ゲッティ・センターの国際語彙協議会(ITWG)での発表

令和2(2020)年2月6、7日にアメリカのロサンゼルスにあるゲッティ・センターで開催された国際語彙協議会(ITWG: International Terminology Working Group Meeting) において、「日本人の美術家たち:東京文化財研究所(Japanese artists, TNRICP)」と題して、現在、当研究所とゲッティ研究所との共同事業の一環として取り組んでいるゲッティ・ボキャブラリーズ(Getty Vocabularies)への日本美術家人名情報の提供、その途中経過を発表しました。 ゲッティ研究所が主導するITWGは、美術・建築シソーラス(AAT: Art & Architecture Thesaurus)、地理的名称シソーラス(TGN: Thesaurus of Geographic Names)、美術家人名総合名鑑(ULAN: Union List of Artist Names)、文化財名称典拠(CONA: Cultural Objects Name Authority)、図像典拠(IA: Iconography Authority)などのプログラムで構成される統制語彙集ゲッティ・ボキャブラリーズ(getty.edu/research/tools/vocabularies/)に関する共通のトピックを議論するグループで、おおむね2年に1度招集されています。今回の協議会には、アメリカ合衆国、台湾、ベルギー、ドイツ、ブラジル、イスラエル、クロアチア、アラブ首長国連邦、スイス、オランダなどから35名ほどの参加者が参集し、ゲッティ・ボキャブラリーズ各プログラム担当者から、その現状と機能拡張の進展等について報告があり、また参加機関から、ゲッティ・ボキャブラリーズへのデータ提供の先駆的な実践などについて発表が行われました。さらに、これらの報告・発表をうけ、ゲッティ研究所担当者や参加機関において共通する問題を挙げて議論を行うなかで、他国の参加者からも助言を得ることができました。
日本の文化財を海外に外国語で紹介する際には、国際的な専門用語・人名辞典が不可欠ですが、ゲッティ・ボキャブラリーズは今日の技術と関係機関の連携によって実現しようとする取り組みです。これに当研究所が永年蓄積してきた日本美術家人名情報を提供することで、日本の文化財の発信、あるいは国際的な日本文化財研究の支援となることを目指しています。
戦後日本美術アーカイブズの研究活用に向けて―文化財情報資料部研究会の開催

令和元(2019)年7月23日、本年度文化財情報資料部第4回研究会が開催されました。今回は、「戦後日本美術アーカイブズの研究活用に向けて―松澤宥アーカイブを例に」と題したミニ・シンポジウム形式の研究会でした。
前半は、橘川英規(文化財情報資料部)「1950年代、60年代の松澤宥宛書簡」、木内真由美氏(長野県信濃美術館)「松澤宥アトリエ「プサイの部屋」の調査・記録報告」、宮田有香氏(国立国際美術館)「松澤宥アーカイブ―内科画廊関連資料を通じて考える利用の可能性」、細谷修平氏(美術・メディア研究者、映像作家)「映像メディアのデジタイズと保存―松澤資料を例に」の4件の発表・報告が行われ、後半のディスカッションは、塩谷純(文化財情報資料部)の司会により、松澤宥の作品・活動やそのアーカイブズの美術史的意義、アーカイブズ活用、その前提となるアーカイブズ整理方法(データ整理、資料保全)について議論を交わしました。また休憩時間には、松澤宥アーカイブの一部を関係者で閲覧する機会を設け、情報の交換を行いました。
この研究会の聴講には、所外から松澤宥のご家族、美術館や大学などに所属する研究者、美術作家など40名あまりの方にお越しいただきました。現在、科研費課題としても松澤宥アーカイブを軸にした研究に取り組んでおり、その最終年となる令和2年度にシンポジウム開催を予定しております。これに向けて、多様な分野の研究者と共同して、松澤宥アーカイブの美術史的、文化史的意義について研究してきたいと考えています。
NACSIS-CAT(CiNii Books)への加盟

