研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


韓国・国立文化遺産研究院からの来訪

 6月11日(水)、韓国・国立文化遺産研究院から研究員の来訪がありました。
 国立文化遺産研究院は、韓国の様々な文化遺産の研究調査をおこなう、国家遺産庁傘下の機関です。1969年に設置された「文化財管理局文化財研究室」にルーツをもつ同機関は、現在、2課6室1チーム(行政運営課、研究企画課、考古研究室、美術文化遺産研究室、建築文化遺産研究室、保存科学研究室、復元技術研究室、安全防災研究室、デジタル文化遺産研究情報チーム)体制で運営しており、さらに地方に7ヶ所の研究所(慶州、扶余、加耶、羅州、中原、ソウル、完州)と文化遺産保存科学センターを擁する機関です。
 同研究院では、2023年よりアメリカのゲッティ研究所が運営管理する「ULAN」(Union List of Artsist Names: 芸術家の人名情報を提供するデータベース https://www.getty.edu/research/tools/vocabularies/ulan/)に韓国の美術家に関する情報を提供しています。一方、当研究所ではこれに先立ち、2016年よりゲッティ研究所と共同事業に取り組んでおり、「GRP」(Getty Research Portal: 世界各地に所蔵される美術関連図書のデジタルコレクション https://portal.getty.edu/)に所蔵図書のデジタルデータと書誌情報を提供してきた実績があり、そのような先行事例として今回の来訪に至りました。
 キム・ウンヨン室長(美術文化遺産研究室)をはじめとする5名の研究員は、橘川英規(文化財情報資料部近現代視覚芸術室 室長)と田代裕一朗(文化財情報資料部文化財アーカイブズ研究室 研究員)による案内のもと、当研究所での取り組みについて説明を受けたのち、意見交換をおこないました。国は違えど、東アジアという文化圏のなかで共通項も多いそれぞれの美術文化について、どのようにしたら情報を効果的に欧米圏に発信できるのか、また今後お互いに協力できることはあるのか、活発に意見を交わすことができました。
 当研究所は、ゲッティ研究所と共同事業をおこなっている日本国内唯一の機関です。そのようなプライオリティをもとに、さらに交流の輪を諸外国に広げていきながら、日本と海外を繋ぐ研究交流の「ハブ」としての役割も果たすことで、当研究所がより多角的に日本の学術に寄与できれば幸いです。

[GRPにおける当研究所所蔵資料のコンテンツ]
・博覧会・展覧会資料 Japanese Art Exhibition Catalogs(951件)
・明治期刊行美術全集 Complete series of Japanese Art of Meiji period (64件)
・印譜集 Compilation of Artist’s Seals(85件) 
・美術家番付 Ranking List of Japanese Artist(61件)
・織田一磨文庫 Oda Kazuma Collection (135件)
・前田青邨文庫 Maeda Seison Collection(269件)
・貴重書 Rare Books (335件)
・版本 Japanese Wood Print Books(210件) 他

韓国における美術アーカイブの現況調査

資料閲覧端末を案内するキム・ダルジン所長(キムダルジン美術研究所)
イ・グヨル寄贈資料の保存状況を案内するイム・ジョンウン研究員(Leeum美術館)
美術アーカイブの現況を説明するイ・ジヒ学芸研究士(国立現代美術館)

