研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『東文研ニュース』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


和泉流狂言《花子》の記録作成

佐藤友彦師の記録作成

 狂言には和泉流と大蔵流、ふたつの流儀があり、それぞれ演出や台本を異にしています。実は同じ流儀のなかでも伝承が違う場合があり、和泉流では狂言共同社(名古屋)、名古屋在住の野村又三郎家、金沢出身だった野村万蔵・野村万作家の三つの系統があります。無形文化遺産部ではかねてより狂言の演出について調査を進めてきましたが、今回はその一環として狂言共同社の佐藤友彦師に《花子》を謡っていただき、収録を行いました。《花子》は歌謡を中心とした作品で、一定の年齢にならなければ上演を許されない「習い物」です。

鹿児島県の来訪神行事「甑島のトシドン」の調査

子どもと問答するトシドン 座敷の奥は見物人
顔をのぞかせるトシドン

 鹿児島県薩摩川内市の下甑島で、大晦日に行なわれる来訪神行事、トシドンの調査を行ないました。「甑島のトシドン」は1977年に国の重要無形民俗文化財に指定されており、2009年にはユネスコの無形文化遺産の代表リストにも記載されました。
 トシドンは首切れ馬に乗って大晦日の晩に天からやってくるとされ、3~8歳の子どもが家の座敷で家族と共に出迎えます。「おるか、おるかー」という唸るような低い声、鉦の音とともに暗闇から現われ、座敷の端に顔を出して、子どもたちと問答します。子どもの一年間の悪いおこないを叱ったり脅したりする一方、良いおこないを褒め、また歌や踊り、九九など、子どもたちにそれぞれの得意技を披露させて、その出来を褒めます。最後には良い子になるように諭し、年餅と呼ばれる大きな餅を与えて去っていきます。
 小さな子どもにとっては心から恐ろしい体験であり、顔がひきつり泣き出す子どももいますが、問答を無事に終えるとひと仕事やり遂げたようなほっとした表情になります。また、見守る家族も子どもの成長を思ってか、涙ぐむ方がいるのが印象的でした。地元ではトシドンは子どもの教育のための行事と位置づけられていますが、そうした現代社会にとっても理解しやすい意味づけが語られ、共有されることによって、今日まで継承されてきた側面があると言ってよいでしょう。
 ただ、その継承には課題も多いのが現状です。最大の問題は少子化であり、指定された6つの保存団体のうち、今年行ったのは4つのみでした。また、私が随行させてもらった手打本町トシドン保存会でも、数年前までは10数軒の家をまわっていたものが、今年トシドンを受けたのは5軒のみで、そのうち2軒は祖父母の家に里帰りした子どもでした。
 観光との兼ね合いも大きな課題として挙げられます。本町保存会では2009年に無形文化遺産となって以降、研究者等の行事見学を積極的に受け入れるようになったとのことで、今回も私を含めて15人ほどの見物人がいました。トシドンが内外に広く知られ、多くの関心を集めることは地元にとって文化継承の大きなモチベーションとなり、観光資源ともなります。しかし一方、儀礼や神事としての意義や雰囲気をどのように保っていくのか、その両立も今後の大きな課題になるのではないかと感じました。

無形文化遺産保護条約第7回政府間委員会

無形文化遺産保護条約第7回政府間委員会

 無形文化遺産保護条約第7回政府間委員会は、去る12月3日から7日の5日間、パリのユネスコ本部において開催され、東京文化財研究所からは、無形文化遺産部の宮田繁幸、企画情報部の二神葉子の2名が参加しました。本来今回の委員会はグレナダがホスト国となる予定でしたが、財政事情等から8月にホスト返上となり、変則的にパリの本部での開催となりました。さらにユネスコ本体の財政逼迫の影響から、会議文書の限定配布や、第2会場でのビデオストリーミングがなされないなど、ロジスティックの面では少なからぬ不満の声も聞かれました。
 今回の会合では、緊急保護一覧表に4件、代表一覧表に27件の新たな無形文化遺産の記載が、また推奨保護計画として2件の登録が決定されました。日本から代表一覧表に推薦していた「那智の田楽」については、補助機関の事前審査では情報照会の勧告がなされていましたが、委員会で各国から記載基準を十分満たしているとの判断がなされ、無事記載という結論にいたりました。この日本のケースだけでなく、多くの案件が情報照会勧告にもかかわらず記載となったのは、各国1件のルールが実質的に定着し、全体審査件数が絞り込まれたため、比較的丁寧に各案件を委員国が吟味した結果であるとも考えられます。他の議題においても、参加国間で意見対立が目立った昨年の第6回政府間委員会及び6月の締約国総会と比べ、今回は委員国間に鋭い対立はあまりみられず、会議はおおむね協調的な雰囲気に終始しました。またいままであまり案件の提出がなされず、地域間格差の要因であったアフリカ諸国からの推薦も、今回はかなり増加し、条約の発効以来続けてきた同地域でのキャパシティビルディングの成果がようやく形となってきたと評価出来ます。なお日本は、2013年の代表一覧表候補の審査にあたる補助機関のメンバーに今回初めて選ばれました。この機会を捉え、無形文化遺産部としては専門的知見を生かし、補助機関の審査を通じて貢献したいと考えています。

