研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


ブータンにおける伝統的版築造建造物に関する調査

離村が進むテンチュカ集落における調査
職人による人体尺の説明

 文化庁委託「文化遺産国際協力拠点交流事業」によるブータン王国内務文化省との協力も3年目となりました。この事業では、同国で一般的な版築造の民家等建造物の保存と安全性向上を目標に、建築史学と構造力学の観点から、伝統的工法の把握・解明と構造強度・耐震性能の分析などの調査研究を継続しています。同省文化局遺産保存課(DCHS)をカウンターパートとする第5回目の現地調査を9月18日から27日にかけて実施しました。
 今回はまず、所定の材料調合に従ってDCHSに事前に作成してもらった複数の試料からコアを採取して強度試験を行い、石灰を混合することによる版築壁の補強効果を確認しました。また、従来は職人の勘のみに頼ってきた材料土の粒度分布や最適含水比などを実験により数値化する作業手順等をDCHSスタッフに指導しました。さらに、構造班はティンプー市近郊の寺院本堂について挙動特性のシミュレーションを行うため、常時微動の計測を実施しました。
 一方、工法班はパロ県内の農村集落で古い様式を残すと思われる民家およびその廃墟を調査し、構造形式上の変遷やその壁体構築技法との関係などを探ることに努めました。併せて、版築工事の経験が豊富な職人や技術者に対する聞き取り調査を行い、彼らが持つ知識を教わるとともに、改良案の有効性などについて意見を交換しました。 雨の多い中での調査でしたが、昨年実測したばかりの建物が既に倒壊していたり、数日おいて再訪した建物に新たな破損が生じているのを発見したりと、十分な維持がされなくなった建物の脆さを実感させられる場面が多く、伝統的建造物保護の緊急性を改めて認識した次第です。

ミャンマーの文化遺産保護に関する現地研修及び調査

バガヤ僧院での研修風景
壁画修復材料の調製に関する実習風景
シュエナンドー僧院の仏壇に用いられたガラスモザイク技法と損傷

 ミャンマー文化省考古・国立博物館局(DoA)をカウンターパートとする、文化庁委託「文化遺産国際協力拠点交流事業」の一環として、6月上旬から中旬にかけて現地研修及び調査を以下の通り実施しました。

 1)歴史的木造建造物保存に関する第2回現地研修
 2日から13日まで、マンダレー市内のDoA支局での座学と近郊のバガヤ僧院での現場実習を行い、DoA本・支局から建築・考古分野の職員8名とTechnological University (Mandalay)の教員・学生4名が参加しました。調査の下図となる略平面図の作成、床面の不陸や柱傾斜の測定、破損状態記録の手法などを実習し、班毎の調査成果を発表して今回研修のまとめとしました。一方、ミャンマーの木造文化財に共通する問題であるシロアリの被害について、専門家による調査を実施し、初歩的な講習も行いました。バガヤ僧院での蟻害は建物の上部にまで及んでおり、有効な対策を検討するため、研修生の協力によるモニタリング調査を開始したところです。
 2)煉瓦造遺跡の壁画保存に関する調査及び研修
 11日から17日まで、昨年より継続しているバガン遺跡群内No.1205寺院の壁画の状態調査や堂内環境調査を行い、壁画の損傷図面を作成しました。壁画の状態は比較的堅牢ですが、雨漏りに伴う壁画の崩落や空洞化、シロアリの営巣など今後の対策が必要な損傷が明らかになりました。また、バガン考古博物館では壁画の保存修復や虫害対策に関する研修を行い、DoAバガン支局の保存専門職員6名が参加しました。接着剤や補填材など修復材料に関する実習や、虫害対策に関する講義・実習については研修生らの要望が高く、今後もより応用的な内容で研修を継続していく予定です。
 3)伝統的漆工芸技術に関する調査
 11日から19日まで、バガン及びマンダレーで調査を行いました。バガンでは、軽工業省傘下の漆芸技術大学及び漆芸博物館の協力のもと、虫害調査とともに同博物館に所蔵される漆工品の構造技法や損傷に関する調査を進めました。その結果、応急的なクリーニングや展示保存環境の改善が必要と分かりました。マンダレーでは、ミャンマー産の漆材料に関する聞き取り調査のほか、漆装飾と併用されるガラスモザイク技法に関する調査を材料店と僧院において行いました。さらに、同地のシュエナンドー僧院でも、虫害調査と併せて、建物内外に施された漆芸技法について目視による観察調査を行いました。同僧院は内外部の殆どに漆装飾が施されていますが、紫外線や雨水等によって漆装飾の損傷が著しく進行していることが分かりました。