 文化財情報資料部のプロジェクト「文化財に関する調査研究成果および研究情報の共有に関する総合的研究」(シ01)では、国内外諸機関と連携しながら、当研究所の文化財に関する調査研究の成果・データを国際的標準に見合うかたちに整え、効果的に共有していくための研究を行っています。
 令和7年度は、ITそして文化面での取り組みが近年注目される韓国(大韓民国)における美術アーカイブの現況を調査するため、6月23日(月)から26日(木)まで、橘川英規(近現代視覚芸術室長)と田代裕一朗(文化財アーカイブズ研究室 研究員)の2名が韓国を訪問しました。
 両名は、まず韓国における美術アーカイブの先駆けというべき「金達鎮美術研究所」を訪問し、キム・ダルジン所長、アン・ヒョレ主任と面会しました。同研究所は私設のアーカイブですが、笹木繁男寄贈資料の受入などを通して現代の美術作家資料を収集してきた当研究所との共通点が多く、資料の保存と活用に関して有益な意見交換を行うことができました。続いて韓国の代表的な私立美術館である「Leeum美術館」を訪問し、イム・ジョンウン研究員による案内のもと、資料閲覧室について伺うとともに、韓国を代表する現代美術評論家であった李亀烈(イ・グヨル、1932~2020)寄贈資料などオーラルヒストリーの実施と合わせて収集されたアーカイブ資料などを見学しました。さらに2023年にソウル市立美術館が新たにオープンした「ソウル市立美術アーカイブ」を訪問し、ユ・エドン学芸研究士、チョ・ウンソン記録研究士と面会し、韓国における最新の資料保存設備とそれにともなう管理システム、またAIを活用して構築された美術に関するシソーラス(美術知識の体系的語彙構造システム)を視察することができました。そして韓国を代表する近現代美術館である「国立現代美術館」を訪問し、イ・ジヒ学芸研究士による案内のもと同館のアーカイブを見学しました。国立現代美術館は、日本の「現代美術館」とは異なり、19世紀末以降のいわゆる近代美術もその範囲に含めている点が特徴です。果川館、徳寿宮館、ソウル館それぞれの施設を見学したのち、キム・インへ学芸室長と面会し、両館が有する資料の特性を踏まえた美術アーカイブの構築について意見交換をおこなうことができました。
 韓国では2000年代以降、美術アーカイブの整備が急速に進んでいます。AIなど先進的なデジタル技術を活用した資料の保存と活用はもちろん、大学院等で記録・文書保存を専門的に学んだアーキビスト(archivist)が、各所でアーカイブの運営に携わっている点が注目されました。
 今回の現況調査は、日本における美術アーカイブの未来を考えるうえで大きな収穫がありましたが、同時に当研究所のソフト・コンテンツを改めて認識する機会にもなりました。国立現代美術館では「超現実主義と韓国近代絵画」展(4月17日~7月6日、徳寿宮館)が開催されていましたが、展示を企画したパク・ヘソン学芸研究士は、昨年11月に当研究所で、戦前に日本で活動した韓国人学生などの資料調査をおこなった研究者でした。久々に再会を果たすとともに、同氏による案内のもと、調査成果が還元された展覧会を見学する貴重な機会を得ることができました。
 当研究所が1930年以降蓄積してきた資料には、東アジアの近代を考えるうえで貴重な資料も多数含まれています。長年にわたる近代美術資料の集成や、近年進めているアーカイブズの公開を通じて、こうした資料の重要性に着目し、それを研究に活用しようとする動きが東アジアの研究者のあいだにも広がりつつあります。引き続き、諸機関と連携しながら、それらを効果的に発信することで国際的な認知を高めると同時に、広く研究者に活用してもらうことで東アジアの近代美術史研究に資することができれば幸いです。

韓国書画の作品評価と制度を振り返って―令和6年度第10回文化財情報資料部研究会の開催

 文化財情報資料部では、外部の研究者にも研究発表を行っていただき、研究交流をおこなっています。

 2月17日の第10回研究会では、韓国・明知大学校教授の徐胤晶(ソ・ユンジョン)氏に「安堅と東アジアの華北系山水画―伝称作、偽作、そして唐絵のなかの朝鮮絵画」、そして国立ハンセン病資料館主任学芸員の金貴粉氏に「近代朝鮮における書の専業化過程とその特徴 ―官僚出身書人の動向を中心に―」と題したご発表をしていただき、最後に文化財情報資料部研究員・田代裕一朗が「関野貞の朝鮮絵画調査と朝鮮人蒐集家-東京文化財研究所所蔵の調査資料をもとに―」と題した発表を行いました。

 各発表は、いずれも韓国書画をめぐって、作品評価と制度を振り返るもので、まず徐胤晶氏は、現在安堅の画とされている様々な作品について、江戸時代の日本、そして朝鮮時代の朝鮮における事例をもとに伝称の過程を分析するとともに、安堅の画を東アジア華北系山水画の系譜にどのように位置づけられるか、考察をおこないました。つづく金貴粉氏は、朝鮮時代末期から植民地期にかけて、官僚出身者を中心とする書人が、専業化を遂げ、職業書家に近しい存在に変貌する過程を考察しました。最後に田代裕一朗は、東京文化財研究所が所蔵する朝鮮絵画調査メモを手掛かりとして、関野貞の朝鮮絵画調査と朝鮮人蒐集家について考察する発表をおこないました。

