研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


実演記録「平家」第四回、2年振りに再開

左から田中奈央一、菊央雄司、日吉章吾の各氏

 日本の伝統芸能である「平家」(「平家琵琶」とも)は、今日では継承者がわずかとなり、伝承が危ぶまれています。そこで無形文化遺産部では、平成30(2018)年より「平家語り研究会」(主宰:薦田治子武蔵野音楽大学教授、メンバー:菊央雄司氏、田中奈央一氏、日吉章吾氏)の協力を得て、記録撮影を進めています。昨年度はコロナ禍の影響で叶いませんでしたが、令和4(2022)年2月4日、2年振りに東京文化財研究所 実演記録室での収録を再開しました。
 今回収録したのは、名古屋伝承曲《卒塔婆流そとばながし》です。この曲で語られるのは、鬼界が島に流された平康頼入道が、千本の卒塔婆を作り、そこに都への望郷の想いを詠んだ二種の和歌を書き付けて海に流すと、そのうちの一本が厳島神社のある渚に打ち上げられ、人手を介して平清盛に渡り、その和歌に心を打たれるというくだりです。聴きどころは、終盤で万葉の歌人・柿本人丸かきのもとひとまろと山部赤人の名を挙げて和歌の素晴らしさを述べる部分で、高音域で語ることが求められます。今回の実演記録では、この部分を菊央氏、田中氏、日吉氏の連吟で収録しています。
 「平家語り研究会」は、「平家」の伝承曲の習得だけでなく、伝承の途絶えてしまった曲の復元に取り組んでいることが特徴なので、今後とも伝承曲および復元曲の記録をアーカイブしていく予定です。

無形文化財を支える原材料―上牧・鵜殿のヨシの調査開始

上牧・鵜殿のヨシ原焼き記録調査
篳篥
篳篥のリード(蘆舌)

 雅楽の管楽器・篳篥のリード(蘆舌)の原材料は、イネ科ヨシ属の多年草「ヨシ」です。特に、河川や湖沼のほど近くで生育する陸域ヨシは篳篥のリードに適していると言われています。この良質な陸域ヨシの産地として知られているのが、大阪府高槻市の淀川河川敷、上牧かんまき殿どの地区です。ここでは、ヨシ原の保全、害草・害虫の駆除のために、ヨシを刈り取った後、2月に地元の鵜殿のヨシ原保存会と上牧実行組合がヨシ原焼きを実施してきました。ところが、荒天とコロナ禍によりヨシ原焼きが2年続けて中止され、ヨシの生育環境が懸念されていたところ、令和3(2021)年9月頃より、この地域のヨシが壊滅状態に近いという情報が広まりました。
 無形文化遺産部では、伝統芸能を支える保存技術や、そのために使われる道具、原材料についても調査を行っています。ヨシは、無形文化財である雅楽を支える原材料として欠かせないとの観点から、このたび、令和4(2022)年2月13日、2年振りに行われたヨシ原焼きの記録調査を実施しました。
 今後は、鵜殿のヨシ原保存会と上牧実行組合を中心に、ヨシに巻き付いて枯らしてしまうツルクサの除去を行うなどして、ヨシの生育環境を整えていくとのことです。無形文化遺産部としても、文化財の保存に欠くことのできない原材料を再生・確保するための重要な試みとして、引き続きこの動向を注視していく予定です。

【シリーズ】無形文化遺産と新型コロナウイルス フォーラム3「伝統芸能と新型コロナウイルス―Good Practiceとは何か―」の開催

The Shakuhachi 5による演奏『スペース 3本の尺八のための』
座談会の様子

 無形文化遺産部では、令和3(2021)年12月3日、東京文化財研究所セミナー室にてフォーラム3「伝統芸能と新型コロナウイルス―Good Practiceとは何か―」を開催しました。
 午前は、当研究所無形文化遺産部・石村智、前原恵美、鎌田紗弓が、ユネスコの「Good Practice」の捉え方、コロナ禍における伝統芸能の現状とさまざまな支援について報告、新たに選定された国の選定保存技術や若手・中堅実演家の動向(蒼天、The Shakuhachi 5)を取り上げて話題を提供し、尺八演奏が披露されました。
 午後は、企画・制作者(独立行政法人 日本芸術文化振興会、兵庫県立芸術文化センター)、実演家(能楽シテ方観世流、日本尺八演奏家ネットワーク(JSPN))、保存技術者(藤浪小道具株式会社(歌舞伎小道具製作技術保存会))および文化庁「邦楽普及拡大推進事業」事務局(凸版印刷株式会社)からの事例紹介が行われました。座談会では、コロナ禍の最中にあってもwithコロナを見据え、伝統芸能の現状や取り組みを客観視し、情報共有するとともに、こうした機会を継続的に持つこと自体も「Good Practice」であるとして、締め括りました。
 なお、このフォーラムはコロナ対策のため、一部関係者のみの参加となりましたが、当研究所ウェブサイトで令和4(2022)年3月31日まで記録映像を無料公開しています。また、年度末に報告書を刊行し、当研究所ウェブサイトで公開する予定です。

