博物館・美術館等保存担当学芸員研修

今回で28回目となる表題の研修を、7月11日から22日まで開催しました(参加者27名)。本研修は主に自然科学的視点から、保存環境や資料の劣化防止に関する基礎的な知識や技術を学んでいただくことを目的としており、研究所内外の専門家が講義や実習を担当しています。また、保存環境調査を実地で行う「ケーススタディ」を毎回行っており、今回は、八千代市立郷土博物館のご厚意により、会場としてお借りしました。参加者がグループ毎にテーマを設定したうえで環境調査を行い、その結果を発表し、質疑応答などを行いました。
また今回は、カリキュラムに激甚災害への備えに関する講義、また水損被害を受けた写真や紙資料の応急処置に関する実習や実演などを取り入れました。今回は残念ながら、先の東日本大震災で特に甚大な被害を受けた東北地方などからのご応募はありませんでしたが、参加された全国からの方々にとっても決して他人事ではなく、被災した地域を思いながら、また将来起こるかもしれない大災害に備えるためにも真剣に学んでおられました。
保存担当学芸員フォローアップ研修の開催

保存担当学芸員研修修了者を対象に、保存環境に関する最新の知見等を伝えるこ とを目的とした表題の研修会を6月27日に行いました。今回は副題を「今後の生物被害対策のあり方」とし、下記の3つについて講義を行いました。
- 生物被害発生時の対応(佐野千絵・保存科学研究室長)
- 文化財虫害研究所における薬剤認定について(三浦定俊・客員研究員、公益財団法人文化財虫害研究所理事長)
- 巡回展などでの生物被害対応の流れについて(木川りか・生物科学研究室長)
さらに今回は、東日本大震災にともなう文化財資料の津波等による甚大な被害が発生している現状に鑑み、木川が「被災文化財レスキューにおける初期対応について」という題目で講義を行ったのち、水損被害を受けた紙資料の初期対応のひとつである「スクゥエルチ法」のデモンストレーションを行い、参加者にご覧いただきました。
今回の参加者は88名でした。これは30年近く行っている保存担当学芸員研修修了者の15%近くがお越しくださったことになります。これだけの方に参加していただいていることを嬉しく思うとともに、今後も充実した内容を提供すべく、我々も研鑽を積まなければと実感した次第です。
被災文化財レスキュー事業 情報共有研究会報告


東北地方太平洋沖地震文化財等救援事業(文化財レスキュー事業)の発足を受け、東京文化財研究所では、文化庁ほか関係機構、関係団体等と連携をとりながら、東京での事務局設置場所として後方支援を行うこととなりました。被災した文化財レスキューでは、いろいろな想定されるケースについての応急処置の具体的なフロー(マニュアル)の整備が急務となります。とくに津波などの被害に遭った水損文化財の場合、水濡れ、塩による被害もさることながら、その後のカビなど微生物による生物劣化による被害が大きいため、これをできるだけ抑え、かつその後のより良い修復につなげていくには現地で使用できる材料、インフラを用いてどのような対応が考えられるのか、作業の方法についていくつかの方向性を探り、救援にかかわる関係者、関係諸機関・諸団体と情報を共有し、現場へ提供していきたいと考えております。この第一歩として、平成23年5月10日、「被災文化財救済の初期対応の選択肢を広げる -生物劣化を極力抑え、かつ後の修復に備えるために」というテーマで、東京文化財研究所にて標記の会を開催いたしました。
今回は、スマトラ沖地震のときに現地の被災文化財の救援活動に積極的に関わられた坂本勇氏、海水に浸水した紙等のカビの発生度合について調査された江前敏晴氏、近年、ヨーロッパでの洪水時の被災文化財の救援法として採用されたスクウェルチ法について調査された谷村博美氏から話題提供をいただき、さまざまな分野の専門家の先生をコメンテーターにお招きして、材質ごとの初期対応についてメモとともにご意見をいただきました。また、スクウェルチ法のデモや、水や塩水に浸水した絵画などのサンプルも展示致しました。協力いただきました先生方や、終始、熱心な議論にご参加くださいました161名の参加者の方々に感謝申し上げ、このような情報が少しでもレスキューの現場でお役にたてることを心より願っております。なお、当日の資料は東京文化財研究所HPにて5月17日より公開されております。
http://www.tobunken.go.jp/~hozon/rescue/rescue20110510.html
『保存科学』50号のインターネット公開

