研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


文化遺産国際協力コンソーシアム研究会「リビング・ヘリテージの国際協力」の開催

研究会の様子
ポスター展示の様子

 1月9日に文化遺産国際協力コンソーシアム研究会「リビング・ヘリテージの国際協力」が開催されました。この研究会は、文化遺産国際協力センターが事務局業務を受託している「文化遺産国際協力コンソーシアム(会長:平山郁夫前東京芸術大学学長)」が主催する研究会で、文化遺産国際協力に関する様々なテーマを取り上げ、検討するための研究会です。第2回目となる今回の研究会では、リビング・ヘリテージ、すなわち「生きた遺産」、「活かされている遺産」という切り口に注目し、100名を超える様々な分野の方にご参加いただきました。基調講演では、ユネスコ・バンコク事務所の文化担当アドバイザー R. エンゲルハルト氏に、リビング・ヘリテージという概念が登場した背景や、遺産を継承する地域の人々をも含めた文化遺産国際協力の重要性、日本の果たすべき役割について講演いただきました。また、事例紹介として昭和女子大学によるベトナムでの学際的な取り組みに関する事例や、三浦恵子氏による東南アジア各地でのリビング・ヘリテージの保全に関する事例紹介をいただきました。パネル・ディスカッションでは、現地で直面する課題や、変わりゆく価値観の中で何をどのように守っていくべきなのか、日本はいったいどのような協力が出来るのか、といった話題について、会場も含めた活発な議論がおこなわれました。文化遺産国際協力コンソーシアムでは、今後も定期的に研究会を開催し、文化遺産国際協力に携わる様々な関係者のネットワーク構築を支援していきます。

勤労者美術展東京都知事賞受賞

受賞を喜ぶ石丸さんを囲んで
右から永井管理部長、鈴木所長、石丸さん、後藤

 管理部管理室会計係の石丸真弥さんが、平成19年12月2日に東京都知事から勤労美術展東京都知事賞(書の部)を受賞し、鈴木所長にその報告を行いました。
 鈴木所長からは、今回の受賞に対して、お祝いの言葉が述べられた後、作品についての説明や創作活動の状況などについて懇談しました。
 この美術展は、東京都が都内勤労者の日頃の創作活動の成果を発表する場として「勤美展」の愛称で親しまれ、今年が60回目という大きな節目を迎えた歴史ある展覧会である。
 今回は、日本画、洋画、立体造形・工芸、書、写真の幅広い分野にわたる合計880点が出品され、「書」部門においては47点の出品のうち東京都知事賞は最も栄誉ある賞であります。審査員からは「力強い線条で、若さが作品全体にあふれている。作品構成は、「序破急」と三つの部分で構成し、中央で大きく盛りあげている。行間の白も美しく、冬行との響きあいも見事」と選評されています。
 石丸さんは、子供のころから書道に強い魅力を感じ、大学では書道科に進学し、その後大学院で文学研究科書道学を専攻し、研究面でも業績をあげています。現在は、読売書法会や藍筍会の書道団体に所属し、本研究所に勤務する傍らの限られた時間の中で創作活動を行っています。文化財研究の拠点である本研究所での勤務は良い刺激であり、今後より良い作品を創作し、芸術文化の発展に寄与したいと頑張っています。
 (※石丸さんの主な作品や活動等については自身のホームページでもご覧いただけます。
http://www.h2.dion.ne.jp/~shinya-i/top.htm

寄付金の受入れ

下條理事長、浅木社長から寄付を受ける鈴木所長
左から吉田副理事長、下條理事長、浅木社長、鈴木所長、永井管理部長
浅木社長に感謝状を贈呈する鈴木所長
左から浅木社長、鈴木所長
下條理事長に感謝状を贈呈する鈴木所長
左から下條理事長、鈴木所長

 東京美術商協同組合から、東京文化財研究所における文化財に関する調査・研究等の成果の公表にかかる出版事業の助成を目的として、また㈱東京美術倶楽部から東京文化財研究所における研究事業の助成を目的として、それぞれ寄付金のお申し出がありました。
 東京美術商協同組合からは、2001年秋から毎年春と秋に各100万円のご寄付をいただいており、今回で13回目となり、(株)東京美術倶楽部からは、昨年秋と今年春に各100万円のご寄付をいただいており今回で3回目となります。
 12月17日、港区新橋の東京美術商協同組合において、鈴木所長が東京美術商協同組合下條啓一理事長並びに(株)東京美術倶楽部浅木正勝代表取締役社長から寄付を受領いたしました。
 また、今回までにご寄付いただいたことに対して、東京美術商協同組合下條啓一理事長並びに(株)東京美術倶楽部浅木正勝代表取締役社長にそれぞれ鈴木所長から感謝状を贈呈しました。
 その後、文化財保存・修復並びに美術品等の展覧会に関する文化事業について懇談しました。
 当研究所の事業にご理解を賜りご寄付をいただいたことは、当研究所にとって大変有難いことであり、研究所の事業に役立てたいと思っております。

