宝生流:今井泰男師の謡曲録音 100曲達成
無形文化遺産部では、2005年度より宝生流の最長老今井泰男師の番謡の記録作成をおこなっていますが、この9月でそれが100曲に達成しました。宝生流のレパートリーは210番ありますが、そのうちの主要な曲目の記録を作成したことになります。能としては上演されず謡だけ伝承されている最奥の秘曲「檜垣」が記念すべき100曲目でしたが、年老いて零落したかつての美しい白拍子(舞人)が過去の罪業を僧の前で懺悔する内容を、今年90歳になられる今井氏は静かに淡々と謡われました。昭和後半の宝生流を代表するおひとりの記録を、まとめて残した意味は大きいと言えるでしょう。この録音は、このあとももう少し続く予定です。
(無形文化遺産部・高桑いづみ)
女子美アートミュージアムにおける調査

服飾文化共同研究拠点における共同研究の一環で、平成22年7月12日に女子美アートミュージアムにおいて染織品調査を行いました。この共同研究は平成20年11月より開始され、文化服飾博物館に所蔵される三井家伝来小袖服飾類とそれに付随する円山派衣装下絵との関係を服飾文化史的視点から明らかにすることを目的としています。今回の調査は、女子美アートミュージアムに所蔵されている旧鐘紡株式会社所蔵の小袖の中から本研究テーマである三井家伝来小袖と類似するものを中心として、技法・意匠構成、仕立てを含めた詳細な調査を行いました。これらの調査で得られた知見は来年度の報告書刊行に向けて更なる精査を進めていきます。
韓国国立文化財研究所での研修

「無形文化遺産の保護に関する日韓研究交流」にもとづき、無形文化遺産部の俵木が、6月28日から7月8日まで韓国国立文化財研究所無形文化財研究室を訪問し、韓国の無形文化遺産保護についての研修を行いました。過去2年の研修において、韓国における無形文化遺産に関する記録のアーカイブ化の状況を調査してきましたが、今年度は、とくに韓国文化財庁が関係諸機関の製作する記録物について集約的なデータ管理を行っている現状と、そのために定められた「文化財記録化事業標準データ製作指針」について、関係者に聞き取りを行いました。また、韓国の無形文化財保護制度の特徴の一つである伝授教育制度について、文化財庁および保有者(任実筆峰農楽保存会)から現状や問題点の聞き取り調査を行いました。
フィルモン音帯の調査

フィルモン音帯とは、戦前の日本で開発された特殊なレコードです。形状は合成樹脂製のエンドレステープ(約13メートル)で、最長で36分間の録音が可能であったといわれています。無形文化遺産部は音帯5本を所蔵しています。音帯には専用の再生機が必要な上に、再生機の現存そのものが極めて少ないので、録音の内容確認すらこれまではかないませんでした。
昨年度より、早稲田大学演劇博物館(演劇映像学連携研究拠点)と共同でフィルモン音帯の調査を行うことになりました。演劇博物館は再生機を動態保存しているので、音帯の再生音をデジタル化することも計画に含まれています。
現在、無形文化遺産部と演劇博物館、それに個人蔵の音帯を加えると、延べで100本以上の現存を確認することができました。残念ながら、経年劣化が著しいために、再生が難しいものもも相当数ふくまれていますが、少しでも多くの音帯から再生音が得られるよう、現在、作業を進めているところです。
『無形文化遺産研究報告』の刊行
『無形文化遺産研究報告』第4号が2010年3月に刊行されました。本号には、「無形文化遺産の保護に関する条約」(略称「無形文化遺産保護条約」)に直接かかわる報告が3件(宮田繁幸「実施段階に入った無形文化遺産保護条約」・松山直子「アジア太平洋地域の無形文化遺産―代表一覧表記載案件の分類と専門機関の役割―」・星野紘「無形文化遺産保護の挑戦―日本国内およびアジア太平洋諸国を訪れて―」)掲載されています。「無形文化遺産保護条約」が発効したのは2006年4月20日です。無形文化遺産に対する認識や対応は、様々な事由によって条約批准国ごとに異なっており、それだけに多岐にわたる複雑な問題をはらんでいます。報告はその一端を示す内容となっています。
前号までまでと同様、全頁のPDF版をホームページ上で公開する予定です。
無形文化遺産国際研究会「アジア太平洋諸国における保護措置の現状と課題」報告書の刊行
無形文化遺産部では1月14日に当研究所セミナー室にて、「アジア太平洋諸国における保護措置の現状と課題」と題して、国内外の11人の専門家を交えてシンポジウムを行いました。その報告書をこのほど刊行しました。PDF版は以下のリンクでご覧になれます。
http://www.tobunken.go.jp/~geino/ISSICH/IS2010.html
アジア太平洋諸国における無形文化遺産保護状況調査



