研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『東文研ニュース』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


日韓無形遺産研究交流成果発表会の開催

研究交流成果発表会の様子

 当研究所は大韓民国文化財庁国立無形遺産院との間で、無形文化遺産に関する共同研究をこれまで継続して実施してきました。そしてこのたび、韓国の全州市にある韓国国立無形遺産院において、これまでの共同研究の成果を発表する「日韓研究交流成果発表会」が8月30日に開催されました。当研究所からは無形文化遺産部のスタッフを中心に6名が参加しました。
 当研究所からは菊池研究員が「無形文化遺産の保護及び伝承に関する日韓研究交流(平成24(2012)~平成28(2016)年)」について報告をおこない、続いて久保田室長が「今後の研究交流の方法について」と題した提言を行いました。韓国側からも2名の発表者が、それを受けた報告と提言を行い、続いて出席者全員による総合討論を行いました。
 これまでの共同研究を通じて、日韓両国における無形文化遺産へのアプローチには、似ている側面もあれば、異なる側面もあることが明らかになりました。今回の成果発表会では、そうした共通点と相違点を互いに確認しあった上で、両者が共有する問題や課題について相互に情報を交換し、議論を深めていこう、という方針が決められました。
 例えば今日の韓国においては、無形文化遺産をどのように振興していくかに強い関心があり、それを無形遺産院のような公的機関がどのようにサポートしていくのか、ということが重要な課題とのことでした。いっぽう今の日本においては、無形文化遺産に対する公的機関の関与は韓国ほど顕著ではないものの、それらの伝承・継承に資する研究活動をおこなうこともまた当研究所の使命のひとつと考えています。こうしたとき「無形文化遺産をどのように伝承していくか」という共通の課題に対して、それぞれのアプローチについて意見交換し、議論をすることで、お互いによりよいアプローチを見出すことが出来ると考えます。こうしたことが、両国で共同研究をおこなうメリットでもあります。
 今回の成果発表会の成果を踏まえ、両国の研究交流がさらに活発になり、建設的な議論を生み出すことを期待しています。

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ミクロネシア連邦ナン・マドール遺跡の世界遺産登録と我が国による国際協力

巨石で構築されたナン・マドール遺跡の人工島
ミクロネシア連邦政府の担当官と共に、遺跡の保存管理計画を議論する

 7月10月から17日まで開催された第40回ユネスコ世界遺産委員会において、ミクロネシア連邦のナン・マドール遺跡が世界文化遺産(同時に危機遺産)に登録されました。この遺跡は、玄武岩などの巨石で構築された大小95の人工島によって構成される、太平洋地域において最も規模の大きな巨石文化の遺跡のひとつで、同国にとって世界遺産への登録は長年の夢でした。
 2010年に同国は、ユネスコ太平洋州事務所を通じて我が国に対し、この遺跡の保護に関する国際協力を要請しました。それを受けて文化遺産国際協力コンソーシアム(以下、コンソーシアム)が2011年2月に協力相手国調査として現地調査をおこない、その成果を『ミクロネシア連邦ナン・マドール遺跡現状調査報告書』として上梓しました。以後、コンソーシアムおよび東京文化財研究所・奈良文化財研究所が中心となり、国際交流基金などの助成のもと、同遺跡の保護のための人材育成・技術移転の事業をおこなってきました。そのなかで、長年にわたって同遺跡を研究してきた片岡修・関西外国語大学教授をはじめ、東京大学生産技術研究所、国立研究開発法人森林総合研究所、NPO法人パシフィカ・ルネサンス、(株)ウインディー・ネットワークなど、産学官にわたる様々な機関および個人の参加・協力を得ることができました。
 コンソーシアムの理念のひとつは、日本が一丸となって国際協力に取り組むことができるように、文化遺産保護に関わる幅広い国内関係者が連携協力するための共通基盤を構築することです。このナン・マドール遺跡の保護への協力事業は、まさにこの理念のショーケース(好見本)としてふさわしいものでしょう。そしてその成果が、同遺跡の世界遺産登録までつながっていったのだと思います。
 しかしこの遺跡は同時に「危機遺産」としても登録されました。それは、遺跡の多くの部分で崩壊が進行していることに加え、それを保護していくための計画や体制がまだまだ十分とは言えないからです。この遺跡は、今後もまだ多くの専門家の協力を必要としているということを示しているのです。

