研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


2018東アジアイコモスワークショップでの報告

ワークショップが開催された国立古宮博物館(ソウル)
景福宮でのエクスカーション(ソウル)

 平成30(2018)年12月21日、韓国ソウル特別市の古宮博物館において、2018東アジアイコモスワークショップ「新たな交流と協力に向けて:東アジアイコモスにおける文化遺産の保護・管理に関する最新の取り組み」が開催されました。このワークショップは韓国イコモス国内委員会の主催、韓国文化財庁の後援によるもので、日中韓3か国の文化遺産保存に関する方針や手法について概観し、これらの活動へのイコモスの関与や貢献のあり方を検討することを目的としました。
 このワークショップで、東京文化財研究所の世界遺産関連業務について報告するよう韓国イコモス国内委員会及び韓国文化財庁から依頼されたことから、「世界遺産条約の望ましい履行のための東京文化財研究所の活動」と題した報告を行いました。この報告では、世界遺産委員会に関する調査研究や用語集の出版、研究協議会の開催など当研究所の活動について紹介、これらの活動は、世界遺産推薦や保護の実務に携わる自治体関係者への情報提供を主な目的とし、実施にあたっては文化庁とも連携していることを説明しました。また、当研究所の友田正彦も日本イコモス国内委員会の立場でワークショップに参加、苅谷勇雅・日本イコモス国内委員会副会長と連名で同委員会の活動について報告しています。
 韓国の関係者も、自治体関係者への世界遺産条約関連の情報提供について課題を感じているとのことです。また、世界遺産への関心の過熱によって引き起こされる「政治化」の問題は、日中韓に共通しているようでした。今回のような近隣諸国との専門家交流が、それぞれの国における専門性の高い推薦書の作成や、世界遺産の適切な保全につながることを期待します。


「じんもんこんシンポジウム2018 歴史研究と人文研究のためのデータを学ぶ」での発表

発表の様子(橘川)
「東文研 総合検索」の概略(スライドから)

 平成30(2018)年12月2日、情報処理学会の研究会の一つである「人文科学とコンピュータ研究会」が主催する「じんもんこんシンポジウム2018(jinmoncom.jp/sympo2018/)」の企画セッション「歴史研究と人文研究のためのデータを学ぶ(www.metaresource.jp/2018jmc/)」にて、橘川英規、小山田智寛が、東京文化財研究所のデータベースについて報告いたしました。この企画セッションは、情報処理学会等では、まだあまり認知されていないデータベースを紹介し、より活発なデータの利用を促進するために開催されました。発表では、「東文研 総合検索(www.tobunken.go.jp/archives/)」のシステムの概略および画像データベースの中で最も登録件数の多い「ガラス乾板データベース」、昭和11(1936)年より刊行している『日本美術年鑑』を元にした「美術展覧会開催情報」と「物故者記事」について紹介いたしました。
 セッションでは当研究所の他、国立国会図書館、渋沢栄一記念財団、東京国立博物館、東京大学、青空文庫のそれぞれの組織が公開している様々なデータベースが紹介され、参加者の注目を集めました。当研究所でも今後は文化財情報のデータベースを公開して運用するだけでなく、データベース自体の紹介にも注力し、調査・研究に役立てていただきたいと考えています。