 研究会は、オンライン同時配信(ハイブリッド・ハイフレックス型)で行われ、日本国内の学生と関連研究者だけでなく、米国・中国などの外国からも関連研究者が参加し、長時間にわたる研究会ながら、盛況のうちに終了しました。

韓国近代における金剛山の表象―令和6年度第9回文化財情報資料部研究会の開催

 文化財情報資料部では、海外の研究者にも研究発表を行っていただき、研究交流をおこなっています。1月21日の第9回研究会では、客員研究員(2024年12月~2025年2月)として東京文化財研究所に滞在していた韓国・梨花女子大学校教授の金素延(キム・ソヨン)氏に「金剛山を描く―韓国近代期における金剛山の認識変化と視覚化」と題してご発表いただきました。

 朝鮮半島を代表する名山として知られる金剛山は、古くから文学や絵画の主題として取り上げられてきました。しかし近代に入ると大きな変化が起きます。鉄道敷設や観光開発が進むことにより、表象のあり方は変化しました。金氏は、金剛山を描いた様々なメディアを分析しながら、①朝鮮時代にも描かれた内陸の「内金剛」だけでなく、海側の「外金剛」も描かれるようになったこと、そして②「内金剛」に女性的、「外金剛」に男性的なイメージが投影され、描き分けられたことなどを指摘しました。

 写真絵はがき、旅行案内ガイドの挿図まで活用した金氏の考察は、様々なメディアから美術史を構築する可能性、また「観光」や「ジェンダー」といったイシューと美術史の関連性を改めて認識させるものでした。

 研究会には、所内外から多くの学生と関連研究者が参加し、質疑応答では活発な意見交換がおこなわれました。
海外研究者の研究発表は、日本国内の学術的潮流とは異なる着想や方法論について触れ、また相互に刺激を与える機会でもあります。日本と海外を繋ぐ研究交流の「ハブ」としての役割も果たすことで、当研究所がより多角的に日本の学術に寄与できれば幸いです。

韓・米・仏の歴史学研究者一行を迎えて(資料閲覧室)

 令和6(2024)年12月15日、韓・米・仏の歴史学研究者一行が資料閲覧室を訪れました。一行は国際フォーラム「韓国学の新地平―歴史をひもとき、現代世界を読みなおす―」(12月13日~14日に獨協大学にて開催)で研究発表をするため来日しており、日本滞在中の見学先として東京文化財研究所が選ばれました。
 鄭枖根(ソウル大学校歴史学部教授)、朴省炫(同学部副教授)、朴芝賢(同学部講師)、朴俊炯(ソウル市立大学校国史学科副教授)、韓鈴和(成均館大学校史学科助教授)、李在晥(中央大学校歴史学科副教授)、BRUNETON Yannick(パリ・シテ大学韓国学科教授)、Jisoo M. Kim(ジョージ・ワシントン大学歴史学科准教授)をはじめとする一行は、文化財情報資料部文化財アーカイブズ研究室研究員・田代裕一朗による案内説明を受けながら、昭和5(1930)年以来集められてきた当研究所の蔵書、そして所蔵拓本を興味深く見学しました。
 文化財アーカイブズ研究室は、文化財に関する資料情報を専門家や学生に提供し、資料を有効に活用するための環境を整備することをひとつの任務としております。世界的に見ても高い価値を誇る当研究所の貴重な資料が、美術史研究だけでなく、アジア史研究、ひいては歴史学研究全般で広く活用され、人類共通の遺産である文化財の研究発展に寄与することを願っております。

※文化財アーカイブズ研究室では、大学・大学院生、博物館・美術館職員などを対象として「利用ガイダンス」を随時実施しています。ご興味のある方は、是非案内(https://www.tobunken.go.jp/joho/japanese/library/application/application_guidance.html) をご参照のうえ、お申込みください。

東京藝術大学の一行を迎えて(資料閲覧室)

