研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


第18回無形民俗文化財研究協議会「民具を継承する―安易な廃棄を防ぐために」

 令和5(2023)年12月8日、東京文化財研究所にて第18回無形民俗文化財研究協議会「民具を継承する―安易な廃棄を防ぐために」が開催されました。
 近年、日本全国で民具の再整理を迫られるケースが増え、問題となっています。本来、収集した資料は、その現物を適切に保管・継承していくことが最善であることは言うまでもありません。しかし、特に地域博物館・地方公共団体においては、収蔵スペースや人員、予算の削減などに伴って、廃棄を含む再整理を検討せざるを得ない切実な課題を抱えている場合も少なくありません。
 今回は予想を大きく超える200名以上の方に参加いただき、関心の高さがうかがわれました。事後アンケートなどを見ても、民具の整理が全国でいかに喫緊の課題・困りごとになっているのか、現場の方々がいかに孤軍奮闘しているかが痛感されました。今回の協議会ではこうした課題を共有・協議するため、4名の報告者が民具の収集や整理、除籍、活用等について事例報告を行い、その後、2名のコメンテーターを加えて登壇者全員で総合討議を行いました。
 今回の協議会ではどうしたらひとつでも多くの民具を守り、後世へ伝えていけるのかに力点を置いて討議が進められました。様々な視点、意見が提示されましたが、重要な前提として、そもそも文化財としての民具資料が、その他の文化財とは、その意味付けや特性の点で大きく異なることが示されました。
 例えば、民具は比較研究のため同型・同種の資料を複数収集する必要があること、資料の価値はコト情報(どの地域、いつの年代に、誰が使ったかなどの民俗誌的情報)と組み合わせることで、はじめて判断できることなどは、民具研究者にとっては当たり前の視点です。しかし、それが行政機関内部や一般社会では十分に理解・周知されていないことによって、昨今の民具をめぐる諸問題に繋がっていることが指摘されました。コメンテーターやフロアからは、一見ありふれたものに思える民具の中に重要な意味を持つものがあり、比較のためにできるだけ多くの資料を残すことが重要であるなど、「捨てない」ことの意義も改めて指摘されました。
 民具は先人たちが暮らしのなかで育んできた知恵や技の結晶であり、それらは、それぞれの地域の民衆の暮らしの在り方、歴史、文化、およびその変遷を知るために、きわめて重要で雄弁な資料になります。その貴重な資料が消失の瀬戸際にある危機感をあらためて共有し、民具を守るための新たな手立てが必要であることを認識・共有できたことは大きな成果でした。民具資料を守っていくため、無形文化遺産部では来年度検討会を立ち上げ、関係するみなさまと議論を継続していく予定です。
 なお協議会の全内容は、年度内に報告書にまとめ、PDF版を無形文化遺産部のホームページでも公開する予定です。ぜひご参照ください。

シンポジウム「踊れ、魂よ!―風流踊の楽しみ方―」の開催

参加者が盆踊りを体験する様子
西馬内の盆踊りの実演

 令和5(2023)年6月24日に東京国立博物館平成館大講堂で、「踊れ、魂よ!―風流ふりゅうおどりの楽しみ方―」と題したシンポジウムが開催されました。主催は東京文化財研究所と公益財団法人ポーラ伝統文化振興財団、特別協力として西馬音内(にしもない)盆踊保存会にもご出演いただきました。
 最初に風流踊の楽しみ方について、①歴史編を無形文化遺産部無形民俗文化財研究室長・久保田裕道が、次いで②音楽編を川崎瑞穂氏(聖心女子大学ほか非常勤講師)、③装い編を俵木悟氏(成城大学教授)、④関西地方の事例を森本仙介氏(奈良県文化財保護課)が、それぞれに講じました。その後4人揃っての登壇者クロストークとなり、風流踊の魅力をさまざまな面から語る場となりました。
 その後休憩を挟んで、ポーラ伝統文化振興財団が作成した記録映画「端縫いの夢~西馬音内盆踊り~」を上映。続いて西馬音内盆踊保存会から佐藤幾子氏・和賀靖子氏にご登壇いただき、踊りを解説。そして、保存会の皆さんによる西馬音内盆踊の実演となりました。実演の後半は、佐藤氏の指導で、参加者が踊りを体験。最後は多くの参加者が立ち上がって踊り、保存会の皆さんと一緒に盛り上がりました。
 なお、ポーラ伝統文化振興財団では、これまでに西馬音内を始めとする、さまざまな無形の文化財の映像記録作品を製作しています。今回、その多くの作品を東京文化財研究所にご寄贈頂きました。今後当研究所では、それらの閲覧ができるようにしていく予定です。

