研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『東文研ニュース』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


『保存科学』第51号の発行

 東京文化財研究所保存修復科学センター・文化遺産国際協力センターの研究紀要『保存科学』の最新号である第51号が、平成21年3月31日付けで発行されました。我々が行った、様々な文化財を対象とした調査研究や修理などに関する報文7報、および報告20報を掲載しています。製本版は関係機関などへの配布に限られていますが、近日中にPDF版を当研究所WEBページ(http://www.tobunken.go.jp/~hozon/pdf/51/MOKUZI51.html)にアップロードしますので、ぜひご利用ください。

第25回近代の文化遺産の保存修復に関する研究会「近代建築に使用されている油性塗料に関して」開催

明治村の修復事例発表
ドイツ技術博物館の化学部門修復者の発表

 保存修復科学センターでは、2月10日(金)に、東京文化財研究所地階セミナー室にて表記研究会を実施しました。近代の建築物には当時油性塗料が使用されており、近年近代建築物の修復を実施する際に、塗装された材料の特定が難しいことやたとえ特定出来たとしても入手が難しかったりという理由から他の素材が塗装されている事が多く有ります。そのような現状を踏まえて、現在文化財として近代建築物にどのような塗装がなされているのか、どのようにして特定しようとしているのかあるいは特定出来るのか、油性塗料が入手困難な理由はなぜなのか、それをどのようにすれば改善出来るのか等について、文化庁、博物館、塗装施工者、化学の研究者等を交えて、劣化してしまった塗膜片から材料を特定する手法やその難しさ、油性塗料の特性である乾きの遅さゆえに塗料として使われなくなって来た歴史等、発表が行われそれに関する質疑応答も活発に交わされました。当日は45名の参加者を迎え、発表者に対する活発な質疑応答も行われ、有意義な研究会となりました。

「文化財の保存環境を考慮した博物館の省エネ化」に関する研究会

研究会の様子
石崎副所長による開会挨拶

 平成23年夏には東京電力・東北電力管内では平成22年の最大実績(9~20時)に対してマイナス15%の節電要請がありました。重要な文化財を抱えて、各地の博物館美術館がどのように乗り切ったのか、その結果どのような問題があったのか、「博物館・美術館におけるエネルギー削減」をサブテーマに、博物館美術館の展示室・収蔵庫の温湿度設定について再考する研究会を保存修復科学センターで開催しました。(平成24年2月17日(金)東京文化財研究所 地下セミナー室、参加者66名)
 まずはじめに、平成23年12月から平成24年1月にかけて博物館美術館等保存担当学芸員研修修了生の協力を得ておこなった「美術館・博物館2011年夏の節電対策のアンケート」について佐野が結果をまとめて発表しました。収蔵庫はほとんどの館で維持管理状況を変更しないよう努力していました。展示室の温度変更をした館では、お客様が不快を訴えたり滞在時間が短くなるなどのサービスの低下のほか、虫・カビの増加、臭気の増加、金属の錆の生成などの例がありました。また、空調設定の変更により温度湿度が安定しなくなるとの注意も挙げられました。
 国立新美術館の福永治氏からは、美術館における温度湿度設定の考え方が紹介され、文化財は多種多様であると共に、貸し出す側の考え方の違い、地域の環境、建物の構造や仕様、また保存状態も様々であることから、展示環境について、統一した基準を設けることは困難であるが、コンセンサスを得るようによくコミュニケーションを取ることが重要であることが報告されました。また、長屋光枝氏から、平成23年夏に昼間のピークカット節電のために企画展示室を1室閉めた際の維持管理状況について報告があり、夜間空調で良い状態に保つことができた例が紹介されました。
 石崎から、文化財保存のための温度湿度設定に対する海外の現在の動きと方向性について報告があり、湿度変化が文化財を構成する部材に与える影響を知るために、モデル試料にたいして歪みがどのくらい生じるか実験した文献等の紹介がありました。よく調整された環境に対して短期的な変動幅が提示されるとともに、季節の変化に応じていくらかの変動幅を許容する考え方の導入(変温恒湿)についても検討事例が示されました。
 最後に、オフィスビルにおける最新省エネ技術の紹介が、清水建設株式会社技術研究所の松尾隆士氏によって提示されました。日除けが重要であること、隣接する区画をつないでエネルギーピークをカットする手法など、エネルギーを効率的に使うために比較的大規模な区画で試みられている新手法について紹介がありました。
 変温恒湿や変動幅を広げるのを許容するなど温度湿度の新しい制御方法は、本当に文化財に影響がないのか慎重に見定め、評価を関係者すべてで繰り返し討論し理解していくことが必要です。今回の研究会は、リスクマネージメントの手順でいうと、リスクアセスメントについて新情報が出てきている昨今、これを如何に評価検討し関係者間で情報共有していくか、リスクコミュニケーションの局面に入りつつあることが分かる重要な機会となりました。

