研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


大韓民国国立無形遺産院との研究交流(来訪研究員の受入)

宮崎県椎葉村における焼畑の耕作地の見学

 東京文化財研究所無形文化遺産部は平成20(2008)年より大韓民国の国立無形遺産院と研究交流を継続しています。その一環として令和元(2019)年9月17日から10月4日にかけて、国立無形遺産院の姜敬惠氏を来訪研究員として受け入れ、研究交流を行いました。
 今回の研究交流における姜敬惠氏の研究テーマは、日本における無形文化遺産としての農耕に関連した民俗技術の調査、特に焼畑農耕の現状に関するものでした。そこで私たち無形文化遺産部では、姜敬惠氏の現地調査に同行し、その研究の協力を行いました。
 滞在中には国内の二か所で現地調査を行いました。一か所目は静岡県静岡市の井川で、大井川の上流部に位置する山間の地域です。ここではかつて焼畑が盛んにおこなわれていましたが、戦後しばらくするとほとんど衰退し、かろうじて神社の祭礼に用いる粟を栽培するためだけに行われていました。しかし近年、民間の団体が主体となって焼畑を復活させて伝統作物の栽培を振興させようという動きが進んでいます。
 二か所目の調査地は宮崎県椎葉村で、九州中央山地の中に位置する山間の地域です。ここでもかつて焼畑は盛んに行われていましたが、戦後しばらくするとほとんど衰退し、かろうじて一軒の農家だけがその技術を継承してきました。しかしその農家を中心として焼畑を振興する団体が活動を行ってきたのに加え、小学校の体験学習で焼畑が行われたり、近年では新しい焼畑の保存会が立ち上げられたりするなど、盛り上がりを見せています。椎葉村の焼畑農耕技術は、平成24(2012)年に村指定の無形民俗文化財、平成28(2016)年に県指定の無形民俗文化財となっています。これに加え、平成27(2015)年に世界農業遺産「高千穂郷・椎葉山地域」に認定され、その存在は広く知られるようになってきました。
 韓国では、平成28(2016)年に「無形文化財保全および振興に関する法」が施行され、無形文化遺産としての伝統知識に対する関心が高まっており、韓国文化財庁でも平成29(2017)年から令和2(2020)年まで、現在伝承されている農耕に関連した伝統知識を調査しており、基礎資料データの蓄積や文化財指定などに活用しようとしているとのことでした。しかし韓国でも焼畑農耕の技術はすでにほとんど失われており、まだ文化財として指定に至ったものはないとのことでした。
 日本では、椎葉村の焼畑農耕技術が県と市の指定による無形民俗文化財となっていますが、農耕関連技術で国による指定を受けたものはまだひとつもありません。しかし井川や椎葉村で見てきたように、民間の団体がイニシアチブをとって焼畑を振興しようという動きが見られることは注目すべきです。また世界農業遺産のように、従来の文化財とは異なる枠組みを活用することも、今後は重要になってくるかもしれません。
 このように、焼畑をはじめとした伝統的な農耕技術をいかに保存し活用していくかについては、日本も韓国も共通した課題を持っているといえます。今回の共同研究で情報を交換し議論を進めることで、こうした共通の課題を解決するための糸口が見つかれば、意義深いことであると思います。

研究会「第二回無形文化遺産映像記録作成研究会」の開催

研究会の様子

 平成31(2019)年2月22日に研究会「第二回無形文化遺産映像記録作成研究会」を開催いたしました。
 多くの無形文化遺産は、人間の無形の「技」によって成り立っています。その「技」を記録するとき、文字記録のみならず、映像による記録も重要な役割を果たします。そのとき、どのような映像を作成するのが良いか、ということが課題となります。
 本研究所の無形文化遺産部では、平成15(2003)年~19(2007)年にかけて「無形の民俗文化財映像記録作成小協議会」を開催し、その成果を『無形民俗文化財映像記録作成の手引き』として公開しました。しかし近年の映像をとりまく環境の変化、とりわけデジタル機器の発展はめざましく、その内容のアップデートが期待されています。また上記の手引きは主に民俗芸能を撮影対象として念頭に置いていましたが、工芸技術や民俗技術など、他の種類の無形文化遺産についても適用できるものも期待されています。
 そこで新たに『無形文化遺産の映像記録作成のてびき』を作成すべく、本研究所では平成30(2018)年より「無形文化遺産映像記録作成研究会」を開催し、その内容を検討することといたしました。今回の研究会はその二回目となります。
 今回の研究会は、前半には近年注目が高まっている4K/8Kの映像技術について、その可能性および文化財・文化遺産の記録への応用について考えるべく、専門家である金森宏仁氏(株式会社Over 4K)に発表をしていただきました。その中で、4K/8Kの技術によって映像が高精細化するだけでなく、色の再現性(色域・輝度)などにおいても向上がなされることが指摘され、文化財を記録する上でも重要な意味を持つことを理解することができました。
 後半では、『無形文化遺産の映像記録作成のてびき』の内容を検討すべく、その章立てについて参加者全員で討議をおこないました。その中では、無形文化遺産の対象によって記録作成の方法が異なることに留意すべきであることや、過去に撮影された映像記録のメディア(フィルムや磁気テープなど)の保存と活用についても留意すべきなど、参加者から様々な提言がなされました。こうした意見を参考とさせていただきながら、本研究所では『無形文化遺産の映像記録作成のてびき』の作成を進めていきたいと考えています。