『保存科学』は主に自然科学的見地に立脚した、文化財保存に関わる当研究所の調査や研究成果を公表する目的で発行されている紀要です。当誌は昭和39年の発刊以来、着実に発行を重ね、本年3月末に第50号を公表するに至りました。当誌の歴史は、まさに国内における“保存科学”の歴史そのものであると自負しております。なにしろ、発刊当時は文化財保存に自然科学の手法を導入するという考え方そのものが定着しておらず、従って“保存科学”という言葉も全くと言っていいほど世間に認知されておりませんでした。現在、この言葉が広く知られるようになったのは、先輩方の絶え間ない努力と苦労によるものであり、我々はそれを引き継いで、これからも“保存科学”が社会にとって有益な学問であるために尽力しなければと思っている次第です。『保存科学』は印刷部数が限られているため、冊子体では関係機関などへの配布のみとなっていますが、幅広く接していただくために、第1号からの全ての掲載記事をPDF版としてインターネット上で公開しております。第50号についても先日より公開を始めました。ご関心のある方は是非アクセスし(http://www.tobunken.go.jp/~hozon/hozon_pdf.html)、我々の活動の一端に触れていただくことを切望いたします。
「博物館資料保存論対策講座」の開催

平成24年度より、大学の学芸員養成課程において「博物館資料保存論」が2単位の必修科目になります。これは、学芸員を目指す学生に、自然科学的基礎をベースとした資料保存に関する知識を求めることを意味します。しかし、同課程を持つ大学や短大は、現在300を超える一方、この科目に即応出来るだけの専門性を有する人材は限られているのが現状です。そのため、専門外の教員が担当することになり、講義の構成や内容づくりに戸惑うケースが続出するのではと我々は考えました。そこで、開講に向けた準備に役立てていただくことを目的とし、3月8日から3日間、表題の講座を開催し、同科目の担当ことが決定した方を対象に、特に保存環境に関連する15コマの講義を行い、必須となる内容についての情報を提供しました。講座には、大学教員や非常勤での担当を行う学芸員など、全国から81名が参加しました。今回はじめて、このような講座を開いたことで、参加者からは好評をいただいた一方、多くの方が持っている戸惑いを我々は強く感じました。これまで、このような方々との関係は決して密なものではありませんでしたが、これからは保存環境を研究する部門として、積極的に関わっていかなくてはならないと実感しました。
フランス、スイス及びドイツの近代文化遺産の保存状態に関する現地調査について




保存修復科学センターでは、3月8日(火)から14日(月)まで、フランス及びスイスにおいて鉄道、自動車、及び航空機等の保存、修復に関する現地調査を、またドイツにおいて、溶鉱炉の保存現場の調査を実施しました。フランスにおいては、ミュールーズにて国立鉄道博物館及び国立自動車博物館の調査を実施しました。ともに収蔵している鉄道車両及び自動車の数は相当数に及びその多さは目を見張るものが有ります。鉄道車両に関しては、展示環境も余裕を持った配置になっており、鉄道関連博物館によく見られる狭苦しさが感じられませんでした。各鉄道車両に関しては、屋内に保存されている事もあり、保存状態は良好でした。塗装については、やはり来館者の目を意識してかきれいに塗り直されており、その点は多少残念では有りました。しかしながら展示の仕方にも種々の工夫が見受けられ、リピーターを呼べる施設だと感じました。自動車博物館については、元々個人所蔵の自動車がベースになっているせいか、どれもきれいで自動車好きの人にはたまらない博物館という感じです。もちろん保存状態もかなり良いのですが一点だけ、タイヤの保存状態に関して、かなりの車が直接タイヤで支持している状態が見受けられタイヤの傷みが気になりました。スイスでは、ルツェルン湖のほとりに立地する交通博物館の調査を実施しました。2000平米を超える敷地の中央に子供達が遊べる広場を配し、周りに展示館を廻らせた博物館で、交通に関する事物を収蔵しており、かなり見応えのある博物館です。ただ、全体としては、やや雑多な感じは否めませんが、一カ所でこれだけのものを見る事が出来るのは幸せな事だと思います。展示物に関しては、やはり鉄製のものが多く、来館者が触る部分の防錆に苦労しているようです。最後にドイツにおいて製鉄所を調査しました。ヨーロッパでよく見るスタイルですが、ほとんど操業を終えたそのままの状態なので、ある意味非常に興味深い施設ではあります。唯一手を入れているのは観覧者の安全の為の施設(手すり、エレベーター、歩廊)であり、その他は手つかずの状態で見る事が出来るのは非常に興味深いし、面白いものだと感じます。日本ではやはり、火災等の避難経路等、法律上の制約が多く難しい部分が多々有ります。その辺、保存の仕方や法制度などなお、検討の余地が多いと感じました。
厳島神社における修理材料の選定試験