東京文化財研究所ではこのたび、NACSIS-CAT(国立情報学研究所目録所在情報サービス)に加盟して、各研究部門(文化財情報資料部、無形文化遺産部、保存科学研究センター、文化遺産国際協力センター)の所蔵図書情報をCiNii Books(サイニイ・ブックス、https://ci.nii.ac.jp/books/)に搭載する体制を整備しました。
NACSIS-CAT加盟の目的は、(1)所蔵図書情報のより広範な可視化、(2)図書情報の整備(標準化)にあります。(1)については、これまで公式サイト内総合検索(http://www.tobunken.go.jp/archives/)で公開してきた所蔵図書情報を、さらに、より多く研究者・学生等が利用するCiNii Booksにも掲載することで、その活用を促進するものです。また(2)については、外部機関(ゲッティ研究所やOCLCなど)とのデータ連携において、当研究所が提供する図書情報を標準化できれば、より実効性の高いものとなるとの期待も寄せられており、これに対応するためのものです。NACSIS-CATは、国内外の各種図書目録データを参照・利用することができるため、当研究所が標準化作業に効率的に取り組むことに適した基盤システムといえます。
蔵書数30万件のCiNii Books搭載、また図書情報の標準化の作業は現在進行中で、完了までにはまだしばらく時間を要しますが、当研究所が永年にわたって収集・蓄積してきた蔵書やその情報を、より多くの研究活動に寄与できような体制を整備してまいります。
「じんもんこんシンポジウム2018 歴史研究と人文研究のためのデータを学ぶ」での発表


平成30(2018)年12月2日、情報処理学会の研究会の一つである「人文科学とコンピュータ研究会」が主催する「じんもんこんシンポジウム2018(jinmoncom.jp/sympo2018/)」の企画セッション「歴史研究と人文研究のためのデータを学ぶ(www.metaresource.jp/2018jmc/)」にて、橘川英規、小山田智寛が、東京文化財研究所のデータベースについて報告いたしました。この企画セッションは、情報処理学会等では、まだあまり認知されていないデータベースを紹介し、より活発なデータの利用を促進するために開催されました。発表では、「東文研 総合検索(www.tobunken.go.jp/archives/)」のシステムの概略および画像データベースの中で最も登録件数の多い「ガラス乾板データベース」、昭和11(1936)年より刊行している『日本美術年鑑』を元にした「美術展覧会開催情報」と「物故者記事」について紹介いたしました。
セッションでは当研究所の他、国立国会図書館、渋沢栄一記念財団、東京国立博物館、東京大学、青空文庫のそれぞれの組織が公開している様々なデータベースが紹介され、参加者の注目を集めました。当研究所でも今後は文化財情報のデータベースを公開して運用するだけでなく、データベース自体の紹介にも注力し、調査・研究に役立てていただきたいと考えています。
第8回国際美術図書館会議での発表


日本および世界中に数多くの図書館がありますが、欧米諸国には、美術に関する図書や資料を専門とする美術図書館があり、2年に一度、国際美術図書館会議が開催されています。平成30(2018)年10月4,5日にオランダのアムステルダム国立美術館で開催された第8回国際美術図書館会議において、「東京文化財研究所の情報発信: OCLCセントラル・インデックスへの日本美術文献の情報提供」The Contribution of the Tokyo National Research Institute for Cultural Properties: Art Bibliography in Japan for OCLC Central Indexと題した口頭発表を行いました。当研究所では、日本国内で行われた美術展覧会の情報や展覧会図録の文献情報を収集しています。昭和5年(1930)以降、平成25(2013)年までの展覧会図録所載文献、約5万件についてOCLCセントラル・インデックスに情報提供を行いました。日本の美術展覧会カタログは、専門性が高いものの、一般的な雑誌論文などに較べてその情報発見の機会が限られていましたが、今回の取り組みにより、世界中のOCLC利用者に、新たな資料発見の機会を提供することができました。この会議は欧米諸国が主体となっていますが、発表後にはアジア地域からのこうした取り組みは、美術図書館の国際連携を強化するために重要であるとの反響が寄せられました。この情報提供は継続的に進めており、最近平成26(2014)年の文献情報、約2800件を追加提供し、さらに今年中に平成27(2015)年の文献についても情報提供を行う予定です。
ゲッティ・リサーチ・ポータルへの東京文化財研究所刊行物の情報提供

