研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


インドネシア・パダンの歴史的町並み復興への協力

歴史地区の登録建造物の現状。健全なもの、修理されているもの、放置されているもの、撤去されフェンスが設置されたもの(左から右へ)。
パダンの地方行政関係機関での協議の様子

 文化庁委託による「インドネシア西スマトラ州パダンにおける歴史的地区文化遺産復興支援(専門家交流)事業」では、2009年9月30日の地震で大被害を受けたパダンを対象に、文化遺産の保護と保存を都市の復興プロセスに組み入れるための支援を行います。2011年2月までの数次にわたって実施する調査・助言活動の第一弾として、10月16日から25日まで、文化遺産建造物を含む町並みの復興状況に関する現地調査を行いました。
 今回の調査では、震災直後の2009年11月に実施した被災状況調査結果をベースに、震災1年後の現況を記録しました。瓦礫の片付けが進み、街の活気は戻ってきていますが、歴史的町並みを構成する建物の復興程度はさまざまです。登録文化財建造物で修理が進んでいるものは依然少なく、未だに震災直後と変わらぬ状況のものや、既に更地と化してしまっているケースもありました。
 現況調査をふまえて行った、州知事をはじめとする現地関係機関との協議では、文化遺産の保護が都市の復興に寄与することや、専門家・行政・住民の連携の重要性について、認識が一致しました。今後も中央政府、州、市の各レベルと協調しながら、現地の専門家との協働を継続していきます。11月には現地で文字文化財保存ワークショップの開催が企画されており、12月および1月には歴史的建造物と町並みについても現地ワークショップを行う予定です。
 調査チームの帰国直後、西スマトラを再び地震と津波が襲いました。パダンでは大きな被害はなかったようですが、文化遺産の保護を通じて都市の復興と安全な住環境の整備に貢献したいという思いを一層強くしたところです。

アジア文化遺産国際会議:東アジア地域の文化遺産―文化遺産保護国際協力活動を通じて我々は何を発見し共有しうるか―

討論の様子
参加者記念撮影

 「東アジア地域の文化遺産―文化遺産保護国際協力活動を通じて我々は何を発見し共有しうるか―」と題して、2010年3月4日-6日、東京文化財研究所を会場としてアジア文化遺産国際会議を開催しました。中国文化遺産研究院、韓国国立文化財研究所、中国敦煌研究院、ユネスコ北京オフィス、ユネスコ・アジア太平洋地区トレーニング研究センター、奈良文化財研究所、東京文化財研究から延べ63名の文化遺産保護の専門家が集まり、国際協力による文化遺産保護活動の現状と将来について話し合いました。研究機関はどのような国際協力を行っていくことができるのか。各研究所で実施されてきた共同研究と事業、相互の人材育成、文化遺産のドキュメンテーションの標準化など、多岐に渡る経験と情報を共有できました。このような場において20時間以上の密な意見交換がくりひろげられることは初めてで、各研究所間の関係を深めることができました。さらには、今後のプロジェクト立案と具体的な成果へつなげるスタートを切ったといえましょう。

拠点交流事業モンゴル:アマルバヤスガラント寺院での建造物修復研修ワークショップ

レクチャーの様子
現場での調査の様子
調査結果を発表し評価する様子

 モンゴルにおける拠点交流事業の一環として、8月18日から29日までの日程で、日本より4名の専門家を派遣し、北部セレンゲ県のアマルバヤスガラント寺院において木造建造物の保存修復に関する研修ワークショップを開催しました。これは、同国における木造建造物の保存修理技術向上を目的として、東京文化財研究所とモンゴル教育・文化・科学省(MECS)とが共同で企画した2009年度ワークショップの第2弾です。
 モンゴル国立科学技術大学建築学科の学生を対象として、保存修理設計に必要な事前調査と計画作成の基本的方法を習得させることが、ワークショップの目的でした。座学ではモンゴルと日本における文化財建造物の修理と調査の方法などについて学び、現場実習では同寺院の伽藍内にある建物の実測等を行いました。80年代の同寺院修復に際してユネスコから派遣された日本の社寺木工技術者も講師に加わり、調査・製図・計画の具体的方法等を実習することができました。
 歴史的木造建造物に実際に触れて調査するのは初めての学生たちでしたが、現場の体験を通じて建物の「見方」が形成されてゆく過程がみてとれました。文化財建造物を専門とする人材が不足するモンゴルにおいて、木造建造物保存の今後を担っていく確かな意欲を感じさせた学生たちに、大いに期待が持たれるところです。

拠点交流事業モンゴル:木造建造物の彩色塗装に関する技術交流ワークショップ

日本の彩色塗装修理の事例紹介
実習:図柄の輪郭を目視で把握する
実習:デジタル顕微鏡を使った顔料の調査

 モンゴルにおける拠点交流事業の一環として、7月20日から29日までの日程で、日本より5名の専門家がモンゴルを訪れ、モンゴル東部にあるヘンティ県のベレーヴェン寺院の復原現場において、木造建造物の彩色塗装に関する技術交流ワークショップを開催しました。これは、モンゴルの現状に即した木造建造物の保存修理の技術の向上を目的として、東京文化財研究所とモンゴル教育・文化・科学省(MECS)と共同で企画したものです。
 ワークショップ前半は、彩色塗装の修理復原計画と実施・伝統的な修理と復原の技法・科学的研究分析についての発表と意見交換をしました。後半は、寺院の古材を用いた分析実習と日本の伝統的な彩色技法についての実習を実施しました。モンゴル側は、国立文化遺産センター(CCH)と歴史的建造物の保存修理を請け負うスードゥール社から、それぞれ彩色塗装担当職員4名が参加しました。両国の現場を担う専門家同士が、活発な意見交換を行い、日本とモンゴルの伝統的な技法と材料に関して、基本原則は共通していることを確認するとともに、相違点も明らかとなり、今後の技術交流において有意義な情報の共有を諮ることができました。
 なお、ワークショップ終了後には、日本側の専門家だけでモンゴル北部セレンゲ県のアマルバヤスガラント寺院に立ち寄り、現存する彩色塗装について科学分析調査を行いました。この調査を通して、分析法や結果についてさらに情報共有を図ることの重要さをはじめ、今後も専門家間の交流を続けたいという認識を参加者が感じることができました。日本の経験と技術がモンゴルの文化遺産保護に貢献できる場がひとつ増えたのではないでしょうか。