“オリジナル”研究通信(3) ―文化財修理の基本理念

 企画情報部では、来年度に行われる「文化財の保存に関する国際研究集会」の準備のため、“オリジナル”をテーマに部内研究会を開いています。12月は、長年にわたって文化財修理の第一線に臨まれてきた、所長・鈴木規夫と議論を交わしました。
 現在、「現状維持を原則とし、学術的・資料的・美的価値を損なわないように、必要最低限の処置をほどこす」ことが、日本の文化財修理の基本理念となっています。ただ、文化財の素材(材料)あるいは形態などどの部分に力点を置くのか、あるいはどの時点の姿を残すのかという問題は、文化財の本質的な価値がどこにあるのかという根本的な問題と密接に関わるもので、決して一律に判断を下せることではなく、現場においてさまざまにむずかしい判断が要求されるようです。
 特に興味深く感じたのは、日本には文化財が長年の時を経て身にまとう経年変化―よく古色・古びという言葉で言い表したりしますが―に美を見出し、それをうまく残しつつ伝えるという、日本独自の感性・価値観があるということでした。文化財が造られた当初の姿だけではなく、それが伝来してきた歴史の重みをも重視するこの考え方は、我々が新しく提示しようとしている“オリジナル”の考え方とも通じており、議論が活発に行われました。

『昭和期美術展覧会の研究〔戦前篇〕』研究会の開催

プロレタリア美術研究所のポスター
 1930(昭和5)年頃

 企画情報部ではプロジェクト研究「近現代美術に関する総合的研究」の一環として、昭和戦前期の美術に関する論文集『昭和期美術展覧会の研究〔戦前篇〕』の2008年度刊行をめざしています。その刊行にむけての研究会を、12月27日に当部の研究会室で開きました。発表者とタイトルは次の通りです。
 ◆喜夛孝臣氏(早稲田大学會津八一記念博物館)「矢部友衛とプロレタリア美術運動―プロレタリア美術研究所を中心にして」
 ◆足立元氏(東京藝術大学大学院)「「悪女」と戦争―小野佐世男の漫画をめぐって」
 ◆敷田弘子氏(東京藝術大学大学美術館)「昭和前期の日本における最小限住宅とその室内設備についての一考察―型而工房とその関係者のデザイン活動から」
 若手研究者ということもあって、プロレタリア美術・漫画・デザインの未開拓分野に挑んだ発表内容は、いずれも真摯で刺激的なものでした。発表者・出席者ともに『昭和期美術展覧会の研究〔戦前篇〕』の執筆陣が中心の研究会でしたが、30名近くの研究者が参加し、発表を受けてホットな議論が交わされました。本研究会が、同論集刊行にむけてのよい弾みとなったことは間違いないでしょう。

研究会の開催

 企画情報部では毎月、研究会を開催し、研究プロジェクトの進捗状況や成果の一端について研究発表を行っています。12月は26日(水曜日)3時から企画情報部研究会室において津田徹英が研究プロジェクト「美術の技法・材料に関する広領域的研究」の成果の一環として「平安末期の在地造像をめぐる小考」のタイトルで発表を行いました。これは、平安末期における「定朝様式」の地方受容に関して、その表現や技法に関して都鄙間で大差が認められないことの解釈をめぐって、これまで造像する側の仏師の技術論に収束しがちな問題を受容者サイドの問題として捉え直し、都鄙双方に活動基盤を持ち、双方を往還して活動を行った「地下官人」の存在に着目しつつ、かれらが在地造像の主体者となることで地方における文化レベルを引きあげ、中央作に準じた「みやび」な作風を示す在地造像がなし得たのではないかという仮説に基づき、その一端を造像当初の天蓋・光背・台座をよく残す滋賀県下の浄厳院阿弥陀如来像とその周辺作品に及びながら明らかにしようとした試論です。発表後、出席者から問題点の指摘など活発な意見交換がおこなわれました。