「タンロン・ハノイ文化遺産群の保存」ユネスコ日本信託基金事業

GIS研修における基準点の確認
植民地期建築実測図の一例
成果報告シンポジウム

 ベトナム・ハノイの世界遺産「タンロン皇城遺跡」を対象に、ユネスコ・ハノイ事務所から委託を受けた東文研が日本側の実施主体となって2010年度から実施してきた本事業も、本年末をもって終了となります。ここでは昨年度後半以降の現地での活動内容をまとめてご紹介します。
1)GISに関する研修ワークショップ(2012年12月27-28日、2013年5月15-18日、9月10日)
 タンロン遺産保存センターの担当スタッフを対象に、遺跡管理のためのGIS(地理情報システム)構築に向けた実習等を日越双方の講師により行いました。文化遺産管理へのGIS活用の基礎から、遺跡内の測量基準点を用いたベースマップの補正、データベースの作成法等を扱い、スタッフが自ら基本的作業をこなせる段階まで到達することができました。
2)考古遺物に関する第2回ワークショップの開催(2013年1月23-24日)
 タンロン遺産保存センター、社会科学院考古学研究所、同都城研究センター、奈良文化財研究所とともに開催しました。今回は本遺跡から出土した屋根瓦と日本古代の出土瓦の比較による瓦葺技法の検討を中心に、寺院遺跡の発掘現場や陶磁器窯跡の合同見学等も行い、日越の専門家が知識と意見を交換しました。
3)社会学ワークショップの開催(2013年3月4日)
 タンロン遺産保存センター、ハノイ国家大学ベトナム学開発科学院と共催で、タンロン遺跡の社会経済的価値評価をテーマとしました。アンケート調査の結果や関係者への聞き取りに基づく日越専門家の発表および討議を行い、本遺跡の今後の活用のあり方について活発な議論が交わされました。
4)植民地期建造物群の実測調査(2013年5月20-24日)
 本遺跡内に残るフランス植民地期の軍事関係建物を越側と共同で実測調査しました。遺産管理の基礎資料として、文化財的価値を有するこれらの建物の正確な現状記録を作成することを目的に、新規と補測を合わせて7棟を調査しました。既調査分10棟を含む作成図面を実測図集として刊行するほか、データ一式を越側に提供する予定です。
5)遺構保存に関する調査(2013年8月8-9日)
 遺構が存在する土中の水分移動を計測するため発掘区内に設置してきたセンサーからデータを回収するとともに、保存処理した煉瓦の暴露試験体も結果分析のため回収しました。また、事業終了後も同様の計測ができるよう、機材の扱い方やデータ分析の方法等について越側へのレクチャーを行いました。
6)成果報告シンポジウムの開催(2013年9月11-12日)
 本事業の各分野を担当した専門家と関係者が一堂に会し、これまでの成果を総括するとともに、今後に向けた課題等について意見を交換する場として、シンポジウムを開催しました。2日間にわたって9本の発表があり、日越両国とユネスコ・ハノイ事務所から約60名が参加しました。日越友好年の本年、その記念事業の一つにも位置づけられたこのシンポを通じて、様々な側面から見た本遺跡の重要性を再確認するとともに、適切な保存措置に関する研究や、遺産管理のための計画づくり、保存管理体制の整備に向けた技術移転・人材育成など、多岐にわたる本事業の成果を改めて実感することができました。目下、年末の最終報告書刊行に向けて、日越双方で作業を進めているところです。