第7回無形文化遺産部公開学術講座

第7回公開学術講座

 12月8日、山口鷺流保存会を招いて公開講座を平成館大講堂で行いました。タイトルは「山口鷺流狂言の伝承を考える―東京文化財研究所無形文化遺産部所蔵記録をめぐって―」です。サブタイトルにあるように、無形文化遺産部は昭和33年、芸能部時代に山口鷺流狂言の記録作成を行っています。歌い手はすでに鬼籍に入り、記録の中には現在では伝承されていない曲も多くあります。それらを視聴・分析をしながら、山口鷺流狂言の将来の伝承について考察し、現在伝承されている《宮城野》と《不毒》を鑑賞しました。鷺流は明治時代に中央では廃絶した流儀なので、東京で上演される機会はほとんどありません。参加者からは意義深かったとの感想が多く寄せられました。

第35回文化財の保存と修復に関する国際研究集会報告書の刊行

第35回文化財の保存と修復に関する国際研究集会報告書

 11月末、第35回文化財の保存と修復に関する国際研究集会報告書『染織技術の伝統と継承―研究と保存修復の現状―』が刊行されました。本研究集会は、2011年9月3日~5日の3日間にわたり、国内外の制作者、修復技術者、学芸員、研究者など様々な立場の専門家を招いて開催しました。報告書では、研究集会で議論された課題をより多くの人と共有し、さらなる議論の深化を図ることを目的に、すべての報告を収録しています。PDF版は無形文化遺産部のホームページでも公開の予定です。

第7回無形民俗文化財研究協議会の開催

研究協議会の様子

 10月26日、第7回無形民俗文化財研究協議会「記憶・記録を伝承する―災害と無形の民俗文化」が開催されました。昨年12月に開催された第 6 回協議会「震災復興と無形文化―現地からの報告と提言」に引き続き、本年も災害と無形民俗文化財をテーマとし、より踏み込んだ議論を行ないました。
 無形の民俗文化財をどのように後世に伝えていくのかは平常時からきわめて重要なテーマのひとつですが、3.11による原発事故や津波によって離散や人口減少を余儀なくされている地域においては、特に差し迫った課題となっています。そこで協議会では、伝承のための手段のひとつである「記録」を取りあげ、震災後、様々な立場から記録に携わってきた5名の発表者と2名のコメンテーターをお招きし、これまでの取り組みや課題、展望についてご報告・討議いただきました。会の中では様々な記録の手法や活用の方法等が提示されたほか、それぞれの立場、働きを繋ぐネットワークの重要性が再確認されました。
 また今回の協議会には、今後大規模災害の発生が予想されている地域からも多くの関係者にご参加いただきました。こうした災害をはじめ、少子高齢化や過疎化など、無形民俗文化財を取り巻く近い将来の危機への備えとして、今何ができるのか、しておくべきかといったことも、今後検討すべき重要なテーマとして残されました。
 なお、協議会の全内容は2013年3月に報告書として刊行する予定です。

