研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『東文研ニュース』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


『昭和期美術展覧会の研究 戦前篇』の刊行

「武人雅心あり。…」(『支那事変画報』第10輯)河田明久「描く兵士―日中戦争と「美術」の分際」より。日中戦争期の戦場には多くの「描く兵士」がおり、彼らの作品は真に迫る戦争画として喧伝されました。

 企画情報部では、国内の研究者26名による論文集『昭和期美術展覧会の研究 戦前篇』を刊行しました。本書はプロジェクト研究「近現代美術に関する総合的研究」の成果であり、2006年に刊行した基礎資料集成『昭和期美術展覧会出品目録 戦前篇』の研究篇として、昭和戦前期の美術について各研究者の視点から多角的に論じたものです。展覧会や美術団体の動向を軸に、絵画や彫刻、版画、写真、工芸等の諸ジャンルを対象とし、プロレタリア美術や戦争美術といった昭和戦前期ならではのテーマも盛り込まれています。昭和期の美術をめぐるさまざまな論点を通覧していただきながら、さらに新たな発見や問題意識の端緒となれば幸いです。
 各論文のタイトルと執筆者については、企画情報部刊行物のページをご覧ください。
http://www.tobunken.go.jp/~joho/japanese/
publication/book/showaki.html

本書は中央公論美術出版より市販されています。
http:/www.chukobi.co.jp/kikan/index.html

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“オリジナル”研究通信(7)―国際研究集会「“オリジナル”の行方―文化財アーカイブ構築のために」の開催

セッション1の討議風景
セッション3で発表するマーク・バーナード氏(大英図書館)
本研究集会の発表者・司会者一同

 12月6~8日の3日間、東京文化財研究所の主催により、第32回文化財の保存及び修復に関する国際研究集会「“オリジナル”の行方―文化財アーカイブ構築のために」を東京国立博物館平成館にて開催しました。文化財の本質的な価値を損なうことなく、いかにしてその“オリジナル”な姿を後世に伝えていくのかを考察しようとする本研究集会では、海外(アメリカ・イギリス・台湾)からの発表者5名をふくむ25名により、発表・討議が行われました。
 初日のセッション1「モノ/“オリジナル”と対峙する」では、“オリジナル”を宿すモノと真っ向から対峙するという、文化財に対する基本的な姿勢を問い直しました。つづく2日目のセッション2「モノの彼方の“オリジナル”」では、残されたモノや資料をよすがとして、かつての“オリジナル”の姿を想定する様々な営為を話題に取り上げました。そして最終日のセッション3「“オリジナル”を伝えること」では、それまでの議論をふまえ、“オリジナル”イメージを支え伝える文化財アーカイブのあり方を探りました。
 3日間を通じて延べ281名の参加者があり、日本・東洋の美術を中心としながらも、西洋の美学や現代美術、無形文化財をも視野に入れ、とくに文化財アーカイブの立場から“オリジナル”をとらえようとするテーマ設定には多くの関心が寄せられました。本研究集会の事務局を務め、当研究所のアーカイブを担う企画情報部としても、“オリジナル”を志向しながら文化財をいかに資料化していくのか、考えさせられることが多く、今後に向けて取り組むべき大きな課題としたいと思っています。各発表・討議の詳細については、次年度に報告書を刊行する予定です。

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“オリジナル”研究通信(6)―福田美蘭《湖畔》の展示

黒田記念館での福田美蘭《湖畔》展示風景

 今年7月の活動報告でもお知らせしたように、12月6~8日に開催する国際研究集会「“オリジナル”の行方―文化財アーカイブ構築のために」の関連企画として、現代美術家の福田美蘭氏による《湖畔》(1993年作)を10月9日より東京国立博物館黒田記念館で展示しました(12月25日まで)。「湖畔VS湖畔」と題したこの企画は明治の洋画家、黒田清輝の代表作《湖畔》にもとづく福田氏の作品を、黒田記念館で常時公開されるオリジナルとともに展示したものです。気鋭の現代美術家である福田美蘭氏は古今東西の美術品を素材に作品を制作、その“オリジナル”イメージを揺さぶる活動で知られています。今回展示した福田氏の《湖畔》も、黒田の《湖畔》の背景を延長して描くことによって、教科書や切手などですっかり見慣れた名画のイメージを一度くつがえし、再度新たなまなざしで原画に接するよう促しています。廊下をはさんで、向かいあうように飾られた黒田の《湖畔》と福田氏の《湖畔》のコラボレーションを、来館者の方々もやや戸惑いながら楽しまれていたようです。
 なお10月8日には森下正昭氏(当研究所客員研究員)の発表による、国際研究集会に向けての部内研究会を行いました。「美術館とオリジナル―コンテンポラリーアートをめぐる問題」と題した発表では、主にイギリスの現代美術を中心に、作家自らが制作したモノ、という旧来の作品概念を超えた活動を紹介し、それらをどのように伝えていくのか、という現代美術館の課題が浮き彫りにされました。作品がコンセプト化するなかで、とくに作家へのインタヴュー等を記録して現代美術を伝えようとするInternational Network for the Conservation of Contemporary Art (INCCA)の活動は、作品保存の今日的なあり方として興味深いものがありました。