「アジア太平洋の無形文化遺産と自然災害に関する地域ワークショップ」開催報告

女川町における「獅子振り」の実演の見学

 平成30(2018)年12月7日から9日にかけて仙台市で開催されたアジア太平洋無形文化遺産研究センター(IRCI)主催の「アジア太平洋の無形文化遺産と自然災害に関する地域ワークショップ(Asia-Pacific Regional Workshop on Intangible Cultural Heritage and Natural Disasters)」に、共催機関として本研究所から山梨絵美子副所長をはじめとする7名のスタッフが参加しました。このワークショップは、平成28(2016)年度よりIRCIが進めてきた事業「アジア太平洋地域の無形文化遺産と災害リスクマネジメントに関する研究」のまとめとして開催されたものです。なお本事業の実施にあたっては本研究所無形文化遺産部が協力し、これまでベトナム・フィリピン・フィジーにおける現地調査にもスタッフを派遣してきました。
 今回のワークショップでは、アジア太平洋地域の8か国から文化遺産や災害リスクマネジメントの専門家を招き、そこに国内外の専門家を加え、自然災害からどのようにして無形文化遺産を守るかについて報告と議論をおこないました。また2日目には本研究所無形文化遺産部の久保田裕道の案内で、宮城県女川町へのエクスカーションを実施し、東日本大震災からの復興において無形文化遺産が果たした役割について、その実情を参加者に見てもらう機会を持ちました。
 このワークショップにおける議論を通じて、無形文化遺産と自然災害との関係についてのとらえ方が国や地域によって異なるようであることが印象に残りました。例えば日本の専門家は、無形文化遺産が被災したコミュニティの絆を取り結び、復興に向かう力の源となるという側面を強調していたのに対し、海外の専門家の何人かは、伝統的な知識の中には自然災害を予測したり、あるいはそれに備えたりするためのものが含まれているという点を強調していました。ユネスコの「無形文化遺産の保護に関する条約」では無形文化遺産の分野の一つとして「自然及び万物に関する知識及び慣習」が挙げられ、伝統的な知識は無形文化遺産であるという認識が一般的です。一方で日本の文化財保護法においては、伝統的な知識は無形文化財のカテゴリとしては明確に位置づけられていません。
 もちろん日本においても、津波石碑のように自然災害に関する民俗的な記録や知識は注目されてきましたが、無形文化遺産と自然災害との関係という文脈において語られることは少なかったかもしれません。今回のワークショップを通じ、国や地域によって考え方に違いがあることを知り、またそうした違う考えの人たちと議論することができたことは、私たちのものの見方を広げる上でも有意義な機会であったと思います。

研究会「ネパールにおける無形文化遺産の現状と課題」の開催

研究会の様子

 平成30(2018)年12月10日に研究会「ネパールにおける無形文化遺産の現状と課題」を開催いたしました。研究会では、ネパール国立博物館のJaya Ram Shrestha館長とYamuma Maharjan学芸員をお招きし、ネパールの無形文化遺産の現状と課題について話していただきました。また本研究所からは石村智・久保田裕道(無形文化遺産部)が、本研究所が実施するネパールの無形文化遺産の調査について報告しました。加えて、ネパールの都市景観の保全に携わってきた森朋子氏(札幌市立大学)からコメントをいただきました。
 ネパールには多様な民族と宗教が共生しており、それにまつわる豊かな無形文化遺産が存在します。しかし平成27(2015)年4月に発生した大地震により、多くの地域が甚大な被害をこうむり、それにより伝統文化も少なくない影響を受けました。また近年進む急速な近代化により、伝統文化もまた変容を余儀なくされています。そうしたネパールの無形文化遺産の現状を知り、また研究会に参加いただいた国内のネパール研究者の間においても情報共有をし、ネパール人専門家と交流する場とすることができ、有意義なひと時となりました。
 なお本研究会は平成30年度文化庁委託文化遺産国際協力拠点交流事業「ネパールの被災文化遺産保護に関する技術的支援事業」の一環として実施されました。

ユネスコ無形文化遺産保護条約第13回政府間委員会への参加

会場の外観
「来訪神:仮面・仮装の神々」記載の決議のときの議場の様子

 平成30(2018)年11月26日から12月1日にかけて、インド洋に位置する島しょ国モーリシャスの首都ポートルイスにてユネスコ無形文化遺産保護条約第13回政府間委員会が開催され、本研究所からは2名の研究員が参加しました。
 今回の委員会では、日本から提案された「来訪神:仮面・仮装の神々」の代表一覧表記載について審議が行われ、29日に「記載」との決議がなされました。これは、平成23(2011)年の第6回政府間委員会で日本の「男鹿のナマハゲ」の提案に対し、既に代表一覧表に記載されていた「甑島のトシドン」との類似性を指摘され、「情報照会」の決議を受けたため、「男鹿のナマハゲ」をはじめ、沖縄県宮古島の「パーントゥ」や鹿児島県悪石島の「ボゼ」など国指定重要無形民俗文化財(保護団体認定)の10件を構成要素としてグループ化し、「甑島のトシドン」の拡張提案としたものです。そのため日本からの代表一覧表記載の無形文化遺産の数は、以前と変わらず21件です。しかし、国内においてはより多くの遺産がユネスコ無形文化遺産となりました。
 今回の委員会で審査された他の遺産のうち、とりわけジャマイカが提案した「レゲエ音楽」が代表一覧表に記載されたことは特筆すべきです。「レゲエ音楽」は、当初は評価機関(Evaluation Body)により「情報照会」と勧告され、今回の記載の決議は見送られる可能性がありましたが、委員国による議論の結果、「記載」と決議されるに至りました。
 なお、今回の委員会から2022年まで日本は委員国を務めます。今回の委員会でも、本研究所が取り組んでいる「無形文化遺産の防災」の事例と、アジア太平洋無形文化遺産研究センター(IRCI)が取り組んでいる「アジア太平洋地域の無形文化遺産と災害リスクマネジメントに関する研究」の事例が日本代表団から紹介されるなど、緊急状況下にある無形文化遺産の保護について、日本の取り組みが一定の貢献を果たしていることが強調されました。今後も我が国が政府間委員会で存在感を示すことが期待されます。
 一方で政府間委員会の進め方に関する懸念も感じられました。近年は、評価機関による「情報照会」の勧告を委員会が「記載」に覆すことが多くなりましたが、今回もそのようなケースが散見されました。また条約の運用指示書が認めていない手続きの実施が委員会で決議される事例もありました。事実、こうした委員会の進め方に対して、一部の締約国からは懸念が示されており、今後の委員会の進め方に課題を残したといえるでしょう。