静嘉堂所蔵の二つの重要作品―「妙法蓮華教変相図」と「春日曼荼羅」―文化財情報資料部第7回研究会の開催

文化財情報資料部研究会の様子

 文化財情報資料部では、平成30(2018)年12月27日、外部から二人の発表者をお迎えし、第7回研究会を開催しました。第1題目は、共立女子大学の山本聡美氏より、「病苦図像の源流―静嘉堂文庫蔵「妙法蓮華経変相図」について」、第2題目は、成城大学の相澤正彦氏より、「静嘉堂文庫美術館本「春日曼荼羅」に見る高階画風をめぐって」と題して発表をいただきました。奇しくも今まであまり紹介されることのなかった、しかしながら注目すべき静嘉堂の2点の所蔵品にかかる発表となりました。
 山本氏は、静嘉堂文庫蔵の見返しに変相図を描く『法華経』が、その巻末願文から南宋の12世紀中頃に活躍した天台僧道因を主導に40名ほどの結縁によって作成され、制作期が紹興10(1140)年に絞られるものであることを紹介され、その比喩品の中に、薬の鉢をもらっている「病苦」のことが描かれ、さらにこの法華経には、この経を謗ることによって受ける人道の苦の中に、侏儒やせむし、口臭などの記述があり、その中には、当変相図に描写があるものがあることを紹介されました。日本の平安時代末から鎌倉時代に描かれた国宝の「病草紙」の源流が『法華経』のテキスト、そしてこの静嘉堂本にみられるような描写内容から生み出されたイメージの二段階があるのではないかと考えられること、また大きくは「病草紙」の成立には12世紀の日本と中国、その中の法華経信仰、僧侶と在俗の信者をベースする場について考えなければならないとの興味深い考察を示されました。
 相澤氏は、静嘉堂文庫美術館の14世紀の制作と考えられる「春日曼荼羅」が、春日社の景観に加え、通常の春日宮曼荼羅にはMOA美術館本を除いて他には例のほとんどない十社の神とその本地仏、神鹿を描き、短冊形にそれぞれの建物の名を書き込んでいる特異な作例であることを紹介されました。ことに興味深いのは、補筆の多いMOA美術館本に対して、オリジナルをよく残し、しかも良質の顔料を用いて、繊細で優れた描写で神や仏を描かれていることで、宮内庁三の丸尚蔵館蔵の「春日権現験記絵」を描いた、高階隆兼を代表とする高階画系の作であることが推察されることを詳細なスライドによって紹介されました。また、このような春日宮曼荼羅は、日吉山王宮曼荼羅との共通性から、この軸を広げ、神を勧請することによってその場を春日とする機能を持つものとして考えられるのではないかという踏み込んだ考察を示されました。
 当日は20名以上の外部からの聴講者が参加され、意義ある研究会となりました。


「アジア太平洋の無形文化遺産と自然災害に関する地域ワークショップ」開催報告

女川町における「獅子振り」の実演の見学

 平成30(2018)年12月7日から9日にかけて仙台市で開催されたアジア太平洋無形文化遺産研究センター(IRCI)主催の「アジア太平洋の無形文化遺産と自然災害に関する地域ワークショップ(Asia-Pacific Regional Workshop on Intangible Cultural Heritage and Natural Disasters)」に、共催機関として本研究所から山梨絵美子副所長をはじめとする7名のスタッフが参加しました。このワークショップは、平成28(2016)年度よりIRCIが進めてきた事業「アジア太平洋地域の無形文化遺産と災害リスクマネジメントに関する研究」のまとめとして開催されたものです。なお本事業の実施にあたっては本研究所無形文化遺産部が協力し、これまでベトナム・フィリピン・フィジーにおける現地調査にもスタッフを派遣してきました。
 今回のワークショップでは、アジア太平洋地域の8か国から文化遺産や災害リスクマネジメントの専門家を招き、そこに国内外の専門家を加え、自然災害からどのようにして無形文化遺産を守るかについて報告と議論をおこないました。また2日目には本研究所無形文化遺産部の久保田裕道の案内で、宮城県女川町へのエクスカーションを実施し、東日本大震災からの復興において無形文化遺産が果たした役割について、その実情を参加者に見てもらう機会を持ちました。
 このワークショップにおける議論を通じて、無形文化遺産と自然災害との関係についてのとらえ方が国や地域によって異なるようであることが印象に残りました。例えば日本の専門家は、無形文化遺産が被災したコミュニティの絆を取り結び、復興に向かう力の源となるという側面を強調していたのに対し、海外の専門家の何人かは、伝統的な知識の中には自然災害を予測したり、あるいはそれに備えたりするためのものが含まれているという点を強調していました。ユネスコの「無形文化遺産の保護に関する条約」では無形文化遺産の分野の一つとして「自然及び万物に関する知識及び慣習」が挙げられ、伝統的な知識は無形文化遺産であるという認識が一般的です。一方で日本の文化財保護法においては、伝統的な知識は無形文化財のカテゴリとしては明確に位置づけられていません。
 もちろん日本においても、津波石碑のように自然災害に関する民俗的な記録や知識は注目されてきましたが、無形文化遺産と自然災害との関係という文脈において語られることは少なかったかもしれません。今回のワークショップを通じ、国や地域によって考え方に違いがあることを知り、またそうした違う考えの人たちと議論することができたことは、私たちのものの見方を広げる上でも有意義な機会であったと思います。