東京文化財研究所ではアメリカのゲッティ研究所と共同研究事業を推進しています。平成29(2017)年5月に、当研究所所蔵の明治期の展覧会目録や美術雑誌のデジタル版をゲッティ・リサーチ・ポータル(GRP)から検索・閲覧できるようになり、アジア諸国からは初めての情報提供元となりました。そしてこのたび当研究所刊行の『美術年鑑』昭和11 (1936) 年版〜平成25(2013)年版の 70冊、『美術研究』1〜419号、『保存科学』1〜57号のデジタル版についても、GRPから検索・閲覧できるようになり、当研究所からの提供タイトル件数は636件を超えました。これらの刊行物は、これまでも当研究所のウェブ・サイト(東文研総合検索 http://www.tobunken.go.jp/archives/、PDF版『保存科学』 http://www.tobunken.go.jp/~ccr/pub/cosery_s/consery_s.html)や機関リポジトリ(https://tobunken.repo.nii.ac.jp/)で公開して参りましたが、バーチャル美術図書館として世界中に多くのユーザーを有するGRPから検索・閲覧が可能になったことで、当研究所による文化財研究の成果への海外からのアクセスの可能性を飛躍的に増やしました。さらにこの共同事業の一環として、現在、当研究所所蔵の貴重書である、明治・大正・昭和期の博覧会・展覧会資料のデジタル化を進めており、これらについても2019年6月末までに、GRPに情報を追加する予定です。
アート・ドキュメンテーション学会秋季研究集会での発表

アート・ドキュメンテーション学会第11回秋季研究集会がお茶の水女子大学(東京)において、平成30(2018)年10月13日に開催され、文化財情報資料部の橘川が「日本の展覧会カタログ論文の国際的可視性を高めるための取り組み:「東京文化財研究所美術文献目録」のOCLCへの提供」と題して、川口雅子氏(国立西洋美術館)との共同発表を行いました。発表では、既報(http://www.tobunken.go.jp/materials/katu
do/249516.html)にある本年1月から実現している「東京文化財研究所美術文献目録」のOCLCセントラルインデックスへの提供について、事業に至る背景と貢献について考察する内容でした。まずは川口氏が、最近10年間の美術図書館界における国際協調の枠組みについて、世界の著名図書館が委員会を組織しOCLCと交渉してArt Discovery Group Catalogue (ADGC) を立ち上げたこと、このADGCの基盤情報のひとつであるOCLCセントラルインデックスへ海外な美術史系データベースが収録されていることなどの本事業の背景を発表されました。橘川からは、「東京文化財研究所美術文献目録」の由来、OCLCへの提供までのデータ整備の実践、さらにWorldCat.orgやADGCでの書誌データ提供の実際、今後の事業展開について報告を行いました。『日本美術年鑑』編纂事業により作成される「東京文化財研究所美術文献目録」は各地の美術館、博物館、大学などの最新の美術研究の成果を収録しており、このような情報を、広く発信することにより、日本の文化財研究の環境改善に努めたいと考えています。
EAJRS(日本資料専門家欧州協会)第29回年次大会「(グ)ローカル化する日本資料」での発表


EAJRS(European Association of Japanese Resource Specialists:日本資料専門家欧州協会)第29回年次大会がリトアニア第二の都市カウナスにあるヴィータウタス・マグヌス大学において、平成30(2018)年9月12日から15日の日程で開催されました。EAJRSは、ヨーロッパで日本研究資料を取り扱う図書館員、大学教員、博物館職員などの専門家で構成されているグループです。今年の年次大会は「(グ)ローカル化する日本資料」と題して催され、20ヶ国82名(ヨーロッパ44名、アジア34名、北アメリカ4名)の関係者が参加し、当研究所からは文化財情報資料部の橘川が出席し、ゲッティ研究所と取り組む「明治期~昭和期刊行博覧会・展覧会資料のオープン・アクセス化事業」について途中経過を発表しました。発表後の質疑応答では、同事業に対する期待とともに、収録対象資料の拡充などの要望が多く寄せられ、今後の事業展開に参考となる貴重な意見を伺う機会となりました。年次大会全体は、14のセッションで構成され、国外機関からは日本資料コレクションに関する研究発表や施設紹介、また日本の機関からは海外の日本研究を支援するための様々な活動やサービスの紹介など、31件の発表が行われ、会場各所で活発に意見が交換されました。プログラムの詳細は、EAJRSホームページをご参照ください(https://www.eajrs.net/)。なお、来年2019年の大会は、チューリッヒ(スイス)で開催することが決定し、盛会裏に閉幕いたしました。
国際シンポジウム「アート・歴史分野における国際的な標準語彙(ボキャブラリ)の活用 — Getty Vocabulary Programの活動と日本」への参加