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“オリジナル”研究通信(5)―組織委員会の開催とPRイメージ

福田美蘭氏による《富嶽三十六景 神奈川沖浪裏》(1996年作)

 企画情報部では今年12月に開催する国際研究集会「“オリジナル”の行方―文化財アーカイブ構築のために」の準備を着々と進めています。7月7日には組織委員会を開催、浅井和春(青山学院大学教授)、加藤哲弘(関西学院大学教授)、黒田泰三(出光美術館学芸課長)、佐野みどり(学習院大学教授)、松本透(東京国立近代美術館副館長)の諸先生方に専門委員としてご出席いただき、開催にむけて有益かつ貴重なご意見を賜りました。各発表者についても交渉・調整をほぼ終え、当研究所のホームページに国際研究集会専用のページを設けて、開催趣旨やプログラムをアップしましたので、どうぞご覧ください。
 さらに今回の研究集会のPRイメージとして、福田美蘭氏の作品《富嶽三十六景 神奈川沖浪裏》を使わせていただくことになりました。現代美術家の福田氏は1990年代より、古今東西の美術品を素材に作品を制作、その“オリジナル”イメージを揺さぶる活動で知られています。《富嶽三十六景 神奈川沖浪裏》も有名な北斎の浮世絵をもとにしていますが、そのイメージを左右反転させることで、見なれた、それでいてどこか違和感のある不思議な印象をわたしたちに与えてくれます。なお、有名な黒田清輝《湖畔》をもとに福田氏がアレンジした《湖畔》も、今回の研究集会の関連企画として10月9日(木)から12月25日(木)まで黒田記念館でオリジナルの《湖畔》とあわせて展示します。オリジナルとコピーのコラボレーションを、どうぞご期待下さい。

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五姓田派としての満谷国四郎―美術研究所旧蔵デッサンより

満谷国四郎《人物》 東京国立博物館蔵

 満谷国四郎(1874~1936年)は明治・大正・昭和の三代にわたり、文展や帝展を舞台に活躍した洋画家として知られています。その没後の昭和13(1938)年に、当研究所の前身である美術研究所は満谷が残した素描類の寄贈を受けました。それらは明治期の“道路山水”とよばれる風景写生や、大正期に制作された展覧会出品作の下絵が多数を占めているのですが、その中で一点、鉛筆で入念に仕上げられた人物デッサンが異彩を放っています。細かな線描を交差させながらモティーフの肉付けを行うクロス・ハッチングの手法を用い、片目をすがめてこちらを見つめる表情は自意識にあふれています。満谷のみならず明治洋画史の上でも類例をみないものであったため、これまで紹介されることもなかったのですが、このたび神奈川県立歴史博物館の角田拓朗氏と岡山県立美術館の廣瀬就久氏が、明治初期洋画に多大な足跡を残した五姓田芳柳・義松一派の調査研究を進める中で、その流れに位置する可能性を指摘され、5月7日の企画情報部研究会で発表を行いました。デッサンの左下隅に記された明治25年2月21日という日付は、満谷が五姓田門下で学んでいたわずか一年ばかりの時期に当たります。このデッサンが五姓田派と満谷をつなぐ作として、さらには明治洋画史に一石を投じる作として位置づけられることになるかもしれません。本作品は、同じくクロス・ハッチングによる描写で満たされた写生帖とあわせて、「五姓田のすべて―近代絵画への架け橋」展(神奈川県立歴史博物館2008年8月9~31日、9月6~28日、岡山県立美術館2008年10月7日~11月9日)に出品される予定です。