北上川河口のヨシ再生調査―篳篥の蘆舌原材料

「残したい日本の音風景百選」(環境庁、平成8(1996)年)に選ばれた北上川河口のヨシ原

 無形文化遺産部では、無形文化財を支える原材料調査の一環として、篳篥の蘆舌に使用されるヨシの調査を行っています。このたび、ヨシの産地である宮城県石巻市・北上川河口にて調査を実施しました。調査の目的は、第一に当地のヨシの特性を知り、篳篥の蘆舌に適しているかを調査すること。第二に、東日本大震災で被災した当地のヨシ再生のプロセスや現状を知り、篳篥の蘆舌に適するヨシの産地として知られる淀川河川敷での「ヨシ再生」に活かせることはないか調査すること。
 調査では、ヨシ原保全活動に取り組む(有)熊谷産業を訪ね、ヨシ原の現状を聞き取るとともに、蘆舌の原材料となりそうな外径のヨシを提供していただきました。熊谷産業は、社寺建築や和風建築の伝統的な工法による屋根工事を手掛ける会社で、国指定重要文化財保存修理工事も行っています。いただいたヨシは、二名の方に篳篥蘆舌の試作を依頼しました。完成後は試奏による使用感を含め、調査結果をまとめる計画です。
 また、北上川を管理する国土交通省東北地方整備局・北上川下流河川事務所や、震災前後のヨシ原調査やヨシ原への理解推進に取り組む東北工業大学教授の山田一裕氏を訪ねました。東日本大震災発生以前、河口には約183haのヨシ原が広がっていましたが、震災で50~60cmの地盤沈下が発生し、浸水によるヨシの枯死が進み、津波が運んだゴミで成長を妨げられ、一時は約87haに減少したと言います。その後、ヨシ原のゴミは地域の方々の協力のもと回収され、現在はヨシ原再生のための移植実験も行われています。震災による被害から自然環境が回復する過程で、地域の人々の理解や協力が自然の回復を後押したと言えるでしょう。
 さらに、当地では、「水防法及び河川法の一部を改正する法律」(平成25(2013)年6月)で創設された「河川協力団体制度」により、北上川下流河川事務所と3つの協力団体が情報交換や報告を行って河川や周辺環境を保全する体制が取られています。こうした連携も、ヨシ原再生に効果を上げていると感じました。
 無形文化遺産部では、無形文化財、民俗文化財、文化財防災を専門とする研究員が連携し、今後も無形の文化財継承に必要な人・技・モノの現状や課題、解決方法について、包括的な調査研究を実施していきます。

ロビーパネル展示「記録で守り伝える無形文化遺産」の開催

 令和3(2021)年6月3日より東京文化財研究所ロビーにおいて、無形文化遺産部による令和3年度パネル展示「記録で守り伝える無形文化遺産」が始まりました。今回の展示の企画趣旨は、特に新型コロナウイルス感染症の流行によって無形文化遺産の多くが危機に瀕している中、記録することの重要性をさまざまな事例から知っていただくことにあります。
 例えばコロナ禍によって古典芸能の演者は実演が激減し、深刻な苦境に立たされています。それでもなお感染対策を講じ、規模を縮小してでも継承を絶やさないよう努めています。また大手三味線メーカー「東京和楽器」が廃業の危機に陥ったニュースは、伝統芸能界に大きな衝撃を与えました。
 民俗芸能や祭礼なども、コロナ禍で中止が余儀なくされています。年に一度の行事は一回休止しただけでも2年のブランクになるため、継承の危機が深刻な問題となっています。そしてさらに、自然災害や少子高齢化などに伴うリスクも、常に継承を脅かしています。特に自然の素材を利用する工芸や民俗技術などは、大きな影響を受けています。
 こうしたさまざまなリスクで消失しかねない無形文化遺産を、記録によって保存することは重要な課題です。さらに現在の危機的状況を記録することも、今後の継承を考える際の拠り所となるでしょう。そして記録を発信することが継承への後押しになることも、この展示を通じて感じていただけたら幸いです。

