研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


令和5年度第1回文化財情報資料部研究会の開催―酒呑童子絵巻の研究

研究会の様子

 令和5(2023)年4月28日に、「酒呑童子絵巻の研究−調査中間報告」と題して江村知子(文化財情報資料部)が発表を行いました。本研究は、住吉廣行筆「酒呑童子絵巻」(6巻、ライプツィヒ民族学博物館蔵、以下ライプツィヒ本)を中心に科学研究費助成事業基盤研究Bの課題として令和4(2022)年から実施しているもので、今回の発表はその調査中間報告という形で行いました。令和4年度に調査を実施した作品を紹介し、各本の特徴や系統について考察しました。また宮崎もも氏(大和文華館)のご教示により、ともに調査を行うことができた「酒呑童子絵巻下絵」6巻(大阪青山歴史文学博物館)がライプツィヒ本の完全な形の下絵である可能性を提示しました。さらにこの下絵を収納する箱の蓋裏書きにより、ライプツィヒ本の詞書筆者が幕臣であった成島忠八郎(竜洲)、成島仙蔵(衡山)父子であることが明らかになりました。さらに科研の研究分担者である小林健二氏(国文学研究資料館)から、「「伊吹童子」絵巻(個人蔵)の調査報告」と題して、ご発表いただきました。この作品は奈良絵本を絵巻に改装したもので、ライプツィヒ本の前半3巻分の内容と共通点が多く、詞書の内容も含めて今後の考察を深めていく必要があります。研究分担者の並木誠士氏(京都工芸繊維大学)からはコメンテーターとしてご参加いただいたほか、オンラインでも所内外の研究者の方々にご参加いただきました。研究討議でいただいたご意見も参考にしながら今年度の調査を進めてまいります。

「日本美術の記録と評価―美術史家の調査ノート」ウェブ・コンテンツの公開

田中一松資料
日露戦争戯画「筆のまにまに」(田中一松)
土居次義資料

 東京文化財研究所では図書や写真だけでなく、旧職員などの研究者の調査ノートや会議書類なども研究資料として保存活用しています。平成31年度から3年間、実施した基盤研究B「日本美術の記録と評価についての研究―美術作品調書の保存活用」(JSPS科研費JP19H01217)の成果の一部として、東京文化財研究所が所蔵する田中一松(1895–1983)資料と、京都工芸繊維大学附属図書館が所蔵する土居次義(1906–1991)資料のなかから代表的なノート類をウェブサイトで公開しました。
 田中一松資料は、大正12(1923)年から昭和5(1930)年の東京帝国大学の受講ノートや作品調査ノートと、明治38(1905)年から大正3(1914)年にかけての小・中学生時代のスケッチブックなどについて紹介しています。田中一松は幼い頃から絵を描くことを好み、眼で見たものを即時に描き表す修練を積み重ね、その経験はのちの美術史家としての仕事にも活かされていたことがわかります。田中一松は半世紀以上にわたり文化財行政の中枢で活躍し、まさに浴びるように作品を見て、作品の評価を通じて日本絵画史研究を推進しました。
 土居次義資料は、昭和3(1928)年から昭和47(1972)年の間の代表的な調査ノートと、京都帝国大学での受講ノートや昭和22(1947)年の俳句と写生による旅の記録などを紹介しています。土居次義は文献調査に加え、現地調査による作品細部の徹底した観察に基づき画家を判別し、寺伝などで伝承される画家の再検討を行い、近世絵画史研究に画期的な業績を残しました。
 田中と土居の戦前の調査ノートからは、写真が気軽に撮れなかった時代に、いかにして自分が見たものの形や表現を記録するか、その記録の集積から作品の評価につなげていたかがうかがわれ、両者の営みは大正・昭和の美術にまつわる近代資料とも言えます。研究資料としてご利用いただければ幸いです。ただ眺めるだけでも眼を楽しませてくれるようなスケッチもあります。ぜひご覧ください。
https://www.tobunken.go.jp/researchnote/202203/