明願寺(新潟県上越市牧区)所蔵フィルモン調査

明願寺ご住職の池永文雄氏(右)
フィルモンのポータブル型再生機

 東京文化財研究所では、早稲田大学演劇博物館と共同でフィルモン音帯の調査を行っています。その成果の一部は、すでに2011年3月刊『無形文化遺産研究報告』第5号で公表しています。
http://www.tobunken.go.jp/~geino/pdf/kenkyu_hokoku05/kenkyu_hokoku05Ijima.pdf
 フィルモン音帯とは、戦前の日本で開発された特殊な音声記録媒体(レコード)です。当時、最も一般的に普及していたSPレコードの平均的な録音時間は約3分でした。これに対し、フィルモン音帯は30分以上の演奏でも収録が可能でした。画期的な発明品だったのですが、生産期間が昭和13年(1938)から同15年と非常に短かった上に、専用の再生機を必要としたため、戦後は急速に忘れ去られてしましました。音帯、再生機ともに現存数は決して多くありません。
 発売された音帯の種類は、約120程であっただろうと考えられています。上記報告書の時点で、現存が確認できたのは85種でした。昨年暮れ、新潟県の明願寺(上越市牧区)に多数の音帯が所蔵されているとの情報を得たことから、ご住職の池永文雄氏にご協力を請い、10月に調査を実施しました。その結果、所蔵されていた音帯は49種で、その内の16種がこれまで未発見だったものと確認されました。さらに、現存数が少ないポータブル型の再生機も動態保存されていました。所在確認調査という点からも、大きな進展であったといえます。
 明願寺所蔵の音帯は、浪曲を中心とした大衆演芸が多いところに特色があります。ご住職のお話によると、娯楽の少ない地域(現在でも最寄りのJR高田駅から車で小1時間)のため、明願寺の母屋に有線放送用の施設を作られた前住職の故池永隆勝氏(昭和12年に送信開始)が、長時間録音のフィルモンに注目し、放送用のコンテンツとして、再生機ともども大量に購入したのだそうです。当時の放送施設も、いまなお数多くが保存されていました。地方の郷土文化史を考えてゆく上でも、貴重な資料群の一つであったことになります。

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山口鷺流狂言の調査

お話される小林栄治さん

 今年の12月、無形文化遺産部では山口鷺流狂言をテーマに公開学術講座を開催します。 鷺流は狂言の一流派でしたが、明治維新の混乱期に中央では廃絶しています。山口では、長州藩の狂言役者だった春日庄作が素人に狂言を教えたことで、現在まで伝承が続きました。山口では県の無形文化財に指定し、山口鷺流狂言保存会を結成しています。無形文化遺産部は、芸能部時代の昭和33年(1958)に山口で狂言の録音を行いましたが、現在ではこの記録が一番古い音源資料となっています。
 9月18日、録音資料を携えて山口で調査を行い、保存会の最長老小林栄治さんに昔の伝承についてお話をうかがいました。その成果は、公開講座で披露します。

International Field School Alumni Seminar on Safeguarding Intangible Cultural Heritage in the Asia Pacific タイ王国ランプーン市

国際セミナー参加者

 この国際セミナーは、タイのthe Princess Maha Chakri Sirindhorn Anthropology Centreと日本のアジア太平洋無形文化遺産研究センターの共催で、2012年8月6日~10日に、タイ北部のランプーンで行われ、当研究所から無形文化遺産部の宮田がリソースパーソンとして招聘され参加しました。 セミナーには、タイをはじめ、カンボジア、ヴェトナム、中国、ブータンの各国から、若手の博物館関係者及び人類学研究者が集い、実践事例の発表と討議及び野外学習が実施されました。またリソースパーソンとしては、タイ、イギリス、アメリカ、日本から研究者が参加し、それぞれの発表を行うと共に、討議にも参加しました。参加者は、日頃の博物館等における調査・研究業務を通じて、各地域での無形文化遺産保護活動に具体的に関わっている人が多く、その具体的関心の高さを反映して、非常に活発で有意義な討議が行われました。また第一線の若手専門家の生の声を聞くことが出来たことは、リソースパーソンとして参加した者にも、大きな刺激となりました。このセミナーは、来年度以降も同様の形で継続する予定ですので、無形文化遺産部では、アジア太平洋無形文化遺産センターと連携しつつ積極的に参加し、日本の専門家として貢献していきたいと考えています。

韓国国立文化財研究所との第二次研究交流

狂言師野村万作師へのインタビュー

 昨年11月の調印により、韓国文化財研究所との第2次の研究交流が始まりました。5月に、無形文化財研究室の高桑が韓国で調査を行いましたが、韓国文化財研究所から李明珍研究員が7月に来日し、1ヶ月間、狂言について調査を行いました。
 韓国では、無形文化財のありかたが日本とは異なり、日本のように重要無形文化財と重要無形民俗文化財には分かれていません。芸能に関しては、重要無形民俗文化財に相当するものがほとんどですし、伝承のあるべき姿についての基本的な考え方も異なります。芸能や制度の比較をおこなう際には、その相違をふまえる必要があるのですが、今回は、和泉流の狂言師にインタビューをおこないながら、日本での伝承のあり方について、認識を深めました。