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被災地民俗芸能保存団体の研修

苅宿鹿舞保存会と原馬室獅子舞・棒術保存会の皆さん

 福島県浪江町苅宿地区には、「鹿舞」が伝承されています。関東地方に数多い「三匹獅子舞」と、東北地方に多い「鹿踊り」双方の特色を併せ持つ珍しい民俗芸能です。しかし原子力発電所の事故によって、この区域は居住制限区域となり、住民は各地に分散避難を余儀なくされました。そのため、この鹿舞も震災後5年間で2回しか演じられていません。鹿舞保存会のメンバーも中には関東地方に移り住んでいる方もおり、集まることすら難しい状況にあるのが現状です。
 それでも何とか維持していく方策を考えたいと、保存会長からの発案でこのたび保存会員の研修旅行が企画され、無形文化遺産部が協力しました。6月18日、最初に埼玉県白岡市の獅子博物館を訪れ、日本各地及び世界の獅子頭を見学し、館長の高橋裕一氏に詳細な展示解説とレクチャーをいただきました。続いて鴻巣市の原馬室獅子舞・棒術保存会会長宅に伺い、保存会同士の交流を図りました。原馬室の獅子舞は関東地方に典型的な三匹獅子舞で、鹿舞との共通点もあります。両者の映像を見た後に、獅子舞を継承するための取り組みや課題について話を伺いました。
 原発事故の避難地域において無形文化遺産が継承されるか否かという問題は、地域コミュニティの存続にも関わる大きな問題です。これからどうなるのか不透明な部分が多い状況ですが、少しでも継承に貢献できるサポートを行っていくことも重要だと考えています。

第12回太平洋芸術祭「第1回カヌーサミット」の開催

カヌーサミットの様子
カヌーの実演航海

 東京文化財研究所は文化庁委託事業「文化遺産国際拠点交流事業」の一環として、グアムでおこなわれた第12回太平洋芸術祭において、第1回「カヌーサミット」を2016年(平成28年)5月26日に開催しました。
 太平洋芸術祭は、太平洋地域の文化に関わる芸術家や専門家、コミュニティーの代表者を招いて4年に1度おこなわれるイベントで、今年は27の国・地域が参加し、約2週間の開催期間中には、太平洋地域の文化が抱える様々な課題についての会議、各地域の伝統舞踊や民族技術の実演が催されました。
 その中で「カヌーサミット」は、UNESCOと太平洋芸術祭事務局の協力の元、南山大学、Traditional Arts Committee, Guam、Tatasi Subcommittee, Guam、東京文化財研究所との共同で開催され、メラネシア・ポリネシア・ミクロネシアの各地域においてカヌー文化の保存と活用に携わる専門家や航海士らが一堂に会し、伝統的な航海術や、文化復興への取り組みについての紹介や議論が行われました。参加者は100余名におよびました。
 カヌー文化は、大洋州島しょ国の文化的象徴であり、無形文化遺産としても重要な価値を持っています。また近年では、二酸化炭素の排出が少ない「持続的な移動手段」としての再評価もおこなわれています。しかしながら、気候変動による災害やグローバリゼーションの影響から、こうした伝統文化をいかに保護し、若い世代へ継承していくかということが課題となっています。
 参加者からは、今回のサミットの開催は、各地で行われているカヌー文化の復興運動についての情報共有をおこなう大変貴重な機会であり、カヌー文化の次世代への継承のための歴史的に非常に有意義な次へのステップとなったとの感想を聞くことができました。