無形文化遺産部では、ユネスコの無形文化遺産条約の枠組みにおける無形文化遺産の保護状況についてアジア太平洋諸国において調査を行っています。2月には、タイ、ブータン、太平洋諸国(サモア、トンガ、ニュージーランド、フィジー、パラオ)にミッションを派遣し、無形文化遺産関連の政府担当者や関係機関担当者等とヒアリングと意見交換を行いました。タイは条約批准に向けて無形文化遺産保護における国内体制を強化しており、ブータンでは条約批准後に無形文化遺産の記録やデータベース作成にとりかかり、国内法のドラフト準備に入っています。太平洋諸国は無形文化遺産条約の締結に熱心になっていますが、条約実施のための国内体制の整備に大きな課題を残しています。条約下の無形文化遺産保護に関する調査研究分野において、アジア太平洋諸国ではどんな課題があり交流や協力ができるか、引き続き調査を続けていく予定です。
無形文化遺産国際研究会『アジア太平洋諸国における保護措置の現状と課題』開催

無形文化遺産部は、1月14日に東京文化財研究所セミナー室で、ユネスコ無形文化遺産条約の枠組みでの無形文化遺産保護に関する国際研究会を開催しました。本研究会には、アジア太平洋地域の9 カ国(インドネシア、韓国、中国、フィジー、フィリピン、ブータン、ベトナム、モンゴル、インド)から行政官や専門家が、国内からはアイヌ古式舞踊連合保存会と無形文化遺産部の宮田も加わり、無形文化遺産保護の現状と課題について発表しました。総合討議では無形文化遺産保護におけるコミュニティの役割を話合いました。15日には昨年ユネスコ無形文化遺産に登録された(神奈川県三浦市)を見学しました。
無形文化遺産部公開学術講座

無形文化遺産部としては第4回目となる公開学術講座を、12月16日(水)に江戸東京博物館ホールで開催しました。
ここ数年来、公開学術講座では、文化財保護委員会(現在の文化庁)が無形文化財の保護事業の一環として作成してきた音声記録をテーマとしてきました。そこで、今年度は「義太夫節の伝承」と題して、昭和24年(1949)3月に収録された『平家女護島』二段目「鬼界が島の段」を取り上げました。
演奏者の豊竹山城少掾(1878-1967)と四世鶴沢清六(1889-1960)は、昭和30年に重要無形文化財保持者の制度が開始されたとき、人形浄瑠璃文楽太夫と人形浄瑠璃文楽三味線で、それぞれが各個認定を受けています。いわゆる「人間国宝」です。二人が残した数多くの録音は、今日でも優れて規範的な演奏と認められています。「鬼界が島の段(俊寛)」もそうした録音の一つです。
講座の前半では、録音の意義や現在の伝承との関わりについて考察し、後半では、録音全体の半分程ですが、この二人の至芸を鑑賞していただきました。
第4回無形民俗文化財研究協議会

無形文化遺産部では毎年、無形の民俗文化財の保護と継承に関わる諸問題について話し合う研究協議会を開催しております。その第4回を、「無形の民俗の伝承と子どもの関わり」をテーマとして、2009年11月19日に当研究所セミナー室において開催しました。少子高齢化の影響は民俗の伝承にも大きな影響を与えています。しかしそんな状況の中でも、学校や博物館をはじめとする様々な組織との連携によって、子どもたちが地域の伝統的な行事や祭りに親しみ、参加できるようにするための様々な支援の取り組みがなされています。協議会では、そうした先進的な事例について報告をしていただき、それをもとに活発な討議が行われました。この協議会の内容は、2010年3月に報告書として刊行される予定です。
梅村豊撮影歌舞伎写真