東京シシマイコレクション2020プレの開催

出演団体の皆さん(左から福田十二神楽保存会・鷲神熊野神社氏子総代会・竹浦獅子振り保存会・槻沢芸能保存会)
東京国立博物館本館前での上演の様子(槻沢梯子虎舞)

 令和元(2019)年5月11日(土)12日(日)に東京国立博物館前庭にて「東京シシマイコレクション2020プレ」が開催されました。このイベントは日本博の参画プロジェクトとして無形文化遺産部で企画し、東京文化財研究所、東京国立博物館、日本芸術文化振興会の共同主催、経糸横糸合同会社、一般財団法人カルチャー・ヴィジョン・ジャパン、株式会社ドゥ・クリエーションの協力により開催したものです。「日本人と自然」という日本博のテーマを顕著に表した民俗芸能として全国各地の獅子舞を取り上げ、それを東京で演じていただくことで世界に発信していくというものです。
 令和2(2020)年度のプレ企画として位置付けた今回は、特に東日本大震災の被災3県の獅子舞をお呼びし、演じていただきました。岩手県からは陸前高田市の「槻沢(つきざわ)虎舞」(槻沢芸能保存会)、宮城県からは女川町の「獅子振り」(竹浦獅子振り保存会・鷲神熊野神社氏子総代会)、福島県からは新地町の「福田十二神楽」(福田十二神楽保存会)です。2日間で3公演行い、東京国立博物館集計によれば計2215名の方に御覧いただきました。
 今回は上演だけではなく、普段はなかなか間近で見ることのできない獅子頭や楽器を、実際に触れたり、説明を聞く体験時間も設け、多くの方々にご参加いただきました。外国語対応のパンフレットやスタッフも用意することで、様々な国の来館者にも楽しんでいただくことができました。
 なお、今年度は9月に関連企画としてシシマイフォーラムを開催する予定です。また東京で開催するだけでなく、多くの人が現地へ足を運んでもらえるよう、各地で開催される祭礼やイベントのシシマイ情報についても発信を行っていきます。無形文化遺産の保存のためには、こうした情報発信や、ネットワークの形成が重要といえましょう。

「ネパールの被災文化遺産保護に関する技術的支援事業」による現地派遣(その12)

市長会議の様子

 文化庁より受託した標記事業の一環として、東京文化財研究所では、ネパールにおける歴史的集落保全に関する行政ネットワークの構築支援を継続しています。平成31(2019)年3月12日、ラリトプル市において「カトマンズ盆地内の歴史的集落保全に関する第2回市長会議」を市と共催し、8名の派遣を行いました。
 歴史的集落の保全に関する現状や課題を、市長レベルで共有および議論する場として、平成29(2017)年にパナウティ市で第1回市長会議が開催されました。2回目となる今回は、「歴史的集落における有形および無形文化遺産の保全」をテーマとし、ネパールと日本の専門家による発表および会場の参加者も交えた議論の場が設けられました。当日は、11市長および8副市長、行政所属のエンジニアを含めると、計14市から合計約80人の参加がありました。
 ネパール側からは、4市における祭礼や工芸品などの無形文化遺産の紹介およびその継承への取り組みや、平成27(2015)年に発生したゴルカ地震後の歴史的集落調査および保全に対する取り組み等について講演がありました。日本側からは、札幌市立大学 森朋子准教授がコカナ集落における集落調査成果等について講演し、弊所無形民俗文化財研究室 久保田裕道室長がコカナ集落における無形文化遺産の調査成果や日本の無形文化遺産保全における現状等について講演を行いました。
 地域の文化遺産の保全については、人材や資金不足など、両国で共通する課題を抱えています。ネパールにおいては、特に、伝統的な地域社会の変容が加速していく中、地域社会における持続的な保全の仕組みが求められるとともに、市長のリーダーシップの下、行政側からの適切な支援が必要とされています。
 ネパールと日本両国間で、今後も相互に情報共有および議論を深めながら、支援を継続していきたいと思います。