世界遺産の管理と保全ワークショップ2009

世界遺産の運営の課題についての視察(平和記念公園)
グループワーク、「世界遺産(模擬)申請書」準備の様子

 国際研修の運営実施についての研究の一環として、2009年4月19日-25日までUNITAR(国連訓練調査研究所)広島オフィス主催の国際研修ワークショップ「平和のための保全 世界遺産の管理と保全に関するシリーズ ―世界遺産インパクトアセスメント―」に参加しました。今年が第6回目の研修には、広島県が資金援助を行い、UNESCO世界遺産センター、ゲティ保存研究所、ICOMOS、IUCN(国際自然保護連合)などが講師を派遣しました。アジア太平洋地域の世界遺産(自然遺産、文化遺産)のマネージメント、行政、研究機関などの関係者を中心に23ケ国から42名が参加しました。
 研修は座学・現地視察・グループワークの3部から構成されています。まず世界遺産(自然遺産・文化遺産)の価値を重視したマネージメントとインパクトアセスメントについての講義を受けた後、広島県所在の世界遺産(原爆ドームと平和記念公園、厳島神社と宮島)の視察を通して、現場の課題を評価しアジア各国の事例に応用・比較する機会を得ました。5つのグループに別れて行ったグループワークは、遺産の価値に対するインパクトアセスメントを重視した世界遺産登録申請書の略式版の作成で、参加者が関係している世界遺産未登録の物件を対象としました。最終日の一般公開ラウンドテーブルでは、ディスカッションを通して参加者と市民が広島の世界遺産の課題について意見を交換しました。
 短い研修期間で最大限の効果をあげるための事前準備の方法、インターラクティヴな講義の進め方、”After Action Review(事後検討会)”という評価方法を盛り込むことの効果など、研修実施運営の方法をはじめ、アジアの世界遺産がもつ課題についても、具体的な情報を得ることができました。

モンゴルにおける拠点交流事業

モンゴル建築家協会会長との情報交換の様子
国立公文書館の科学技術図面資料センターで実測・復原図を閲覧している様子
国立公文書館の科学技術図面資料センターで実測・復原図を閲覧している様子

 モンゴルにおける拠点交流事業の一環として文化遺産国際協力センターより4名が3月9日から13日までウランバートル市を訪れ、石造遺跡の計測・記録作成および建造物修復の技術協力を行うための打ち合わせと情報収集を行いました。来年度の事業の展開については、国立文化遺産センター所長エンフバット氏とヘンティ県の遺跡保護の研修について、モンゴル教育・文化・科学省の博物館・歴史文化財担当主席専門官オユンビレグ氏とは建造物修復研修について、それぞれのカウンターパートとの準備を進めることができました。なかでも、建造物の研修に関連して今回面会したUMA(モンゴル建築家協会)会長とは、モンゴルの文化財建造物の修復における建築家の役割、修理設計方法の確立、修理事業の現状と人材育成の課題、現場の施工と管理、関係資料などについて情報交換を行いました。さらに、国立公文書館の科学技術図面資料センターを訪れたところ、1939年以降の修理関係資料も含めてモンゴルの建築関係資料全てが収められていることに感銘を受けました。また、閲覧できた1980年代作成の古寺院の実測図・復原図からは、日本で行われている調査方法との共通性を見出すことができました。今回、双方の交流を通じた、モンゴルに最適な文化遺産の保護と、この分野に携わる専門家と次世代との育成という、拠点交流事業の目的を達成する道筋が見えた訪問になりました。

第16回ICOMOS総会・国際シンポジウム(カナダ・ケベック)

ケベック旧市街地の修復が終了した地域の見学
ICOMOS総会

 文化遺産保護の国際的な動向についての研究・情報収集活動のひとつとして、9月27日から10月4日までカナダのケベック市において開催された第16回ICOMOS総会に参加しました。世界各地から有形文化遺産の保存に携わる各分野の専門家が集い、日本からは20名ほど(アジア太平洋地域からは2番目)の参加となりました。期間中は総会に加えて、”Finding the Spirit of the Place(場所の精神)”というテーマを掲げ、若手を対象とした国際フォーラム、国際学術委員会(ISC)会議、国際学術シンポジウム、現地視察などが開かれました。若手フォーラム(27-28日)は、今回はじめて行われた新しい試みで、若手研究者が活発な議論を繰り広げました。ISC会議(29日)では23もの専門テーマ会議が設けられましたが、私はその中から、日本がより活発に参加することが望まれている5つの会議に参加しました。9月30日には総会の開会が盛大に行われました。国際シンポジウム(11月1日―2日)ではテーマをめぐり4つのセッションが同時に進行され、ポスターセッションも加えて、世界各地の多様な取り組み事例が紹介されました。3日は7つのグループに分かれてケベックの旧市街地や周辺地域を視察しました。4日の総会と役員選挙の結果、日本人執行委員1名が当選し、また名誉会員1名が承認されました。
 この8日間は、活発な意見交換と貴重なネットワーク作りができ、たいへんに充実した機会となりました。

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