研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
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コロナ禍におけるアンコール・タネイ寺院遺跡保存整備のための技術協力の取り組み

東門の基礎構造の補強方法検討図
ICC事務局による東門修復工事の視察(APSARA提供)

 東京文化財研究所では、カンボジアにおいてアンコール・シエムレアプ地域保存整備機構(APSARA)によるタネイ寺院遺跡の保存整備事業に対する技術協力を継続的に行っています。昨年からはAPSARAと共同で策定した保存整備計画に基づいて、同寺院東門の修復工事に取り組んでおり、APSARAが工事の予算確保や実施を担う一方、本研究所は工事前や工事中の建築調査および考古調査を担うとともに、修復の方法や工程に対する助言や提案を行っています。
 今年に入り、新型コロナウィルスの世界的な感染拡大により諸外国との往来が困難になる中、3月末以降カンボジアへの渡航も事実上不可能になってしまいました。しかし、カンボジア国内では本格的蔓延に至っておらず、通常の業務が継続されている中、日本側の事情だけでAPSARAの事業計画を中断させるわけにもいきません。そこで4月からは、通常のメールによる連絡のみならず携帯端末のメッセージサービスを積極的に活用してリアルタイムな現場の状況把握に努めるとともに、必要に応じて適宜オンライン会議を開催するなど、手探りながらもICT(情報通信技術)を用いた技術協力の取り組みを進めています。
 令和2(2020)年4月21日、2月から3月にかけて現地で行った基礎構造の強度調査等の分析結果の共有と、これに基づく適切な修復方法や構造補強方針に関する意見交換を目的に、APSARAの修復担当チームとのオンライン会議を開催しました。会議には協力研究者である東京大学生産技術研究所の腰原幹雄教授(建築構造)および桑野玲子教授(地盤機能保全)の参加を得て、専門的見地を交えた踏み込んだ議論を行い、当初構法のオーセンティシティの保存と構造的安全性の両立に向けた修復と補強の基本的な方向性について合意を得ることができました。この基本合意のもと、5月と7月にも、それぞれ基礎構造と上部構造について検討するためのオンライン会議を開催し、現場の最新状況と計画図面等の情報を共有しながらの双方向での議論を経て、現段階で最も適切と考えられる具体的な修復・補強方法を決定しました。
 一方、例年6月にAPSARA本部において開催される、アンコール遺跡国際調整委員会(ICC)技術会合も今年は延期となり、ICC事務局による現場視察のみが行われました。この視察にあわせてAPSARAと本研究所は、上記の検討内容を含む事業計画進捗状況報告書を共同で作成、ICC事務局に提出しました。さらに、ICCの専門委員を務める京都大学大学院の増井正哉教授とのオンライン会議を開催し、目下の検討・計画内容について指導助言を得るとともに、アンコール遺跡の国際協力を取り巻く動向等に関する意見交換を行いました。
 このように、図らずも、ICTによる文化遺産の修復協力の可能性を実感できたことは大きな収穫ではあります。とはいえ、文化遺産の保存は、それぞれに独自の価値を有するもの自体が対象である以上、遠隔での情報の共有や対話だけでは自ずと限界があることも確かです。新型コロナウィルス感染症の流行が収束し、再び自由な往来ができる日が一刻も早く戻ることを願ってやみません。

アンコール・タネイ遺跡保存整備のための現地調査IX

基壇の解体
コアサンプリング

 東京文化財研究所では、カンボジアにおいてアンコール・シエムレアプ地域保存整備機構(APSARA)によるタネイ寺院遺跡の保存整備事業への技術協力を継続しており、令和元(2019)年9月より、同遺跡保存整備計画の一環として、東門の修復工事をAPSARAと共同で進めています。令和2(2020)年2月26日から3月18日にかけて、3次元レーザースキャナーを用いた東門基壇の記録および基礎構造の強度調査等を目的に、職員および外部専門家計4名の派遣を行いました。
 2月27日から28日まで、上部構造の解体により露出した基壇および発掘調査を行った基壇外側入隅部の状態を正確に記録するため、東京大学生産技術研究所(東大生研)の大石岳史准教授の協力のもと、3次元レーザースキャナーを用いた基壇の計測を行いました。こののち、基壇内部盛土層の平板載荷試験、およびラテライト下地材等の一軸圧縮試験を予定していましたが、新型コロナウイルス感染拡大の影響で外部専門家の派遣を中止せざるを得なくなり、現地では2019年12月に続く第2回目の簡易動的コーン貫入試験のみを実施しました。
 簡易動的コーン貫入試験は、基壇内部盛土層と基壇外縁部の基礎地業層を対象として計11カ所で実施したところ、基壇内部盛土については壁直下部の方が室内中央部(床下)より概して大きい数値を示しました。この要因としては、試験時の気候の違いが影響している可能性はあるものの、壁直下では長期的な建物の自重により版築が締め固められ、現状で上部荷重を支持するのに十分な強度を有していることが推測されます。併せて、最下層の基礎地業を含む断面構造確認のため、ハンドオーガーによるコアサンプリングも行いました。
 後日、3種類の試験体(既存のラテライト旧材、今回修復で劣化部の置換に使用するラテライト新材、据付調整用のライムモルタル)について、東大生研の桑野玲子教授、大坪正英助教の協力のもと、一軸圧縮試験等を行った結果、ラテライト旧材と新材とで顕著な強度差はないことなどが判りました。
 世界的な新型コロナウイルス感染拡大により、当研究所が実施する国際協力事業も未曾有の状況が続いていますが、オンライン会議やデジタルデータ等を積極的に活用しながら、ひきつづき綿密な協力体制を維持できるよう模索しています。

