研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


シリア人専門家研修「歴史的都市および建造物の復興に向けた調査計画手法」の実施

東京文化財研究所における座学の様子
熊本市新町・古町地区復興状況の見学

 中東のシリアでは平成23(2011)年3月に紛争が始まり、終結を見ぬまま既に8年の月日が経過しています。人的被害は言うまでもなく、紛争の被害は貴重な文化遺産にも及んでいます。
 日本政府と国連開発計画(UNDP)は、平成29(2017)年から文化遺産分野におけるシリア支援を開始しました。平成30(2018)年2月からは、奈良県立橿原考古学研究所を中心に、筑波大学や帝京大学、早稲田大学、中部大学、古代オリエント博物館などの学術機関がシリア人専門家を受け入れて考古学や保存修復分野において様々な研修を行っており、東京文化財研究所もこの事業に参加しています。
 昨年5月に「紙文化財の保存修復」研修を実施したのに続き、今年度はシリア人専門家2名を招聘して7月24日から8月6日まで約2週間にわたり、「歴史的都市および建造物の復興に向けた調査計画手法」をテーマとする研修を実施しました。
 シリア紛争下では、古都アレッポなど多くの歴史的都市が戦場となり、数多くの歴史的建造物が被災しました。研修の前半では、歴史的建造物の破損状況調査や応急処置、構造安全性診断の方法、ドキュメンテーションやデータベースの作成方法、さらには復興計画の策定方法や復興・保存体制の構築方法に関して、各分野の専門家7名を講師とする座学を行いました。これに続く後半では実地研修として、熊本城や新町・古町地区、熊本大学や重文江藤家住宅など、平成28(2016)年の熊本地震で被災した歴史的建造物および町並みの復興状況を見学するとともに、現場担当者のお話を伺いました。さらに、京都や奈良の伝統的建造物群保存地区も訪れ、日本の歴史的建造物の修理・活用事例等についても学んでもらいました。
 最後になりますが、今回研修にご協力いただいた専門家および関係機関・担当者各位に改めて御礼を申し上げます。
 東京文化財研究所は、今後もシリア文化財支援活動を継続していく予定です。

ブータン王国の歴史的建造物保存活用に関する拠点交流事業Ⅰ

協力専門家会議の様子
民家の保存活用事例の視察研修(福住)

 東京文化財研究所では本年度、文化庁の文化遺産国際協力拠点交流事業を受託し、ブータン王国の民家を含む歴史的建造物の文化遺産としての保存と持続可能な活用のための技術支援及び人材育成に取り組んでいます。令和元年(2019)6月23日から28日にかけて同国内務文化省文化局遺産保存課(DCHS)の職員2名を招へいし、協力専門家による第1回会議を開催するとともに、民家の保存活用事例に関する視察研修を実施しました。
 会議では、DCHSのイシェ・サンドゥップ氏から文化遺産に関する法制度整備の進捗状況、ペマ・ワンチュク氏から民家及び集落の保護の展望について報告があり、出席者との質疑を通じて、同国が直面する課題と現状に関する情報の共有が図られました。また、8月に予定している現地調査についても議論され、実施内容や体制の方向性を固めることができました。
 視察研修では、我が国における文化財としての民家の保護の基本的な取り組みについての見識を深めるため、解体修理中の尾崎家住宅(鳥取県湯梨浜町)と移築民家を公開している日本民家集落博物館(大阪府豊中市)を訪問しました。また、集落町並みの保護に取り組んでいる鳥取市鹿野(鳥取県)、養父市大屋町大杉、丹波篠山市篠山、同福住(以上、兵庫県)、南丹市美山町北(京都府)の各地区を訪問し、地域住民の活動や民家の宿泊施設等への活用についての知見を広めました。特にブータンが今後の課題としている文化遺産の民間活用に対する関心は高く、活発な質問や意見が交わされました。
 今回の研修に御協力いただいた鳥取県、兵庫県、京都府の各府県及び湯梨浜町、養父市、丹波篠山市、南丹市の各市町、また(公財)文化財建造物保存技術協会ほか各機関、関係者の皆様に、この場を借りて深くお礼申し上げます。

アンコール・タネイ遺跡保存整備のための現地調査VI

ICC専門委員による現地調査
小型クレーンによる散乱石材の移動

 東京文化財研究所では、カンボジアにおいてアンコール・シエムレアプ地域保存整備機構(APSARA)によるタネイ寺院遺跡の保存整備事業に技術協力を行っています。これまでに策定した同遺跡の保存整備計画に基づく東門の修復工事の開始に向け、アンコール遺跡救済国際調整委員会(ICC)での同修復計画の審査と工事着手前に必要な調査の実施のため、令和元(2019)年5月19日から6月29日にかけて計5名の職員の派遣を行いました。
 6月11~12日に開催されたICC技術会議では、解体修理を主体とした修復計画を提案し、3名の専門委員による現地調査を含む慎重審議の結果、ほぼ原案どおりでの承認を受けることができました。また、工事着手前の調査として、東門周囲の散乱石材の移動等に伴う石材調査と排水経路検討のための発掘調査を行いました。
 石材調査では、散乱石材の記録と番付を行い、石材を修復工事の邪魔にならない外周部に移動、整理しました。石材の移動には、西トップ遺跡の修復工事を行っている奈良文化財研究所の小型クレーンを借用し、効率的に作業を進めることができました。
 発掘調査では、東門周囲からの自然排水の経路を検討するため、東門西方に位置する十字テラス北東端部と東門周辺との間の旧地表面の高低差を明らかにすることを試みました。東門周辺は周囲に比べて標高が低くなっており、雨水が溜まってしまうことが懸念されることから、今後の整備にあたっては寺院北濠への排水路の設置を計画しています。なお、今回の発掘調査では、十字テラスと東門をつなぐ参道の一部の可能性があるラテライト敷き遺構を検出しました。さらなる調査の成果が期待されます。

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