研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


横山大観《山路》(永青文庫蔵)、本紙裏面からの調査

横山大観《山路》(永青文庫蔵)、本紙裏面の撮影の様子

 昨年10月の活動報告でもお伝えしたように、企画情報部では研究プロジェクト「文化財の資料学的研究」の一環として、横山大観《山路》の調査研究を永青文庫と共同で進めています。同文庫が所蔵する大観の《山路》は、明治44年の第5回文部省美術展覧会に出品され、大胆な筆致により日本画の新たな表現を切り拓いた重要な作品です。昨秋の調査の後、同作品は九州国立博物館の文化財保存修復施設で修理をすることになりました。表具を解体、裏打ち紙を除去して、絵具ののった絹地(本紙)の裏面があらわになったのを機に、同博物館および修理を担当する国宝修理装こう師連盟のご高配・ご協力を得て12月9日に再調査を行いました。裏面から薄い絹地を透かして画面を見ることで、表からではわからない制作過程がうかがえます。とくに本作品で特徴的な、紅葉をあらわす茶褐色の顔料は一見、後から点じられた筆致のように見えますが、裏面からの調査によって、本画制作のかなり早い段階で塗られていることがわかりました。
 今回の調査は永青文庫の三宅秀和氏、《山路》が寄託されている熊本県立美術館の林田龍太氏、これまでの調査に参加されてきた東京藝術大学の荒井経氏・平諭一郎氏、そして当研究所の城野誠治と塩谷で行いました。城野が本紙裏面の高精細による撮影を行いましたが、こうした修理途中の作品の調査撮影は稀であり、解体しなければ見ることのできない本紙裏面の画像はきわめて貴重な資料となるはずです。

第45回オープンレクチャー「モノ/イメージとの対話」の開催

髙岸輝氏の発表風景(11月11日)
佐々木守俊氏の発表風景(11月12日)

 企画情報部では、日々の研究の成果をより広く知っていただくために、所外の方々に向けたオープンレクチャー(公開学術講座)を毎年秋に開催しています。45回を数える今回は、新たに「モノ/イメージとの対話」と銘打ち、動かぬモノでありながら人々の心の中に豊かなイメージを育む文化財の諸相をめぐって、所内外の美術史研究者4名が11月11・12日の両日にわたり当研究所のセミナー室で発表を行いました。
 11月11日は「日本美術史における様式の複線性―様式の選択と編集」というテーマのもと、当部研究員の皿井舞が「平安時代前期から後期へ―六波羅密寺十一面観音像の造像」、東京工業大学大学院准教授の髙岸輝氏が「鎌倉時代から室町時代へ―中世やまと絵様式の源流と再生」の題で発表しました。“様式”という美術史ならではの概念をキーワードとしながら、皿井はとくに制作背景との関わりから10世紀半ばという様式過渡期の造像について考察し、また髙岸氏は平安末期~室町期の絵巻を通して、やまと絵様式の流れを重層的にとらえる自論を展開されました。
 12日は「古美術のコンセプト」というテーマで、当部広領域研究室長の綿田稔が「室町漢画の基盤―周文と雪舟の場合」、町田市立国際版画美術館の佐々木守俊氏が「平安~鎌倉時代の印仏―スタンプのほとけ」と題して発表を行いました。造形的な面ばかりが語られがちな古美術ですが、綿田は雪舟筆「秋冬山水図」(東京国立博物館蔵)やその師である周文の作品を、佐々木氏は仏像の内部に納入された印仏を対象に、それぞれ当時の制作状況や機能に照らしながら、今日ではすっかり忘れられてしまったそれらの“コンセプト”をあぶり出しました。
 今回は各日128名、108名と例年にも増して多くの方々が受講され、会場は満席状態でした。いずれの発表も各研究者の最新の研究成果を報告したものでしたが、学会レベルの内容にもかかわらず、受講者の方々の関心も高く、最先端の話題にご満足いただけたようです。

