研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


博物館・美術館等保存担当学芸員研修の開催

文化財害虫同定実習の様子

 表題の研修は、資料保存を担う学芸員に、そのための基本知識や技術を伝える目的で昭和59年以来毎年行っているものです。今年度は、7月13日より2週間の日程で行い、全国から32名の参加者を得ました。
 本研修のカリキュラムは、温湿度や空気環境、生物被害防止などの施設環境管理、および資料の種類ごとの劣化要因と様態、その防止の2本の大きな柱より成り立っており、研究所内外の専門家が講義や実習を担当しました。博物館の環境調査を現場で体験する「ケーススタディ」は埼玉県立さきたま史跡の博物館をお借りして行い、参加者が8つのグループに分かれて、それぞれが設定したテーマに沿って調査し、後日その結果を発表しました。
 今回の研修は32回目となり、初期の方々との代替わりも進んでいます。また、特に公立博物館の多くが改修や設備更新の時期を迎えている現在において、資料保存の理念や方法が適切に継承されるよう、本研修を今後も充実させていきたいと考えています。

「水銀に関する水俣条約」勉強会

 平成27年6月9日、東京国立博物館小講堂において、「水銀に関する水俣条約」についての勉強会を行いました。「水銀に関する水俣条約」とは、水銀が人の健康や環境に与えるリスクを低減するための包括的な規制を定める条約で、平成25(2013)年10月、熊本県で開催された外交会議で、採択・署名されたものです。その内容には水銀使用の制限や水銀添加製品の製造、輸出入禁止を含み、文化財保存分野にも影響があります。そこで東京国立博物館、京都国立博物館、奈良国立博物館、奈良文化財研究所など、多種多様な専門分野を背景に持つ保存修復科学センター連携分担者や文化庁の担当者、美術学芸課からの参加者とともに、水俣条約の内容とそのインパクトについて検討しました。
 水銀利用の文化財材料・技法としては、鍍金技法や絵画材料としての辰砂、ダゲレオタイプ写真の複製など、修理や復元にできる限り影響を及ぼさないよう、今後の規制の方向を注視し、必要なタイミングで意見を述べるよう行動することで一致しました。また、水銀灯、蛍光灯の製造中止が迫る中、LED照明の利用や線質評価について意見交換していくこととなりました。自然史標本や学術標本、近代の水銀使用産業機器や発掘現場の廃土処理など、さまざまな視点で問題点が抽出でき、専門性の広さを実感した勉強会でした。

ポール・ウィットモア氏によるマイクロフェイディングのデモンストレーション

マイクロフェイディング装置のデモンストレーション

 平成27(2015)年6月4日、イエール大学(アメリカ合衆国)教授・文化遺産保存センター長のポール・ウィットモア氏が当所を来訪し、微小領域で退色を計測できる最先端の分光器(マイクロフェイディング)のデモンストレーションをおこないました。マイクロフェイディングは日本ではまだ紹介されたことがない最先端技術で、保存修復科学センターの研究員等、東京芸術大学大学院の教員・院生とともに、目的、機器の構成やアメリカでの応用事例などの紹介がありました。直径0.3mmに絞った高輝度のキセノンランプ光をファイバーで照射し、退色の経時変化を把握する手法は、実際の展示物の中でどの色が光照射に弱いのかを判断するために用いられるとのことです。材料同定し耐光性を判断して照射時間の制限をする従来の方法とは逆の発想で、まだ応用例は少ないものの、今後の広がる可能性を秘めた手法であると思いました。当所で作成した染織布(紅:カルミン酸、黄:クルクミン、青:インジゴ)について、色差が33になるまで退色試験を実施しましたが、目視でも実体顕微鏡下でも退色スポットを見つけることはできませんでした。(参加者:外部から8名)

伊豆の長八美術館での鏝絵と塑像の構造調査

伊豆の長八美術館での調査風景

 文化財の材料や構造の科学的な調査では、非破壊・非接触を前提とした手法を要求されることが多いので、エックス線を用いた調査方法が重要な役割を担ってきました。エックス線を用いた調査手法のひとつであるエックス線透過撮影では、物質の密度や厚みの違いによるエックス線透過度の違いを利用して、目視では確認することのできない内部構造や材料の重なりを、非破壊・非接触で調査することができます。
 今回調査を行ったのは、幕末から明治前半にかけて活躍をした鏝絵師・伊豆長八の作品です。左官が壁を塗る時に使う鏝を用いて漆喰で描く鏝絵や塑像の作品を伊豆長八は数多く残しています。これらの作品の製作技法を調べるために、2015年5月19日と20日に伊豆の長八美術館(静岡県賀茂郡松崎町)の2階にて、エックス線透過撮影による内部構造の調査を実施しました。その結果、額縁のついた鏝絵作品である装額の層構造、塑像の内部構造と製作技法などが明らかになりました。

