研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『東文研ニュース』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


特集陳列 黒田記念館―黒田清輝の作品Ⅱ

黒田記念館-黒田清輝の作品Ⅱ
特集陳列の様子

 今年4月に独立行政法人国立文化財機構に組織が改まったことを記念して、黒田記念館所蔵の作品を東京国立博物館平成館で展観する第二回目の特集陳列が、11月6日(火)から12月2日(日)まで行われました。今回は、黒田が留学中に好んで訪れたパリ近郊の農村グレー=シュル=ロアン(Grez=sur=Loing)滞在中の作品と、1891年10月号の「フィガロ・イリュストレ」(Figaro Illustre)に掲載されたピエール・ロティ(Pierre Loti 1850-1923)によるエッセイ「日本婦人」のための挿図原画「日本風俗絵」(Japanese Genre Scenes)4点を中心に、22点の作品を展示しました。「フィガロ・イリュストレ」1891年10月号と「日本風俗絵」を同時に展示されたのは初めてで、黒田がフランスにもたらした日本イメージを具体的に知る機会となりました。

第41回オープンレクチャー

11月2日、江村が「光琳の目と手」と題する発表を行いました。
11月3日、山梨が「矢代幸雄と美術研究所」と題する発表を行いました。
山梨は近代日本洋画の父と仰がれた黒田清輝とその作品についても語りました。
近代日本洋画の父黒田清輝は美術研究所設立の立役者でもありました。
11月3日、荒屋鋪透氏は「黒田清輝の+体験 -芸術家村グレーから黒田記念館へ」と題する発表を行いました。

 当所では、美術史の研究成果を広く知って頂くための活動の一環として、毎年秋に1回2日間にわたってオープンレクチャーを開催しております。昨年までは美術部の主催でしたが、機構改革に伴い本年より企画情報部が受け継ぎ、今年で41回を数えることとなりました。
 本年は、11月2日(金)には、江村知子「光琳の目と手」、中部義隆(大和文華館)「矢代幸雄の琳派観」と題し、近世絵画、とりわけ国際的にも評価の高い琳派を中心に研究発表が行われました。江村は、江戸時代における尾形光琳の芸術性を、主に「四季草花図」(津軽家旧蔵・個人蔵)という彼の作品を通して同時代の視点で探究しました。また中部氏は、近代に至って琳派作品がどのように見出され、評価されていったのかを、矢代幸雄という日本における美術史学草創期の研究者の目を通して跡づけられました。
 11月3日(土)は、山梨絵美子「矢代幸雄と美術研究所」、荒屋鋪透(ポーラ美術館)「黒田清輝の+体験 -芸術家村グレーから黒田記念館へ」という2名の講師による近代美術史に関わる研究発表が行われました。山梨は、当研究所の前身、昭和5年に設立された美術研究所の初代所長でもあった矢代幸雄が構想した美術研究所の具体像を考察しました。また荒屋鋪氏は、日本の美術制度の形成に大きな役割を果たし、美術研究所設立の立役者でもあった黒田清輝が、フランス留学、とりわけパリ近郊のグレー村における芸術体験から得たものを具体的に示されました。
 いわゆる文化財に対する関心は、年々高まっているようです。今後も、よりいっそう美術研究を進展させ、作品の持つ豊かさを多くの人に伝えていきたいと思います。

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特集陳列「写された黒田清輝」

「黒田清輝ポートレート」
撮影年不詳 20.5×15.3cm

 11月15日より、黒田記念館の二階展示室において「写された黒田清輝」と題する特集陳列が開かれました。これは平成18年度に、黒田清輝夫人照子のご遺族にあたられる金子光雄氏より、東京文化財研究所に寄贈された写真等208件の資料の一部を公開するものです。資料の大半は、黒田清輝の暮らしぶりを知るポートレートなどですが、これまで未公開の写真もあり、黒田清輝という画家をより深く理解するための貴重な資料です。そのうちから、今回は比較的大判の写真23点を選び公開します。寄贈写真はすでに原板が失われており、いずれもオリジナルな焼付写真であるため、公開にあたりましては、オリジナル写真の風合いを保ちつつ、原寸大に再現した画像を展示いたします。これは、写真資料の保存公開という目的のもとにすすめられたデジタル画像形成技術の開発研究の成果の一部でもあります。(会期:07年11月15日-08年5月17日)

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“オリジナル”研究通信(2)―オーセンティシティー(Authenticity)の在り処

