『独々涅烏斯草木譜』原本の科学的調査

「原本」表紙布の拡大像観察を行っている様子

 『独々涅烏斯(ドドネウス)草木譜』原本(以下、「原本」と記す)はベルギーの博物学者ドドネウス(Rembertus Dodonaeus、1517-1585)の著作である、植物の性質や薬効などに関し、図版を伴って詳細に記した本草書”Cruydt-Boeck”(草木譜)のオランダ語版第2版(1618年刊行)が江戸時代、国内に輸入されたものです。この”Cruydt-Boeck”の抄訳をもとに、徳川吉宗の命を受けた野呂元丈らが寛保元年(1741年)から寛延3年(1750年)にかけて「阿蘭陀本草和解(おらんだほんそうわげ)」を記したことが知られています。さらに、松平定信の命によって、石井当光、吉田正恭らが全訳にとりかかり、文政6年(1823年)ごろ、ほぼ完成したとされています。
 「原本」は複数冊輸入されていますが、そのうち早稲田大学図書館が所蔵しているものは、輸入後7冊に分冊されたのち再製本されたもので、第1分冊の修復作業が埼玉県寄居町にある修復工房“アトリエ・ド・クレ”(岡本幸治代表)で進められています。修復の過程で、岡本氏の調査により、「原本」の製本スタイルが高度な洋式であること、また国内で最も古く洋式製本された書物のひとつである可能性が出てきました。そこで岡本氏の依頼を受けた東京文化財研究所では、製本時期を絞り込むための情報を得る目的で、製本や装丁材料の科学的分析を他の機関とも協力して着手することになりました。これまでに、加藤雅人研究員(保存修復科学センター)による透過画像分析により、見返しの紙が18世紀後半にフランスで出版された書物に用いられたものであること、京都工芸繊維大学の佐々木良子氏による赤外全反射吸収スペクトル法を用いた分析により、綴じ糸には国産の大麻が使われている可能性が高いことが判明しました。また、吉田による可視反射スペクトル分析により、ジューイ更紗と考えられている表紙布のプリントにはインディゴ系染料が使われていることも明らかになりました。「原本」は傷みが激しいため、各材料の分析は極めて慎重に行っています。そのため、上記目的を達する結果を得るにはまだまだ時間がかかりますが、それぞれの材料に対する最適な分析手法を選びながら、少しずつでもこの「原本」の来歴を明らかにする作業を続けたいと考えています。

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