第2回無形文化遺産部公開学術講座「上方寄席囃子 林家トミの記録」

講演の様子

 無形文化遺産部主催の公開学術講座が、2007年12月12日、大阪の国立文楽劇場小ホールで開催されました。 開催地の大阪に相応しい題材をということで、昭和37年(1962)に記録作成等の措置を講ずべき無形文化財「上方寄席下座音楽」の関係技芸者に指名された林家トミ師(1883-1970)を取り上げました。当日のプログラムの詳細は、東京文化財研究所ホームページ
http://www.tobunken.go.jp/ich/public/lectures)をご覧下さい。
 公開学術講座は旧芸能部時代から通算すると38回目となりますが、会場が東京以外となったのは今回が初めてです。今後も各地での開催を積極的に計画して行きたいと考えています。

第2回無形民俗文化財研究協議会

会議の様子

 東京文化財研究所芸能部では昨年度より、無形の民俗文化財の保護と継承に関わる諸問題について話し合う研究協議会を開催しております。その第2回を、「市町村合併と無形民俗文化財の保護」をテーマとして、2007年12月7日に当研究所セミナー室において開催しました。様々な文化財の中でも、地域のなかで伝承され、保護が図られる民俗文化財は、合併の影響をとくに大きく受ける分野です。当日は、近年合併を経験した市町村、およびこれまでに合併を経験しながらそれを無形民俗文化財の保護に活かしてきた市町村から、保存会活動の組織化や学校教育との連携などについて報告があり、それをもとに総合討議がなされました。この協議会の内容は、2008年3月に報告書として刊行される予定です。

高校生の所内見学

 当研究所には、国内外から様々な方が施設見学に訪れます。最近は、中学校や高校からの見学も増えています。12月には品川女子学院高等部と島根県立益田高校からそれぞれ約20人の高校生がやってきました。保存修復センターの旧保存科学部門では、犬塚研究員が高松塚古墳墳丘の冷却方法を検討するために行った石材や土の物性測定や温度変化のシミュレーションなどの話をしました。また、吉田は文化財の彩色に使われる色材の種類を触らずに分析する方法である蛍光X線法と、実際にこれを用いて行った絵画の色材分析についてパネルを使って説明しました。応用科学的な内容ですので、高校生にはやや難しかったかも知れませんが、若い人の「理科離れ」が問題となっているなかで、彼らが今習っている物理や化学、また生物などがこのような分野で活かされているということが分かっていただければ幸いです。

江袋教会の焼損調査と修復指導

長崎県新上五島町にある江袋教会 焼損前
長崎県新上五島町にある江袋教会 焼損後
焼損したステンドグラス

 長崎県教育委員会の要請により、新上五島町にあり、昨年2月に焼損した江袋教会の現地調査及び修復方針及び方法に関して指導を実施しました。江袋教会は明治15年(1882年)に建立された、木造瓦葺き平家建てで、長崎県内では最古と思われる木造教会であり、海を見下ろす急傾斜の山腹に建てられていました。屋根は単層構成、変形寄棟作りで構造的にも貴重なものとされていました。それが昨年(2007年)2月に漏電が原因で焼損しました。焼損したものの、立て替えてしまうよりは、使える部材は少しでも救いたいという地元の信者の皆様の願いにより、東京文化財研究所保存修復科学センターでは、現地の調査を実施し、比較的焼損の程度が軽い部材に関して、樹脂含浸を施し、利用できるようにするなどの修復指導を実施しました。

シルクロード沿線人材育成プログラム「紙の文化財」研修コース終了

侯菊坤人事労働司長が研修生の成果物を視察
修了式記念撮影

 中国文物研究所(北京)での人材育成プログラム「紙の文化財」研修コースは、3カ月間の日程を無事に終了しました。この間、日本からは計12名の専門家が196時間にわたって講師を担当しましたが、とくに最後の4週間は国宝修理装こう師連盟の技術者2人が中国側の専門家とともに授業を行い、研修生たちは短期間ながら冊子、軸装物の修復技術を習得しました。12月27日には中国国家文物局の侯菊坤人事労働司長が出席して修了式が行われ、シルクロード沿線6省から参加した12名の研修生に東京文化財研究所と中国文物研究所連名の修了証が授与されました。同プログラムは、来年度5年計画の3年目を迎え、春に古建築コース、秋には土遺跡コースを実施する予定です。

石造文化財の保護に関する中国人専門家の来日研修

樹脂処理の実験

 東京文化財研究所が参加している陝西唐代陵墓石刻保護修復事業とユネスコ/日本信託基金龍門石窟保護修復事業は、いずれも2008年に最終年を迎えようとしています。ともに石灰岩という共通した材料の文化財を対象とするものであるため、これまでも研究会の開催や現地調査、日本での研修に両事業のメンバーを積極的に合流させてきました。今回は11月19日から12月16日の日程で、西安文物保護修復センターと龍門石窟研究院の保存修復部門の専門家各2名を日本に招へいし、石質文化財の修理技術、撥水材料を塗布した後の効果の評価方法、修理作業終了後の環境のモニタリングなどについて研修を行いました。最終年度の修復作業実施に向けて、研修の成果が期待されます。

