研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


企画情報部研究会

村越向栄筆「十二ヶ月花卉図屏風 右隻」
足立区郷土博物館蔵
村越向栄筆「十二ヶ月花卉図屏風 左隻」
足立区郷土博物館蔵

 2010年度4回企画情報部研究会を7月28日に行いました。発表者と題目は下記の通りです。
・江村知子(企画情報部研究員)
「鈴木其一の草花図について―ポートランド美術館所蔵・鈴木其一筆草花図小襖を中心に」
・真田尊光氏(足立区立郷土博物館学芸員)
「千住と江戸琳派]
 江村は、上記作品の表現技法に、其一の光琳画学習が密接に関与していることを作品と文献の双方から検証し、未だ不明な点の多い其一のパトロン層にも考察を加えました。真田氏には、2011年3月に足立区郷土博物館で開催予定の企画展「江戸琳派」展にちなんで、其一の門弟筋にあたり、千住で活躍した村越其栄・向栄父子の活動と作品について発表していただきました。コメンテーターとして、玉蟲敏子先生(武蔵野美術大学教授)をお招きし、研究討議を行いました。今回の発表および討議で得られたことは、今後、論文や展覧会のかたちで成果公開し、さらなる研究交流・推進に努めて参ります。

『春日権現験記絵披見台 共同研究調査報告書』の刊行

『春日権現験記絵披見台 共同研究調査報告書』表紙
特別陳列「おん祭と春日信仰の美術」において、「春日権現験記絵披見台」の前で解説を行う奈良国立博物館研究員・清水健氏

 東京文化財研究所企画情報部では、研究プロジェクト〈高精細デジタル画像の応用に関する調査研究〉の一環として、奈良国立博物館との共同研究を実施しています。平成22年3月には、「春日権現験記絵披見台」(奈良・春日大社蔵)の報告書を刊行いたしました。本作品は、縦約42㎝の6枚折りの屏風装の画面に、金銀の泥、切箔を用いて、春日大社の境内の情景が描かれています。この作品はかねてより紙本屏風の古例と見なされることや、14世紀の金銀泥絵の貴重な遺例としても、注目されていました。今回の共同研究調査で撮影した蛍光画像では、肉眼では確認しづらい図様や細部の表現を認識でき、今後の景物画、金銀泥絵研究において、重要な研究資料となることが期待されます。また報告書刊行に先立ち、2009年12月8日~2010年1月17日に奈良国立博物館で開催された特別陳列「おん祭と春日信仰の美術」において、本作品が出陳されるのにあわせて、この調査で撮影したカラー画像と蛍光画像をパネルとして対比的に展示し、一部成果公表を行いました。

ポートランド美術館日本美術作品の調査

ポートランド美術館屏風作品の調査

 オレゴン州に位置するポートランド美術館は1892年に設立された、アメリカ西海岸で最も古い美術館です。約42,000点の所蔵作品のうち、アジア美術については約4,000点の作品が収蔵されています。2009年8月17日から20日の4日間にわたり、企画情報部・綿田稔、土屋貴裕、江村知子の3名により、同美術館所蔵の室町時代から江戸時代までの日本絵画、屏風・掛幅など30点余りを調査しました。作品ごとに調書を作成し、保存状態が良好でない作品については損傷状況などを詳細に記録し、同館担当学芸員の方々とも協議しながら美術史的観点から調査・検討を行いました。なかにはこれまでほとんど紹介されたことがないものの、出来映えのすぐれた重要な作品もあり、限られた時間の中ではありましたが、有意義な調査を遂行できました。調査成果については今後、所内の研究会にて発表するとともに、『美術研究』誌上などで作品紹介を行い、さらなる美術資料の充実と、国際研究交流に務めて参ります。

ヒューストン美術館 展示協力と記念シンポジウムでの講演

「日吉山王祭礼図屏風」展示風景
The Museum of Fine Arts, Houston
記念シンポジウム講演の様子(江村)
展示会場のインタラクティブ・ディスプレイ