無形文化遺産の震災復興と防災に関わる刊行物

 無形文化遺産部では、昨年度末に『無形民俗文化財の保存・活用に関する調査研究プロジェクト報告書 震災復興と無形文化遺産をめぐる課題』を刊行しました。本書は同プロジェクトの報告であるとともに、これまで開催した「311復興支援・無形文化遺産情報ネットワーク協議会」での協議内容をまとめたものです。この協議会は、平成25年より毎年3月にさまざまな分野の方にご参加いただきながら、東日本大震災での無形文化遺産の復興について討議を重ねて参りました。その年々の状況を踏まえた課題は継続中のものも多く、今後の文化財防災にも資する内容となっています。
 また文化財防災ネットワーク推進事業として行っている「地方指定文化財等の情報収集・整理・共有化事業」「文化財保護のための動態記録作成に関する調査研究事業」の概要を示す冊子として、『地域の文化遺産と防災』を刊行しました。特に「地方指定文化財等」の収集については、地域における文化財防災の第一歩は、まずどこに何があるのかを把握しておくことが重要であり、地方自治体と連携して事業を進める必要があります。そうした意義と、今後の事業の進め方をまとめました。
 どちらも無形文化遺産部のウェブサイトにてPDF版公開を予定しています。

無形の文化財に関する映像記録作成についての研究会開催

映像記録を見て議論する様子

 無形文化遺産部では「無形の文化財映像記録作成研究会」として、東北地方の岩手県で無形の文化財の映像記録制作を行っておられる阿部武司氏(東北文化財映像研究所)をお招きし、2016年2月22日に研究会を行いました。これは、国立文化財機構による文化財防災ネットワーク推進事業の一環として、東京文化財研究所が担っている「文化財保護のための動態記録作成」の取り組みのひとつです。
 今回の研究会では、東日本大震災後の岩手県での阿部さんの活動を通じて、民俗芸能における被災地の状況をお聞きし、防災や減災・予防のために記録を活用していくにはどういった課題があるのかを議論しました。
 また、より広くデジタル機材が発達した現在では映像制作のプロフェッショナルではない一般の方でも手軽に動画を取ることができます。そうした映像のあり方も、柔軟に記録の一環として取り込んでいくことも出来るのではないだろうかという問いも議題に挙がりました。
 無形文化遺産部では平成15年度から19年度にかけて「無形の民俗文化財映像記録小協議会」を行っていました。この検討結果を受けて、無形民俗芸能研究協議会を行い、『無形民俗文化財の映像記録作成の手引き』等の報告書を刊行しています。今後開催する映像記録作成に関する研究会では、こうした議論を踏まえた上で、現在新たに生じている課題や、地域における無形の伝統技術にも目を向けて、議論を重ねていく必要があると考えています。

第10回無形民俗文化財研究協議会の開催

総合討議の様子

 12月4日(金)に第10回無形民俗文化財研究協議会が開催され、「ひらかれる無形文化遺産―魅力の発信と外からの力」をテーマに、4名の発表者と2名のコメンテーターによる報告・討議が行われました。
 東日本大震災以降の復興の過程においては、被災して甚大なダメージを受けた地域が「外の力」を取り込んでいくことで、結果的に文化継承が図られたという例が数多く報告されています。I・Uターン者や観光客、あるいはコミュニティの中でそれまで伝承に関わってこなかった層が新たに伝承を担うようになったり(伝承者の拡大)、新たな観客や支援者層に対して伝承を発信していったり(享受者の拡大)、様々なかたちで無形文化遺産を外に向かって「ひらく」際に、どのような仕組みや方法が必要になるのか、またそこにどのような課題や展望があるのか。今回は被災地域に限らず、過疎高齢化や都市化によって疲弊する全国各地に対象を広げ、「外からの力」と文化継承について議論を交わしました。
 青森、山形、広島、沖縄の四つの地域からの報告やその後の討議を通して、魅力を発信する方法や仕組みづくりといった具体的な話から、“伝統”と変容をどう捉えるか、文化を伝承していくということが地域にとってどのような意味を持っているのかといった話まで、多岐に及ぶテーマが出されました。その中で、四つの地域いずれも、最初から外の力に頼って伝承を繋げていこうとするのではなく、まずは伝承者やそれを取り巻く地域の方々が伝承の在り方についてきちんと議論し、葛藤する中で進むべき道を選択してきたという姿が印象的でした。今回の協議会は例年より多くの方にご参加いただき、なおかつ、保存団体の方など実際に伝承を担っている方の参加が目立ちました。無形文化遺産を「ひらく」ということへの問題関心の高さが浮き彫りになったと同時に、伝承の問題が当事者の方々にとっていかに切実なものになっているかということについても、認識を新たにさせられました。
 協議会の内容は2016年3月に報告書として刊行し、後日無形文化遺産部のホームページでも公開する予定です。