宮内庁三の丸尚蔵館との共同調査研究

宮内庁三の丸尚蔵館所蔵作品の共同調査の様子

 東京文化財研究所と宮内庁は、平成27年3月30日付けで「宮内庁三の丸尚蔵館所蔵作品の共同調査研究に関する協定書」を締結しました。これは、宮内庁三の丸尚蔵館所蔵作品のうち、今後の修理対象となる作品、あるいは美術史上重要な作品について、材料の分析調査や高精細画像撮影調査等を行い、作品の素材あるいはその使用方法等について解明することを目的としています。
 この協定書に基づき、平成27年4月6日~15日にかけて第一回目の共同調査が宮内庁三の丸尚蔵館において実施されました。絵画資料3作品について、企画情報部・城野誠治による高精細画像撮影、および保存修復科学センター・早川泰弘による蛍光エックス線分析が実施されました。
 共同調査研究期間は平成32年3月までの5か年を予定しており、年2~3回の調査が実施される見込みです。

石﨑武志 前東京文化財研究所副所長 講演会開催

講演会の様子

 石﨑武志 前東京文化財研究所副所長は、平成26(2014)年9月末日で退職され、東北芸術工科大学文化財保存修復研究センター教授として研究活動を続けておられます。一区切りとして研究成果について、標記講演会「文化財を取り巻く環境と保存-特に水に関わる諸問題について-」(平成27(2015)年3月6日(金)、地下1階セミナー室)を開催いたしました。
 ご専門の土壌物理を基に、土中水分が凍結してアイスレンズができる仕組みや移動する様子をわかりやすく解説いただきました。また、石材への雨水の浸透を水分熱移動解析で研究しアユタヤの石仏の風化原因の解明に生かした事例や高松塚古墳解体時の低温制御の方法など、土壌・レンガ・土壁等、多孔質材料中の水分移動に注目して、歴史的建造物、土蔵、石造物、露出遺構の保存に研究成果を応用されたことをお話しいただきました。文化財保護分野の研究者の数は少ないので、研究を進めるには大学等他の研究機関との共同研究を組むのも良い手段である、との言葉が印象的でした。
 ご退職後、当研究所名誉研究員・保存修復科学センター客員研究員として研究にご協力いただいています。(外部からの参加者:53名)

文化財の保存環境に関する研究会「文化財の保存環境の制御と予測」

研究会の様子

 文化財の保存を考える上で、温湿度、光、空気質等の保存環境を適切に保つことが重要です。そして、空気調和設備の技術的な発展に伴い、展示・収蔵施設における温湿度環境は著しく向上されてきました。一方で、作品の貸し借りや移動に伴う環境の変化や省エネ等の観点から、文化財を保存するための温湿度条件に関する議論が国内のみならず世界的にも再び高まりつつあります。
 保存修復科学センターでは、文化財を取り巻く温湿度環境が文化財へ与える影響、温湿度環境の予測や制御に関する研究を行っています。2015年2月9日に開催した研究会「文化財の保存環境の制御と予測」では、保存科学の研究者(間渕創氏(三重県総合博物館)、古田嶋智子氏(東京藝術大学))や建築分野の専門家(権藤尚氏(鹿島技術研究所)、北原博幸氏(トータルシステム研究所)、安福勝氏(近畿大学))をお招きし、文化財の展示・収蔵施設における空調設備を用いた温湿度制御の事例、新しい設備を開発し導入した事例、展示ケース内における温湿度や空気質を調査した事例、コンピューターシミュレーションを用いた温湿度環境の予測及び実測値との比較等の事例を通じて、文化財の保存環境に関する最新情報の共有とディスカッションを行いました(参加者:29名)。