伝統的塗装部位の生物劣化に関する調査研究

胡粉塗装部位に増殖したカビ
現地での防カビ剤を用いた曝露試験の様子

 保存修復科学センターでは、受託研究『霧島神宮における彩色剥落止めの手法開発及び施工管理』の一環として、霧島神宮での伝統的塗装部位の生物劣化に関する調査研究を実施しています。膠などの有機物が用いられる伝統的な塗装方法は、一般的にカビなどの生物劣化を受けやすくカビが発生した場合、著しく美観が損なわれます。そればかりでなく、カビが接着材として機能している膠の蛋白質を分解することで塗装面から顔料が剥離したり、代謝産物によって顔料が着色したり溶解したりと、塗装部の物理的な劣化も促進します。
 霧島神宮では、渡廊下、登廊下、拝殿の壁面に胡粉塗や黄土塗といった伝統的な塗装が施された場所でカビが広範囲に渡り増殖するといった被害が起きました。今年度は、その原因となったカビとそのカビが塗装部位に与える影響を明らかにするため、微生物学的な調査研究と、最適な防除策を提案するため現地での温湿度環境のモニタリング・防カビ剤の曝露試験を行っています。
 環境計測の結果から、気温は平地より低く、相対湿度は年平均で約70%と比較的高いことが把握でき、常在菌であれば容易に増殖しやすい環境であることが明らかとなりました。防カビ剤を塗布した現地曝露試験では、いくつかの薬剤で防カビ効果が認められましたが、防カビ剤の中には胡粉と化学反応を起こし劣化要因となるものも存在しました。また、カビの解析では、これまでに133株のカビを被害部位から分離して、菌集落の形態からグループ分け行い、分類学・生理学的解析を行ないました。その結果、分離菌株数の出現頻度が高い3つのグループがあり、霧島神宮の伝統的な塗装部位の微生物劣化に関して特に重要であると考えられました。今後、分離菌株のより詳細な解析を行い、曝露試験の結果と併せながら伝統的な胡粉および黄土塗装における微生物劣化の予防や防除対策の検討を進める予定です。

熊本における第16回資料保存地域研修の開催

研修の一場面

 表題の研修会を11月16日、17日の2日間、熊本市現代美術館において開催し(主催:東京文化財研究所・財団法人熊本市美術文化振興財団、後援:熊本県博物館連絡協議会・熊本県市町村文化財担当者連絡協議会)、68名が参加しました。
 本研修は、我々が地方に出向き、学芸員や文化財行政担当者を対象に資料保存に関する基礎知識を学んで頂くことを目的としており、総論、温湿度、照明、空気環境、および生物被害管理などに関する講義を行いました。当研究所では毎年夏、「保存担当学芸員研修」を2週間にわたって行っていますが、長期におよぶ参加が叶わない方にとって、この地域研修は保存を学ぶための貴重な場となっています。
 また、今回ははじめて“現代美術館”における資料保存に関しての講義も行いました。現代美術館では、近代以前の作品を対象とした施設とは異なるコンセプトのもとで設計されていることが少なくなくありません。しかし一方、現代美術館でも国指定品を含む古典作品を扱う場合もあるため、その安全な保存と展示のためには、担当者が施設の特徴を認識したうえで、適切な対処と取扱いを行う必要があるためです。また、将来歴史的・美術的に価値付けられる可能性がある現代美術作品の保存についても、真剣に考えなくてはならない時期が来たとの認識がありました。現代美術については、我々も作品と施設の両方に対して、経験や研究の蓄積が十分とは言い難いことは否めません。だからこそ、現場で扱う方からのニーズを積極的に頂きたいとの思いもあり、これを取り上げるに至ったものです。
 この研修は、各都道府県からの要望に応じて実施していますので、ご希望がありましたらご遠慮なくお知らせください。