第10回無形文化遺産部公開学術講座の開催

公開講座の実演風景

 12月18日、「邦楽の旋律とアクセント ― 中世から近世へ ― 」というタイトルで、公開講座を行いました(於平成館大講堂)。中世芸能の能(謡)と近世芸能の長唄を取り上げ、国語学者の坂本清恵日本女子大学教授と共同で、日本語のアクセントが歌の旋律にどの程度影響を与えているのか対応関係を考察したあと、桃山時代の旋律を復元した謡「松風」と、長唄「鶴亀」の実演を楽しみました。ジャンルによって影響関係が異なり、時代の推移とともに変化もしたこと、等が判明しました。入場者は285名。講演と能楽師・長唄演奏家の実演がクロスした内容に、興味深かったとの感想が多く寄せられました。

「無形文化遺産と防災―伝統技術における記録の意義」研究会開催

箕の工程作業実演の様子

 12月22日、「無形文化遺産と防災―伝統技術における記録の意義」と題した研究会を行いました。本研究会は、文化遺産防災ネットワーク推進事業の一貫として東京文化財研究所が担っている「文化財保護のための動態記録作成」事業において行いました。無形文化遺産は「かたち」をもたない文化遺産なので、防災・減災を考えていくのに、記録を活用するのが重要な要素の一つとして考えられています。
 今回は東日本大震災で被災した地域のうち、福島県の放射能被害のあった地域における伝統技術を取り上げて、被災前の記録と、被災後の記録から、防災・復興にむけてどのようなことが行われているのか、2つの事例が紹介されました。
 紹介された事例は福島県浪江町の「大堀相馬焼」と南相馬市の「小高の箕作り」です。「大堀相馬焼」の事例では、災害後に浪江町から工房を移転して新たに復興を目指している現状が紹介されました。また「小高の箕作り」の事例では、災害前の映像記録から技術の復元を試みられており、映像記録から判別できた技術の習得について、実際に工程作業の一部を披露されながら無形文化遺産における記録の意義について議論が交わされました。
 無形文化遺産の防災は、さまざまなケースが考えられるため、必ずしもこれで良いのだと言い切れないことも多くあります。今後も議論を重ね、文化遺産の防災や、減災への貢献を目指していきたいと思います。

無形文化遺産(伝統技術)の伝承に関する研究会Ⅱ「染織技術の伝承と地域の関わり」の開催

熊谷伝統産業伝承室(くまぴあ)での見学の様子

 無形文化遺産部では平成27年11月11日、12日にかけて熊谷市と共催で無形文化遺産(伝統技術)の伝承に関する研究会Ⅱ「染織技術の伝承と地域の関わり」を開催しました。本研究会では第1回目の同研究会(平成27年2月3日開催)のテーマ「染織技術をささえる人と道具」を引き継ぎ、染織技術に必要な「道具」の保存と活用について積極的な支援を行っている埼玉県熊谷市と京都府京都市の担当者を招き、染織技術に欠かせない要素である「道具」の保存と活用に関して行政がどのように関わっていく事ができるのかについて考えました。
 11日は当研究所保存修復科学センターの中山俊介近代文化遺産研究室長より文化財という視点から「道具保護と活用」について報告があった後、熊谷市立熊谷図書館の大井教寛氏に「熊谷染関連道具の保護と行政の関わり」、京都市伝統産業課の小谷直子氏に「京都市における染織技術を支える事業について」を報告いただきました。その後の総合討議では、行政でできることや、様々な立場の人々の連携の重要性等について活発に議論が交わされました。フロアからは、技術を伝承するためにはその技術の根ざす「地域」を大切にしながら他の「地域」と連携していくことも視野に入れていくことが必要との意見もでました。
 12日は遠山記念館の水上嘉代子氏による講演「埼玉県の染織の近代化小史―熊谷染を中心に―」の後、熊谷伝統産業伝承室(熊谷スポーツ・文化村「くまぴあ」内)の見学を実施しました。同室内に展示されている長板回転台や水洗機、蒸し箱はポーラ伝統文化振興財団の助成により移設されたものです。
 今回の研究会は、染織技術やそれをささえる道具との関わりについて具体的な事例をもとに議論を展開し、染織技術の伝承を考えていく上で、道具を保存していく大切さを改めて認識することができる機会となりました。
 今後も無形文化遺産部では伝統技術を取り巻くさまざまな問題について議論できる場を設けていきます。