第21回国際文化財保存修復研究会の開催

会議風景

 2007年12月6日に、93名の参加を得て、第21回国際文化財保存修復研究会「保存処置後のモニタリング」を開催しました。国士舘大学の西浦忠輝教授による「遺跡保存におけるモニタリングの重要性とその問題点」、インドネシア・ボロブドゥール遺産保存研究所のナハール・チャヤンダル氏による「ボロブドゥール遺跡の修復後のモニタリング」、韓国国立文化財研究所の金思悳氏による「石窟庵の長期的保存方案」の3件の発表と、総合討議が行われました。それぞれの遺跡における様々なモニタリング方法が紹介され、参加者の間で情報が共有されましたが、それを他の遺跡にも導入するためには、さらに広くモニタリングの重要性を訴えていく必要があることが認識されました。

中国・甘粛省文物考古研究所、甘粛省博物館職員来訪

分析科学研究室にてセンター長より説明を受ける来訪者

 11月6日に中国・甘粛省文物考古研究所及び甘粛省博物館職員が、秋田県立博物館の招聘に伴い、東京文化財研究所の施設見学のため来所しました。一行は、保存修復科学センター長から研究所の概要についての説明を受けた後、保存修復科学センターの分析科学室及び1階ホールの企画展示の見学、文化遺産国際協力センター長との意見交換を行いました。

久野健氏資料の寄贈受け入れ

 今年7月、87歳で逝去された当所名誉研究員の久野健氏のご遺族より、久野氏の調査による写真資料と調書をご寄贈くださるとのお話があり、11月7日に当所への輸送を行いました。久野氏は日本彫刻史を研究され、精力的に現地調査に赴かれ、その成果は京阪神のみならず東北や関東など各地域の仏像を編集した『仏像集成』(学生社)、『日本仏像彫刻史の研究』(吉川弘文館)など多数の著書によって公になっています。その背景となった写真はB4、4段ファイル6本分、調書は300冊を超えます。これらのリストを整え、公開すべく、整理を進めていく予定です。

特集陳列 黒田記念館―黒田清輝の作品Ⅱ

黒田記念館-黒田清輝の作品Ⅱ
特集陳列の様子

 今年4月に独立行政法人国立文化財機構に組織が改まったことを記念して、黒田記念館所蔵の作品を東京国立博物館平成館で展観する第二回目の特集陳列が、11月6日(火)から12月2日(日)まで行われました。今回は、黒田が留学中に好んで訪れたパリ近郊の農村グレー=シュル=ロアン(Grez=sur=Loing)滞在中の作品と、1891年10月号の「フィガロ・イリュストレ」(Figaro Illustre)に掲載されたピエール・ロティ(Pierre Loti 1850-1923)によるエッセイ「日本婦人」のための挿図原画「日本風俗絵」(Japanese Genre Scenes)4点を中心に、22点の作品を展示しました。「フィガロ・イリュストレ」1891年10月号と「日本風俗絵」を同時に展示されたのは初めてで、黒田がフランスにもたらした日本イメージを具体的に知る機会となりました。

第41回オープンレクチャー

11月2日、江村が「光琳の目と手」と題する発表を行いました。
11月3日、山梨が「矢代幸雄と美術研究所」と題する発表を行いました。
山梨は近代日本洋画の父と仰がれた黒田清輝とその作品についても語りました。
近代日本洋画の父黒田清輝は美術研究所設立の立役者でもありました。
11月3日、荒屋鋪透氏は「黒田清輝の+体験 -芸術家村グレーから黒田記念館へ」と題する発表を行いました。