第28回近代の文化遺産の保存修復に関する研究会「洋紙の保存と修復」

研究会の様子

 保存修復科学センター近代文化遺産研究室では、11月21日(金)に当研究所セミナー室において「洋紙の保存と修復」を開催しました。当日は、元国立国会図書館副館長、現学習院大学非常勤講師をされておられる安江明夫氏、(株)プリザベーションテクノロジーズジャパン専務取締役横島文夫氏、(株)修護の主任技師小笠原温氏、メキシコ国立公文書館修復部門責任者アレハンドラ・オドア・チャベス氏、カナダ国立図書館公文書館紙美術品、地図文書修復部門主任アン・メイヒュー氏の5氏をお招きし、ご講演いただきました。安江氏からはアーカイブの視点から資料保存の取り組みに関する変遷等のお話を頂きました。横島氏からは大量脱酸処理に関するお話を伺いました。小笠原氏からは、現在携わっておられるノートの修復に関して問題点等を紹介頂きました。アレハンドラ・オドア・チャベス氏からは没食子インクによる劣化の状態と対処の方法についてのお話を頂きました。アン・メイヒュー氏からは酸性紙や没食子インクに対する処置に加えて、ゲランガムと呼ばれる材料を使った修復手法のご紹介が有りました。皆様それぞれ実践を踏まえたお話であっただけに説得力が有り聴衆の方々も熱心に耳を傾けていました。当日は予想したよりも多くの129名に上る方々がご参加下さり熱気に満ちた研究会となりました。

徳島大学附属図書館所蔵「伊能図」の彩色材料調査

伊能図の彩色材料調査風景

 徳島大学附属図書館が所蔵する、伊能忠敬(1745-1811)による実測地図(以下「伊能図」)の本格的な学術調査を目的とする「徳島大学附属図書館伊能図検証プロジェクト」(統括:福井義浩・同館長)の一環として、彩色材料の科学調査を平成26年11月25日より4日間、同館にて行いました。伊能図は、国内では初の精密な科学的測量に基づいた地図であるとともに、地形や山河、建物等が絵画的に描写、彩色されており、近世絵図としての特徴も有しています。調査では、非接触分析手法である蛍光X線法と可視反射分光スペクトル法によって、使用されている顔料や染料の同定に関わるデータを取得しました。現在、データの解析を進めています。
 今回、調査対象とした「沿海地図」(3枚)、「豊後国沿海地図」(3枚)、「大日本沿海図稿」(4枚)はいずれも1800年から1816年の間に行われた測量に基いて作成された地図であり、それ自体の資料価値とともに、伊能図の最終版である「大日本沿海輿地全図」に至る過程を知る上でも非常に貴重です。プロジェクトでは彩色材料調査と併せて、使われた紙質や、測量図としての技術調査なども行われています。今後、これらの成果によって、伊能図の成立に関する重要な知見が得られると期待しています。

修復材料の適用に関する調査研究

厳島神社における試験施工

 保存修復科学センターでは、文化財の修復材料に関する調査研究を行っています。修復材料は、建造物や美術工芸品など多岐にわたる分野で様々なものが必要とされており、それぞれに対応する材料の開発や評価をします。
 厳島神社でも、大鳥居の修復材料について調査研究を継続してきています。厳島神社は、海上にあるため、苛酷な温湿度環境に置かれ、かつ風雨に直接曝され、塩類の影響も勘案しなくてはならないなど、修復材料の選定には厳しい条件が必要となります。また、潮の満ち引きなどもあるため、施工時間も限定されます。修復材料の選定は、実験室における様々な条件の劣化促進試験と、現地における曝露試験との平行で行われています。
 昨年度までの研究調査において、充填材の仕様が確定し、その表面仕上げ材について現在検討中です。10月22日と23日に今までの成果をもとに、一部の材料の試験施工を行いました。今後は、経過観察を行いつつ、適切な材料選択が可能になるよう調査を継続する予定です。