滋賀県における曳山金工品修理技術の調査

修理のために取り外された曳山の金具(車軸軸先金具)
作業を行う辻清氏

 無形文化遺産部ではこれまで文化財の保存技術に関する調査研究を行ってきました。有形・無形の文化財を後世に伝えていくためには、文化財そのものだけではなく、文化財を保存修復する技術、それに用いられる材料や道具の製作技術なども保存・継承されてゆく必要があります。こうした技術を我が国の文化財保護法では「文化財の保存技術」と呼び、そのうち特に保存の措置を講ずる必要があるものを「選定保存技術」として選定し、保存・保護の取り組みが行われています。しかし国によって保護の対象となる技術は、全体の中ではわずかな割合に過ぎません。国に選定されていない技術についても目を配り、調査研究の対象にすることも、本研究所の重要な役割と考えています。
 平成30(2018)年度は滋賀県教育委員会と共同で、滋賀県選定保存技術「曳山金工品修理」の保持者である辻清氏の調査を行っています。氏は、国の重要無形民俗文化財に指定され、ユネスコ無形文化遺産「山・鉾・屋台行事」の構成要素でもある「長浜曳山祭」で用いられる曳山の錺金具などの金工品を修理する技術の保持者で、これまで数多くの曳山の修理に携わってきました。現在は、滋賀県日野町で行われる「日野曳山祭」(県指定無形民俗文化財)で用いられる金英町曳山(芳菊車)の金工品の修理に携わっており、私たちはその作業の様子を調査し、映像で記録させていただいています。
 いうまでもなく、曳山祭を実施するためには曳山の存在が必要不可欠です。そのため、曳山祭という無形の文化財を保存・継承していくためには、曳山を修理する技術も保存・継承していかなければなりません。しかしそうした技術の後継者が不足していることも事実です。私たちの調査研究は、こうした技術を記録保存という形で後世に残していくこともひとつの目的ではありますが、普段あまり注目されることの少ないこうした文化財の保存技術に光を当て、その重要性を指摘することも目的のひとつと考えています。

大韓民国国立無形遺産院との研究交流(来訪研究員の受入)

奥能登における揚げ浜式製塩の調査風景
宇治における製茶の調査風景

 東京文化財研究所無形文化遺産部は平成20(2008)年より大韓民国の国立無形遺産院と研究交流を継続しています。その一環として平成30(2018)年10月15日から11月2日にかけて、国立無形遺産院学芸士の尹秀京氏を来訪研究員として受け入れ、研究交流を行いました。
 今回の研究交流における尹秀京氏の研究テーマは、日本における無形文化遺産としての民俗技術に関するもので、特に製塩と製茶に焦点を絞ったものでした。そこで私たち無形文化遺産部では、国の重要無形民俗文化財に指定されている奥能登の揚げ浜式製塩(石川県珠洲市)と、静岡県静岡市および京都府宇治市における製茶の現地調査に同行し、その研究のサポートを行いました。
 無形文化遺産としての民俗技術は、日本では無形の民俗文化財の三つのカテゴリーのひとつとして、風俗慣習および民俗芸能と並んで位置付けられていますが、実は民俗技術が加えられたのは平成16(2004)年の文化財保護法改定の時のことです。2018年現在、国の重要無形民俗文化財に指定されているものは309件ありますが、そのうち民俗技術のカテゴリーに入れられたものはわずか16件しかありません。また製塩については奥能登の揚げ浜式製塩が国の重要無形民俗文化財に指定されていますが、製茶については都道府県による指定を受けているものはあるものの、国の指定を受けたものはまだひとつもありません。ただし宇治市の「宇治茶」については、茶園および製茶場が国の重要文化的景観である「宇治の文化的景観」の構成要素となっており、また日本遺産「日本茶800年の歴史散歩」の構成要素にもなっています。
 いっぽう大韓民国では、無形文化財のカテゴリーのひとつに「伝統知識」があり、製塩と製茶はその中に位置づけられ、国の文化財として指定されているとのことでした。さらにその際、保持者や保護団体を特定しなくても、広範囲の地域に伝承されてきたものを包括的に指定することができるとのことでした。日本の文化財保護法では、無形の民俗文化財を指定する際にはその保護団体を認定する必要があります。無形文化財の保護制度において、日韓の間で相違があるのは興味深いことです。
 こうした研究交流の良い点は、互いの国の無形文化遺産の違いを知るとともに、その保護のあり方の違いを知ることにもつながることです。こうした情報の交換を通じて、お互いの国でそれぞれ、より良い文化遺産保護のあり方を見直すきっかけになれば意義深いことでしょう。