「琵琶製作の記録(短編) 石田克佳」および「琵琶製作の記録(長編) 石田克佳」(映像記録)の公開

記録撮影の様子
公開動画より

 無形文化遺産部では、無形文化財に関する保存技術の継承に資するため、記録撮影・編集等を行い、可能なものについては公開しています。
 このたび、琵琶製作者・石田克佳氏の琵琶製作の記録映像(短編・長編)を東京文化財研究所のHP上で公開しました(https://www.youtube.com/watch?v=9cVq4jMWZVY)。この記録映像は、平成29(2017)年7月~11月にかけて克佳氏による薩摩琵琶製作の全工程を調査・撮影し、その後、編集したものです。克佳氏は、現在ほぼ日本で1軒となった琵琶専門店「石田琵琶店」の五代目で、父・石田勝雄(四世 石田不識)氏(国の選定保存技術「琵琶製作修理」保持者)の技術を継承しています。
 記録映像の長編では、技術の継承を意識して、使用する素材や道具についての情報もなるべく字幕で示しています。短編では、普及も念頭に置き、全体の製作工程を踏まえつつ、より手軽に視聴できるように編集しています。
 当研究所が作成した記録映像は、許可なく複製、配布、改変、営利的に利用することはできませんが、当研究所にご連絡の上、所定の手続きを経て、展覧会や講座などで利用することができます。この琵琶製作の記録映像は、浜松市楽器博物館で現在開催中の企画展「琵琶~こころとかたちの物語~」(令和3(2021)年7月31日~12月7日)で、一部が活用されています。
 協力:石田克佳氏/撮影:佐野真規(無形文化遺産部)・小田原直也氏/編集:市川昂一郎氏/監修補佐:曽村みずき氏/監修:前原恵美・佐野真規(以上無形文化遺産部)/製作: 東京文化財研究所

実演記録「踊地(常磐津節)」第一回の実施

常磐津節演奏の様子(左から常磐津秀三太夫、常磐津菊美太夫、常磐津兼太夫、常磐津文字兵衛、岸澤式松、岸澤式明)
囃子方演奏の様子(右から堅田喜代、堅田喜代実、梅屋巴)
囃子方演奏の様子(左から堅田昌宏、堅田崇)
囃子方演奏の様子(鳳聲千晴)

 無形文化遺産部では、令和3(2021)年1月29日、東京文化財研究所の実演記録室で「踊地(おどりじ)(常磐津節)」の実演記録(録音)を行いました。この記録は「常磐津《日高川三つ面》《唐人》録音実行委員会」と東京文化財研究所の共同事業として、稀曲《日高川三つ面》《唐人》の音声録音記録を作成し、保存することを目的としています。
 今回録音した作品は、ともに舞踊伴奏として演奏される「踊地」で、舞踊公演で取り上げられる機会が非常に少なくなったため、演奏の機会もほぼなくなっていた作品です。作品の成立について詳しいことはわかっていませんが、かろうじて幕末から明治にかけて刊行されたと思われる稽古本(いずれも玉沢屋新七本)と「菊寿郎の会」(師籍30周年)の公演映像(個人蔵)が残っています。また稽古本から、舞踊の振付は初代西川鯉三郎(名古屋西川流の家元)とわかります。今回はこれらの資料をもとに復元して演奏しました。
 《日高川三つ面》は、蝶々売が僧・安珍、清姫、所化(しょけ)の三役を、三つの面を掛け替えながら演じる趣向になっています。作品名の「日高川」から連想されるように、能楽、人形浄瑠璃、歌舞伎にも取り上げられた「道成寺物」をもとにしていますが、この作品は、一人三役をユーモアを交えて演じることで、軽妙さを兼ね備えた物売りの舞踊作品になっています。また、ドイツの童謡に日本語の歌詞を付けた唱歌《ちょうちょう》の「蝶々 蝶々 菜の葉に止れ 菜の葉に飽たら 桜に遊べ」の部分が詞章として用いられているのも興味深いところです。
 《唐人》は、作品全体が異国情緒溢れる中国風の音楽と舞踊から成っています。幕開は「唐楽」(雅楽の「唐楽」とは直接関係ない)と称される太鼓と鉦(かね)を伴う音楽で始まり、舞踊は辮髪(べんぱつ)の男性と中国風に髪を結い上げた婦人の二人立ちで、ともに衣装も中国風です。詞章にも呪文のような不思議な言葉が並び、大筋としては二人の廓話なのですが、どこかコミカルな雰囲気が漂います。
今回の演奏は、常磐津兼太夫(七代目、タテ語り)、常磐津菊美太夫(ワキ語り)、常磐津秀三(ひでみ)太夫(三枚目)、常磐津文字兵衛(五代目、タテ三味線)、岸澤式松(ワキ三味線)、岸澤式明(しきはる)(上調子(うわぢょうし))、鳳聲千晴(笛)、堅田喜代(小鼓)、堅田喜代実(大鼓)、梅屋巴(太鼓)、堅田昌宏(大太鼓)、堅田崇(鉦)の各氏です。
 無形文化遺産部では、今後も演奏機会の少ない作品や、貴重な全曲演奏の実演記録を継続し、機会があれば今回のような共同事業も実施していく予定です。今回の録音記録は、今後、実行委員会を通じて日本舞踊公演等で用いられるほか、研究資料として当研究所で試聴することができます。
 なお収録は、新型コロナウイルス感染症対策のため、歌舞伎の舞台でも使われているマスクを着用して行いました。