奈良、新薬師寺本堂(奈良時代に建立)の明治修理以前の姿と現在の様子。
明治30(1897)年の修復により、鎌倉時代に付加された下屋状の礼堂が取り払われ、復原をめぐる論議を呼びました。

 企画情報部では来年度の「文化財の保存に関する国際研究集会」への準備として、“オリジナル”をテーマに部内研究会を開いています。11月はとくに建築学を視野に、文化遺産国際協力センターの稲葉信子(14日)、清水真一(21日)を交えて討議を行いました。屋内で大事に保存される絵画や彫刻と異なり、建築物は風雨にさらされ、また住居や施設として日々使用される必要上、度重なる修理や改築を余儀なくされるものです。しかもそうした建築の可変的な性格にくわえて、木造や石造といった材質の違いによって維持のしかたも異なるため、各材質に根ざした文化圏のあいだで自ずと保存修復の理念に差が生じることになります。建築物のどの時代の姿を、どのような部材を用いて文化財として後世へ伝えていくのか、オーセンティシティー(Authenticity 真実性)の在り処をめぐる議論は尽きることがないようです。

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在外日本古美術品保存修復協力事業に関する絵画作品の中間視察

 在外日本古美術品保存修復事業における絵画部門は、海外の美術館・博物館で所蔵されている日本美術品を日本に一旦持ち帰って修復を行っています。例年、10月から11月にかけて各所蔵館の担当者の来日のもと、修復の進捗状況の確認と新調の表装裂選定等をこの時期に行っています。今年度の修復作品5件のうち、キンベル美術館(アメリカ)蔵『多武峯維摩会本尊図』について同館学芸員ジェニファー・プライス氏が10月16日に、オーストラリア国立美術館蔵『釈迦十六善神像』について同館主任修復師アンドレア・ワイズ氏が10月26日に、ヒューストン美術館(アメリカ)蔵『日吉山王祭礼図屏風』について同館保存修復部長ウィン・ペラン氏と修復助手ティナ・タン氏が11月13日に、それぞれを修復している工房に企画情報部のそれぞれの担当者とともに訪れ、修復の進捗状況を確認するとともに、表装裂の選定等を行いました。これらの作品はいずれも明年3月下旬に修復が完了し、運営委員会でのお披露目を経て、5月には東京国立博物館で公開を行う予定です。

「彦根屏風」修復後の調査撮影

 「国宝紙本金地着色風俗図(彦根屏風)」(彦根城博物館蔵)は、二ヵ年をかけた本格的な修理が完了し、「よみがえった国宝・彦根屏風と湖東焼の精華」展(9月28日~10月26日)においてお披露目の展示が行われました。当所では昨年度の修理前から、彦根城博物館と共同で「彦根屏風」の調査研究を実施しています。そしてこの展覧会終了後に、屏風装に改められた状態を撮影し、修理を経て安定した表面の状態を高精細画像および近赤外線画像によって調査・記録しました。現在、その成果をまとめた報告書が編集作業の最終段階を迎えています。今回の調査研究で得られた新知見は、近世風俗画の優品として高く評価されてきた「彦根屏風」の研究のみならず、日本絵画史研究全体においても、有効な資料となることが期待されます。この報告書は今年度末刊行予定です。

「彦根屏風」光学的調査のパネル展示

「よみがえった国宝・彦根屏風と湖東焼の精華」展会場
光学的調査の結果の一部を紹介した大型の画像パネル

 昨年度より当所では、国宝「彦根屏風」の調査研究を彦根城博物館と共同で行っています。この作品は100年以上もの間、一扇ずつ分かれた状態であったことと、経年による汚れや絵具の剥落の危険性があったため、この2ヵ年をかけて国の文化財保存補助事業として文化庁の指導のもと、本格的な修理が行われ、額装から屏風の形に改装されました。このたび無事修理が完了し、彦根城築城400年祭の記念事業の一環として、「よみがえった国宝・彦根屏風と湖東焼の精華」展において修理完成披露が行われました。この展覧会は9月28日から10月26日まで開催され、展示会場では、これまで行ってきた光学的調査の結果の一部を大型の画像パネルでご紹介致しました。精緻な画像によって作品の超絶技巧の細密表現や、赤外線画像によって肉眼では見えない色の指示書きや下描き線の存在などを掲示し、多くの観覧者の方々にご好評を頂きました。現在、その成果をまとめた報告書を編集中で、今年度末に刊行する予定です。