絵金屛風の調査撮影

調査撮影の様子
絵金蔵における複製屛風の展示

 高知県香南市赤岡町には絵金として知られる弘瀬金蔵(1812−76)が描いた芝居絵屛風が23点伝えられており、高知県保護有形文化財に指定されています。通常は絵金蔵という展示収蔵施設で保管されています。絵金屛風の魅力は人気のある歌舞伎のドラマティックな場面を躍動感に溢れる構図と色鮮やかな絵具で描いていることにあります。このうち18点の屛風は赤岡町北部の須留田八幡宮に奉納されたもので、江戸時代末期から須留田八幡宮神祭で屛風が並べられてきました。また昭和52(1977)年からは赤岡町の人々によって商店街に芝居絵屛風を並べる絵金祭が開催されてきました。この2年は新型コロナウイルス感染症拡大の影響で残念ながらお祭りは中止されていますが、地域に根ざした特別な文化財として親しまれています。平成22(2010)年に不慮の事故により5点の屛風が変色してしまいましたが、東京文化財研究所ではこれらの屛風についての保存修理に関する調査研究を実施し、安定化処置が行われました(2017年4月の活動報告を参照 https://www.tobunken.go.jp/materials/katudo/243905.html)。その後、18点の屛風についても経年劣化が進行していたため、絵金蔵運営委員会および赤岡絵金屛風保存会によって保存修理事業が進められています。当研究所では、この事業推進にあわせて絵金屛風の彩色材料調査を行っています。令和4(2022)年4月15・16日に絵金蔵を訪問し、これまでに修理が完了した18点の屛風について、高精細カラー撮影による作品調査を行いました。今年度末には全ての作品の保存修理が完了する予定で、完了後には調査報告書の刊行も計画しています。

ハイパースペクトルカメラを用いた梅上山光明寺での分析調査

調査の準備
調査箇所についての協議

 これまで何回かにわたり「活動報告」で紹介してきました通り、東京都港区の梅上山光明寺が所有している元時代の羅漢図についての調査が文化財情報資料部によって実施されてきました(梅上山光明寺での調査)。そして、光学調査で得られた近赤外線画像や蛍光画像から、補彩のために新岩絵具が用いられた箇所がある可能性が示唆されました。
 このような画像データの観察に加えて、科学的な分析調査を行うことにより、高精細画像とは異なる切口から情報が得られると考えられます。そこで、令和4(2022)年1月19日に光明寺にて、保存科学研究センターの犬塚将英・紀芝蓮・高橋佳久、そして文化財情報資料部の江村知子・安永拓世・米沢玲が反射分光分析による羅漢図の調査を実施しました。
 反射分光分析を行うことにより、光の波長に対して反射率がどうなるのか、すなわち反射スペクトルの形状から作品に使用されている彩色材料の種類を調べることができます。さらに、今回の調査に適用しましたハイパースペクトルカメラを用いると、同じ反射スペクトルを示す箇所が2次元的にどこに分布するのかを同時に調べることができます。
 今後は、今回得られたデータを詳細に解析することにより、補彩のために用いられた材料の種類と使用箇所の推定を行う予定です。

セインズベリー日本藝術研究所とのオンライン協議

オンライン協議の様子
セインズベリー研究所提供の海外の日本美術の展覧会情報(総合検索)
アシュモレアン博物館の図録Tokyo: Art & Photography

 令和3(2021)年12月2日に、イギリスのセインズベリー日本藝術研究所と共同研究「日本芸術研究の基盤形成事業」についてのオンライン協議を行いました。東京文化財研究所では平成25(2013)年よりイギリスのセインズベリー日本藝術研究所(以下、セインズベリー研究所)との共同研究を推進しています。セインズベリー研究所のサイモン・ケイナー所長からは新型コロナウイルス感染症の影響による困難な状況の中、事業を継続できていることに対して感謝の意が伝えられ、セインズベリー研究所の理事会でもこの共同研究が重要な国際協働事業であると評価されているとの報告がありました。昨年と同様にオンラインでの協議を行いましたが、この1年間では、継続的なデータベースの更新作業に加えて、東京文化財研究所が刊行している『日本美術年鑑』に掲載している美術界年史(彙報)の記事を英訳し、Art New Articlesとして、東京文化財研究所のウェブサイトに検索可能な状態で掲載することを新たに開始しました(Art news articlesの公開について)。現在は平成25(2013)〜同27(2015)年の3年分の英語版が公開されていますが、今後も翻訳・更新・公開作業を継続して、日本美術に関する国際情報発信を進めていく予定です。
 またセインズベリー研究所には、海外で開催された日本美術に関する展覧会の情報を東文研総合検索にご提供いただいています。情報共有と研究交流の一環として、セインズベリー研究所の林美和子氏にアシュモレアン博物館で開催されたTokyo: Art & Photography展の展覧会評を『美術研究』436号(令和4(2022)年3月刊行予定)にご寄稿頂きました。海外の美術展覧会を見に行く機会が激減するなか、海外の状況を知ることができる貴重な記事となっています。ぜひご覧ください。
 オンラインでできることも増え、その長所を活かした取り組みも行っていますが、それでも作品調査や、講演を行い、一般の聴衆と意見交換することなどは現地に行かないと不可能です。2年前まで実施していた、研究員が実際に現地を訪問して研究協議と講演を行うような研究交流は、来年度以降に状況を見ながら再開する方針です。