ユネスコ・アジア文化センター(ACCU)が実施する現地研修(フィジー)への協力

研修の開会式の様子
実物の資料を用いて分類・整理作業を行う研修生

 平成30(2018)年10月22日から27日にかけて、ユネスコ・アジア文化センター(ACCU)文化遺産保護協力事務所(奈良市)がフィジーにおいて現地研修「文化遺産ワークショップ2018(フィジー)」を実施しました。この現地研修では、ACCUとフィジー博物館、文化庁が共催し、博物館収蔵品(主に考古学資料・民族資料)の記録法についてのワークショップを実施しました。研修にはフィジー国内から12名の博物館関係者が参加したのに加え、隣国であるトンガ王国からも1名の参加がありました。このワークショップのうち、前半の22日から24日にかけての3日間について、本研究所無形文化遺産部の石村智・音声映像記録研究室長が講師をつとめました。
 研修では、実際の考古学遺跡から出土した土器資料を用い、まず文様や部位(口縁部・胴部など)ごとに分類し、整理したものを台帳に記録する作業を研修生に体験してもらいました。次に、分類したものの中から特徴的な遺物をピックアップしてもらい、それぞれの遺物について拓本と実測図(断面図)を作成する作業を体験してもらいました。最後に、完全な形(完形)の土器の実測図の作成を練習してもらいましたが、これには練習用のレプリカを使用しました。最後に、作成した拓本および実測図をカード化して整理する作業を体験してもらいました。
 現地研修の良い点は、現地にある資料を実際に用いて作業を体験してもらえることで、より実践的な技術移転を果たすことができます。いっぽうで難しい点は、現地ごとに資料の性格が異なるため、それに合わせた研修内容を考え、工夫しなければいけないことです。例えばフィジーでは、遺跡から完形の土器が出土することはまれで、多くの場合、細かい破片の状態で見つかります。ACCUが日本国内で実施する考古学研修では、完形土器の実測の練習に重点を置いていますが、今回の現地研修では現地の実情に合わせ、土器の破片の分類・整理や、拓本による記録法に多くの時間をあてました。
 実際に研修生の多くは、実務で資料を様々な方法であつかってきたものの、システマティックに資料を分類・整理して記録を作成するプロセスを示した今回の研修は新鮮だったようで、興味を持って取り組んでくれたようでした。この研修が、この地域における文化財の保存に資するものになれば幸いです。

世界社会科学フォーラム(WSSF)への参加とミクロネシア伝統航海士の招へい

世界社会科学フォーラム(WSSF)で発表するライゲタル氏(福岡市)
カヌーの造船技術について意見交換するライゲタル氏とNPO法人日本航海協会のメンバー(日向市)

 平成30(2018)年9月25~28日に福岡市で「世界社会科学フォーラム(WSSF)」が開催されました。これは社会科学の国際会議としては最大規模のもののひとつで、25日の開会式には皇太子同妃両殿下も行啓され、皇太子殿下からは開会の挨拶を賜りました。26日には東京文化財研究所無形文化遺産部とユネスコ大洋州事務所が共同でチェアをつとめるセッション「太平洋島嶼国における帰属の文化の育成―文化遺産と文化的表現の多様性の保護及び促進を通して」が催されました。このセッションにあたって本研究所は、ミクロネシア連邦ヤップ州を拠点にカヌー文化の復興と環境問題に取り組むNGO団体Waa’geyを主宰し、自身も伝統的航海術の保持者であるラリー・ライゲタル(Larry Raigetal)氏を日本に招へいし、特に無形文化遺産としてのカヌー文化の保存と活用について意見交換をする機会を得ることができました。
 同セッションでは、本研究所の石村智とユネスコ大洋州事務所の高橋暁氏が司会をつとめ、ライゲタル氏の発表の他、ニュージーランド先住民(マオリ)の研究者であるサンディ・モリソン(Sandy Morison)氏(University of Waikato)、栗原祐司氏(京都国立博物館副館長)の発表に加え、日本オセアニア学会会長の山本真鳥氏(法政大学)からのコメントを得ました。セッションでは、大洋州における有形・無形の文化遺産をいかに保全し、さらにそれをいかに文化復興につなげていくかについて、活発な議論がなされました。
 とりわけライゲタル氏の発表では、自身が保持しているカヌーの伝統的航海術、とりわけ星を観測しながら航海をおこなうスター・ナビゲーションの知識に言及しつつ、気候変動やグローバリゼーションという状況の中で伝統文化を持続可能な形で守っていくことが現代社会の問題を解決する鍵になるという意見が述べられました。氏は国連気候変動会議に参加するなど、国際的にも幅広い知見を有していることから、その意見は示唆に富んだ貴重なものとなりました。
 同会議の後の29日は、NPO法人日本航海協会(代表:奥智樹氏)が宮崎県日向市で開催したワークショップに招かれ、同団体のメンバーとライゲタル氏の間で意見交換をする機会が持たれました。同団体は、パラオ共和国から日本に寄贈された伝統的航海カヌーの修復と試験航海を手掛けており、さらに古代日本の航海術の復元を試みるといった活動を行っています。同団体とライゲタル氏との交流を通じて、カヌー文化のつながりが大洋州のみならず日本にまでつながり、両地域の連携の機運を盛り上げていくことになればと思います。
 東京文化財研究所はこれまで、平成28(2016)年5月にグアムで開催された第12回太平洋芸術祭において、カヌー文化の復興に関する専門家や保持者を一堂に会した「第一回カヌーサミット」を主催するなど、大洋州におけるカヌー文化の保存と活用についての国際協力に携わってきました。現在、大洋州ではカヌー文化をユネスコ無形文化遺産として推薦しようという機運も高まってきています。こうした動向に、国際協力の一環として今後も本研究所が貢献することができればと思っています。