泰西王侯騎馬図屏風の光学調査

サントリー美術館での蛍光エックス線分析による調査の様子

 企画情報部と保存修復科学センターでは平成22-23年度にかけて、サントリー美術館所蔵の泰西王侯騎馬図屏風(重要文化財)の光学調査を実施しました。泰西王侯騎馬図屏風は桃山時代の初期洋風画の傑作として知られています。四人の王侯の騎馬姿が大きく描かれた四曲一双の屏風で、神戸市立博物館に所蔵されている泰西王侯騎馬図屏風(重要文化財、現在は四曲一隻)とともに、もとは会津藩若松城(鶴ヶ城)の障壁画であったと伝えられています。しかし、この屏風の制作経緯については不明な点も多く残されています。今回の光学調査では、高精細カラー画像、近赤外線画像、蛍光画像、エックス線画像の撮影を行い、描写や彩色に関する詳細な調査を実施するとともに、蛍光エックス線分析により彩色材料の特定を行いました。その結果、両作品に使われている絵具は日本画に用いられる顔料が中心であるが、背景の金箔材料が異なっていることなどが明らかになりました。調査結果の一部は、サントリー美術館で開催中(平成23年10月26日~12月4日)の特別展「南蛮美術の光と影、泰西王侯騎馬図屏風の謎」の展覧会場でパネル展示されています。

第5回伝統的修復材料および合成樹脂に関する研究会「建築文化財における伝統的な塗料の調査と修理」

塗装標本等資料見学の様子

 保存修復科学センター伝統技術研究室では、9月29日(木)に当研究所地下セミナー室において「建築文化財における伝統的な塗料の調査と修理」と題する研究会を開催しました。この研究会は、一昨年に開催した第3回研究会の「建築文化財における漆塗料の調査と修理」の続編ともいえる内容です。漆塗料は日本を代表する優れた伝統的な塗料であると同時に修復材料でもあります。修復の現場では建築文化財の塗料には漆塗料、あるいは顔料+膠材料の二つしかないかのようなイメージがありました。ところが、実際にはそれ以外の乾性油や松脂、柿渋など様々な材料を時と状況に応じて塗料として使用してきたことが明らかになってきました。今回の研究会では、このような漆塗料でもない膠材料でもない、いわば第三の塗料について取り上げました。研究会では、まず北野が問題提起を行い、建築装飾技術史研究所の窪寺茂先生から主に「チャン」と呼ばれる塗料とその塗装技法についてお話をいただきました。次に、日光社寺文化財保存会の佐藤則武先生から、日光社寺建造物の漆塗料以外の塗料の状況について技術者という立場から御講演いただきました。最後に明治大学の本多貴之先生から、乾性油を中心とした塗料の科学についての解説と、実際に日光社寺建造物の塗料の有機分析を行った結果の報告をいただきました。講師の方々のお話は、それぞれ専門の立場からの話題提供であっただけに説得力もあり、さらに会場では佐藤先生にお持ちいただいた日光社寺建造物の塗料資料や手板などを見学することもできました。

博物館・美術館等保存担当学芸員研修

ケーススタディでの一場面

 今回で28回目となる表題の研修を、7月11日から22日まで開催しました(参加者27名)。本研修は主に自然科学的視点から、保存環境や資料の劣化防止に関する基礎的な知識や技術を学んでいただくことを目的としており、研究所内外の専門家が講義や実習を担当しています。また、保存環境調査を実地で行う「ケーススタディ」を毎回行っており、今回は、八千代市立郷土博物館のご厚意により、会場としてお借りしました。参加者がグループ毎にテーマを設定したうえで環境調査を行い、その結果を発表し、質疑応答などを行いました。
 また今回は、カリキュラムに激甚災害への備えに関する講義、また水損被害を受けた写真や紙資料の応急処置に関する実習や実演などを取り入れました。今回は残念ながら、先の東日本大震災で特に甚大な被害を受けた東北地方などからのご応募はありませんでしたが、参加された全国からの方々にとっても決して他人事ではなく、被災した地域を思いながら、また将来起こるかもしれない大災害に備えるためにも真剣に学んでおられました。