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『美術研究作品資料 第5冊 黒田清輝《湖畔》』の刊行

『美術研究作品資料 第5冊 黒田清輝《湖畔》』の原寸大部分図
巻末「《湖畔》をめぐる言葉とイメージ」より

 湖畔にたたずむ浴衣姿の女性を描いた黒田清輝の油彩画《湖畔》(明治30年作)は、数ある日本の美術品の中でもとくに親しまれた、人気の高い作品といってよいでしょう。このたび当研究所企画情報部では、この黒田の代表作にさまざまな視点から迫った『美術研究作品資料 第5冊 黒田清輝《湖畔》』を刊行しました。巻頭の城野誠治・鳥光美佳子(東京文化財研究所)による《湖畔》の画像は、原寸大部分図やふだん見ることのできない絵の裏側の画像もふくまれ、見なれた作品でありながら新鮮さを覚えます。荒屋鋪透氏(ポーラ美術館)・植野健造氏(石橋美術館)・金子一夫氏(茨城大学)・鈴木康弘氏(箱根町教育委員会)・渡邉一郎氏(修復研究所21)・田中淳・山梨絵美子(東京文化財研究所)によるテキストは、《湖畔》のモデルや制作地にはじまり、日本美術や西洋美術における位置、そして今日にいたる評価の変遷、作品のコンディションといったテーマで各々語られています。巻末には《湖畔》にまつわるイメージや言葉を収集し、昭和42年に発行された記念切手や《湖畔》によせた詩などを掲載しました。まさにその成り立ちから現在までの《湖畔》が歩んだ“生涯”をうかがえる一冊です。本書は中央公論美術出版より市販されています。
http://www.chukobi.co.jp/products/detail.php?product_id=121

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国立台湾大学芸術史研究所・陳芳妹氏講演会の開催

講演する陳芳妹氏
淡水・ギン山寺全景(1991年整備以前)

 企画情報部ではプロジェクト研究「東アジアの美術に関する資料学的研究」の一環として「人とモノの力学」というテーマを設け、美術品や文化財といったモノの価値形成において、縦横に広がる人と人とのつながりを視野に入れながら、そこにどのような力関係でモノが絡んでいくのかに注目し、研究を進めています。このたび当部発行の研究誌『美術研究』391号に中国宋代の古代銅器受容について論考をお寄せいただいた国立台湾大学芸術史研究所の陳芳妹氏をお招きして、1月15日(火)に講演会を開催しました。
 「淡水ギン山寺に造られた神聖空間と民族相互認識の問題―社会芸術史の探究」と題した発表は、18世紀末から19世紀初頭にかけて台湾へ移住した漢民族、とりわけ福建省西山区の客家汀州を出身とする人々の表象についての内容でした。彼らは少数派ながら、台湾北部の淡水にギン山寺を建立し、その伽藍や意匠が出身地汀州の記憶をとどめたものであることを陳氏は突き止めています。わたしたちにはなじみの薄い台湾の前近代史が話の対象でしたが、移動する人にまつわるアイデンティティーの主張は上記の研究テーマにも適い、発表後はマイノリティー(少数派)の自己表象をめぐって議論が交わされました。

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『昭和期美術展覧会の研究〔戦前篇〕』研究会の開催

プロレタリア美術研究所のポスター
 1930(昭和5)年頃

 企画情報部ではプロジェクト研究「近現代美術に関する総合的研究」の一環として、昭和戦前期の美術に関する論文集『昭和期美術展覧会の研究〔戦前篇〕』の2008年度刊行をめざしています。その刊行にむけての研究会を、12月27日に当部の研究会室で開きました。発表者とタイトルは次の通りです。
 ◆喜夛孝臣氏(早稲田大学會津八一記念博物館)「矢部友衛とプロレタリア美術運動―プロレタリア美術研究所を中心にして」
 ◆足立元氏(東京藝術大学大学院)「「悪女」と戦争―小野佐世男の漫画をめぐって」
 ◆敷田弘子氏(東京藝術大学大学美術館)「昭和前期の日本における最小限住宅とその室内設備についての一考察―型而工房とその関係者のデザイン活動から」
 若手研究者ということもあって、プロレタリア美術・漫画・デザインの未開拓分野に挑んだ発表内容は、いずれも真摯で刺激的なものでした。発表者・出席者ともに『昭和期美術展覧会の研究〔戦前篇〕』の執筆陣が中心の研究会でしたが、30名近くの研究者が参加し、発表を受けてホットな議論が交わされました。本研究会が、同論集刊行にむけてのよい弾みとなったことは間違いないでしょう。