企画情報部研究会の開催―大村西崖の研究

大正10(1921)年、美術史研究のため中国へ渡った折の大村西崖

 大村西崖(1868~1927年)は明治中期に美術批評家として活躍し、その後半生には東京美術学校教授として東洋美術史学の発展に大きく貢献した人物です。2008年に西崖のご遺族より東京芸術大学へ日記・書簡等の資料をご寄贈いただいたのを機に、翌2009年より科学研究費による「大村西崖の研究」を、塩谷純(東京文化財研究所)を研究代表者として進めています。10月18日には今年度の第7回企画情報部研究会として、その研究成果の発表を行いました。
 塩谷は「大村西崖と朦朧体」と題して、西崖の美術批評と明治中期の日本画との関連を探りました。西崖は横山大観や菱田春草らの革新的な日本画を“朦朧体”として批判した人物として知られていますが、あらためてその批評を読むと、日本画の線や筆法への忌避感を露わにし、あたかも朦朧体に連なるかのような論調であることは注目されます。発表は、そうした西崖の批評の再検証を通して、“描く”絵画から“塗る”絵画へと変貌する近代日本画の流れを展望しようというものでした。
 続いて大西純子氏(東京芸術大学)が「大村西崖撰『支那美術史雕塑篇』について(資料紹介)」と題して発表を行いました。大正4(1915)年に刊行された大村西崖撰『支那美術史雕塑篇』は、中国の彫塑全体を網羅した最初の資料集で、今日も多くの中国彫塑史研究者が便とし、研究書としての価値は失われていません。大西氏は、東京芸大に寄贈された資料の中から西崖自身による校訂本や手記等を紹介、西崖が行った調査や参考にした文献を明らかにしながら同書編纂の経過をたどりました。
 発表後のディスカッションでは、西崖研究の第一人者である吉田千鶴子氏(東京芸術大学)をはじめ所内外の研究者が参加し、活発に意見を交わしました。とくに大西氏の発表からうかがえた西崖の実証的な姿勢に、同じ研究者として共感を寄せた方も少なからずいたようです。

来訪研究員の留啓群氏と企画情報部研究会の開催

企画情報部研究会で発表する留啓群氏(左)

 国立台湾師範大学美術研究所の留啓群氏が、今年の2月から6月までの5か月間、企画情報部の来訪研究員として、当研究所を拠点に調査研究を行いました。留氏は日本統治時期の台湾美術を専攻しており、今回の調査研究はとくに日本近代における南画の動向を視野に入れるのがねらいでした。途中、東日本大震災で一時帰国も余儀なくしましたが、6月には一通りの資料収集を終え、6月29日の2011年度第3回企画情報部研究会で「日本統治時期における台湾伝統書画のアイデンティティーへの模索」と題して、調査研究の成果を発表しました。東アジアに通底する伝統的な“書画”、そして近代以降に西洋よりもたらされた“美術”という二つの枠組みのはざまで台湾や日本の思惑が交錯するさまを、当時の南画をめぐる言説を通してうかがう重厚な内容でした。
 同研究会では留氏の発表に引き続き、相模女子大学教授の南明日香氏にも「ジョルジュ・ド・トレッサン(1877-1914)の室町期絵画評価」と題してご発表いただきました。ジョルジュ・ド・トレッサンはフランス陸軍の軍人で、日本美術を愛好し多くの論考を残した人物です。南氏は忘れられていたトレッサンの業績の検証にここ数年努めており、今回の発表では彼の室町期絵画への評価に焦点を当て、その情報の源泉、論考の特色、同時代意義を考察しました。発表後のディスカッションでは、所内の日本美術研究者に所外のフランス美術の専門家もまじえ、20世紀初頭のヨーロッパにおける日本および東洋美術の評価をめぐって活発な意見が交わされました。