 当所では、美術史の研究成果を広く知って頂くための活動の一環として、毎年秋に1回2日間にわたってオープンレクチャーを開催しております。昨年までは美術部の主催でしたが、機構改革に伴い本年より企画情報部が受け継ぎ、今年で41回を数えることとなりました。
 本年は、11月2日(金)には、江村知子「光琳の目と手」、中部義隆(大和文華館)「矢代幸雄の琳派観」と題し、近世絵画、とりわけ国際的にも評価の高い琳派を中心に研究発表が行われました。江村は、江戸時代における尾形光琳の芸術性を、主に「四季草花図」(津軽家旧蔵・個人蔵)という彼の作品を通して同時代の視点で探究しました。また中部氏は、近代に至って琳派作品がどのように見出され、評価されていったのかを、矢代幸雄という日本における美術史学草創期の研究者の目を通して跡づけられました。
 11月3日(土)は、山梨絵美子「矢代幸雄と美術研究所」、荒屋鋪透(ポーラ美術館)「黒田清輝の+体験 -芸術家村グレーから黒田記念館へ」という2名の講師による近代美術史に関わる研究発表が行われました。山梨は、当研究所の前身、昭和5年に設立された美術研究所の初代所長でもあった矢代幸雄が構想した美術研究所の具体像を考察しました。また荒屋鋪氏は、日本の美術制度の形成に大きな役割を果たし、美術研究所設立の立役者でもあった黒田清輝が、フランス留学、とりわけパリ近郊のグレー村における芸術体験から得たものを具体的に示されました。
 いわゆる文化財に対する関心は、年々高まっているようです。今後も、よりいっそう美術研究を進展させ、作品の持つ豊かさを多くの人に伝えていきたいと思います。

特集陳列「写された黒田清輝」

「黒田清輝ポートレート」
撮影年不詳 20.5×15.3cm

 11月15日より、黒田記念館の二階展示室において「写された黒田清輝」と題する特集陳列が開かれました。これは平成18年度に、黒田清輝夫人照子のご遺族にあたられる金子光雄氏より、東京文化財研究所に寄贈された写真等208件の資料の一部を公開するものです。資料の大半は、黒田清輝の暮らしぶりを知るポートレートなどですが、これまで未公開の写真もあり、黒田清輝という画家をより深く理解するための貴重な資料です。そのうちから、今回は比較的大判の写真23点を選び公開します。寄贈写真はすでに原板が失われており、いずれもオリジナルな焼付写真であるため、公開にあたりましては、オリジナル写真の風合いを保ちつつ、原寸大に再現した画像を展示いたします。これは、写真資料の保存公開という目的のもとにすすめられたデジタル画像形成技術の開発研究の成果の一部でもあります。(会期:07年11月15日-08年5月17日)

“オリジナル”研究通信(2)―オーセンティシティー(Authenticity)の在り処

奈良、新薬師寺本堂(奈良時代に建立)の明治修理以前の姿と現在の様子。
明治30(1897)年の修復により、鎌倉時代に付加された下屋状の礼堂が取り払われ、復原をめぐる論議を呼びました。

 企画情報部では来年度の「文化財の保存に関する国際研究集会」への準備として、“オリジナル”をテーマに部内研究会を開いています。11月はとくに建築学を視野に、文化遺産国際協力センターの稲葉信子(14日)、清水真一(21日)を交えて討議を行いました。屋内で大事に保存される絵画や彫刻と異なり、建築物は風雨にさらされ、また住居や施設として日々使用される必要上、度重なる修理や改築を余儀なくされるものです。しかもそうした建築の可変的な性格にくわえて、木造や石造といった材質の違いによって維持のしかたも異なるため、各材質に根ざした文化圏のあいだで自ずと保存修復の理念に差が生じることになります。建築物のどの時代の姿を、どのような部材を用いて文化財として後世へ伝えていくのか、オーセンティシティー(Authenticity 真実性)の在り処をめぐる議論は尽きることがないようです。

在外日本古美術品保存修復協力事業に関する絵画作品の中間視察

 在外日本古美術品保存修復事業における絵画部門は、海外の美術館・博物館で所蔵されている日本美術品を日本に一旦持ち帰って修復を行っています。例年、10月から11月にかけて各所蔵館の担当者の来日のもと、修復の進捗状況の確認と新調の表装裂選定等をこの時期に行っています。今年度の修復作品5件のうち、キンベル美術館(アメリカ)蔵『多武峯維摩会本尊図』について同館学芸員ジェニファー・プライス氏が10月16日に、オーストラリア国立美術館蔵『釈迦十六善神像』について同館主任修復師アンドレア・ワイズ氏が10月26日に、ヒューストン美術館(アメリカ)蔵『日吉山王祭礼図屏風』について同館保存修復部長ウィン・ペラン氏と修復助手ティナ・タン氏が11月13日に、それぞれを修復している工房に企画情報部のそれぞれの担当者とともに訪れ、修復の進捗状況を確認するとともに、表装裂の選定等を行いました。これらの作品はいずれも明年3月下旬に修復が完了し、運営委員会でのお披露目を経て、5月には東京国立博物館で公開を行う予定です。

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