保存担当学芸員フォローアップ研修の開催

講義の様子

 保存担当学芸員研修修了者を対象に、保存環境に関する最新の知見等を伝えるこ とを目的とした表題の研修会を6月27日に行いました。今回は副題を「今後の生物被害対策のあり方」とし、下記の3つについて講義を行いました。

  • 生物被害発生時の対応(佐野千絵・保存科学研究室長)
  • 文化財虫害研究所における薬剤認定について(三浦定俊・客員研究員、公益財団法人文化財虫害研究所理事長)
  • 巡回展などでの生物被害対応の流れについて(木川りか・生物科学研究室長)

 さらに今回は、東日本大震災にともなう文化財資料の津波等による甚大な被害が発生している現状に鑑み、木川が「被災文化財レスキューにおける初期対応について」という題目で講義を行ったのち、水損被害を受けた紙資料の初期対応のひとつである「スクゥエルチ法」のデモンストレーションを行い、参加者にご覧いただきました。
 今回の参加者は88名でした。これは30年近く行っている保存担当学芸員研修修了者の15%近くがお越しくださったことになります。これだけの方に参加していただいていることを嬉しく思うとともに、今後も充実した内容を提供すべく、我々も研鑽を積まなければと実感した次第です。

被災文化財レスキュー事業 情報共有研究会報告

スクウェルチ法のデモ
会議での議論

 東北地方太平洋沖地震文化財等救援事業(文化財レスキュー事業)の発足を受け、東京文化財研究所では、文化庁ほか関係機構、関係団体等と連携をとりながら、東京での事務局設置場所として後方支援を行うこととなりました。被災した文化財レスキューでは、いろいろな想定されるケースについての応急処置の具体的なフロー(マニュアル)の整備が急務となります。とくに津波などの被害に遭った水損文化財の場合、水濡れ、塩による被害もさることながら、その後のカビなど微生物による生物劣化による被害が大きいため、これをできるだけ抑え、かつその後のより良い修復につなげていくには現地で使用できる材料、インフラを用いてどのような対応が考えられるのか、作業の方法についていくつかの方向性を探り、救援にかかわる関係者、関係諸機関・諸団体と情報を共有し、現場へ提供していきたいと考えております。この第一歩として、平成23年5月10日、「被災文化財救済の初期対応の選択肢を広げる -生物劣化を極力抑え、かつ後の修復に備えるために」というテーマで、東京文化財研究所にて標記の会を開催いたしました。
 今回は、スマトラ沖地震のときに現地の被災文化財の救援活動に積極的に関わられた坂本勇氏、海水に浸水した紙等のカビの発生度合について調査された江前敏晴氏、近年、ヨーロッパでの洪水時の被災文化財の救援法として採用されたスクウェルチ法について調査された谷村博美氏から話題提供をいただき、さまざまな分野の専門家の先生をコメンテーターにお招きして、材質ごとの初期対応についてメモとともにご意見をいただきました。また、スクウェルチ法のデモや、水や塩水に浸水した絵画などのサンプルも展示致しました。協力いただきました先生方や、終始、熱心な議論にご参加くださいました161名の参加者の方々に感謝申し上げ、このような情報が少しでもレスキューの現場でお役にたてることを心より願っております。なお、当日の資料は東京文化財研究所HPにて5月17日より公開されております。
http://www.tobunken.go.jp/~hozon/rescue/rescue20110510.html

『保存科学』50号のインターネット公開

第50号のダウンロードページ

 『保存科学』は主に自然科学的見地に立脚した、文化財保存に関わる当研究所の調査や研究成果を公表する目的で発行されている紀要です。当誌は昭和39年の発刊以来、着実に発行を重ね、本年3月末に第50号を公表するに至りました。当誌の歴史は、まさに国内における“保存科学”の歴史そのものであると自負しております。なにしろ、発刊当時は文化財保存に自然科学の手法を導入するという考え方そのものが定着しておらず、従って“保存科学”という言葉も全くと言っていいほど世間に認知されておりませんでした。現在、この言葉が広く知られるようになったのは、先輩方の絶え間ない努力と苦労によるものであり、我々はそれを引き継いで、これからも“保存科学”が社会にとって有益な学問であるために尽力しなければと思っている次第です。『保存科学』は印刷部数が限られているため、冊子体では関係機関などへの配布のみとなっていますが、幅広く接していただくために、第1号からの全ての掲載記事をPDF版としてインターネット上で公開しております。第50号についても先日より公開を始めました。ご関心のある方は是非アクセスし(http://www.tobunken.go.jp/~hozon/hozon_pdf.html)、我々の活動の一端に触れていただくことを切望いたします。