和泉市久保惣記念美術館での講演とリートベルク美術館のシンポジウムでの発表

2つの展覧会図録
和泉市久保惣記念美術館での講演会
リートベルク美術館でのシンポジウム(YouTubeでの配信画面)

 すぐれた日本東洋の古美術コレクションで知られる和泉市久保惣記念美術館で「土佐派と住吉派 其の二―やまと絵の展開と流派の個性―」展(令和3(2021)年9月12日〜11月7日)が開催されました。この展覧会では桃山時代の土佐光吉から近代に至るまでの、土佐派・住吉派の作品が一堂に会され、それぞれの絵師が守り継いだものと、革新していったものが、浮かび上がる企画となっていました。本展にあわせて10月16日に行われた講演会にて、同館の館長河田昌之氏とともに、文化財情報資料部・江村知子が「海を渡った住吉派絵画—ライプツィヒ民族学博物館蔵「酒呑童子絵巻」を中心に」と題して発表しました。当研究所ですすめている在外日本古美術品保存修復協力事業や、海外に所蔵される日本美術作品について紹介し、天明6(1786)年に制作されたと考えられる住吉廣行筆「酒呑童子絵巻」について解説しました。この展覧会には住吉廣行の長男の弘尚が、父の作品に倣って制作したと考えられる「酒呑童子絵巻」(根津美術館蔵)が出陳されており、その対照性についても明らかにしました。
 またスイスのリートベルク美術館ではヨーロッパの美術館に所蔵される物語絵画を集めた《Love, Fight, Feast – the World of Japanese Narrative Art》展(令和3(2021)年9月10日〜12月5日)にあわせて10月23日に国際シンポジウムが開催され、江村は《A Great Tale of Exterminating Ogres: Shuten-dōji Handscrolls of GRASSI Museum für Völkerkunde zu Leipzig》と題して基調講演を行いました。この展覧会で住吉廣行筆「酒呑童子絵巻」が初公開されたこともあり、絵巻全体の内容と作品の特色について明らかにしました。シンポジウムはチューリッヒの会場と、東京、ダブリン(アイルランド)、ニューヨーク(米国)をつないで、オンライン形式で行われ、インターネットで配信されました。
https://www.youtube.com/watch?v=36FC6IOS_o0&t=1160s
 新型コロナウイルス感染症の影響もあり、参加者全員が同じ場所に集まることはできませんでしたが、多くの研究者と意見交換する貴重な機会となりました。発表で取り上げた住吉廣行筆「酒呑童子絵巻」については、研究資料として『美術研究』435号に掲載する予定です。

