上野直昭資料をめぐって―第7回文化財情報資料部研究会の開催

上野直昭(左)と高裕燮(1930年代前半)
『高裕燮全集』3 (韓国美術史及美学論攷) (ソウル:東方文化社, 1993年)、口絵図版より引用
研究会の様子

 大阪市立美術館の館長や東京藝術大学の学長等、数々の要職を歴任した上野直昭(1882~1973)は、美学・美術史学者としての研究活動はもとより、大学での教育や美術館・博物館の運営、文化財の保護等、多方面にわたって美術界に貢献した人物です。当研究所の名誉研究員で直昭の次女である上野アキ(1922~2014)が亡くなった後、直昭関係の資料は東京藝術大学に寄贈され、現在は同大学美術学部の近現代美術史・大学史研究センターの所轄となっています。
 1月28日に開催された文化財情報資料部研究会では、この上野直昭資料の整理・調査にあたられた大西純子氏(神奈川大学国際日本学部非常勤講師)と田代裕一朗氏(五島美術館学芸員)にご発表いただきました。昨年度まで上記センターの前身である教育資料編纂室におられた大西氏による発表「上野直昭資料について 日本美術史との関係を中心として」では、同資料の全容や資料を通して浮かび上がる広範な人的ネットワークが示されました。また田代氏の発表「上野直昭資料から発見された高裕燮直筆原稿について」では、同資料のうち、現在韓国で美術史研究の父と称される高裕燮(コ・ユソプ 1905~44)の書簡や直筆原稿が紹介されました。上野直昭は大正末年から昭和初年にかけて京城帝国大学の教授を務めており、高裕燮は同大学在学時に上野に師事しています。紹介された資料からはその交流とともに、韓国での考古学・美術史学研究の草創期の様子がうかがえ、とりわけ高裕燮が力を注いだ石塔研究の発展過程を辿る上で貴重な資料であることが田代氏の発表で明らかにされました。
 今回の研究会は新型コロナウイルス感染拡大を受けての緊急事態宣言の発令中ということで、文化財情報資料部研究会としては初めてオンライン併用による開催を試みました。韓国をふくむ遠隔地在住の研究者にもご参加いただき、オンラインによるメリットを生かした研究会となりました。

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