「博物館資料保存論対策講座」の開催

講義の様子

 平成24年度より、大学の学芸員養成課程において「博物館資料保存論」が2単位の必修科目になります。これは、学芸員を目指す学生に、自然科学的基礎をベースとした資料保存に関する知識を求めることを意味します。しかし、同課程を持つ大学や短大は、現在300を超える一方、この科目に即応出来るだけの専門性を有する人材は限られているのが現状です。そのため、専門外の教員が担当することになり、講義の構成や内容づくりに戸惑うケースが続出するのではと我々は考えました。そこで、開講に向けた準備に役立てていただくことを目的とし、3月8日から3日間、表題の講座を開催し、同科目の担当ことが決定した方を対象に、特に保存環境に関連する15コマの講義を行い、必須となる内容についての情報を提供しました。講座には、大学教員や非常勤での担当を行う学芸員など、全国から81名が参加しました。今回はじめて、このような講座を開いたことで、参加者からは好評をいただいた一方、多くの方が持っている戸惑いを我々は強く感じました。これまで、このような方々との関係は決して密なものではありませんでしたが、これからは保存環境を研究する部門として、積極的に関わっていかなくてはならないと実感しました。

フランス、スイス及びドイツの近代文化遺産の保存状態に関する現地調査について

大戦中、レジスタンスの破壊工作により脱線したという状態を再現した展示(フランス・ミュールーズ国立鉄道博物館)
修復作業中の観光潜水船(スイス・ルツェルン交通博物館)
整然と並んだ自動車(フランス・ミュールーズ国立自動車博物館)
道路標識を外壁のアクセサリーとしている(スイス・ルツェルン交通博物館)

 保存修復科学センターでは、3月8日(火)から14日(月)まで、フランス及びスイスにおいて鉄道、自動車、及び航空機等の保存、修復に関する現地調査を、またドイツにおいて、溶鉱炉の保存現場の調査を実施しました。フランスにおいては、ミュールーズにて国立鉄道博物館及び国立自動車博物館の調査を実施しました。ともに収蔵している鉄道車両及び自動車の数は相当数に及びその多さは目を見張るものが有ります。鉄道車両に関しては、展示環境も余裕を持った配置になっており、鉄道関連博物館によく見られる狭苦しさが感じられませんでした。各鉄道車両に関しては、屋内に保存されている事もあり、保存状態は良好でした。塗装については、やはり来館者の目を意識してかきれいに塗り直されており、その点は多少残念では有りました。しかしながら展示の仕方にも種々の工夫が見受けられ、リピーターを呼べる施設だと感じました。自動車博物館については、元々個人所蔵の自動車がベースになっているせいか、どれもきれいで自動車好きの人にはたまらない博物館という感じです。もちろん保存状態もかなり良いのですが一点だけ、タイヤの保存状態に関して、かなりの車が直接タイヤで支持している状態が見受けられタイヤの傷みが気になりました。スイスでは、ルツェルン湖のほとりに立地する交通博物館の調査を実施しました。2000平米を超える敷地の中央に子供達が遊べる広場を配し、周りに展示館を廻らせた博物館で、交通に関する事物を収蔵しており、かなり見応えのある博物館です。ただ、全体としては、やや雑多な感じは否めませんが、一カ所でこれだけのものを見る事が出来るのは幸せな事だと思います。展示物に関しては、やはり鉄製のものが多く、来館者が触る部分の防錆に苦労しているようです。最後にドイツにおいて製鉄所を調査しました。ヨーロッパでよく見るスタイルですが、ほとんど操業を終えたそのままの状態なので、ある意味非常に興味深い施設ではあります。唯一手を入れているのは観覧者の安全の為の施設(手すり、エレベーター、歩廊)であり、その他は手つかずの状態で見る事が出来るのは非常に興味深いし、面白いものだと感じます。日本ではやはり、火災等の避難経路等、法律上の制約が多く難しい部分が多々有ります。その辺、保存の仕方や法制度などなお、検討の余地が多いと感じました。