“オリジナル”研究通信(1)―部内研究会、本格的にスタート

敦煌文書を調査するフランス人東洋学者ポール・ぺリオ(1908年)。 ぺリオのように文書が発見された窟内で調査を行った研究者はまれでした。

 企画情報部では来年度に開催する「文化財の保存および修復に関する国際研究集会」にむけて、目下準備を進行中です。そのテーマについて部員のあいだで討議を重ねた結果、“オリジナル”をキーワードに、文化財をあらためて見つめなおそうということになりました。たとえば復元という行為にみられるように、文化財の現場にあって“オリジナル”は常に憧れの対象なのですが、そのとらえ方は時代や地域によってさまざまに変化します。そうした中で、わたしたちはいかに文化財を伝えていくのか、とくに当部がになう文化財アーカイブの視点からこの課題に取り組んでみたいと思っています。
 テーマ設定についての五度にわたる討議を経て、さらに“オリジナル”に関する部内研究会がスタート、その第一回目として9月26日には、敦煌文書の真贋をめぐり中野照男(企画情報部)によるケース・スタディが行われました。1900年に敦煌莫高窟より山積みの状態で発見された敦煌文書ですが、その後海外の探検家や研究者によって幾度となく国外へ持ち出されたこともあり、文書をめぐる来歴は真贋の問題もふくめ錯綜しています。そうした中で進展する“敦煌学” のあり方について、保存修復科学センターの加藤雅人をコメンテーターに立てて学びました。また10月3日には無形文化遺産部の飯島満を交えた研究会で、文楽等の古典芸能を話題としながら“オリジナル”をめぐる無形文化財と有形文化財との考え方の違いについて討議しました。無形文化財のばあい、有形文化財のように過去にさかのぼった初演時の上演形態が“オリジナル”なのか、それとも上演のたびごとに新たな“オリジナル”が生み出されるのか――文化財を伝える立場として、避けることのできない問題であることを再認識しました。今後もこうした“オリジナル”をめぐる研究会を随時開いて、来年度の国際研究集会へと発展させていきたいと思っています。

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研究報告書『「湖畔」物語』研究協議会

黒田清輝筆「湖畔」

 今年度、企画情報部の研究プロジェクト「東アジアの美術に関する資料学的研究」として、黒田清輝「湖畔」(国指定重要文化財、1897年、キャンバス・油彩)をとりあげ、多角的に検証して研究成果報告書としてまとめる予定です。そのため10月12日には、当部において所外の専門家6名の参加をあおぎ、中間報告として研究協議会を開催しました。今日、広く親しまれているこの作品の誕生の背景から、評価の歴史、作品そのものの創作の経緯と「もの」として現状等について発表がおこなわれ、活発な討議が重ねられました。一点の作品について、これまでになく深く多面的な研究がなされ、そのユニークな研究成果が期待されます。

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在外日本古美術品保存修復協力事業 絵画班現地調査

イェール大学美術館における調査
ブルックリン美術館における調査

 企画情報部は、保存修復科学センターの表題事業のうち、とくに絵画作品の修復について美術史的見地からの協力を行っています。今春のヨーロッパ調査に引き続き、企画情報部と保存修復科学センターならびに研究所外の方の協力も得て美術史と保存修復の専門家からなる調査チームを組織し、アメリカ東海岸の美術館にて修復候補作品を選定するための現地調査を行いました。9月11日にニューヘヴンのイェール大学美術館Yale University Art Galleryで、9月16日にニューヨークのブルックリン美術館Brooklyn Museumを訪問しましたが、両館ともに質の高い日本美術コレクションが形成されていることに驚かされました。今回はそのごく一部しか調査することはできませんでしたが、それでも南北朝時代から室町時代後期にかけての優秀な作例数件が、早急かつ本格的な修復を必要としている状況にあることがわかりました。今後は所蔵館と研究所との間で検討と協議を重ね、このうち数件を2009年度の本事業で修復する予定です。なお本調査の後、修復チームはカナダに立ち寄り、ビクトリア美術館Art Gallery of Greater Victoriaおよびバンクーバー博物館Vancouver Museumにて2008年度の修復候補作品についての追加調査を行いました。

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共催展「黒田清輝展」の閉会

平塚市美術館におけるアンケート調査風景
(平成19年7月28日)