無形文化遺産保護条約第4回締約国総会

無形文化遺産保護条約第4回締約国総会

 無形文化遺産保護条約第4回締約国総会は、去る6月4日から8日まで、パリのユネスコ本部において開催され、東京文化財研究所からは、無形文化遺産部の宮田繁幸が参加しました。今回の会合では、運用指示書の改訂が主要議題であり、今までの総会以上に参加各国の活発な議論が行われました。従来の総会は、政府間委員会の決定を承認するという役割が強く、実質的な議論の場と言うよりは形式的な承認の場といった性格が強かったのですが、今回は政府間委員会に劣らない議論の場となりました。特に激しい議論となったのは、代表一覧表の審査方法に関する議論で、政府間委員会からの勧告で盛り込まれた、審査担当を従来の補助機関から、緊急保護一覧表と同様に専門家により構成される諮問機関へ移すことの是非をめぐって激しい議論が行われました。結果としては、政府間委員会の勧告は修正され、従来の補助機関による審査方式が継続することになりましたが、一方で長らく懸案であった年間の審査件数の制限(シーリング)が正式に運用指示書に記載されるなど、今後の条約実施に大きな影響を与える決定が行われました。
 本来締約国総会は条約上最高意思決定機関であることは変わらないのですが、今回のように政府間委員会の勧告が明確に覆された例はなく、今後条約の運用に課題を残す結果となったともいえます。また地域グループ毎の意見の対立が表面化したことも、今後注視し続けなければならない点でしょう。総会がこのような実質的討議の場として重きを増してきた以上、今後ともその動向把握に注意する必要があると考えます。 

ボルネオ島サラワク洲における削りかけ状祭具の調査

ブラワンの削りかけ
客人歓迎のための装飾
カヤンの削りかけ
焼畑の際に削って立てる

 6月下旬、ボルネオ島サラワク州において日本の「削りかけ」に酷似した木製具の調査を行ないました。削りかけは、日本では小正月に飾る慣習が広く認められるほか、アイヌ民族における最も重要な祭具(イナウ)でもあります。削りかけに酷似する祭具がボルネオでも見られることはこれまでも知られていましたが、専門家による現地調査や比較研究は従来ほとんど行なわれてきませんでした。そこで今回は、アイヌ文化やイナウ研究を専門とする北海道大学アイヌ・先住民研究センターの先生方と共同で、将来的な比較研究のための予備調査を行ないました。
 現地ではいくつかの民族に話を聞く機会を得たほか、製作も見せていただくことができ、その習俗についておおよその概要を知ることができました。民族により、削りかけ状祭具の名称、用途、形態、素材等は少しずつ異なりますが、例えばイバンではBungaiJaraw(bungaiは花を意味する)などと呼ばれ、現在では客人を歓迎するための単なる装飾と捉えられることが一般的のようでした。しかし、かつては首狩り習俗や伝統的な祭りに際して重要な役割を果たすなど、より象徴的、宗教的な意味合いを持たされていた痕跡も見受けられ、さらに踏み込んだ調査が必要と言えます。
 今後もボルネオをはじめとする国外の削りかけ状祭具の調査を進めることで、日本列島における削りかけ習俗や製作技術についての理解を深め、その文化史的、文化財的な位置づけを究明していきたいと考えています。

韓国文化財研究所との研究交流―仏教儀礼の比較研究―

先祖の供養をする僧侶と信徒
燃灯祭りの出し物

 昨年11月の調印により、韓国文化財研究所との第2次の研究交流が始まりました。初年度は、無形文化財研究室の高桑が、仏教儀礼を対象に5月18日から2週間、調査を行いました。
 日本や韓国では仏教は大きな位置を占めていますが、それぞれ固有に展開したことで宗教儀礼や仏教行事のあり方に相違点が少なくありません。韓国では、釈迦の誕生日にあたる旧暦4月8日は祝日ですし、その1週間前には生誕を祝う大がかりな燃灯祭りを行い、海外からも観光客が集まるなど関心を呼んでいます。禅宗系統の曹渓宗が9割近くを占めるなか、朝昼晩に礼仏を欠かさず行う点は日本と共通していましたが、信徒も泊まり込んで礼仏に参加し、僧侶と一緒に祈祷を行う姿には、日本には見られない熱意が感じられました。
 また、日本では、宗教に関わる儀礼は宗教行為とみなされて重要無形文化財に指定されることはありませんが、韓国では太古宗の儀礼「霊山齋」を世界無形遺産に登録するなど、宗教儀礼に対する措置も大きく異なっています。仏教儀礼の比較調査からは、仏教だけにとどまらない日韓の意識のあり方が如実にうかびあがってきます。

