黒田清輝ゆかりの地を訪ねて ―東京国立博物館2026年賛助会員特別ツアー随行
緑濃い草に紙吹雪を散らしたようなヒナゲシの花。茎が細く、真っ赤な花弁だけが浮いているように見えるヒナゲシは、印象派の画家たちや留学中の黒田清輝の風景画でもなじみ深い、フランスの春から初夏を彩る花です。
この度、フランスで開催された「東京国立博物館2026年賛助会員特別ツアー 黒田清輝ゆかりの地を訪ねて」に随行しました。東京文化財研究所は黒田記念館内に創立された美術研究所を前身とし、平成19(2007)年に同館が東京国立博物館に移管されたのちも黒田清輝に関する調査研究を進め、展示業務などにも携わっています。
本企画は、沖松健次郎氏をはじめとする東京国立博物館職員諸氏と、またガイド・コンフェランシエールで、黒田清輝の同国での足跡を調査してきたモアンヌ・前田恵美子氏とほぼ1年間かけて準備したもので、現地ではモアンヌ氏ご夫妻ともう一人のガイド・コンフェランシエールの井上ゆかり氏にも同行頂きました。ガイド・コンフェランシエールはフランスの国家資格で、同国の美術館などでガイドを行うには必須の資格です。
フランスでは、明治18(1885)年から黒田が暮らし、初めて絵画教育を受けたパリと、農村風景を愛し滞在したグレー=シュル=ロワン(パリから70㎞ほど南に位置するコミューン、以下グレー)などを訪ねました。グレーには19世紀後半を中心に外国人芸術家によるコロニーが存在し、黒田が初めて訪れた明治23(1890)年頃にも、最盛期は過ぎていたものの多くの外国人芸術家が滞在していました。グレーでは彼等の歴史が記念されており、平成13(2001)年には「黒田清輝通り」が創設され、日本語とフランス語による銘板が掲げられています(フランス語で黒田は一般的に「Kouroda」と書きますが、日本人が親しみやすいように「Kuroda」が採用されたそうです)。黒田が《読書》を描いたオテル=シュヴィヨンは、現在は芸術家たちのためのアトリエ兼滞在施設として、スウェーデンの財団によって運営されています。同地で制作された絵画作品は市庁舎にも所蔵され、当日は我々一行のための展示が披露され、市を挙げて歓迎して頂きました。熱意ある歓迎の背景には、同市が芸術家の歴史のみならず、彼等の愛した景観を現在進行形で守り伝えているという事実があります。黒田が見たのと変わらぬ風景をいま見ることができるのは、電線を極力通さないなどの規制も含め、人々がグレーの環境を守ってきたおかげです。
パリでは、パンテオンやオルセー美術館など黒田たちが学んだフランス近代美術の殿堂をはじめ、黒田の師であったラファエル・コランによる通常非公開の作品の見学、黒田の旧居住地をはじめとするゆかりの地散策を行いました。
帰国した黒田は、近代美術の基礎づくりにおける指導的役割を担い中枢に上りつめた半面、必ずしも絵画制作に専念できたわけではありません。しかし多忙を極める中でも、庭の植物や郊外の農地などの何気ない風景に目を留め、絵筆を走らせ続けた黒田の原点は、フランスでの自由で真摯な画学生生活の中で養われたことを、今回のツアーは改めて教えてくれました。
