研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


スタッコ装飾に関する研究調査

入江長八による鏝絵(善福寺、東京)
ティチーノ様式によるスタッコ装飾

 スタッコ装飾は、その様式や制作された目的こそ異なれ、世界中の様々な地域にその存在を確認することができます。文化遺産国際協力センターでは、令和3(2021)年度より、運営費交付金事業「文化遺産の保存修復技術に係る国際的研究」の一環として、スタッコ装飾に関する研究調査を開始しました。これは、スタッコ装飾が発展や衰退を繰り返しながらどのように各地域に伝播したのかその軌跡をたどるとともに、今日、それらの保存修復に向けた取り組みが各国でどのように行われているのかを把握、検証することを目的としています。5月29日には欧州を中心にスタッコ装飾の保存に携わる専門家の方々に参加いただき、オンラインによる意見交換会を行いました。
 意見交換では、地中海沿岸地域や16世紀から18世紀にかけて欧州におけるスタッコ装飾の礎を築いたスイスのティチーノ地方におけるスタッコ装飾についての話題提供があり、日本からは、伝統的な漆喰を用いて作られる鏝絵(こてえ)や、幕末から明治時代にかけて西洋建築を真似て造られた擬洋風建築とともに普及した漆喰彫刻の技法や材料、現在の維持管理状況などについて、これまでの研究調査で分かったことを紹介しました。
参加した専門家からは、国や時代の違いを超えて技法や材料に多くの共通点が見出せることに驚きの声があがるとともに、維持管理に関する課題にも類似点が多いことから、現状の改善に向けた保存修復方法について、共同で検討を重ねていくことで合意しました。
 今後、国内での研究調査を継続するとともに、海外の研究協力者を募り、研究対象地域を拡大させていく予定です。そして、意見交換や研究成果の共有を通じて情報を蓄積し、スタッコ装飾に対する理解を深めるとともに、その保存と継承についてともに考える場としていきたいと思います。

バガン遺跡(ミャンマー)における技術協力事業打ち合わせ

壁画の図像に関する民俗学的調査
虫害による壁画の損傷状況調査

 東京文化財研究所では、ミャンマーのバガン遺跡において煉瓦造寺院の壁画と外壁の保存修復方法に関する技術支援および人材育成事業に取り組んでいます。同遺跡は、昨年に開かれたユネスコの第43回世界遺産委員会において、世界文化遺産への登録が決定しました。これを受けて、新たにバガン国際調整委員会“Bagan International Coordinating Committee”(BICC)が創設され、保全制度の改善に向けた取り組みが行われています。同委員会では、支援活動を行う各国の取り組みをこれまで以上に有効活用すべく、情報共有と相互調整を目的とした国際会議を毎年開催する方向で調整が進められています。
 こうした現地状況の変化に係る情報を収集するため、令和2(2020)年1月15日から31日にかけてミャンマー宗教文化省(ネピドー)、バガン考古支局をそれぞれ訪問し、今後の協力事業の方向性について意見交換を行いました。その中では、現地専門家に対するさらなる技術指導を望む声が聞かれ、支援活動を継続していくことで合意しました。
 また、これと並行して昨年の7月に続き壁画の図像に関する民俗学的調査と、虫害により発生したと考えられる壁画の損傷状況の把握および対策協議のための現地調査を行いました。図像に関する調査では、仏教の受容とミャンマーの土着信仰との関係性について現地有識者から聞き取り調査を行うとともに、壁画に土着信仰による影響が見られないか、バガンを中心に詳細な作例収集を行いました。今後はバガン以外にも調査範囲を広げていく予定です。一方、虫害による壁画の損傷状況の調査では、シロアリやドロバチによる壁画の破損や汚染が確認されました。今後は現地の環境にあった対策が構築できるよう詳細な調査を行う予定です。
 東京文化財研究所では、バガン遺跡における文化財保存を包括的に捉えながら、現地専門家の意見を取り入れつつ、技術支援および研究活動を継続していきます。

バガン遺跡(ミャンマー)における壁画および煉瓦造寺院外壁の保存に向けた技術協力

壁画補強作業に関する現場実地研修
壁画の図像に関する民俗学的調査

 文化遺産国際協力センターでは、ミャンマーのバガン遺跡において壁画および煉瓦造寺院外壁の保存修復方法に関する技術支援および人材育成事業に取り組んでいます。令和元年(2019)7月11日から27日にかけて、同国宗教文化省 考古国立博物館局バガン支局の職員を対象にした現場実地研修を2箇所の寺院で実施しました。
 Me-taw-ya寺院では、外壁目地材の補修と劣化した煉瓦の差し替え技術、および修復材料の調合方法について研修を行いました。また、雨水が溜まることにより既存の目地材が溶解し、寺院内部に雨漏りが発生する原因になることから、排水対策について検討しました。
 一方、住友財団から助成を受け保存修復を進めているLoka-hteik-pan寺院では(事業名:バガン遺跡群(ミャンマー)寺院祠堂壁画の保存修復)、バガン遺跡群の寺院壁画に共通してみられる過去の修復処置がもたらす問題点について解説し、無機修復材料を用いた彩色層の補強方法と補彩技法について研修を行いました。
 また、研修事業と並行し、今回から新たに壁画の図像に関する民俗学的調査を開始しました。壁画に表れる非仏教的要素やミャンマー的な特徴を明らかにするため、バガンを中心に詳細な作例収集に努めました。また、同国宗教文化省職員や各寺院の関係者から、各壁画に関する歴史的背景について聞き取りを行いました。今後、バガンから更に範囲を広げ、調査を継続していく予定です。
 バガンは先に開かれたユネスコの第43回世界遺産委員会において、世界文化遺産への登録が決定しました。今後は観光客の増加が予想され、遺跡の維持管理にはより一層力を入れて取り組んで行かなければなりません。この事は、滞在期間中にバガン支局で開かれた専門家会議の場でも議題にあがり、当研究所が主催する研修事業への参加者の増員や遺跡内での技術指導を要望する声が聞かれました。今後も現地専門家と意見交換を重ねながら、技術支援および人材育成事業を継続していきます。

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