北米美術図書館協会年次大会での発表

発表の様子
発表スライド

 新型コロナウイルス感染症の影響は長らく続いており、以前であれば大勢の関係者が一堂に会して行っていた会議などはオンラインで開催されることが多くなっています。北米美術図書館協会の年次大会も、昨年に続きオンラインで開催され、令和3(2021)年5月13日にゲッティ研究所と共同でBuilding Bridges: Working Together to Disseminate Japanese Art Literatureと題した発表を行いました。東京文化財研究所からこの大会で発表を行うのは初めての機会でした。当研究所では平成28(2016)年にアメリカのゲッティ研究所と共同研究に関する協定書を締結し、明治期の美術雑誌『みづゑ』をはじめ、明治から昭和初期の美術展覧会図録、江戸時代の版本など、東京文化財研究所の蔵書をデジタル化し、ゲッティ研究所が運営するヴァーチャル図書館であるゲッティ・リサーチ・ポータルに情報提供し、インターネット公開を進めています。発表ではこれまでの共同研究事業の経緯や成果について紹介し、各国の所蔵資料を横断検索することでもたらされる新たな視点を具体的に示しました。世界的に外出や移動が制限される中、オンラインで貴重な研究資料が随意に利用できるヴァーチャル図書館は、さらにその重要性を増しています。これからも国内外の研究機関と協力して、広く文化財の研究に役立つ情報発信を推進してまいります。

酒呑童子絵巻についての発表—第2回文化財情報資料部研究会の開催

発表の様子
住吉廣行「酒呑童子絵巻」第6巻部分(ライプツィヒ民族学博物館蔵)

 むかし大江山もしくは伊吹山に棲み、都で女性や財宝を略奪する悪業をはたらいていた酒呑童子という鬼が、源頼光ら武士によって征伐される物語を描く酒呑童子絵巻は、人気のある画題で数々の作品が残されています。有名な作品としては、サントリー美術館に所蔵される、狩野元信による3巻の絵巻物がよく知られています。今回の研究会では、「新出の住吉廣行筆「酒呑童子絵巻」(ライプツィヒ民族学博物館蔵)について」と題して、発表を行いました。この作品は6巻で構成され、明治15年(1882)に明治政府のお雇い外国人医師のショイベがドイツ帰国の際に持ち帰ったのち、全くその存在が知られていなかったものです。発表者は令和元(2019)年にライプツィヒにてこの作品を調査することができ、今回の発表では、この作品が徳川家第10代将軍・家治の養女であった種姫(1765〜94、実父は田安徳川家宗武、実兄は松平定信)が、紀州徳川家第10代藩主・治宝(1771〜1853)に嫁いだ際の嫁入り道具として天明6年(1786)に住吉廣行によって描かれた可能性があることを指摘しました。この作品の構成としては、狩野元信の3巻本の内容に前半が加えられているもので、今後の酒呑童子絵巻の研究において重要な作例と言えます。今後さらに研究を進め、研究資料として活用していくことを目指していきます。

「辟邪絵」の研究―第1回文化財情報資料部研究会の開催

国宝 天刑星(辟邪絵のうち) 一幅 奈良国立博物館所蔵(画像提供 奈良国立博物館)
オンラインでの質疑応答の様子

 奈良国立博物館ほかに所蔵される国宝「辟邪絵」は、平安時代末期、後白河法皇のころに制作されたものと考えられ、「地獄草紙」とともにこの時代を代表する作品としてよく知られていますが、その画題や制作背景についてはいまだ検討の余地が残されています。令和3(2021)年度第1回目の文化財情報資料部研究会では、神奈川県立金沢文庫・主任学芸員の梅沢恵氏に「「辟邪絵」の主題についての復元的考察」というタイトルでご発表いただきました。梅沢氏はこの作品の主題が「鬼神にとっての地獄」であることを論述されていますが(梅沢恵「矢を矧ぐ毘沙門天と『辟邪絵』の主題」『中世絵画のマトリックスⅡ』青簡舎、2014年)、今回のご発表では、近年知られるようになった、一連の絵巻の一部と見られる新出の詞書を含めて詳細な分析をおこない、作品全体の構想について再考し、表現の根底にある宗教的思想や時代的な趣向について考察されました。研究会は新型コロナウィルス感染症拡大防止の対策を取りながらオンライン形式でおこないましたが、リモートでの参加者からも活発な質疑応答がおこなわれました。人の移動が制限されている状況ではありますが、十分な対策を講じた上で、研究活動を継続してまいります。