2018年度 「無形文化遺産の防災」 連絡会議(関西地区)の開催について

京都芸術センターでの会議の様子

 文化財防災ネットワーク推進事業(文化庁補助金事業)の一環として無形文化遺産部・文化財情報資料部で取り組んでいる「文化財総合データベースの構築とネットワークの確立事業」の一環として、平成31(2019)年2月3日に関西地区での「『無形文化遺産の防災』連絡会議」を開催しました。平成28(2016)年度より継続しているこの会議は、全国都道府県の民俗文化財担当者が参加して情報の相互共有を目指したものです。
 今回は京都市の京都芸術センターとの共催にて、同センターを会場に、関西地区6府県1市の担当者が集まりました。東京文化財研究所からは無形文化遺産部の久保田裕道・前原恵美・石村智・菊池理予が参加しました。
 会議ではデータベース作成の意義を共有するとともに、各県の無形文化遺産の現状についてそれぞれからの発表がありました。自然災害のみならず、無形文化遺産が直面するさまざまなリスクと、保存継承と活用に関する問題点にまで話が及び、各地の現状・課題が相互に重要な情報として共有することができました。
 この後3月1日には、東京文化財研究所にて10都道府県からの参加を得て、今年度2回目の同会議も開催しています。

『かりやど民俗誌』の福島県浪江町苅宿地区への贈呈

『かりやど民俗誌』
祈念碑除幕式での民俗誌完成披露スピーチ

 福島県浪江町苅宿地区では、「鹿舞」や「神楽」などの無形文化遺産が伝承されてきました。しかし2011年の東日本大震災に伴う原子力発電所事故により住民全員が避難。民俗芸能も継承の危機に至りました。そこで無形文化遺産部では、鹿舞・神楽を中心に、それを支える地区の歴史や暮らしについて、民俗誌という形で残すべく調査を重ね、平成30年(2018)3月に『かりやど民俗誌』として刊行しました。
 苅宿地区は2017年4月より帰還が可能になりましたが、1年経った現在でも帰還したのは数世帯という現状です。そのような中で地区の復興を祈念して「大震災苅宿地区復興祈念碑」が建立されることとなりました。4月21日にその除幕式があり、無形文化遺産部より久保田裕道が臨席しました。式典中、民俗誌の完成披露も行われました。民俗誌は、苅宿地区の全戸に配布できるよう贈呈しました。この民俗誌が地区の無形文化遺産の継承に少しでも役立つことを、また地区の復興が進むことを願っています。

無形文化遺産ファンサイト「いんたんじぶる」の公開

「いんたんじぶる」トップページ。キャラクターは左がコバヤシ、右がにゃでしこ。

 無形文化遺産部では「文化財防災ネットワーク推進事業」(文化庁補助金事業)の一環として、ウェブサイト「いんたんじぶる」を作成し、公開・運用を始めました。東日本大震災では、無形文化遺産に関する被災・支援情報が非常に少なく、迅速な救援や復興に支障を来たしていました。とくに無形文化遺産には指定文化財以外のものも多く、そうしたさまざまな情報を集めるにあたっては、関係者や愛好者のネットワークが重視されました。
 本サイトは、そうしたネットワーク構築のための情報共有を目的として開設致しました。より多くの方々に閲覧いただけるよう、無形文化遺産に関するニュースや見学レポート、またギャラリーやコレクションといった愛好者向けのページを作成。キャラクターも加えて親しみやすいページを目指しています。
http://intangible.tobunken.go.jp/

第2回祭ネットワーク開催

第2回祭ネットワーク参加者

祭りや民俗芸能などの愛好者を対象にした「祭ネットワーク」の第二回目が、株式会社オマツリジャパンとの共催にて4月14日(土)に東京文化財研究所地下会議室にて開催されました。今回のテーマは「シシマイ×シシマイ」。富山県より獅子絵田獅子方衆の勝山理氏、射水町獅子舞保存会の勝山久美子氏、香川県より讃岐獅子舞保存会代表の十川みつる氏、同保存会広報・東京讃岐獅子舞代表の中川あゆみ氏の4人にゲストスピーカーとしてご登壇いただきました。両県ともに圧倒的な数の獅子舞を伝える地域。地域の獅子舞に対する情熱を熱く語っていただき、その後参加者との活発な質疑応答が交わされました。参加者からは、地域の祭りや伝統へのこだわり、地方の人口減少や世代間ギャップなどの問題を、実際の事例で改めて認識することができたといった声があがりました。