ブータン王国の歴史的建造物保存活用に関する拠点交流事業III

ワークショップ前の現地確認(カベサ集落を望む)
ワークショップでの議論の様子(DCHS会議室)

 東京文化財研究所(東文研)では本年度、文化庁の文化遺産国際協力拠点交流事業を受託し、ブータン王国の民家を含む歴史的建造物の文化遺産としての保存と持続可能な活用のための技術支援及び人材育成に取り組んでいます。令和2年1月16日、同国内務文化省文化局遺産保存課(DCHS)が開催したラモ・ペルゾム邸の保存活用に関するワークショップに、外部専門家3名を含む計6名を派遣しました。
 ラモ・ペルゾム邸は、首都ティンプー近郊のカベサ集落に所在する同国内の現存最古級と目される民家で、ブータン政府が成立を目指している文化遺産基本法(新法)のもとでの民家建築の保存候補の筆頭に挙げられるものです。いっぽう無住となって久しく、また経年劣化の進行も著しいことから、その保存の可能性や活用の方向性について、行政や所有者、地域コミュニティといった関係者間での予備的な合意形成が求められる状況でした。そのような問題意識から、ワークショップはラモ・ペルゾム邸の保存活用に対する様々な見解を共有し、実現可能性が高い方向性を探ることを目的に、利害関係者として所有者と地域コミュニティの代表者のほか、公共事業定住省の地域計画担当者、観光庁の観光開発担当者を召集し、東文研は文化遺産に関する理念的・技術的な見地からの助言を行うために参加しました。
 ワークショップの前半は、文化遺産保護を進める立場から、東文研が現地調査に基づく保存の方針と修復の方法に関する提案、DCHSが行政による資金面を含む支援のあり方に関する報告を行いました。対して保存を担う立場からは、文化遺産としての高い評価に対する理解が示されたいっぽう、所有者から現代に即した活用による経済的利益の確保、また地域コミュニティ代表者から保存に対する行政の積極的な関与の必要性が強く要望されました。そして後半には、前半の発表や意見をもとにした活発な議論が行われ、(1)新法による指定など文化遺産としての価値付けのための手続きを加速すること、(2)修復に対する行政の支援や保存に対する所有者の義務など保護に係る枠組みを明確にすること、(3)文化遺産として適切かつ所有者の意向に配慮した活用案を検討することなど、ラモ・ペルゾム邸の保存活用を進めていく方向で参加者間の合意が図られました。
 東文研では今後もDCHSに協力し、ブータンにおける民家建築等の文化遺産としての保存活用の実現に向けて、現地調査や研究活動を継続していく予定です。

アンコール・タネイ遺跡保存整備のための現地調査VIII

ICCの様子
動的コーン貫入試験の様子

 東京文化財研究所では、カンボジアにおいてアンコール・シエムレアプ地域保存整備機構(APSARA)によるタネイ寺院遺跡の保存整備事業に技術協力を行っています。令和元(2019)年12月1日から21日にかけて、アンコール遺跡救済国際調整委員会(ICC)における同遺跡東門解体工事の経過報告と、同門基壇部や床面にみられる不同沈下の原因調査のため、職員および外部専門家計6名の派遣を行いました。
 12月10から11日にAPSARA本部で開催されたICCでは、同機構のセア・ソピアルン氏とともに報告を行い、4名の専門委員による現地調査結果も含めて、解体時の調査成果を活用しながら今後の修復工事を進めていくことが承認されました。また、APSARA機構担当者やカンボジア国内外の専門家と意見交換を行い、最新の情報を収集しました。
 不同沈下の原因調査では、旧地表面を検出した後、東門基底部の状態確認のため、南東入隅と北西入隅の2カ所を基礎下端まで掘り下げました。その結果、同門基礎は整形の粗い砂岩の外装とラテライトの下地、内部の盛土で構成されていることが確認できました。また、基礎全体が肌理の細かい砂による人工の土層の上に据えられていることが確認されました。この砂層は、建物の建設に伴う基礎安定化のための地業層と考えられ、他の寺院遺跡でも同様の事例が報告されています。
 また、床面の石材を部分的に取り外し、東京大学生産技術研究所・桑野玲子教授らの協力のもと、動的コーン貫入試験装置を用いた基礎盛土の耐力調査を行いました。その結果、外装下地のラテライトの脆弱性および基礎盛土の強度が場所によって異なることがわかり、それが不同沈下の原因の一つと推測されます。
 今回得られた調査成果を基に、東門の本格的な修復へ向けて、基礎構造の改善方法等を検討していきます。