保存修復科学センターでは、厳島神社大鳥居の修復材料について研究を行っています。高温・高湿、水への浸漬、塩類の存在など過酷な条件のそろう臨海環境下で用いることのできる材料を選定し、現在、室内での強制劣化試験と現地での曝露試験を行っています。2010年の6月に現地曝露を開始し、現在、2ヶ月おきに試験体の含水率測定と劣化状態観察を行っています。今後も同じように試験を続行し、2011年度には強度試験等により劣化状況の確認を行う予定です。併せて、室内での強制劣化試験では紫外線照射試験と冷熱繰り返し試験を行っており、2011年度には塩水噴霧試験も行う予定です。
文化財施設の環境解析と博物館の省エネ化に関する研究会の開催

2011年2月25日に、東京文化財研究所セミナー室で「文化財施設の環境解析と博物館の省エネ化」に関する研究会を開催しました。現在、地球温暖化の問題から、あらゆる施設で温室効果ガスの排出削減に向けた取り組みが必要になってきています。博物館、美術館等の施設に関してもこの例外ではありません。博物館、美術館等の施設では、文化財を安全に後世へ伝えていくために、それを取り巻く環境を良好に保ちながら、施設の省エネ化を図っていくことが必要です。今回は、ドイツの建物の省エネ化に関するプロジェクトで環境解析を担当しているドレスデン工科大学のジョン・グルネワルド教授には、「ドイツにおける建物の省エネルギー化と環境解析技術」、同じくドレスデン工科大学のルドルフ・プラーゲ博士には、「環境解析に関わる建材の物性測定法」というテーマで講演頂きました。プラーゲ氏の講演では、ベルリンのウンター・デン・リンデン通りの大理石の石造彫刻の劣化と周囲環境の解析についての話題提供もありました。また、清水建設株式会社の菅野元衛、矢川明弘、太田昭彦さんには、「文化財施設内の環境解析のための気流シミュレーション技術と応用事例」というタイトルで、環境解析手法および根津美術館の収蔵庫の改修の際に行った解析事例の紹介を頂きました。参加者は、全部で50名であり、活発な意見交換が行われました。
「資料保存地域研修」開催

表題の研修会は、我々が地方に出向き、文化財保存担当者を対象にその基礎知識を習得していただくことを目的に講義を行うものです。15回目となる今回は12月13日、高知県立歴史民俗資料館において実施しました(主催:高知県教育委員会および東文研)。この研修では例年、温湿度や空気環境などを各論的に取り上げるのですが、今回は主に生物対策に焦点を絞って講義を行いました。これは、高知では気候的な要因などから、虫やカビの問題と対策が文化財保存担当者にとって懸案になっていることが大きな理由です。朝賀浩・文化庁美術学芸課文化財管理指導官、岡本桂典・高知県立歴史民俗資料館学芸課長、三浦定俊氏・文化財虫害研究所理事長(東文研名誉研究員)、佐野千絵・東文研保存修復科学センター保存科学研究室長の4名が講義を行い、それぞれの専門、立場から話をしていただきました。
研修会には、広い高知県内から非常に多くの方にご参加いただき、質疑応答でも、活発な質問や議論が交わされ、関心の高さを実感しました。この研修は、地域の方の要望にお応えして実施しておりますので、ご希望がありましたら遠慮なくお知らせください。
「臼杵磨崖仏保存環境調査報告会」の開催

