研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


イタリア中部地震における壁画を有する被災建造物に関する調査

サン・クリストーフォロ教会被災状況(外壁)
サン・クリストーフォロ教会被災状況(内部壁画)

 平成28年(2016)8月24日にイタリア中部のペルージャ県ノルチャ付近を震源として発生したM6.2の地震により、周辺地域では甚大な人的・物的被害が出ました。また、ミャンマー中部においても同日にM6.8の地震が発生し、バガン遺跡群では数多くの仏塔寺院やその中に描かれた壁画に傷みが生じました。当研究所では、バガン遺跡群内にあるMae-taw-yat祠堂(No.1205)を対象に、煉瓦造建造物および壁画に適した保存修復方法の策定と人材育成を目標に据えた事業を実施してきました。しかし、地震による被害が発生したことを受けて対処すべき項目が新たに加わり、一部方針の変更を余儀なくされました。
 そこで、壁画やストゥッコ装飾を有する建造物を複合文化財として捉えた対処法及び保存修復理念に関する意見交換を目的に、平成29年(2017)4月20日から27日にかけてイタリアの被災地域を訪れました。復興活動に携わる現地専門家の話しでは、被害規模が大きかったことから作業は遅れているとのことでしたが、被災状況を把握するうえでの対応の仕方や、保存修復手順の組み立て方など、学ぶべきことの多い視察調査となりました。
 今回の調査は、主に聖書にまつわる宗教壁画を有する教会が中心でしたが、バガン遺跡では仏教壁画の描かれた寺院が対象となっています。制作された時期や目的、使われた技法は異なりますが、被災文化財救済活動を進めるうえでの理念は共通しています。今後も国際ネットワークを活用しながら、複合文化財に関する適切な復興事業のあり方について研究を進めていきます。

バガン漆芸技術大学における漆工品ワークショップの開催

漆工品の調査実習
クロスセクションサンプルの顕微鏡観察実習

 文化遺産国際協力センターは、ミャンマー連邦共和国における文化遺産保護事業の一環として、バガン漆芸技術大学において漆工品ワークショップを開催しました。バガンは漆工品の一大産地として知られています。同大学はその伝統と技術を継承するため若い技術者の育成に力を入れており、また付属の漆工品博物館を備え、数多くの文化財を所蔵しています。その一方で、文化財の保存修復や材料の科学調査および研究に関する知識と技術を必要としています。
 平成29(2017)年2月6日~8日に実施したワークショップには同大学の教授と付属博物館の学芸員合計12名が参加し、漆工品の保存修復の基礎として不可欠である調査と科学分析について実習と講義を行いました。調査の実習では、各受講者が日本の漆工品3点と付属博物館の所蔵品1点を目視で観察・記録し、それぞれの用途や材料、技法、損傷状態についての意見交換後、講師が解説を行いました。また、科学分析の実習ではクロスセクションのサンプル作製と観察を行いました。実際の作品から剥離した断片を樹脂で封入し、研磨して仕上げたサンプルを顕微鏡で観察することにより、漆塗りの構造について理解することを目的としています。実習の内容を補完するため、講義では保存修復の事例と主な科学分析方法を紹介しました。
 本ワークショップでの経験が、ミャンマーにおける文化財保護の一助となればと考えています。

バガン(ミャンマー)における煉瓦造寺院外壁の保存修復方法に関する研究

防水シートの設置
ラッシングベルトの設置

 平成29年(2017)2月5日~28日までの期間、ミャンマーのバガン遺跡群内Mae-taw-yat寺院(No.1205)において、壁画保護のための雨漏り対策を主な目的とする煉瓦造寺院外壁の保存修復方針策定に向けた施工実験を行いました。前回までの調査を通じて課題となっていた修復材料の選定と外観美に配慮した修復方法について、ミャンマー宗教文化省 考古国立博物館局バガン支局職員と協議を重ねることで、具体的な方針案に関する有意義な意見交換を行うことができました。また、本事業の主軸テーマである壁画について、現地専門家の方に解説をいただきながら、技法の変遷や図像学について情報収集を行いました。
 現場作業を進める中では、昨年8月24日にミャンマー中部を震源とするM6.8の地震による被害が寺院構造体に発生していることが明らかとなり、当初の予定を一部変更して被災箇所に対する応急処置を行いました。バガン遺跡群において、煉瓦造寺院および内部に描かれた壁画に傷みをもたらす主な原因が雨漏りであることは明白です。構造体を補強するラッシングベルトと並行して、間近に迫った雨季に配慮した崩落防止ネットおよび防水シートの設置を行いました。
 今後は寺院建造時に使用された各種材料の化学分析を進め、これまで使われてきた修復方法を客観的に見直すとともに、新旧材料の適合性について研究を進めていきます。また、現在のバガン遺跡群に適した保存修復方法について、現地専門家とともに方針を組み立ててゆく予定です。