 2007年度に在外日本古美術品保存修復協力事業にて修理を行った「日吉山王祭礼図屏風」の所蔵館であるヒューストン美術館では、修理の竣工を記念して「よみがえる近世日本の美:日吉山王祭礼図屏風」展(Art Unfolded: Japan’s Gift of Conservation)が1月17日~2月22日の日程で開催されています。修理開始以前より同館からは、無事修理が完了した作品とともに実際の修理に使う材料・道具と工程についても展示して、日本の文化と伝統技術を総合的に理解できる企画にしたい、という要望があり、当所としても準備協力してきました。会場では唐紙・補彩用絵具・刷毛・丸包丁などがタッチパネルセンサー搭載の展示ケースに入れられ、観覧者はケースに触れるとそれらの解説や修理の工程をビデオで見ることができるインタラクティブ・ディスプレイとなっています。海外ではほとんど知られていない日本の文化財の保存修復について理解を深められるとたいへん好評でした。また一方では大津市歴史博物館のご協力により実際の山王祭の様子と、九州国立博物館のご協力により「金襴を織る-書画を飾る表装裂」がビデオ上映され、より深く日本の伝統文化を紹介されていました。
 1月19日には本展を記念してシンポジウムが開催され(助成:日米芸術交流プログラム、国際交流基金)、在ヒューストン日本国総領事・大澤勉氏のご挨拶に引き続き、実際の修理を担当した国宝修理装こう師連盟九州支部技師中村隆博氏による「日本の技-日吉山王祭礼図屏風の修復」と題した講演があり、江村は「神々の渡御-日吉山王祭礼図屏風の図様について」と題して作品の美術史的特徴について講演しました。当日の会場となった同館講堂には150人を超える参加者が集まり、研究成果発表、国際文化交流において貴重な機会となりました。

平成20年度在外日本古美術品保存修復協力事業 中間視察

工房にて修理方針を協議する様子

 今年度修理を行っているカナダ・ヴィクトリア美術館所蔵「松に孔雀図屏風」は、17世紀前半の制作と見られる大型の作品ですが、画面の随所に損傷があり、合成塗料や接着剤、西洋紙による補強など、本来古美術品の修理には不適切な修復材料が多数用いられていました。可能な限り画面を良好な状態に回復させるべく、8月4日(月)に修理工房・墨仁堂(静岡市)において、当所保存修復科学センター副センター長・川野邊渉、同伝統技術研究室研究員・加藤雅人、企画情報部部長・田中淳、同研究員・江村の4名で、詳細な修理方針についての協議を工房担当者と行いました。今年度末の完了を目指し、修理は順調に進行しています。

エントランスロビー 「洛中洛外図屏風の修理」パネル展示

ロビーパネル展示風景(撮影:鳥光美佳子)

 当所では、事業や研究成果を来所者の皆さんにご理解いただくために、エントランスロビーを利用して、定期的にパネル展示を行っております。このたび平成18年度に在外日本古美術品保存修復協力事業で修理を行った洛中洛外図屏風(ロイヤル・オンタリオ美術館蔵)を取り上げ、修理の工程とともに、美術史研究の成果をご紹介しております。洛中洛外図屏風は100点ほどの作例が確認できますが、この屏風は左右に二条城と方広寺大仏殿を大きく表す構図で表され、17世紀中頃の制作と考えられます。画中には総勢1,300人を超える人物が細密な表現で描かれ、社寺や名所の名を記した付箋が77枚も具備していることからも美術史研究上、貴重な作品です。この展示を通じ、我が国の文化による国際貢献・協力の一端をご理解いただければ幸いです。
http://www.tobunken.go.jp/~joho/japanese/project/panel/rakutyurakugai.html