山梨絵美子副所長最終講演―第9回文化財情報資料部研究会

講演の様子
サテライト会場の様子

 令和3(2021)年3月25日に、東京文化財研究所副所長・山梨絵美子による講演「白馬会の遺産としての『日本美術年鑑』編纂事業」を行いました。当研究所が刊行している『日本美術年鑑』(以下、年鑑)は、現在は2年前の1年間の美術界の動きを1冊にまとめたもので、「年史」「美術展覧会」「美術文献目録」「物故者」によって構成されています。当研究所での刊行は1936(昭和11)年からで、戦中戦後の困難な時期にも継続されて今日に至っています。年鑑の独特の構成は、美術評論家で黒田清輝や久米桂一郎とも親交の深かった岩村透(1870-1917)の発案になるもので、その後の経緯と変遷について、山梨の近代日本美術史研究者としての視点や、永年の経験をふまえて講演が行われました。美術展覧会の増大や「美術」の範囲が拡大している昨今では、様々な問題もありますが、継続するための課題についての問題意識を共有し、当研究所のような公的機関が年鑑の刊行を継続する意義について強調され、講演を終えました。新型コロナウイルス感染症拡大防止のため、講演会はオンラインで行い、参加者はサテライト会場とした研究所内のセミナー室や、各自の職場や自宅から講演を視聴しました。また講演の映像を4月30日までの期間限定で、東京文化財研究所Youtubeチャンネルで公開しました。山梨は3月末日をもって当研究所副所長を退任、4月からは客員研究員に着任され、今後も当研究所の活動に協力して頂きます。

「日本美術の魅力:修復された海外の日本美術作品」展の延期と特設サイトの公開

特設ウェブサイト
宇陀紙の製造(映像)
補修紙の製造(映像)

 東京文化財研究所では平成2(1990)年より在外日本古美術品保存修復協力事業を進めており、ヨーロッパ、北米、オーストラリアなど各地の美術館が所蔵する385点の絵画や工芸作品の保存修復をおこなってきました。当初の計画では令和2(2020)年度にこの修復事業で修復した作品を里帰りさせ、修復の技術、材料や道具などとともに紹介する展覧会を開催することを計画して準備を進めてきましたが、新型コロナウイルス感染症拡大防止のため、展覧会は延期することとなりました。
 人やものの移動が制限される状況下でもできることとして、このたび特設ウェブサイトを制作・公開しました。このサイトでは、展示を予定していた日本美術の作品紹介、作品を所蔵する欧米の美術館の紹介、そしてこれまでに修復を行った作品のリストを検索可能なデータベースの形で公開し、報告書がすでに刊行されているものについては、その本文を閲覧できるようにしました。さらに文化財の修復に必要な伝統的な材料は数多くありますが、その中から、掛軸の表装で最背面に用いられる総裏紙として使われる宇陀紙と、本紙(絵や書が書いてある作品の紙)に欠損箇所を補修するための補修紙について、映像で紹介しています。これらは国の選定保存技術に認定されているものです。日本の伝統文化と自然環境の中で、さまざまな知恵と工夫が結集して伝統的な技術が継承され、文化財が守られているということをご理解いただける映像作品になっています。ぜひご視聴ください。なお本展覧会の準備およびウェブサイトの制作は、日本博事業として実施しました。
https://www.tobunken.go.jp/exhibition/202103/

セインズベリー日本藝術研究所とのオンライン協議

オンライン協議の様子

 東京文化財研究所では平成25年(2013)よりイギリスのセインズベリー日本藝術研究所(Sainsbury Institute for the Study of Japanese Arts and Cultures; SISJAC)との共同研究を推進しています。SISJACは欧州における日本の芸術文化研究の拠点の一つとして活動し、海外で発表された英文による日本の芸術に関する文献や展覧会などの情報を収集し、東京文化財研究所の「総合検索」http://www.tobunken.go.jp/archives/にデータを提供していただいています。SISJACとの連携により「総合検索」から日本国内だけでなく、海外における日本の芸術に関する研究や動向も知ることができます。令和元(2019)年度までは毎年一回、当研究所の職員がノリッジのSISJACを訪問し、データベースについて協議し、講演をおこなってきましたが、今年は新型コロナ感染症感染拡大の影響により、渡航を取り止め、インターネット通信を用いた協議を令和2(2020)年11月26日におこないました。世界的に新型コロナ感染症感染拡大の影響が長期化するなか、いつでもどこでも利用が可能な公開データベースやオープンアクセス資料が、これまで以上に重要性を増しており、より広範な利用者層に提供するための取り組みについて協議しました。東京は午後5時、イギリスは午前8時と、9時間の時差があるなかでのオンライン協議でしたが、参加者が互いに顔を見ながら話し合い、情報共有ができたことは、今後の共同事業を進める上でも有意義な機会になりました。令和3(2021)年度以降の次期中期計画でも、SISJACとの共同研究を継続していく予定です。