横山大観《山路》、京都国立近代美術館での調査

横山大観《山路》(京都国立近代美術館蔵)、蛍光X線分析の様子 

 企画情報部では研究プロジェクト「文化財の資料学的研究」の一環として、横山大観《山路》の調査研究を永青文庫と共同で進めています。同文庫が所蔵する大観の《山路》は、明治44年の第5回文部省美術展覧会に出品され、大胆な筆致により日本画の新たな表現を切り拓いた重要な作品です。昨秋の同作品の調査に引き続いて、5月29日に京都国立近代美術館が所蔵する別本の《山路》を調査しました。同作品は文展出品作をふまえ、横浜の実業家で美術品の大コレクターとして知られる原三溪が大観に描かせたもので、明治45年2月6日付の三溪宛、画料受け取りの礼状も残されています。今回の調査では、京都国立近代美術館の小倉実子氏のご協力を得て、永青文庫の三宅秀和氏と塩谷、そして荒井経氏・平諭一郎氏・小川絢子氏(東京藝術大学)により近赤外線反射撮影、および蛍光X線分析による彩色材料調査を行いました。昨秋に行った文展出品作の調査では、大観が近代的な顔料を積極的に使用したことがわかりました。原三溪旧蔵作品でも、同様に近代的な顔料の使用が認められましたが、文展出品作と同じモチーフでありながら異なった顔料で彩色された部分もありました。なお文展出品作についてはもっか修理中で、裏打ち紙を外した段階で再調査をする予定です。

日韓共同シンポジウム「視線の「力学」―美術史における「評価」」の開催

田中淳による基調講演「創作と評価―萬鉄五郎《風船を持つ女》を中心に」
ディスカッションの様子

 前月2月27日の当研究所での開催に引き続き、『美術史論壇』30号および『美術研究』400号を記念する日韓共同シンポジウム「視線の「力学」―美術史における「評価」」が、3月12日にソウルの梨花女子大学校博物館の視聴覚室を会場として行なわれました。
 当研究所企画情報部長の田中淳による基調講演「創作と評価―萬鉄五郎《風船を持つ女》を中心に」に始まり、東京会場と同じく綿田稔(当研究所企画情報部)「山水長巻考―雪舟の再評価にむけて」、張辰城氏(ソウル大学校)「愛情の誤謬―鄭敾への評価と叙述」、江村知子(当研究所企画情報部)「江戸時代初期風俗画の表現世界」、文貞姬氏(韓国美術研究所)「石濤、近代の個性という評価の視線」の発表が続きました。
 折りしも前日に起こった東北地方太平洋沖地震の被害を海外で案じながらの開催となりましたが、会場は立ち席が出るほどで東京会場をしのぐ盛況ぶりでした。鄭干澤氏(東国大学校)の司会によるディスカッションでは、個々の発表への質疑応答にくわえ、日韓の美術史研究のスタンスの差異にも話題が及び、国境を超えた国際シンポジウムに相応しい討議となりました。

横山大観《山路》の調査

横山大観《山路》、蛍光X線分析の様子

 近代日本画の巨匠、横山大観が43歳のときに描いた《山路》(明治44年作、永青文庫所蔵・熊本県立美術館寄託)は、発表当時、西洋の印象派と南画の融合と評されたタッチを多用することで、明治30年代に大観らが試みた朦朧体を脱し、大正期に流行した“新南画”の先駆けとなった重要な作品です。くわえて近年、荒井経氏(東京藝術大学)により、同作品において当時新出の岩絵具が使用された可能性が指摘され、近代日本画の材質を考える上でも注目すべき作といえます。
 このたび《山路》が修理されるにあたり、同作品を所蔵する永青文庫と当研究所で共同研究を立ち上げ、同文庫の三宅秀和氏と多角的に調査研究を行うことにしました。その手始めとして10月10日に《山路》寄託先の熊本県立美術館で、同館の林田龍太氏のご協力のもと、上記の荒井氏と平諭一郎氏(東京藝術大学)・小川絢子氏(同)により、近赤外線反射撮影、および蛍光X線分析による定性分析を実施しました。調査の結果、それまで伝統的に使用されてきた在来顔料とは異なる、近代的な顔料が豊富に用いられていることがわかりました。これから一年ほどかけて修理が行なわれますが、今回の調査結果や修理の経過、さらに発表当時の批評など《山路》にまつわる諸情報を集成して、基礎資料として公にできればと思っています。