東日本大震災の被災地における無形民俗文化財の調査

津波に流され、被災した「うごく七夕」の山車(長砂組)。家々が流されて更地になった場所に卒塔婆を立て、その前に並べてあった(陸前高田市)
野鍛冶の技術によって作られたアワビ鉤。三陸一帯で使われている。自宅兼工場は津波による被災を免れたが、昨年は多くの漁師が被災したためアワビの口開けがなく、鉤も出荷できなかった(陸前高田市)。

 5月中旬、東北沿岸被災地において、無形民俗文化財の被災・復興状況の調査を行いました。東日本大震災より1年以上たった現在も、有形文化財に比べ、無形民俗文化財に対する調査や復興支援は立ち遅れています。もちろん、関連団体や個人の尽力により、被災情報の収集・発信や、支援者と支援される側を繋ぐ活動などが行われており、大きな力となっていますが、活動全体を繋ぐネットワークがないために、支援のニーズが噛み合わなかったり、支援に大きな偏りが出るなど、種々の問題も浮上しています。
 また特に民俗技術に関しては、震災以前から所在の確認すらなされていなかったケースが多く、未だに被災の全容や必要な支援の情報は掴めていません。樹木や土などの自然素材を原材料とする多くの民俗技術は、津波による物理的被害のみならず、原発事故による材料の汚染や風評被害とも対峙していかなければならない状況にあるはずですが、そうした現状も、把握が困難な状況にあります。
 そうした問題の一方、特に祭りや芸能の場合、鎮魂や供養の意味合いが地域の人々によって強く認識されたり、仮設住宅に入ってバラバラとなった地域を繋ぐ重要な絆として作用するなど、これらの文化が持つ力が改めて見出され、見直される例も多く聞かれます。
 無形文化遺産部では被災地域のこうした状況を注視し、情報収集に努めるとともに、被災地支援のため、また今後起こりうる様々な災害に対応するための、新たなネットワーク作りに着手しています。

『震災復興と無形文化―現地からの報告と提言』の刊行

第6回無形民俗文化財研究協議会

 2011年12月16日に「震災復興と無形文化」をテーマに行った第6回無形民俗文化財研究協議会の報告書が3月末に刊行されました。協議会では東日本大震災以降の無形文化に関わる現地の状況や課題を、第一線で活動されている方々にご報告・討議いただきました。本報告書は、できるだけ多くの方に現地の状況を知っていただき、情報と課題を共有するために、その全記録をまとめたものです。報告書は協議会参加者全員に配布したほか、全文のPDF版が無形文化遺産部のホームページからダウンロードできるようになっています。
 なお、無形文化遺産部では今年度も引き続き「震災復興と無形文化」をテーマとして、秋頃に研究協議会を開催する予定です。

『無形文化遺産研究報告』の刊行

『無形文化遺産研究報告』第6号

 『無形文化遺産研究報告』第6号が2012年3月に刊行されました。本号には、無形文化遺産に関わる調査・研究に加え、2011年10月22日に開催した無形文化遺産部主催の公開学術講座『東大寺修二会(お水取り)の記録』、そこで企画されていた対談(東大寺長老の橋本聖圓師と東京文化財研究所名誉研究員の佐藤道子氏によるもの)が載録されています。公開講座当日、会場にお出でいただけた方だけではなく、東大寺修二会、ひいては日本の伝統行事・伝統芸能一般に関心を持たれている方にとっても、興味深い対談内容となっています。
 5月中に、全頁のPDF版を前号までと同様にホームページ上で公開する予定です。

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国際人類学・民族学連合 無形文化遺産委員会 メキシコ合衆国クエルナバカ市

会議の様子

 この委員会は、国際的な学会連合組織である国際人類学・民族学連合に新たに設けられたものです。2012年2月25日、26日にその第1回会合がメキシコのクエルナバカ市にあるCentro Regional de Investigaciones Multidisciplinariasで行われ、日本からは無形文化遺産部の宮田が委員メンバーとして招聘され参加しました。 会議では、専門家の知見を無形文化遺産保護に生かしていくため、どのような貢献ができるかといった観点から、各国参加者による発表及び討議が行われました。日本からは、東京文化財研究所で作成した『無形民俗文化財映像記録作成の手引き』を紹介するとともに、専門家の立場から無形文化遺産保護のいろいろな事業等へのガイドライン作成での貢献を提言しました。無形文化遺産保護条約の運用面でも、専門家の貢献がますます求められつつある状況で、今後も政府機関とは別個のこうした専門家によるアプローチは重要となっていくことでしょう。無形文化遺産部では、こうした意見交換の場には積極的に参加し、日本の専門家としてその知見を発信していきたいと考えています。