「博物館・美術館等保存担当学芸員研修」の開催

殺虫処置実習の様子

 表題の研修は、資料保存を担う方々が、そのための基本知識や技術を学ぶことを趣旨として、昭和59年以来毎年、東京文化財研究所で行っているものです。今年度は、7月14日より2週間の日程で行い、全国から31名の資料保存を担う学芸員や文化財行政担当者が参加しました。
 2週間の間に、温湿度や空気環境、生物被害防止といった資料保存環境の重要事項、また、資料の種類ごとの劣化原因と対策、さらに今回は、災害対応として、水損や放射性物質汚染に関する内容を研究所内外の専門家がそれぞれ担当し、講義や実習を行いました。博物館の環境調査を現場で体験する「ケーススタディ」は清瀬市郷土博物館のご厚意により、同館で行いました。参加者が8つのグループに分かれて、それぞれが設定したテーマに沿って調査し、後日その結果を発表しました。
 参加者のほとんどは、現場での長い実務経験があり、それぞれに資料保存において解決すべき施設や設備上の問題意識を持っています。本研修は、学術的観点からの資料保存に重きを置いているため、その理想と現実とのギャップに戸惑う参加者も多く、そのために講義ごとに非常に多くの質問や相談が寄せられます。まさに、そのギャップを認識し、博物館の第1の使命である資料保存のために、現状をスタート地点として何をすべきかを考えて頂くことが本意であり、研修後も参加者とのつながりをしっかりと維持して、相談や助言に応じていきたいと考えています。
 例年、本研修の受講者募集と応募は、都道府県教育委員会の担当部署を通じて行っており、次回の開催通知は平成27年2月頃より、配布予定です。

日韓共同研究―文化財における環境汚染の影響と修復技術の開発研究―2014年度研究報告会

2014年度研究報告会(大韓民国・国立文化財研究所)

 保存修復科学センターは大韓民国・国立文化財研究所保存科学研究室と覚書を交わし、「日韓共同研究―文化財における環境汚染の影響と修復技術の開発研究」を共同で進めています。詳細には、屋外にある石造文化財を対象にお互いの国のフィールドで共同調査を行うとともに、年1回の研究報告会を相互に開催し、それぞれの成果の共有に努めています。
 今年度は韓国側が担当であったため、5月27日に保存科学センター講堂にて研究報告会が開催され、保存修復科学センターからは岡田、朽津、森井が参加しました。会場が満席になるほど関心を集めたなか、研究報告会では日韓共同研究の担当者および協力関係にある大学教授から石造文化財に関する発表をそれぞれ行い、会場から多くの質問およびコメントをいただくなど、活発な議論が行われました。なお、今年度は横穴墓を対象に、今後共同調査を行う予定です。

東京藝術大学大学院との協力-新学年を迎えて

水浸した紙の取り扱い実習風景

 平成7年4月から東京藝術大学大学院に協力して、文化財保存学専攻にシステム保存学連携講座を開設し、当所研究員6名が保存環境や修復材料に関する授業を行い、大学院教育に従事しています。新学年を迎えて、文化財保存学専攻に修士1年21名、博士1年9名が入学しました。システム保存学講座も新たに修復材料学教室に修士1年生(指導教員:早川典子連携准教授)を1名受け入れ、保存環境学教室に在籍する修士2年生(指導教員:佐野千絵連携教授)1名と合わせて、2名の学生の論文指導を行っています。当所研究員の研究範囲は多岐にわたるため、大学院の既存講座ではカバーできない保存科学の広範囲の研究者を育てることができる点がこの連携大学院の魅力で、他の講座の学生も質問にやってきます。また教員にあたる所員にとっても、学生の疑問や興味を通して未解決な課題を見つける機会となり、更なる研究の発展が期待できます。新しい分野に飛び込んできた学生たちと、充実した1年がまた始まります。

福島県旧警戒区域から救出された文化財の保管環境調査と放射線対策の実施

放射線汚染物質の除塵清掃実験
放射線量計測方法の講習

 福島第一原子力発電所事故により、周辺環境が放射性物質で汚染された双葉郡双葉町・大熊町・富岡町の資料館から救出された文化財は、最終的には福島県文化財センター白河館「まほろん」の仮保管庫内で保管されています。
 保存修復科学センターでは「まほろん」学芸員に協力して、これらの保管環境の整備を目指す調査を継続しています。3月25-26日には温湿度調査に加え、一部の救出文化財について表面汚染密度計測を行い、ほとんどの資料は放射線物質による汚染がないことを確認しました。わずかに高い数値を示す資料については、包装袋の取り換えやミュージアムクリーナーを使用した除塵清掃を実施し、前・後の放射線量の計測結果から、その効果を検証しました。さらに救出文化財の管理にあたる学芸員には表面汚染の計測方法の講習を実施して手順を習得してもらいました。「まほろん」ではこれから順次、すべての救出文化財についての計測記録を行っていく予定です。

