研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


石造文化財の保存処理技術に関する研究会(西安)

現地(乾陵東門)視察

 2004年度以来、西安文物保護修復センターと共同で推進している「唐代陵墓石彫像保護修復事業」では、毎年一回日中専門家による研究会を開催しています。第4回目となる今回は、10月11日から13日の日程で西安市において開催しました。中国国内からは、同じく私たちが保護のための共同研究を進めている龍門石窟研究院からも担当者が派遣され出席しました。西安・龍門ともに来年度での事業終了を目前に控え、修復作業がいよいよ最終段階に入るにあたり、「石造文化財の保存処理技術に関する研究会―石造文化財の保存修復と展示方法/保存処置に際しての接合部分及び表面の化粧方法」というテーマで、事例報告と討論を行いました。日本からは石造文化財の修復に豊富な経験のある海老澤孝雄氏(ざエトス)に参加して頂きました。

敦煌派遣研修、4カ月間の日程を終了

敦煌研究院における研修報告会

 敦煌研究院と東京文化財研究所による第5期共同研究・共同事業において、今回初めて日本の人材を敦煌に派遣し研修を受けさせるということが実現しました。これは、敦煌莫高窟を研修場所として、今後ますます需要が高まる国際協力による外国壁画の保存活動に日本が積極的に参加していくための人材を育てることを目的とするものです。正式にスタートした今年度は、5月13日から4カ月間の日程で実施されました。東京芸術大学大学院博士後期課程・佐藤由季さん(絵画修復)、同・藤澤明さん(保存科学)、筑波大学大学院博士後期課程・末森薫さん(文化遺産管理、美術史)の3人が、異なる専門性を活かし、それぞれの不足を補い合いながら、4カ月の長期間、莫高窟の宿舎に泊まりながら、分析研究、劣化状況の調査、保存処理作業の実習、壁画構造の再現制作と模写など、壁画保存に関する全面的な研修を受けました。現場での貴重な体験は、研修の事業としての成功ですが、同時に3人ひとり一人にとっても、将来の研究や仕事に大きな影響をもたらすものであってほしいと願っています。3人はまた、敦煌研究院の数多くの同世代の研究者・専門家と篤い友情を育みました。この研修はさらに3年間を予定しています。

敦煌莫高窟第285窟の共同調査進む

携帯型蛍光X線による分析調査

 敦煌莫高窟には、いまも膨大な壁画芸術が残されています。しかし、現在私たちが肉眼で見ることのできる壁画は、1千年以上もの歳月を経て、制作当初から比べれば甚だしく劣化が進み、変色、褪色、剥落などによってすでに大きく変化してしまったものなのです。壁画の保存は、その劣化のメカニズムを解明し、これ以上劣化を進行させないための処置を施す活動ですが、そもそも当初の壁画制作技法や材料がどのようなものであり、どのような要因によって現在の状態になったかを解明することは、保存の方法を考える上で必要であるとともに、壁画の価値を再び蘇らせるという意味においても、極めて重要です。その両方を兼ね備えてこそ、真の文化財保護と言えます。私たちの日中共同調査は、正常光、側光、赤外線、紫外線蛍光などの写真撮影による観察とともに、デジタル顕微鏡、携帯型蛍光X線、ラマン分光法による非破壊分析調査、微小試料による技法・材料および劣化に関する詳細な分析調査、さらに修復の専門家による劣化状況に対する詳細な観察作業などを総合的に行っています。これによって、これまで知られていなかった第285窟(6世紀前半)における多量の有機色料使用の状態や、特殊な壁画劣化の状況が次第に解明されつつあります。また、放射性炭素(14C)年代測定法による石窟の年代同定、鉛同位体比分析による鉛系顔料の産地同定研究も行い、シルクロードの広い地域を視野に入れた研究を進めています。

敦煌壁画に関する共同研究と研修者派遣

莫高窟第285窟での撮影調査

 第5期「敦煌壁画の保護に関する共同研究」は2年目を迎え、5月8日から3週間の日程で敦煌莫高窟にメンバーを派遣して、今年度前半の合同調査を実施しました。調査は、昨年度からの継続で、西暦538、539年の紀年銘を持ち、仏教のみならず中国の伝統的題材に彩られることで重要視されている第285窟での、光学的方法による撮影、顕微鏡や分光反射率測定などによる分析的研究を行いました。また、名古屋大学と共同の放射性炭素年代測定による石窟の年代同定研究のために、第285窟のほか莫高窟最初期窟とされる第268、272、275窟の壁体からサンプルの追加採取を実施したほか、夏に予定されている本年度後半の合同調査、および秋以降の敦煌研究院来日研修者との共同研究に向けて、各種の準備を行いました。いっぽう、この調査チームとともに3名の大学院博士課程で学ぶ学生が莫高窟に行きました。彼らは、昨年度から実施している「敦煌派遣研修員」として、公募により選抜されました。保存科学、絵画修復、文化遺産管理とそれぞれに異なる専門領域からの参加で、9月中旬までの4ヶ月間、敦煌研究院保護研究所の専門家の指導を受けて、壁画保護のための多岐にわたる内容の研修を受けます。この研修は今後さらに3年間を予定しており、壁画の保存修復を直接学ぶ機会のほとんどない日本の若手専門家が、将来にわたり国内外で活躍するための大きな門戸を開くものとなります。

シルクロード沿線人材育成プログラム

屋外での授業

 中国文物研究所と共同で実施する「シルクロード沿線文化財保存修復人材育成プログラム」は 2年目を迎えました。今年は、春からの3ヶ月間、土遺跡保存修復班( 3年計画の第2年目)と考古発掘現場保存修復班を実施し、秋からの3ヶ月間で博物館館蔵品保存修復班の「紙の文化財」コースを実施する予定です。その春のコースの開講式が、張栢国家文物局副局長をはじめ担当各部門の責任者が出席する中、4月16日研修場所となる陝西省韓城市梁帯村において盛大に行われ、3ヶ月間の研修が開始されました。韓城市は、宋元明3代の建築物が遺されている歴史名城地区であり、近くには秦時代の万里の長城があり、また司馬遷の墓があるなど、文化遺産の宝庫とも言える土地ですが、2004年秋には近在の梁帯村で、西周末から東周早期と推定される墓が大量に発見されました。その大部分が未盗掘であり、しかも多くの墓から朱砂が崩落した痕跡が認められることから、それらが貴族級の被葬者のものであると推定されています。とくに、M27号墓からは大量の金器、漆鼓、石磬などが出土していて、これを含む4つの墓は当時の諸侯級のものであろうと言われています。私たちの研修コースは、陝西省文物局の全面的な支援を得て、この梁帯村で現在発掘作業が行われている大型墓を現場実習に使うことになりました。3ヶ月の期間中、日本側講師13名が参加し、中国側講師とともに指導にあたります。

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