博物館の環境管理に関するイラン人専門家研修III

東京文化財研究所における講義
国立民族学博物館における講義

 東京文化財研究所は、平成29(2017)年3月にイラン文化遺産手工芸観光庁およびイラン文化遺産観光研究所と趣意書を取りかわし、5年間にわたって、同国の文化遺産を保護するためさまざまな学術分野において協力することを約束しました。
 平成28(2016)年10月に実施した相手国調査の際、イラン人専門家から、首都テヘラン市では大気汚染が深刻な問題となっており、その被害が文化財にもおよび、イラン国立博物館に展示・収蔵されている金属製品の腐食が進行していると相談されました。そこで、イランにおける博物館の展示・収蔵環境の改善を目指し、平成29(2017)年度より研修事業を実施してきました。
 令和元(2019)年度も、イラン文化遺産観光研究所から2名、イラン国立博物館から2名、計4名のイラン人専門家を日本に招聘し、11月25日から29日にかけて、研修事業を行いました。 
 まず、東京文化財研究所において、佐野保存科学研究センター長と呂俊民先生が中心となり、博物館環境に関する講義を行ったほか、昨年度、イラン国立博物館で実施した大気汚染調査の成果に関して報告を行いました。また、佐藤生物科学研究室長と小峰アソシエイトフェローが中心となり、文化財の生物被害防止に関して講義を実施しました。
 その後、京都国立博物館と国立民族学博物館などを訪問しました。京都国立博物館では降幡順子先生に防災対策について講義していただき、同館の防災システムを見学しました。国立民族学博物館では、日髙真吾、和髙智美、河村友佳子、橋本沙知の各先生方に、同館における環境管理や空調管理、生物被害対策などについて講義していただいたほか、展示室や収蔵庫を見学しました。ご協力いただいた各位および各機関に改めて御礼申し上げます。
 東京文化財研究所は、今後もイランの文化遺産を保護するための協力活動を行っていく予定です。

アンコール・タネイ遺跡保存整備のための現地調査Ⅶ

クレーントラックによる解体作業
東門内部で発見された彫像頭部

 東京文化財研究所では、カンボジアでアンコール・シエムレアプ地域保存整備機構(APSARA)によるタネイ寺院遺跡の保存整備事業に技術協力を行っています。同遺跡における東門修復工事の開始に伴い、工事中の助言と記録作業等の実施のため、令和元(2019)年9月7日から11月5日にかけて職員および外部専門家計6名の派遣を行いました。
 本工事では、APSARAが工事の実施を担当し、本研究所は主に修復方法等に対する技術支援および調査研究面での協力を行っています。
 9月12日に地鎮祭を行って工事関係者全員で安全を祈願した後、屋根の解体を開始しました。解体にはクレーントラックを使用し、各石材に番付を付したうえで頂部から順に石材を取り外し、1段進捗する毎に現状の計測や調書の作成など必要な記録作業を行うとともに、取り外した石材についても個別に実測や写真撮影、破損状況等の記録作業を行いました。
屋根の解体が完了した後、建物内部に浸入した樹根や蟻塚を除去し、崩落していた石材を取り出しました。回収した石材は約70個で、屋根やペディメントの部材が大半を占めることから、経年により自然に崩壊した様子が窺えます。また、この作業中、崩落した石材の下から、観音菩薩と思われる彫像の頭部(高さ56センチ程)が、南翼の西壁面に立て置かれた状態で発見されました。未解明の点が多いタネイ寺院の歴史をひもとくうえでも貴重な資料と考えられます。写真や後述の3Dスキャンによる現状記録の後、詳細な調査にむけてAPSARAの管理施設に収容しました。
石材の回収完了後は、東京大学生産技術研究所大石研究室の協力を得て3Dレーザースキャンによる壁体および室内部の精密な記録作業を行い、あわせて建物の詳細調査とSfMによる壁面の記録等を行いました。その後、10月16日より壁体部分の解体に着手し、必要な記録等を行いながら安全に作業を進め、予定した範囲の解体を11月5日に完了しました。
 これら解体に伴う一連の調査を通して、樹根や蟻塚が石材の目地の細かな部分まで入り込み、建物が変形する一因となっている様子が確認できました。また、基壇および床面には不同沈下が認められることから、基礎構造に何らかの欠陥が生じている可能性が推測できます。建物の構造的健全性を回復するためには劣化メカニズムの解明とこれを踏まえた基礎構造の改善が不可欠であることから、引き続き12月にも職員等を派遣し、基壇の部分的な発掘調査および地盤調査を実施する予定です。
 このほか、9月18日にAPSARA本部で開催された、プレアヴィヒア寺院の保存整備に関する国際調整委員会(ICCプレアヴィヒア)に出席し、最新情報を収集しました。今後もAPSARA側との協力を継続するとともに、各国の専門家らとの意見交換や情報収集等を行いながら、アンコール遺跡における適正な修復事業のあり方を模索していきます。

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