研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


オンライン国際研修「3次元写真測量による文化遺産の記録」の実施

オンライン国際研修の様子

 文化遺産国際協力センターでは、ポストコロナ社会における文化遺産国際協力の一手法として、デジタルデータの活用を積極的に取り入れることを念頭におき、令和2(2020)年11月12日および25日に、NPO法人南アジア文化遺産センター(以下、JCSACH)との共催でオンライン国際研修「3次元写真測量による文化遺産の記録」を実施しました。3次元写真測量とは、対象物をデジタルカメラ等で様々な角度から撮影した写真から、対象物の正確な形状の3次元モデルをコンピューター上で作成する技術です。コンパクトデジタルカメラやスマートフォンなど、身近な機材で3次元モデルを作成できるため、文化遺産の現場で実用性の高い記録手法として普及し始めています。今回の研修では、当研究所が協力事業を行っているカンボジア、ネパール、イランの3か国に、JCSACHの協力国であるパキスタンを加えた計4か国を対象として、各国で文化遺産の保護を担う研究者や実務者を研修生に迎えました。
 考古学分野における3次元写真測量の第一人者であるJCSACHの野口淳事務局長が講師を務め、研修生は、第1回目の講義で、3次元写真測量の原理や撮影の方法、ソフトウェアの基礎的な操作を学び、その後、約1週間の自主練習期間中に各自で3次元モデルの作成に取り組みました。第2回目の講義では、研修生がそれぞれ作成したモデルを発表し、さらに、モデルから断面図を作成する方法など、より発展的な内容を学びました。
 ZOOM接続の問題によりイランからの研修生はオンライン参加が叶わず教材提供のみとなりましたが、カンボジア、ネパール、パキスタンの3か国から計24名の研修生が参加しました。3次元写真測量を初めて経験する研修生がほとんどでしたが、講師に熱心に質問する姿が見られ、終了後のアンケートでは、修復現場における遺構の記録あるいは博物館の展示に利用したいといった、それぞれの立場から3次元写真測量データの活用へのアイデアが寄せられました。
3次元写真測量が各国共通の記録手法として定着し、遠隔でも文化遺産の3次元情報を共有することが可能になれば、今後の国際協力事業にも新たな展開が見えてくるのではないかと考えています。

コロナ禍におけるアンコール・タネイ寺院遺跡保存整備のための技術協力の取り組み

東門の基礎構造の補強方法検討図
ICC事務局による東門修復工事の視察(APSARA提供)

 東京文化財研究所では、カンボジアにおいてアンコール・シエムレアプ地域保存整備機構(APSARA)によるタネイ寺院遺跡の保存整備事業に対する技術協力を継続的に行っています。昨年からはAPSARAと共同で策定した保存整備計画に基づいて、同寺院東門の修復工事に取り組んでおり、APSARAが工事の予算確保や実施を担う一方、本研究所は工事前や工事中の建築調査および考古調査を担うとともに、修復の方法や工程に対する助言や提案を行っています。
 今年に入り、新型コロナウィルスの世界的な感染拡大により諸外国との往来が困難になる中、3月末以降カンボジアへの渡航も事実上不可能になってしまいました。しかし、カンボジア国内では本格的蔓延に至っておらず、通常の業務が継続されている中、日本側の事情だけでAPSARAの事業計画を中断させるわけにもいきません。そこで4月からは、通常のメールによる連絡のみならず携帯端末のメッセージサービスを積極的に活用してリアルタイムな現場の状況把握に努めるとともに、必要に応じて適宜オンライン会議を開催するなど、手探りながらもICT(情報通信技術)を用いた技術協力の取り組みを進めています。
 令和2(2020)年4月21日、2月から3月にかけて現地で行った基礎構造の強度調査等の分析結果の共有と、これに基づく適切な修復方法や構造補強方針に関する意見交換を目的に、APSARAの修復担当チームとのオンライン会議を開催しました。会議には協力研究者である東京大学生産技術研究所の腰原幹雄教授(建築構造)および桑野玲子教授(地盤機能保全)の参加を得て、専門的見地を交えた踏み込んだ議論を行い、当初構法のオーセンティシティの保存と構造的安全性の両立に向けた修復と補強の基本的な方向性について合意を得ることができました。この基本合意のもと、5月と7月にも、それぞれ基礎構造と上部構造について検討するためのオンライン会議を開催し、現場の最新状況と計画図面等の情報を共有しながらの双方向での議論を経て、現段階で最も適切と考えられる具体的な修復・補強方法を決定しました。
 一方、例年6月にAPSARA本部において開催される、アンコール遺跡国際調整委員会(ICC)技術会合も今年は延期となり、ICC事務局による現場視察のみが行われました。この視察にあわせてAPSARAと本研究所は、上記の検討内容を含む事業計画進捗状況報告書を共同で作成、ICC事務局に提出しました。さらに、ICCの専門委員を務める京都大学大学院の増井正哉教授とのオンライン会議を開催し、目下の検討・計画内容について指導助言を得るとともに、アンコール遺跡の国際協力を取り巻く動向等に関する意見交換を行いました。
 このように、図らずも、ICTによる文化遺産の修復協力の可能性を実感できたことは大きな収穫ではあります。とはいえ、文化遺産の保存は、それぞれに独自の価値を有するもの自体が対象である以上、遠隔での情報の共有や対話だけでは自ずと限界があることも確かです。新型コロナウィルス感染症の流行が収束し、再び自由な往来ができる日が一刻も早く戻ることを願ってやみません。