美術工芸品の保存修理に用いられる用具・原材料の調査

楮の生産状況調査(茨城・大子町)
稲藁で編んだ表皮台(楮の皮剝ぎに用いる台)
楮の皮を剝ぐ小包丁

 美術工芸品の修理は、伝統的な材料や用具によって支えられています。近年、それらの用具・材料の確保が困難になってきています。天然材料であるため、気候変動や環境の変化により以前と同じようには資源が確保できないこと、また、材料が確保できても高齢化や社会の変化により後継者が途絶えてしまうことなど様々な問題が起きています。例えば手漉き和紙のネリ剤(分散剤・増粘剤)のノリウツギ・トロロアオイ、漉き簀を編む絹糸、木工品などに用いられる砥の粉・地の粉、在来技法で作製した絹などが確保の難しいものとして挙げられます。
 このような状況を危惧して、文化庁では令和2(2020)年度から「美術工芸品保存修理用具・原材料管理等支援事業」を開始しています。美術工芸品の保存修理に必要な用具・原材料を製作・生産する方への経済的な支援事業です。その一方で、その用具・材料がなぜ必要不可欠であるのかを科学的に明らかにすることや、製作工程に関する映像記録、文化財修理における使用記録などが求められます。東京文化財研究所では、平成30(2018)年度から文化庁の依頼により、このような観点から、今後の生産が危惧される用具・材料について調査と協力を行ってきました。令和2年度は茨城のトロロアオイと楮(9月)、長野の在来技法絹(9月)、高知の楮と和紙製作用具(10月)、京都の砥の粉(11月)、をそれぞれ生産されている方々のもとで調査しています。調査の過程で科学的な裏付けが必要とされる場合には適宜、分析などを行い、伝統的な用具・材料の合理性と貴重性を明らかにして、今後の文化財に関する施策に協力しています。

展覧会「日本美術の記録と評価―調査ノートにみる美術史研究のあゆみ―」の開催

東京国立博物館本館14室での展示
展覧会の特設サイト

 東京文化財研究所が所蔵する今泉雄作(1850∼1931)、平子鐸嶺(1877∼1911)および田中一松(1895∼1983)による調査ノートと、 京都工芸繊維大学が所蔵する土居次義(1906〜1991)による調査ノートを中心とした展覧会を、令和2(2020)年7月14日から8月23日まで、東京国立博物館にて開催しました。 田中一松資料・土居次義資料については、平成30(2018年)に開催した「記録された日本美術史―相見香雨・田中一松・土居次義の調査ノート展」(実践女子大学香雪記念美術館・京都工芸繊維大学美術工芸資料館)でも公開しましたが、今回は東京国立博物館に所蔵される実際の絵画作品2点とともに、調査ノートを展示しました。写真を気軽に撮ることができなかった時代、調査の基本は自分の目で作品を見て、情報を手で書き写すことでした。 これらの調査ノートを見ると、研究者がどのように作品に向き合い、記録し、評価に至っているのか、その過程をたどることができます。新型コロナウィルス感染拡大防止のため、事前予約制での開館でしたが、特別展「きもの」が同時に開催されており、多くの方々にご覧いただきました。展覧会に合わせて特設サイトも制作しました。https://www.tobunken.go.jp/exhibition/202007/
 このウェブサイトは会期終了後も、引き続き公開しています。展示していた箇所の次のページや、調書の書き下し文も見ることができますので、ぜひご覧ください。

