禅僧・没倫紹等もつりんじょうとう《葡萄図》をめぐる詩・書・画の交差点―令和7年度第2回文化財情報資料部研究会の開催

研究会の風景
室町時代・没倫紹等筆《葡萄図》 メトロポリタン美術館所蔵
Grapes by Motsurin Jōtō’s (Bokusai) The Metropolitan Museum of Art, Mary and Cheney Cowles Collection, Gift of Mary and Cheney Cowles, 2022
https://images.metmuseum.org/CRDImages/as/original/DP-24855-002.jpg

 文化財情報資料部では、海外の優れた研究者を招聘し、研究会を開催しています。今年度は、米国メトロポリタン美術館よりティム・T・ザン氏をお招きし、5月21日に「没倫紹等(墨斎ぼくさい)筆《葡萄図》について」と題する研究会を開催しました。
 没倫紹等(〜1492)は、一休宗純(1394〜1481)の弟子であり、師の教えに深く帰依し、その没後は教えの伝承に尽力しました。「墨斎」とも号した没倫にとって「筆」は、一休の思想を継承・表現し、その没後の会下えげを維持するための重要な手段のひとつであり、一休にまつわる墨蹟ぼくせき頂相ちんそうの画賛、詩画軸などを遺しています。《葡萄図》(メトロポリタン美術館所蔵)もその一例といえます。
 ザン氏は、メトロポリタン美術館本と東京国立博物館所蔵の《葡萄図》とを比較し、それぞれの表現の差異や背景を丁寧に検討しました。さらに、メトロポリタン美術館本に添えられた五言絶句に現れる「驪珠りしゅ(黒い龍の顎下にあるとされる珠)」という語が葡萄の比喩であり、この賛文においてそれが、没倫にとって頓悟とんごによって得られた智慧の象徴であったと解釈しました。また、没倫がその葡萄に自らの指で触れ、指紋を付すという行為については、悟りを得たことを示すとともに、書画における「酔墨すいぼく」の伝統に基づく描法と読み解きました。このような描法は、賛文のなかで没倫が強調した「酔」という表現と対応しており、一休から受け継いだ禅風を称える意図が込められていると論じました。
 ザン氏の発表は、《葡萄図》における詩的象徴と視覚的表現、さらには身体的痕跡をともなう制作技法とのあいだにある緊張関係を巧みに捉えたものでした。没倫が遺した痕跡を通じて、仏教的智慧の継承や師・一休への深い敬意が、「三絶」、すなわち絵画・書・詩という複合的な表現においていかに結実しているかを明らかにし、研究会参加者に深い印象を与えました。本研究会は、東アジアにおける禅僧美術への国際的研究視野を広げる貴重な機会となり、今後の共同研究や資料研究にも新たな視座をもたらすものとなりました。
 今後も引き続き、海外の優れた研究者を積極的に招聘し、国際的な学術交流の場を充実させてまいります。

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