アンコール・タネイ遺跡保存整備のための現地調査IX

基壇の解体
コアサンプリング

 東京文化財研究所では、カンボジアにおいてアンコール・シエムレアプ地域保存整備機構(APSARA)によるタネイ寺院遺跡の保存整備事業への技術協力を継続しており、令和元(2019)年9月より、同遺跡保存整備計画の一環として、東門の修復工事をAPSARAと共同で進めています。令和2(2020)年2月26日から3月18日にかけて、3次元レーザースキャナーを用いた東門基壇の記録および基礎構造の強度調査等を目的に、職員および外部専門家計4名の派遣を行いました。
 2月27日から28日まで、上部構造の解体により露出した基壇および発掘調査を行った基壇外側入隅部の状態を正確に記録するため、東京大学生産技術研究所(東大生研)の大石岳史准教授の協力のもと、3次元レーザースキャナーを用いた基壇の計測を行いました。こののち、基壇内部盛土層の平板載荷試験、およびラテライト下地材等の一軸圧縮試験を予定していましたが、新型コロナウイルス感染拡大の影響で外部専門家の派遣を中止せざるを得なくなり、現地では2019年12月に続く第2回目の簡易動的コーン貫入試験のみを実施しました。
 簡易動的コーン貫入試験は、基壇内部盛土層と基壇外縁部の基礎地業層を対象として計11カ所で実施したところ、基壇内部盛土については壁直下部の方が室内中央部(床下)より概して大きい数値を示しました。この要因としては、試験時の気候の違いが影響している可能性はあるものの、壁直下では長期的な建物の自重により版築が締め固められ、現状で上部荷重を支持するのに十分な強度を有していることが推測されます。併せて、最下層の基礎地業を含む断面構造確認のため、ハンドオーガーによるコアサンプリングも行いました。
 後日、3種類の試験体(既存のラテライト旧材、今回修復で劣化部の置換に使用するラテライト新材、据付調整用のライムモルタル)について、東大生研の桑野玲子教授、大坪正英助教の協力のもと、一軸圧縮試験等を行った結果、ラテライト旧材と新材とで顕著な強度差はないことなどが判りました。
 世界的な新型コロナウイルス感染拡大により、当研究所が実施する国際協力事業も未曾有の状況が続いていますが、オンライン会議やデジタルデータ等を積極的に活用しながら、ひきつづき綿密な協力体制を維持できるよう模索しています。