染織文化財の技法・材料に関する研究会「ワークショップ 友禅染 ―材料・道具・技術―」の開催

染色に関する講義

 無形文化遺産部では平成27年10月16日、17日と文化学園服飾博物館と共催で友禅染に関するワークショップを開催しました。今回のワークショップでは桜美林大学の瀬藤貴史先生をお招きし、近世以降の代表的な染色技法である「友禅染」を取り上げ、近世より受け継がれた材料(青花紙〈あおばながみ〉や友禅糊、天然染料など)と近代以降の合成材料(合成青花、ゴム糊、合成染料)、それぞれの材料に合わせた道具について比較しました。
 1日目は、友禅染の材料や道具の生産をとりまく現状を映像も併せて説明し、その上で、青花紙と合成青花の比較しながらの下絵描き、真糊〈まのり〉に蘇芳と消石灰を併せた赤糸目〈あかいとめ〉による糸目糊置き、地入れを行いました。2日目は天然染料と合成染料について学んだ後、合成染料による彩色、蒸し、水元〈みずもと〉の作業を行いました。蒸しの待ち時間にはゴム糸目による糸目糊置きを体験しながら、真糊とゴム糊の工程の違いについても学びました。ワークショップの終盤には、それぞれの考える受け継ぐべき「伝統」についてディスカッションを行いました。
 今回のワークショップを通じて、材料の変化と道具、技術の関わりについて、実際の作業を通じて理解し、さらに、後世へ受け継ぐべき技術とその保護について参加者の皆さんと討議し問題を共有することもできました。
 今後も無形文化遺産部ではさまざまな技法に焦点をあてる研究会を企画していきます。

民俗技術の映像記録制作事業―木積の藤箕製作技術をモデルケースに

藤箕製作技術の撮影風景

 民俗技術を後世に伝えていく上で、映像による記録は大変有効です。特に東日本大震災以降は、失われた技術を復興・再現するための手がかりとして記録の重要性が再認識され、防災対策としても注目されています。
 しかし、これまでの記録映像は、研究や普及用に1時間程度の尺で制作されたものが主流であり、技術そのものの習得や、新たな作り手の育成に目的を特化したものは多くありませんでした。したがって、何をどのように記録すれば、実際の技術習得に役立つのか、その手法についても十分に検証されてきませんでした。一方、伝承の現場では、伝承者の高齢化が進むなど、技術の習得や確認に役立つ記録の作成が、ますます重要で緊急性の高い課題になってきています。
 そこで無形文化遺産部では、防災事業の一環として、2015年9月から、千葉県匝瑳市木積の藤箕製作技術(国指定無形民俗文化財)をモデルケースに、民俗技術の映像記録制作事業をスタートさせました。材料の採集、加工、箕作りまでの一連の技術について、例えばどのアングルで撮影すればよりわかりやすいのか、どういった情報が盛り込まれていれば役に立つのか等について、伝承者はもちろん、技術を習う後継者も交えて協議しつつ、制作を進めていきます。事業は2ヶ年を予定しており、今後、公開や活用の方法についても検討していく予定です。