資料閲覧室を見学する一行

 令和6(2024)年11月26日、東京藝術大学美術学部の一行が、「工芸史特講演習」の一環で東京文化財研究所の資料閲覧室を訪問しました。

 片山まび氏(東京藝術大学美術学部教授)が引率する大学院生・学部生の一行は、文化財情報資料部文化財アーカイブズ研究室 研究員・田代裕一朗による案内のもと、昭和5(1930)年以来集められてきた当研究所の蔵書を見学するとともに、その活用方法に関する説明を受けました。なお今回の見学にあたっては、工芸史研究における活用価値の高い売立目録コレクションに重点を置き、田代が自身の調査研究で得た知見を交えつつ、より深く「売立目録」という資料を理解できるよう構成しました。

 文化財アーカイブズ研究室は、文化財に関する資料の情報提供、そして資料を有効に活用するための環境整備に日々取り組んでいます。とくに研究員が日々進める調査研究が、このような取り組みと並行して進められ、両輪を成している点は当研究所ならではの特徴です。

 世界的に見ても高い価値を誇る当研究所の貴重な資料が、これからの未来を担う学生に活用され、長期的な視野に立って文化財に対する認識と研究発展に寄与することを願っております。

※文化財アーカイブズ研究室では、大学・大学院生、博物館・美術館職員などを対象として「利用ガイダンス」を随時実施しています。ご興味のある方は、是非案内(利用ガイダンス|東京文化財研究所 資料閲覧室) をご参照のうえ、お申込みください。

早稲田大学文学部アジア史コースの一行を迎えて(資料閲覧室)

拓本資料を閲覧する一行

 令和6(2024)年5月11日、早稲田大学文学部アジア史コースの一行が、東京文化財研究所の資料閲覧室を訪問しました。柳澤明氏(教授、清朝史)、柿沼陽平氏(教授、中国古代史)、植田喜兵成智氏(講師、朝鮮古代史)が引率する大学院生・学部生の一行は、文化財情報資料部文化財アーカイブズ研究室研究員・田代裕一朗による案内説明を受けながら、昭和5(1930)年以来集められてきた当研究所の蔵書、そして所蔵拓本を興味深く見学しました。
 文化財アーカイブズ研究室は、文化財に関する資料情報を専門家や学生に提供し、資料を有効に活用するための環境を整備することをひとつの任務としております。世界的に見ても高い価値を誇る当研究所の貴重な資料が、美術史研究だけでなく、アジア史研究、ひいては歴史学研究全般で広く活用され、人類共通の遺産である文化財の研究発展に寄与することを願っております。

※文化財アーカイブズ研究室では、大学・大学院生、博物館・美術館職員などを対象として「利用ガイダンス」を随時実施しています。ご興味のある方は、是非案内(資料閲覧室_利用ガイダンス (tobunken.go.jp)) をご参照のうえ、お申込みください。

韓国・国立朝鮮王朝実録博物館の一行を迎えて (資料閲覧室)

資料に関する説明

 令和6(2024)年3月21日、韓国・国立朝鮮王朝実録博物館(江原道平昌郡)の一行が、東京文化財研究所の資料閲覧室を訪問しました。同館は、韓国・文化財庁傘下の機関で、令和5(2023)年11月に開館し、朝鮮王朝実録 五台山史庫本 75冊(ユネスコ世界記録遺産)、朝鮮王朝儀軌 82冊などの歴史資料(典籍)を主に所蔵しています。
 金大玄氏(行政事務官)をはじめとする一行は、文化財情報資料部文化財アーカイブズ研究室長・橘川英規と文化財情報資料部研究員・田代裕一朗による案内説明を受けながら、昭和5(1930)年以来集められてきた当研究所の蔵書を興味深く見学しました。さらに資料類を保存活用する機関という共通点のもと、資料保存とアーカイブ事業をめぐる双方の現状と課題について、積極的に意見を交換しました。
文化財アーカイブズ研究室は、文化財に関する資料情報を専門家や学生に提供し、資料を有効に活用するための環境を整備することをひとつの任務としております。それは海外の専門家や学生に対しても例外ではありません。世界的に見ても高い価値を誇る当研究所の貴重な資料が、広く活用され、人類共通の遺産である文化財の研究発展に寄与することを願っております。