標津イチャルパの調査と地域の遺産

伊茶仁カリカリウス遺跡で行われた標津イチャルパの様子

 平成30(2018)年6月17日、標津町のポー川史跡自然公園内の国指定遺跡・伊茶仁カリカリウス遺跡においてアイヌの伝統的な儀式「イチャルパ」が執り行われ、無形文化遺産部の研究員も見学に訪れました。
 この標津イチャルパは、アイヌの和人に対する抵抗運動のひとつである寛政元(1789)年のクナシリ・メナシの戦いで処刑された23人のアイヌを供養するためのものです。標津アイヌ協会の主催で平成21(2009)年に始まり、今回で10回目を数えます。儀式では、前半で御神酒を神に捧げるカムイノミがおこなわれ、後半では亡くなった人を供養するイチャルパが行われ、最後に歌と踊りであるウポポとリムセが行われれました。
 標津イチャルパが行われた場所は、考古学的にはトビニタイ文化と呼ばれる時期(およそ9~13世紀)を中心に集落が営まれた伊茶仁カリカリウス遺跡であり、遺跡の前面に展開する標津湿原と併せて、現在ではポー川史跡自然公園として整備されています。厳密にいうと、伊茶仁カリカリウス遺跡の最盛期とクナシリ・メナシの戦いの起こった時期は一致しませんが、遺跡がこの地のアイヌの祖先たちによって営まれたものであると考えられることから、アイヌの伝統的儀式を復活させるにあたって、それを執り行う場として選ばれたようです。
 文化財の活用が求められている昨今において、標津イチャルパの事例は遺跡の活用の一例としてひとつのモデルケースとなりえるでしょう。というのも、遺跡が持つ無形的要素、すなわちアイヌの祖先の地という「文化的空間」を生かした形での活用がなされているからです。つまり遺跡の歴史的価値が、今日のアイヌの文化復興において文化資源として活用されている、とみることができます。
 一方で、伊茶仁カリカリウス遺跡の文化資源の価値は、ただアイヌにとってのみのものではありません。標津イチャルパにあわせて、現地では市民向けに「ポー川まつり」が開催され、カヌー体験や、学芸員による史跡ガイドツアー、縄文こども村などの各種のイベントが執り行われています。また教育の一環として、地域の小学生たちがイチャルパに参加するという試みも継続的に行われています。実際に標津町内においても、人口の大半はアイヌをルーツにもたない人たちですが、こうした人たちにとっても、遺跡が地域の文化資源として活用されているのです。また同時に、アイヌをルーツに持つ人たちと持たない人たちとが交流する場ともなっているのです。
 近年では、標津町をはじめとする道東1市4町(根室市・別海町・標津町・中標津町・羅臼町)が協力して、この地域の遺産を「日本遺産」としてノミネートしようという動きも進められています。伊茶仁カリカリウス遺跡は、その中でも主要な構成要素として位置付けられています。北海道という、多様なルーツを持つ人たちが共に暮らす地域において、地域の遺産というものをどのようにとらえていくのかは難しい課題でもありますが、このような標津町をはじめとする道東地域の動向については、今後も引き続き注目したいと考えています

大韓民国国立無形遺産院との研究交流

復元された済州島の碾磨と碾磨小屋
国立無形遺産院での研究発表会の様子

 東京文化財研究所無形文化遺産部は平成20(2008)年より大韓民国の国立無形遺産院と研究交流をおこなっています。本研究交流では、それぞれの機関のスタッフが一定期間、相手の機関に滞在し研究をおこなうという在外研究や、共同シンポジウムの開催などをおこなっています。本研究交流の一環として、平成30年(2018)年4月23日から5月7日までの半月間、無形文化遺産部音声映像記録研究室長の石村智が大韓民国に滞在し、在外研究をおこないました。
 今回の在外研究の目的は、植民地時代の朝鮮半島において日本人研究者がおこなった人類学・民俗学的研究の動向を調査し、その今日的意味を批判的に問い直すというものです。今回の研究では特に、京城帝国大学助教授として終戦まで朝鮮半島で活動し、帰国後に東京大学で日本初となる文化人類学研究室の設立に携わった、泉靖一教授(1915-1970)の足跡をたどる調査をおこないました。
 在外研究の期間の前半は、泉が1930年代と60年代に調査をおこなった済州島を訪れ、泉が実際に調査に入った村落を訪れて聞き取り調査をおこなうなどの調査をおこないました。その結果、済州島の社会は昭和23(1948)年から昭和29(1954)年まで続いた四・三事件の影響で大きく変容し、村落の住民もほとんどが入れ替わってしまうほどであったことがわかりました。しかし幸いにも今回、泉が最初に調査をした30年代からずっと同じ村落に住み続けている老人に会うことができ、村落の変容の具体的な様相を明らかにすることができました。また泉は自身の調査を通じて、製粉のための碾磨(ひき臼)を共同所有する複数の家族が済州島の社会集団を構成する一単位であるとみなし、それを「碾磨集団」と定義しました。しかし今回の調査を通じて、碾磨の使用は50年代から60年代にかけてほぼ消滅し、その背景には社会変化だけでなく製粉作業の機械化の影響があることも分かりました。
 在外研究の後半では、国立無形遺産院がある全州に滞在し、国立無形遺産院のスタッフたちと交流を深めつつ済州島の調査内容を整理し、その成果を研究発表会で報告しました。
 今回の在外研究を通じて、戦前・戦後の時期を通じて済州島をはじめとする大韓民国の社会が大きく変容したこと、そして過去の人類学・民俗学的調査の資料は、そうした変容過程を理解する上でも、今日的な意義を持っていることを確認することができました。
最後に、今回の研究交流において、調査のサポートをしてくださった李明珍さん(国立無形遺産院)と李德雨さん(神奈川大学)に感謝いたします。

タイ文化省代表団の来訪

タイ文化省代表団との意見交換
本研究所実演記録室の視察

 平成30(2018)年3月13日に、タイ文化省(Ministry of Culture)からPradit Posew文化振興局副局長を団長とする5名の代表団が東京文化財研究所を訪問し、本研究所の研究員と意見交換を行いました。
 タイは平成28(2016)年にユネスコの無形文化遺産の保護に関する条約を批准し、現在、国内の無形文化遺産のインベントリ作成を推し進めるとともに、平成29(2017)年には「Khon(タイの伝統的な仮面舞踏劇)」と「Nuad Thai(伝統的なタイのマッサージ)」の2件を「人類の無形文化遺産の代表的な一覧表」に記載するための申請をしたとのことです。このうち前者の遺産は、平成30(2018)年11月26日~12月1日にモーリシャスで開催される、ユネスコの無形文化遺産の保護に関する第13回政府間委員会で審査される予定です。
 今回の代表団の来訪の目的は、無形文化財・無形文化遺産の保存と活用について長年の経験と蓄積のある日本の現状を視察し、専門家と意見交換をすることでした。本研究所における意見交換では、両国の専門家がそれぞれ自国の無形文化遺産の現状を報告し、質疑応答とともに、両国に共通する課題についての議論もおこなわれました。その中でも、無形文化遺産をいかに次の世代に伝承していくかは、日本とタイのいずれにおいても重要な課題であるという認識で一致しました。
 日本では近代化の中で、これまでに多くの伝統的な文化が姿を消していきました。タイは現在、急速に経済が成長し、開発も進展する一方で、伝統的な文化が衰退・消滅するおそれもはらんでおり、経済発展と文化の保護をいかに両立するかが重要な課題です。そうしたとき、日本の事例を成功例だけでなく失敗例もあわせて参照してもらうことで、無形文化遺産の伝承にとってより良い道を探ることができるのではないかと思いました