国際シンポジウム「アート・歴史分野における国際的な標準語彙の活用 ―Getty Vocabulary Programの活動と日本」が平成30(2018)年6月16日に国立歴史民俗博物館で開催され、文化財情報資料部の橘川が参加、ゲッティ研究所ULAN(Union List of Artist Names)への日本美術家人名情報提供の経過報告を行いました。「標準語彙」というのは聞き慣れない言葉だと思いますが、これは人名・地名などの表記を標準化することで、その情報化・流通を支援するものです。後藤真氏(国立歴史民俗博物館准教授)の企画による今回のシンポジウムでは、ジョナサン・ワード氏(Getty Vocabulary Programシニアエディター)がGetty Vocabularyの構想・活用の現状を、またソフィ・チェン氏(台湾中央研究院歴史語言研究所助研究員)が語彙の多言語化について講演したのち、日本の関係機関者から人名情報のほか、企業分野情報、現代美術情報、Linked Open Data運用が報告されました。パネルディスカッションでは、Getty Vocabularyへの日本からの貢献などについて議論されました。また平成30(2018)年6月18日には、ワード氏を当研究所にお招きし、国立歴史民俗博物館、奈良文化財研究所、東京国立博物館の担当者と、日本における文化財関連の標準語彙のあり方について協議しました。これらを通じて、日本において標準語彙データベースを生成している機関による連携の可能性を共有する機会となりました。
カリフォルニア大学ロサンゼルス校におけるアーカイブズの収受・保存・提供をめぐって――文化財情報資料部研究会の開催


平成30(2018)年5月23日に開催された文化財情報資料研究会は、「カリフォルニア大学ロサンゼルス校におけるアーカイブズの収受・保存・提供―ヨシダ・ヨシエ文庫を例に 」と題して、橘川が発表を行いました。発表者は、本年2月、カリフォルニア大学ロサンゼルス校において日本人評論家であるヨシダ・ヨシエの文庫が開設したことを機に、同校のアーカイブズ収受・保存・提供に関わる部署の視察、各関係者との協議を行いました。この発表では、現地での視察・協議を踏まえ、UCLAやその図書館群の概要、アーカイブズの取り扱いを報告するとともに、アーカイブズをめぐる予算規模、人員配置に恵まれない国内機関における、より効果的な方法について検討するものでした。研究会には、所外からUCLAへの寄贈に携わった嶋田美子氏、ヨシダ・ヨシエと関わりの深い画家の美術館「原爆の図・丸木美術館」の岡村幸宣氏らにご参加いただき、発表後のディスカッションで専門の立場から意見が交わされました。戦後日本美術を牽引した作家や関係者が鬼籍に入りはじめた昨今、そのアーカイブズを散逸させず、永続的な機関でアクセスを担保することについて、当研究所がその役割の一端を担うことへの期待も、改めて寄せられました。
今泉省彦旧蔵資料の受入

画家であり、「美学校」校長も勤めた今泉省彦(1931-2010)の旧蔵資料をご遺族から3月31日付でご寄贈いただきました。今泉は日本大学芸術学部美術科在学中より前衛的な美術運動に関わり、絵画制作のかたわら評論執筆をはじめ、1958年には雑誌『形象』の創刊に携わり、1969年創設の「美学校」の運営を通じて前衛美術家たちと幅広く最晩年まで交流、その活動を支えた人物です。今回ご寄贈いただいた資料群は、1950年代から2000年代に今泉が生成した日記、写真、書籍・雑誌類、書類、あるいは今泉に届けられた書簡からなり、書架延長6mほどの分量です。「美学校」で教鞭をとった松澤宥、中村宏、中西夏之、赤瀬川原平、菊畑茂久馬らに関するものも多く含まれ、また今泉が〈社会主義国におけるユニバーシアード〉といわれる世界青年学生平和友好祭において展覧会実行委員(1955年、1957年)を務めていたときのソ連側との連絡書簡等も遺されており、1950年代後半における非アメリカ、非西ヨーロッパとの関連を検証できる資料群でもあり、美術史にとどまらず、冷戦期の文化史、社会史研究の文脈においても重要な資料です。当研究所情報資料部では、これまで今泉旧宅を訪問し、その資料の調査を行ってまいりましたが、ご遺族の厚意でご寄贈いただくことになりました。これらの資料は、資料保全処置、資料検索のためのデータ整理を行ったのち、当研究所資料閲覧室にて研究資料として閲覧提供させていただく予定です。
公開研究会「美術雑誌の情報共有に向けて」の開催