文化財の放射線対策に関する研究会

研究会の様子①
研究会の様子②

 平成23年3月東日本大震災に伴って起こった東京電力福島第一原子力発電所事故により多量の放射性物質が排出され、文化財の被災が懸念される事態となりました。文化財保護の観点から、福島県の文化財施設や文化財の放射線被害の現状把握、計測手法の確立、文化財の移動の基準、除染方法等を検討するため、東京文化財研究所は、独立行政法人文化財機構、独立行政法人国立美術館、全国美術館会議、福島県教育庁、福島県内文化施設とともに、平成24~25年度の2か年をかけて「文化財の放射線対策に関する調査研究」を進めました。その総括報告会として2014年2月12日に標記の研究会を開催しました。
 当日は、まず研究リーダーである石崎武志副所長が主旨説明を行い、桧垣正吾先生(東京大学)から放射線に関する講義がありました。続けて伊藤匡氏(福島県立美術館)からは経緯について貴重なお話をうかがうことができました。その後、ワーキンググループの活動報告を当センターの佐野千絵・北野信彦が行いました(外部からの参加者 36名)。
 研究会の配布資料の一部、『博物館美術館等のリスクマネージメント-放射性物質に汚染された塵埃への対応を中心に-(20140210案)』、『文化財の除染に対する基本的考え方(20140210案)』については、ホームページで公開しております。ぜひご覧ください。

「文化財の保存環境に関する研究会」の開催

保存環境研究会

 保存修復科学センターの研究プロジェクト「文化財の保存環境の研究」は3年目をむかえ、平成26年1月27日(月)にこれまでの研究成果をもとに研究会を開催しました。研究会では、「濃度予測と空気環境清浄化技術の評価」をテーマとした文化財収蔵空間で使用可能な材料を選択するための試験法の試案、内装材料における放散ガス試験データを元に実施した濃度予測による空気環境制御の事例、そして博物館の省エネ化で温度設定を上げた時の汚染ガス濃度の上昇と濃度低減のためのさまざまな低減化手法について解説しました。新築・改修・増築、展示台の新造、ディスプレイ材料の選択など、実際の課題や問題意識を持った参加者が多く、換気の方法、材料の選定、具体的な対処方法、汚染ガスの計測方法や汚染源の特定方法などについて、活発な質問が寄せられました。また製品を選定するための規格の設定や、空気清浄化マニュアルの制作に取り組んだらどうか、などの提案もありました(外部からの参加者 93名)。

第18回資料保存地域研修の実施

研修風景1
研修風景2
山梨県立博物館の保存環境管理体制に関する館内見学

 山梨県内の博物館・資料館等において資料保存に携わる方々を対象に、保存の基礎的な知識を伝えることを目的として、山梨県立博物館を会場に研修を実施しました。今回は、12月11、12日の2日間、「ミュージアム甲斐・ネットワーク」との共催による研修会であり、同県内から41名の参加を得ました。
 まず総論として “保存環境概論・佐野千絵・保存科学研究室長”が資料保存の基本理念、最近の動向などを取り上げました。引き続き、各論として “温湿度”、“光と照明”(吉田直人・主任研究員)、“空気環境”(佐野室長)、“生物被害管理”(佐藤嘉則・生物科学研究室研究員)を、さらに “民俗、考古資料の取り扱いに関する実践的な対応方法”(北野信彦・伝統技術研究室長)と題する講義を行いました。これは、今回の研修では、民俗や考古資料を主に所蔵し、決して管理のための設備や体制が十分とは言えない小規模施設からの参加者が多いことを勘案してのものでした。
 すべての講義が終了した後、山梨県立博物館のご厚意により、展示室やバックヤードの見学を行い、同博物館での管理体制等について、沓名貴彦学芸員より詳しく説明頂きました。沓名氏には、本研修の実現にも多大な尽力を頂きました。
 研修後のアンケートでは、有意義だったという回答とともに、施設の実情に沿った対応方法を知りたいというコメントが多く寄せられました。このような声に応えるために、私達は研修後の参加者とのコミュニケーションを大事にしたいと考えております。