佐藤多持氏所蔵資料の受贈

佐藤多持氏と第22回知求会展出品作
《水芭蕉曼陀羅》(1978年)

 企画情報部では、2004年に逝去された日本画家、佐藤多持氏の所蔵していた資料の一部を、多持氏の奥様である美喜子氏よりご寄贈いただきました。多持氏は墨線による大胆な円弧で水芭蕉を抽象的に表現した「水芭蕉曼陀羅」のシリーズにより、戦後日本画の新生面を拓きました。この度いただいた資料は、多持氏所蔵の資料のうち美術雑誌、および多持氏が仲間と昭和32年に結成したグループ「知求会」をはじめとする諸団体の目録類等です。ひとまず研究所への搬入を終え、今後は整理作業を経て、戦後日本美術の貴重な資料として閲覧・活用できるよう努めて参りたいと思います。

『“オリジナル”の行方―文化財を伝えるために』の刊行

『“オリジナル”の行方―文化財を伝えるために』表紙

 昨年度に東京文化財研究所は、第32回文化財の保存及び修復に関する国際研究集会「“オリジナル”の行方―文化財アーカイブ構築のために」を開催しましたが、まる一年の編集期間を経て、このたび、その報告書を刊行する運びとなりました。国内外の25名の研究者による発表と討論を収録した同書は、日本・東洋の美術を中心に西洋の美学や現代美術、無形文化財をも視野に入れ、“オリジナル”の姿を志向しつつ、いかに文化財を伝えるべきかを探る内容となっています。発表の各タイトルについては、企画情報部刊行物のページをご覧ください。
http://www.tobunken.go.jp/~joho/japanese/publication/book/report_sympo32th.html
 有名な北斎の《冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏》を左右反転させた表紙の作品は、同研究集会のPRイメージにも使わせていただいた現代美術家、福田美蘭氏によるものです。同書は『“オリジナル”の行方―文化財を伝えるために』のタイトルで、平凡社より市販されています。
http://www.heibonsha.co.jp/catalogue/exec/frame.cgi?page=newbooks.html

研究会「セインズベリー日本藝術研究所と英国の文化財アーカイブ」の開催

ディスカッションの様子

 セインズベリー日本藝術研究所は1999年に英国東部のノリッジに設立され、日本の芸術文化の研究拠点として積極的な活動を展開しています。また同研究所のリサ・セインズベリー図書館は日本の芸術文化に関する図書や資料を収蔵し、その中には陶芸家バーナード・リーチや美術史研究者柳澤孝の旧蔵書も含まれ、とくに柳澤の蔵書については彼女の勤務先であった東京文化財研究所も深い縁があります。2月25日に東京文化財研究所企画情報部、アート・ドキュメンテーション学会の共催で、同図書館司書の平野明氏をお招きし、研究会「セインズベリー日本藝術研究所と英国の文化財アーカイブ」を東京文化財研究所セミナー室にて行いました。平野氏の報告はセインズベリー日本藝術研究所の紹介から英国、さらにはヨーロッパにおける日本研究のネットワークに及ぶものでした。またディスカッションでは、同研究所を拠点に研究をされた経験をもつ森下正昭氏(東京文化財研究所企画情報部客員研究員)と出光佐千子氏(出光美術館学芸員)がパネラーとして加わり、海外での日本美術研究の実体験やヨーロッパでの現代美術をめぐるアーカイブの現状について話題を拡げていただきました。フロアも交えたディスカッションの中で、日本の大学や美術館・博物館の紀要論文や展覧会カタログの閲覧が海外では難しいことが挙げられ、その電子化や国際的な連携協力といった現実的な問題をあらためて認識する機会ともなりました。