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“オリジナル”研究通信(2)―オーセンティシティー(Authenticity)の在り処

奈良、新薬師寺本堂(奈良時代に建立)の明治修理以前の姿と現在の様子。
明治30(1897)年の修復により、鎌倉時代に付加された下屋状の礼堂が取り払われ、復原をめぐる論議を呼びました。

 企画情報部では来年度の「文化財の保存に関する国際研究集会」への準備として、“オリジナル”をテーマに部内研究会を開いています。11月はとくに建築学を視野に、文化遺産国際協力センターの稲葉信子(14日)、清水真一(21日)を交えて討議を行いました。屋内で大事に保存される絵画や彫刻と異なり、建築物は風雨にさらされ、また住居や施設として日々使用される必要上、度重なる修理や改築を余儀なくされるものです。しかもそうした建築の可変的な性格にくわえて、木造や石造といった材質の違いによって維持のしかたも異なるため、各材質に根ざした文化圏のあいだで自ずと保存修復の理念に差が生じることになります。建築物のどの時代の姿を、どのような部材を用いて文化財として後世へ伝えていくのか、オーセンティシティー(Authenticity 真実性)の在り処をめぐる議論は尽きることがないようです。

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“オリジナル”研究通信(1)―部内研究会、本格的にスタート

敦煌文書を調査するフランス人東洋学者ポール・ぺリオ(1908年)。 ぺリオのように文書が発見された窟内で調査を行った研究者はまれでした。

 企画情報部では来年度に開催する「文化財の保存および修復に関する国際研究集会」にむけて、目下準備を進行中です。そのテーマについて部員のあいだで討議を重ねた結果、“オリジナル”をキーワードに、文化財をあらためて見つめなおそうということになりました。たとえば復元という行為にみられるように、文化財の現場にあって“オリジナル”は常に憧れの対象なのですが、そのとらえ方は時代や地域によってさまざまに変化します。そうした中で、わたしたちはいかに文化財を伝えていくのか、とくに当部がになう文化財アーカイブの視点からこの課題に取り組んでみたいと思っています。
 テーマ設定についての五度にわたる討議を経て、さらに“オリジナル”に関する部内研究会がスタート、その第一回目として9月26日には、敦煌文書の真贋をめぐり中野照男(企画情報部)によるケース・スタディが行われました。1900年に敦煌莫高窟より山積みの状態で発見された敦煌文書ですが、その後海外の探検家や研究者によって幾度となく国外へ持ち出されたこともあり、文書をめぐる来歴は真贋の問題もふくめ錯綜しています。そうした中で進展する“敦煌学” のあり方について、保存修復科学センターの加藤雅人をコメンテーターに立てて学びました。また10月3日には無形文化遺産部の飯島満を交えた研究会で、文楽等の古典芸能を話題としながら“オリジナル”をめぐる無形文化財と有形文化財との考え方の違いについて討議しました。無形文化財のばあい、有形文化財のように過去にさかのぼった初演時の上演形態が“オリジナル”なのか、それとも上演のたびごとに新たな“オリジナル”が生み出されるのか――文化財を伝える立場として、避けることのできない問題であることを再認識しました。今後もこうした“オリジナル”をめぐる研究会を随時開いて、来年度の国際研究集会へと発展させていきたいと思っています。

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『昭和期美術展覧会の研究〔戦前篇〕』刊行にむけて

昭和5年にローマで開催された日本美術展覧会の会場 会場に床の間を設えて、横山大観ら当時を代表する日本画家による作品を展示しました。

 企画情報部ではプロジェクト研究「近現代美術に関する総合的研究」の一環として、『昭和期美術展覧会の研究〔戦前篇〕』の2008年度刊行に向けて準備を進めています。同書は昭和戦前期に開催された主要美術展覧会の出品作のデータブック『昭和期美術展覧会出品目録〔戦前篇〕』(2006年刊行)の研究篇にあたるものです。昨年9月と今年5月の二度にわたる編集会議、および執筆候補者との調整を経て、若手の研究者を中心とする計29名の方に、各専門分野をふまえた論考を寄せていただくこととなりました。展覧会や美術団体の動向を軸に、絵画や彫刻、版画、写真、工芸等の諸ジャンルはもちろん、プロレタリア美術や戦争美術といった昭和戦前期ならではのテーマも盛り込まれ、近年の研究のめざましい進展をうけて、質量ともに充実した一書となりそうです。今後は執筆者による研究会を開くなどして、一層のレベルアップを図りたいと思っています。

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