資料閲覧室の開室再開

飛沫防止フィルムを設置したカウンターでの資料の受け渡し

 当研究所資料閲覧室は新型コロナウイルスによる感染症(COVID-19)拡大防止のため、令和2(2020)年2月28日から臨時閉室しておりましたが、6月10日より閲覧業務を再開いたしました。感染症対策のため、通常よりも時間を短縮、開室日数を減らしています。事前予約制で、利用者の皆様にはマスクとニトリル手袋を着用の上で、ご利用頂いております。利用者の皆様にはご不便をお掛け致しますが、いまだ感染状況も沈静化していない中、それでも利用者の皆様と職員の安全を確保しつつ、必要なサービスを提供するよう、職員一同、日々努力を重ねております。ご理解・ご協力のほど、よろしくお願い致します。
利用予約については下記をご覧下さい。
https://www.tobunken.go.jp/info/info200605/index.html
また遠隔複写サービスもおこなっております。通常よりも少ない職員で対応しているため、多少時間がかかる場合もありますが、ご自宅からでも必要な資料を取り寄せられます。ぜひご利用下さい。

資料閲覧室の臨時閉室とオープンアクセス資料拡充の推進

東文研OPACの画面
PDFでダウンロードできる明治期の美術展覧会図録

 新型コロナウイルスによる感染症(COVID-19)拡大防止のため、同じ独立行政法人国立文化財機構の他施設と同様に、資料閲覧室は令和2(2020)年2月28日から臨時閉室させて頂いており、ご利用の皆様には多大なご迷惑・ご不便をお掛けしております。政府の緊急事態宣言発令後は、当研究所の多くの職員も自宅待機となっておりますが、学校や職場で研究ができなくなってしまっている方が世界中におられます。
 こうした状況下で、有効に活用できるのが、インターネット公開のデータベースやオープンアクセス資料です。これまでも当研究所では、所蔵資料のデジタル化と広範な利用促進に向けた取り組みを進めて参りましたが、ゲッティ研究所との共同事業により、昨年10月には明治〜昭和初期の美術展覧会カタログ900冊余りをインターネット公開しており、現在は当研究所所蔵の江戸時代の版本およそ730タイトル(1,700冊)のデジタル化、オープンアクセス化を鋭意進めております。江戸時代の版本は今年中にゲッティ・リサーチ・ポータルから検索・閲覧できるようになる予定です。
 ゲッティ研究所との共同事業でデジタル化した資料は、こちらからご覧になれます。
https://opac.tobunken.go.jp/gate?module=top&path=corner/corner.do&method=open&no=1
また『美術研究』、『保存科学』、『無形文化遺産研究報告』、『日本美術年鑑』などは機関リポジトリからご覧頂けます。
https://tobunken.repo.nii.ac.jp
さらに当研究所の多種多様の研究資料は、「東文研総合検索」から検索できます。
http://www.tobunken.go.jp/archives/
より多くの皆様に、いつでもどこからでも無料でご利用頂ける研究資料の提供をこれから推進して参りますので、どうぞご利用下さい。

永青文庫所蔵 重要文化財「洋人奏楽図屏風」デジタルコンテンツの公開

資料閲覧室の専用端末
右隻部分の拡大画像と蛍光エックス線分析結果

 文化財情報資料部では、当研究所で行った美術作品の調査研究について、デジタルコンテンツを作成し、資料閲覧室にて公開しています。このたび永青文庫所蔵の重要文化財「洋人奏楽図屏風」のデジタルコンテンツの公開を開始致しました。永青文庫所蔵「洋人奏楽図屏風」は初期洋風画と呼ばれる日本絵画の一作例で、西洋の人物・風俗・景色などが西洋風の表現技法によって描かれています。この作品は屏風という日本絵画の典型的な画面形式に、通常の日本絵画とは異なる、独特な表現技法が用いられています。このデジタルコンテンツは、平成27(2015)年に東京文化財研究所が刊行した報告書に基づいて作成しました。専用端末で高精細カラー画像、近赤外線画像、蛍光エックス線分析による彩色材料調査の結果などがご覧いただけます。ご利用は学術・研究目的の閲覧に限り、コピーや印刷はできませんが、デジタル画像の特性を活かした豊富な作品情報を随意に参照することができます。この画像閲覧端末は、資料閲覧室開室時間にご利用いただけます。ご利用に際しては下記をご参照下さい。http://www.tobunken.go.jp/~joho/japanese/library/library.html