アンコール・タネイ遺跡保存整備のための現地調査VIII

ICCの様子
動的コーン貫入試験の様子

 東京文化財研究所では、カンボジアにおいてアンコール・シエムレアプ地域保存整備機構(APSARA)によるタネイ寺院遺跡の保存整備事業に技術協力を行っています。令和元(2019)年12月1日から21日にかけて、アンコール遺跡救済国際調整委員会(ICC)における同遺跡東門解体工事の経過報告と、同門基壇部や床面にみられる不同沈下の原因調査のため、職員および外部専門家計6名の派遣を行いました。
 12月10から11日にAPSARA本部で開催されたICCでは、同機構のセア・ソピアルン氏とともに報告を行い、4名の専門委員による現地調査結果も含めて、解体時の調査成果を活用しながら今後の修復工事を進めていくことが承認されました。また、APSARA機構担当者やカンボジア国内外の専門家と意見交換を行い、最新の情報を収集しました。
 不同沈下の原因調査では、旧地表面を検出した後、東門基底部の状態確認のため、南東入隅と北西入隅の2カ所を基礎下端まで掘り下げました。その結果、同門基礎は整形の粗い砂岩の外装とラテライトの下地、内部の盛土で構成されていることが確認できました。また、基礎全体が肌理の細かい砂による人工の土層の上に据えられていることが確認されました。この砂層は、建物の建設に伴う基礎安定化のための地業層と考えられ、他の寺院遺跡でも同様の事例が報告されています。
 また、床面の石材を部分的に取り外し、東京大学生産技術研究所・桑野玲子教授らの協力のもと、動的コーン貫入試験装置を用いた基礎盛土の耐力調査を行いました。その結果、外装下地のラテライトの脆弱性および基礎盛土の強度が場所によって異なることがわかり、それが不同沈下の原因の一つと推測されます。
 今回得られた調査成果を基に、東門の本格的な修復へ向けて、基礎構造の改善方法等を検討していきます。

アルメニア共和国における染織文化遺産保存修復研修の開催

天然染料を用いた染色の実験
エチミアジン大聖堂付属博物館所蔵資料の分析
修了式の様子

 令和元(2019)年10月7日から17日の間、アルメニア共和国において、同国教育科学文化スポーツ省と共同で染織文化遺産保存修復研修を開催しました。本研修は、平成26(2014)年に東京文化財研究所と同国文化省(当時)が締結した、文化遺産保護分野における協力に関する合意に基づくもので、平成29(2017)年度から通算で3回目の実施となります。
 今回の研修は、これまでと同様に佐賀大学芸術地域デザイン学部の石井美恵准教授と刺繍専門家の横山翠氏を講師として、歴史文化遺産科学研究センターとエチミアジン大聖堂付属博物館の2会場で行い、アルメニア国内の博物館や美術館など7機関から14名が参加しました。歴史文化遺産科学研究センターでは、藍やアカネなどの天然染料を用いた絹布や綿布の染色を行い、実際の染織文化遺産に用いられている染料を特定するための標準試料を作成しました。そして、エチミアジン大聖堂付属博物館では同館の所蔵資料を用いて技法の分析を行いました。
 最終日の修了式では、東京文化財研究所所長の齊藤孝正から、研修生一人一人に修了証書が授与されました。3年にわたって実施してきた研修事業は今回をもって終了となりますが、これまで学んだ内容をもとに、アルメニアの人々が自らの手で文化遺産の保存修復を行うだけでなく、その技術や知識を次の世代へ継承してくれることを願っています。

シリア人専門家研修「歴史的都市および建造物の復興に向けた調査計画手法」の実施

東京文化財研究所における座学の様子
熊本市新町・古町地区復興状況の見学

 中東のシリアでは平成23(2011)年3月に紛争が始まり、終結を見ぬまま既に8年の月日が経過しています。人的被害は言うまでもなく、紛争の被害は貴重な文化遺産にも及んでいます。
 日本政府と国連開発計画(UNDP)は、平成29(2017)年から文化遺産分野におけるシリア支援を開始しました。平成30(2018)年2月からは、奈良県立橿原考古学研究所を中心に、筑波大学や帝京大学、早稲田大学、中部大学、古代オリエント博物館などの学術機関がシリア人専門家を受け入れて考古学や保存修復分野において様々な研修を行っており、東京文化財研究所もこの事業に参加しています。
 昨年5月に「紙文化財の保存修復」研修を実施したのに続き、今年度はシリア人専門家2名を招聘して7月24日から8月6日まで約2週間にわたり、「歴史的都市および建造物の復興に向けた調査計画手法」をテーマとする研修を実施しました。
 シリア紛争下では、古都アレッポなど多くの歴史的都市が戦場となり、数多くの歴史的建造物が被災しました。研修の前半では、歴史的建造物の破損状況調査や応急処置、構造安全性診断の方法、ドキュメンテーションやデータベースの作成方法、さらには復興計画の策定方法や復興・保存体制の構築方法に関して、各分野の専門家7名を講師とする座学を行いました。これに続く後半では実地研修として、熊本城や新町・古町地区、熊本大学や重文江藤家住宅など、平成28(2016)年の熊本地震で被災した歴史的建造物および町並みの復興状況を見学するとともに、現場担当者のお話を伺いました。さらに、京都や奈良の伝統的建造物群保存地区も訪れ、日本の歴史的建造物の修理・活用事例等についても学んでもらいました。
 最後になりますが、今回研修にご協力いただいた専門家および関係機関・担当者各位に改めて御礼を申し上げます。
 東京文化財研究所は、今後もシリア文化財支援活動を継続していく予定です。