東京文化財研究所は2000年より、国宝及び特別史跡・臼杵磨崖仏の次期保存修理計画策定のための調査研究を臼杵市と共同で進めてきました。11月6日に臼杵市中央公民館にて開催された「臼杵磨崖仏保存環境調査報告会」では、この10年間の研究成果の報告を行いました。
まずは奥健夫氏(文化庁)より次期保存修理計画の意義について、下山正一氏(九州大学)からは臼杵磨崖仏が彫刻された阿蘇熔結凝灰岩に関する御講演を頂きました。また、Lee, Chan-hee氏(公州大学校)、Kim, Sa-dug氏(国立文化財研究所(大韓民国))からは、大韓民国における石造文化財の劣化状態調査、保存修復に関して御講演頂きました。その後、東京文化財研究所からは、臼杵磨崖仏で行われた調査研究の概要、磨崖仏表面の劣化状態と水環境、大気環境に関する調査結果を報告しました。また、劣化原因調査の結果に基づき、寒冷時の凍結防止策や着生生物制御などの劣化対策、劣化モニタリング手法に関する提案を行いました。最後は臼杵市教育委員会より「臼杵磨崖仏の長期保存計画ビジョン」と題して、次期保存修理事業およびその後のモニタリング・メンテナンスに関して計画案を発表し、聴衆に理解を求めました。
一つの文化財としては異例の10年にわたる調査研究でしたが、ここで得られた成果も多く、臼杵磨崖仏のみならず多くの石造文化財でこの成果が活用されることを願っています。
在外日本古美術品保存修復協力事業におけるベルリンの紙の修復に関するワークショップ開催

保存修復科学センターでは、10月5日(火)から13日(水)にかけて、ベルリンの国立ベルリンアジア美術館の講義室において、在外日本古美術品保存修復協力事業の一環として、紙の修復に関するワークショップを実施しました。今年度実施したワークショップは巻物(掛け軸)について、基礎編(20名)、初級(12名)、中級(7名)と3つのコースに分けて、美術館、博物館の保存担当者,紙関係の修復家を対象に行いました。基礎編では材料としての「紙」「接着剤」、「装こう」についての講義を、初級では掛け軸のモデルを使った構造説明、掛け軸の取り扱い等に加え、実技として絹本の作成を、中級では上、下軸の取り外し、取り付け、紐付け等の実技を実施しました。参加者からは充実したワークショップであったと好評頂きました。
文化財の保存と活用に関する研究会「ガス燻蒸剤の現状と今後」

平成22年10月19日(火)、東京文化財研究所主催、九州国立博物館共催で、九州・中四国地方の博物館・美術館等保存担当者および地方行政団体の文化財保護担当者向けに標記の研究会を開催しました。この研究会は、文化財燻蒸に用いてはいけないリン化アルミニウムを有効成分とする製剤を用いた倉庫内テント燻蒸で日本画5点が変色した事故を受けて、文化財燻蒸に対する理解を促進することが早急に必要と判断し、保存修復科学センター連携併任研究者と協力して行ったものです。発表内容は以下のとおりです。「展覧会に伴う借用品の管理について」朝賀浩氏(文化庁美術学芸課文化財管理指導官)、「文化財虫害研究所の認定薬剤の詳細について」三浦定俊氏(公益財団法人文化財虫害研究所理事長)、「ガス燻蒸剤の特性と文化財影響について」佐野千絵(東京文化財研究所保存修復科学センター保存科学研究室長)、「博物館等における使用の実際-IPM(総合的有害生物管理)の一環として-」本田光子氏(九州国立博物館学芸部博物館科学課長、保存修復科学センター連携併任)。文化財の安全が第一であることを再確認し、現実的な殺虫殺カビ処置としてガス燻蒸を行う場合には安全に実施できるよう、研修などに参加して情報収集および技術向上に努めて欲しいと訴えました(於:九州国立博物館、参加者126名)。
国際研修「紙の保存と修復」の開催