セインズベリー日本藝術研究所での協議と講演

協議の様子
講演会の様子Photo by Sainsbury Institute / Andi Sapey

 イギリス・ノーフォークの州都であるノリッチ(Norwich)にあるセインズベリー日本藝術研究所(Sainsbury Institute for the Study of Japanese Arts and Cultures; SISJAC)は、欧州における日本の芸術文化研究の拠点のひとつです。このSISJACと東京文化財研究所は、平成25(2013)年より「日本藝術研究の基盤形成事業」として、日本国外で発表された英文による日本芸術関係文献のデータをSISJACから提供いただき、当研究所のウェブサイトで公開するという事業を共同で進めています。そうした事業の一環として、毎年、文化財情報資料部の研究員がノリッチを訪れて、協議と講演をおこなっており、令和元(2019)年度は江村知子、米沢玲の2名が11月20日から23日にかけて滞在し、その任に当たりました。
 協議では、SISJACから提供いただいたデータへのアクセス件数の問題や、全般的なデータ採録における表記やウェブリンクの問題などを協議し、よりよいデータ構築と活用に向けて共同事業を継続していくことを確認しました。
 また、11月21日には、江村がノリッチ大聖堂のウェストン・ルームにおいて「日本絵画にみる四季の表現 The Expression of the Four Seasons in Japanese Paintings」と題した講演をおこない、同研究所のサイモン・ケイナー(Simon Kaner)所長に通訳の労をとっていただきました。この講演は、SISJACが毎月第三木曜日に開催する一般の方向けの月例講演会の一環でもありましたが、今回は150名ほどの参加者があり、講演終了後も活発な質疑応答がおこなわれました。同地における日本美術に対する関心の高さがうかがえました。今後もセインズベリー日本藝術研究所との連携を効果的に進めながら、日本美術の国際発信をおこなっていきたいと思います。

薬師寺所蔵 国宝「吉祥天像」デジタルコンテンツの公開

「吉祥天像」デジタルコンテンツ画面

 文化財情報資料部では、当研究所で行った美術作品の調査研究について、デジタルコンテンツを作成し、資料閲覧室にて公開しています。このたび奈良・薬師寺所蔵の国宝「吉祥天像」のデジタルコンテンツの公開を開始致しました。吉祥天像は、薬師寺において吉祥悔過の本尊として制作されたと考えられる現存最古の画像で、奈良時代の稀少な着色画として知られています。このデジタルコンテンツは、奈良国立博物館と当研究所との共同研究として調査を実施し、平成20(2008)年に刊行した報告書に基づいて作成しました。専用端末で高精細カラー画像、蛍光画像、近赤外線画像、エックス線透過画像、蛍光エックス線分析による彩色材料調査の結果などがご覧いただけます。ご利用は学術・研究目的の閲覧に限り、コピーや印刷はできませんが、デジタル画像の特性を活かした豊富な作品情報を随意に参照することができます。この画像閲覧端末は、資料閲覧室開室時間にご利用いただけます。ご利用に際しては下記をご参照下さい。
http://www.tobunken.go.jp/~joho/japanese/library/library.html

伊藤若冲筆「菜蟲譜」のデジタルコンテンツ作成と公開

「菜蟲譜」デジタルコンテンツ画面
カラー画像と近赤外線画像の比較閲覧画面
部分拡大図

 文化財情報資料部では、当研究所で行った美術作品の調査研究について、デジタルコンテンツを作成し、資料閲覧室にて公開しています。このたび栃木県佐野市立吉澤記念美術館(https://www.city.sano.lg.jp/museum/)所蔵の伊藤若冲筆「菜蟲譜」(重要文化財)のデジタルコンテンツが完成しました。専用端末にて、高精細カラー画像、近赤外線画像、蛍光エックス線分析による彩色材料調査の結果などをご覧いただけます。ご利用は学術・研究目的の閲覧に限り、コピーや印刷はできませんが、デジタル画像の特性を活かした豊富な作品情報を随意に参照することができます。「菜蟲譜」は伊藤若冲による、現存唯一の絹本着色の画巻で、約100種の蔬菜・果実と50種余りの昆虫や両生類などが表され、繊細で情趣豊かな表現がよく知られています。この画像閲覧端末は、資料閲覧室開室時間にご利用いただけます。ご利用に際しては下記をご参照下さい。
http://www.tobunken.go.jp/~joho/japanese/library/library.html

to page top