台湾中央研究院における国際シンポジウム「東アジアにおける文化遺産と宗教」への参加

会場となった台湾中央研究院民族學研究所
国際シンポジウムの様子

 平成30(2018)年1月8日から9日にかけて、台湾の中央研究院(Academia Sinica)とオーストラリア国立大学が共同で主催する国際シンポジウム「東アジアにおける文化遺産と宗教(Cultural Heritage and Religion in East Asia)」が中央研究院民族學研究所において開催されました。本シンポジウムには、台湾をはじめ、香港、韓国、オーストラリア、アメリカ、イギリスなどの多くの国から文化遺産を研究する専門家が参加し、本研究所からは無形文化遺産部音声映像記録研究室長の石村智が招待を受け、研究発表をおこないました。発表タイトルは「日本における宗教に関連した無形文化遺産と保護制度(Intangible cultural heritage and the protection system related to religion in Japan)」で、東大寺の修二会と祇園祭の山鉾巡行を題材に、宗教に関連した無形文化遺産については文化財保護法の範疇で含めることのできる要素とできない要素とがあることを論じました。本発表に対しては、韓国の研究者がコメンテーターとして、戦後日本の政教分離の政策にも言及しつつ、様々な観点からレビューをおこないました。
 本シンポジウムに参加した感想としては、東アジアの多くの国や地域では宗教は無形文化遺産の重要な要素のひとつと認識されており、そのことが保護政策や観光政策に反映されている事例が多いということがわかりました。そのことにより、遺産の宗教的要素が守られるという肯定的な側面がある一方で、宗教的要素が観光や開発のもとで本来の形を失ってしまうこともあるという否定的な側面もあるということがわかりました。
 ひるがえって我が国の文化財保護法においては、基本的に宗教的要素をその範疇に含めないという方針がとられています。しかし現実には、宗教団体が主体となっておこなう祭礼は文化財として指定することは難しいが、地域住民などのコミュニティが主体となっておこなう祭礼は文化財として指定することが可能であるという判断がなされています。しかし実際の祭礼においては、宗教的要素とそうでない要素を分けることは難しい場合が多いのも事実です。
 海外の事例と比較することで、日本では何を「文化遺産」として捉えているのか、つまり「文化遺産」とは何なのか、そうしたことを考えさせられる有意義なひと時でした。

フィリピンにおける無形文化遺産の防災に関する調査

棚田の様子(イフガオ州ハパオ村)
地機による機織りの様子(イフガオ州オオン村)

 大阪府堺市にあるユネスコのカテゴリー2センターであるアジア太平洋無形文化遺産研究センター(IRCI)は、平成28(2016)年度よりアジア太平洋地域における無形文化遺産の防災に関する調査研究を実施しており、本研究所の無形文化遺産部もその事業に継続的に協力してきました。このたびIRCIが実施するフィリピンでの現地調査に、IRCIの連携研究員である石村智・無形文化遺産部音声映像記録研究室長が参加しました。
 フィリピンは自然災害に見舞われることの多い国です。例えば1991年のルソン島のピナトゥボ火山の噴火では、近くに暮らす先住民のアエタ族が大きな被害を受けました。また近年では2013年10月にボホール島周辺で地震が発生し、セブ島にある同国最古の教会であるサント・ニーニョ教会などの歴史的建造物が被害を受け、さらに同年11月の台風「ヨランダ」はレイテ島をはじめとする各地に大きな被害をもたらしました。こうした災害から、有形の文化遺産とともに無形の文化遺産をいかに守っていくか、というのは大きな課題です。
 今回はルソン島北部のコルディリェーラ地域のイフガオ州とアブラ州を対象として現地調査をおこないました。コルディリェーラ地域は山岳地帯で、多くの先住民が暮らす地域であるため、多様な無形の文化遺産が所在する地域ですが、開発が立ち遅れている場所も多く、災害に対して脆弱性をはらんでいる地域であるともいえます。調査にはIRCIの野嶋洋子アソシエイトフェローと石村室長に加え、フィリピン側からは文化芸術国内委員会(National Commission for Culture and the Arts)のスタッフ2名とフィリピン大学教授で染織の専門家であるノーマ・レスピシオ博士(Prof. Norma Respicio)の計5名が参加しました。調査期間は平成30(2018)年1月24日から2月1日でした。
 このうちイフガオ州は、ユネスコ世界文化遺産「コルディリェーラの棚田群」で有名ですが、この遺産はかつて人口流出や耕作放棄により「危機遺産」に指定されたこともありました。その後、コミュニティ主体の文化復興の運動が進み、また「イフガオ族のフドフド詠歌」とイフガオ州ハパオ村の伝統綱引きの行事(ベトナム・カンボジア・韓国・フィリピンによる共同提案「綱引き」の構成要素の一つとして)がユネスコ無形文化遺産に登録されました。イフガオ州は険しい山岳地形が多いため、台風や地震などによって引き起こされる地滑りが深刻な問題で、棚田をはじめ、家屋や道路が危険にさらされることも多いとのことでした。しかし近年ではコミュニティが主導する観光をはじめとした開発が活発で、伝統的な織物や木彫などの手工芸も盛り上がってきている様子をうかがうことができました。このようにイフガオ州では、ユネスコの世界遺産や無形文化遺産といったブランド力をうまく活用しながら、伝統文化を現代的な形で適応させるのに成功しているようでした。
 アブラ州は、コルディリェーラ地域の中では比較的低地で、河川沿いの盆地を中心とした地域ですが、山岳部での森林伐採や鉱山開発により、河川の氾濫と洪水という災害の危険性にさらされているとのことでした。それに対し、先住民が伝統的におこなってきた資源利用の慣習を、現代の法制度の中に組み込んだ「ラパット・システム(Lapat system)」が施行され、持続可能な開発がおこなわれている様子をうかがうことができました。またこの地域では、伝統的文化も色濃く残されており、とりわけピナイン(pinaing)と呼ばれる聖なる石を祀った儀礼や、バグラン(baglan)と呼ばれる霊能者がおこなう儀礼などが、キリスト教の思想や現代の科学的知識と共存し、地域のアイデンティティを支えている様子をうかがうことができました。
 今回の調査地は、いずれも災害に対して脆弱な地域であるにも関わらず、持続可能な開発に沿った形で伝統的文化を活用し、レジリエンスをうまく発揮している様子をうかがうことができました。こうした事例は、無形文化遺産の防災を国際的に検討するにあたって、重要な示唆を与えてくれるものと考えます。