実演記録「常磐津節(ときわづぶし)」第一回の実施

常磐津節実演記録の様子(左から常磐津秀三太夫、常磐津菊美太夫、常磐津兼太夫、常磐津文字兵衛、岸澤式松、岸澤式明)

 無形文化遺産部では、令和2(2020)年12月25日、東京文化財研究所の実演記録室で常磐津節の音声記録(第一回)を行いました。
 国の重要無形文化財・常磐津節は、1747年に初代常磐津文字太夫(ときわづもじたゆう)が江戸で創始。リズムやテンポが極端に変化せず、ほどよい重厚感を併せ持つため、歌舞伎舞踊や日本舞踊と結びついて今日まで伝承されています。浄瑠璃(声のパート)はセリフと節(旋律のある部分)のバランスがよく、三味線は中棹三味線をヒラキ(撥先の広がり)の大きな撥で演奏するので、音に適度な重みがあります。また、段物(義太夫節(ぎだゆうぶし)に由来する作品)から能狂言に取材したもの、心中道行もの、滑稽味のある作品まで、多彩なレパートリーを持つことも常磐津節の特徴です。
 今回は、古典曲《忍夜恋曲者(しのびよるこいはくせもの)》―将門―」の全曲収録を行いました。この作品は常磐津節の代表曲でありながら、近年は全曲演奏されることが少なくなりました。全曲通すと約40分かかる大曲で、「オキ」(登場人物が現れる前の部分)→「道行」(登場)→「クドキ」→「物語」(合戦の様子を語る)→「廓話」→「踊り地」(踊りの見せ場)→「見現し」(正体の露見)→「段切れ」という明確な構成と各部分の曲趣が際立ちます。演奏は、常磐津兼太夫(七代目、タテ語り)、常磐津菊美太夫(ワキ語り)、常磐津秀三(ひでみ)太夫(三枚目)、常磐津文字兵衛(五代目、タテ三味線)、岸澤式松(ワキ三味線)、岸澤式明(しきはる)(上調子(うわぢょうし))の各氏です。
 無形文化遺産部では、今後も演奏機会の少ない作品や、貴重な全曲演奏の実演記録を継続していく予定です。
 なお収録は、新型コロナウイルス感染症対策のため、歌舞伎の舞台でも使われているマスクを着用して行いました。