アンコール・タネイ遺跡保存整備のための現地調査VI

ICC専門委員による現地調査
小型クレーンによる散乱石材の移動

 東京文化財研究所では、カンボジアにおいてアンコール・シエムレアプ地域保存整備機構(APSARA)によるタネイ寺院遺跡の保存整備事業に技術協力を行っています。これまでに策定した同遺跡の保存整備計画に基づく東門の修復工事の開始に向け、アンコール遺跡救済国際調整委員会(ICC)での同修復計画の審査と工事着手前に必要な調査の実施のため、令和元(2019)年5月19日から6月29日にかけて計5名の職員の派遣を行いました。
 6月11~12日に開催されたICC技術会議では、解体修理を主体とした修復計画を提案し、3名の専門委員による現地調査を含む慎重審議の結果、ほぼ原案どおりでの承認を受けることができました。また、工事着手前の調査として、東門周囲の散乱石材の移動等に伴う石材調査と排水経路検討のための発掘調査を行いました。
 石材調査では、散乱石材の記録と番付を行い、石材を修復工事の邪魔にならない外周部に移動、整理しました。石材の移動には、西トップ遺跡の修復工事を行っている奈良文化財研究所の小型クレーンを借用し、効率的に作業を進めることができました。
 発掘調査では、東門周囲からの自然排水の経路を検討するため、東門西方に位置する十字テラス北東端部と東門周辺との間の旧地表面の高低差を明らかにすることを試みました。東門周辺は周囲に比べて標高が低くなっており、雨水が溜まってしまうことが懸念されることから、今後の整備にあたっては寺院北濠への排水路の設置を計画しています。なお、今回の発掘調査では、十字テラスと東門をつなぐ参道の一部の可能性があるラテライト敷き遺構を検出しました。さらなる調査の成果が期待されます。

国際シンポジウム「メソポタミア文明の遺産を未来へ伝えるために-歴史教育を通した戦後イラクの復興への挑戦」の開催

講演者一同

 平成31(2019)年4月13日(土)に、東京文化財研究所文化遺産国際協力センターは、特定非営利活動法人メソポタミア考古学教育研究所(JIAEM)とともに、国際シンポジウム「メソポタミア文明の遺産を未来へ伝えるために-歴史教育を通した戦後イラクの復興への挑戦」を開催しました。
 これは、復興に向けて動き出したイラクにおいて、歴史教育や文化遺産保護の分野で、どのような支援が望まれているかを具体的に把握することを目的としたものです。
 当日のプログラムは、まずJIAEM代表の小泉龍人先生が、平成29(2017)年春にイラクに渡航して実見したメソポタミア文明の遺跡の現状について報告を行いました。続いて、東京文化財研究所の安倍は同研究所が長年実施してきたイラク人専門家研修に関して、国士舘大学の小口裕通先生は同大学が昭和44(1969)年から行ってきたイラク考古学調査に関して発表しました。京都造形芸術大学の増渕麻里耶先生とJIAEMの榊原智之先生も、それぞれ文化遺産保護分野での人材育成の重要性と考古学教育支援の在り方に関して講演を行いました。
 また、ゲストとして、メソポタミア文明発祥の地ナーシリーアにあるズィー・カール大学から教育学の専門家であるイマード・ダウード先生とナイーム・アルシュウェイリー先生をお迎えしました。イマード先生とナイーム先生からは、現地の学生や教員がメソポタミア文明の遺産をどのように認識し、どのような支援を日本に求めているか、に関して講演が行われました。
 最後に、お二人を交えた総合討論では、イラクでの文化遺産の保護や歴史教育また人材育成に対し、どのように日本が関わるべきなのか、活発に議論が行われました。今回のシンポジウムが戦後イラクの復興に対する国際協力の第一歩になることを願っています。