ミャンマーの文化遺産保護に関する技術的調査:現地調査ミッションの派遣

木造僧院での実測調査
破損が進んだ寺院建築の一例
職人工房(鋳造)の視察
ヤンゴン国立図書館での調査

 東京文化財研究所が文化庁から受託している「文化遺産保護国際貢献事業(専門家交流)」の一環として、1月26日から2月3日にかけて、ミャンマー連邦共和国に専門家調査団を派遣しました。総勢17名からなる今回の調査団は建築・美術工芸・考古の各分野を調査対象とする3班で構成し、このうち建築と美術工芸を東京文化財研究所、考古を奈良文化財研究所がそれぞれ担当しました。この調査は、同国の文化遺産保護に関するわが国からの今後の協力の方向性を明確化することを目的として実施したもので、訪問先の各地ではミャンマー文化省考古・国立博物館図書館局の担当職員の方々に同行・対応をいただきながら、円滑に調査を進めることが出来ました。
 建築班では、バガンの煉瓦造遺跡群とマンダレーなどの木造僧院建築群の双方を対象に、破損状況や保存に影響を及ぼしている要因を確認するとともに、今後の保存修復に向けた課題を特定するため、現地機関関係者や職人への聞き取り調査等も行いました。これにより、本格的な建造物修理事業は久しく実施されておらず、保存状態に関する基本的な記録作成等も十分に行われていないことなどが判明しました。
 美術工芸班では、ヤンゴン、バガン、マンダレーの国立博物館・図書館、寺院、学校、職人工房を訪問し、壁画、金属文化財、漆工芸品、書籍経典を対象に、その修復状況、保存展示環境、保存修復に関わる人材育成について調査・聞き取りを行いました。海外研修等で得た知識をミャンマー国内で還元している様子が伺えましたが、機材資材の不足、体制の不備のために十分な保存修復措置が行われていないことが分かりました。
 このほか、首都ネピドーにおける文化省との協議等を通じて、同国の文化遺産保護体制に関する基本的情報の収集も行いました。いずれの分野においても文化遺産の保存修復に必要な技術・人材等の不足は明らかですが、現地側の向上意欲は高く、共同研究や研修等の事業を通じて技術移転や人材育成を行えば、その支援効果は大きいものと期待されます。

ミャンマー文化省関係者の招聘および研究会開催

東京文化財研究所での打合せ風景

 文化庁委託「文化遺産保護国際貢献事業(専門家交流)」の一環として、ミャンマー連邦共和国文化省の関係者を12月10日から14日まで日本に招聘しました。今回の招聘では、同省考古・国立博物館・図書館局のテイン・ルウィン副局長をはじめ、考古学、保存修復、文化人類学、美術の各分野を専門とする同省職員5名が、東京と奈良に滞在し、東文研および奈文研での意見交換、博物館視察、考古発掘調査現場や文化財建造物修理工事現場の見学等を行いました。この間の11日には東文研セミナー室において、「ミャンマーにおける文化遺産保護の現状と課題」と題する研究会を開催し、来日した方々から考古調査や遺跡保存、博物館の歴史と現状等に関する発表をいただくとともに、会場との質疑も通じて情報共有を行いました。本招聘を通じて、同国の文化遺産保護に関する最新情報の収集を行うとともに、今後の協力に向けて相互理解の促進を図ることができました。本事業では今後、1月末から2月初旬にかけて、建築・美術工芸・考古学の3分野において、文化遺産保護に関するわが国からの協力の方向性を明確化するための現地調査を、奈文研の協力も得ながら実施することを予定しています。

「タンロン・ハノイ文化遺産群の保存」ユネスコ日本信託基金事業

暴露試験台の設置
歴史ワークショップ風景
遺物整理室での意見交換
奈文研での樹脂含浸実験

 ベトナム・ハノイの都心に立地する世界遺産「タンロン皇城遺跡」を対象とする本事業は、日越専門家が協力しながら2010年度より実施しており、ユネスコ・ハノイ事務所から委託を受けた東文研が日本側の実施主体となっています。今年度前半は、主に以下のような活動を実施しました。