【シリーズ】無形文化遺産と新型コロナウイルス フォーラム1「伝統芸能と新型コロナウィルス」の開催

観世流シテ方・大槻文藏氏による事例報告(事前収録)
筝曲家・奥田雅楽之一氏による事例報告
シンポジウム

 無形文化遺産部では、新型コロナウイルスが無形文化遺産に与えている影響を調査したり、支援情報や新しい試み、海外の動向などの関連情報を収集したりしています。これらの活動の一環として、このたび令和2(2020)年9月25日にフォーラム1「伝統芸能と新型コロナウィルス」を東京文化財研究所セミナー室で開催しました。
 このフォーラムは、新型コロナウイルスが感染拡大直後より大きな影響を与えている、古典芸能を中心とした伝統芸能に焦点を当てました。フォーラムの前半では、コロナ禍にある伝統芸能への「官」の役割についての講演、当研究所での情報収集・調査にあたる立場からの話題提供を行いました。後半では、「能楽」と「邦楽(三味線音楽、箏曲)」という異なるジャンルから、それぞれ実演家の立場、実演の場を企画制作する立場、実演を支える保存技術の立場での事例紹介があり、これまでなかなか共有されることのなかったコロナ禍の現状を知る機会となりました。続く座談会では、ジャンルや立場を超えて今まさに伝統芸能に必要なものとして「社会化」が話題の中心になり、現状を正確に伝えて支援等に結びつけるにも、根本的な需要拡大を見据えて教育などの普及を推進するにも、伝統芸能の「社会化」への意識が欠かせないとの共通認識に至りました。
 なお、このフォーラムの記録映像は11月3日まで期間限定で無料公開されました。また、年度末には補筆した報告書を刊行し、ウェブ公開する予定です。

パンフレット『伝統芸能を支える技Ⅴ 調べ緒 山下雄治』の刊行

パンフレット『伝統芸能を支える技Ⅴ 調べ緒 山下雄治』

 「伝統芸能を支える技」を取り上げたパンフレットのシリーズ5冊目を刊行しました。今回は「調べ緒」(「調べ」とも)の製作者・山下雄治氏を取り上げています。調べ緒は、能楽や歌舞伎をはじめ全国各地の祭礼でも用いられる、小鼓、大鼓、太鼓の表革と裏革を締め合わせるための特殊な麻紐です。そして山下氏は、代々調べ緒を扱う山下慶秀堂(京都)の四代目当主として、調べ緒の製作や後進の育成、普及活動に取り組んでいます。パンフレットでは秘伝の「固く柔らかく綯(な)う」技の一端を紹介しています。また、パンフレット刊行に先行して行った山下氏の調べ緒製作技術の調査概要は、「楽器を中心とした文化財保存技術の調査報告Ⅱ」(前原恵美・橋本かおる、『無形文化遺産研究報告』13、東京文化財研究所、2018)に掲載されています。併せてご参照下さい(こちらからダウンロードもできますhttps://www.tobunken.go.jp/ich/maehara-hashimoto-2)。
なお、このパンフレットのシリーズは、営利目的でなければ希望者にゆうパック着払いで発送します(在庫切れの場合はご了承ください)。
ご希望の場合は、mukei_tobunken@nich.go.jp(無形文化遺産部)宛、1.送付先氏名、2.郵便番号・住所、3.電話番号、4.ご希望のパンフレット(Ⅰ~Ⅴ)と希望冊数をお知らせください。

〈これまでに刊行した同パンフレットシリーズ〉
・『伝統芸能を支える技Ⅰ 琵琶 石田克佳』
・『伝統芸能を支える技Ⅱ 三味線象牙駒 大河内正信』
・『伝統芸能を支える技Ⅲ 太棹三味線 井坂重男』
・『伝統芸能を支える技Ⅳ 雅楽管楽器 山田全一』
・最新『伝統芸能を支える技Ⅴ 調べ緒 山下雄治』

 今後も、文化財保存技術としての楽器製作・修理技術を取り上げたパンフレットを継続的に刊行する予定です。

実演記録「宮薗節(みやぞのぶし)」第二回の実施

宮薗節の本番撮影の様子(左から宮薗千よし恵、宮薗千碌、宮薗千佳寿弥、宮薗千幸寿)

 令和元(2019)年7月31日、無形文化遺産部は東京文化財研究所の実演記録室で、宮薗節の記録撮影(第二回)を行いました。
 国の重要無形文化財・宮薗節は、18世紀前半に初代宮古路薗八(みやこじそのはち)が京で創始、18世紀半ば以降に江戸で再興され今日に至ります。重厚で艶のある独特の浄瑠璃(声のパート)と、柔らかく厚みのある中棹三味線の音色を特徴とする宮薗節は、阿吽の呼吸で繊細な表現を創り上げる、熟練の必要な音楽です。伝承曲は古典曲十段と新曲で、内容はほとんどが心中道行ものです。
 今回は、古典曲《道行菜種の乱咲》―山崎―」と新曲《歌の中山》を収録しました。両作品とも宮薗千碌(タテ語り、重要無形文化財各個指定いわゆる人間国宝)、宮薗宮薗千よし恵(ワキ語り)、宮薗千佳寿弥(せんかずや)(タテ三味線)、宮薗千幸寿(せんこうじゅ)(ワキ三味線)の各氏による演奏です。
 無形文化遺産部では、今後も宮薗節の古典曲および演奏機会の少ない新曲の実演記録を継続していく予定です。