厳島神社における修理材料の選定試験

平舞台下に曝露中の試験体

 保存修復科学センターでは、厳島神社大鳥居の修復材料について研究を行っています。高温・高湿、水への浸漬、塩類の存在など過酷な条件のそろう臨海環境下で用いることのできる材料を選定し、現在、室内での強制劣化試験と現地での曝露試験を行っています。2010年の6月に現地曝露を開始し、現在、2ヶ月おきに試験体の含水率測定と劣化状態観察を行っています。今後も同じように試験を続行し、2011年度には強度試験等により劣化状況の確認を行う予定です。併せて、室内での強制劣化試験では紫外線照射試験と冷熱繰り返し試験を行っており、2011年度には塩水噴霧試験も行う予定です。

文化財施設の環境解析と博物館の省エネ化に関する研究会の開催

ドレスデン工科大学のグルネワルド教授の講演

 2011年2月25日に、東京文化財研究所セミナー室で「文化財施設の環境解析と博物館の省エネ化」に関する研究会を開催しました。現在、地球温暖化の問題から、あらゆる施設で温室効果ガスの排出削減に向けた取り組みが必要になってきています。博物館、美術館等の施設に関してもこの例外ではありません。博物館、美術館等の施設では、文化財を安全に後世へ伝えていくために、それを取り巻く環境を良好に保ちながら、施設の省エネ化を図っていくことが必要です。今回は、ドイツの建物の省エネ化に関するプロジェクトで環境解析を担当しているドレスデン工科大学のジョン・グルネワルド教授には、「ドイツにおける建物の省エネルギー化と環境解析技術」、同じくドレスデン工科大学のルドルフ・プラーゲ博士には、「環境解析に関わる建材の物性測定法」というテーマで講演頂きました。プラーゲ氏の講演では、ベルリンのウンター・デン・リンデン通りの大理石の石造彫刻の劣化と周囲環境の解析についての話題提供もありました。また、清水建設株式会社の菅野元衛、矢川明弘、太田昭彦さんには、「文化財施設内の環境解析のための気流シミュレーション技術と応用事例」というタイトルで、環境解析手法および根津美術館の収蔵庫の改修の際に行った解析事例の紹介を頂きました。参加者は、全部で50名であり、活発な意見交換が行われました。

「資料保存地域研修」開催

研修会の様子

 表題の研修会は、我々が地方に出向き、文化財保存担当者を対象にその基礎知識を習得していただくことを目的に講義を行うものです。15回目となる今回は12月13日、高知県立歴史民俗資料館において実施しました(主催:高知県教育委員会および東文研)。この研修では例年、温湿度や空気環境などを各論的に取り上げるのですが、今回は主に生物対策に焦点を絞って講義を行いました。これは、高知では気候的な要因などから、虫やカビの問題と対策が文化財保存担当者にとって懸案になっていることが大きな理由です。朝賀浩・文化庁美術学芸課文化財管理指導官、岡本桂典・高知県立歴史民俗資料館学芸課長、三浦定俊氏・文化財虫害研究所理事長(東文研名誉研究員)、佐野千絵・東文研保存修復科学センター保存科学研究室長の4名が講義を行い、それぞれの専門、立場から話をしていただきました。
 研修会には、広い高知県内から非常に多くの方にご参加いただき、質疑応答でも、活発な質問や議論が交わされ、関心の高さを実感しました。この研修は、地域の方の要望にお応えして実施しておりますので、ご希望がありましたら遠慮なくお知らせください。

「臼杵磨崖仏保存環境調査報告会」の開催

国宝及び特別史跡・臼杵磨崖仏(ホキ石仏第二群阿弥陀如来坐像)