今泉雄作『記事珠』について

今泉雄作『記事珠』 巻2には「光琳八橋図」の摸写が描き添えられ、図様や図中の色注などから現在東京国立博物館に所蔵される「伊勢物語八橋図」であることがわかります。

 昭和5年の開設以来、当研究所は文化財に関する資料を収集・整理してきました。それらは目録化し、公開・閲覧できるよう鋭意努めていますが、なにぶん80年近くの長きにわたって集積した諸資料の中には、時として未整理のまま、日の目を見ずにいるものもあります。
 ここでご紹介する今泉雄作の『記事珠』は、そのように長らく埋もれていた資料のひとつです。今泉雄作(1850~1931年)は、文部省や東京美術学校(現、東京藝術大学)、東京帝室博物館(現、東京国立博物館)に勤務し、岡倉天心とともに近代日本の美術行政を支えてきた人物です。『記事珠』は明治20年から大正2年にかけての、全38巻からなる今泉自筆の日記で、とくに彼が鑑定や調査を行なった美術工芸品が略図を交えながら詳細に記録されています。これらは資料整理中に当時学生だった依田徹氏(さいたま市文化振興事業団)が発見し、すでに今泉雄作研究で実績のある当研究所客員研究員の吉田千鶴子氏によって確認されました。
 もっか『記事珠』の書き下しを進めている吉田氏によって、その中間報告が9月30日に企画情報部研究会で行われました。今泉の広範にわたる古美術品の記録に、さまざまな分野を専門とする各部員から大きな関心が寄せられ、資料の重要性をあらためて認識しました。

『昭和期美術展覧会の研究 戦前篇』の刊行

「武人雅心あり。…」(『支那事変画報』第10輯)河田明久「描く兵士―日中戦争と「美術」の分際」より。日中戦争期の戦場には多くの「描く兵士」がおり、彼らの作品は真に迫る戦争画として喧伝されました。

 企画情報部では、国内の研究者26名による論文集『昭和期美術展覧会の研究 戦前篇』を刊行しました。本書はプロジェクト研究「近現代美術に関する総合的研究」の成果であり、2006年に刊行した基礎資料集成『昭和期美術展覧会出品目録 戦前篇』の研究篇として、昭和戦前期の美術について各研究者の視点から多角的に論じたものです。展覧会や美術団体の動向を軸に、絵画や彫刻、版画、写真、工芸等の諸ジャンルを対象とし、プロレタリア美術や戦争美術といった昭和戦前期ならではのテーマも盛り込まれています。昭和期の美術をめぐるさまざまな論点を通覧していただきながら、さらに新たな発見や問題意識の端緒となれば幸いです。
 各論文のタイトルと執筆者については、企画情報部刊行物のページをご覧ください。
http://www.tobunken.go.jp/~joho/japanese/
publication/book/showaki.html

本書は中央公論美術出版より市販されています。
http:/www.chukobi.co.jp/kikan/index.html

“オリジナル”研究通信(7)―国際研究集会「“オリジナル”の行方―文化財アーカイブ構築のために」の開催

セッション1の討議風景
セッション3で発表するマーク・バーナード氏(大英図書館)
本研究集会の発表者・司会者一同

 12月6~8日の3日間、東京文化財研究所の主催により、第32回文化財の保存及び修復に関する国際研究集会「“オリジナル”の行方―文化財アーカイブ構築のために」を東京国立博物館平成館にて開催しました。文化財の本質的な価値を損なうことなく、いかにしてその“オリジナル”な姿を後世に伝えていくのかを考察しようとする本研究集会では、海外(アメリカ・イギリス・台湾)からの発表者5名をふくむ25名により、発表・討議が行われました。
 初日のセッション1「モノ/“オリジナル”と対峙する」では、“オリジナル”を宿すモノと真っ向から対峙するという、文化財に対する基本的な姿勢を問い直しました。つづく2日目のセッション2「モノの彼方の“オリジナル”」では、残されたモノや資料をよすがとして、かつての“オリジナル”の姿を想定する様々な営為を話題に取り上げました。そして最終日のセッション3「“オリジナル”を伝えること」では、それまでの議論をふまえ、“オリジナル”イメージを支え伝える文化財アーカイブのあり方を探りました。
 3日間を通じて延べ281名の参加者があり、日本・東洋の美術を中心としながらも、西洋の美学や現代美術、無形文化財をも視野に入れ、とくに文化財アーカイブの立場から“オリジナル”をとらえようとするテーマ設定には多くの関心が寄せられました。本研究集会の事務局を務め、当研究所のアーカイブを担う企画情報部としても、“オリジナル”を志向しながら文化財をいかに資料化していくのか、考えさせられることが多く、今後に向けて取り組むべき大きな課題としたいと思っています。各発表・討議の詳細については、次年度に報告書を刊行する予定です。