イギリスにおける文化財情報の蓄積と公開についての調査

ウィット・ライブラリー ゲストブック 1924年1月18日
ウィット・ライブラリー バーバラ・トンプソン氏のオフィスにて

 2008年3月3日から6日間の日程で、山梨絵美子、江村知子、中村節子の3名で、イギリスにおける美術図書館、研究機関を訪問し、資料の収集と公開のありかたについて調査を行いました。限られた日程でしたが、セインズベリー日本芸術研究所、ロンドン大学コートールド美術研究所ウィット・ライブラリー、大英博物館、大英図書館、ヴィクトリア&アルバート美術館ナショナル・アート・ライブラリー、ロンドン大学東洋アフリカ研究学院(SOAS)の6ヶ所を訪問、施設の調査とともに、各所の研究者と意見交換を行いました。なかでもウィット・ライブラリーは、研究所初代所長矢代幸雄が自らの美術史研究にとってひじょうに有益であったという体験から、日本でもこうした美術資料図書館が必要であるとして研究所の構想を得たという、当所にとっては縁の深い施設です。同所のゲストブックによると、1924から28年の間に9回に渡って矢代が訪問したことが判明し、研究所創設当時の事情を把握するとともに、文化財情報の整理・蓄積・公開においての課題を認識しました。今後も研究交流を行い、資料の利活用と閲覧室の運営とに活かしていきたいと考える次第です。

『国宝 彦根屏風』報告書刊行

『国宝 彦根屏風』報告書

 平成18~19年度にかけて彦根城博物館と共同で行った「彦根屏風」の調査研究についての報告書がこのたび無事刊行のはこびとなりました。この作品は本格的な修理が行われ、額装から屏風の形に改装されました。報告書では修理前・後の写真のほか、高精細画像、近赤外線画像、蛍光画像を多数盛り込みました。絵具層の下に存在する色名の指示書きの近赤外線画像と実際のカラー画像を対比させ、蛍光X線分析データとその計測箇所の高精細画像を対応させるなど、作品のもつ情報をできる限り提示することに関係者一同努めました。作品研究の基礎資料として末永く利用して頂けることを願っております。本書は中央公論美術出版から市販されます。
http://www.chukobi.co.jp/products/detail.php?product_id=336

「彦根屏風」修復後の調査撮影

 「国宝紙本金地着色風俗図(彦根屏風)」(彦根城博物館蔵)は、二ヵ年をかけた本格的な修理が完了し、「よみがえった国宝・彦根屏風と湖東焼の精華」展(9月28日~10月26日)においてお披露目の展示が行われました。当所では昨年度の修理前から、彦根城博物館と共同で「彦根屏風」の調査研究を実施しています。そしてこの展覧会終了後に、屏風装に改められた状態を撮影し、修理を経て安定した表面の状態を高精細画像および近赤外線画像によって調査・記録しました。現在、その成果をまとめた報告書が編集作業の最終段階を迎えています。今回の調査研究で得られた新知見は、近世風俗画の優品として高く評価されてきた「彦根屏風」の研究のみならず、日本絵画史研究全体においても、有効な資料となることが期待されます。この報告書は今年度末刊行予定です。

「彦根屏風」光学的調査のパネル展示

「よみがえった国宝・彦根屏風と湖東焼の精華」展会場
光学的調査の結果の一部を紹介した大型の画像パネル

 昨年度より当所では、国宝「彦根屏風」の調査研究を彦根城博物館と共同で行っています。この作品は100年以上もの間、一扇ずつ分かれた状態であったことと、経年による汚れや絵具の剥落の危険性があったため、この2ヵ年をかけて国の文化財保存補助事業として文化庁の指導のもと、本格的な修理が行われ、額装から屏風の形に改装されました。このたび無事修理が完了し、彦根城築城400年祭の記念事業の一環として、「よみがえった国宝・彦根屏風と湖東焼の精華」展において修理完成披露が行われました。この展覧会は9月28日から10月26日まで開催され、展示会場では、これまで行ってきた光学的調査の結果の一部を大型の画像パネルでご紹介致しました。精緻な画像によって作品の超絶技巧の細密表現や、赤外線画像によって肉眼では見えない色の指示書きや下描き線の存在などを掲示し、多くの観覧者の方々にご好評を頂きました。現在、その成果をまとめた報告書を編集中で、今年度末に刊行する予定です。

to page top