アンコール・タネイ遺跡保存整備のための現地調査V

レーザースキャナーを用いた東門の測量
トータルステーションを用いた地形測量

 東京文化財研究所は、カンボジアにおいてアンコール・シエムレアプ地域保存整備機構(APSARA)によるタネイ寺院遺跡の保存整備事業に技術協力しています。平成31(2019)年3月8日~17日の間、通算で第5次となる現地調査を同遺跡において行いました。
 今回は、同遺跡東門に対する3D測量および遺跡周辺における地形測量を、東京大学生産技術研究所・大石岳史研究室や、測量専門家の内田賢二氏らの協力のもと、APSARA機構のスタッフと共同で実施しました。
 東門は同寺院の本来の正門ですが、今日では通常の見学動線から外れており、構成する建材の多くが不安定な状態で、公開・活用の観点からも適切な修復を行うことが望まれます。今回実施した測量では、レーザースキャナーおよびカメラを搭載した無人航空機(ドローン)を用い、門本体だけでなく、その周囲に散乱する石材の位置や形状も含めた現状を三次元で詳細に記録しました。今回得られた情報を基に変形や損傷の様相を総合的に把握し、今後の具体的な修復計画の検討に反映していく予定です。
 また、地形測量は、これまで未調査であった遺跡南東部を主な対象区域として、トータルステーションを用いて実施しました。収集したデータから遺跡全体の詳細な地形図を作成することで、寺域内の整備にとどまらず、周辺の諸遺跡とも関連づけた広域的な活用にも資することが期待されます。

アンコール・タネイ遺跡保存整備のための現地調査IV

出土したテラス状遺構西翼部

 東京文化財研究所は、カンボジアにおいてアンコール・シエムレアプ地域保存整備機構(APSARA)によるタネイ寺院遺跡の保存整備事業に技術協力しています。平成30(2018)年8月20日~10月7日の間、昨年度から通算で第4次となる考古学的発掘調査を同遺跡において行いました。
 今回は、これまでに出土した東バライ貯水池土手上のテラス状構造物の継続調査、および同遺構と寺院東門との間に存在したと推測される参道の発掘調査の2点を主目的として、APSARA機構のスタッフと共同で実施しました。
 テラス状構造物は、調査区を西方へ拡張した結果、昨年度検出された東翼部分に加え、東西6m、南北2.5mの規模の西翼部分が出土しました。上面の石材が欠失していましたが、基礎は全周が存在し、これによって同遺構は東西に18mの規模であることが明らかとなりました。類例より、本来は南北にも同様の翼が付属した十字形を呈するものと推測され、今後さらなる解明が期待されます。
 参道に関しても、昨年度の調査区をさらに拡大することで、参道の幅員およびその両脇の様子を明らかにすることを試みました。その結果、路面の幅は約11mで、両側はこれより50cmほど高くなっており、そこには何らかの施設が存在していたと考えられます。
 今後は遺跡を訪れる観光客のための解説板の作成なども計画しており、学術調査と並行して、公開・活用のための整備も進めていく予定です。

アルメニア共和国における染織文化遺産保存修復研修の開催

考古染織遺物を用いた実習
顕微鏡による繊維構造の分析

 平成30(2018)年6月25日~7月6日の間、アルメニア共和国にて、同国文化省と共同で染織文化遺産保存修復研修を開催しました。本研修は、東京文化財研究所と同省とが平成26(2014)年に締結した、文化遺産保護分野における協力に関する合意に基づくもので、昨年度に引き続いて2回目の実施となります。
 今回の研修は、文化遺産国際協力センター客員研究員の石井美恵氏とNHK文化センターさいたまの横山翠氏を講師として、歴史文化遺産科学研究センターとエチミアジン大聖堂付属博物館の2箇所で行い、アルメニア国内の博物館・美術館など7機関から14名が研修生として参加しました。歴史文化遺産科学研究センターにおける研修では、同センターが所蔵する、考古遺跡から出土した12世紀のものとされる染織遺物に対して、顕微鏡を用いた分析手法や収蔵方法などに関する実習を行いました。また、エチミアジン大聖堂付属博物館においては、9月にアメリカのメトロポリタン美術館へ出展予定の収蔵品に対する、より高度な技術を用いたステッチ補強の実習を行いました。
 今年度は実物の染織文化遺産を使用した研修を行うことができ、研修生にとっても良い経験となりました。我々が伝える知識や技術がアルメニアの専門家に定着するよう、来年度も研修事業を実施する予定です。