わたしたちが展覧会や美術館についての情報源として利用するメディアのひとつに、美術雑誌があります。今でこそテレビやインターネットを利用する機会が圧倒的に増えていますが、それらが普及する以前は、図版を多用しながら定期に刊行される美術雑誌が、美術関係者や愛好家にとって視覚的かつ即時的な情報発信/供給源でした。日本の近代美術を研究する上でも、当時の美術をめぐる動向をつぶさに伝える資料として、雑誌は重要な位置を占めています。当研究所ではそうした明治時代以降の美術雑誌を数多く架蔵していることもあり、3月16日に「美術雑誌の情報共有に向けて」と題した公開研究会を開催、その情報の整理・公開・共有にあり方について検討する機会を設けました。
この研究会では、日本近代美術を専門とする三名の研究者が下記のタイトルで発表を行ないました。
○塩谷純(東京文化財研究所)「東京文化財研究所の美術雑誌―その収集と公開の歩み」
○大谷省吾(東京国立近代美術館)「『日刊美術通信』から見えてくる、もうひとつの昭和10年代アートシーン」
○森仁史(金沢美術工芸大学)「「美術」雑誌とは何か―その難しさと価値をめぐって」
塩谷は、当研究所の前身である美術研究所で昭和7(1932)年より開始された明治大正美術史編纂事業や、同11年創刊の『日本美術年鑑』刊行事業との関連から、当研究所での美術雑誌収集の歴史をひもときました。続く大谷氏の発表は、昭和10~18年に刊行された美術業界紙『日刊美術通信』(同16年より『美術文化新聞』と改題)について、帝国美術院改組や公募団体の内幕などに関する掲載記事を紹介しながら、その希少性と重要性を指摘する内容でした。そして森氏の発表では、近代の美術雑誌を総覧した上で、そこに西欧からもたらされた“美術”そして“雑誌”という概念と、近代以前の日本の芸術的領域との相克を見出そうとする俯瞰的な視点が掲げられました。
研究発表の後、橘川英規(東京文化財研究所)の司会で発表者の3名が登壇し、聴講者から寄せられた発表内容に関する質問、美術雑誌の情報共有のあり方への希望を切り口として、活発なディスカッションが行なわれました。また橘川より、当研究所の取り組みとして、英国セインズベリー日本藝術研究所との共同事業による欧文雑誌中の日本美術関係文献のデータベース化、米国ゲッティ研究所が運営するGetty Research Portalへの明治期『みづゑ』メタデータ提供、国立情報学研究所JAIROへの『美術研究』『日本美術年鑑』搭載などが紹介され、美術雑誌の国際的な情報共有化も着実に進んでいることが示されました。
研究会には、美術館や大学、出版社等でアーカイブの業務に携わる80名の方々がご参加下さり、貴重な情報交換の場となりました。また今回の森仁史氏の発表に関連して、明治期~昭和戦前期までの美術雑誌の情報を集成した、同氏監修による『日本美術雑誌総覧1867-1945(仮題)』が近く東京美術より刊行される予定です。
カリフォルニア大学ロサンゼルス校、ヨシダ・ヨシエ文庫の視察