国際研修「紙の保存と修復」を8月30日~9月17日まで行いました。今回は世界中の文化財関係者およそ80名の応募者がありましたが、アイルランド、オーストラリア、マレーシアなどからの参加者(10名)を選抜しました。この研修では、材料学から書誌学まで様々な観点からの講義を行いました。同時に実習では、欠損部の補填から、裏打、軸付けなどを行い巻子を仕上げ、さらに和綴じ冊子の作製も行いました。見学では、修復にも使用される手すき紙の産地として美濃を訪れ、また伝統的な表装工房および京都国立博物館文化財保存修理所などの修復現場を訪問しました。伝えられた技術や知識は海外で所蔵されている日本の紙文化財の保存修復や活用の促進につながり、さらには海外の作品の保存修理にも応用されることが期待されます。
所沢飛行場における、日本航空史の黎明期の写真の公開

保存修復科学センターでは、2009年1月に所沢の喜多川方暢氏より寄贈を受けた、所沢飛行場における日本の航空の黎明期のファルマン他の飛行機関連の写真を東京文化財研究所のホームページ上にて公開を始めました。これらの写真は喜多川方暢氏の父君である故喜多川秀男氏が主に所沢飛行場にて撮影した写真であり記録メディアはガラス乾板が主な物です。このガラス乾板の保存をすると供に、デジタル化した写真を日本航空100年の記念すべき年に公開を始められたのはひとえに喜多川方暢氏及び関係各位の協力の賜物であると思っています。今回公開した写真の中には、日本で初めて飛んだ航空機を始めとして、愛国号等、数多くの貴重な写真が含まれており、研究者の方々、あるいは、興味をお持ちの方々にとって非常に貴重な資料になる事は間違い有りません。今後とも、保存修復科学センターでは、このような貴重な資料を公開すべく努力していく所存です。
都久夫須麻神社本殿における蒔絵および漆塗装の劣化に関する調査

保存修復科学センターでは、都久夫須麻神社本殿における蒔絵および漆塗装の劣化に関する調査を行っています。都久夫須麻神社本殿は、滋賀県の琵琶湖に浮かぶ竹生島に所在し、伏見城の御殿の一部を移築したとされる桃山文化を代表する建造物の一つです。この本殿内部には、七五桐紋や菊紋、花鳥文様などを蒔絵技法で加飾した漆塗装の柱や長押、外陣壁面や扉には極彩色を施した木彫などが配置されていることでも有名ですが、前回の修理からすでに75年ほどが経過したため屋根や塗装などに傷みが目立つようになってきました。さらに京都の高台寺霊屋と双壁をなす建造物内部の華麗な蒔絵技法の加飾の劣化が著しくなってきたことが関係者の間で問題となってきました。そこで保存修復科学センターでは、現在、滋賀県教育委員会と都久夫須麻神社によって進められている修理工事に協力して、劣化現象の原因を追求するための基礎調査と、琵琶湖の湖上という特殊な環境の中でこの劣化を食い止めるための検討を行いました(写真)。この成果を、都久夫須麻神社本殿の貴重な蒔絵および漆塗装の劣化を少しでもよりよい状態で保守管理するうえで役立てたいと考えています。
博物館・美術館等保存担当学芸員研修の開催

27回目となる表題の研修を、7月12日より2週間開催し、全国から32名の学芸員や文化財行政の担当者が参加しました。本研修では、あらゆる文化財資料を対象に、保存環境や劣化、修復などに関する基礎的な知識や技術を、講義と実習を通して学んでいただき、現場での保存に役立てていただくことを目的としています。
保存環境実習を実地で応用する「ケーススタディ」は袖ヶ浦市郷土博物館をお借りして行いました。参加者が8つのグループに分かれて、それぞれが設定した温湿度や照度、防災設備、屋外文化財の保存環境などの調査を行い、次の日にその結果を発表し、質疑応答を行いました。
自然科学的見地からの資料保存がますます重要視されていくことは、平成24年度から、大学での学芸員課程において「博物館資料保存論」が必須になることからもわかります。本研修も時代の動向を見据えながら、より充実したものとなるよう、カリキュラムも内容も精査していきたいと考えております。
ロビー展示「国宝高松塚古墳壁画の劣化原因調査」