シリア人専門家を対象とする紙文化財保存修復研修の実施および同国文化遺産関連資料の提供

紙文化財保存修復研修
シリア文化遺産関連資料の提供

 中東のシリアでは平成23(2011)年3月に紛争が始まり、終結をみないまま既に7年の月日が経過しています。人的被害のみならず、紛争の被害は貴重な文化遺産にも及んでいます。
 日本政府とUNDP(国連開発計画)は、平成29(2017)年から文化遺産分野においてシリア支援を開始し、平成30(2018)年の2月からは、奈良県立橿原考古学研究所を中心に、筑波大学や帝京大学、早稲田大学、中部大学、古代オリエント博物館などの学術機関がシリア人専門家を受け入れ、考古学や保存修復分野に関するさまざまな研修が始まっています。
 東京文化財研究所も、平成30(2018年)5月15日から30日までの2週間にわたり、シリア人専門家2名を日本に招聘して紙文化財の保存修復に関する研修を実施しました。国立国会図書館および国立公文書館の協力のもと行ったこの研修では、文書資料や書籍などの基本的な修復方法や保存方法を学んでもらいました。
 一方、平成30(2018)年1月には、シリア北西部にあるシロ・ヒッタイト時代の神殿址アイン・ダーラ遺跡が空爆され深刻な被害が生じたというニュースが報道されました。この遺跡では、平成6(1994)年から平成8(1996)年にかけて、東京文化財研究所が保存修復事業を行っていました。そこで、この事業を率いた西浦忠輝名誉研究員から当時の関係資料を提供いただき、今後の同遺跡の修復に役立ててもらうべく、上記研修に招聘したシリア人専門家を通じてシリア古物博物館総局に提供しました。また、併せて東京文化財研究所が所蔵する、和田新が昭和4(1929)年から翌年にかけてアレッポやダマスカス、パルミラなどを撮影した貴重な古写真のデータも提供しました。

アンコール・タネイ遺跡保存整備のための現地調査III

出土したテラス状構造物
測量調査の様子

 東京文化財研究所は、カンボジアにおいてアンコール・シエムレアプ地域保存整備機構(APSARA)によるタネイ遺跡保存整備計画策定に技術協力しています。平成30(2018)年3月8日~22日の間、同遺跡において今年度3回目となる考古学調査および周辺の測量調査を実施しました。
 今回の発掘調査は、平成29(2017)年12月の第二次調査において出土した、東バライ貯水池土手上のテラス状構造物のさらなる解明を主目的として、APSARA機構のスタッフと共同で行いました。
 調査の結果、この構造物は全体が十字形を呈するようにラテライトの切り石が敷かれており、東西13.8m、南北11.9mの規模を持つことが明らかとなりました。さらに、付近からは多くの瓦が出土し、石敷き上には柱穴と思われる多くの穴や窪みが確認されたことから、このテラス状構造物上にはかつて木造建造物が存在したと推測されます。テラス状構造物は寺院の東西軸上に位置していることから、今後は両者の関係を明らかにするべく調査を続けていく予定です。
 同時に、遺跡周辺において、トータルステーションを用いた測量調査も行いました。今回収集したデータを基に、詳細な地形図を目下作成中で、本遺跡の保存整備への有効な活用が期待されます。また、この測量調査に際しては、APSARA機構スタッフへの指導・技術移転も同時に行いました。学術的な調査とともに、このような技術的な支援も継続していきます。