“オリジナル”研究通信(6)―福田美蘭《湖畔》の展示

黒田記念館での福田美蘭《湖畔》展示風景

 今年7月の活動報告でもお知らせしたように、12月6~8日に開催する国際研究集会「“オリジナル”の行方―文化財アーカイブ構築のために」の関連企画として、現代美術家の福田美蘭氏による《湖畔》(1993年作)を10月9日より東京国立博物館黒田記念館で展示しました(12月25日まで)。「湖畔VS湖畔」と題したこの企画は明治の洋画家、黒田清輝の代表作《湖畔》にもとづく福田氏の作品を、黒田記念館で常時公開されるオリジナルとともに展示したものです。気鋭の現代美術家である福田美蘭氏は古今東西の美術品を素材に作品を制作、その“オリジナル”イメージを揺さぶる活動で知られています。今回展示した福田氏の《湖畔》も、黒田の《湖畔》の背景を延長して描くことによって、教科書や切手などですっかり見慣れた名画のイメージを一度くつがえし、再度新たなまなざしで原画に接するよう促しています。廊下をはさんで、向かいあうように飾られた黒田の《湖畔》と福田氏の《湖畔》のコラボレーションを、来館者の方々もやや戸惑いながら楽しまれていたようです。
 なお10月8日には森下正昭氏(当研究所客員研究員)の発表による、国際研究集会に向けての部内研究会を行いました。「美術館とオリジナル―コンテンポラリーアートをめぐる問題」と題した発表では、主にイギリスの現代美術を中心に、作家自らが制作したモノ、という旧来の作品概念を超えた活動を紹介し、それらをどのように伝えていくのか、という現代美術館の課題が浮き彫りにされました。作品がコンセプト化するなかで、とくに作家へのインタヴュー等を記録して現代美術を伝えようとするInternational Network for the Conservation of Contemporary Art (INCCA)の活動は、作品保存の今日的なあり方として興味深いものがありました。

“オリジナル”研究通信(5)―組織委員会の開催とPRイメージ

福田美蘭氏による《富嶽三十六景 神奈川沖浪裏》(1996年作)

 企画情報部では今年12月に開催する国際研究集会「“オリジナル”の行方―文化財アーカイブ構築のために」の準備を着々と進めています。7月7日には組織委員会を開催、浅井和春(青山学院大学教授)、加藤哲弘(関西学院大学教授)、黒田泰三(出光美術館学芸課長)、佐野みどり(学習院大学教授)、松本透(東京国立近代美術館副館長)の諸先生方に専門委員としてご出席いただき、開催にむけて有益かつ貴重なご意見を賜りました。各発表者についても交渉・調整をほぼ終え、当研究所のホームページに国際研究集会専用のページを設けて、開催趣旨やプログラムをアップしましたので、どうぞご覧ください。
 さらに今回の研究集会のPRイメージとして、福田美蘭氏の作品《富嶽三十六景 神奈川沖浪裏》を使わせていただくことになりました。現代美術家の福田氏は1990年代より、古今東西の美術品を素材に作品を制作、その“オリジナル”イメージを揺さぶる活動で知られています。《富嶽三十六景 神奈川沖浪裏》も有名な北斎の浮世絵をもとにしていますが、そのイメージを左右反転させることで、見なれた、それでいてどこか違和感のある不思議な印象をわたしたちに与えてくれます。なお、有名な黒田清輝《湖畔》をもとに福田氏がアレンジした《湖畔》も、今回の研究集会の関連企画として10月9日(木)から12月25日(木)まで黒田記念館でオリジナルの《湖畔》とあわせて展示します。オリジナルとコピーのコラボレーションを、どうぞご期待下さい。