現在、研究所1階のエントランスホールでは、表題のパネル展示を行っています。これは、昭和47年の発見以来、現地保存が行われていた高松塚古墳壁画が、平成19年に解体されるきっかけとなった図像の劣化原因を、平成20年7月に設置された「高松塚古墳壁画劣化原因調査検討会」のもとで、自然科学的かつ多面的な視点から調査を実施した結果の概略です。調査結果の全体は、「高松塚古墳壁画劣化原因調査報告書」として平成22年3月24日に文化庁より公表されましたが、この展示では、そのうち材料、生物、保存環境調査に関して、図版を多用しながら詳しく解説しています。多くの方にご覧いただければ幸いです。
第4回伝統的修復材料および合成樹脂に関する研究会「膠(Ⅰ)」


保存修復科学センター伝統技術研究室では、6月21日(月)に当研究所の会議室において「膠(Ⅰ)」と題する研究会を開催しました。膠材料は種類も多く、日本のみならず世界的にも古くから広く使用されてきた伝統的な材料の一つです。現在では伝統的な和膠の生産も希少となり、物性を含めた実態については不明な点が多くあります。今回の研究会ではこのような背景を踏まえて、まず当センターの早川典子が修復材料としての膠の物性について概要を述べ、引き続き国宝修理装こう師連盟の山本紀子先生から、装こうにおける膠の用い方という題材で装こう修理をされている技術者の立場からのお話をいただきました。さらに東京芸術大学の関出先生からは、画家というお立場から材料研究の成果について御講演いただきました。そして最後にかつて国立民族学博物館で膠づくりの取材を行われた愛知県立芸術大学の森田恒之先生からは、映像をまじえて膠づくりの工程の解説をいただきました。講師の先生方のお話は、それぞれのお立場での話題提供であっただけに説得力もあり、さらに会場では関先生にお持ちいただいた膠材料を見学することもでき盛会でした。
保存担当学芸員フォローアップ研修

保存担当学芸員研修修了者を対象に、保存環境に関する最新の知見等を伝えることを目的とした表題の研修会を6月21日に行いました。まず、地球温暖化防止などの観点から、最近急速に普及が進んでいる白色LEDについて、吉田が最新の技術動向を紹介したのち、改築を機に、展示室に導入した根津美術館副館長の西田宏子氏に、そのいきさつについてご講演いただきました。続いて、間渕創客員研究員が、自身の研究テーマでもある文化財施設における微生物調査法に関して、また佐野千絵保存科学研究室長が、木材から放出される有機酸の調査方法について取り上げました。今回は、多くの文化財施設にとっても関心の深い内容でもあり、例年よりも多い約100人が参加しました。フォローアップ研修は毎年行っており、学芸員のニーズにも応えながら、最新かつ重要な情報をこれからもお伝えする場にいたします。
厳島神社における外観塗装材料の劣化に関する調査


保存修復科学センターでは、「伝統的修復材料及び合成樹脂に関する調査研究」プロジェクトの一環として、厳島神社における外観塗装材料の劣化に関する調査を行っています。厳島神社といえば青い海に浮かぶ鮮やかな朱色の社殿のコントラストの美しさで広く知られていますが、何分海水と接する厳しい環境下に建造物自体が曝されています。そのため、せっかく塗装した朱色の外観塗装材料の黒化現象が比較的短時間で発生したことが関係者の間で問題となってきました。そこで保存修復科学センターでは、この黒化現象の原因追求を実験室レベルで行うとともに、厳島神社工務所の皆さんと共同で、これまで厳島神社の外観塗装材料として用いられてきたと考えられる数々の歴代の外観塗装材料を再現した手板試料を作成し、5月13日に実際の社殿の床上と海面と接す柱に設置しました。これから少なくとも1年間かけて厳島神社の環境の中で曝露試験を行い、外観塗装材料の劣化の様子を観察していくことにします。 この成果を厳島神社社殿の外観塗装を少しでもよりよい状態で保守管理するうえで役立てたいと考えています。