トルコ共和国における壁画保存管理体制に関する意見交換会および現地調査

意見交換会の様子
教会壁画の視察調査

 文化遺産国際協力センターでは10月29日から11月14日にかけて、トルコ共和国における壁画の保存管理体制に関する意見交換会と視察調査を行いました。意見交換会は、トルコ国内の壁画保存に係わる行政担当者、保存修復専門家、教育関係者、大学生を対象に、アンカラの文化観光省およびガーズィ大学芸術学部、カッパドキアのアルゴスホテルの3つの会場で実施しました。本センターが計画中のカッパドキア岩窟教会群壁画の保存管理に関する研修事業についてのプレゼンテーションを通じ、参加者の皆さんのニーズを直接伺うことで、今後の事業構築のために役立つ貴重な情報を得ることができました。
 また、視察調査としては、ネヴシェヒル保存修復センターおよびガーズィ大学芸術学部保存修復学科のご協力の下、カッパドキアのギョレメ地区周辺に点在する岩窟教会のほか、ウフララ渓谷の岩窟教会、チャタルホユック、アンタルヤ考古学博物館、デムレの聖ニコラス教会、エフェソス遺跡等をまわり、トルコ共和国における様々な壁画に対する維持管理の現状について理解を深めることができました。今後も同様の調査を継続的に実施し、改善点や新たな課題を見出しながら、今後の事業につなげていく予定です。

バガン(ミャンマー)における地震発生後の壁画被災状況調査

被害を受けた寺院
地面に散らばった壁画片

 平成28年(2016)8月24日にミャンマー中部のチャウ近郊を震源とするマグニチュード6.8の地震が発生し、バガン遺跡でも数多くの仏塔寺院に被害が出ました。これを受けて、9月24日から30日までの期間、遺跡群内の壁画保存状況を確認すべく調査を行ないました。
 現地調査には、ミャンマー宗教文化省 考古国立博物館局バガン支局職員の方にもご同行いただき、事前に大きな被害がでたとの報告を受けていた寺院を中心に、壁画の損傷状況に関する調査を行いました。その結果、壁画の支持体に相当する煉瓦造寺院に発生した亀裂や煉瓦材の動きがプラスターの傷みに繋がっていることや、パガン王朝期にみられる数種類に及ぶ壁画制作技法や材料によって損傷程度に違いが生じていることが分かりました。また、過去の修復で使用された幾つかの材料が、バガン遺跡の壁画には適合しておらず、かえって負担になっていることも明らかとなりました。
 現地では、今も被災したバガン遺跡を守るべく復興活動が続けられています。当研究所の事業として外壁の応急処置方法や壁画の保存修復方法を検討しているMe-Taw-Ya寺院(No.1205)にも被害がでました。今後は、これまでの事業方針に加えて、地震によって浮き彫りとなった問題点にも考慮した修復材料の導入や、緊急時における対処方法の確立、およびそこに携わる専門家の育成にも目を向けながら、今後の活動に取り組んでゆきたいと思います。

バガン(ミャンマー)における雨漏り対策を目的とした煉瓦造遺跡の外壁調査と応急処置方法の検討

Mae-taw-yat寺院外観
水硬性石灰による充填実験

 平成28年(2016)7月18日~29日までの期間、ミャンマーのバガン遺跡群内Mae-taw-yat寺院(No.1205)において、煉瓦造寺院外壁における損傷傾向の調査および修復材料の検討と施工実験を行いました。これは、前年度まで行っていた同寺院内壁に描かれた壁画の保存状態調査を通じ、漆喰層の剥離・剥落の主な原因が雨漏りにあるとの検証結果を受けて実施したものです。
 現場作業には、欧州より煉瓦材保存修復の専門家にも加わっていただき、ミャンマー宗教文化省 考古国立博物館局バガン支局職員とともに、様々な角度からパガン王朝期に製造された焼成煉瓦の特性について検証を行いました。その結果を踏まえ、ミャンマーの熱帯雨林気候にも配慮した修復材料の選定と、雨漏り対策を目的とする応急処置方法の施工実験を行いました。今後は経過観察をしながら、遺跡における外観美にも配慮した材料の改良を続けてゆく予定です。また、寺院内壁に含まれる水分の分布状況を把握するために、デジタル水分計を用いた多点測定や、外壁の応急処置前の状態を記録するためデジタル4Kビデオカメラによる記録撮影を行いました。
 本事業は暫定的な処置に留まらず、恒久的な処置方法の確立を目指しています。バガンの将来を見据え、かつ現在のミャンマーにおける文化財保護情勢に見合った無理のない方法を検討するとともに、若手専門家の育成にも取り組んでゆきます。