1)遺構保存に関する現地調査
 8月7日から9日にかけて、新国会議事堂建設現場に隣接する発掘区における現地調査を実施しました。遺構が存在する土中の水分移動を計測するためのセンサーを交換・増設し、砂層埋め戻しによる蒸散抑止効果を観測するための試験区を新たに設置しました。また、出土した煉瓦に物性を合わせた試料を用いた保存処理効果の屋外暴露試験も開始しました。現場での気象自動計測も継続中で、取得したデータの分析を通じて、望ましい保存方法の提案につなげていきます。

2)歴史学ワークショップの開催
 8月21日に、タンロン遺産保存センター、ハノイ国家大学開発科学院と共催で、タンロン城中心区の構成および東アジア都城との比較研究をテーマに現地ワークショップを開催しました。文献資料の検討や近年の発掘成果に基づく日越専門家の発表、および討議を行い、依然未解明の部分が多いタンロン城の構造と変遷について、活発な議論が行われました。また、このワークショップにあわせ、日越でこれまでに発表されたタンロン城に関する主要論文を相互翻訳した研究論集も刊行しました。

3)考古遺物に関するワークショップの開催
 9月10日から12日にかけて、タンロン遺産保存センター、社会科学院考古学研究所、同都城研究センター、奈良文化財研究所とともに、タンロン遺跡出土の考古遺物に関する第1回ワークショップをハノイで行いました。今回は陶磁器と屋根瓦を対象に、形式分類の方法や製作技法、製作地などをめぐって、日越専門家が双方の知見を共有するとともに、出土遺物を実際に観察しながら意見交換を行い、共同研究の重要性を再確認しました。

4)ベトナム人専門家の招聘
 9月10日から28日まで、ベトナム林業大学の木材専門家1名を招聘し、奈良文化財研究所において、出土木材遺物の保存手法に関する共同実験を行いました。タンロン遺跡出土木材と現在のベトナム産木材の試料を用いて、樹種の鑑定や樹脂含浸処理の効果などに関する各種の実験を実施しました。

タイ・アユタヤ遺跡群における洪水被害調査

なおも浸水箇所が残る寺院遺跡(壁に泥が付着した範囲が最大浸水位を示す)
完全に水没した発掘遺構展示
浸水によって下部が汚損した壁画の例

 平成23年11月28日~12月3日、および12月18日~23日の2次にわたり、文化庁委託事業によるアユタヤ遺跡群での洪水被害調査を実施しました。9月来の豪雨と長雨の影響によって、アユタヤやバンコクで大規模な洪水が発生したことは日本でも大きく報道されました。世界遺産リストに登録されているアユタヤ遺跡群も広範囲にわたって浸水し、その保存への影響を懸念したタイ政府の要請がユネスコバンコク事務所経由で伝えられたことから、緊急支援事業として専門家による実地調査が急遽決定されました。
 第1次調査では水害対策および文化財保存の2名、第2次調査では保存科学、壁画、建築、写真の各分野から6名の専門家を派遣し、タイ文化省芸術局および日本国文化庁の専門家たちとともに、主な遺跡の被害状況を実地において確認しました。
 その結果、浸水は相当な規模に及び、これによる一部壁画の汚損や局所的な塩類析出、煉瓦遺構への土の堆積や露出展示遺構の水没などが生じているものの、遺跡への直接的被害は限定的かつ比較的軽微なものが大半でした。しかし、煉瓦造の仏塔や祠堂などの経年による劣化や変形等は随所で認められ、中長期的な計画に基づく継続的なモニタリングや保存修復の実行が、被災状況の正確な記録作成とともに災害時の被害軽減にとっても重要であることが改めて認識されました。タイ当局によるこうした活動をいかに支援していくかが、今後の課題となります。

