋期の『地蔵菩薩応験記』所収の説話にもとづいたものであること、またそれが「奇瑞を期待する営為」という意味であったことなど、貴重な指摘がなされました。大陸文物の受容のあり方を考える上でも、重要な報告をしていただきました。
本研究会では、水野敬三郎先生(東京芸術大学名誉教授)や浅井和春先生(青山大学教授)をはじめ、彫刻史を専門とする先生方にもお越しいただき、活発な討議をおこないました。
討議で出された意見は、今後、研究をすすめていく上での重要な論点ばかりでした。こうした問題意識の共有化は、研究を活性化させる原動力となります。本研究会が、原動力を生み出す場として機能し続けるよう、今後も研究会開催のあり方を模索していきたいと思います。
無形文化遺産部恒例の公開学術講座を、今年度は金沢大連携融合事業・日中無形文化遺産プロジェクトとの共催で、12月12日、石川県立能楽堂で開催しました。金沢市は江戸時代から能楽が盛んな土地柄で、宝生流の謡曲と和泉流の狂言が行われています。今回は和泉流の狂言にスポットを当てました。同じ和泉流でも金沢と名古屋では伝承が大きく異なっています。その歴史的な背景や実技の違いについて講演をおこない、それぞれの伝承に基づく狂言を演じていただきました。東京都は異なり聴衆はそう多くはありませんでしたが、熱心な聴講者が多く、好評でした。
研修会の様子
表題の研修会は、我々が地方に出向き、文化財保存担当者を対象にその基礎知識を習得していただくことを目的に講義を行うものです。15回目となる今回は12月13日、高知県立歴史民俗資料館において実施しました(主催:高知県教育委員会および東文研)。この研修では例年、温湿度や空気環境などを各論的に取り上げるのですが、今回は主に生物対策に焦点を絞って講義を行いました。これは、高知では気候的な要因などから、虫やカビの問題と対策が文化財保存担当者にとって懸案になっていることが大きな理由です。朝賀浩・文化庁美術学芸課文化財管理指導官、岡本桂典・高知県立歴史民俗資料館学芸課長、三浦定俊氏・文化財虫害研究所理事長(東文研名誉研究員)、佐野千絵・東文研保存修復科学センター保存科学研究室長の4名が講義を行い、それぞれの専門、立場から話をしていただきました。
研修会には、広い高知県内から非常に多くの方にご参加いただき、質疑応答でも、活発な質問や議論が交わされ、関心の高さを実感しました。この研修は、地域の方の要望にお応えして実施しておりますので、ご希望がありましたら遠慮なくお知らせください。
砂岩上に繁茂する地衣類に関する調査
(カンボジア タ・ネイ遺跡)
11月下旬から12月初旬にかけて、カンボジアとタイでそれぞれ現地の文化財に関する調査研究を実施しました。カンボジアでは、アンコール遺跡群のタ・ネイ遺跡で、遺跡の石材の上に繁茂する様々な生物、特に地衣類やコケ類と環境との関連について、イタリアのローマ第3大学のジュリア・カネーヴァ教授にも参加していただき調査を行いました。タイでは、遺跡保存に対する覆屋の効果について、東部のプラチンブリにあるラテライトに彫られた仏足石やレリーフ、スコータイのスリチュム寺院大仏などで観察を行うとともに、アユタヤやバンコクで仏像などに用いられている漆に関する調査を行いました。さらに、共同研究の相手先である文化省芸術局で、局長を交えて今後の共同研究の進め方について協議を行いました。
概要説明(11月29日)
沖縄県立芸術大学美術工芸学部芸術学専攻学生ほか6名
11月29日に、学外研究の一環で来訪。中野副所長による概要説明後、3階保存修復科学センター修復アトリエ、2階資料閲覧室及び地階保存修復科学センターX線撮影室を見学し、それぞれの担当者が説明及び質疑応答を行いました。
無形文化遺産部では毎年、無形の民俗文化財の保護と継承に関わる諸問題について話し合う研究協議会を開催しております。その第5回を、「無形の民俗の保護における博物館・資料館の役割」をテーマとして、2010年11月18日に当研究所セミナー室において開催しました。近年、博物館や資料館の活動が多様化するなかで、地域の文化を代表するものとして、無形の民俗文化財の保護や継承に積極的に取り組む例が増えています。協議会では、全国から4件の博物館・資料館の事例について現状や課題を報告をしていただき、それをもとに活発な討議が行われました。この協議会の内容は、2011年3月に報告書として刊行する予定です。
すべての漆喰壁が取り外された石室内