大韓民国国立無形遺産院との研究交流

韓国伝統弦楽器用の原糸製造機
無形遺産院での研究発表会の様子

 東京文化財研究所無形文化遺産部は平成20(2008)年より大韓民国の国立無形遺産院と研究交流をおこなっています。本研究交流では、それぞれの機関のスタッフが一定期間、相手の機関に滞在し研究をおこなうという在外研究や、共同シンポジウムの開催などをおこなっています。本研究交流の一環として、令和元 (2019)年7月1日から19日まで、無形文化遺産部無形文化財研究室長の前原恵美が大韓民国に滞在し、在外研究をおこないました。
 今回の在外研究の目的は、文化財の活用が期待される日本での現状を鑑みて、文化財保存技術としての楽器製作・修理技術を文化財活用と併せて保存・継承していくためのヒントを得ることでした。滞在期間中は、楽器製作者、楽器の材料製造者、伝統芸能(音楽)の教育・保存継承・研究機関関係者を訪ね、韓国における伝統楽器製作・修理技術、道具・原材料や、それらの技術を支援する仕組み、伝統音楽の教育普及におけるこれらの技術の扱いについて調査を行いました。
 韓国では、古典音楽と民俗音楽を不可分の「国楽」ととらえ、音楽教育の基本としてその知識や実技能力を教員の採用条件としており、音楽教育者の資質として「国楽」が必須です。そうした環境で自然に国楽に触れることのできる環境は、日本とは大きく異なります。一方で、伝統芸能(音楽)を支える技や原材料についての一般的な意識は、日本はもとより韓国においてもまだ開拓の余地があると感じました。今回の研究交流で得た参考事例、共通課題については、日本の現状に照らしながら、7月18日、韓国無形遺産院で成果発表として口頭発表しました。また、楽器製作・修理技術調査の概要については、今年度末刊行の『無形文化遺産研究報告』14号に、日本における調査報告と併せて掲載予定です。
 最後に、今回の研究交流で調査のサポートをしてくださった韓国無形遺産院の姜敬惠さん、通訳の李智叡さん(イ・ジエ)さんはじめ、韓国無形遺産院の皆様に感謝いたします。

共催事業「伝統の音を支える技」の開催

楽器製作実演
パネルトーク 左から前原恵美(東京文化財研究所)、橋本かおる(東京藝術大学)
公開学術講座の総括 左から谷垣内和子((社)芸能実演家団体協議会)、前原恵美、田村民子(伝統芸能の道具ラボ)、橋本英宗(丸三ハシモト株式会社)、石村 智(東京文化財研究所)
長唄「多摩川」演奏 左から大島早智、三井千絵、鈴木雄司、都築明斗

 平成30(2018)年8月3日(金)、「伝統の音を支える技」を共通テーマに、「第12回東京文化財研究所 無形文化遺産部 公開学術講座」と「第24回東京三味線・東京琴展示・製作実演会」を、東京文化財研究所と東京邦楽器商工業協同組合の共催事業として開催しました。
 午前は、東京邦楽器商工業共同組合の楽器製作者(箏、三味線)による製作のデモンストレーションと解説、演奏体験・質問コーナーがあり、参加者が楽器製作者と直接対話し、楽器の演奏法を習う貴重な機会となりました。昼休みには、無形遺産部で楽器製作・修理調査を行ってきた担当者が、実例を挙げながらパネルトークを行いました。午後は、公開学術講座として、3名の講演者が異なる立場から日本の伝統の音を支える技に関する問題を提起、課題への取り組みの報告を行ったのち、コメンテーターも加わって情報や問題を整理し、課題解決の糸口について意見を交わしました。最後に、新進気鋭の演奏家による長唄演奏で締めくくり、製作者、研究者、演奏家を繋いで伝統の技を取り巻く様々なレベルでの課題を共有することができました。
 参加者は総計148名と盛況で、楽器や楽器に附属する物の製作者、ジャンルを越えた実演家、研究者や教育者、伝統芸能愛好家など多岐に亘り、伝統芸能を支える技に幅広い関心が集まっていると実感しました。今年度末に報告書を発行するとおもに、今後も、今回得られたネットワークを活かしながら芸能を支える技を多角的に調査し、その保存・継承に資する研究を継続する予定です。