モンゴル・アマルバヤスガラント寺院における研修およびワークショップ

保存管理計画ワークショップ
建造物保存修復調査風景1
建造物保存修復調査風景2

 文化庁委託・拠点交流事業の一環としてモンゴル教育文化科学省と共同で行っているモンゴル・アマルバヤスガラント寺院での活動も3年目となります。本年は6月下旬および8月下旬の2度にわたり、協力ミッションを派遣しました。
 昨年度のワークショップで検討した内容に従って本年4月、文化遺産法に基づく保護区を設定する決定がモンゴル政府によって行われました。この保護区は、寺院本体だけでなく、周囲の景観や、寺院建設に関連する考古学的遺跡、さらには聖地や伝承地も含む広大なもので、そこでの開発規制等、具体的コントロールの内容を検討することが今年度の大きなテーマとなっています。地元のセレンゲ県が担当する保存管理計画策定作業の推進に向け、省・県・郡・寺院・住民の代表が参加するワークショップを各回とも開催しました。県側の作業体制立ち上げや基本情報収集等に遅れが目立つなど課題も少なくありませんが、計画に盛り込むべき基本的方針を県への提言としてまとめました。
 これと並行して8月ミッションでは、日本の木造文化財建造物修理技術者を講師に、建造物保存修復調査に関する研修もモンゴル人若手技術者を対象として実施しました。この研修も一昨年、昨年に続くもので、実際に破損が進行している仏堂の一つを実測しながら、破損状況の定量的把握から、修理工事の積算に必要な数量調書の作成に至る作業の流れを実習しました。伽藍内の歴史的建造物は劣化・破損が進み、修理の緊急性がさらに高まってきています。修理の技術的水準を確保するには、依然モンゴル単独では対応が難しい状況は変わらず、日本を含む海外からの技術支援を求める声はますます大きくなりつつあります。これに今後どのように対処していくか、モンゴル政府側との意見交換を継続していく必要があります。

文化財保存修復国際研修に関する研究会の開催

討議の様子

 文化遺産国際協力センターでは2月2日・3日の2日間にわたり、「海外の文化財保存修復専門家養成を目的とする国際研修等の実施に関する研究会」を、東京文化財研究所会議室にて開催しました。本研究会は、当センターが行っている「諸外国の文化財保護に係る人材育成」事業の一環として、国際研修のより効果的かつ実践的な実施に向け、国内外の研修実施機関との情報共有および意見交換の場として企画したものです。途上国を中心とする外国からの研修生を対象とした保存修復技術や能力開発の研修に焦点をあて、プログラムの具体的内容や教授方法、さらには研修成果の評価法や問題点などについて、海外4機関および東文研を含む国内3機関の担当者から報告を受けたのち、これらを踏まえて参加者による意見交換を行いました。
 研修実施事例の分析を通じて、いくつかの共通課題が浮き彫りとなりました。主なものとしては、研修事業自体のマネージメント、研修の継続性とプログラム同士の相互連携、研修情報の共有などが挙げられます。このようなテーマでの研究会は従来あまり行われてきませんでしたが、今後も様々な機会を通じて、研修方法の改善や多国間での相互連携の可能性などにつなげていきたいと考えています。

国際研究集会「「復興」と文化遺産」の開催

総合討議の様子

 第34回文化財の保存および修復に関する国際研究集会「「復興」と文化遺産」を東京国立博物館平成館において、1月19日から21日の3日間開催しました。自然災害、そして紛争からの復興過程、さらには社会変化の渦中における社会と文化遺産の関わりをめぐり、それぞれの状況に対応する3セッションを設けて、海外から10件、国内から4件の講演と、議長・講演者によるディスカッションが行われました。
文化遺産の意味や価値付けが社会状況によって変化する中で人々にとって復興されるべき文化遺産とは何かなど、多様な課題をめぐって活発な議論が交わされました。
 本研究集会の詳細な内容については、来年度、報告書を刊行する予定です。