無形文化遺産部では、2007年秋に寄贈を受けた、梅村豊撮影歌舞伎写真の整理を進めています。
この資料は、昭和30年代以降の俳優のインタビュースナップや、舞台の裏側で活躍するスタッフに着目した写真なども含まれており、芸能史研究上非常に資料的価値の高いものです。
この資料の整理作業は2008年度に始まり、その成果の一部はすでに、同年度末に刊行された『無形文化遺産研究報告』第3号に資料紹介の形で報告されています。
膨大な記録のため、現在では上演中の舞台を撮影した歌舞伎写真を優先し、時系列にその上演年月や出演俳優を確認しつつ整理を進めています。本年度は10月までに1,041枚を整理し、右記報告書に掲載した前年度の作業と併せ、年度内には昭和30年代のモノクロ舞台写真の整理を完了する予定です。
神田松鯉師による講談の実演記録

無形文化遺産部では、2002年度(当時は芸能部)以来、一龍斎貞水師と宝井馬琴師による講談の実演記録を作成しています。両師には、近年上演の機会が得られ難くなっている長編物の連続口演をお願いしていますが、今年度より新たに神田松鯉師からもご協力を得られることとなりました。
松鯉師も長編の続き物を得意とされています。数多くのレパートリーの中から、時代物『徳川天一坊』と世話物『幡随院長兵衛』を選んでいただきました。第一回目の記録作成は、9月29日に実施されました。
無形文化遺産部

無形文化遺産部の研究プロジェクト「無形民俗文化財の保存・活用に関する調査研究」の一環として、鹿児島県いちき串木野市に伝承される大里の七夕踊の現地調査を行いました。七夕踊は、大里地区の14の集落が参加し、集落の代表の踊り手が演じる太鼓踊と、各集落が分担して出す造り物、行列物から成っています。とくに今回の調査では、「ナラシ」と呼ばれる一週間にわたる踊りの稽古の様子に注目しました。ナラシは各集落の青年組織が中心となって行われますが、そこに地域の人々が協力することで、地域内の社会関係が維持・再編される様子がよくわかります。一方で、近年の青年人口の減少によって、このような伝承のあり方が困難に直面していることも、文化財の保護という観点からは大きな課題として考えなければなりません。
紀州徳川家伝来楽器コレクション調査
無形文化遺産部では、平成18年度から国立歴史民俗博物館の共同研究「紀州徳川家伝来楽器コレクションの研究」に研究代表者として参加しています。紀州徳川家は、江戸後期に彦根藩と並んで雅楽器を中心とする一大コレクションを形成しましたが、その中には由緒のある楽器が多く含まれています。7月は、箏と琵琶の内部にCCDカメラを挿入して内部に書かれている銘などを観察する補足調査を行い、いくつかの情報を入手しました。報告書は平成22年度に公表する予定です。
宝生流謡曲百番収録へ向けて

宝生流の能楽師で、流派最長老の今井泰男師に、番謡(囃子なしで一番の謡曲を通して謡うこと)の録音を初めてお願いしたのは、2005年度のことでした。無形文化遺産部では、師による宝生流謡曲百番(現行は180曲)の収録を目指し、毎月2回ほどのペースで記録作成を行っています。6月29日に録音した『放下僧』で、収録数は83曲になりました。
謡の技法は時代によって少しずつ変化します。今井泰男師は、大正10年(1921)3月生まれで、現在88歳。明治大正期を生きた名人たちの技芸を受け継ぎながら、今なお舞台で旺盛な活躍を続けている師の謡の全貌を収録することは、卓越した技の記録というだけでなく、能楽の伝承を考えてゆく上でも大きな意味を持つ、と考えています。
韓国国立文化財研究所での研修

