元勲・井上馨と明治文化――第9回文化財情報資料部研究会の開催

井上馨の蔵品図録『世外庵鑑賞』(東京文化財研究所蔵)より

 井上馨(1835~1915年)は長州藩士で明治維新の動乱期に活躍、維新後も外務大臣や内務大臣など要職を歴任し、政財界に大きな影響を与えた政治家です。鹿鳴館外交に代表される欧化政策を主導したことでよく知られていますが、その一方で、伝徽宗筆「桃鳩図」をはじめとする東洋美術の名品を蒐集し、また益田鈍翁ら財界の茶人とともに茶の湯をたしなむ数寄者でもありました。令和2(2020)年1月21日に開催された文化財情報資料部研究会での依田徹氏(遠山記念館学芸課長)の発表「明治文化と井上馨」は、そうした井上の文化史における重要性にあらためて目を向けさせる内容でした。
 井上の骨董収集は明治の早い時期に始まったとされています。現在は奈良国立博物館が所蔵する平安仏画の優品「十一面観音像」も、井上は明治10年代に入手していたようです。ときにはかなり強引な手段で数々の名品を蒐集し、明治45年には蔵品図録『世外庵鑑賞』を出版しています。一方で明治20年には自邸に明治天皇の行幸啓を仰ぎ、九代目市川団十郎らによる歌舞伎を天覧に供したり、また落語家の三遊亭圓朝とも交流したりするなど、芸能史の上でもその存在は看過し得ないものがあります。
 依田氏の発表では、そうした井上の多岐にわたる文化への関与が明らかにされ、その後は齋藤康彦氏(山梨大学名誉教授)、田中仙堂氏(三徳庵理事長)、塚本麿充氏(東京大学東洋文化研究所准教授)を交えて意見交換を行いました。多忙な政務のかたわら、どのように審美眼を養っていたのか、など井上については不明の部分も多く、今後の研究の進展が待たれるところです。

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