アルメニア共和国における染織文化遺産保存修復研修「染織芸術と保存―過去と現在を結ぶ」の開催

研修の様子
修了式の様子

 東京文化財研究所は、平成29(2017)年9月11日~20日の間、アルメニア共和国にて、同国文化省と共同で染織文化遺産保存修復研修「染織芸術と保存―過去と現在を結ぶ」を開催しました。本研修は、両者が平成26(2014)年に締結した、文化遺産保護分野における協力に関する合意に基づいて実施したものです。
 アルメニア共和国では、遺跡から繊維などの有機物も多く出土する一方、そのような遺物の保存方法などに関するノウハウは十分に有していません。また、世界文化遺産にも登録されているエチミアジン大聖堂には、古来より受け継がれてきた典礼服飾品など、宗教的・歴史的に価値のある品々が多数保管されています。しかし、それらの中には損傷が激しいものもあり、文化遺産を後世に伝えていくためにも、適切な手法で修復を行う必要があります。
 今回の研修は、文化遺産国際協力センター客員研究員の石井美恵氏とNHK文化センターさいたまの横山翠氏を講師として、前半をアルメニア共和国歴史文化遺産科学研究センター、後半をエチミアジン大聖堂付属博物館で行い、博物館など文化遺産を扱っている7機関から13名が研修生として参加しました。第一回目にあたる今年度は、染色文化遺産に関する基礎的な知識や技術の習得を目指しました。最終的には彼ら自身の手で文化遺産の保存修復を手掛けられるよう、今後も協力関係を継続していく予定です。

「ネパールの被災文化遺産保護に関する技術的支援事業」による現地派遣(その6)

出土した下成基壇
出土遺構の記録方法に関する意見交換

 文化庁より受託した標記事業の一環として、平成29(2017)年6月2日~22日の間、カトマンズ・ハヌマンドカ王宮内シヴァ寺周辺において発掘調査を実施しました。本調査は、ネパール考古局と東京文化財研究所の共同調査として行われました。
 シヴァ寺は17世紀建立と伝えられる平面規模5メートル四方程度の重層塔で、平成27(2015)年のネパール・ゴルカ地震によって、煉瓦積の基壇を残して上部構造が完全に倒壊しました。本調査は、上部構造の修復にあたって、基壇の基礎がその重量を支えることのできる状態であるかどうかを確認することを主な目的として実施されました。
 調査の結果、基壇の基礎は現地表から深さ約180センチメートルに達する大規模な煉瓦造構造物で、安定した状態を保っていることがわかりました。さらにその周囲の地中からは、現状では埋没している下成基壇の存在が明らかとなるなど、このシヴァ寺が当初想定されていた以上に複雑な変遷を経てきている可能性が出てきました。
 調査時には、発掘だけでなく、遺構の測量や写真撮影の方法についても、日本とネパールの専門家の間で意見交換が行われました。歴史的建造物の本格修復に向けて、学術的調査を継続するとともに、両国間での技術の共有も進めていきたいと考えています。

シンポジウム「シリア復興と文化遺産」

発表を行うユーセフ・カンジョ博士

 「アラブの春」に端を発した中近東諸国における民主化運動はアラブ世界に大きな変化をもたらしました。シリアにおいても2011年4月に大規模な民主化要求運動が発生し、そのうねりはとどまることを知らず、現在では事実上の内戦状態となっています。シリア国内の死者はすでに10万人を超え、多くの国民が難民となることを余儀なくされ、隣国に逃れる中、対立は激しさを増しており、いまだに出口が見えない状況です。
 内戦が繰り広げられる中で、文化遺産の破壊もまた世界的なニュースとして大きく取り上げられています。とくに、風光明媚な古都として知られているシリア第2の都市アレッポでは激しい戦闘が行われ、世界遺産に登録されている歴史的なスークが炎上し、アレッポ城が損壊を受けるなど、文化遺産が重大な危機に曝されています。これを受けて、ユネスコ世界遺産委員会は、2013年6月20日、内戦が続いているシリア国内にある6つの世界遺産のすべてを「危機遺産」に登録しました。
 このような状況を踏まえ、東京文化財研究所は、日本西アジア考古学会の後援を受け、さる10月31日にシンポジウム「シリア復興と文化遺産」を主催しました。
 シンポジウムでは、現アレッポ博物館館長であるユーセフ・カンジョ博士を含む9名の専門家が、「シリア内戦の現状と行方」、「シリアの歴史と文化遺産」、「シリア内戦による文化遺産の破壊状況」、「文化遺産の復興と国の復興」に関して発表を行い、その後、パネル・デスカッションにおいて、「現在そして今後、シリアの文化遺産復興に関して何をなすべきなのか」を活発に議論しました。

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