昨年6月に韓国国立文化財研究所無形文化財研究室との間で合意に達した「無形文化遺産の保護に関する日韓研究交流」にもとづき、無形文化遺産部の俵木が、5月25日から6月8日まで、韓国において二週間の研修を行いました。昨年度の研修では、主に韓国文化財研究所が製作する重要無形文化財記録のアーカイブ化と活用について調査しましたが、今回は、韓国のその他の機関における無形文化遺産関連の記録のアーカイブ化について調査を行いました。とくに国立国楽院の伝統芸術アーカイブと、国立民俗博物館の民俗アーカイブの現状について詳しく聞き取りを行いましたが、両機関とも、記録資料の整理のための分類やメタデータを、将来の各アーカイブの連携も見越して綿密に構築しており、日本の同種の事業にも参考になる点が多いと思われました。また、研修期間中には、江陵の端午祭と、ソウル近郊での霊山斎という、二つの無形文化遺産を見学する機会にも恵まれました。
第3回無形民俗文化財研究協議会報告書『無形民俗文化財に関わるモノの保護』

『無形民俗文化財に関わるモノの保護』
無形文化遺産部では、毎年テーマを定め、保存会関係者・行政担当者・研究者などが一堂に会して無形の民俗文化財の保護と継承について研究協議する会を開催しています。昨年度は11月20日(木)に、「無形民俗文化財に関わるモノの保護」をテーマとして、当研究所セミナー室にて開催いたしましが、この協議会の内容をまとめた報告書を、平成21年3月に刊行し、関係者・機関に配布いたしました。なおこの報告書は、無形文化遺産部のウェブサイトからPDFファイルでダウンロードすることも可能です。
http://www.tobunken.go.jp/ich/public/kyogikai/mukeikyogikai_03
エントランスロビー「X線透過撮影による解明した能管・龍笛の構造解明」

当研究所では、事業や研究成果を来所者の皆さんにご理解いただくために、エントランスロビーを利用して、定期的にパネル展示を行っていますが、3月末より、平成20年度に行った能楽の笛、能管のX線透過撮影調査を取り上げて成果を紹介しています。能管は、独特の鋭い音色を奏でる笛ですが、そのために歌口と第1指穴間の内径を狭める工夫をしています。従来、この部分に「喉」と呼ばれる別材を挿入して内径を狭める工法が知られていましたが、X線撮影を行った結果、「喉」を挿入せずに内径を狭めた古い能管をいくつか発見しました。これまで、龍笛の破損を修理する過程でホゾを挿入したことから能管が派生した、という説を提唱する研究者がいましたが、その説を修正する必要がでてきたことになります。今回は、古い能管の音も聞いていただけるよう準備を進めていますし、あわせて鎌倉時代の仏像胎内に収められていた龍笛のX線写真も展示しています。この展示により、日本の伝統音楽に関心を寄せていただければ幸いです。
『無形文化遺産研究報告』の刊行

2006年度、芸能部が無形文化遺産部へと改組改称されたことにともない、報告書の誌名も『芸能の科学』から『無形文化遺産研究報告』へ改められました。今年度はその第3号となりますが、芸能に限定することなく無形の文化財全般を扱う報告書として、掲載している研究論文や報告の半数は直接「芸能」とは結び付かない内容となっています。準備が出来次第、これまでと同様に全内容のPDF版をホームページ上で公開する予定です。
第2回アジア無形文化遺産保護研究会

無形文化遺産部では、アジア地域における無形文化遺産保護の政策的な取り組みについて学ぶ研究会を昨年度より開催しています。今年度は、2009年2月19日に、韓国文化財庁無形文化財課長の金三基氏を迎え、「韓国の無形文化財制度」と題した講演をしていただき、外部からの関係者も交えて討議しました。とくに無形文化財の指定・保有者の認定のプロセスや、韓国の無形文化財保護制度の特徴といえる、無形文化財保有者に義務づけられた専授教育制度について詳細に紹介され、参加者からも活発な質問や意見が出されました。日本と韓国は、ともに世界に先駆けて無形の文化の保護を制度化してきましたが、今回の研究会ではその共通点と相違点が浮き彫りになり、それぞれが抱える問題点について双方の取り組みを参照することの有効性があらためて感じられました。