 今年度の上記の展覧会が、神奈川県の平塚市美術館において7月21日から開催され、9月2日に無事終了しました。会期中、入館者は12,746人にのぼったことを報告します。黒田清輝にとって、湘南地域はフランス留学の帰国直後から親しんでいた地であり、海岸風景など数多くの作品を描いています。そうした縁のある地での開催であったため、例年になく好評を博しました。会期中の7月28日には、開催館の協力のもと、会場において来館された方々へのアンケート調査を実施しました。当日入場者数279人に対して調査対象数161人(内訳男性57人、女性95人、小人9人、回収率57.7%)の方々から回答をいただき、「作品が豊富で良い」、「平塚でこの内容が見られてとても良い」などといった個別のご意見に加え、展覧会の内容については、「満足」、あるいは「おおむね満足」であったという「満足度」が、ほぼ100%になりました。9月6日からは黒田記念館における公開を再開しましたが、つづいて来年度は兵庫県の神戸市立小磯記念美術館にて開催を予定しており、今年度にもまして充実した共催展になるように努めていきたいと思います。

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『東文研ニュースダイジェスト』の創刊

『東文研ニュースダイジェスト』創刊号

 このたび『東文研ニュースダイジェスト』を創刊することになりました。『東文研ニュースダイジェスト』は、一言でいえば『東文研ニュース』英語版です。しかし単なる『東文研ニュース』の翻訳ではなく、研究所が発行する海外向けの広報誌として、半期ごとに記事の内容を選りすぐったものだけを提供していきます。
 『東文研ニュース』(日本語版)が研究所のさまざまな活動を一般向けにわかりやすく伝えることを使命としてきましたように、『東文研ニュースダイジェスト』もまた研究所が推進する国際協力を海外向けにわかりやすく伝えていきます。
 創刊号は2006年における研究所の活動をまとめました。今後は研究所の活動を迅速に伝えるため、毎年2号を刊行していきます。『東文研ニュースダイジェスト』が、研究所の進める国際協力の一端を伝える役割を担うことにつながれば幸甚です。

『年報』『概要』の刊行

『東京文化財研究所年報』2006年度版
『東京文化財研究所概要』2007年度版

 このたび『東京文化財研究所年報』2006年度版と『東京文化財研究所概要』2007年度版をそれぞれ刊行しました。『年報』は昨年度、研究所が行ったさまざまな活動の実績を網羅的にまとめた年次報告書です。一方、『概要』は研究組織をはじめ、今年度、研究所が行おうとするさまざまな活動を視覚的にわかりやすく、また日英2ヶ国語で紹介しています。
 『年報』や『概要』は国および都道府県の美術館・博物館、文化財研究部門をもつ大学図書館に配布しています。またホームページ上でもPDFファイル形式で配信しています。
 とくに『概要』は一般の方々にもご利用いただけるように、『東文研ニュース』とともに黒田記念館や研究所でも配布しています。

『昭和期美術展覧会の研究〔戦前篇〕』刊行にむけて

昭和5年にローマで開催された日本美術展覧会の会場 会場に床の間を設えて、横山大観ら当時を代表する日本画家による作品を展示しました。

 企画情報部ではプロジェクト研究「近現代美術に関する総合的研究」の一環として、『昭和期美術展覧会の研究〔戦前篇〕』の2008年度刊行に向けて準備を進めています。同書は昭和戦前期に開催された主要美術展覧会の出品作のデータブック『昭和期美術展覧会出品目録〔戦前篇〕』(2006年刊行)の研究篇にあたるものです。昨年9月と今年5月の二度にわたる編集会議、および執筆候補者との調整を経て、若手の研究者を中心とする計29名の方に、各専門分野をふまえた論考を寄せていただくこととなりました。展覧会や美術団体の動向を軸に、絵画や彫刻、版画、写真、工芸等の諸ジャンルはもちろん、プロレタリア美術や戦争美術といった昭和戦前期ならではのテーマも盛り込まれ、近年の研究のめざましい進展をうけて、質量ともに充実した一書となりそうです。今後は執筆者による研究会を開くなどして、一層のレベルアップを図りたいと思っています。