拠点交流事業モンゴル:アマルバヤスガラント寺院保存への協力

背後に仏塔や大仏が新たに建立された伽藍の全景
ワークショップの模様
建造物保存調査の模様

 6月末から7月初旬、および8月下旬の2次にわたって、北部セレンゲ県所在のチベット仏教寺院、アマルバヤスガラントでのワークショップおよび保存調査をモンゴル教育文化科学省と共同で実施しました。
 今年度ワークショップのテーマは、文化遺産としての保存管理に万全を図るための計画づくりで、当面は保存区域の設定を目標としました。当寺院での宗教活動再開から20年の節目にあたる本年は、寺院関連施設の新築・整備が加速し、遺産価値の大きな要素である歴史的景観が急激に変化しようとしています。また、旧伽藍建物跡などの地中遺構の保存への影響も懸念される状況にあります。このため、県や郡、地元住民代表とも実地踏査や討議を重ね、信仰の対象となっている周囲の山々や伽藍建設時の材料生産遺跡なども含む広範囲を文化遺産法に基づく保存区域とする方向で基本的合意に達しました。
 一方、多数の木造建造物で構成されている伽藍本体については、経年や不十分な維持管理のために劣化・破損が進行しており、人命の安全を脅かしかねないような状況も一部で発生し始めています。このため、8月ミッションでは上記ワークショップと並行して、モンゴル人若手技術者の養成研修を兼ねた、全建物の保存状況に関する基礎調査を実施しました。昨年度の実習にも参加した4名の研修生とともに行った調査の結果はレポートとしてモンゴル政府側に提出する予定で、今後の応急措置や本格的修理計画立案に活かされることが期待されます。

ベトナム・タンロン遺跡保存事業 保存科学専門家ミッション派遣

移設中の気象観測装置
土壌水分センサーの設置作業
研修ワークショップの模様

 ユネスコ日本信託基金によるタンロン遺跡保存事業は、東文研とユネスコ・ハノイ事務所のパートナーシップ協定が4月より発効し、3年度にわたる包括的支援活動がいよいよ始動しました。 5月17日から22日まで、その初ミッションとして、保存科学分野を中心に専門家7名をハノイに派遣しました。今回はまず、発掘された考古学的遺構の保存措置検討のための基礎データ収集を目的に、既設気象観測装置の移転・改良、土壌水分センサーの新設などを行いました。また、出土遺物関係では、本格的保存方法確立までの間、一時的に水浸けされている木材遺物の保管方法に関する検討や、日本とは異なるベトナムの木材種に関する共同研究に向けた現地機関との協議等を実施しました。現場での作業は日越双方が協働して行い、作業の意義を正確かつ詳細に理解してもらうため、若手スタッフ対象の研修ワークショップも開催しました。
 歴史研究や管理計画策定支援といった各分野の事業活動についても、今後順次、実施に移していくこととなります。

スリランカにおける文化遺産保護状況等に関する調査

修復中のアバヤギリ大塔(アヌラダプラ遺跡群)
修復再開直後のリティガラ僧院遺跡
都市開発にさらされているキャンディの町並み

 4月4日から13日まで、外務省派遣により、スリランカにおける考古遺跡等の文化遺産保護に関する取組状況についての現地調査を外部専門家とともに実施しました。同国では、四半世紀に及んだ内戦が昨年終結したばかりで、この間に資金難等の要因から停滞を余儀なくされてきた文化遺産保護の分野でも新たな進展が期待されているところです。わが国としても今後ユネスコ等を通じてどのような協力支援が可能か、検討するための基本的情報を収集することが今回の主な目的でした。
 本調査では、世界遺産既登録地における保存の現状や今後の整備方針等について実地視察および関係機関への聞き取りを行ったほか、将来的に登録の可能性がある複数の遺跡についても実地調査を行いました。その結果、様々な計画は存在するものの実現の見通しが立っていないものが多いことや、専門的人材の不足をはじめ、体制面においても深刻な課題が少なくない状況を認識させられました。 これよりのち、具体的な協力の方向性を検討する過程にも積極的に参画していきたいと考えています。