「第1回 祭ネットワーク」の開催

グループディスカッション

 全国各地で無形文化遺産としての「祭」が危ぶまれるなか、無形文化遺産部では伝承者と支援者・愛好者を結ぶネットワークの形成をめざして「祭ネットワーク」を開催しました。その第1回目のミーティングとして、12月9日東京文化財研究所で(株)オマツリジャパンと共催で開催し、「祭」に関心を寄せる愛好者40名以上が参加しました。
 前半は「祭の課題」をテーマに、企業の立場で「祭」をコーディネートし地域活性化に取り組んできた山本陽平氏(オマツリジャパン)、全国の郷土芸能を支援してきた小岩秀太郎氏(公益社団法人全日本郷土芸能協会)、さらに久保田裕道・無形民俗文化財研究室長がプレゼンテーションを行いました。後半ではプレゼンテーションを受けて、参加者が7グループに分かれてディスカッションを行いました。最後にグループごとに「祭の課題」について報告し、次回へつなげました。
 本ネットワークは伝承者や支援者、愛好者、研究者など様々な形で「祭」に関与する方々の意見交流をはかる場として継続開催を予定しています。

無形文化遺産アーカイブスの公開

無形文化遺産アーカイブス地図画面
無形文化遺産アーカイブス個別画面

 「文化財防災ネットワーク推進事業」(文化庁委託事業)の一環として無形文化遺産部・文化財情報資料部では「地方指定等文化財情報に関する収集・整理・共有化事業」に取り組んでいます。その一環として、無形文化遺産部では全国の無形文化遺産の情報を収集し、データベース化および関連データのアーカイブ化を進めています。
 今回そのパイロット版として、和歌山県を対象とした「無形文化遺産アーカイブス」(http://mukeinet.tobunken.go.jp/group.php?gid=10027)の公開を開始しました。本アーカイブスは、地図や分類、公開月、キーワードなどから検索し、各無形文化遺産の名称・公開場所・概要・写真・動画などを閲覧できます。今回は和歌山県教育委員会に全面的にご協力いただき収集した、県内所在の無形の文化財に関する情報および画像を公開しています。
 今後、同様のデータ収集と公開を全国に拡大するとともに、関連する記録類についてもできる限り蓄積・公開していく予定です。

「無形文化遺産の防災」連絡協議会の開催

協議会の様子

 8月22日・23日、東日本の文化財担当者を対象とした「無形文化遺産の防災」連絡協議会が東京文化財研究所で開催されました。
 国立文化財機構では、平成26(2014)年7月より文化庁の委託を受け、「文化財防災ネットワーク推進事業」に取り組んでいます。このうち東京文化財研究所無形文化遺産部では、特に遅れている無形文化遺産の防災について検討・推進するため、文化財情報資料部と連携して防災の基礎情報となる文化財の所在情報の収集・共有や、関係者間のネットワーク構築を目指して活動してきました。今回の連絡協議会もその一環であり、東日本の各都道府県の文化財担当者を招いて情報収集の呼びかけを行ったほか、各地域の実情や、防災に関わる取り組み、課題について情報交換しました。22日は共催となった東日本民俗担当学芸員研究会からも11名の参加者を得、両日あわせて40名近くの関係者が参加しました。
 無形文化遺産部では、晩秋に西日本を対象とした連絡協議会を、また12月には防災をテーマとした無形民俗文化財研究協議会を開催する予定で、引き続き、「無形文化遺産の防災」の検討・推進に取り組んでいきます。