『無形文化遺産(伝統技術)の伝承に関する研究報告書』の刊行

無形文化遺産(伝統技術)の伝承に関する研究報告書

 無形文化遺産部では平成26(2014)年度より無形文化遺産(伝統技術)の伝承に関する研究プロジェクトを開始しました。本プロジェクトでは染色技術関連道具について先駆的な事業を行っていた埼玉県熊谷市と協定を結び、埼玉県熊谷市の染色工房へ共同調査を行いました。本報告書はその成果をまとめたものです。
 本報告書は、現地調査にご協力いただいた方々それぞれの立場から、染織技術を伝承する上での課題や提案についての報告が掲載されています。また、その内容を補完する資料として、共同調査での聞取調査、工房の平面図や立面図、そして調査時に撮影をさせていただいた映像資料も含まれる内容となっています。加えて、平成27(2015)年2月3日に開催した無形文化遺産(伝統技術)の伝承に関する研究会「染織技術をささえる人と道具」での座談会「染織技術をささえる人と道具の現状」も掲載しています。
 今回の報告書は、東京文化財研究所における初の試みである付属映像資料にも無形文化遺産である「わざ」の情報が詰まっています。無形文化遺産部では、今後も文字・写真による記録保存だけでなく、映像等も含めた総合的な記録作成を推進していきます。『無形文化遺産(伝統技術)の伝承に関する研究報告書』は、後日、当研究所ウェブサイトの無形文化遺産部のページで公開予定です。

北前船交易によって伝来したイナウ資料の調査

輪島市門前町に伝来するイナウ奉納額
青森県深浦町に伝来するイナウ3点

 今年度より、本州以南に現存するイナウ資料(アイヌ民族の祭具)の調査を行っています。北前船の寄港地として栄えた日本海側の港町には、北方交易によってもたらされたと考えられる近世から明治期にかけてのアイヌ関連資料が数多く伝来しています。このうち、石川県や青森県などでは神社仏閣に奉納されたイナウがあることがわかり、現在、石川県立歴史博物館の戸澗幹夫氏、北海道大学アイヌ・先住民研究センターの北原次郎太氏と共に調査を進めています。
 これまでの調査で、石川県輪島市門前町では明治20~23年の銘のある4点のイナウ奉納額が、同県白山市では明治元年の銘のあるイナウ奉納額1点が見つかっています。これらの額には「奉納」「海上安全」などの銘文が墨書されており、北前船の船主が航海の安全を祈念して(あるいは感謝して)奉納したものと考えられます。また北前船の重要な風待ち港であった青森県深浦町には27点もの年代不詳のイナウが伝来しており、やはり海の信仰に関わって奉納されたものと推測されます。
 こうしたイナウは従来あまり知られていませんでしたが、国内に現存するものとしては、近藤重蔵が寛政10年(1798)に収集したとされるイナウ、東京国立博物館所蔵資料(明治8年)、北海道大学植物園所蔵資料(明治11年)に次いで古い、大変貴重な資料と位置づけられます。また本資料は、北前船の船主がアイヌの人々の祭具であるイナウを本州まで大切に持ち帰り、地域の寺社に奉納して今日まで守ってきたことを示すものであり、北方交易による和人とアイヌの交流の実態を映すものとしても、大変示唆に富んだ資料と言えます。日本海沿岸の地域には、こうした未発見のイナウ資料がまだ残されている可能性があり、今後も関係諸機関と連携しながら調査を続けていく予定です。