2月20日、アメリカ、カリフォルニア州にあるカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)にて、同大学図書館が収受したヨシダ・ヨシエ文庫の開設記念シンポジウムが開催され、これにあわせて当研究所文化財情報資料部の橘川が同大学図書館群における特別資料(アーカイブズ)関連部署の視察を行いました。視察は日本研究司書であるTomoko Bialock氏にご同行いただき、East Asian Library (Charleds E. Young Research Library 2階)、Special Collections (同 Library 地下)、Conservation Center(Powell Library)、Southern Regional Library Facilityを巡り、資料保全処置、ファインディングエイド作成、個別アイテムのデジタル化、長期保存の各担当者から特別資料の選定・収受・利用者への提供及び保存について、ヨシダ・ヨシエ文庫を例としてご説明いただき、またそれぞれの担当者と日本における美術分野における特別資料の状況について情報交換・協議を行いました。アメリカを代表する大規模な総合大学で、政治家・歴史家・文学者など様々なジャンル、そして膨大な数の特別資料収受を持つ同校において、その高度化された収受方法、また分業体制のなかで発揮されるスタッフの専門性などを実見しました。日本における特別資料をめぐる予算規模・人員配置などを含めた構造的な違いを再認識する機会となりました。この視察については、5月開催の文化財情報資料部研究会にて報告し関係者と共有する予定です。
「東京文化財研究所美術文献目録」のOCLCへの提供

東京文化財研究所では美術に関する文献・資料の収集と活用に努めています。世界最大の図書館サービスであるOCLCを通じて国際的に情報発信を行うため、日本での代理店を務める株式会社紀伊國屋書店OCLCセンターと協議を重ねながら事業を推進し、このたび平成30(2018)年1月に世界最大の共同書誌目録データベースであるOCLCのセントラル・インデックスに「東京文化財研究所美術文献目録 (Tokyo National Research Institute for Cultural Properties, Art Bibliography in Japan)」として、展覧会カタログに掲載されている記事・論文等のデータ約5万件を提供しました。これによって、WorldCat.org(https://www.worldcat.org/)やArt Discovery Group Catalogue (https://artdiscovery.net/)などの検索サービスなどにおいて、美術に関する作家・作品など各種キーワードを入力すると、「東京文化財研究所美術文献目録」も検索対象となり、展覧会カタログ掲載論文に関する書誌データが検索結果として表示されるようになりました。
書籍や雑誌として刊行されているものは、一般的な検索エンジンや図書館等のデータベースでも検索することができますが、展覧会カタログに収録されている記事・論文は、専門性が極めて高いものの、その存在が広く知られる機会は限られていました。今回提供した情報は、当研究所がその草創期から継続してきた『日本美術年鑑』編さん事業を通して、全国の美術館・博物館から寄贈された展覧会カタログ所載記事・論文のデータを再利用したものです。検索結果からそのままオンラインで全文にアクセスできるような機能はなく、今後の課題はありますが、世界中のインターネット・ユーザーに対して、資料発見の可能性を新たに提供した意義は大きいと考えられます。今回提供した情報は昭和5(1930)年から平成25(2013)年までのものですが、今後も継続的に新たな情報を追加するなど、さらなる情報発信強化を行ってまいりたいと思います。
なお、この成果は、平成28(2016)年より国立西洋美術館と実施している共同事業「美術工芸品を中心とする文化財情報の国内外への発信にかかる基盤形成事業」によるものです。
EAJRS(日本資料専門家欧州協会)第28回年次大会「日本学支援のデジタル対策」への参加


EAJRS(European Association of Japanese Resource Specialists:日本資料専門家欧州協会)第28回年次大会がノルウェーのオスロ大学において、9月13日から16日の日程で開催され、当研究所からは文化財情報資料部の橘川が参加しました。EAJRSは、ヨーロッパで日本研究資料を取り扱う図書館員、大学教員、博物館・美術館職員などの専門家で構成されているグループで、今年の年次大会は「日本学支援のデジタル対策」と題して催され、90名あまりの関係者が参加しました。14にわたるセッションで構成されたこの大会では、チェスタ ー・ビーティー・ライブラリー、コロンビア大学C.V.スター東亜図書館などの在外日本資料コレクションに関する研究、国文学研究資料館、国立歴史民俗博物館、国際日本文化研究センター、アジア歴史資料センター、渋沢栄一記念財団などによるデジタル・アーカイブ事業、国立国会図書館によるインターネット上のツールを活用したレファレンスのノウハウ、EAJRS在欧和古書保存ワーキンググループの取り組みなど、30件の発表が行われました。
本大会において、当研究所の研究事業とアーカイブを紹介するため、リソース・プロバイダー・ワークショップ、ブース出展を行い、当研究所の刊行物、デジタル・アーカイブについて展示、解説しました。大会期間中の談話でも、当研究所刊行物への評価、機関リポジトリを介した情報発信のあり方など、海外の専門家らならではの具体的な助言をいただくよい機会となりました。今大会の模様をEAJRSサイト(http://eajrs.net/)で視聴できますのでご参照ください。なお、来年2018年の大会は、リトアニアのヴィータウタス・マグヌス大学で開催することが決定しました。
松澤宥アーカイブに関する研究協議会の開催