実演記録「宮薗節(みやぞのぶし)」第一回の実施

宮薗節:本番撮影の様子(左から宮薗千よし恵、宮薗千碌、宮薗千佳寿弥、宮薗千幸寿)

 平成30(2018)年7月30日、無形文化遺産部は東京文化財研究所の実演記録室で、宮薗節の記録撮影(第一回)を行いました。宮薗節は国の重要無形文化財に指定されています。
 宮薗節は、18世紀前半に初代宮古路薗八(みやこじそのはち)が京で創始しました。その後、京では衰退しましたが、18世紀半ばに江戸で再興され今日に至ります。宮薗節の音楽的な特徴は、重厚で艶のある独特の浄瑠璃(声のパート)と、柔らかく厚みのある中棹三味線の音色にあります。伝承曲は古典曲十段と新曲で、内容はほとんどが心中道行ものです。
 今回収録したのは、古典曲《小春治兵衛炬燵(こはるじへえこたつ)の段》(炬燵)と新曲《箕輪の心中》です。両作品とも宮薗千碌(タテ語り、重要無形文化財各個指定いわゆる人間国宝)、宮薗宮薗千よし恵(ワキ語り)、宮薗千佳寿弥(せんかずや)(タテ三味線)、宮薗千幸寿(せんこうじゅ)(ワキ三味線)の各氏による演奏です。
 無形文化遺産部では、今後も宮薗節の古典曲および演奏機会の少ない新曲の実演記録を継続していく予定です。

実演記録「平家」第一回の実施

リハーサル(手前はアドバイザーをお願いした薦田治子氏)
本番撮影の様子(左:日吉章吾氏、中央:田中奈央一氏、右:菊央雄司氏)

 「平家」(「平家琵琶」とも)は、盲人の琵琶法師が『平家物語』を琵琶伴奏で語る日本の伝統芸能の一つですが、室町時代に全盛期を迎えて以後徐々に衰退し、今では正統な継承者が一人になってしまいました。そこで無形文化遺産部では、「平家」の語りの技術を次世代に継承、普及すべく2015年より研究と演奏を行っている「平家語り研究会」(主宰:薦田治子武蔵野音楽大学教授)の協力を得て、1月15日に東京文化財研究所の実演記録室で記録撮影を行いました。
 撮影記録を行ったのは、伝承曲《紅葉》、復元曲《小督》(三重から下リ冒頭まで)、復元曲《敦盛》(冒頭口説)、復元曲《祇園精舎》です。「平家語り研究会」は、気鋭の地歌箏曲演奏家・菊央雄司氏、田中奈央一氏、日吉章吾氏が、平家研究の第一人者・薦田治子氏とともに客観的な裏づけに基づく「平家」の復元を行っていることも大きな特徴なので、今後とも、伝承曲だけでなく復元曲の記録もアーカイブしていく予定です。

ユネスコ無形文化遺産保護条約第12回政府間委員会への参加

第12回政府間委員会の会場の様子

 12月4日から9日にかけて、大韓民国済州島にてユネスコ無形文化遺産保護条約第12回政府間委員会が開催され、本研究所からは3名の研究員が参加しました。
 近年は政府間委員会での議題数も増えてきている傾向にあるため、昨年までより1日長い6日間の会期となりました。本年の委員会では、新たに6件の遺産が「緊急保護リスト」に、33件の遺産が「代表リスト」に記載されました。なお本年は日本から提案された遺産はありませんでした。
 また議題15「緊急事態下における無形文化遺産」の議論においては、日本代表団から、本研究所が取り組んでいる「無形文化遺産の防災」の事例と、アジア太平洋無形文化遺産研究センター(IRCI)が取り組んでいる「アジア太平洋地域の自然災害・武力紛争下における無形文化遺産の保護」の事例が紹介されました。また本研究所は、無形文化遺産部が2017年3月に作成した冊子『無形文化遺産の防災(Disaster Prevention for Intangible Cultural Heritage)』を会場内で配布しました。
 国際的にも、いかに自然災害などから無形文化遺産を保護するのかという課題が注目を集めています。そうした中で本研究所は、東日本大震災後の文化財レスキューや311復興支援・無形文化遺産アーカイブスの構築といった、災害に対する文化遺産の保護について多くの経験を蓄積してきました。こうした本研究所の成果を国際社会に還元し貢献することは、本研究所にとっても重要な役割であると考えています。

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