五姓田派としての満谷国四郎―美術研究所旧蔵デッサンより

満谷国四郎《人物》 東京国立博物館蔵

 満谷国四郎(1874~1936年)は明治・大正・昭和の三代にわたり、文展や帝展を舞台に活躍した洋画家として知られています。その没後の昭和13(1938)年に、当研究所の前身である美術研究所は満谷が残した素描類の寄贈を受けました。それらは明治期の“道路山水”とよばれる風景写生や、大正期に制作された展覧会出品作の下絵が多数を占めているのですが、その中で一点、鉛筆で入念に仕上げられた人物デッサンが異彩を放っています。細かな線描を交差させながらモティーフの肉付けを行うクロス・ハッチングの手法を用い、片目をすがめてこちらを見つめる表情は自意識にあふれています。満谷のみならず明治洋画史の上でも類例をみないものであったため、これまで紹介されることもなかったのですが、このたび神奈川県立歴史博物館の角田拓朗氏と岡山県立美術館の廣瀬就久氏が、明治初期洋画に多大な足跡を残した五姓田芳柳・義松一派の調査研究を進める中で、その流れに位置する可能性を指摘され、5月7日の企画情報部研究会で発表を行いました。デッサンの左下隅に記された明治25年2月21日という日付は、満谷が五姓田門下で学んでいたわずか一年ばかりの時期に当たります。このデッサンが五姓田派と満谷をつなぐ作として、さらには明治洋画史に一石を投じる作として位置づけられることになるかもしれません。本作品は、同じくクロス・ハッチングによる描写で満たされた写生帖とあわせて、「五姓田のすべて―近代絵画への架け橋」展(神奈川県立歴史博物館2008年8月9~31日、9月6~28日、岡山県立美術館2008年10月7日~11月9日)に出品される予定です。

『美術研究作品資料 第5冊 黒田清輝《湖畔》』の刊行

『美術研究作品資料 第5冊 黒田清輝《湖畔》』の原寸大部分図
巻末「《湖畔》をめぐる言葉とイメージ」より

 湖畔にたたずむ浴衣姿の女性を描いた黒田清輝の油彩画《湖畔》(明治30年作)は、数ある日本の美術品の中でもとくに親しまれた、人気の高い作品といってよいでしょう。このたび当研究所企画情報部では、この黒田の代表作にさまざまな視点から迫った『美術研究作品資料 第5冊 黒田清輝《湖畔》』を刊行しました。巻頭の城野誠治・鳥光美佳子(東京文化財研究所)による《湖畔》の画像は、原寸大部分図やふだん見ることのできない絵の裏側の画像もふくまれ、見なれた作品でありながら新鮮さを覚えます。荒屋鋪透氏(ポーラ美術館)・植野健造氏(石橋美術館)・金子一夫氏(茨城大学)・鈴木康弘氏(箱根町教育委員会)・渡邉一郎氏(修復研究所21)・田中淳・山梨絵美子(東京文化財研究所)によるテキストは、《湖畔》のモデルや制作地にはじまり、日本美術や西洋美術における位置、そして今日にいたる評価の変遷、作品のコンディションといったテーマで各々語られています。巻末には《湖畔》にまつわるイメージや言葉を収集し、昭和42年に発行された記念切手や《湖畔》によせた詩などを掲載しました。まさにその成り立ちから現在までの《湖畔》が歩んだ“生涯”をうかがえる一冊です。本書は中央公論美術出版より市販されています。
http://www.chukobi.co.jp/products/detail.php?product_id=121

国立台湾大学芸術史研究所・陳芳妹氏講演会の開催

講演する陳芳妹氏
淡水・ギン山寺全景(1991年整備以前)

