大韓民国国立無形遺産院との研究交流(来訪研究員の受入)

宮崎県椎葉村における焼畑の耕作地の見学

 東京文化財研究所無形文化遺産部は平成20(2008)年より大韓民国の国立無形遺産院と研究交流を継続しています。その一環として令和元(2019)年9月17日から10月4日にかけて、国立無形遺産院の姜敬惠氏を来訪研究員として受け入れ、研究交流を行いました。
 今回の研究交流における姜敬惠氏の研究テーマは、日本における無形文化遺産としての農耕に関連した民俗技術の調査、特に焼畑農耕の現状に関するものでした。そこで私たち無形文化遺産部では、姜敬惠氏の現地調査に同行し、その研究の協力を行いました。
 滞在中には国内の二か所で現地調査を行いました。一か所目は静岡県静岡市の井川で、大井川の上流部に位置する山間の地域です。ここではかつて焼畑が盛んにおこなわれていましたが、戦後しばらくするとほとんど衰退し、かろうじて神社の祭礼に用いる粟を栽培するためだけに行われていました。しかし近年、民間の団体が主体となって焼畑を復活させて伝統作物の栽培を振興させようという動きが進んでいます。
 二か所目の調査地は宮崎県椎葉村で、九州中央山地の中に位置する山間の地域です。ここでもかつて焼畑は盛んに行われていましたが、戦後しばらくするとほとんど衰退し、かろうじて一軒の農家だけがその技術を継承してきました。しかしその農家を中心として焼畑を振興する団体が活動を行ってきたのに加え、小学校の体験学習で焼畑が行われたり、近年では新しい焼畑の保存会が立ち上げられたりするなど、盛り上がりを見せています。椎葉村の焼畑農耕技術は、平成24(2012)年に村指定の無形民俗文化財、平成28(2016)年に県指定の無形民俗文化財となっています。これに加え、平成27(2015)年に世界農業遺産「高千穂郷・椎葉山地域」に認定され、その存在は広く知られるようになってきました。
 韓国では、平成28(2016)年に「無形文化財保全および振興に関する法」が施行され、無形文化遺産としての伝統知識に対する関心が高まっており、韓国文化財庁でも平成29(2017)年から令和2(2020)年まで、現在伝承されている農耕に関連した伝統知識を調査しており、基礎資料データの蓄積や文化財指定などに活用しようとしているとのことでした。しかし韓国でも焼畑農耕の技術はすでにほとんど失われており、まだ文化財として指定に至ったものはないとのことでした。
 日本では、椎葉村の焼畑農耕技術が県と市の指定による無形民俗文化財となっていますが、農耕関連技術で国による指定を受けたものはまだひとつもありません。しかし井川や椎葉村で見てきたように、民間の団体がイニシアチブをとって焼畑を振興しようという動きが見られることは注目すべきです。また世界農業遺産のように、従来の文化財とは異なる枠組みを活用することも、今後は重要になってくるかもしれません。
 このように、焼畑をはじめとした伝統的な農耕技術をいかに保存し活用していくかについては、日本も韓国も共通した課題を持っているといえます。今回の共同研究で情報を交換し議論を進めることで、こうした共通の課題を解決するための糸口が見つかれば、意義深いことであると思います。

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