※文化財アーカイブズ研究室では、大学・大学院生、博物館・美術館職員などを対象として「利用ガイダンス」を随時実施しています。ご興味のある方は、是非案内(https://www.tobunken.go.jp/joho/japanese/library/application/application_guidance.html) をご参照のうえ、お申込みください。

第2回韓国美術史コロキアムの開催

コロキアム当日の様子

 文化財アーカイブズ研究室では現在、韓国絵画調査資料(戦前期のガラス乾板・台紙貼写真)の整理を進めています(※)。資料整理にあたって、日本国内の研究者だけでなく、韓国の研究者とも意見交換をおこなっており、令和6(2024)年1月には韓国の代表的な近代美術史研究者である睦秀炫氏(モク・スヒョン、韓国近現代美術史学会附設近現代美術史研究所所長)を研究所に招へいしました。資料に関する検討会議と合わせて、1月26日には来日を記念した「第2回 韓国美術史コロキアム」(※第1回は、張辰城氏を招いて前年11月18日に実施)を東京文化財研究所地下セミナー室にて開催しました。これは日本国内の研究者・学生が、韓国美術史研究の動向と現状に触れる機会として企画したものです。今回は「韓国における「博物館」の設立」という題で博物館制度史に関するお話をしていただき、司会通訳を企画者の文化財情報資料部研究員・田代裕一朗が務めました。コロキアムには、大谷大学教授・喜多恵美子氏、東京藝術大学准教授・李美那氏をはじめ、関連分野の研究者・大学院生が参加し、小規模な集まりならではの忌憚のない学術的議論が行われました。今後も当研究所が蓄積してきた資料の整理を進めつつ、同時に海外と日本の研究者を繋ぐ架け橋としての役割を果たしていければ幸いです。

(※) 国外所在文化財財団助成「韓国絵画調査写真(東京文化財研究所所蔵)の研究」(令和5<2023>年9月~令和6<2024>年8月、研究代表者:田代裕一朗)

韓国美術史コロキアムの開催

コロキアム当日の様子

 文化財アーカイブズ研究室では現在、韓国絵画調査資料(戦前期のガラス乾板・台紙貼写真)の整理を進めています(※)。資料整理にあたって、日本国内の研究者だけでなく、韓国の研究者とも意見交換をおこなっており、令和5(2023)年11月には韓国の代表的な絵画史研究者であるソウル大学校人文大学考古美術史学科教授・張辰城氏(ジャン・ジンソン)を研究所に招へいしました。資料に関する検討会議と合わせて、11月18日には来日を記念した「韓国美術史コロキアム」を当研究所地下セミナー室にて開催しました。これは日本国内の研究者・学生が、韓国美術史研究の動向と現状に触れる機会として企画したものです。今回は「安堅筆《夢遊桃源図》をよむ」という題で朝鮮時代前期の絵画に関するお話をしていただき、司会通訳を企画者の文化財情報資料部研究員・田代裕一朗が務めました。コロキアムには、東京大学教授・板倉聖哲氏、筑波大学教授・菅野智明氏をはじめ、関連分野の研究者・大学院生が参加し、小規模な集まりならではの忌憚のない学術的議論が行われました。今後も当研究所が蓄積してきた資料の整理を進めつつ、同時に海外と日本の研究者を繋ぐ架け橋としての役割を果たしていければ幸いです。

(※) 国外所在文化財財団助成「韓国絵画調査写真(東京文化財研究所所蔵)の研究」(2023年9月~2024年8月、研究代表者:田代裕一朗)

韓国伝統文化大学校の一行を迎えて (資料閲覧室)

書庫を見学する李基星教授ほか

 令和5(2023)年9月1日、李基星氏(韓国伝統文化大学校)をはじめとする韓国の研究者・大学院生一行が、東京文化財研究所の資料閲覧室を訪問しました。一行は日韓文化財フォーラム(8月31日に早稲田大学にて開催)で研究発表をするため来日しており、日本滞在中の見学先として当研究所が選ばれました。

 資料閲覧室を訪問した一行は、東京文化財研究所の沿革と資料閲覧室の蔵書構成について研究員から説明をうけたのち、書庫を見学しました。昭和5(1930)年以来集められてきた当研究所の蔵書には、韓国美術史・考古学に関する貴重な資料も含まれており、一行は興味深く資料を閲覧していきました。

