国際研究者フォーラム「無形文化遺産研究の展望―持続可能な社会にむけて」開催報告

国際研究者フォーラムの参加者

 令和元(2019)年12月17日、18日に、国立文化財機構アジア太平洋無形文化遺産研究センター(IRCI)主催と文化庁が主催する国際研究者フォーラム「無形文化遺産研究の展望―持続可能な社会にむけて(Perspectives of Research for Intangible Cultural Heritage: Toward a Sustainable Society)」が本研究所で開催されました。本研究所は共催機関として、本フォーラムの企画から運営まで全面的に協力しました。
 本フォーラムの目的は、無形文化遺産がいかに持続可能な開発目標(SDGs)の達成に貢献できるかを議論することです。SDGsとは、2001年に策定されたミレニアム開発目標(MDGs)の後継として、2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」にて記載された2030年までに持続可能でよりよい世界を目指す国際目標です。17のゴール・169のターゲットから構成され、地球上の「誰一人取り残さない(leave no one behind)」ことを誓っています。 SDGsは発展途上国のみならず、先進国自身が取り組むユニバーサル(普遍的)なものであり、日本としても積極的に取り組んでいるものです。
 本フォーラムでは、とりわけ無形文化遺産と関連があるものとして「開発目標4. すべての人々への、包摂的かつ公正な質の高い教育を提供し、生涯学習の機会を促進する」と「開発目標11. 包摂的で安全かつ強靭(レジリエント)で持続可能な都市及び人間居住を実現する」が取り上げられました。そしてそれに対応する三つのセッションが立てられました。セッション1「まちづくり―無形文化遺産と地域振興(Community Development: ICH and Regional Development)」では、おもに無形文化遺産を通じた地域の文化、社会、経済の振興について議論されました。続くセッション2「まちづくり―環境と無形文化遺産(Community Development: Environment and ICH)」では、おもに無形文化遺産を通じて都市景観や自然環境を守る取り組みについて議論されました。さらにセッション3「人づくりからまちづくりへの提言(Discussion from Education Perspective)」では、上のふたつのセッションの議論を踏まえて、おもに教育の観点から無形文化遺産がどのような貢献が出来るかについて議論されました。最後にこれらのセッションを通したディスカッションがなされました。
 本フォーラムには、国内から10名、アジア太平洋地域から10名の専門家が登壇しました。今回の登壇者の多くは文化遺産や教育に関する専門家でしたが、そのうちの数名は自身が無形文化遺産の伝承者・実践者であったことも注目すべきことでした。そのうち、自身はミクロネシアとグアムとフィリピンにルーツを持ち、現在はミネソタ大学で教鞭をとるヴィンス・ディアス(Vince Diaz)教授の話は印象的なものでした。彼は現在、太平洋地域のカヌー文化の復興に取り組んでいるのですが、「太平洋の先住民にとっては自然と人間は一体のものであり、自然を守るということは人間が人間らしく生きていくことと同じである。カヌーは自然と人間をつなぐもののひとつであり、カヌー文化の復興は自然を守るだけでなく私たちが人間らしさを取り戻していくプロセスでもある」という趣旨の話をされました。伝統的な知識や世界観の中にこそ、SDGsを達成するための知恵があることを示唆しています。
 無形文化遺産は、グローバル化や現代化の波の中で危機に瀕するものが多いことは確かです。しかし一方で、そうした波の中で失われていったものを回復する力の源泉にもなりうるものだと思います。SDGsを通じて、そうした無形文化遺産の積極的な側面に光を当てることになった本フォーラムは意義深いものであり、国際的に発信していく内容のものであったと感じました。

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