被災地民俗芸能保存団体の研修

苅宿鹿舞保存会と原馬室獅子舞・棒術保存会の皆さん

 福島県浪江町苅宿地区には、「鹿舞」が伝承されています。関東地方に数多い「三匹獅子舞」と、東北地方に多い「鹿踊り」双方の特色を併せ持つ珍しい民俗芸能です。しかし原子力発電所の事故によって、この区域は居住制限区域となり、住民は各地に分散避難を余儀なくされました。そのため、この鹿舞も震災後5年間で2回しか演じられていません。鹿舞保存会のメンバーも中には関東地方に移り住んでいる方もおり、集まることすら難しい状況にあるのが現状です。
 それでも何とか維持していく方策を考えたいと、保存会長からの発案でこのたび保存会員の研修旅行が企画され、無形文化遺産部が協力しました。6月18日、最初に埼玉県白岡市の獅子博物館を訪れ、日本各地及び世界の獅子頭を見学し、館長の高橋裕一氏に詳細な展示解説とレクチャーをいただきました。続いて鴻巣市の原馬室獅子舞・棒術保存会会長宅に伺い、保存会同士の交流を図りました。原馬室の獅子舞は関東地方に典型的な三匹獅子舞で、鹿舞との共通点もあります。両者の映像を見た後に、獅子舞を継承するための取り組みや課題について話を伺いました。
 原発事故の避難地域において無形文化遺産が継承されるか否かという問題は、地域コミュニティの存続にも関わる大きな問題です。これからどうなるのか不透明な部分が多い状況ですが、少しでも継承に貢献できるサポートを行っていくことも重要だと考えています。

無形文化遺産の震災復興と防災に関わる刊行物

 無形文化遺産部では、昨年度末に『無形民俗文化財の保存・活用に関する調査研究プロジェクト報告書 震災復興と無形文化遺産をめぐる課題』を刊行しました。本書は同プロジェクトの報告であるとともに、これまで開催した「311復興支援・無形文化遺産情報ネットワーク協議会」での協議内容をまとめたものです。この協議会は、平成25年より毎年3月にさまざまな分野の方にご参加いただきながら、東日本大震災での無形文化遺産の復興について討議を重ねて参りました。その年々の状況を踏まえた課題は継続中のものも多く、今後の文化財防災にも資する内容となっています。
 また文化財防災ネットワーク推進事業として行っている「地方指定文化財等の情報収集・整理・共有化事業」「文化財保護のための動態記録作成に関する調査研究事業」の概要を示す冊子として、『地域の文化遺産と防災』を刊行しました。特に「地方指定文化財等」の収集については、地域における文化財防災の第一歩は、まずどこに何があるのかを把握しておくことが重要であり、地方自治体と連携して事業を進める必要があります。そうした意義と、今後の事業の進め方をまとめました。
 どちらも無形文化遺産部のウェブサイトにてPDF版公開を予定しています。

女川町竹浦地区祭礼調査

高台移転工事の進む集落を背景に港での獅子振り

 無形民俗文化財研究室では、東日本大震災によって移転・移住等を余儀なくされた地域の無形文化遺産を記録するために、民俗誌の作成を目的とした調査を進めています。現在の調査地の一つが、宮城県牡鹿郡女川町です。東北歴史博物館と共同で4月29日に調査に入りました。訪れた竹浦(たけのうら)地区は、震災直後に六十戸ほどの集落がまとまって秋田県仙北市に避難することができましたが、その後仮設住宅ができるようになると約三十か所に分散せざるを得ない状況になりました。ばらばらとなったコミュニティを結びつける数少ない機会が、正月の獅子振り(獅子舞)と、この祭礼です。神社から担ぎ出された神輿は、新たになった港の岸壁に渡御し、そこで獅子振りも行われました。高台移転工事が進む中、集落の景観も変わろうとしています。祭りや芸能など無形文化遺産を軸に、かつての暮らしの姿を記録してゆくことが、コミュニティの結束と復興に役立つことを願っています。

無形民俗文化財研究協議会の開催

協議会での総合討議

 12月5日に第9回無形民俗文化財研究協議会が開催されました。今回のテーマは「地域アイデンティティと民俗芸能―移住・移転と無形文化遺産―」です。東日本大震災を機に、民俗芸能をはじめとする無形文化遺産は、郷土の地域アイデンティティを維持する手段として再認識されるようになりました。震災による高台移転や移住を余儀なくされた時に、民俗芸能はどのような役割を果たすのでしょうか。それを考えるために、今回は全国の移住・移転に関する事例から4例を取り上げ、それぞれ詳細な発表をしていただきました。
 第一の事例は、北海道に開拓のために移住した人々が、出身地からもたらした民俗芸能の役割と現状について。第二に、東京で沖縄出身者の方々が各島や地区ごとに組織する「郷友会」の実情と、そこでの民俗芸能の役割について。第三は江戸時代に北陸から福島県に移民した、浄土真宗を信仰する人々の様相について。そして最後は、山梨県で過疎のために中断を余儀なくされていた民俗芸能が、市街地に移住した出身者によって再開された事例でした。その後の総合討議では、それらの事例をもとに問題を深めることができました。なお、本協議会の内容は2015年3月に報告書として刊行の予定です。

