近現代日本における「南蛮漆器」の出現と変容―第4回文化財情報資料部研究会の開催
令和3(2021)年7月16日に開催された第4回文化財情報資料部研究会では、文化財情報資料部広領域研究室長の小林公治が「近現代日本における「南蛮漆器」の出現と変容―その言説をめぐって―」と題した発表を行いました。
発表者はこれまで17世紀前半を中心に京都で造られ欧米に輸出された南蛮漆器について物質文化史の視点による文化財学的な検討を進めていますが、現在一般に「南蛮漆器」と呼称されているこうした器物への関心が日本の近現代社会でいつ成立し、どのような過程を経て今に至っているのか、という点についてはさらなる具体的な資料調査による認識過程の跡付けと把握が必要であると考え、本発表を行ったものです。
「南蛮漆器」と呼ばれる漆器への関心は、明治初期からの日本のキリシタン史研究、またこれに刺激された大正期前後の文学・演劇・絵画などに巻き起こった「南蛮」流行に影響を受けて始まったものであり、昭和初期から戦前にかけて日本の伝統器物に南蛮人の姿を表した「南蛮文様蒔絵品」(写真1)の収集が盛んに行われるようになりました。こうした「国内向け南蛮漆器」への関心は戦後にも続きますが、1960年代以降になるとヨーロッパに伝世した「輸出用南蛮漆器」が数多く逆輸入されるようになり、漆工史研究者の関心や展示品も「国内向け」品から「輸出用」品へと大きく転換し現在に至っています。こうした流れの大略はこれまでも言及されていましたが、本発表では輸出用南蛮漆器を主体と見る意識と重要性の理解が、戦時中の美術史雑誌である『大和絵研究』(写真2)に発表された岡田譲の「南蛮様蒔絵品に就いて」という論文を嚆矢とすること、そしてこのような輸出用漆器に対する関心の萌芽、流れや変化は戦前から戦後にかけて開催された各展覧会の展示漆器実態に反映しており具体的に裏付けられることを示しました。また近年、「南蛮漆器」と並行して使われている「南蛮様式の輸出漆器」という用語が、江戸時代各時期の日本製輸出漆器が伝世するイギリスやオランダといった国々の研究者によって提唱されたものであり、近世初期の「南蛮漆器」が中心的な伝世品であるポルトガルやスペインといった国々では「南蛮漆器」という用語が一般的に使われていることを示し、両用語が対立的なものではなく、相対化させた理解が可能であること、などを指摘しました。
当日は、静嘉堂文庫美術館小池富雄氏、国立歴史民俗博物館日高薫氏、金沢美術工芸大学山崎剛氏のお三方にコメンテータとして参席いただき、多様な論点による本発表に対して論証不足な点や認識等について幅広く議論いただきました。近現代の研究材料はさまざまであり、いまだ見出せていない諸資料の存在も予測されます。今後もさらなる探索を進め、より確定的な研究史の理解となるよう検討を進めたいと考えています。