トルコ共和国における壁画の保存管理体制に関する調査

トルコ共和国文化観光省での面談の様子
教会壁画の視察調査(ウフララ渓谷)

 文化遺産国際協力センターでは、トルコ共和国における壁画の保存管理体制を把握すべく、6月18日から24日までの日程で現地調査を実施しました。アンカラでは、これまで同国内で数々の壁画修復事業を行ってきたガーズィ大学芸術学部文化財保存修復学科を訪問し、各事業で実際に行われた保存修復方法について説明を受けました。また、文化観光省では、トルコ共和国における壁画維持管理のさらなる充実を目指した当センターとの協力体制の構築について、文化遺産博物館局次長らとの合意が形成されました。さらに、岡浩駐トルコ共和国日本国特命全権大使への表敬訪問では、昨今の国際情勢を踏まえ、現地の最新の治安情勢・文化政策等についての意見交換が行われました。
 視察調査としては、(公財)中近東文化センター附属アナトリア考古学研究所所長大村幸弘氏の解説で、日本のODAにより建設されたカマン・カレホユック考古学博物館等の見学、カッパドキアギョレメ地区、ウフララ渓谷に点在する教会壁画の保存状況に関する調査を行いました。
 今後は、トルコ共和国各地の教会壁画の視察調査を継続するとともに、現時点における同国の壁画維持管理への理解を深め、改善点や課題を見出しながら、未来を担う壁画保存修復士および保存管理従事者の育成を目指した活動を実施する予定です。

バガン(ミャンマー)における煉瓦造遺跡の壁画保存に関する調査・研修

煉瓦造遺跡の屋根損傷状況の調査

 1月7日から1月18日までの日程で、ミャンマーのバガン遺跡において壁画の保存修復に関する研修とバガン遺跡群内No.1205寺院の壁画崩落個所の応急処置を行いました。文化庁から受託している文化遺産国際協力拠点交流事業における、最後の調査・研修となりました。
 研修では、蛍光X線分析装置を用いた壁画の顔料分析、UAV(ドローン)による寺院外観の撮影および写真を用いた3Dモデルの作成技術(SfM)に関する講義、壁画修復現場でのディスカッションを行い、ミャンマー文化省考古博物館局のバガン支局およびマンダレー支局の壁画・建築保存修復の専門職員4名の参加がありました。参加者からは、今回の研修内容を他の修復事業にも役立てていきたいとの意見が聞かれ、今後の活用が期待されました。視察を行った修復現場では、過去の研修で指導した修復材料の調整方法が実践されており、研修の効果の一端を実感することができました。また、No.1205寺院の壁画崩落個所についても、平成26年度から継続して行っている応急処置をすべて終えることができました。本事業での調査を通じて、屋根の雨漏りが壁画損傷の大きな原因の一つであることが検証され、その対策を講じることの重要性が再認識されました。今後のバガンでの壁画保存に、本事業での調査・研修成果が活かされていくことを期待しています。

ミャンマーにおける文化遺産保護協力活動(1)

修復材料調整の実習風景(No.1205寺院)

 煉瓦造遺跡の壁画保存に関する研修および調査 6月14日から6月23日の日程で、昨年より継続している壁画の保存修復に関する研修とバガン遺跡群内No.1205寺院の堂内環境調査、屋根損傷状態調査、壁画の崩落個所応急処置を行いました。研修は、ミャンマー文化省考古・国立博物館局(DoA)のバガン支局およびマンダレー支局の壁画修復の専門職員3名を対象に行いました。過去にバガン遺跡群内の寺院壁画に対して行われた修復事例を視察しながら、壁画の損傷の原因やその対処方法について討論を行った後、No.1205寺院において実際に壁画修復時の調査記録方法、修復材料の調整方法等についての実習を行いました。また、平成26年度の調査時に指摘されていた鳥獣や虫による汚損や破壊に対する対策として、シロアリの忌避剤や寺院入口の扉について指導し、DoA職員らと共に設置を行いました。研修生からは、今回の研修内容を他の修復事業にも役立てていきたいとの意見も聞かれ、今後の活用が期待されます。

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