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宗湛の研究

キャビネットに収納された画家別フォルダ群
そのうちの宗湛フォルダを抜き出したところ

 企画情報部文化形成研究室では、「東アジアの美術に関する資料学的研究」の一環として、室町時代の将軍家専属絵師・宗湛(1413~81)の基礎研究に取り組んでいます。昨年度は最初に宗湛に関する資料を網羅的に収集し、研究の基盤となる資料集を作成しました。その際、とくに室町時代の漢画系絵師についてまとまった成果を得た戦前の「東洋美術総目録事業」の形式を参考としています。その作業を通じ、研究基盤整備という目的下における「東洋美術総目録」形式のある種普遍的とでも呼びたくなるような有用性を確認できただけでなく、戦前から断続的に形成されたまたは今でも順次形成されている研究所の美術関係各種アーカイブが今でも十分に有効であることをあらためて認識しました。
 今年度はひとつひとつの資料に綿密な考証を付し、なおかつ集めた資料から総合的に判断することによって、資料集の質を高め、対象へのより正確な理解へ近づこうとしています。その経過を本年度の第2回総合研究会で発表しました(7月10日、綿田稔「宗湛の研究」)。昨年度の美術部オープンレクチャー(10月28日、綿田「雪舟と宗湛」)で報告した内容より考証の進んだ部分が相当にあります。今後、まとまった成果を『美術研究』誌上に順次公表していく予定です。

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2007年度共催展「近代日本洋画の巨匠 黒田清輝展」開催

「近代日本洋画の巨匠 黒田清輝」展の案内

 今年度の上記共催展が、神奈川県の平塚市美術館において、7月21日より開催しました。(会期:9月2日まで)同美術館のある湘南地域は、黒田清輝にとってフランス留学帰国後から晩年にいたるまで、たびたび訪れた地として、さらに創作活動にとっても縁の深い地でした。ひろく知られるように、留学から帰国直後の黒田は、積極的に外光を取り入れた新しい表現の作品を描き、斯界に新鮮な衝撃をおよぼしました。そうした作品の何点かは、平塚に隣接する大磯、鎌倉などで制作されました。その点からも、今回の共催展は、黒田の画業全般を紹介すると同時に、とくに同美術館が所蔵する湘南地域を描いた「波打ち際の岩」(1896年)なども加えて展示し、この地域との関連を多くの方々に見ていただく機会になればとおもいます。

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今年度の総合研究会

今後50年間に震度5強以上の内陸直下型地震を被る確率が20%以上の国宝文化財
(○:建造物、△:美術工芸品のうち赤色で示したもの。赤色や緑色の線は内陸活断層の位置)
(二神葉子「文化財のGISデータベース化と地震危険度評価」の発表資料より)

 東京文化財研究所では総合研究会を開催しています。総合研究会とは各部・センターの研究員が各自、テーマを設定し、研究プロジェクトの成果を発表し、それに対して所内の研究者が自由に討論する研究会です。
 今年度は平成19年6月5日(火)に第1回総合研究会を開催し、文化遺産国際協力センターの二神葉子が「文化財のGISデータベース化と地震危険度評価」と題する発表を行いました。文化財の防災対策にとってGISの活用がいかに有効であるかを論じました。
 今後は下記の通り開催する予定です。

  • 第2回  平成19年7月10日
  • 「宗湛の研究」
  • (企画情報部・綿田稔)
  • 第3回  平成19年10月2日
  • (仮題)「文化財の調査のための新しいX線検出器の開発」
  • (保存修復科学センター・犬塚将英)
  • 第4回  平成19年12月4日
  • (仮題)「磨崖仏の保存施設としての覆屋の評価」
  • (保存修復科学センター・森井順之)
  • 第5回  平成20年1月8日
  • (仮題)「仏教図像の研究」
  • (企画情報部・勝木言一郎)
  • 第6回  平成20年2月12日
  • (仮題)「人形浄瑠璃文楽」
  • (無形文化遺産部・鎌倉恵子)
  • 第7回  平成20年3月4日
  • (未定)
  • (副所長・三浦定俊)