保存修復科学センターでは文化庁からの受託事業「特別史跡キトラ古墳保存対策等調査業務」の一環としてキトラ古墳壁画の取外しを行ってきました。昨年度より春と秋に集中的な取り外し作業を行っており、来年度の春期取り外しでの終了を目標にしてきましたが、予定より早く今期(2010年度秋)に石室内のすべての漆喰を取り外すことができました。東文研における機械・道具・材料の開発や改良と技術者の方達の作業への熟練により、迅速な作業を行うことができました。2004年の青龍の取り外しから始まった一連のキトラ古墳壁画保存事業は、これにて石室内の作業は終了し、以降、保存施設における壁画の修復処置に移行します。
国宝及び特別史跡・臼杵磨崖仏(ホキ石仏第二群阿弥陀如来坐像)
東京文化財研究所は2000年より、国宝及び特別史跡・臼杵磨崖仏の次期保存修理計画策定のための調査研究を臼杵市と共同で進めてきました。11月6日に臼杵市中央公民館にて開催された「臼杵磨崖仏保存環境調査報告会」では、この10年間の研究成果の報告を行いました。
まずは奥健夫氏(文化庁)より次期保存修理計画の意義について、下山正一氏(九州大学)からは臼杵磨崖仏が彫刻された阿蘇熔結凝灰岩に関する御講演を頂きました。また、Lee, Chan-hee氏(公州大学校)、Kim, Sa-dug氏(国立文化財研究所(大韓民国))からは、大韓民国における石造文化財の劣化状態調査、保存修復に関して御講演頂きました。その後、東京文化財研究所からは、臼杵磨崖仏で行われた調査研究の概要、磨崖仏表面の劣化状態と水環境、大気環境に関する調査結果を報告しました。また、劣化原因調査の結果に基づき、寒冷時の凍結防止策や着生生物制御などの劣化対策、劣化モニタリング手法に関する提案を行いました。最後は臼杵市教育委員会より「臼杵磨崖仏の長期保存計画ビジョン」と題して、次期保存修理事業およびその後のモニタリング・メンテナンスに関して計画案を発表し、聴衆に理解を求めました。
一つの文化財としては異例の10年にわたる調査研究でしたが、ここで得られた成果も多く、臼杵磨崖仏のみならず多くの石造文化財でこの成果が活用されることを願っています。
壁画の状態調査(アジャンター第2窟右祠堂)
黒色物質の試験的なクリーニング
(アジャンター第2窟右祠堂右壁)
東京文化財研究所とインド考古局は、文化庁委託「文化遺産国際協力拠点交流事業」および運営費交付金「西アジア諸国等文化遺産保存修復協力事業」の枠組みのもと、アジャンター壁画の保存修復に関する共同研究を行い、これに必要な知識の共有と技術交流を目指しています。
アジャンター壁画は、基岩の亀裂からの浸水や、生物被害、人為的損傷に加え、過去の修復に起因する色調変化や彩色層の劣化といった多くの問題を抱えています。なかでも顕著なものとして、コウモリの糞尿による黒色化・白色化、そして壁面に塗布されたニス(シェラック、PVAC)の黄色化・暗色化が挙げられますが、効果的な保存修復手法が確立されていないのが現状です。このような課題に対処するために、今回の第5次ミッション(平成22年11月14日~12月4日)では、第2窟壁画を対象とした試験的なクリーニングを実施しました。昨年度までの科学分析およびドキュメンテーションの蓄積をもとに、インド人保存修復専門家と共同で、適切な保存修復方法の検討作業を行いました。
ワークショップの様子
博物館に展示された壁画断片
10月3日から11月2日まで、文化庁委託「文化遺産国際協力拠点交流事業」の一環として「タジキスタン国立古代博物館が所蔵する壁画断片の保存修復」の第9次ミッションを実施しました。前回までのミッションで、壁画断片を支持体に設置(マウント)する方法を検討し、基本方針を確定しました。今回のミッションでは、支持体のさらなる軽量化と作業時間の短縮をめざし、作業工程の一部を見直しました。
また、10月21日から27日まで、同博物館において、ワークショップ「中央アジア出土壁画の保存修復2010」を開催しました。3回目となる今回のワークショップでは、壁画の保存修復作業における最終工程であるマウントをテーマに、中央アジアのカザフスタン、トルクメニスタンから各1名、ロシア国立エルミタージュ博物館壁画修復室から2名、中国敦煌研究院から1名の保存修復専門家が参加しました。また、タジキスタン国立古代博物館の研修生3名も参加しました。 今回のミッションで改良した最新のマウント方法を用い、参加者は、壁画断片を新しい支持体に設置する全工程を体験しました。
第9次ミッション中に、カライ・カフカハI遺跡から出土した壁画断片のうち6点の保存修復処置を完了し、博物館に展示することができました。タジキスタン国立古代博物館の研修生3名は、今回のミッションで、壁画のマウント、壁画表面の欠損部の充填方法を習得し、保存修復処置の全工程を主体的に行うことができるようになりました。本事業の完了後も、研修生たちが保存修復を継続して実施し、タジキスタンの貴重な文化遺産の保存に貢献していくことを願っています。