広島県北部地域における無形民俗文化財の保護活動調査―韓国国立無形遺産院との研究交流

壬生の花田植
三次の鵜飼

 無形文化遺産部では、2011年から韓国国立無形遺産院(前韓国国立文化財研究所)と第二次「無形文化遺産の保護及び伝承に関する日韓研究交流」を行っています。その一環として、6月1~22日の日程で無形遺産院の方劭蓮(バン・ソヨン)氏が来日し、共同調査を行いました。今回は無形の文化財の保存・活用について保存団体等がどのように活動しているのか、具体的な事例研究を行うことを目的に、広島県北広島町の壬生の花田植(国指定重要無形民俗文化財、ユネスコ無形文化遺産)や同県三次市の「三次の鵜飼」(県指定無形民俗文化財)を見学し、関係者に聞き取り調査を行いました。花田植も鵜飼いも、その伝承には観光という要素が不可分に結びついています。それだけに、伝承にあたっては伝承者だけでなく、行政や関連団体、地域の方々、研究者、観客など、多様なアクターが多様な関わりを持ち、地域経済とも関わりながらより柔軟に文化伝承がなされており、調査ではその実態の一端を知ることができました。
 韓国では、無形の文化財に関わる新しい法律が2016年3月に施行され、保護をめぐる環境が大きく変わろうとしています。折しも、この研究交流事業も本年度で一端終了し、来年度はまとめの年になります。今後は第二次研究交流の成果をまとめるとともに、韓国での法律改正後の動きも踏まえながら、再来年度以降の交流の在り方を両国で検討していく予定です。

『地域アイデンティティと民俗芸能―移住・移転と無形文化遺産―』の刊行

第9回無形民俗文化財研究協議会報告書

 2014年12月6日に開催された第9回無形民俗文化財研究協議会の報告書が3月末に刊行されました。本年の協議会のテーマは「地域アイデンティティと民俗芸能―移住・移転と無形文化遺産」。人々の移住や移転に伴って民俗文化がどのように伝承され、どのような役割を果たしてきたのか、過去の具体的な事例を通して報告・議論いただきました。東日本大震災を機に、民俗文化が持つ人々のアイデンティティのよりどころとしての価値があらためて問い直されていますが、被災地域だけでなく、全国の過疎高齢化が進む地域における今後を考えていく上でも、有意義な議論になったのではないかと思います。
 PDF版は無形文化遺産部のホームページからもダウンロードできますのでぜひご活用ください。

女川町竹浦地区祭礼調査

高台移転工事の進む集落を背景に港での獅子振り

 無形民俗文化財研究室では、東日本大震災によって移転・移住等を余儀なくされた地域の無形文化遺産を記録するために、民俗誌の作成を目的とした調査を進めています。現在の調査地の一つが、宮城県牡鹿郡女川町です。東北歴史博物館と共同で4月29日に調査に入りました。訪れた竹浦(たけのうら)地区は、震災直後に六十戸ほどの集落がまとまって秋田県仙北市に避難することができましたが、その後仮設住宅ができるようになると約三十か所に分散せざるを得ない状況になりました。ばらばらとなったコミュニティを結びつける数少ない機会が、正月の獅子振り(獅子舞)と、この祭礼です。神社から担ぎ出された神輿は、新たになった港の岸壁に渡御し、そこで獅子振りも行われました。高台移転工事が進む中、集落の景観も変わろうとしています。祭りや芸能など無形文化遺産を軸に、かつての暮らしの姿を記録してゆくことが、コミュニティの結束と復興に役立つことを願っています。

観世流・関根祥六師の謡録音

関根祥六師の録音風景

 3月13日、能楽シテ方観世流の重鎮関根祥六師の謡《卒都婆小町》の録音を行いました。《卒都婆小町》は能の作品のなかでも最奥の秘曲とされる老女物の一曲で、長年芸を積んだ役者にのみ許される曲です。零落し、百歳になろうという老女小野小町の心境を、通常とは少し異なる複雑な技巧で謡われました。4月以降も引き続き老女物の録音を行う予定です。