 企画情報部ではプロジェクト研究「東アジアの美術に関する資料学的研究」の一環として「人とモノの力学」というテーマを設け、美術品や文化財といったモノの価値形成において、縦横に広がる人と人とのつながりを視野に入れながら、そこにどのような力関係でモノが絡んでいくのかに注目し、研究を進めています。このたび当部発行の研究誌『美術研究』391号に中国宋代の古代銅器受容について論考をお寄せいただいた国立台湾大学芸術史研究所の陳芳妹氏をお招きして、1月15日(火)に講演会を開催しました。
 「淡水ギン山寺に造られた神聖空間と民族相互認識の問題―社会芸術史の探究」と題した発表は、18世紀末から19世紀初頭にかけて台湾へ移住した漢民族、とりわけ福建省西山区の客家汀州を出身とする人々の表象についての内容でした。彼らは少数派ながら、台湾北部の淡水にギン山寺を建立し、その伽藍や意匠が出身地汀州の記憶をとどめたものであることを陳氏は突き止めています。わたしたちにはなじみの薄い台湾の前近代史が話の対象でしたが、移動する人にまつわるアイデンティティーの主張は上記の研究テーマにも適い、発表後はマイノリティー(少数派)の自己表象をめぐって議論が交わされました。

『昭和期美術展覧会の研究〔戦前篇〕』研究会の開催

プロレタリア美術研究所のポスター
 1930(昭和5)年頃

 企画情報部ではプロジェクト研究「近現代美術に関する総合的研究」の一環として、昭和戦前期の美術に関する論文集『昭和期美術展覧会の研究〔戦前篇〕』の2008年度刊行をめざしています。その刊行にむけての研究会を、12月27日に当部の研究会室で開きました。発表者とタイトルは次の通りです。
 ◆喜夛孝臣氏(早稲田大学會津八一記念博物館)「矢部友衛とプロレタリア美術運動―プロレタリア美術研究所を中心にして」
 ◆足立元氏(東京藝術大学大学院)「「悪女」と戦争―小野佐世男の漫画をめぐって」
 ◆敷田弘子氏(東京藝術大学大学美術館)「昭和前期の日本における最小限住宅とその室内設備についての一考察―型而工房とその関係者のデザイン活動から」
 若手研究者ということもあって、プロレタリア美術・漫画・デザインの未開拓分野に挑んだ発表内容は、いずれも真摯で刺激的なものでした。発表者・出席者ともに『昭和期美術展覧会の研究〔戦前篇〕』の執筆陣が中心の研究会でしたが、30名近くの研究者が参加し、発表を受けてホットな議論が交わされました。本研究会が、同論集刊行にむけてのよい弾みとなったことは間違いないでしょう。

“オリジナル”研究通信(2)―オーセンティシティー(Authenticity)の在り処

奈良、新薬師寺本堂(奈良時代に建立)の明治修理以前の姿と現在の様子。
明治30(1897)年の修復により、鎌倉時代に付加された下屋状の礼堂が取り払われ、復原をめぐる論議を呼びました。

 企画情報部では来年度の「文化財の保存に関する国際研究集会」への準備として、“オリジナル”をテーマに部内研究会を開いています。11月はとくに建築学を視野に、文化遺産国際協力センターの稲葉信子(14日)、清水真一(21日)を交えて討議を行いました。屋内で大事に保存される絵画や彫刻と異なり、建築物は風雨にさらされ、また住居や施設として日々使用される必要上、度重なる修理や改築を余儀なくされるものです。しかもそうした建築の可変的な性格にくわえて、木造や石造といった材質の違いによって維持のしかたも異なるため、各材質に根ざした文化圏のあいだで自ずと保存修復の理念に差が生じることになります。建築物のどの時代の姿を、どのような部材を用いて文化財として後世へ伝えていくのか、オーセンティシティー(Authenticity 真実性)の在り処をめぐる議論は尽きることがないようです。

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