講談『難波戦記』の記録作成

一龍斎貞水師による講談の実演

 講談の記録作成が東京文化財研究所で開始されたのは、2002年度のことです(当時の組織名は東京国立文化財研究所芸能部)。その第1回目から、一龍斎貞水師(現在は重要無形文化財「講談」保持者)には、長編の語り物2席(時代物と世話物)の口演をお願いしてきています。これまでに作成してきた貞水師による講談記録で完結しているのは、時代物の『天明七星談』(2006年6月11日より2005年12月26日まで12回)と『千石騒動』(2006年2月9日より2011年11月22日まで23回)、世話物の『緑林五漢禄』(2006年6月11日より2008年2月13日まで20回)です。2012年2月14日から、時代物としては3演目目となる『難波戦記』が始まりました。豊臣一族が徳川家康によって滅ぼされた大阪冬の陣と夏の陣を題材とする語り物です。
 来年度も引き続き、貞水師にご協力いただき、記録作成を実施する予定です(世話物は『文化白浪』が継続中)。

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アルメニア共和国における無形文化遺産の調査

家畜や子どもに掛けて「悪魔の眼」から守る木製お守り
様々な形、大きさのスプーン

 2012年1月、アルメニア共和国において無形の文化に関わる調査を行ないました。文化遺産国際協力センターでは、これまでもコーカサスや西アジア諸国において、主に有形の文化遺産に関わる国際協力事業を行なってきましたが、今回は無形文化遺産部の今石がこれらの地域における無形の文化遺産に関する基礎調査を行ない、今後、無形の文化に関わる国際的な研究交流や協力の可能性について探りました。
  滞在中にはアルメニア歴史博物館や国立民族博物館等を訪問し資料調査を行なうと共に、民族学研究者とも懇談し、研究や文化伝承の現状について調査しました。アルメニアでは旧ソ連時代に多くの“伝統的文化”が失われたと認識されていますが、その断片は今日まで伝承されていたり体験として記憶されており、特にキリスト教と融合・併存しながら生き延びてきた土着的な信仰や慣習には興味深いものがあります。食に関する風俗・慣習や民俗技術はそのひとつで、例えば塩には、関連する様々な慣習や、特徴的な塩入れ容器(女性か鳥を象る)が伝承されており、その文化的重要性が窺われます。また食器のひとつである木製スプーンは、日本における箸と同じく個人所有となっており、家族の一人一人を象徴するほか、ここに家の精霊が宿るという考え方もあったと報告されています。主婦権の象徴ともなり、その他、様々な呪術的な用途にも使われたことは、日本におけるシャモジや箸とも共通します。本格的な調査はこれからですが、現地の研究者とも連携を取りながら、どういった形で調査研究や研究交流を進めていくことが可能なのか、これからも模索していく必要があります。

越天楽今様の復原

 「越天楽」、といえば現在ではもっぱら結婚式場で流れる雅楽曲、あるいは民謡の「黒田節」として親しまれていますが、鎌倉時代にも寺院を中心に親しまれていました。雅楽は元来器楽ですが、越天楽のメロディは日本人の琴線にふれるところが多かったのでしょう。さまざまな歌詞をあてて歌われたのです。これを「越天楽今様」、と呼んでいます。
 能は、室町時代のはじめに世阿弥が大成した演劇ですが、能のなかには、他の芸能を取り込んで見せ場とする作品があります。たとえば、雅楽の楽人の妻を主人公とする「梅枝」では、妻が昔を偲んで舞を舞う前に「越天楽今様」の歌詞を挿入しています。現在では謡のメロディが変化して「越天楽」には聞こえませんが、桃山時代のメロディに直すと、「越天楽」のメロディが浮かび上がってきます。観世流の銕仙会では12月の公演で「梅枝」をとりあげましたが、無形文化遺産部の高桑が協力して「越天楽今様」の古いメロディを復原しました。能の古い演出を研究テーマのひとつとする高桑の研究成果を通して、雅楽と能、ジャンルを越えて音楽が交流していたことが実際の舞台で実証されました。

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