ユネスコ無形文化遺産保護条約第12回政府間委員会への参加

第12回政府間委員会の会場の様子

 12月4日から9日にかけて、大韓民国済州島にてユネスコ無形文化遺産保護条約第12回政府間委員会が開催され、本研究所からは3名の研究員が参加しました。
 近年は政府間委員会での議題数も増えてきている傾向にあるため、昨年までより1日長い6日間の会期となりました。本年の委員会では、新たに6件の遺産が「緊急保護リスト」に、33件の遺産が「代表リスト」に記載されました。なお本年は日本から提案された遺産はありませんでした。
 また議題15「緊急事態下における無形文化遺産」の議論においては、日本代表団から、本研究所が取り組んでいる「無形文化遺産の防災」の事例と、アジア太平洋無形文化遺産研究センター(IRCI)が取り組んでいる「アジア太平洋地域の自然災害・武力紛争下における無形文化遺産の保護」の事例が紹介されました。また本研究所は、無形文化遺産部が2017年3月に作成した冊子『無形文化遺産の防災(Disaster Prevention for Intangible Cultural Heritage)』を会場内で配布しました。
 国際的にも、いかに自然災害などから無形文化遺産を保護するのかという課題が注目を集めています。そうした中で本研究所は、東日本大震災後の文化財レスキューや311復興支援・無形文化遺産アーカイブスの構築といった、災害に対する文化遺産の保護について多くの経験を蓄積してきました。こうした本研究所の成果を国際社会に還元し貢献することは、本研究所にとっても重要な役割であると考えています。

フィジーにおける無形文化遺産の防災に関する調査

現地調査をおこなったビチレブ島東部N村の様子
現地住民への聞き取り調査の様子

 大阪府堺市にあるユネスコのカテゴリー2センターであるアジア太平洋無形文化遺産研究センター(IRCI)は、平成28(2016)年度よりアジア太平洋地域における無形文化遺産の防災に関する調査研究を実施しており、本研究所の無形文化遺産部もその事業に継続的に協力してきました。このたびIRCIが実施するフィジーでの現地調査に、IRCIの連携研究員である石村智・無形文化遺産部音声映像記録研究室長が参加しました。
 フィジーは大洋州地域の島しょ国で、平成28(2016)年3月に熱帯サイクロン「ウィンストン」が直撃したことにより、多くの地域が甚大な被害に見舞われました。今回の現地調査では、首都のあるビチレブ島東部の、特に被害が大きかった2村落で調査をおこない、現地住民から無形文化遺産と災害に関する聞き取り調査を実施しました。調査には、IRCIの野嶋洋子アソシエイトフェロー、フィジー博物館のエリザベス・エドワード氏、フィジー先住民省のイライティア・セニクラジリ・ロロマ氏、石村室長の4名が参加しました。調査期間は平成29(2017)年9月23日から10月3日です。
 いずれの村も、建物のほとんどがサイクロンによって破壊されたそうですが、フィジー政府や海外のNPOなどからの支援によって住宅の再建が進んでいました。しかし新しく建てられた住宅のほとんどは、トタン板やコンクリートブロックなどの近代的な素材を多用した建築であり、ブレと呼ばれる木造で茅葺の伝統的なスタイルの建築は完全に姿を消していました。
 地域住民への聞き取りでは、伝統的な知識の中に、サイクロンの到来を予知するような、防災に関連したものが多く含まれていることが明らかになりました。例えば、果物が多く実ったとき、特にパンノキのひとつの枝に複数の実が出来たときは、それがサイクロンの前兆とみなされてきたといいます。しかし近年ではこうした知識は軽んじられ、十分に活かされなくなったといいます。
 また聞き取りによって明らかになったことは、伝統的なブレの住宅は1960年代以降、その数は徐々に減り、昭和47(1972)年の熱帯サイクロン「べべ」の被害によってほとんど姿を消し、平成5(1993)年の熱帯サイクロン「キナ」の被災後には完全に姿を消してしまったとのことでした。しかし一方でブレの建物は、暑さや寒さをしのぐのに適しており、住み心地が良かったという意見も聞かれました。しかしブレの建物を作れる技術を持った人はほとんどいなくなってしまったとも聞きました。
 今回の現地調査で、災害が伝統的な生活様式を変化させ、それにともなう無形の技術も失われていく傾向にあることがわかりました。しかしそれは単に災害だけに原因があるのではなく、グローバル化や現代化の影響も大きいことがわかりました。
 こうした現地調査で得られた知見をもとに、私たちは「復興」と「文化の保護」をどのように両立させることができるかを、考えていきたいと思います。