 文化財アーカイブズ研究室は、文化財に関する資料情報を専門家や学生に提供し、資料を有効に活用するための環境を整備することをひとつの任務としております。それは海外の専門家や学生に対しても例外ではありません。世界的に見ても高い価値を誇る当研究所の貴重な資料が、広く活用され、人類共通の遺産である文化財の研究発展に寄与することを願っております。

 ※文化財アーカイブズ研究室では、大学・大学院生、博物館・美術館職員などを対象として「利用ガイダンス」を随時実施しています。ご興味のある方は、是非案内(https://www.tobunken.go.jp/joho/japanese/library/application/application_guidance.html) をご参照のうえ、お申込みください。

美術雑誌『國華』掲載作品図版の追加公開

扇面法華経(419号掲載)
配架の様子

 『國華』は、明治22(1889)年に創刊され、現在まで継続して刊行されている美術雑誌で、日本・東洋美術史分野の重要な学術刊行物として知られています。創刊以来、豪華な図版とともに優れた美術作品を紹介しており、そのひとつひとつが美術史研究における重要な基礎資料となっています。現在に至るまで130年以上、研究者たちによって営々と積み重ねられた基礎資料の量は膨大なものです。
 資料閲覧室では、平成26(2014)年に『國華』に掲載された作品の紙焼き図版を國華社よりご寄贈いただきました。この紙焼き図版は台紙に貼りつけて整理されており、その量は段ボール箱45箱分に及ぶものでした。資料の整理に取り組みながら、このうち800号[昭和33(1958)年]から1200号[平成8(1996)年]にかけて掲載された図版を先行公開しましたが、このたびこれに先立つ400号[大正13(1924)年]以降の掲載図版を追加公開いたしました。大正から昭和初期にかけての貴重な資料です。
 これらの作品図版は、先行公開された作品図版とともに資料閲覧室のキャビネットに号数順に配架されています。追加公開にあたって『國華』掲載作品図版全てを再度並べ直しましたので、以前より更にご覧になりやすくなったのではないかと思います。資料閲覧室にお越しの皆様には自由にご覧いただくことができますので、貴重な資料をぜひご活用ください。

在朝日本人と韓国朝鮮美術史の形成について(予察)―令和5年度第2回文化財情報資料部研究会の開催

質疑応答の様子

 令和5(2023)年5月30日に「在朝日本人と韓国朝鮮美術史の形成について(予察)」と題して文化財情報資料部・田代裕一朗が発表を行いました。
 植民地期(1910-1945年)の朝鮮半島に滞在・居住していた「在朝日本人」のなかには、美術工芸の行政・研究・教育・収集・制作(製作)に関わった人士が少なからず存在しました。しかしこのような在朝日本人のなかには、朝鮮半島で没した例、日本引き揚げ後に活動をやめた例も多く、戦後の日本でその存在が忘却された人士も多数います。
 陶磁史研究を志し、韓国(大韓民国)に住み、当地で学んだ「在韓日本人」としての経歴を持つ発表者(田代裕一朗)は、自身と同じように朝鮮半島の地で過ごした日本人のことに関心を持ってきました。同時に彼らが現在の美術史認識に及ぼした影響は少なくないことを日々感じてきました。
 そのような観点のもと、発表者は陶磁史研究とは別に長期的な研究課題として、この在朝日本人の研究に取り組むことにしました。具体的には、美術史とその周辺分野で活動した在朝日本人を対象とし、①彼らによって形成された枠組み(歴史観、価値評価)と②人的ネットワークを分析し、1945年以後の韓国朝鮮における美術史認識にどのような影響を及ぼしたのか、解明を目指すものです。
 発表では、在朝日本人について関心を持つ契機となった朝鮮白磁の評価史研究(田代裕一朗、 「「秋草手」を通して見た近代日本の朝鮮白磁認識」、『美術史学研究』294号、韓国美術史学会、平成29(2017)年)について紹介したうえで、陶磁史研究と並行して取り組んできた資料調査で得た知見を紹介し、今後の展望について述べました。「予察」という題にある通り、今回の発表はあくまで研究の第一歩として構想を紹介するものでした。今後検討を進め、在朝日本人が韓国朝鮮美術史の形成に及ぼした影響を明らかにしていければと思います。

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