シンポジウム『地域社会と文化遺産』とスタディツアーの実施
イラクでは紛争や情勢不安から一時期は海外からの調査・支援が停滞していましたが、令和2(2020)年以降徐々に外国調査隊が復帰し、古代西アジア文明史に関する国際的な考古学研究と文化遺産保護活動が再開されています。東京文化財研究所においても、平成16(2004)年~平成22(2010)年度にイラク国立博物館の保存修復専門家に対する本邦研修と機材提供を行ったほか、平成31(2019)年と令和4(2022)年にシンポジウムを開催するなど、支援を継続してきました。
同国では現在、文化遺産保護を持続可能なものとしていくために地域住民の意識を向上させることが課題となっています。そこで本研究所では、令和7(2025)年11月22日から12月1日にかけて、メソポタミア考古学教育研究所および京都芸術大学日本庭園・歴史遺産研究センターとの連携のもと、南イラクのズィー・カール県から3名の専門家を招聘し、日本の史跡整備や文化遺産活用の事例を通じて新たな発想や手法に触れ、自国の課題解決に活かしてもらうことを目的に、「地域社会と文化遺産」をコアテーマに掲げた2回のシンポジウムを含むスタディツアーを実施しました。
東京と京都で開催したシンポジウムでは、イラク人専門家から同県での発掘調査と史跡整備の現状が紹介されました。さらに、古代メソポタミア文明や考古学に関する講演活動、博物館資料と地域の人々を繋ぐイベントの開催、高等・大学教育の場における文化遺産の捉え方についての調査成果などが発表されました。日本側からは、東京会場では、文化庁の中尾智行氏と飛騨市の三好清張氏から日本の文化財保護政策の現在地や地方自治体の活動について、また京都会場では、京都芸術大学の仲隆裕氏が平等院の史跡整備と地域連携について基調講演されたのに続き、奈良県世界遺産室の山田隆文氏が世界遺産を保有する県内自治体職員向けの指導や学校教育との連携について、京都芸術大学の宇佐美智之氏がイラクの文化遺産をWeb GISでマッピングする学生や市民協力型の支援活動について、それぞれ講演されました。これらの講演を通じて両国での市民に対する普及活動の特徴や課題が共有されるとともに、今後いかに市民が文化遺産と関わる場面を増やすことができるか、その効果的な方策をめぐり活発に意見が交わされました。
イラク人専門家の皆さんは両シンポジウムの間に各地の史跡や博物館などを訪れ、サイトミュージアムの利点や、復元建物や植栽による表示、遺構露出展示といった各種整備手法、VRやAR、多言語映像資料による解説など、イラクにおける課題解決に資する情報を熱心に学ばれました。
今回の訪日で得た経験や知識が南イラクにおける文化遺産保護の進展に役立てられることを期待し、今後も連携協力を続けていきます。