無形文化遺産(伝統技術)の伝承に関する研究会「染織技術をささえる人と道具」の開催

会場風景

 無形文化遺産部では平成27年2月3日、文化学園服飾博物館と共催で無形文化遺産(伝統技術)の伝承に関する研究会「染織技術をささえる人と道具」を開催しました。本研究会では、染織技術を伝承するうえで欠かすことのできない道具について、技術と道具の関わり、その現状についてパネルディスカッションを行いました。コメンテーターに京都市繊維試験場で勤務されていた藤井健三先生をお迎えし、パネラーには「時代と生きる」展の担当である文化学園服飾博物館の吉村紅花学芸員、展覧会映像撮影調査にご協力いただいた染織技術者の方々、当研究所保存修復科学センターの中山俊介近代文化遺産研究室長、そして無形文化遺産部からは菊池が登壇しました。
 技術者からは、作業効率を上げるために機械を導入するか、受け継いだ道具を使い続けるか等、常にいかなる道具を使うかの選択に迫られてきたことが報告されました。そして、近年では道具を作る技術そのものが失われつつあり、今まで簡単に入手できたものが手に入らないという報告もありました。受け継ぎたくても道具が入手できないというのが現状です。
 一方、残すべき技術は消費が伴うものでなければ残らないという意見もでました。現在、着物は特別な時に着用するものです。その生産量は着物が日常着であった時代とはくらべものにならないほど少ないものです。染織技術は無形文化遺産ですが、産業という枠組みの中にあります。作り手が生活をしていくためには生産したものが売買されなければなりません。つまり、消費者がどのような着物を求めるか。それにより、残されていく技術が変わるということができます。
 染織技術をささえる人は作り手だけではありません。それを購入し着る人、残したいと願う一人一人がささえる当事者です。本研究会では、そのことを多くの参加者に認識してもらえる有意義な研究会となりました。時間に限りがあり突き詰めた議論が行えなかったこと、テーマが広範囲であったこと等、多くの課題が残ります。参加者からの意見を反映させながら、今後も無形文化遺産部では様々な立場の方たちと染織技術の伝承について議論する場を設けていきます。

木積の藤箕製作技術の調査

採集したフジは春彼岸すぎまで土中に埋めておく
シノダケの加工作業

 1月24日、千葉県匝瑳市木積に伝承されている藤箕製作技術(国指定無形民俗文化財)の保存継承活動について調査を行いました。
 箕は運搬や穀物の選別など生業の現場に不可欠な道具であったと同時に、祭りや年中行事等に用いられる呪具としての側面も持っており、かつては暮らしに欠かせない道具のひとつでした。その箕作りの技術は、現在3件が国指定の無形民俗文化財(民俗技術)に指定されており、そのうち匝瑳市木積ではフジとシノダケを材料にした箕作りが続けられています。軽さと丈夫さを兼ね揃え、弾力性に富んだ木積の箕は関東一円で広く用いられ、最盛期であった大正期から昭和30年代にかけては木積とその周辺で年間8万枚もの生産があったとされていますが、社会環境の変化や中国製・プラスチック製の箕の普及などによって、現在では需要が激減しています。
 この製作技術を継承するため、木積では木積箕づくり保存会を組織し、平成22年からは伝承教室を開いて後継者育成に努めています。この伝承教室は毎月開催されるもので、地元の技術伝承者の方を先生に、素材採取から加工、製作、そして地域の祭りなどでの実演販売まで、精力的に行っています。教室の生徒さんの年齢層は様々で、定年退職後に始めたという方もいれば、竹細工などを専門あるいはセミプロ的に行うかたわら箕作りを学んでいるという方、また地元で有機農業などを行なっている方など、いずれも大変熱心に活動されているのが印象的でした。また地元木積の方はもちろん、横芝光町や鴨川市などから毎月通っている方もいます。1月24日は十数名が参加し、フジとシノダケを採取した後、その処理・加工まで行いました。
 多くの民俗技術は、社会環境の変化によって、あるいはより安価で量産が可能な素材や道具、技術の普及などによって需要が減少し、技術の継承が困難な状況が続いています。もはやその技術が社会に必須のものでなくなった時、どのように価値転換をして継承の意味や方法を見出すのか、それは多くの地域で直面している課題です。
 木積の場合は、地域の外からも関心のある人を取り込んで、個々人のライフワークとして、趣味として、あるいは芸術活動の一環として、箕作りを学んでいくことのできる場所作り、雰囲気作りを行っているという印象を受けました。そこには、かつてのように稼業として否応なく箕作りに携わるのではなく、自らの意志で選びとって箕作りに関わるという、新たな関係性の在り方が見て取れます。それは、伝統的な文化の見直しや自然に寄り添った暮らしへの回帰など、価値観が多様化した現在だからこそ可能な、新しい伝承の在り方のひとつのモデルともなるもののように感じられました。

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