ユネスコ・アジア文化センター(ACCU)が実施する研修への協力

実演記録室における臨地研修

 公益財団法人ユネスコ・アジア文化センター文化遺産保護協力事務所(奈良市)は、平成29(2017)年10月10日から11月3日にかけて「文化遺産の保護に資する研修2017:博物館等における文化財の記録と保存活用」を実施しましたが、本研究所の無形文化遺産部もこの事業に協力し、平成29(2017)年10月30日午後に本研究所にて「臨地研修:無形文化遺産の記録法」の講義を担当しました。講師は石村智・無形文化遺産部音声映像記録研究室長です。
 本研修には、大洋州地域から6名(フィジーから3名、パプアニューギニアから2名、ソロモン諸島から1名)の研修生が参加していました。いずれも博物館などで実務に携わる専門家です。講義では、まず前半で日本における無形の文化財の保護制度について解説し、後半では具体的な無形文化遺産の記録法について解説しました。後半では特に映像による記録法について説明し、実際に無形文化遺産部が作成している映像記録(講談の記録作成、木積の藤箕製作技術の記録作成など)を教材として使用しました。
 今回の研修生の出身地域である大洋州地域には、多様な無形文化遺産が存在するものの、その記録作成についてはまだまだ十分ではないとのことでした。特に無形の技術は動きをともなうものが多く、文字などによる記録では十分でないことが多いため、映像による記録法の重要性については大いに認識してもらったようでした。また質疑応答においても、「日本では口承伝承の記録はどのようにおこなっているのか」など、具体的な内容に及ぶものも多く、彼らの関心の高さを感じることが出来ました。
 これまで無形文化遺産部が培ってきた研究成果を、日本国内のみならず国外の文化遺産の保護にも貢献することができれば意義深いことであると実感しました。

8月施設見学

東文研正門前にて

 ミクロネシア連邦よりMarcelo K. Petersonポーンペイ州知事、Esmond B. Moses連邦議会議員の2名が、一般財団法人国際協力推進協会(APIC)の佐藤昭治常務理事(元駐ミクロネシア日本国特命全権大使)の案内で無形文化遺産部を訪問し、文化遺産・伝統文化の保護等に関する意見交換をおこないました。意見交換では片岡修氏(関西外国語大学国際文化研究所研究員)・益田兼房氏(立命館大学歴史都市防災研究所上席研究員)も同席し、2016年にユネスコ世界遺産に登録された同国のナンマトル(ナン・マドール)遺跡の保存と活用についても意見交換をおこないました。

「鵜飼船プロジェクト」の終了と進水式

完成した船とプロジェクトメンバー
進水式では船を3度ひっくり返して航行の安全を祈願する「舟かぶせ」の儀礼も行われた

 5月22日から岐阜県立森林文化アカデミーで行なわれていた「鵜飼船プロジェクト」が無事に終了し、完成した全長約13メートルの鵜飼舟が7月22日の進水式で披露されました。
 このプロジェクトは、アメリカ人船大工のダグラス・ブルックス氏らが実際に鵜飼船をつくりながら造船技術を記録・継承することを目指したもので、岐阜県美濃市の船大工・那須清一氏(86歳)の指導のもとに行われました(5月の活動報告も参照)。作業にはアメリカ人船舶デザイナーのマーク・バウアー氏や、森林文化アカデミーで木工を専攻する古山智史氏も加わり、アカデミーに設置された仮設の船小屋において一般公開で行われました。東京文化財研究所は調査・記録担当としてプロジェクトに参画し、ほぼすべての工程を映像記録に収めました。今後は技術習得に役立つ記録とは何かを検証しながら、記録の編集・作成作業を進め、来年度末にはダグラス氏との共著となる報告書や、映像記録を刊行する予定です。
 プロジェクトはこれで一旦終了しましたが、鵜飼舟やその造船技術の活用・継承・普及事業は今後も各方面で続けられます。今回完成した鵜飼船は、長良川で川舟の体験観光事業を行っている団体「結の舟」が購入し、川舟文化を広く一般に紹介しながら、活用をはかっていくことになります。また、森林文化アカデミーでは、このたび学んだ伝統的な造船技術を用いて、より小さく扱いやすい船を造ることができないか、検討をはじめています。技術は時代の需要がなければ継承されないことから、現代にあった船のかたちを柔軟に模索していくのです。
 生きた技術を継承していくためには、単に学術的な記録を作成するだけでなく、現代的な活用や一般への認知・普及をあわせて図っていく必要があります。東京文化財研究所では今後も様々な専門分野の機関・個人と連携しながら、よりよい技術継承のかたちを探っていきたいと考えています。

鵜飼舟造船の記録作成

ダグラス・ブルックス氏(左)と那須清一氏(右)
建造途中の鵜飼舟

 岐阜県の長良川で行われている鵜飼は、今では岐阜県を代表する観光資源のひとつとして有名ですが、宮内庁の御料場で行われる「御料鵜飼」では獲れた鮎を皇室に献上する重要な役割を持っており、さらにはその技術が国の重要無形民俗文化財に指定されるなど、歴史的・文化的にも重要な意味を持っています。その鵜飼い技術を支える重要な要素のひとつに、鵜匠が乗る「鵜飼舟」がありますが、現在、この船をつくることのできる船大工は2人しかおらず、技術伝承があやぶまれています。
 そうした中、アメリカ人の和船研究者・船大工で、これまで佐渡のたらい舟や沖縄のサバニなどを製作した経験を持つダグラス・ブルックス氏が、船大工の一人である那須清一氏(85歳)に弟子入りし、一艘の鵜飼舟を製作するというプロジェクトが立ち上がりました。このプロジェクトに、製作場所を提供する岐阜県立森林文化アカデミーと共に、本研究所も参加し、映像による記録作成を担当することとなりました。
 鵜飼舟の製作は5月22日より始まり、2ヶ月ほどかけて製作される予定です。鵜飼舟は他の一般的な木造船に比べても、とりわけ軽快さと優美さが要求され、そのための造船技術も高度な技が求められるといいます。その技をくまなく記録し、後世への技術伝承に役立てようというのが今回のプロジェクトの大きな目標です。
 存続の危機に瀕する日本の伝統的な技術を、外国人が学んで習得するというのは、ある意味で逆説的な状況といえます。しかしながらこうした機会を活用し、無形の技の記録をおこなうこともまた、文化財の保護を使命とした本研究所の果たすべき役割のひとつと考えています。

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