 東京文化財研究所は2000年より、国宝及び特別史跡・臼杵磨崖仏の次期保存修理計画策定のための調査研究を臼杵市と共同で進めてきました。11月6日に臼杵市中央公民館にて開催された「臼杵磨崖仏保存環境調査報告会」では、この10年間の研究成果の報告を行いました。
 まずは奥健夫氏(文化庁)より次期保存修理計画の意義について、下山正一氏(九州大学)からは臼杵磨崖仏が彫刻された阿蘇熔結凝灰岩に関する御講演を頂きました。また、Lee, Chan-hee氏(公州大学校)、Kim, Sa-dug氏(国立文化財研究所(大韓民国))からは、大韓民国における石造文化財の劣化状態調査、保存修復に関して御講演頂きました。その後、東京文化財研究所からは、臼杵磨崖仏で行われた調査研究の概要、磨崖仏表面の劣化状態と水環境、大気環境に関する調査結果を報告しました。また、劣化原因調査の結果に基づき、寒冷時の凍結防止策や着生生物制御などの劣化対策、劣化モニタリング手法に関する提案を行いました。最後は臼杵市教育委員会より「臼杵磨崖仏の長期保存計画ビジョン」と題して、次期保存修理事業およびその後のモニタリング・メンテナンスに関して計画案を発表し、聴衆に理解を求めました。
 一つの文化財としては異例の10年にわたる調査研究でしたが、ここで得られた成果も多く、臼杵磨崖仏のみならず多くの石造文化財でこの成果が活用されることを願っています。

在外日本古美術品保存修復協力事業におけるベルリンの紙の修復に関するワークショップ開催

ベルリン技術博物館内紙の修復工房内部

 保存修復科学センターでは、10月5日(火)から13日(水)にかけて、ベルリンの国立ベルリンアジア美術館の講義室において、在外日本古美術品保存修復協力事業の一環として、紙の修復に関するワークショップを実施しました。今年度実施したワークショップは巻物(掛け軸)について、基礎編(20名)、初級(12名)、中級(7名)と3つのコースに分けて、美術館、博物館の保存担当者,紙関係の修復家を対象に行いました。基礎編では材料としての「紙」「接着剤」、「装こう」についての講義を、初級では掛け軸のモデルを使った構造説明、掛け軸の取り扱い等に加え、実技として絹本の作成を、中級では上、下軸の取り外し、取り付け、紐付け等の実技を実施しました。参加者からは充実したワークショップであったと好評頂きました。

文化財の保存と活用に関する研究会「ガス燻蒸剤の現状と今後」

研究会の様子

 平成22年10月19日(火)、東京文化財研究所主催、九州国立博物館共催で、九州・中四国地方の博物館・美術館等保存担当者および地方行政団体の文化財保護担当者向けに標記の研究会を開催しました。この研究会は、文化財燻蒸に用いてはいけないリン化アルミニウムを有効成分とする製剤を用いた倉庫内テント燻蒸で日本画5点が変色した事故を受けて、文化財燻蒸に対する理解を促進することが早急に必要と判断し、保存修復科学センター連携併任研究者と協力して行ったものです。発表内容は以下のとおりです。「展覧会に伴う借用品の管理について」朝賀浩氏(文化庁美術学芸課文化財管理指導官)、「文化財虫害研究所の認定薬剤の詳細について」三浦定俊氏(公益財団法人文化財虫害研究所理事長)、「ガス燻蒸剤の特性と文化財影響について」佐野千絵(東京文化財研究所保存修復科学センター保存科学研究室長)、「博物館等における使用の実際-IPM(総合的有害生物管理)の一環として-」本田光子氏(九州国立博物館学芸部博物館科学課長、保存修復科学センター連携併任)。文化財の安全が第一であることを再確認し、現実的な殺虫殺カビ処置としてガス燻蒸を行う場合には安全に実施できるよう、研修などに参加して情報収集および技術向上に努めて欲しいと訴えました(於:九州国立博物館、参加者126名)。

国際研修「紙の保存と修復」の開催

 国際研修「紙の保存と修復」を8月30日~9月17日まで行いました。今回は世界中の文化財関係者およそ80名の応募者がありましたが、アイルランド、オーストラリア、マレーシアなどからの参加者(10名)を選抜しました。この研修では、材料学から書誌学まで様々な観点からの講義を行いました。同時に実習では、欠損部の補填から、裏打、軸付けなどを行い巻子を仕上げ、さらに和綴じ冊子の作製も行いました。見学では、修復にも使用される手すき紙の産地として美濃を訪れ、また伝統的な表装工房および京都国立博物館文化財保存修理所などの修復現場を訪問しました。伝えられた技術や知識は海外で所蔵されている日本の紙文化財の保存修復や活用の促進につながり、さらには海外の作品の保存修理にも応用されることが期待されます。

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