3月14日、研究プロジェクト「近・現代美術に関する調査研究と資料集成」の一環として、松澤宥アーカイブに関する研究協議会を行いました。
松澤宥(1922-2006)は、独自のコンセプトによる作品とパフォーマンスで知られ、東洋的な宗教観、宇宙観、現代数学、宇宙物理学等を組み入れながら思考を深め、そこから導き出された思想、観念そのものを芸術として表現した、日本だけでなく、国際的にみても「コンセプチュアル・アート」の先駆的な存在として語られる重要な人物です。この研究協議会は、一般財団法人「松澤宥プサイの部屋」(理事長松澤春雄氏)が取り組んでいる同アーカイブの概要とその整備活動について、関係者と共有し、研究資料としての価値を確認するために開催したものです。まず以下の発表・報告をしていただきました。嶋田美子氏(美術家)「松澤アーカイブ構築にむけて 現況2017年3月」、細谷修平氏(東北芸術工科大学映像学科研究補助員)「松澤宥関連フィルムの調査及びデジタイズの現状報告」、山村みどり氏(当研究所特別研究員)「草間彌生書簡―松澤宥アーカイブを通して見えて来る草間彌生像」、富井玲子氏(美術史家、ポンジャ現懇主宰)「アーカイブ研究における松澤宥アーカイブの位置」(以上、発表順)。またこの後に行われたディスカッションでは、戦後日本美術の専門家を交えて、松澤宥アーカイブ整備の課題、日本の戦後美術から現代美術の作家アーカイブズの散逸防止、さらには作家アーカイブズ収蔵専門機関の必要性などについて意見交換が行われました。
文化財情報資料部研究会の開催―「赤瀬川原平による《模型千円札》理論の形成に関する予備的研究」


1月31日、文化財情報資料部研究会にて、「赤瀬川原平による《模型千円札》理論の形成に関する予備的研究」と題し、客員研究員の河合大介氏による発表が行われました。
赤瀬川原平(1937-2014)は、前衛美術、漫画・イラスト、小説・エッセイ、写真といった多彩な活動を展開した芸術家です。河合氏の発表では、1963年に千円札の図様を印刷した作品を制作したことに端を発する一連の「千円札裁判」が結審するまでの期間に発表された、赤瀬川自身による著述の分析を中心に、赤瀬川の「模型」という概念がどのように形成されていったかに迫るものでした。河合氏は、起訴容疑の「通貨及証券模造取締法」違反にみられる「模造」に対して、「模型」という概念を赤瀬川が持ち出すことで、自らの制作物を芸術作品として歴史的・理論的に正当化しようとする試みがなされたことを示し、後年の執筆・制作活動においても「模型」概念に含意されている特徴を見て取れると指摘しました。
研究会にはコメンテーターとして、水沼啓和氏(千葉市美術館)にご参加いただき、「千円札裁判」に関わる作家などの「芸術」という概念の相違、あるいはリレーショナル・アートとしてみる「千円札裁判」などの観点から所見をいただき、活発な意見交換が行われました。
海外日本美術資料専門家(司書)の招へい・研修・交流事業2016(通称JALプロジェクト) への視察受入など
JAL(Japanese Art Librarian) プロジェクトは、東京国立近代美術館が中心となって文化庁から補助金を得、海外で日本美術資料を扱う専門家(図書館員、アーキビストなど)を日本に招へいして、日本の美術情報資料や関連情報提供サービスのあり方を再考することなどを目的とし、一昨年度からスタートした事業です。
日本に招へいした資料専門家9名は、平成28(2016)年11月27日から12月10日まで、東京、京都、奈良にある関連機関で視察をしていただきました。当研究所の視察は11月30日に実施し、資料閲覧室などで図書資料、作品調査写真、近現代美術家ファイル、売立目録に関する資料・プロジェクトを紹介し、インターネットでの情報提供の説明を行いました。さらに、当研究所研究員、国内関連機関関係者との情報交換、研究交流を行いました。研修最終日となった12月9日に、東京国立近代美術館講堂で公開ワークショップを開催し、招へい者から日本美術情報発信に対する提言が行われました。文化財情報の国際的な発信のあり方について再検討するよい契機となりました。
当研究所からは副所長・山梨絵美子が実行委員を委嘱され、招へいを前に、アメリカ・ピッツバーグ大学で大学院生向けの日本美術情報に関するセミナーを行いました。また、今年度をもって3年間のプロジェクトが終了することもあり、これまでに挙げられた提言に対する応答として、平成29(2017)年2月3日に「アンサー・シンポジウム」(http://www.momat.go.jp/am/visit/library/jal2016/)が行われる予定です。
文化財情報資料部研究会の開催―「広島で地球を針治療する―ロベルト・ヴィリャヌエヴァ、キャリア最後の エコ・アート」