南太平洋大学との研究交流

所長表敬訪問での記念撮影,東村山ふるさと歴史館で説明を受ける招聘者
東村山ふるさと歴史館で説明を受ける招聘者

 本年度の文化遺産国際協力拠点交流事業として行っている大洋州島嶼国の文化遺産保護に関する事業において、相手国拠点である南太平洋大学(フィジー)の「環境・サステイナブルデベロップメント(持続可能な開発)太平洋センター」より3名の研究者を日本へ招聘しました。来日したのは同センター所属のジョエリ・ベイタヤキ氏、セミ・サラウカ・マシロマニ氏、ジョン・ラグレレイ・カイトゥ氏。12月15日に来日し、研究交流及び交流に関する覚書(MOU)を締結。また21日までの滞在で、さまざまな現地調査および研究交流を図りました。
 16日には所内にて「南太平洋の文化遺産に関する研究会」が開催され、南太平洋と日本の持続可能な開発に関わる文化遺産についての意見交換が行われました。その後、17日に東京都東村山市にて里山をめぐる景観・文化遺産の現地調査を、18日には千葉県立房総のむらにて、文化遺産の活用に関する調査をおこないました。さらに19~21日は沖縄を訪れ、海洋文化館や備瀬の文化的景観(国頭郡本部町)などに関する調査・見学を行いました。招聘者の一人は「日本は発展しているにも関わらず文化的にも損なわれていないという意味において、太平洋地域での発展モデルと位置づけることができると思う」と語っています。今後の更なる研究交流が期待されます。

山形・岩手県における神楽調査 ―韓国国立無形文化遺産院との研究交流―

東北の神楽についての成果発表を行う李明珍氏(左)

 無形文化遺産部と「無形文化遺産の保護及び伝承に関する日韓研究交流」を行っている韓国国立無形文化遺産院より、本年は調査研究記録課の李明珍氏が8月11日より30日間に渡って来日されました。今回、李氏は「東北地域の神楽伝承」をテーマとし、杉沢比山番楽〔すぎさわひやまばんがく〕(山形県遊佐町)および早池峰岳神楽〔はやちねたけかぐら〕・幸田〔こうだ〕神楽(岩手県花巻市)の共同調査を行い、9月8日に当研究所セミナー室で開催された成果発表会にて、その研究成果が報告されました。
 李氏は、まず東北地方の修験道の特色、神楽と修験道との関わりについて基礎的な把握をした上で、三つの神楽伝承を比較検討しました。特に伝承の維持・継承の具体的事例、保存会や行政の関与といった、無形文化遺産の保護に関した問題を詳細に考察し、韓国と比較して論じました。また民俗芸能としての東北地方の神楽伝承の特徴についても論及し、韓国における「クッ」や「仮面劇」との比較の可能性をも示唆しました。無形文化遺産について、文化財保護と民俗学双方の観点から現状と問題点が提示された、有意義な成果発表会となりました。

『大洋州島嶼国調査報告書』の刊行と南太平洋大学との研究交流

大洋州島嶼国調査報告書
南太平洋大学の研究所スタッフとともに

 昨年度実施された文化庁委託文化遺産保護国際貢献事業(専門家交流)の一環である大洋州島嶼国調査報告書が刊行されました。気候変動に伴う海水面上昇による影響が懸念されるキリバス共和国・ツバル両国の文化遺産や、それを取り巻く環境について写真を中心に構成された報告書です。
 また本年度の文化遺産国際協力拠点交流事業として大洋州島嶼国の文化遺産保護に関する事業を改めて実施することになり、相手国拠点であるフィジーの南太平洋大学を8月8日に訪問。同大学の環境・サステイナブルデベロップメント(持続可能な開発)太平洋センター所長のエリザベス氏らと面会し、研究交流に関する覚書を締結するための協議を行いました。またキリバス共和国・ツバルの無形文化遺産を中心とした調査報告も行い、それに対するご意見も頂きました。
 無形文化遺産部では、本事業を通じて大洋州島嶼国の無形文化遺産の保護および記録のための技術移転・人材育成などを今後も進めてゆきます。

to page top