日光東照宮陽明門の外壁側板絵画の保存に関する調査

陽明門壁板絵画の現地調査
X線透過写真撮影装置の設置

 保存修復科学センターでは、「文化財における伝統技術及び材料に関する調査研究」プロジェクトの一環として、現在、東照宮陽明門の塗装彩色修理に伴う調査を行っています。陽明門の東西側壁板には、現在、寛政8年(1796)に作成された「大羽目板牡丹浮彫」が取り付けられていますが、文献史料によると、元禄元年(1688)や宝暦3年(1753)など、それより古い年代に「唐油蒔絵」と呼ばれる技法で描かれた絵画が存在していました。昭和46年の塗装彩色修理では、このうちの東側壁が取り外され、宝暦3年(1753)作成と思われる「岩笹梅の立木 錦花鳥三羽」の絵画が見つかり、当時の保存科学部が調査を行いました。また西側壁板の下にも「大和松岩笹 巣籠鶴」の絵画が描かれていたことが当時のX線透過写真撮影でわかりましたが、上の壁板を取り外さなかったため、実物を見ることはできませんでした。今回、上の西側壁板を塗装修理するために取り外したところ、218年ぶりにこの絵画の存在が確認されました。しかし、変色や剥落などの劣化が著しいため、当センターでは日光東照宮と日光社寺文化財保存会に協力して、これを防止するための材質や劣化の調査、さらには絵画史研究者も参加してこの絵の下にあるとされる古い年代の絵画痕跡を確認するためのX線透過写真撮影などを実施しています(写真1,2)。この成果を、寛永13年(1636)の造営以来、日光東照宮陽明門を荘厳してきた塗装彩色の実態の解明や、今後、これらを少しでも良い状態で保守管理するために役立てたいと考えています。

「博物館・美術館等保存担当学芸員研修」の開催

害虫の脱酸素処理実習の様子

 表題の研修を7月8日より2週間の日程で開催し、全国から30名の学芸員や行政担当者が参加しました。本研修は、講義と実習を通して資料保存に必要な基本知識と方法論を学ぶことを主眼とし、(1)自然科学的基礎に立脚した資料管理と保存環境に関する項目、(2)文化財の種類ごとの劣化要因とその防止対策に関する項目の2つの柱から成るカリキュラム構成で実施しました。
 保存環境実習を実地で応用する「ケーススタディ」は新宿区立新宿歴史博物館のご厚意により、同館で行いました。参加者が8つのグループに分かれて、それぞれが設定した展示室、収蔵庫の温湿度分布、外光の影響、また生物被害管理などの実地調査と評価を行い、後日その結果を発表しました。
 また今回は、東京国立博物館保存修復課の協力を得て、文化財施設における省エネ問題をテーマにしたグループディスカッションを行いました。
 昭和59年度に開始した本研修は今回で30回目となり、通算の受講者は700名を超えました。初期に受講され、資料保存の第一線で尽力された方々からの世代交代が進みつつあります。これから次世代に保存の任務が継承されていく中で、東文研が負うべき役割とはということを意識しながら、これからの研修のあり方も見定めていきたいと考えています。

ドイツ及びポーランドの近代文化遺産の保存状態に関する現地調査について

露天掘りで石炭を採掘しながら掘り出した跡を埋めて行くための全長500mを超える長大な鉄構造物。(トランスポーターブリッジF60)
ドイツ軍により爆破されたガス室と焼却施設。爆破当時のままの状態で保存されている。(アウシュビッツ/国立オフィシエンチム博物館)

 近代文化遺産研究室は、5月24日(金)から6月4日(火)まで、ドイツ及びポーランドにおいて近代文化遺産に関係する7カ所の世界遺産及び世界遺産候補を含む地域、鉄道や産業遺産の保存・修復に関する現地調査を実施しました。ドイツでは、世界遺産に登録されているベルリンのモダニズム集合住宅群、登録抹消されたドレスデンとエルベ川渓谷、登録を目指すベルリン・エレクトロポリス(重電産業発祥地)やフライブルグ地方の炭坑と景観、また、長さが500mを超える長大なトランスポーターブリッジ「F60」(石炭の露天掘りに使用)、エルベ川を航行する蒸気外輪船や蒸気機関車を運行している保存鉄道等の調査を行いました。それぞれ特徴があり、工夫を凝らした手法を用いて保存活用されていました。ベルリンの集合住宅は、見た目は地味ですが、居住者と管理者が一体となって文化財である建物を守って行こうとしている事がよく分かりました。ポーランドでは世界遺産であるクラクフの旧市街及びアウシュビッツ強制収容所(国立オフィシエンチム博物館)を調査しました。アウシュビッツは、その歴史的特殊性から博物館として保存する事自体も議論の対象となったようですが、現在では多くの人々が訪れています。公開施設の中で、ドイツ軍が撤退時に爆破して逃げたガス室と焼却施設について、現状のまま保存されていますが、煉瓦造モルタル塗りであり保存手法が問題となっています。これは広島の原爆ドームも似たような状況であり、情報共有する事でお互いにとって有益ではないかと感じました。

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