研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


「ネパールの被災文化遺産保護に関する技術的支援事業」による現地派遣(その12)

市長会議の様子

 文化庁より受託した標記事業の一環として、東京文化財研究所では、ネパールにおける歴史的集落保全に関する行政ネットワークの構築支援を継続しています。平成31(2019)年3月12日、ラリトプル市において「カトマンズ盆地内の歴史的集落保全に関する第2回市長会議」を市と共催し、8名の派遣を行いました。
 歴史的集落の保全に関する現状や課題を、市長レベルで共有および議論する場として、平成29(2017)年にパナウティ市で第1回市長会議が開催されました。2回目となる今回は、「歴史的集落における有形および無形文化遺産の保全」をテーマとし、ネパールと日本の専門家による発表および会場の参加者も交えた議論の場が設けられました。当日は、11市長および8副市長、行政所属のエンジニアを含めると、計14市から合計約80人の参加がありました。
 ネパール側からは、4市における祭礼や工芸品などの無形文化遺産の紹介およびその継承への取り組みや、平成27(2015)年に発生したゴルカ地震後の歴史的集落調査および保全に対する取り組み等について講演がありました。日本側からは、札幌市立大学 森朋子准教授がコカナ集落における集落調査成果等について講演し、弊所無形民俗文化財研究室 久保田裕道室長がコカナ集落における無形文化遺産の調査成果や日本の無形文化遺産保全における現状等について講演を行いました。
 地域の文化遺産の保全については、人材や資金不足など、両国で共通する課題を抱えています。ネパールにおいては、特に、伝統的な地域社会の変容が加速していく中、地域社会における持続的な保全の仕組みが求められるとともに、市長のリーダーシップの下、行政側からの適切な支援が必要とされています。
 ネパールと日本両国間で、今後も相互に情報共有および議論を深めながら、支援を継続していきたいと思います。

「ネパールの被災文化遺産保護に関する技術的支援事業」による現地派遣(その11)

対象建物から採取した試料の調査風景
階段状に各時代の仕上げ層を削り出した試料

 文化庁より受託した標記事業の一環として、平成31(2019)年2月22日~28日の間、カトマンズ・ハヌマンドカ王宮アガンチェン寺周辺建物群について、現地考古局の許可を得て、蛍光X線分析装置等を用いた仕上げ層の成分分析調査を実施しました。
 これまでの痕跡調査から、当該建物は幾度もの増改築が重ねられていることが判明しています。特に、壁面仕上げの塗り重ねの履歴および後補部材の見え隠れ部などに残された仕上げ層は、建物の変遷を探る上で重要な資料であり、これまでも塗り重ねられた各層の仕様や色味などについて調査を継続してきました。
 今回は、仕上げ層の材料を特定することで、時代と共に変化する仕様の相対的な編年を把握し、増改築の履歴に関する考察に役立てることを目的に、蛍光X線分析装置およびラマン分光測定装置を用いた科学的な分析を行いました。
 調査対象とした仕上げ層の断片は、最大で10層の仕上げ層を含みます。各時期の仕上げ層および下地層を階段状に削り出して分析を行いました。
 調査の結果、古い壁画層の赤色彩色部ではベンガラと微量の金が確認され、また、後年に塗り重ねられた水色の仕上げ層からはラピスラズリに非常によく似たスペクトルが得られました。得られたデータの詳しい分析はこれからですが、このような高価な材料の使用は、この建物が、王家の重要な儀礼・居住の場として、17世紀の創建以来継続的に使われてきたことを窺わせる結果と言うことができます。
 また、調査対象建物においては、これまでの痕跡調査の過程で増築壁の背後に壁画が見つかっていますが、この壁画は創建当初に程近い時期に遡る可能性があり、今後、今回のような科学的手法を含めた更なる調査および適切な保存措置の検討が求められています。
 今後も引き続き、建物自体に秘められた歴史の解明に努めるとともに、これらの貴重な物証を保存しながら、いかに建物の修復を進めていくか、ネパール側と協力しつつ検討を進めたいと思います。

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