研究会「ネパールにおける無形文化遺産の現状と課題」の開催

研究会の様子

 平成30(2018)年12月10日に研究会「ネパールにおける無形文化遺産の現状と課題」を開催いたしました。研究会では、ネパール国立博物館のJaya Ram Shrestha館長とYamuma Maharjan学芸員をお招きし、ネパールの無形文化遺産の現状と課題について話していただきました。また本研究所からは石村智・久保田裕道(無形文化遺産部)が、本研究所が実施するネパールの無形文化遺産の調査について報告しました。加えて、ネパールの都市景観の保全に携わってきた森朋子氏(札幌市立大学)からコメントをいただきました。
 ネパールには多様な民族と宗教が共生しており、それにまつわる豊かな無形文化遺産が存在します。しかし平成27(2015)年4月に発生した大地震により、多くの地域が甚大な被害をこうむり、それにより伝統文化も少なくない影響を受けました。また近年進む急速な近代化により、伝統文化もまた変容を余儀なくされています。そうしたネパールの無形文化遺産の現状を知り、また研究会に参加いただいた国内のネパール研究者の間においても情報共有をし、ネパール人専門家と交流する場とすることができ、有意義なひと時となりました。
 なお本研究会は平成30年度文化庁委託文化遺産国際協力拠点交流事業「ネパールの被災文化遺産保護に関する技術的支援事業」の一環として実施されました。


研究会「大陸部東南アジアにおける木造建築技術の発達と相互関係」の開催

研究会の様子

 東京文化財研究所では、平成28(2016)年度より、東南アジアの木造建築をテーマとした研究会を3回にわたって開催してきました。第1回および第2回においては、考古学的情報から既に失われた古代木造建築の実像に迫るというアプローチを採りました。今回、平成30(2018)年12月16日に開催した第3回では、「大陸部東南アジアにおける木造建築技術の発達と相互関係」のタイトルで現存する建物に目を向け、本地域の木造建築技術の特徴と、その発展過程および地域内外での影響関係を探ることを目的としました。
 フランソワ・タンチュリエ氏(インヤー・ミャンマー学研究所)からはミャンマ―およびカンボジアについて報告をいただきました。両国に現存する木造建築では、水平材をほとんど使用しない単純な構造によって多重の直線屋根を支えるという形式が共通して見られ、特にミャンマ―の場合は、多く彫刻が施された装飾的な屋根が特徴的です。
 一方、ポントーン・ヒエンケオ氏(タイ王国文化省芸術局)からはタイについて報告をいただきました。タイでは、地域や時代によって木造建築の特徴が変化していきますが、水平梁と束を多用する構造によって曲面の屋根を作る形式が広く認められます。
 最後に大田省一氏(京都工芸繊維大学)に加わっていただき、会場からの質疑も交えてパネルディスカッションを行い、国境を越えた東南アジア木造建築史の構築をメインテーマに意見を交わしました。
 本研究会の内容は、2019年度に報告書として刊行する予定です。


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