10月3日、文化財情報資料部研究会にて、「広島で地球を針治療する―ロベルト・ヴィリャヌエヴァ、キャリア最後の エコ・アート」と題し、本年7月から日本学術振興会外国人特別研究員として当研究所へ在籍されている山村みどり氏による発表が行われました。
ロベルト・ヴィリャヌエヴァ(1947−1995)は、自然物を素材とし、地域住民の参加型アートを実施し、自身が「Ephemeral art」 (束の間の美術)と呼んだ形式で注目を集めたフィリピンのアーティストです。発表では、まず欧米における「Eco-Art History」(環境問題と美術を学際的に扱う歴史学)の定義が提示され、ヴィリャヌエヴァの1970年代以後の活動をバギオ大地震(1990年)やピナツボ火山噴火(1991年)などと絡めて振り返ったのちに、ヴィリャヌエヴァが考案し、その没後に有志によって「広島アート・ドキュメント’95」で実現した参加型アート「聖域」の経緯、概要が紹介されました。山村氏は「束の間の美術」を、植民地主義を含めた近代主義やフィリピンでの社会階級との関連で考察し、またアジアにおける「Eco-Art History」の文脈での把握をしたうえで、この作品と冷戦終結後の日本の文化状況との関連を提示し、さらには「アジア固有の芸術性」について検証するものでした。研究会には、コメンテータとして後小路雅弘氏(九州大学)、中村政人氏(アーティスト、東京芸術大学)にご参加いただき、活発な意見交換が行われました。
なお、この発表の内容は、Cambridge Scholars Publishingから出版されるアンソロジー『Mountains and Rivers (without) End: An Anthology of Eco–Art History in Asia』へ発表する予定です。
山下菊二関連資料の受入

画家山下菊二(1919-1986)夫人である山下昌子氏(1926-2014)の旧蔵資料を関係者から9月30日付でご寄贈いただきました。山下菊二は昭和時代を代表する画家のひとりで、その作品や関連作品、資料などは、これまでに板橋区立美術館、神奈川県立近代美術館、徳島県立近代美術館に寄贈されておりますが、この度、当研究所にご寄贈いただいた資料は、昌子氏が逝去するまで手元に置いていたものになります。分量は、書架の長さにしておよそ6メートルになり、このなかには、菊二が撮影したと思われる写真、作品の材料として切り取られた資料など作家の研究・理解の重要な手がかりとなるものだけでなく、第二次世界大戦に応召し従軍した際や東宝映画教育映画部に勤務していたころの写真資料など広く日本近代史を考えるうえでも貴重な資料も含まれています。
当部ではこれまでも新海竹太郎や香取秀真ら近代美術家のアーカイブズを受け入れ、資料閲覧室などを通して利用に供していますが、今回ご寄贈いただいた山下昌子旧蔵資料も個人情報、プライバシー、あるいは資料保全の問題を配慮しつつ、来年3月ごろから閲覧できるよう整理を進めております。