タンロン皇城遺跡の保存に関する専門家協議

保存センターにおける全体協議

 ベトナムの首都ハノイの都心に立地するタンロン皇城遺跡では、国会議事堂建て替えに伴う調査で李朝期(11-13世紀)をはじめとする歴代皇宮の建物や区画施設の跡、大量の遺物等が発見され、日越両政府の合意に基づく保存支援協力が継続されています。緊急発掘調査も一応の区切りを迎え、出土遺構および遺物をいかに保存・活用していくかが大きな課題となっています。
 今回は、日越合同専門家委員会の考古・建築・歴史・社会学・保存管理計画の各専門委員が訪越し、越側委員や関係機関と今後の協力につき協議しました。7月28日の全体協議には文化庁と在越日本大使館からも参加を得て、中長期の計画とともに来年のハノイ建都千年祭や3年後の新議事堂竣工に向けた短期的課題についても話し合い、遺跡の価値に関する従来の研究に加え、遺構・遺物の保存措置や整備・展示計画といった分野でも専門的支援を行うことで合意しました。
 なお、この派遣は文部科学省科研費による研究の一環として行いましたが、今後は近々始動予定のユネスコ日本信託基金事業との連動により、さらに効果的な協力を目指していきます。

シルクロード人材育成プログラム・古建築コース実施

現場実習の様子

 中国文化遺産研究院と共同の「シルクロード沿線文化財保存修復人材育成プログラム」の一環として、古建築保護修復コース(後期)を4月初旬から青海省のチベット仏教僧院、塔爾(タール)寺で実施しています。修復理論や実測調査を学んだ昨年に続く今回は、保存管理計画策定から修理の基本設計、実施設計へと至る流れを実習する課程としました。同時に、調査・設計・監理を一貫して行う日本独自の修理システムを紹介することで、ともすればマニュアルに頼りがちな保存のあり方を考える契機になればとの意図も込めました。
 5名の講師を交替で派遣した日本側の講習は5月末で終了し、以後は中国側による講習が7月末まで続きます。12名の研修生は熱心に学んでいますが、課題点も浮き彫りになりました。まず、同じ木造と漢字の文化でありながら、日中の建築には意外に大きな相違があり、用語や修復観をめぐって意思疎通に手間取る場面にしばしば遭遇しました。また、境内各所では修復工事が進行中で、その一角を借りての現場実習でしたが、迅速な施工を求める寺側と調整がつかず、途中で実習対象建物の変更を余儀なくされることもありました。カリキュラムと実施行程のいずれにおいても、研修計画段階での綿密な検討の必要性を痛感させられました。

「文化財建造物等の地震対策に関する日中専門家ワークショップ」開催

総合討議の様子
被災現場視察(二王廟)

 昨年5月の四川大地震では多くの文化財も被災し、中国全土から派遣された専門家や技術者がその復興に尽力しています。これを支援し、今後の防災政策立案にも寄与することを目的に、2月9日から12日まで同省の成都市でワークショップ(文化庁と中国国家文物局の共催)が開催され、文化遺産国際協力センターは、プログラム策定や講師の人選、テキスト作成等の実務を文化庁から受託しました。
 日本側はセンターの4名を含む16名を派遣し、中国側は70名以上が参加して、建造物分野を中心に博物館の地震対策等も加えた内容で講演と討議、現地視察を行いました。阪神大震災以来の日本の文化財地震対策や耐震技術を紹介しながら、今回地震での文化財被災状況とその後の対応に関する中国側報告や、都江堰市の文化財復旧現場視察も踏まえて、両国が抱える課題や今後の対策等につき意見を交換しました。3省4市と20の文化財修復機関に民間企業や博物館も加えた代表が各地から集まったこの会議は、日中専門家間はもとより、国内技術者間の交流促進にも大いに役立ったようです。
 目下、復旧の具体的設計や文化財耐震指針の検討等が進められていますが、構造技術者の不足など課題も多く、さらなる支援の必要性を改めて認識させられました。また、わが国における文化財保存の考え方を正しく理解してもらうための一層の努力も必要と感じました。

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