美術市場のメカニズムを知る―令和7年度第7回文化財情報資料部研究会の開催
東京文化財研究所が所蔵する重要な図書コレクションとして「売立目録」があります。売立目録とは個人や名家が所蔵する美術品を「売立会(入札会)」で売却するために作成・配布された冊子で、当研究所には明治時代後期から昭和時代までに発行された売立目録が計2,532冊所蔵されています。これは公的な機関としては日本最大のコレクションで、美術品の来歴調査などに日々活用されています。
この「売立会(入札会)」において、美術品は、世話人・札元による仲介のもと、独自の入札方式で競られました。これは高額を提示して競り上がっていくオークションとは異なり、日本的な商慣習に裏打ちされたものでした。しかし現在、売立目録自体は頻繁に参照されている一方で、その制度的背景や運営の実態については十分に理解されているとは言いがたく、「売立会(入札会)=オークション」と混同される例も少なくありません。日本の美術市場は、欧米とは異なる独自の取引形態のもと、発展・展開してきた点に特徴があります。研究者が美術市場のメカニズムを知り、資料に対する理解を深める機会として第7回文化財情報資料部研究会「美術市場のメカニズムを知る」を令和7(2025)年10月9日に開催しました。
研究会では、研究会の企画者である田代裕一朗(文化財情報資料部)による司会のもと、まず川島公之氏(東京美術商協同組合 理事長、繭山龍泉堂 代表取締役社長)が、「売立、交換会について」と題して日本型の美術市場について解説し、つづいて山口桂氏(クリスティーズジャパン 代表取締役社長)が「オークションについて」と題して欧米型の美術市場を紹介しました。両氏の発表を通じて、日本と欧米における美術市場の構造的な違いが浮かび上がり、また発表後には質疑応答の時間も設けられ、研究者にとって普段深く知る機会がない美術市場のメカニズムを両氏から直接学ぶ貴重な機会となりました。
美術史研究は、美術館・博物館の学芸員や大学教員といった職業的研究者の知見のみによって支えられているものではありません。文化財情報資料部研究会が、こうした多様な視点を取り込み、広く研究に資する知見を獲得する機会となれば幸いです。
(参考)
売立目録デジタルアーカイブに関して:https://www.tobunken.go.jp/japanese/uritate.html
専門端末の予約に関して:https://www.tobunken.go.jp/joho/japanese/library/application/application_uritate.html