 講師等の都合により、日程や内容を変更することがあります。

脱活乾漆造の菩薩立像の調査

菩薩立像 個人蔵

 企画情報部のプロジェクト研究「美術の技法と材料に関する広領域的研究」の一環として、都内在住の個人が所有する脱活乾漆造の菩薩立像(像高77.1㎝)の調査を6月21日(木)に行いました。この脱活乾漆造とは、粘土で原型をつくり、その表面に麻布を貼り固めたのちに、像内の粘土を除去して中空にするとともに、麻布の表面に漆木屎を盛り付けて塑形する仏像制作技法であります。周知の通り、わが国におけるこの技法による仏像制作は天平時代(8世紀)に盛行しましたが、現存の作例数は極めて限られています。そのような現状にあって今回調査対象となった菩薩立像は、これまで存在が知られなかった作例であります。像は表面に後補の漆箔が認められるとともに、破損部には補修が存在するのも事実でありますが、保存状況は比較的良好であり、ほぼ完全な姿で今日に伝わっていることは特筆されてよいでしょう。渦を巻くように纏められた「螺髻(らけい)」の表現や、面部の肉取りの様子等から制作時期は8世紀の最末もしくは9世紀に入ってからのようにも思われました。ただし、脱活乾漆造の調査の常として、目視による表面観察からだけでは、ことに技法面において何層にわたって麻布貼りが行われているのか、また、どの程度、補修・後補部が像に及んでいるのかなどが、いまひとつ判然としないもどかしさが残るのも事実です。今後、所蔵者の了解を得て、X線透過撮影を行い、構造を中心に材料・技法の研究を進めて、この菩薩立像の解明を進めてゆきたいと考えます。

国宝「彦根屏風」調査報告書編集

 彦根藩主井伊家に伝わったことから「彦根屏風」と称されてきた「風俗図」は、物語性を感じさせる構図、人物や調度に見られる精緻な描写など見どころの多い作品ですが、作者や制作背景には不明な点も多く、「屏風」と言われながら、各扇にあたる6枚が分離して伝存してきたことにも様々な解釈が寄せられてきました。平成18年度から2ヶ年の予定で、文化庁および滋賀県の補助事業としてこの作品の修理が行われるため、これを機会に彦根城博物館と当所ではこの作品の共同調査研究を行い、高精細デジタル画像、赤外線や可視域内励起蛍光画像を撮影するとともに、蛍光X線分析を行いました。現在、その成果をまとめた報告書を編集中で、9月28日から10月26日まで彦根城博物館で行われる「よみがえった国宝・彦根屏風と湖東焼の精華」展にあわせての刊行を目指しています。同展では高精細画像の展示やシンポジウムも行われ、修復後の作品とともに、修理の過程や調査によって明らかになった点が公開される予定です。

矢代幸雄のアジア美術観に関する研究

1940年に行われた矢代幸雄一行による中国視察旅行の折に撮影された写真から。当時北京市内にあった楼門には、「仁丹」の広告があったことがわかる。
美術研究所創設当初の矢代幸雄(右側)と所員であった尾高鮮之助。尾高は、矢代からの助言により東アジア美術研究を志して、30年代はじめにアジア各地を実地に調査した。(『亡き鮮之助を偲ぶ』より)

 5月25日から27日までの3日間、九州大学、九州国立博物館、筑紫女学園大学において第60回美術史学会全国大会が開催されました。初日(会場:九州大学50周年記念講堂)に、わたしは「アジアのモダニズムの一側面―『仁丹』広告がつたえること」と題して発表しました。
 題名にあげた「仁丹」とは、もとより商標であり、現在も商品として販売されています。(当初は「万能の懐中薬」として、1920年代からは「口中芳香剤」として、現在は医薬部外品として販売されています。)1905年の発売当初から大礼服姿に髭を蓄えた紳士の胸に記された「仁丹」の広告イメージは、トレードマークとして新聞、看板等の宣伝メディアをつうじて、「全国津々浦々の薬店」まで浸透していったとされます。しかも当時から日本国内だけではなく、同じ漢字文化圏である中国大陸への販路拡大をめざしており、その結果、第二次世界大戦終了までにはアジア各地に支店等を設け、各地域で国内に劣らないほどの宣伝活動をしていました。そこで本発表では、日本から発信された視覚イメージとしての「仁丹」広告をとおして、それをどのように見せようとし、一方でどのように見られていたのかということをひとつの側面として視野にいれつつ、1910年代から30年代の「美術」(「美術史」研究、美術行政を含む)における問題を、「アジアのモダニズム」という視点から発表しました。
 とくに発表では、当研究所の前身である「美術研究所」の創設期の所長であった矢代幸雄、また早世した所員尾高鮮之助(1901-33)たちが構想したアジア美術研究と各地における調査活動に焦点をあてました。というのは、そこで写された写真のなかには、すでに「仁丹」広告がみえることから、戦前期における日本の経済活動と人文研究の重なりのなかに日本人が抱いた当時の「アジア」観を検証しました。この発表のためには、今年度刊行が予定されている『東京文化財研究所七十五年史』、またアジア仏教美術研究者として再評価がすすむ尾高鮮之助に関する調査研究の蓄積を少なからず参照しました。この点からも、今回は単なる個人研究というものではなく、当研究所の「美術史」研究のひとつの現況を報告する内容でもありました。

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